コードフリート -桜の艦隊-   作:神倉棐

1 / 15
プロローグ
第零話 サクラの散る海


 

 

 

1945年8月15日5時53分、坊の岬沖海戦

 

 

大和第一艦橋

 

「司令!司令!ご無事ですか!」

「……有賀艦長か、残念ながらこのザマだ」

「これはっ……司令……」

 

至近弾の余波で半壊した第一艦橋に第二(夜戦)艦橋(C.I.C)に行かせていた有賀幸作大佐が駆け込んで来る。彼は俺の姿を見て思わず言葉に詰まった。

 

「気にするな、致命傷は操舵手の彼が大半を引き受けて逝ってしまったのでな……馬鹿野郎が生命を大事にしろとあれだけ言い聞かせた筈だクソッタレめ」

 

俺は吐き捨てるように自分の目の前で満足したかのような顔をして死んだ若い操舵手の男の姿を見て言う。

 

「……だが感謝する、だから安らかに寝むれ。……我が友(戦友)よ」

 

腰に差してあった軍刀拵えの三笠刀を床に突き立ち上がるが幾つかの金属片が掠ったのか、直撃したのかそれとも両方なのか血の滲む左腕の感覚が殆ど無い。そこでふと自分の被っていたはずの鉄製ヘルメットが何処かに飛んで無くなっていることに気付いた。

 

「仕方ない……軍帽を被るか」

「司令……どうぞ」

「ありがとう、すまないな」

 

殆ど握力の無い左手で軍帽の鍔を掴みゆっくりと頭に被せる。……ああ、やはりこちらの方が落ち着くな。

 

「有賀艦長、艦隊の状態は?」

「天城艦載機消耗が7割を超え飛行甲板が大破、随伴艦の利根と鹿島は無線誘導式対艦噴進弾全発を撃ち尽くした後両艦共敵戦艦と巡洋艦を相手取り2隻を撃沈、4隻を大破させ総員退艦後に両艦共沈没、矢矧は敵重巡の主砲弾を第一砲塔に喰らい火薬と引火、爆沈しました。駆逐は響が主砲弾が艦首に直撃し中破、雪風は敵機機銃掃射を受けましたが損害軽微、退艦者の回収中で浜風は敵駆逐艦3隻と雷撃戦を行い相討ちで沈没、磯風と初霜は敵空母に体当たりを敢行し敵艦船体に艦首を突き刺し保有する全火力を発射、諸共爆沈しました。朝霜は後部甲板に着弾し機関出力低下、落伍直前で霞は雪風の援護に回って中破です」

 

俺は測量儀が吹き飛び天井から空が露出した頭上を見上げる。その空は憎たらしい程なまでに美しい夜明け色の快晴だった。

 

「本艦は?」

「測量儀が被弾し吹き飛び第一艦橋の天井が一部損壊、第三主砲砲塔甲板に至近弾により旋回不可能、対空砲の6割が沈黙、更に右舷被雷数8本により左舷注水区画目一杯、右舷は排水作業を全力で取り組んでいますが傾斜が酷く……恐らく主砲を旋回すればバランスを保てず転覆します」

「そうか……艦長、全艦に総員退艦命令を。ああ、それと中将旗とあの旗以外のZ旗や旭日旗は降ろすように言ってくれ」

「それは……分かりました」

 

艦橋電話の受話器を手に退艦命令を出す艦長を視界の端に収め俺は軍服の内ポケットに入れていたある物達を右手で取り出す。そしてそれと杖に付いていた刀を指示の出し終えた艦長へと投げ渡した。

 

「受け取れ、有賀艦長」

「これはっ……⁉︎」

「その2つはいつか出逢えたなら妹達に返しておいてくれ」

「まさか司令、死ぬつもりですか⁉︎今作戦の目的である『連合国艦隊の壊滅による沖縄民及び陸軍の撤退猶予を稼ぐ事』を達成した今貴方だけでも日本に帰還すればこの海戦は例え全ての船が沈もうとも我々の勝ちなのです!これからの日本には貴方のような英雄こそが必要なのです!」

「それは違うぞ艦長、本当に必要なのは若者達の生命と君のように国家ではなく国民を第一に考えられる軍人だ。むしろ俺のような英雄こそこれからの日本には必要無い、寧ろ日米開戦を止められなかったその罪と業は全て俺が最後まで責任をもって持って行く」

「しかし!」

「2度は言わない。退艦しろ、そして生きて日本に帰れ。それに致命傷はなくとも……出血が酷くてな、左手の感覚もないし恐らくもう助からん」

 

俺はそう言いつつ先程までは俺を庇った若い男の立っていた大和の舵を右手だけで握る。よし、まだ動く。この船は、大和はまだやり残した事がある。

 

「だから艦長、君は生きろ。生きて日本に、我々がその背に守るべき国民の生命をひとつでも多く守れ、そして最後まで生き残れ。例え認められる事はなくとも、嗤い蔑まれようとも、我々の使命は国を、国民を守る事である。その最終防衛線である我々がいなくなる事など何よりも許されない。だからこそ生きろ!これは命令だ」

「……はっ!有賀幸作海軍大佐、御国夏海中将の命、拝命します!失礼いたしました‼︎」

「宜しい、報告は向こうで聞こう。但し余り早く報告には来るなよ?楽しみは最後まで取って置くものだから………な」

 

敬礼し艦橋を後にした有賀艦長の背にそう呟きながら見送り俺はそこでふらりとバランスを崩して舵にもたれかかるようにして辛うじでその身を支える。どうやら本格的にヤバイらしい。

 

「はははっ…………これはマジでヤバそうだな」

 

大鳳麾下特別編成艦隊は作戦通りならば沖縄連合国残存艦隊と艦隊決戦、そろそろ沖縄沿岸に51㎝連装砲に改装した武蔵による対地砲撃と正規空母3隻が接近し艦載機による爆撃が敢行されているだろう。同時に沖縄北部に揚陸艦4隻から発進した大発が海兵部隊を乗せて上陸、住民や陸軍の退避が開始されているはずだ。

 

「……これで史実より遥かに沖縄の犠牲は無に出来ずとも減る、恐らくこの海戦で稼げる時間は約2週間、だがその2週間で20万の内10万は救えるはずだ」

 

かつて平成(未来)を生きた彼だからこそ知る史実の未来(過去)(現在)の自らが変えてきた歴史を擦り合わせそう答えを出す。

……しかし明治に転生して海兵学校ではあの山本五十六と学友になり、日露戦争では三笠に乗って、海軍軍縮条約に山本と同行し、空母に改装した時に手を加えた加賀で日中戦争を過ごして、連合艦隊総司令部附の参謀に引っこ抜かれて真珠湾攻撃作戦を立案、太平洋戦争に突入し、帝都(ドーリット)空襲を防いで空母沈めてミッドウェーで空母赤城達を沈めない為に南雲少将の所に参謀として乗艦し、ブーケンビル島で山本が死んで、中将になって南方海域で暴れ回って、天一号作戦に艦隊司令として参加、んでもって今大和の艦橋で舵を握っているとは……人生とは分からないもんだな。

その最たる例は俺が持つ二つ名だろう。確か日本では戦神とか言われていだが、捕虜の話から言うと俺はアメリカではアカギという鋼鉄の城に待ち構える魔王か戦局をひっくり返し海を鉄色に染め上げる魔神だとか言われているらしい。魔神はともかく、俺赤城の艦長になったこと無いんだが……精々南雲中将(当時少将)が司令官だったミッドウェーの時に参謀として放り込まれてただけだし。

 

「儘ならないなぁ……なあ大和よ」

 

元々は純白だった筈が最早血だらけになった(真紅に染まった)第二種軍装を身に纏う俺は自嘲するかのように笑う。

思い通り、望んだ通りに事が運んだ事は一度も無い。想定された最悪を回避し辛うじて勝つ、もし負けてもより良い負け方で負ける。犠牲を許容しながら犠牲を限りなく減らそうと奮闘した。最善でなく最良を目指し足掻き続けた。恐らく、転生の時に貰った特典(チカラ)が無ければここまで来る事すらできなかったはずだ。

これもまた、そのひとつ。

 

「大和とは本当に必要なものだったのか?1隻建造する事に国家予算の3%もの莫大な資金と資材、時間を費やしながら大した戦果は挙げられなかった」

 

大和や武蔵は自分が設計段階で魔改造を施した様なものだが既に世界は巨大な船体と砲を持ち相手を磨り潰す“質”の艦隊決戦思想から圧倒的物量と性能を前面に押し出した相手を押し潰す“量”の航空機決戦思想に切り替わっていた。

 

「……悩んだよ、本当に大和を、お前を史実通り建造させるのかどうか」

 

魔改造を施したおかげで大和の艦影は最初から第三次改装を終えた頃の姿であり電探もまた史実より遥かに良い物を使っている。対空装備も4月に行った第四次近代化改装で使わない副砲の撤去とVT信管を使用した対空砲、それも新型レーダーとの同調型に切り替えてある。そして最大のその特徴は建造当初から若干の手間数が多い事は否めないが新型ガスタービン機関とコンバインドサイクルを搭載している事だろう。公式最大速力35.21ノット、艦首艦尾サイドスラスター装備の為規模の割には他の戦艦とは一線を画す機動性能を誇る。

 

「だが俺はお前を建造することにした、お前は日本の象徴として、日本人の持つチカラの象徴としてこの世界に誇らせてやりたかったから」

 

確かに大和は戦う為、国を守る為に造られた。だが設計者、設計協力者の者達が本当の目的で彼女を設計したのは彼女を海軍だけのではなく日本国民そのものの象徴としたかったからである。

 

「戦う為じゃ、守る為じゃないのかと怒っているかもしれないがこれもまた大切な事だと俺は思う。技術や力、これらは形の無いものでどんな時、どんな事があろうとも形有るものと違いきっとこれらは奪われる事は無い。だが形の無いものだからこそ、ひとつの(象徴)として表すことの出来るお前が必要だった」

 

古今東西、大和のように機能性が高くそれでありながら国を表す戦の華ともなれる美しさを誇ることの出来るこれ程までに巨大な戦艦はネームシップとしては大和ただ1隻しか存在しない。

 

「故にお前がこの戦いで残した最大の戦果は連合国艦隊を壊滅させた事でも、単艦で最期までここで戦い殿を務めた事でもない。世界に日本こそがあの大和を造り出した国なのだ、あれ程の船を造り出すチカラのある人なのだと証明する事だ。未来の、若者達の為に」

 

負けない戦いを、願わくばより良い負け方を

今の日本を、世界をより良く誰もがほんの些細な幸福を幸福に思える未来に

そして、自分にだけでなく誰かにも優しくなれる様なそんな世界に

 

早期講和など軍人や政治家が望んでもアメリカの民意はそれを許さない、故に最終目的は講和であろうと為さねばならなかったのはどうすればアメリカ国民の戦争への意識を厭戦気分に持ち込めるかだった。今思えば懐かしい、この意見の対立でいくら山本と殴……対話を重ねたか……。結局は対米戦開戦直前の真珠湾攻撃直前まで肉体言語で話し合ってようやく奴も認めたのだから…………副官が「ああ、またか」みたいな顔して慣れた手付きで手当てしてたが。

走馬灯のように浮かびは沈み浮かびは沈むを繰り返す懐かしくそして命懸けで何より生きていた事が実感できたかつての日々を思い出し俺は笑みを零す。

 

ああ、生きていて、生きてきて本当に良かったと

 

「だから大和、例え未来で俺が戦犯と罵られようと、お前が世界無用の産物のひとつだと嗤われようと、俺が乗る船(の棺桶)となったからには最期の最期の、靖国だろうがヴァルハラだろうがあの世の地獄だろうか何処だって付いて来て貰う。良いな?」

 

もう立っているだけの余力も無い、血を流し過ぎた、感覚はとうの昔に麻痺している。

 

だがそれでも舵だけは離さない。

 

「さあくそったれな1億特攻の先駆けとやらだ(戦場だ)、華々しく散ってやるつもりなどほとほとないが最期のくらいはその散り様を魅せてみせよう。

 

 

 

我こそは戦艦大和、日本の華にして戦の華、暁の水平線に勝利を刻む艦隊乙女。今こそその勇姿を、乙女の意地を、その最期を魅せましょう」

 

高らかに謳い上げられたその名と共に大和は最期の増速を掛ける。船速12ノット、本来の出力の半数にも満たない低速であるがその姿はその場にいるあらゆる者の瞳を惹き付けた。そのマストに唯一掲げられた御国夏海が掲げる事の許された艦隊旗、白地に桜色の6枚の花弁を持つ一輪の華は大和の上げる黒煙と炎を浴びようと純白を保ちながらも黄金の蒼に染まっている。

 

「♪〜♪〜♪〜……♪♪〜♪〜……」

 

口笛を吹く、息も絶え絶えで意識も朦朧として焦点も定まらない。それでも俺は口笛を吹いた。帰りたいけど、帰れない。故郷を思い、大切な人を想って誰もが戦場ではそう思っては死んで逝く。でもそれでも前を向く、理想を追い失くしたモノを失ったモノを忘れないようにふと思い出した(未来)の歌をいつだって俺は口笛と共に歌ってきた。……だが多分、コレがその最後であろう。しかし、

 

「……でももしまた歌えるなら、次があるならば……もう少しだけ平和な世界(明日)だったらいいと思わないか?…………なぁ、大和?」

 

俺の零した未練は誰にも届かずに黒鉄の中で朽ちてゆく。そして黒煙の満ちる黄昏の空と海原を舐める業火に照らされた鋼鉄の城が人波の浮く白波を掻き分け、崩壊した連合国(アメリカ)艦隊輪形陣中心部に鎮座する旗艦エセックス級1番艦エセックスに向け突き進む。

 

 

………そして

 

 

そしてその海に大和の艦首がエセックスの艦首に突き刺さり圧倒的質量の物体が潰れ、砕ける豪快な破砕音が響き渡った。エセックスの艦首を潰し板に刺さった杭の様に突き破った大和の艦首はエセックスの艦内を押し潰し格納庫を抜け甲板をも突き破る。そして次の瞬間エセックスが内部から膨張したかの様に見え同時に内部から大和諸共吹き飛ぶ。恐らく突き破った艦首は格納庫の艦載機を破壊、積載されていた弾薬や爆薬、燃料に金属同士が擦れた時に発する火花が着火、瞬く間に燃え上がりそのまま内部から爆発したのだろう。

 

「ああ……大和が、沈む……」

 

避難用の装載艇に乗り込んでいた大和乗員の内、その誰が、いや誰もがそう呟く。艦首が抉り取られたかのように吹き飛んだ大和の艦体は艦首からの莫大な浸水に浮力を奪われただでさえ余剰浮力の無くなっていたその姿は急速に水面の底へと沈降していく。不沈艦と謳われ、しかしただ1人の海軍中将に「必ず沈む」と言われたその船は言われたその通りその海軍中将を乗せたまま海底(母なる海)へと還って行った。

 

 

 

 

 

───1945年8月15日6時1分 戦艦大和、坊の岬沖海にて沈没

 

───同年同日同時刻 御国 夏海帝国海軍中将、大和艦上にて戦死

 

 

 

 

 

───同年12月8日 日米講和成立、太平洋戦争終結

 

 

事実上枢軸国側に対し連合国側が勝利した形で第二次世界大戦は終結した

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。