コードフリート -桜の艦隊-   作:神倉棐

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注意
本編にはニワカの私による壮絶なキャラ崩壊もしくはそのキャラに正しくない言葉遣いがあるかも知れません。なのであくまでそれと似た名前と見た目をした全くの別人だと思っていただけると大変有難く思います。

尚、今回の話は一部シリアスの皮を被った説明回に近いです。

それでもよろしい方はどうぞ。


第拾話 旅は道連れ 世は情け

 

佐世保を出港した輸送船団は全行程2日(40時間)の航行計画に基づいて航空機や潜水艦を警戒しつつ本土沿岸を航行し豊後水道(ぶんごすいどう)沖にて大神鎮守府第4艦隊所属の堺型強襲揚陸艦1番艦堺と合流すると入れ替わりで呉鎮守府所属の第一八駆逐隊が任務完了にて艦隊を離脱、陣形を整え護衛輪形陣の中央に堺を据えた船団は紀伊半島和歌山県白浜沖にて2日目の夜明けを迎えながらも一途最終目的地である横須賀へと向かっていた。

 

「こちら響、電探及び聴音・探信に異常ナシ。そちらはどうか、どうぞ」

『こちら金剛、同じくこちらにも反応は無い。そのまま護衛を続行されたし』

「了解……第3次定期連絡オワリ」

 

そしてその輪形陣の最も端、船団陣形の最後尾を警戒・航行していた第六駆逐隊旗艦 響 は正面から照らされるまだ低い太陽光を浴びながらも自らの艦橋にて佐世保を出港して坊ノ岬沖・豊後水道沖に次いで3度目の通信を行なっていた。

 

「2ヶ月前に民間船が敵潜に魚雷攻撃を受けたって報告もあったし気は抜けないな……妖精さん」

『ウム、継続シテ対空・対潜警戒ハ厳トスル』

『目ヲ皿ニシテ見張リマス』

 

護衛艦艇全ての情報が集積される金剛からもたらされた情報に響は少々安堵するものの自らに乗艦している水中聴音探信儀(ソナー)電探(レーダー)員の妖精さんと熟練見張り員の妖精さんに対して改めてそう指示を出す。2ヶ月前、近畿地方和歌山県白浜沖を航行していた輸送船団が深海棲艦精鋭(フラグシップ級)潜水艦隊の襲撃を受け輸送船1隻が雷撃により中破という事件が発生していた。しかも襲撃を受けた船団救援の為すぐに近海を哨戒中であった呉鎮の第一八駆逐隊が現場に急行、対潜爆雷を多数投下したものの旗艦と思われる潜水艦にはまんまと逃げ果せられるという失態もあってここ最近の白浜沖近海では通常以上の対潜警戒網(哨戒部隊の増加と常時陸からP-3C Ⅲ.5(対潜哨戒機)や揚陸艦から発艦するSH-60J/K(対潜哨戒ヘリ)によるエアカバー)が船団全域に張られており、実際につい先程彼女の直上をSH-60J/Kが母艦への燃料補給の為に通過した所である。

 

「はぁ……」

 

海兵帽の下、陽光に透かすと銀糸の如き煌めきを魅せるその長髪を揺らしながら響は少々溜め息を吐くがそれは決して安堵したのでも警戒を緩めた訳ではない。……寧ろ逆というか大変頭が痛くなる一見どうでも良さそうで実際のところ全然どうでも良くないヤバい問題が起こっているからである。

それは……

 

「……ところでさ、なんでキミ達がここ(私の上)に居るのかな、妖精さん?」

 

先程から見ていた艦首の方角から振り返りこの艦最大の生命線であり通常ならばそれ専門の妖精さんが居るはずの羅針盤に目を向ける。そこには羅針盤の淵に立つ提督からは乗り込みの連絡どころか自分もまた乗艦許可すら出しておらず、それ以前にいつ乗り込んだのかすら覚えがないが乗員に混じっていつのまにか船内に潜り込んでいたあの時(・・・)医務室に居た数名の妖精さんがおり響はそう疑問を投げかけた。

 

『自主転属ダ』

『ソウソウ』

『今度コソ私達ハ最期ノ最後マデ閣下ノオ側デ御供スル』

『ソレガ我等ガ誓イ』

『其レコソガ今我等ガ此処ニ在ル意味』

 

そして響の問いに対し軍服や水兵(セーラー)服、作業服を着た妖精達は言い澱むことなくそう答えた。

過去から蘇ったのは『(艦娘)』だけではない。艦と共に生きそして水平線に消えた将兵や終戦まで生き残った者、造船やその後の改装に関わった技術開発者達や彼らに救われた、無事を願い焦がれた人々によってそこに遺された願いと意思、残留思念が集合し不完全ながらも実体化した英霊未満亡霊以上の精霊に似た別のナニカ(妖精さん)もまた過去から蘇った存在である。そんな彼らが何故蘇り再び武器を手に戦火に身を投じるのか。艦娘の存在理由の議論と共に彼ら妖精さんの存在もまた「深海棲艦に対抗する為」「その生き方しか知らない為」「そう生きるよう決められた存在である為」などなどと多くの人が様々を憶測繰り広げ数多もの仮説が存在するものの今だその正解とも言える答えは分かっていない。しかしただひとつだけ断言出来る事はある、それは彼らは今も変わらず軍人としての『誇り』を胸に間違いなく『今を』懸命に生きているという事だけだ。

 

「そうか……」

 

そして蘇った者同士艦娘と妖精さんという姿形の差異はあれど両者を構成する素となったのはかつて生きた人の思いや人の意志(遺志)、故に両者はかつての乗艦者や関係者が抱いた思想・感情・覚悟等を色濃く受け継いで今ここに存在している。だからだろうか?顕現した彼ら彼女らは皆大なり小なりかつて日本の希望として海戦を駆け抜けたとある将官に対して忠誠と誓い、響のような『次こそは守ってみせる』という誓いや『彼が彼らが守ったこの国や民を守る』『もう誰も失わない、例え敵だとしても救い上げる』『例え守るべきモノから疎まれようとも必ず救ってみせる』『今度こそ誰もが願った平和な海にしてみせる』という様々な誓いを持っているのだ。

それを理解するが故、響はどうしてもそんな彼らを強く非難する事が出来ない。何故なら彼女とて今の司令官(七海)と出会う1年前程ならば彼ら(この妖精さん達)やかつて横須賀にて一部の艦娘が結成した提督を戴かぬ唯一の特殊遊撃部隊 亡桜の艦隊(ロスト=カローラス・フリート)の様に指揮下に居た鎮守府艦隊を抜け出して付いて行ってしまった可能性が大であったからである。

 

『マア、コレデモ数ハ限界マデ削ッタ方』

『最大デ艦娘ノ艤装乗員ヲ除ク全テノ者ガ立候補シテタ』

『デモ鎮守府ヲ空ニハデキナイカラ大体3桁カラ今ノ人数マデ減ラシタ』

『……アレハ血デ血ヲ洗ウ、凄惨ナ戦イダッタ……』

『クジ引キダッタゲドナ!』

「そ、そうか……」

 

が、最後の最後にぶち込まれた妖精さんら一同のブッチャケ話に響の考えていた小難しい話(シリアス)は何処かへと吹き飛んでしまった。

しかし、

 

おそらくきっと……そう……

 

それは漠然としたモノ、予感。だが70年戦い続けた彼女にとって下手な情報や天気予報よりも信用されている何事からも彼女を救ってきた直感により彼女は思う。

 

「横須賀か…………きっとまた(・・)荒れるだろうね」

 

響は二重の輪形に守られたその中枢、堺の右舷を航行する輸送艦 大隅を見つめ、そこにいるはずのこの国この世界にとって核にも勝り得るかも知れぬ爆弾であり彼女にとってなによりも大切な男の姿を思い浮かべそう呟いた。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

一方、響にそんな事を思われているとは露知らず件の男はと言うと大隅の左舷甲板後部にてただ何をする事もなく目前を航行する大型艦、堺型強襲揚陸艦の1番艦である堺を眺めていた。

 

「ああ、こちらに居ましたか。探しましたよ沖田さん」

「ん、ああ……これは西住少佐」

 

と、その時甲板上に吹き荒ぶ潮風で足音は聞こえなかったが長年戦場に立っていた所為か死なない為に勝手に身に付いた勘と気配を掴む技術により零の背後に誰が立った気配がした同時に女性の声が出て届く。振り返った先に居たのは艦内での案内人兼お目付役であった西住まほ陸軍少佐であった。

 

「何か御用でしょうか?」

「いえ、てっきり食堂で朝食を摂られているのかと思い御同食できればと行ってみたもののその姿をお見かけしませんでしたので。一応昨日に艦内は案内しましたが全てではありませんし迷子になられて居ないか正直少し心配で……」

「それは申し訳ありませんでした。ご心配をお掛けしまして」

「いえ!それ程でもありません。私の個人的なものでしたし」

 

彼女は零のすぐ近く、彼女に対し向き直った零の目の前に立ちそこそこ大き目の声でそう話す。これは艦中央部に艦上構造物が艦橋とマスト・煙突が一体化した形であり、些か全通甲板とは言い難いがそれ以外に大隅の甲板上には風を遮る障害物がほぼ存在しない事や現在海上航行中なのもあってそれなりに強い潮風がそこに立つモノへと吹き付ける事で並みの声量では風に流されて消されてしまうからである。現にその強風によりそこに立っていた零の前のボタンを外したスーツの裾とネクタイは風に煽られはためていており、同じくそこにやって来た西住まほも風で髪型がぐしゃぐしゃに乱れてしまわないよう右手で髪を押さえていた。

 

「……ところで何をお見になっておられたのですか?」

 

朝日と潮風に煽られながらもまほは波と風の音に負けない音量の声で零に問う。目の前にいるはずのこの黒服の男が何故か一瞬白い軍服に身を包み、そして何処か遠い遠い彼女では思いもよらない場所を眺めているようでともすれば彼は本当はここに居ないのではないかという不安と違和感を何故か感じてしまった所為だ。

 

「あの船……強襲揚陸艦を見てたんですよ。何処かよく知る艦の面影と言うか特徴があるような気がしたので」

 

だがその不安と違和感も零がしっかりと彼女を見据え口を開いた事によって霧散する。そしてそう言いつつも彼が指をさした先にあったのは昨日艦隊に合流した出雲型(ヘリ)空母と同程度の規模、形状を持つ1隻の軍艦。

 

「……ああ、堺の事ですか?堺型艦載機搭載型強襲揚陸艦の1番艦 堺、旧日本軍において陸海軍が合同で編成した海兵隊が運用していた秋津型強襲揚陸艦を基に海兵隊や陸軍車両を搭載した揚陸艇の他にヘリや垂直離着陸機(STOVL機)等の艦載機運用可能なカタチに再設計された我が国日本で今や4隻しかない近代強襲揚陸艦の内の1隻です」

「なるほど……あの秋津の……だからか」

「はい、ですがそれ程似ていますか?私みたいな陸軍出身の素人目には良く分からないのですが」

「ええ、まあ分かる人には分かりますよ…………(設計と建造を丸投げされて)(一番近くで見てたの俺だし、ね)

「?」

 

まほは零が指さした艦、堺について自分が知り得る情報の内当たり障りのない部分を抜き出して説明する。が、しかしあくまで知っているだけで陸軍出身であり生粋の戦車乗りである彼女からすればそんなに興味深く船を見た事も覚えもない為正直彼女自身差異を理解している訳でも見分けがついている訳ではない。……これが戦車、特に独国陸軍戦車(パンターとかティーガー)の事だったら一発なのだが生憎と海軍は彼女の専門外であった。ただそれでもその相手が海軍出身の(夏海)であった為にそれ程問題ではない、そして流石にその後続けられた零の独り言は潮風に流されて彼女の耳に届く事はなかった。

 

「こほん、ところでこの船団の最終目的地は横須賀らしいですが貴女方(陸軍)も横須賀までなのですか?」

「いえ、護衛は父島『旧』前線要塞と入れ替わりますが我々はこのままこの船で横須賀で新たな人員と機材を収容次第硫黄島に向かいます。今は硫黄島が最前線ですので」

 

硫黄島

その名を聞けば誰もが思い浮かべるのは大戦末期の1945年5月5日に行われた米軍による日本軍の本土絶対防衛線の中核であったサイパン島支援の一大中継地であった硫黄島要塞の破壊と占領による支援遮断を狙った一大強襲上陸作戦、米軍作戦名「断頭台作戦(オーペレーション・ギロチン)」とも言われる通称「硫黄島の戦い」である。

この戦いにおいて米軍は史上最大規模の超大艦隊と第5水陸両用兵団を動員、対する日本側は内地に引き上げ一部改装中の艦艇を除いた残存第二艦隊及び本土・硫黄島陸海航空隊、陸軍硫黄島要塞守備隊3万と硫黄島秘密潜水艦ドッグ配備の伊016型攻撃潜水艦を動員しこれを迎え撃ち米軍は日本軍の巧妙な陸海空海中の3次元立体戦術に戦力を文字通り消滅させられる事となる。結果最終的に硫黄島並びにサイパンはアメリカに陥落する事はなかったが硫黄島の戦いは日本近代戦史上サイパン・沖縄・樺太・千島列島に次ぐ大激戦地として有名である。

 

「硫黄島か……確か陸軍が野砲が足りない分を本土から持ってきた重戦車と「使わねぇだろ?」って言って駆逐艦の砲を海軍から分捕って半地下式トーチカに押し込んで防衛戦力に加えたって言う話を聞いたような…………」

「よくご存知ですね。大戦末期に満州・本土決戦の為に温存……というかその場以外では重量問題で運用不可能だった百式重戦車と天一号作戦実施準備に基づき改装中だった駆逐艦が下ろした旧式の12.7cm速射単装高角砲を陸砲に改造した陸上固定式12.7cm速射単装高角砲を運び込み各砲台陣地及び対空砲陣地を構築した技術や思想は戦後の深海棲艦による沖縄侵攻で証明・活用され今の私達、新設された島嶼防衛特化機械化装甲部隊の礎となった聖地です。…………まあ今は予算も時間もないので硫黄島では先に基地を建設していた空軍の施設を間借りする事になるんですが」

「……貧乏っていつの時代も世知辛いですよね」

「ええ……世知辛いです。特に我が国は海洋国家ですから」

 

陸海空全てが国家防衛の為にはどれもが過不足無くされど周辺国家に対し必要以上の脅威を与えない程度の軍備が必要なのに違いはない。だが古今東西軍事とはとにかくお金がかかるものであり、今も昔も軍事費が嵩む国こそがおよそ大体が貧乏な国なのである。そしてそのどうしようもなく虚しい法則から日本も逃れる事はできず幾ら高度な経済的発展を遂げ『大海戦』以前は国民総所得(GNI)世界第3位の座にいた現代日本も過去の帝国時代と同様軍事費に経済が苦しめられるか少ない軍事費の分担に軍部が苦しめられるかの二択である。またその所為で悲しかな、日本は当たり前だがいつの時代も海洋国家であり国防の観点から見れば陸軍は制空制海の必須性からすればどうしても空海軍に対して二の次になりがちなのだ。

国家は国民あっての国家であり彼らは誰かの命を担保に金を渋る訳にもいかない、それは国家の矛であり国民の盾である軍も同様であり文句を言える立場でもないのだが金をケチって最初に大損害を受けるのは前線の兵士であると言うジレンマもあって特に最近では深海棲艦による脅威に対応する為に唯一深海棲艦に有効打を与えられる「艦娘」の大半が所属する海軍が優遇されている事も相まって陸軍からすれば色々と苦しいものである。

 

「それに実は私は地元に配属されましたが同じく妹も陸軍に入っていて士官学校卒業後の今は対米対露の要、北海道第11師団の第11戦車大隊で10式戦車の車長候補生をしています」

「ほう、車長のですか。少佐の妹であるとすればまだ二十代前半で士官に成り立て、しかもその中でも車長候補と言うことはとても優秀な戦車乗りなのですね」

「ええ、私の自慢の妹です。………もしかしたら私なんて目では無いかもしれない指揮官として戦車乗りとしての才能があるかもしれません」

「それは凄いですね!俺にも妹が居ますが正直俺よりもカリスマ性というか人を魅了させる人身掌握能力が素で高くてですね……気が付いたらいたる所で配下というか仲間をいうかを引っ掛けてくるんですよね……しかもやたら有能な奴ばっかりを」

「分かります、凄く分かります」

「それに普段は人見知りする癖にここぞと言う時には言う事は言うし頑固だし結構腹黒いし」

「分かりますっ!すっごく分かります!」

「あとそれに見た目によらず……」

 

「「案外図太い」」

 

2人揃って妹に下した評価に思わず零とまほは堪らず笑ってしまった。正直何故か話の途中から秋津の(シリアスな)話から話題が妹自慢・妹談議へと切り替わっていたのだが、2人共小難しい頭が痛くなってくる話題よりも今の話題の方が比べるべくもなく楽しく話が弾む為にそんな事実など明後日の方向へと放り投げて互いの妹愛に火が灯る。そして一度灯った火はなかなか鎮火する事はなく寧ろ同志を見つけた事により普段は話せない分ブレーキが行方不明になって激しく燃え上がる一方であり、時折強烈な潮風吹き付ける楽しくくっちゃべるには全く適さない筈の甲板上でこれだけ夢中で妹自慢が出来る事やその話の内容と弾み具合からしてこの2人、どうしようもないくらいシスコンの似た者同士であった。

 

「と、そう言えば以前連絡をとった時に確か横須賀への出張命令を受けたと言っていましたのでもしかしたら沖田さんと何処かで鉢合わせることもあるかも知れませんね。その時はよろしければ私の妹にもよくしてあげて下さい」

「ええ、流石に会えるかどうかは分かりませんが勿論です」

「お願いしますね」

 

そして楽しいお話しも一区切りがついた頃、楽しげに妹談義に花を咲かせていた2人だったが流石にいつまでも持ち場(船室)を離れて甲板に居座る訳にもいかない事や艦内食堂の利用時間も迫ってきていた為、少々惜しい気がしないでもないが最後にまほの零への頼み事が丁度終えたところを区切りに2人は先程まで立っていた甲板を後に艦内へと戻る事とする。……とは言え、ちゃっかりまた2人で落ち会える時間を確認した上での中断な事からしてこの2人、まだまだ妹自慢がし足りないご様子であった。

 

────時刻は午前7時17分(マルナナヒトナナ)。佐世保出航より30時間余り、横須賀まで残りおよそ9時間を切っていた。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

東京、某所。そこにあるとあるひとつの重厚な雰囲気を持つ木製の扉の前に1人の女性が立っていた。

 

「失礼します」

「入り給え」

 

三度のノックの後彼女はその扉の奥、会議室の中央に置かれた長円卓に座る7人の前に立つ。よく見るとそこに座る人と人の間の隙間がちょくちょく空いている事から欠席者も居るようでその間隔から見て空き席は6席、どうやらこの部屋に集う筈だった人物は13人だったらしい。

 

「あの……何の御用でしょうか?」

「ああ、君に頼みたい事があってね」

 

だが人数はさして重要ではない、問題は彼女の眼前に並ぶメンツとこの場を借り切って軍人である彼女を軍規的に合法的かつ秘密裏にこの場所に呼び出せる事である。

 

「これから至急横須賀に行ってとある人物を此処に案内して貰いたい。ああ……移動手段は此方が手配するので君が心配する必要はない」

「横須賀……」

「そうだ、本日16時(ヒトロクマルマル)に横須賀鎮守府軍港第3埠頭に到着予定の輸送船団に同乗してとある人物……察しはつくだろうが先日佐世保で保護された『来訪者』が護送されて来る。その『彼』を君に迎えに行ってもらいたい」

 

そして彼女から最も遠い位置かつ対面に座る初老の男性が切り出した内容とは「お願い」であった。当たり前だ、彼女は日本陸軍の一員であるが彼女を直接命令できるのは彼女が所属する第11師団の上位士官かもしくは国防省長官ないし国家安全保障会議(大本営)か日本軍最高司令官である内閣総理大臣のみである。が、そうも言ってられない事もある。それがまさに今の彼女の現状、彼女の記憶の限りではあるが並ぶ顔触れ全てが上官でありしかも軍統合司令本部(軍令部)や統合幕僚監部の幹部集団である場合であり、この場合「お願い」はただのお願いではなくちょっとした「極秘命令」である………それも拒否権のほぼ無い系の。

 

「問題が問題だ、一つだけなら質問を許そう、質問は有るかね?」

「はっ、しかし何故私が………?」

 

本来ならばこういった系の命令に質問などは一切厳禁となるはずなのだが何故かひとつだけとは言え質問を許可されたので思わず「何故?」と問うてしまった彼女だったが、それに答えたのはこちらから見て円卓右側に座るとても(・・・)見覚えがある妙齢の女性だった。

 

「貴女が背広組(国防省付き)では無く作業着組(身内の第11師団の人間)だからよ」

 

妙齢の女性曰く、彼女が中央の影響を受けていないからと言う事であるがそれと同時に敢えて声には出さないが彼女は国防省出向の要件が終わり次第中央を離れて北の任地へと帰ってしまう為情報の秘匿・隔離がしやすいという事があった為である…………まあそれだけでもないのだが。

 

「我々も今は制服組の一員だがそれでも今の生粋の制服組を信じる事は出来ない、政府の政治屋の腐敗や軍内部においても汚職や中ソ米英諜報工作員と後ろ手を組んで国を売り甘い汁を啜る売国奴(クズ共)も少なくない。内憂外患、これでは正体不明の怪物(深海棲艦)を相手にするどころか寧ろソッチを相手にしている方が楽というのは最高の皮肉としか言えまい」

 

そして今度はこちらから見て円卓左側の手前の方に座っていた老練な雰囲気を持つご老体は今の日本国そのものを自嘲気味にそう皮肉った。かつて今や功績からは抹消されてしまった護国の英雄の下で戦火を生き抜き戦後(未来)を託された当時の青年士官は戦後如何なる批判屈辱を味わおうともかつての同志と共に国家国民の盾となる陸海空軍の再建に尽力、国土及び同盟国の防衛の為には英雄の仇とも言えるアメリカとも手を結んで大国同士による冷戦下を生き抜く為に力を蓄え研ぎ澄まし続けた。そして冷戦終結後は中将に昇進しかつての英雄と同じ階級を得た事に喜びと悲しみを噛み締め、ほんの少し前までは老兵がいつまでも権力の椅子に座り続けるのは良くないと退役の機会を探っていたところに勃発したのが正体不明の人類の大敵深海棲艦による海洋封鎖でありその後の「大海戦」と「防衛戦」である。これによって発生した将士官不足により退役願いは不受理となり、責任問題により更に上の階級の将官が更迭された事でまさかの大将に昇進してしまった事で辞めるに辞められなくなったのがそのご老体であった。

 

「故になんとしてもPST(ピスト)CIRO(サイロ)より先にその者の身柄を押さえて欲しい、軍が自己の判断で動く事も政治に関わる事もその結果ロクでもない事になる事のは過去の事例から見ても百も承知だがそうも言っていられなくなってきている。それに『彼』の身柄はこちらとしても手札として利用はさせて貰うが身内を(同じ軍人として)見捨てる訳にはいかない」

 

ご老体の皮肉の後を始めに彼女に「お願い」と言うなの指示を下した男が話を続けるが、その内容は特にそれ程国家を憂いでいる訳でもなく愛国心が飛び抜けて強い訳でもない、ただ明日もまた今日の様な細やかな幸せを幸福に思える程度の日常であって欲しいと願う彼女にとっては聞き捨てならないものだった。なら分かっているならやめて欲しい、もしくは自分にそんな重大な問題を明かさないでくれと叫びたい衝動に駆られる彼女だが目の前のメンツの手前そんな事はできない。しかしだからといってこの軍部の意向、文民統制(シビリアンコントロール)から明らかに外れた行為に加担すると言う事は高等軍事会議ものの大罪でもある。だが、

 

「…………承知しました」

 

だがだ、そうまで言われてこの件についてどれだけ不味い事なのかを理解していても今この場で断わる事も無視する事を出来るほど彼女は愚かでも馬鹿でもなかった。

 

「頼んだぞ、西住みほ(・・・・)少尉」

 

逃げ道を塞がれた彼女──西住みほ陸軍少尉は頷く事しか出来なかった。

 

 




ガルパンはイイゾ(ボソッ


補足メモ
●堺型強襲揚陸艦
強襲揚陸艦の祖にして最優と讃えられた秋津型強襲揚陸艦の系統を汲む後継艦であり、それ故に艦体規模は拡張され艦内部構造の最適化は行われているものの艦外形は秋津に似通っている部分が多々ある。
艦名の命名基準は中世日本の主要貿易港やその地名であり1番艦が『堺』、2番艦が『坊津』、3番艦『大湊』、4番艦『博多』の計4隻が建造、就役している


【艦型情報諸元】
建造所 御国重工業大神造船所(旧大神海軍工廠)
運用者 日本海軍(日本軍海兵隊)
艦種 艦載機搭載型強襲揚陸艦(AAS)
艦型 堺型強襲揚陸艦
建造費 5000億円(4隻分)
母港 呉
所属 第4艦隊

計画 平成1年度軍備計画
発注開始時期 1999年
建造期間 2000年9月17日〜2013年
就航期間 2005年6月9日〜2015年

全長 261.3m
全幅 32.5m
喫水 8.9m
排水量 46.000t(満載時)
主機 御国99式電気・ガス複合推進機関×4基 2軸推進
最大速力 28ノット
乗員 1054名
海兵隊員 1853名

兵装
▪︎ファンランクス高性能20㎜機関砲
▪︎05式艦対空迎撃ミサイル
艦載機
▪︎御国 F-44 天桜Ⅱ ステルス艦載機
▪︎御国 ASF–X03/YF-3 震電Ⅱ 垂直離着陸戦闘機
▪︎御国 AFH-02 戦闘攻撃ヘリコプター
▪︎三菱 SH-60J/k 哨戒ヘリコプター
▪︎AW101 輸送ヘリコプター
艦載艇
▪︎エアクッション揚陸艇
C4ISTAR
▪︎OYQ-9E 戦術データリンクシステム
レーダー
▪︎FCS-3 00式射撃指揮レーダー装置3型
▪︎OPS-20C 対水上レーダー
ソナー
▪︎OQQ-22 統合ソナー・システム

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