コードフリート -桜の艦隊-   作:神倉棐

14 / 15
新元号「令和」を迎え既に21日が過ぎた今ようやく13話を投下する事が出来た事に若干の安堵と本来ならば21日前に投下する予定だったのに無駄にリアルが忙し過ぎて息抜きのゲームすらろくに出来なかった魔の10連休を恨めしくも惜しく感じている今日この頃。

そして今回の話の主役は主人公ではなく彼女と彼らです。


第拾参話 亡桜の艦隊

これはとある男が士官学校に放り込まれる少し前の話、とある男(乗組員)を失った少女達()の航路が再び交差する(が再び巡り会う)前の話。

 

 

 

 

 

北方海域最終(最前線)防衛拠点、単冠湾鎮守府。その夜半、日本最北端に近い(日本の軍事拠点としては最北端である)そこでは季節としては春先であろうとも未だ身を切るような冷たい風が吹いている。

 

「うぅっ……寒い……、さて……見回りはこの辺りにして私も仮設宿舎に戻ろうかしら?今夜の夜間哨戒は単冠湾鎮守府所属の娘達が行っている筈だし」

 

そしてそんな地域にある鎮守府前の軍港を厚手の海軍士官用のコートを着て片手に懐中電灯、肩にはいつものアンチマテリアル・ライフル(5式対戦車狙撃銃)を掛けた長髪の女性、大和型戦艦3番艦にして信濃型改装空母1番艦である「信濃」の名を持つ艦娘である彼女は1人今夜の当番であった港湾内の見回りを行っていた。

 

「……作戦決行は明日か、生憎予報では作戦海域はほぼ一日中濃霧が晴れないようだし私は居残りかしら」

 

先の単冠湾(ひとかっぷ)大湊(おおみなと)鎮守府並びに横須賀派遣の亡桜の艦隊(ロスト=カローラス・フリート)3艦隊合同(全24隻)による「北方(幌筵)泊地海域防衛戦」は侵攻して来た敵戦艦4、重巡2、軽巡4、駆逐18、潜水4、補給3の計35隻を悉く撃沈し追撃として高練度艦隊たる亡桜の艦隊を主軸とした反攻戦力を編成、現在「北方アルフォンシーノ(アリューシャン)列島沖決戦」に向け作戦の最終段階へと移ったところであった。

 

「まあ……千歳から全天候型の早期警戒機(AWACS)その護衛戦闘機(F-15J/JN)部隊が飛んで来るから私は必要無いでしょうけど」

 

とは言え信濃が呟いた通りアリューシャン列島は海洋性の気候かつ年中濃霧が立ち込めやすい海域である為、レーダー等の電子装備がまだ未熟な大戦期頃の航空機では航空攻撃以前にまともに空を飛ぶ事も出来ず艦載機運用など夢のまた夢に近い事から今はまだ(・・・・)大戦期頃の艦載機(零戦や烈風改・天桜 等)しか搭載できない彼女(信濃や大鳳)達空母は最初から出撃メンバーから外されている。が、逆に言えばそんな濃霧に包まれた海域でもまだまともに飛行可能な現代航空機ならば本作戦にも投入可能である為にその代わりとして攻撃は通じずとも自衛だけは可能な現代航空機が後方の空軍基地(千歳空軍基地)より支援に飛んでくる手筈になっていった。

 

「ううぅっ……寒い寒い……」

 

ヒュゥっと、突然吹いた寒風が彼女の身体を撫でその寒さに彼女は身を震わせる。自分が出来る事がこんな安全の確保された鎮守府軍港の夜警程度しかないと言う嘆きと、いつの間にか緩んでしまった緊張と共に動いた事で緩んだコートの襟元を寄せズレていたマフラーを巻き直し新たな冷たい空気の外部からの侵入を防ぐがそれでも北国に吹く春先の夜風は充分冷たかった。

 

「もう春なのにね……、(南方連絡海域)はいつも夏だったけどやっぱり(北方海域)はまだまだ寒いわ。南に残った加賀先輩が羨ましい」

 

身を切るような寒さについ先月まで派遣されていた南方の冬でも暖かい気候を恋しく思いつつ、今もなおそんな場所(台湾警備府)で来たるべき南方泊地海域攻略(トラック泊地奪還作戦)の要たる連絡航路防衛の任に就いている先輩(加賀)の後ろ姿を思い浮かべる。

かつて栄光の初代第一航空機動部隊旗艦を務めそして今は亡き帝桜の御旗を最も初めにそのマストに掲げたその誇りと自負は他の追随を許さず、己にも他人にも人一倍厳しくそれでいて人情に厚く誰よりも努力家な女性(ヒト)、不器用で顔に出ない分感情が豊かな何処か中将と似た雰囲気を持つ彼女は信濃にとって鳳翔さんと同様もう1人の母とも言える女性(ヒト)であり憧れであり最後には必ず超えて見せるべき目標とも言える相手である。

 

「うぅ……、それに月も出てきたし……………ん?」

 

ぼやいたり考え込んだりと色々と脇道に逸れたものの信濃がなんだかんだで見回りの行程を9割方終わらせた頃、最後の見回り場所となる東第三埠頭防波堤に辿り着いた彼女は波の音の中に風に乗る歌声を耳にした。

 

 

────♪

 

 

故郷を想う、決意の歌。第1次世界大戦頃からイギリス・ドイツ・フランス・ロシア・日本にて兵士達を中心に広がり、その地域地方での風土や言語による歌詞の差異はあるもののその全てが在りし日の故郷を想う歌詞を持つ。最初に歌い出したのが誰なのかは不明だが大戦の最中でもなお歌われたそれは転じて「反戦の歌」として今もなお忘れぬ為に歌われ続けている。

………そして彼ら彼女らは知る由もない事だがその「歌」は本来ならばその時代にはまだ影も形もないしかも反戦なんてものは微塵も考えられてなどいない筈のものでもあった。

 

「………………」

 

埠頭の先、流れる雲の切れ目から現れた月より降る仄かな光が桜花の散らされた朱塗りの唐傘とその下で揺れる一纏めに纏めて結い上げられた焦げ茶色の長髪を照らし出す。涼やかな、そして何処か寂しげな歌声はそこに立つ信濃と同じ黒の士官用コートを身に纏った女性が発していたモノであった。

 

「大和姉さん、こんな時間に……」

 

信濃に呼ばれ振り返った女性。かつて帝国海軍の栄華の極みだけでなく帝桜の、この日本の象徴として君臨し世界最強の名を欲しいがままとした超弩級をも超える「超戦艦」大和型戦艦1番艦 大和(やまと)の名を持つ艦娘(彼女)は大和型三姉妹の末妹にあたる信濃の姿を見て朱に染めつつ頬を緩める。どうやらこっそり歌っていた歌声を他人……特に妹に聴かれてしまった事が少々気恥ずかしかったらしい、いつも慎ましく控えめでありながらも凛と芯を持った行動や表情をする事が多い大和撫子(ヤマトナデシコ)を文字通り体現する彼女がそんな表情をするのは少々珍しかった為に信濃は少しだけ驚いた。

 

「信濃……見回りですか?」

「ええ、もうおしまいだけど。姉さんは?」

 

驚いた信濃だが大和から掛けられた声により正気を取り戻し逆にそう問いかける、そしてその問いに応えるように散る桜の花弁の模様が描かれた朱色の唐傘を回しながら大和は天に浮かぶその白亜の月を見上げた。

 

「……月を、満月を見に……ね」

「月……」

 

そして大和の答えに信濃もまた釣られるようにして月を見上げる。彼女達が見上げたその夜空には、いつの間にかそこに在った筈の雲が押し流されて溢れんばかりに淡い光を湛えた真円の月がそこに在った。

 

「『月が綺麗だと思わないか?地上がこれ程までに戦火に包まれ灰塵と血潮に塗れているというのに登る月は何事もなく夜を照らし、宙に瞬く星々はまるで誰かが流した涙の様だ』」

「?、それは……?」

 

月を見上げ、大和の呟いた聞き覚えのないその言葉に信濃は首を傾げる。内容からして大戦中に詠まれた言葉なのだろうが大戦末期から現代にかけて日本の海と空を守った彼女でも知らない言葉となるとそれ程有名でないか、もしくは誰かが風聴する事もなく胸に秘めたか密やかに伝えらた言葉なのだろうと当たりを付ける。

 

「かつて、あの人が(ソラ)を見上げて呟いた言葉です」

「御国中将が?」

「そう……あの日、天一号作戦出撃前夜にあの人が1人、私の重艦橋の頂点にあった第1艦橋で月を肴に盃を傾けていた時に訪れた有賀艦長に言った言葉です」

 

そして信濃の考えは強ち間違いではなかった。天一号作戦実施前々夜(2日前)、信濃及び大鳳以下第一航空機動部隊もとい第一艦隊は天一号作戦発令と僅か数日差で開始された天号作戦前段階準備に基づいて硫黄島行きに見せかけた偽装進路を取りつつもすぐさま沖縄に向かえるよう南下している最中であり、彼ら(彼女達)が作戦後に帰還してしばらく後に戦争は終結した事でそのほぼ同時期に御国夏海海軍中将が戦犯指定を受けた為にその言葉を知る者達は口を噤む他なかった所為である。

また大和は再び宙に浮かぶその満月を眺める。それにつられて信濃もまた月を見上げた。

 

 

そう……あの日もまた今日のような満月だった

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

1945年8月12日、呉

 

その夜、呉の軍港に停泊する数数多の艦艇の中でも最も巨大な艦容を誇る大和艦内にある食堂では宴会が開かれていた。

 

ある者は階級を超えた友誼を結び

ある者は大和の威容を誇り口に出し

ある者は酔って馬鹿騒ぎを起こし出し

ある者は酔って十八番の演歌を歌い出し

ある者は英気を養うべく静かに盃を傾けて

ある者は大和自慢のフルコースに舌鼓を打ち

ある者は同郷の者との思い出話で盛り上がり

ある者は戦友と共に上司の愚痴を言い合って

ある者は今日新たに得た戦友と共に盃を交わし

ある者は同じく故郷許嫁や妻子を残した者と決意を口にした

 

それは上下士官、駆逐艦の一兵卒から空母や戦艦の艦長や指揮官である佐官や将官までもを一同とした(巻き込んだ)大日本帝国海軍史上最大規模かつ前代未聞の帝国海軍最期(・・)の無礼講である。賑やかに、楽しげに、まるで今が戦争の真っ只中であると言う「現実」が嘘であるかのように其処に悲哀などは存在しない。

ただ分かっていた、もう一度皆が今この場の様に一同に会する事など二度と訪れない。……きっと、あともう一度出港したこの艦隊は、この艦は二度と此処へは帰らない。自分が、アイツが、戦友が、部下が、上官が、誰が、誰もがきっと死ぬだろう。

本来此度の天一号作戦は連合国軍の国内世論(厭戦気分)その侵攻速度(サイパン島と硫黄島戦線の膠着具合)からして戦略的に見ればあと数週間の準備期間を有する筈であり、そして最近怪しい動きを見せるソ連軍に対し本作戦に合わせて実施される結作戦(対ソビエト侵攻防衛作戦)に動員された雲龍を旗艦とした長門以下第三航空機動部隊(北方第三艦隊)と同時期に本格的な実施となるはずだった。がしかしその予想は大きく外れ米英連合国軍はサイパン並びに硫黄島に張り付いていた戦力の中核をいつの間にか抽出、必要最低限の戦力を残した上で両戦線を放置して日本本土攻撃の前段階とした沖縄攻略への乗り出してしまったのである。本来ならば連合国軍の攻勢前に気付けたはずの事態だった、だが連合国軍側の巧妙な隠蔽・誘導工作の他に増援に次ぐ増援により苛烈さを増す連合国軍の攻勢に補給が追いつかない事も増え休息もろくに取れずに疲弊した両戦線を支える日本軍はその兆候のほぼ全てを見過ごしてしまったのだ。結果連合国軍の沖縄強襲は直前の潜水哨戒網からの通報により辛うじて最低限の防衛体制を整えて対応できたもののその代償に沖縄防衛の任に就く陸軍三二軍は大損害を受け既に沖縄中部は連合国軍に陥落させられ部隊は南北に両断されていると言う、更に余りに急な戦闘の開始だった所為で多くの沖縄臣民が陸軍の後退とほぼ同時に避難を行なっている為に突発的戦闘による多数の巻き添えを食らう羽目になっていると言う最悪の報に軍令部には激震が走った。

 

なんとかせねばならない。()なんとしてもやらねばならない(・・・・・・・・・・・・・)

 

現時点で沖縄が落とされ本土決戦目前まで事態が進行すれば多くの尽力と犠牲の果てに辛うじて繋いだ日米講和への糸口が切れて無条件降伏という最も最悪な事態が現実に成りかねない状況に軍部上層部はどうしても天号作戦の実施を急がねばならなくなった。だがだからと言って艦隊はすぐには動かせない、そもそも作戦前段階としての機動部隊の艦載機やその搭乗員の補充と物資……特に燃料の調達が未だ済んでいない事や武蔵の主砲(51cm連装砲へ)の換装後の習熟訓練が行われている最中である事も相まって即座に艦隊を動かし沖縄への救援に向かう事は絶望的(不可能)であった。

しかしその状況を覆した男が、男達が居た。軍民を問わず最早動かせぬ船から油槽より少しでも油を掬い、艦載機搭乗員を探す為自らの足で日本全国の陸海軍航空基地を回り基地司令やそこに所属する操縦士達に協力を乞い、少ない時間の中で計画の全てを見直し推敲した。その相手が一兵卒でも陸軍でも民間人でも関係無くあらゆる相手に対しても頭を下げ協力を乞うてひとり残らず協力を取り付けた男が居たのだ。男達の尽力の甲斐あって計画は理想と現実の妥協として8月初頭での作戦実施の目処を立てる事に成功した、既に「奇跡」は起こっていたのだ。

だが今その輪の中に本作戦の最たる立役者とも言えるその男の姿はない。何故なら今その男は1人別の場所にいたからである。

 

 

 

再編第二艦隊旗艦大和 第一艦橋側面見張所

 

大和艦内の喧騒から離れ波と風、そして(おか)に居る虫の音だけに支配されてていたその場所に1人、盃と酒瓶を手にした初老の男性が見張所の柵を背に月を見上げていた。

 

「御国司令、こんな所におられましたか」

「………有賀艦長か」

 

無人の筈の艦橋、そこに繋がる扉が開きそこから軍人にしては少々恰幅の良過ぎる男が現れる。彼は有賀(ありが)幸作(こうさく)海軍大佐、この戦艦 大和の6代目艦長にして作戦に向けて艦隊を十全に動かすべく月月火水木金金の訓練を行う為に腐心し続けて「奇跡」を起こす為に尽力した男の1人である。

 

「司令が宴会の途中でいつの間にか御姿をお隠しになられてしまいましたのでお探ししておりました。此度の宴会の主催者は司令ですのでお早く食堂にお戻りに頂ければと、既に作戦配置(サイパン島への偽装進路を)に付いている(取りつつ南下し硫黄島近海にいる)第一航空機動部隊(特別編成第一艦隊)を除く全ての作戦参加艦艇各艦艦長(再編第二艦隊所属艦乗組員)らも司令をお待ちです」

 

彼、有賀艦長はそう言って目の前に立つ初老の男、天号作戦作戦全権委任者にして数多くの奇跡を起こし「奇跡を起こす男」とも呼ばれた今回の「奇跡」を起こした中心人物たるこの再編第二艦隊司令官御国夏海海軍中将に対し宴会と化した食堂に戻ってもらえるよう促す。時刻は既に午後11時(フタサンマルマル)を回り幾ら作戦実施前日の明日が全訓練を中止した最期の休息日なのだとしても、下手に長引けば肝心の2日後に酒気を残す羽目にも成りかねない事やこの艦を直接指揮する身としては明日の片付けなども考えてそろそろ御開きにしておきたいと考えているのだろう。

 

「分かった、だが少しこのままでいさせてくれ。今丁度月を肴に盃を傾け始めた所なんだ」

 

が、分かっているとは言え普段は将校として殆ど静かには飲めないのもあってようやく静かに酒を飲めるのだから少しくらいバチは当たらないだろう?と夏海は宣いつつ盃に手に持った日本酒を注いで煽る。食料だけでなく日本酒もまた戦時故に質の低下や生産数の減少により配給制となってしまったとは言えやはり有る所には有るものである嗜好品の為今回の宴の為に各所から調達した酒のひとつをたった1人で開けるのはちょっとした贅沢でもあった。

 

「月が綺麗だと思わないか?」

「は?」

 

だからだろう、普段はしない贅沢の所為かそれとも単純に酔いが回ってきた所為なのかは不明だが何時も多くを語る事はない寡黙な筈の男は唐突に口を開く。

 

「地上がこれ程までに戦火に包まれ灰塵と血潮に塗れているというのに登る月は何事もなく夜を照らし、宙に瞬く星々はまるで誰かが流した涙の様だ」

「…………」

 

朗々と無感情に、飄々と嘆くように、滔々と歌うように、軽々と穿つように、淡々と唸るように、何気ない話題でもあるかのように紡がれた言葉には多くの感情が入り乱れたそれは途方もなく深い後悔や大罪を犯した罪人が神に赦しを乞う懺悔のようでもあり、今までそんな弱音を一度も吐く事の無かった護国の英雄の姿に(戦乱の神にすら祭り上げられた男の姿に)有賀艦長は絶句する他にない。

 

「だが、でもだからこそ、そんな無垢なる月を、遥か遠く、でも何よりも天体の中で最も身近に、側に在り続けるその月を私達は美しいと感じてしまうのかもしれない」

「それは……」

 

……だがそれと同時に安心している自分もまたいる事に彼は気付く。目の前に居る己の様な凡夫には決して理解し得ない頭脳と才能とこの何処か只人ではない雰囲気を持つこの男が、奇跡を起こす男は神や怪物などではない間違いなく己達と同じ今を生き明日に手を伸ばし続ける(泥を這いずっても生き足掻く)人間なのだと理解する事が出来た為だ。

 

「…………なに、酔っ払いの戯言だ。聞き流せば良い……深い意味も無いしな。君も飲むかね?」

 

そんな有賀艦長を他所に夏海は何処か気恥ずかしげに零した言葉を濁す様にして有賀に対し新しく取り出した盃を押しつけるようにして酒を勧める。そんな姿も余計に人間らしくて、彼は益々目の前の男が本当に人間なのだと実感させられる。

 

「……では、自分も御相伴に預かります」

「ああ、私が注ごう。あとその盃も貰ってくれ。但し、間違っても割るなよ?」

「はっ、御意」

 

そして盃を受け取ってから気付いた事であるが何気に階級的には基本される側である筈の目の前の男にする側の筈の自分が酌をして貰っていると言う下手すれば帝国海軍軍人の中でも初かもしれない体験に内心焦り感じながら日本酒の注がれた盃を煽る……なかなか悪くない味である。ではさてもう一杯、と夏海が瓶を傾けようとしたその時、静寂に包まれていた筈の無人の艦橋がにわかに騒がしくなる。

 

「ややっ、やはりここにおられましたか司令殿」

「おっ、有賀艦長もここに居たのですか」

「しかも司令自らお注ぎ下さる日本酒を煽っているとはなんたる贅沢者か」

「羨ましいですぞ有賀艦長、司令自分にも一杯」

「抜け駆けは許さんぞ、先ずは大佐である私から」

「しかし今宵の宴は無礼講、そのような無粋な事は無しでありましょうぞ」

「うむぅ……」

 

有賀艦長が来た時同様艦橋の扉から現れたのは各再編第二艦隊の艦長である平塚大佐(天城)岡田大佐(利根)原大佐(矢矧)井浦大佐(鹿島)薗田大佐()寺内中佐(雪風)前川中佐(浜風)前田中佐(磯風)瀧川少佐(初霜)杉原少佐(朝霜)松本少佐()の11人であり、どうやらその言動やその手にちゃっかり酒瓶を持参しているところを見るとそれなりに酔っているらしい。特に促した訳でもないのにささっと全員が見張所の床に腰を下ろして持ち寄った酒を月と武勇伝を肴に宴会を始める姿に、どうやら静かに飲む一人酒はお預けかと夏海は苦笑を零しつつも最期くらいはとその輪に入って酒を煽る。

 

天一号作戦実施まで残り30時間余り、そんな男達の酒盛りを月は優しく見守っていた。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

信濃が埠頭より去ってなお、そこに立ち尽くしながらも月下満天の星空の浮かぶ水面を眺めて彼女は思う。

 

何故こうなってしまったのか……と、

 

しかしそれ同時に彼女はその答えを理解していた。

 

自分の愚かさの所為だろう……と、

 

別に彼女自身は自らの上に提督と呼ばれる存在を戴く事に否定的ではなかった、否定的ではなかったのだ。彼女からしてみれば最も大切な事とは己達が戴く存在についてではなく掲げた御旗とその誇りと意志(遺志)であり、それと同時に艦にはそれを操る人が必要であると思っていた為である。が、現実は彼女の思う通りにはいかなかった。世界最強にして最高の戦艦であり護国の英雄達の誇り、再び浮上し日本を救った彼女はそしてただ単純に彼女の「大和」という名は彼女が考えていた以上に重いモノだったのである。その結果生まれしまったのが現状に不満を持ち彼女を旗艦(指揮官代理)とする「特別編成第二艦隊」と呼ばれる日本最強最高練度の旧「帝桜の艦隊(カローラス・フリート)」所属艦が集まった問題児艦隊。通称が「亡桜の艦隊(ロスト=カローラス・フリート)」というのは人間達が彼女達に贈った最大の皮肉であり、それは何かを(・・・)変えられる筈だった(・・・・・・・・・)立場でありながら(・・・・・・・・)結局は殆ど何も(・・・・・・・)出来なかった(・・・・・・)大和には大きな棘として突き刺さった。

故に彼女は思っているだけではどうにもならない、ならば帝国海軍聯合艦隊元旗艦としてあの人の最期の旗艦として相応しい恥じる事のないように在ろうとして誰もが思い描く戦艦大和という存在を描き演じ続けた……その結果が不和の元種(このザマ)である。

 

かつて共に海原を駆けて戦い、守りそして逝ってしまった人々の祈り(呪い)願い(怨念)を受けて元から人の想い(信仰)を集め易く付喪神としての素質が高い軍艦であり兵器である我々はヒトの形と心を得た。古来から女性としてその姿を称えられ名を授けられた事により女性のカタチでもって現世へと再び生まれ落ちたのだ。しかしそれは決して祝福されていた訳ではなく、寧ろ……

 

そこまで考えて大和は頭を左右に振って無理矢理思考を停止させる。「それ以上考えてはいけない」、そう彼女の本能が頭痛として彼女に警告を発するが彼女の理性は「逃げるな」と彼女に訴えかける。

 

「司令……私は、大和は間違えていないでしょうか……?」

 

本能と理性の板挟みとなり苦しみに苛まれる大和が零した呟きに応えるモノはそこに居なかった。

 

 

 

 




補足メモ

亡桜の艦隊(Lost=Corolla's Fleet)
大和型戦艦1番艦 大和を旗艦兼指揮官代理として空母 信濃・大鳳・加賀、重巡洋艦 利根、軽巡洋艦 矢矧・鹿島、駆逐艦 不知火・時津風・浜風・秋月・照月・涼月の計13隻の水上艦によって編成された特殊遊撃部隊。正式名称は「特別編成第二艦隊」であり別名の「亡桜の艦隊(ロスト=カローラス・フリート)」は未だにもはや存在しない功績を抹消され英雄から罪人へと引き摺り墜とされた過去の人物に縋る艦娘達を皮肉ったものである
なお、現在特殊遊撃部隊は空母 加賀を中心とした南方海域奪還作戦援護と旗艦大和を中心とした北方海域防衛の二方面に投入されている。

●米軍作戦名「氷山作戦(オペレーション・アイスバーグ)
日本側の各戦線での奮闘や米本土での暗躍による度重なる妨害行為により爆撃機航続距離の問題を解決するための太平洋諸島の占領だけでなくマンハッタン計画さえもが遅れに遅れた事によって太平洋諸島戦域における決定打を欠いた戦線の膠着と世界的に蔓延し始めた厭戦気分、更に不穏な行動を取り始めたソビエト社会主義連邦の動きに焦りを感じていた連合国(特にアメリカ合衆国)が対日戦線での対日講和内容を有利にしあわよくば合衆国の勝利でもっての終戦を目論み計画された戦線の膠着を打破し日本本土攻撃に対し王手をかけるべく用意周到に遂行されたアメリカ合衆国の命運を賭けた一大作戦のひとつ。サイパン島や硫黄島などの背後に未だ日本軍の戦力が存在し続けていた為ある意味では速度と継戦能力が命の特攻作戦でもあった


No.Unknown
●大和型戦艦3番艦/信濃型装甲航空母艦1番艦 信濃
 
【艦型情報諸元】
設計計画 A-140-F7改改(改二)
建造所 大神海軍工廠
運用者 大日本帝国海軍/日本国海軍
艦種 戦艦(BB)/装甲航空母艦(CV)
艦型 大和型戦艦/信濃型装甲空母
前級 長門型/雲龍型
次級 紀伊型(計画のみ)/鳳翔型
建造費 1億3000万円(建造当時)
母港 横須賀
所属 第一航空機動部隊(第一艦隊)
 
計画 第四次海軍軍備補充計画(改マル4計画)
発注開始時期 1939年代
起工 1940年4月7日
進水 1942年10月6日
就航期間 1944年12月1日〜1968年9月20日
除籍 未定(国立聯合艦隊記念博物館)
 
[大戦末期]
全長265.0m
全幅 37.5m(三角デッキ含む 67.7m)
甲板面積 11,260m^2
喫水 12.2m
基準排水量 66,000t
主機 COSAG方式 御国改43式ガスタービン複合機関 可変ピッチ・プロペラ4軸推進
電源 ガスタービン主発電機×4基
出力 25万馬力
最大速力 31.30ノット
航続距離 6300海里(16ノット)
乗員 5200名
甲板装甲 25mmDS+75mmCNC鋼+AH塗料
格納庫形式 密閉型
搭載可能全機 45機+補助機3機
 
兵装
▪︎対空電探連動式65口径10cm連装高角砲B型(砲架型)
▪︎対空電探連動式62口径12.7cm単装速射高角砲B型(砲架型)
▪︎対空電探連動式40mm機関砲
▪︎対空電探連動式20mm連装機銃
艦載機
▪︎四式艦上戦闘機烈風改(A7M3-J) 20機
▪︎四式艦上攻撃機流星(B7A2)20機
▪︎三色艦上高速偵察機(C6N)彩雲5機

補助兵装
▪︎艦首・艦尾両舷スラスタ
▪︎4式妨害電波発生装置
▪︎艦載機指揮管制設備
▪︎戦闘指揮所設備
電波探信儀(レーダー)
▪︎4式全周対空・対水上電波探信儀
▪︎改1式3号全周対空電波探信儀
▪︎改2式1号対空精密測距・目標追尾用電波探信儀
聴音探信儀(ソナー)
▪︎球形艦首バウ2式水中聴音探信儀

[朝鮮戦争終結時(1653年)]
兵装
▪︎65口径10cm連装高角砲B型(砲架型)
▪︎高性能40mm機関砲
艦載機
▪︎M9MI7-J/AF-0 艦上戦闘攻撃機 天桜
▪︎R2Y2/BR-0 艦上偵察爆撃機 景雲
補助兵装
▪︎50式1号空母型蒸気式カタパルト×4基
▪︎甲板中央・艦舷エレベータ×各2基
▪︎艦載機指揮管制設備
▪︎聯合艦隊司令部設備
▪︎戦闘指揮所設備(C.I.C)

[最終時(1973年)]
主機 COSAG方式 MiHI-DT0491 ガスタービン複合機関
電源 ガスタービン主発電機×4基
出力 20万馬力
最大速力 31ノット
航続距離 11.330海里(15ノット)
乗員 5427名
 
兵装
▪︎RIM-7 Sea Sparrow
▪︎高性能40mm機関砲
艦載機
▪︎M9MI7-J/AF-0E 艦上戦闘攻撃機 天桜改
▪︎JE-1C 早期警戒機
▪︎SMH-02 対潜哨戒ヘリコプター
補助兵装
▪︎74式1号空母型蒸気式カタパルト×4基
▪︎甲板中央・艦舷大型エレベータ×各2基
▪︎艦載機指揮管制設備
▪︎聯合艦隊司令部設備
▪︎戦闘指揮所設備(C.I.C)
レーダー
▪︎OPS-18 対水上索敵レーダー
▪︎OPS-20 対水上レーダー
 
着艦識別表示 【シ】
 
図鑑説明
大和型戦艦3番艦改め信濃型装甲航空母艦1番艦、信濃です。
帝国最高峰の艦隊決戦主力として大和姉さんや武蔵姉さんと同様の超巨砲超火力重装甲重防御に基づき51cm連装砲とその直撃に耐え得る舷側合計510mmと中甲板260mmに囲まれた最重要区画(バイタルパート)を有する超戦艦として建造が開始されました。が途中多くの海戦にて損傷・損失した第一航空機動部隊の先輩方の穴を埋める為急遽空母へと改装される事が決定、改装後は日本最新鋭たる大鳳や雲龍達と共に新生第一航空機動部隊の中核を務め硫黄島沖海戦並びに沖縄沖海戦にも参加しました。
先輩方が積み上げ育てあげた栄光の第一航空機動部隊、そして聯合艦隊中枢戦力として尽力させて頂きます。



次回、新章突入。第2章 海洋技術専修士官学校編
「在りし日の記憶(仮題)」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。