コードフリート -桜の艦隊-   作:神倉棐

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第弍話 第六駆逐隊と秋桜の提督

 

 

 

佐世保鎮守府にある机や椅子、火の入っていない暖炉、照明、本棚と簡素、必要最小限でありながらもそのひとつひとつが極上の一品とも言える最高級品の品々であり嫌味にならない程度に抑えられたシックなとある一室、そこにある『提督』の執務室の机には1人の女性が座っていた。

 

蒼いリボンにより馬の尾の様に(ポニーテールで)纏められてはいるが髪の毛一本一本に新月の宙を織り込んだかの様な美しくも何処か冷たさを感じさせる夜色の長髪に、欧米人の血が混じっているからか色素の薄い血が通った薄い桜色の肌、日本人でも珍しい黒、正しくは紫色に近い瞳の色を持ったその女性は室内であるので軍帽は被ってはいないが女性士官用第一種軍装(冬服)に身を包み腰には海軍士官として任官した際に贈与される六四式海軍短剣が一振り吊るされている。そしてその手に持たれていたのは一冊の手帳、黒革の背表紙の劣化からしてそこそこの年季が入りそして丁寧に保存されてきていたであろうその手帳を書いた人物は御国(みくに) 夏海(なつみ)帝国海軍中将──(御国 七海)の曽祖母のお兄さんであり私からすれば御先祖様である。

 

「………『軍人に正義は不要(いらず)、名誉は不要(いらず)、ただ守るべきモノを守り切る。それだけが唯一軍人を軍人足らしめる証左である』か……」

 

パラパラと紫外線を浴びて薄く茶色くなった手帳のページを捲ると一番最後のページから少し前のページにはそんな言葉が書いた人の名前と共に書かれていた。そこから数ページ先まで幾人もの人が回して書いたであろう言葉が幾つか綴られている、中にはかの有名な聯合艦隊総司令長官 山本 五十六海軍元帥のあの『やってみせ』や井上成美海軍大将の『人を神にしてはいけない』、秋山真之海軍中将の『流血の最も少ない作戦こそ、最良の作戦である』、挙げ句の果てには東郷平八郎海軍大将の『日に五つを省みる』などがあってどれだけ友好関係と言うかツテが広かったのかと驚く程のものであり、恐らくその道のファンからすれば札束を山のように積んででも手に入れたいシロモノだろう。勿論これは陸海空軍に所属する事になった御国の家の者がほんの少しの間軍人としての戒めとして貸し出される我が家の家宝である。

 

「凄いなぁ……私には真似出来ないよ、こんな生き方」

 

思わず心から零れ落ちた言葉が口から洩れる。それは決して相手を貶す言葉などではなく、寧ろそれには賞賛と尊敬、そして憧憬が宿っている。

 

 

日本帝国海軍二大支柱、世界最高の戦略家、戦神、魔王、戦場皇帝、奇跡を起こす男、電算機要らず、個人で第二艦隊を作れる男、戦艦でドリフトをやらかした男、戦略を戦術と更に上をいく戦略で覆した男

 

 

この他にも数多くの二つ名は存在するがそれら全てに共通してその名に込められているのは畏敬や恐怖、希望であり絶望であり、そしてそれは彼が為した“奇跡”と言う名の偉業が誰もが認めるしかない奇跡であった為である。それは自分が立案したであろう作戦指令書の原本や太平洋戦争の前期、中期、後期と3種類に分けられて日米戦線と補給線、偵察から分かった補給基地の位置や戦場の推移予想が書き込まれた海図の束、航海日誌等から彼がどれだけ類稀な頭脳を誇り古今東西の戦略に通じる才能、故意であろうとなかろうと人心を巧みに掌握するカリスマ、情報と兵站を重視し戦闘では大胆不敵かつ用意周到な作戦とそれを可能にする、“奇跡”を起こすだけの運を持っていたのかを理解できる。

だからこそ、そんな彼がもし今の、平成の世にいたのならば今の現状を、深海棲艦と呼ばれる未知の化け物達の侵攻をどうにかできたのではないかと、そう思ってしまう。

 

今から7年前の2013年、太平洋上に突如として現れた正体不明の『深海棲艦』達は僅か数ヶ月足らずで太平洋・大西洋・インド洋・地中海と世界中の全ての海洋から人類の進出を一掃、駆逐した。全ての大陸、全ての島嶼は孤立を余儀無くされ、人類の文明とその隆盛は大きく減衰させられる事となるが勿論人類とてそれをただ見ていただけではない、幾度もの大規模反攻作戦が行われたがその度多くの人の血が流れ、それも6年前に行われた人類全ての海上戦力を集結させ核すらも使った海戦、通称『大海戦』で壊滅的打撃を受けた大敗北を最後に終わっている。

元々我々人類の保有する現代兵器では擦り傷程度しか装甲に展開された謎の防壁に阻まれて付かなかったのだから勝負は見えていた。しかし、それでも軍は、国はやらなければならなかったのだ。当時の多くの国々、日本もまた完全に追い込まれていた。そして深海棲艦による海洋閉鎖の影響を直接受けた海洋国家たる日本は資源の輸入が止まりジリ貧、食料も多くを輸入に頼っていたから一部を除き配給制となった。

そして人類が母なる海から完全に駆逐されんとしていた5年前、大海戦から1年後の2015年。摩訶不思議なチカラを持った妖精さん達と共に彼女達が――第二次世界大戦の軍艦の姿を模しその管制中枢体として人と同じカタチを象った『艦娘』達が現れた。唯一彼らに対し有効的な攻撃を行う事の出来る彼女達とそんな彼女達に選ばれ指揮下に置く事のできる人の提督が協力する事により人類は滅亡の瀬戸際にてなんとか平穏を手にし、そしてかつての様な海洋の主足らんと願い来たるべき『大反抗』の日を夢見ている。

 

あの『深海棲艦』の大艦隊と相まみえ大敗北を喫したあの日より7年もの月日が経った今もなお………

 

「……さて、これで休憩はお終い。第1艦隊(高速戦闘艦隊)第2艦隊(機動艦隊)の子達は出撃中だし第六駆逐隊のみんなも哨戒中なんだから仕事の続きしないと。出撃中だから秘書艦の晴風(はれかぜ)も居ないし……」

 

考えれば考える程ドツボに入っていきそうな思考に終止符を打つ為にパタンと手帳を閉じた私は手帳を大事に執務机の鍵付きの引き出しの中に直し、机の端に積んでおいた書類の束を手元に引き寄せて汚れない様に挟んであった紙を捲り1枚目を見る。

 

「ああ……、これか……」

 

『“霧”の軍艦に関する報告書』

 

気持ちを切り替えてすぐ、1枚目に書かれていた題名には今最近の日本では軍事関連者なら誰もが聞いた事があるとある幽霊船の噂についての名前が書かれていた。

 

「確か第一発見者がウチの晴風だったんだっけ、私がここ(佐世保鎮守府)に配属されてすぐの話だから今から丁度1年くらい前だったかな」

 

あれは、海軍士官学校を卒業してから1年くらい横須賀鎮守府附になって第六駆逐隊を指揮下に置いてそれから佐世保鎮守府に転属された直後の話だ。晴風単艦で敵哨戒部隊を壊滅させたその帰り遭遇したのが、その霧でありその中で目撃したのがその噂に出てくる損傷した戦艦、通称『“霧”の戦艦』である。これだけならばただの見間違い、もしくは幻だと判断されるだけであったがその霧はそれからも度々出現地点を変えて出現し遂には捜査にも乗り出す事になったのだ。そしてここで1番の問題となったのはその幽霊船の正体があの超戦艦 大和である可能性が高いという事である。その幽霊船の特徴が、大和沈没を目撃した元大和乗組員の退艦者達が供述した大和の最期の姿とほぼ同じであり、その出現海域が大和が沈没した海域と一致する事、更に時々海では『ドロップ艦』という何者かに建造され何処からともなく艦が現れる謎の現象が確認されている事も相まって、その幽霊船の正体があの『大和』であるという噂の信憑性の高さに更に拍車を掛けている。

 

超弩級大和型戦艦1番艦 大和

 

第二次世界大戦、太平洋戦争中に大日本帝国が建造した世界最大最強の戦艦であり深海棲艦が現れた現在も『艦娘』の大和として呉鎮守府にて建造、史実通り46㎝三連装砲による超火力と当時試作型でありながらも最高精度を誇った試作棒状水上電探を使用した精密な電探統制射撃と対空射撃、特殊構造と惜しみなく投入された新技術により構築された防御装甲と先進的ダメージコントロールによる超防御力を併せ持ち、掲げられるその旗により艦娘としては最高峰の幸運値を誇るまさしく最強の艦娘である。しかし、彼女自身が余り誰か特定の『提督』の下に就く事を好ましく感じておらず更に『提督』側にも彼女を受け入れるだけの資質に欠ける事と万が一受け入れるとなると起き得る問題などもあり、今の彼女は彼女と同じような境遇の艦娘達と共に横須賀鎮守府所属聯合艦隊総司令長官預かりの『特別編成第二艦隊(天一号作戦関係艦)』に編成され彼女はその旗艦を務め各海域にある鎮守府からの要請を受けて年中何処かの海域に派遣されている。

でだ、そんな艦娘として最強の能力を持つ彼女がもう1人手に入るとなればどうなるか。現在日本の備蓄資材事情はお世辞にも良いとは言えずどちらかと言えば余裕が無い、そんな中である意味運頼みに近い建造、それも大規模資材を投入する事になる『大型建造』に資材を回して大和を建造する事は不可能に近い。となれば最終手段としてドロップ艦を狙う事であるが現在解放されている海域で大和が出現する海域なんてものはない。そう、()()()()のだ。今までは。

 

「……でもこの噂がその前提を覆し掛けている。『“霧”の戦艦』の正体が大和だと判明してから上は調査と称して直接部隊を派遣して自分達でドロップ艦を回収しようとしているようだけど……余り上手くいくとは思えないかな。あくまで可能性であって確認が取れた訳じゃないんだし調査に動かす部隊だってタダでは動かせない、私や沖縄の提督は1番遭遇確率の高い哨戒部隊に兼任して貰って節約してるけど上はそうはいかないからな……無駄足にならなきゃ良いんだけど」

 

独り言と共に書類に目を通していると執務机の右端に置かれていた少し古いシックな固定電話が鳴り私はそれを右手に取って電話に出る。

 

「はい、私です。どうしましたか?」

『御国特務中佐、軍統合司令本部(軍令部)から特務命令です。特務中佐の担当する佐世保鎮守府付近に空間の歪みを確認、【来訪者(ビジター)】の出現を確認しました。よってその回収をお願いします』

 

電話の相手は先程から度々独り言に上がっていた『上』、東京にある軍統合司令本部、通称『軍令部』からだった。

 

「また『神隠し』……いえこの場合は『妖精さん隠し』が起きたんですか?座標は?」

『妖精さんが原因かは不明です。しかし観測した妖精さん達が計算したところ座標は[129°73’10” : 28°98’02”]、坊ノ岬沖の海域と出ました』

「海上……ですか?と言う事は船ごと、と言った事なのでしょうか?」

『不明です。ただ【来訪者】、恐らく【観測者】だと思われますが過去の記録からして乗り物ごとと言う可能性は高いです。ですが解放されている海域とはいえ洋上ですので危険は大きい為、早めに回収をお願いいたします』

「了解です、では失礼します」

 

軍統合司令本部(軍令部)からの電話を終えた私は電話の受話器を戻しひとつ溜め息を吐く、また仕事が増えたなぁ……と思っていたら間を置かず再び鳴り出した固定電話の呼び鈴に私は首を傾げた。

 

「あれ?軍令部からの電話はさっき切ったばかりだし艦隊帰投はまだ先の筈じゃ……」

 

第1、第2艦隊の帰投予定時刻はまだ先であるし定時連絡もそれを受けるのは発令室にいる妖精さんか大淀な為普通この固定電話に掛かってくる事はない、ならばもしや何か先程の遣り取りで問題があったのかと受話器を再び取った私だったがそこから聴こえた大淀からの報告に思わず大きな声が漏れた。

 

「なんですって⁉︎第六駆逐隊が『“霧”の戦艦』と遭遇、そこにいた負傷者を収容し急遽帰投中⁈」

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

「戦艦───大和!」

 

4姉妹の誰かが、その全員がその名を叫ぶ。

 

 総排水量 65,000t

 全長 265.0m

 出力 20万馬力

 最大速力 35.21ノット

 46㎝三連装砲3基9門

 

その(ふね)はかつての大日本帝国海軍、いや日本の栄華の象徴。あの大戦末期において海軍をその最後まで支え、国民を守りそして散ってしまった男の棺桶であり、最期にはあらゆる者に『最強』と言わしめた御国艦隊の旗艦、6枚の花弁(はなびら)を持つ奇跡の桜を掲げ沈んだ世界最大最強の戦艦、それが『大和』である。

そして今此処にソレが浮上して来ていると言う現実に思わず思考を停止させてしまっていた彼女達の内、1番日頃から冷静である響が1番先に我に返り急いで自分達の所属する鎮守府(佐世保鎮守府)に向け連絡を送ろうと無線を繋ぐ。だが、

 

「なっ⁈無線が通じない⁉︎」

 

通信を試みるも耳に掛けてあった通信機(イヤホンマイク)から聴こえるのは静かに響くノイズのみ、周波数を変えて更に試みるも相変わらず繋がらず近くを航行している可能性のある船舶にすら通じない。つい先程行った定時連絡では問題なく通じたしそれ以前に今もなお此処(霧の中)にいる姉妹とは通じている為に壊れた訳でもないと言うのにだ。

 

「たっ、大変よ!電探が作動しないわ!」

「なっ、何だって」

 

更に雷の慌てた声に4人は現状の異常性を正確に認識する。無線、電探(レーダー)聴音(ソナー) 等の外部、もしくは内部からの送受信手段はほぼ全滅。おそらくその原因と考えられる霧の存在により目視を含めた光学系の観測手段もほぼ無力化されており正しく絶体絶命と言ったところである。ただ唯一の救いとして動力機関には問題が見られなかった事であるが、このままでは万が一にも深海棲艦と遭遇した場合手も足も出ずにやられてしまう可能性が高かった。

 

「どどど、どうするの?撤退するなら早い方が良いと思うわ」

「はわわわわわっ、でも何も見えない今動くのは危険なのです」

「…………」

 

響は考える。雷の言った「今すぐ撤退すべき」という意見は正しい、だが電の言った「今すぐ動くのは危険」という意見も間違ってはいないのだ。……ただ響の、数少ない大戦を終戦まで生き残った彼女の勘は告げていた。此処で引いてはいけない、今は、此処は何かとても大切な場面であるという事を、

 

「……暁」

「何かしら響、私は貴女がしたい、しなければならないと思う通りにするのが1番だと思うわ」

「………ありがとう、暁姉さん」

 

判断に困った響は自らの姉の名を呼んだ、その姉は迷う事なく妹である彼女の背を押す。だからこそ彼女は決断した。

 

「……良し、全艦合戦準備!砲雷撃戦用意!」

「「「ヨーソロー!」」」

 

響の号令と共に4隻の駆逐艦では主砲には砲弾が、魚雷発射管には海軍自慢の酸素魚雷が自動で装填される。

 

「全艦その状態で待機、警戒はそのままにこれより大和………霧の不明艦に対し接触を開始する。直接乗り込むのは私だけだけど3人は有事の際は各自の判断で探照灯及び発砲を許可する」

「「「了解(ね)(よ)(なのです)」」」

「じゃあ行ってくる」

 

響は1人自らの船体を大和の右舷へと接近させ、それを見守る暁、雷、電の3人は各砲身や発射管を大和とその反対側に向け万が一に外部からの攻撃があった場合にも即応できるようにしてその動向を見守った。

 

「……よっと、浮いているだけに近いとはいえ漂う鋼鉄の塊みたいな戦艦にぶつからないように横付けするのはやっぱり難しいな」

 

ピッタリと横付けすると波で船体同士がぶつかり合って損傷の原因、特に規模の小さい駆逐艦では要注意なので間に10数㎝開けて響は横付けさせる。ただ今は風も無く波がほとんど立っていない凪いでいる状態なので余り気にせずとも良かったのかも知れないが、その辺りは彼女の慎重な所である。

兎に角、横付け終えた彼女は大和の甲板の縁にロープを引っ掛けると慣れた手つきでスルスルと登る。登り終え甲板に降り立った彼女はその先にあった光景に思わずただ声を漏らした。

 

「これは……凄い」

 

彼の有名な50口径46㎝三連装砲塔が3基鎮座する筈の木張りの上甲板は海水により腐食し多くの木板が爆発の影響か捲れ上がり、艦首が吹き飛んだのもあってか第1砲塔は脱落、辛うじで第2、第3砲塔は残っているがその砲身は半ばで折れていたり折れ曲がっていたりして無事な物はひとつもない。巨大な要塞のような艦橋も基礎と第二艦橋が辛うじで残っている程度で、かつて此処に3,000人もの海兵達がいたと言う痕跡も名残も見つける事すら叶わず、無人の荒廃した甲板は何処か寂しさと虚しさを彼女に感じさせた。

 

「でも結局何故この大和が今此処に浮上しているのか分からない……『今』の大和さんは特別編成第二艦隊として北方海域に出撃中だしこの損傷具合からして私が見た75年前に沈んだ当時の戦艦大和そのもの……一体どうなってるんだ?」

 

何故霧が発生したのか、どうして今になって70年も前の対戦の最中に沈んだ筈の大和が浮上しているのか、そもそも霧との関係性は?それにどうやって浮上してきたのか、と次々と浮かび上がる疑念に思考の海に沈みかけていた響が無意識に丁度第2砲塔の真下辺りに来た時、今までほとんど吹いていなかった風が吹き上から何か白いものが彼女の頭に落ちてきた。

 

「ん?これは……海軍第2種軍装(夏服)の軍帽?どうして今こんな所に?」

 

拾ったそれ、使い込まれ少し古くなったようでそれでも丁寧に手入れされていたのか良い意味で年季の入った帽子をひっくり返し内側にある筈の名札に目を向ける。だが名札があった筈の場所には血が飛び散ったのか血が滲んで読めずよく見れば(ツバ)の部分にも血が付着していた。

 

「まさかと思うけどもしかしてこれ第2砲塔(ここ)の上から?」

 

見上げた第2砲塔の上には甲板からではよく見えない、だが付着した血痕の乾き具合からして出血からそんなに時間は経っていない筈でありそれでも早めに処置を施さねば出血だけとはいえ命に関わる事だってある。そう考えた響が怪我人が居るであろう第2砲塔の上に上がり、そこで目にしたモノに彼女はその目を見開いた。

 

「いや、でもまさか……そんな馬鹿な……」

 

左肩から腕に掛けて血だらけでうつ伏せに倒れているが軍帽と同じ様に良い意味で使い込まれ年季の入った第二種軍装を身に纏い、その腰に巻かれた剣帯には軍刀と同じ拵えに替えられた三笠刀と甲種三笠短剣が吊るされ風に揺られるその今の自分達の司令官と同じ夜色の髪をした青年。

 

「あァ………嗚呼……そんな……」

 

見た事がある。ずっと昔、まだ自分が艦娘として肉体を持った今でなく軍艦として生きていたその時代に。

 

ああ……、あああ……、もう色んな、色んな感情や考えで頭の中がぐちゃぐちゃだよ。心が痛い、呼吸も荒い。気を抜いたら涙だって出てしまうかもしれない。ああ……、初めてだ。艦娘と言う体を得て、こんな感情を、激情を得て初めてこんな強い想いを抱いたよ。

 

まさかと思ってうつ伏せとなっていた体勢を仰向けに替えた時にその顔を直視して、間近で触れて漸く確証を持てた。年齢や姿が変わろうとも目の前に居るこの人物こそあの大戦にて自分達日本海軍にとって最後の最後まで多くの将兵の精神や思いの支柱となってその最後、坊ノ岬沖にて目の前で大和と共に沈んでいった戦神たる男、日本を救った護国の英雄 御国(みくに) 夏海(なつみ)中将その人であると。

 

「司令っ‼」

 

響は制服が第二種軍装の左腕から滴る血に汚れるのも構わずその手を抱き締めた。ああ、貴方は此処に居る。夢じゃない、この暖かさは間違いなくここに、現実にあるのだと。それが実感できるというならば血に汚れてしまう事などどうでもいい事であると。

 

『ちょっ⁉響、返事しなさい‼どうなってるの⁉』

「雷……」

『え゛、なんで貴女が泣いてるのよ⁉ここからじゃ甲板の様子が見えないから報告して欲しいってそれよりホントに先に何があったよ⁉』

 

大和の甲板に上がってから一切音沙汰が無かった響を心配して通信を繋げてきた雷だったが何故かいきなり泣いているのか鼻声で応えてきた響に驚く。その代わりに雷が響に声を掛けた事によって響は落ち着きを取り戻したらしく冷静かつ端的に情報を伝えた。

 

「負傷している人が居た、だから調査は中止。急いで鎮守府に運ぶよ!」

『はわわっ⁉一体どうなってるです?』

『分からないわよ⁉でもそんな事より撤収急ぐわよ!響、事情は後でしっかり聞かせてもらうわ。良いわね?』

「勿論だ、今は急ごう。……司令、今度こそ必ず助けるよ」

 

余りに急な事態に雷達がドタバタとする中、響は夏海の血だらけの腕を上着とベルトで固定止血すると背負い眠ったままの青年にそう呟く。あの時はぼろぼろで私も、乗組員達もただ見ている事しか出来なかった。例えこの命を引き換えにしてでも守り切ってみせると誓ったのに、守りたかったのに生き残って欲しかったのに、私達は何も出来なかった。

でも今は違う。練度もあの時に負けないくらい積んだ、装備ももっと強化した、弾薬燃料の質もあの時よりずっと良い、そしてこの覚悟は変わらない。私は私達の遺した意志を受け継いで今度こそは、きっとずっと最後まで貴方を守り切ってみせる。

 

「機関再始動!出せる限りの全速で佐世保に向かう。大和に敬礼!」

 

大和から飛び降りた響の号令に青年を乗せた4姉妹は大和に敬礼を捧げた後霧を脱出、一途佐世保への帰路へと着いた。

 

 

こうして先程の通報が佐世保鎮守府に届く事になる。

 

 




本編でも後に詳しく書きますが一応補足として、

日本軍組織図

総理大臣・国家安全保障会議(大本営)(陸海空軍の命令権を持つ)
↓命令
軍統合司令本部(軍令部)(全軍に対する指揮権を持ち幕僚監部からの戦略を下に指令を下す。司令官の派遣)
↓戦略・作戦立案を指示、実行を命令 ↑戦略・作戦の上申  
統合幕僚監部(かつての軍令部であり作戦計画・立案、内部調査を行う)
↓作戦通達 ↑作戦計画の上申
陸海空軍各方面軍


と言う感じです。なお軍服も更新され自衛隊とほぼ同じ同じ陸軍が濃い緑、海軍が白、空軍が紺色とされました。なので御国 七海特務中佐が着ている第1種軍装は旧軍の第2種軍装のほぼそのままです。

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