西暦1884年、明治17年12月5日。帝都某所にて1人の子供が生まれ落ちた。
「奥様、頑張って下さい!もう少しです!……産まれました!」
「おぎゃあっ、おぎゃあっ、おぎゃあっ、おぎゃあっ!」
「……良かった、無事に産まれてきてくれて」
「はい、元気の良い泣き声です。きっと健やかに育ってくれるでしょう」
「そう、で男の子なの?それとも女の子?」
「はい、この通り「産まれたか!」」
男児かそれとも女児なのか気にした母親に使用人の老女は元気に泣き喚いた赤ん坊を大き目の布で包みつつその姿を見せその性別を口にしようとする。が、口にするより早く唐突に部屋の扉が勢い良く開けられ1人の男性が中に飛び込んで来ていた。
「貴方!」
「旦那様」
「おおっ、無事に産まれたようだな!良かった!良くやったぞ!シャルル!」
「ええ、本当に」
「この子か!私とシャルルの子は!おお、よしよし良い子だ。重ね重ね言うがシャルル良くやってくれた。これは一家総出で……いや一族、商会の社員総出で祝うべきだな!」
「まあまあ、落ち着いて下さい旦那様。念願のお子さんが産まれて嬉しさが天元突破していらっしゃるのは分かりますが産まれたばかりのこの子が眠れませんよ?」
部屋に乱入して来た黒髪の男性は母親である彼女の夫であり今産まれたこの赤ん坊の父親なようだ。夫婦、特に彼念願の子供が産まれた事にテンションがどこか吹っ切れていつもは寡黙な筈が高いどころか天元突破すらしてみせて使用人の腕の中にいた我が子を抱いて小踊りし始める始末である。どれだけ子供が欲しかったんだアンタは……
そしてそれは流石に産まれたばかりの赤ん坊には酷だろうと思った使用人に諌められて漸くある程度まで鎮火する事が出来た。
「ねえ貴方、この子の名前、決めて欲しいの」
「勿論だ、既に幾つか……数百位考えた中から厳選に厳選を重ねた上で2つまで選んである。そうだな……」
そしてそこで母親はそこそこ落ち着いた夫に赤ん坊に付ける名前を聞く、夫は選定の中で最後まで残された男の子だった場合と女の子だった場合の名前を思い浮かべそして、
「『
「「えっ……⁉︎」」
高らかに『女の子』の名前を宣言した。それに驚いたのが母親と使用人の老女である、だが父親はそれに気付かずに話を先に進めて行く。
「そうと決まれば早く書類に記入して役所に届けねば、九内!頼めるか?」
「そう言うと思ってもう記入済みだ、旦那。今他の奴が走って役所に提出しに行っている」
「おお、そうか仕事が早いな!よし、お前は会社全体に祝い事だと連絡して来い。今晩は宴会だ」
「了解、部下達も喜ぶだろう」
そして九内と呼ばれた男が部屋を後にした後、母親と使用人の老女はその
「あ、あの貴方……?」「あの旦那様……?」
「む?如何した2人揃って?」
「あの、言い難いのだけど……あの子性別は……」
「?」
「『男の子』なの」
「……はい?」
「だから『男の子』なの」
「……済まん、もう1回言ってくれ」
「貴方が夏海って付けたこの子の性別は『男の子』なの」
「……マジで」
父親は母親からのカミングアウトに硬直する、その背後では同じく使用人の老女が頭が痛そうにその片手をこめかみに当てていた。とはいえ既に時遅く出産届けは恐らく既に役所に届けられており今からでは訂正には間に合わないだろう…………後日役所に出産届の誤りを訂正に父親は出掛けたが性別は訂正出来たが名前までは訂正出来なかったそうな。
こうして明治の時代に男なのに女性っぽい名前の彼、後の世に大日本帝国海軍を代表する提督
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「……知らない天井だ」
目を覚ましたら全く見覚えのない白い天井が見えた。4方が白いカーテンで囲われ何処か懐かしさすら感じさせるアルコールの匂いからしてここは病室なのだろう。
「……死に損なったか」
あんな
寝起きの、ぼんやりとした思考でそんな事を考えていた俺はふとここはどこなのだろうと思う。
「揺れはないから艦の上ではないし佐世保か?いやだがこんな内装ではなかった筈だ、大神か呉……も違うし横須賀は遠過ぎるしなあ……」
今世に転生してから1度も病院にはお世話になった事は無かったが入院した部下達の見舞いに全国各地の海軍系の病院や病室には何度か訪れた事があるので少しくらい見覚えがあってもおかしくはない筈なのだが何故か此処はその1つにもヒットしない。
「なら……案外此処があの世なのかもな……」
とは言え麻酔のせいか意識が覚醒し切らない上に身体の感覚は鈍く、特攻前の最期に負った額と脇腹の傷のやたら
「でだ、ところでだ…………」
……いい加減無視出来なくなってきたのだがこの目線の先にわらわらと集まっている小さな『ヒト』らしき集団(塊?)、可愛らしくデフォルメというか何というかをされた言うなれば『妖精』っぽいのが集まってできた山に俺はとうとう目を向ける。
「誰だね君達?」
『気ガ付イタ』
『見エテル?』
『寧ロ見エナキャオカシイケドネ!』
『見ツカッタ、急速センコー!』
『スゴイ国民的蜜柑ジュース見付ケタ‼』
『オレンジ!』
『オ久シ……イエ初メマシテ中将殿‼』
「って誰が
いや、言っても良いんだよ?でも
思わず問い詰めてしまった俺だったがその妖精っぽいナニカ………もう妖精さんで良いや、妖精さん達はと言うと、
『オレンジ元気ニナッタ‼』
『中将ッ、中将ッ!』
『マオー、マオー!我等ガ戦神が帰ッテ来タ!』
『呼ンダ奴マジGJ‼』
『オレンジィィィィイイィィィッッツ‼』
『司令、今度コソハ貴方ヲ最後マデッ、最後マデッ‼ウウゥッ……』
泣いて笑って、大騒ぎは更に大きくなっていた。更にカーテンの陰からこちらを見ていた(こんもり小山になっていた所為で丸見えであったが)のも加わって俺の周りのベッドでは万歳三唱のお祭り騒ぎである。中には何処から取り出したのかは不明だが『戦艦殺し』と銘打たれた矢鱈高そうな日本酒を取り出して酒盛りを始める者も現れ最早病室は一種の宴会場と化してしまっていた。
………取り敢えずネタに走った約1名は忘れないようにしてイマイチ事態が呑み込めずにそのドンチャン騒ぎを呆然と眺めていると、いつの間にか開いていたカーテンの向こう側にあった扉が開き3人の人間の姿が現れてそれは一瞬にしてすぐに固まった。
「ええ、ですがまだ手当の際の麻酔が抜け切っていない筈なのですぐには目を覚まさないかと………はい?」
「そう……でも取り敢えず先ずは響の言った通り彼が本当にそうなのか顔だけでも確認しない事には………えっ?」
「間違いなんかない、あれは、あの人は私達の司令………えっ司令?」
白衣を着た軍医らしき女性と海軍第2種軍装を着た20代前半位の女性、それと腰辺りまでその銀髪を伸ばした中学生位の少女がこちらを見た瞬間こちらと同じく固まった。実際それは数舜、数十秒にも満たない時間であろうが当の本人達である彼らの体感時間としては数時間は過ぎたように感じる中、その中で一番長生きしている俺はすぐに正気に戻りこの後の事を考える。如何やら自分は今麻酔の影響で寝ている筈だったらしい、それは驚くだろう。ただ驚いたその原因は多分それだけではなく俺の周りで馬鹿騒ぎをしていた妖精さん集団にありそうだが……取り敢えず今此処が何処かの病院か病室なのは確かであり、そもそも目の前にいる1人目の女性は白衣を着ているので手当をしてくれたのは彼女達である事は間違いない。まあ、何か声を掛けてみようと口を開いてみた俺は、
「えっと……おはようございました?」
「「「えっ?」」」
「え?」
…………………
………思いっきり噛んだ上に言葉の
「し…」
「『し』?」
「司令ぇぇっ‼」
「え?あ、はい⁉ぐはぁぁあっ?!」
と、その時銀髪の少女が何かを口に出そうとしたので俺はそちらに目線を合わせ聞き返す。がいきなりその少女は目からポロポロとなみを零し始め思わず「え?」となったところで「司令」と叫びながら俺に飛び込んで来た。あまりに咄嗟の事だった為にその抱擁?かもしくは体当たりに近いそれの衝撃に俺は思わず息を詰まらせる。なお、妖精さん達はいつの間にかベッドの上から総員退避しておりベッドの陰の方に整列していた。いや、気付いてたなら一言くれよ。その分身構える事くらいは出来ただろうに、
『感動ノ、御対面デス』
『ヨカッタナ響、グスン』
『デモナンカ二十歳位ノ男性ガ見タ目中学生ノ女ノ子ト抱キ合ッテルノッテ犯罪ッポイヨネ?』
『オレェェエーーンジ‼︎』
『チクワ大明神』
おい約3名覚えとけよこの野郎共め……と言うか誰だ今の最後の言った奴。あと俺はもう60過ぎてるから20歳じゃねぇよ、見た目は20代からあんまり変わってないが白髪だって増えてきたし皺だってある………寧ろなんでこんな老けにくいのか俺が聞きたいくらいだ。
「司令……司令……司令………」
とはいえさっきからずっと俺の上の胸の辺りでそう零しながら泣いている少女を俺は如何する事も出来ない、目の前にいる女性2人も少女が泣いているのを見て取り敢えず泣き止むまで待つつもりなようで俺はただ時が解決するのを待つ事しか出来なかった。
愉快?な妖精さん達は何気にこれからも出てくる予定です。