自分のお昼代が、たったのワンコインになったとしても。
プロローグ
「さてと、どれにしようかな」
ケーキが並んでいる棚の前で中腰になっては、悩み始める。
『おい、レイト。帰らなくて良いのか。せっかく仕事がいつもより早く終わったってのに』
いつものように、頭の中へ声が響いてくる。
「ちょっと今日は寄り道です。どうせだから、何かお土産でも買っていこうと思って」
『ほーう。じゃ、うまそうなの選んでやれよ』
「はい」
とはいえ、結構な種類があるためなかなか選べない。
「うーん…」
その時、グイグイと後ろからスーツを引かれる。
「ん?」
振り向くと、一人の女の子が立っていた。しかも、なぜか驚いた表情をしている。
「パパじゃない…」
その子はそう呟くと、泣き出しそうな目でこちらを見つめてきた。周りの人たちが、疑惑の目でこちらを見てくる。
「あ、え、えと…」
子供の目線に合わせてしゃがみこむと、両肩を優しくつかんだ。
「ケ、ケーキ好き?」
1
女の子はもくもくと、口にクリームを付けながらもショートケーキを頬張っている。
「ふう…」
レイトは一安心して、汗をぬぐう。
『おい、どうするんだよ』
「どうすると言われましても…」
なにせ、相手は子供である。先程の様子から察するに、おそらく迷子だろう。
「すれ違いになるかもしれないし…自分達で探すより、ここのデパートに預けた方がいいかと」
『名案だな』
「そうでしょう」
えへへ、と笑っていると、目の前の彼女がじっとこちらを見つめていた。レイトは焦ったように頭をかく。
「あ、あは、は…ケ、ケーキ、美味しかったかな?」
コクリ、と子供は小さく頷く。
「ならよかった。じゃあ、サービスカウンターでお父さんを呼んでもらおうか」
「ダメ」
「え?」
こちらを睨み付けると、彼女は強い意思を向けてきた。
「ダメ」
「で、でも…お父さんのこと、探してるんでしょ?」
「………」
そのあとは、ぐっと唇を噛んで何も言わなかった。
「弱ったなぁ…」
眉を八の字にしながらも、相手の口まわりのクリームを紙ナプキンでぬぐってあげる。
「じゃあ、一緒に探しに行こうか」
彼は立ち上がると、手を差し出す。彼女はその手をじっと見た後、視線を上に上げると、レイトがこちらに微笑みかけていた。女の子は椅子から降りて、おそるおそる彼の手を握る。
『…!』
すると、ゼロが何かに気が付いたように息を飲んだ。
「どうしました?」
『…いや、何でもない』
そうは言うものの、彼は何か考えているようだった。レイトは首をかしげながらも、女の子に笑顔を向ける。
「さ、行こっか」
「お、あるある!」
リクは目を輝かせながら、ガシャポンがずらっと並んでいる所へ走り込んでいく。彼の影から、一人の宇宙人がひょっこりと顔を出した。
「リク、早く帰らないとライハに怒られちゃうよ」
「ちょっとぐらいなら大丈夫だって」
一つ一つガシャポンを確認するように吟味すると、あるガシャポンの前で立ち止まった。
「見つけた!!」
それは、爆裂戦記ドンシャインのキーホルダーのガシャポンであった。早速お金を入れて、つまみをひねる。
「よし、どうだ!」
出てきたカプセルを、パカッと開けた時だった。
「リ、リク!!」
ペガが大声で叫びながら、リクの足を必死に引っ張る。だが彼は中身がドンシャインではなく敵の幹部だったことに、ガックリと肩をおとしていた。
「…はぁー、今度はこいつかよ」
「そんなこといいから、早くあっち! あっち見て!」
「何だよ、そんなことって。僕にとっては重要な…」
ムッとしながら言われた方を向くと、そこにはレイトがいた。それも、見知らぬ女の子と一緒に。
思わず隠れると、二人は壁から顔だけを覗かせた。
彼はキョロキョロと誰かを探しているように、周囲を見渡している。
「…あれ、マユちゃんじゃないよね」
「うん、見たことない子だ。なんであんなにキョロキョロしてるんだろう」
「誰か探してるのか、あるいは誰かから逃げてるのか…」
そこまでいうと、ペガが口を押さえる。
「もしかして、隠し子!?」
「まさか、そんなわけないだろ。きっと迷子だよ」
リクとペガは、顔を見合わせる。
「…ちょっと、付いていってみる?」
「うん」
影の中にペガが消えていくのを見て、リクはレイトの後を追いかけた。
ビルの非常階段で、誰かが見慣れない機械をカチャカチャといじっている。最後のネジを巻き終わると、機械から手を離した。
「ようやく完成か…もっと簡単だと思っていたんだが」
やれやれ、とドライバーを投げ捨てる。大きくため息をついて腕時計を確認すると、勢いよく立ち上がった。
「しまった!!」
その拍子に機械へ脚を強打して、ひざの痛みにもだえる。
「ぐ! うう、う…」
じたばたと暴れて目には涙を浮かべていると、徐々にその脚が人間の脚ではなくなっていく。
「く、くそ」
彼は悪態をつくと、急いで自分の脚を人間へと戻していった。
「早く、行かなくては…」
フラフラとよろけながら、彼は階段を降りていった。
その装置の近くには、銀色のテープで縛られた警備員が数名置き去りにされていた。
2
「は~あ、欲しいなぁ…」
ショーウィンドウに展示されている指輪を見て、モアがため息をついた。
「高級レストランでディナーを楽しんだ後、まさかのプロポーズ。そして、彼はこれを差し出して…な~んて!」
「おい、何してる」
ゼナは妄想を広げている彼女に、怒ったように呼びかける。
「今は任務中だ、そんなもの後にしろ」
「…はーい」
少しむくれながらゼナに駆け寄ると、並んで歩き始めた。
「ここにはいないみたいですね」
「ああ…しかし、奴は擬態能力を持っている。最初に確認された姿形とは、限らない」
「ええっ!?」
ゼナがエスカレーターに乗り込むと、モアは急いで後をついていった。
「そ、それじゃあどうやって…」
「簡単だ。我々を見て逃げ出したら、おそらく目標だろう」
「ああ、なるほどー!」
「急ぐぞ。奴は何をしでかすか分からないからな」
そう言うと、エスカレーターを上っていく。モアは元気よくはーいと返事をすると、彼についていった。
その後ろ姿を、誰かが観察するように見ていた。
「もう、嗅ぎ付けたか…フン。まあいい」
彼もエスカレーターに乗ると、スーツのほこりを払ってネクタイを絞め直す。
「私の計画は、崩れることはない」
「お父さん、いた?」
問いかけると、女の子はうつむいて首を振った。そっか、とレイトは肩をおとす。その時、頭の中で声が響いた。
『おいレイト、ちょっと体貸せ』
「え?」
自分の意思とは関係なく、腕がメガネを外す。目付きが鋭くなり、まるで違う人物のようになった彼は、そのまま辺りを睨むように見回す。階全体を見終わると、静かにメガネをかけた。その瞬間ハッと我を取り戻し、メガネをくい、と少し上にあげる。
「な、なんです?」
『こいつの父親を探してみたが、この階にはいないようだ。だが、近付いてきている』
「ああ、ならよかった。じゃあそこへ案内してあげましょう」
レイトはホッとして嬉しそうに言うが、ゼロはいや、と否定した。
『そう簡単には、渡さない』
「な、何言ってるんですか!」
『レイト、もう一度体貸りるぞ』
「わあぁ、やめてください! 僕は誘拐犯なんかになりたくないです~!」
メガネを外そうとする腕をおさえ、できる限りの抵抗をする。
『バカ、違うって。これには訳が…』
女の子はその様子を、じっと見つめているだけだった。
「…なんか、抵抗してるみたいに見えるんだけど」
リクは、遠くからレイトの姿を観察していた。ペガが彼の影から顔を出し、同じように観察する。
「うん。ゼロと喧嘩でもしてるのかな」
「もしそうだとしたら、どうして…」
うーん、と考え込む二人の後ろから、人影が忍び寄っていた。抜き足差し足でリクの方へと近付いていくと、彼の目を両手で覆う。
「うわ!?」
驚きながら目を覆っている手にふれると、声が聞こえてきた。
「だーれ、だ!」
その声を聞き、リクは笑いだした。
「モア!」
「当ったりぃ~!」
いたずらっ子のように笑うと、モアは相手の目から手を離した。同時に、リクが振り返る。
「もー、何してるんだよ」
「リッくんがいたから、つい」
「間違ってたらどうするの?」
「何言ってんの!」
相手の肩をバシッと叩いてふんと鼻を鳴らすと、腰に手を当てる。
「可愛い私のリッくんを、見間違えるはずないでしょ!」
「あ、あはは…そっか」
リクが叩かれた肩をさすっていると、彼女はハッと何か思い出したように彼の肩をつかんだ。
「ねぇリッくん。あの人は一緒じゃないの?」
「え? …あ、ライハのこと?」
うんうん、とモアが頷く。リクは、笑いながら首を振った。
「今日はいないよ、買い物だから。僕、買い出し係でさ。いつも一人で行ってるんだ」
「へぇ、そうなの!」
彼女は両手を合わせながら、偉いねぇ、と感心した。その時、近くから誰かの咳払いが聞こえてくる。
「…楽しい話は、そこまでだ」
見ると、ゼナが壁に寄りかかって腕を組んでこちらをうかがっている。モアは顔をひきつらせて、少し後ずさった。
「…ご、ごめんリッくん。また今度ね」
「う、うん」
二人は手を振り合うと、その場で別れた。モアはゼナの方へ走っていくと、てへ、と舌を出す。
「すみません、つい」
「行くぞ」
「…はい…」
大人しく、歩き始める。ふざけた動作に何も反応が返ってこなかったのが、余計怖かった。
モアがゼナと一緒に歩いていくのを見て、リクはレイトの方へ向き直る。が、彼の姿はどこにもいなくなっていた。
「み、見失っちゃった」
焦って走りだし、誰かにぶつかってしまった。
「うぎゃっ!」
相手は、弾き飛ばされるように倒れる。うわ、と口を覆い、急いで駆け寄る。
「あぁ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか…」
「ちゃんと前向いて走れ、クソガキ!」
「すみません! 本当にすみません!!」
必死に頭を下げていたが、相手が立ち上がったときに目を大きく見開いた。
「…レイトさん?」
3
バン、と屋上の扉が勢いよく開かれる。中から出てきたのは、女の子をお嬢様だっこしたレイトだった。だが、彼はメガネをかけていない。
「ここまでくれば、いいだろ」
女の子を下ろし、メガネを掛け直す。その瞬間レイトが泣きながら膝から崩れおちて、両手を組むと空に向かって祈り始めた。
「ルミナさん、マユ、ごめんよ…僕は、こんなことするつもりなかったんだ…」
『泣くな。子供だって泣いてないんだぞ』
「それとこれとは…え?」
レイトは驚いたように、女の子の方を向いた。彼女は全く動じず、ただそこに立っているだけである。
「すごいなぁ…最近の子って」
『違う、こいつは地球人じゃねぇ』
「え!?」
驚くレイトに、ゼロは説明をし始めた。
『さっき、手を握ったとき分かった。あれは、地球人の体温じゃない』
「じゃあ、一体…」
『その答えは、ここで待っていれば分かる。父親が迎えに来るだろうからな』
再び、腕が勝手に動いてメガネを外す。目付きが変わった彼は、女の子の方に歩いていくとしゃがみこんだ。
「お前の父親は、ここで何をしようとしてる」
「………」
何も、答えようとしない。唇を固く閉じ、うつむいたまま顔を背けた。
「なんでもいいから、教えてくれ」
彼女の顔を優しく自分に向け、懇願するように言った。
「俺はお前が姿を借りている子供を、守らなくちゃいけないんだ」
起き上がろうとしても、身体中が悲鳴を上げる。先程打った脚もついでに痛み出した。
「地球人の癖に、なんつー力だ…」
ブツブツと呟いていると、ぶつかってきた青年がこちらの様子をうかがっていることに気が付いた。さっきまで謝っていたのに、自分の顔を見たときから何故か何も言わなくなったのだ。
「…お前の親の顔が見てみたいわ、くそったれが」
いらだったように言うと、青年は頭をかいた。
「は、はぁ…」
「はぁ、じゃねぇだろ! こっちは突き飛ばされたんだぞ!!」
胸ぐらをつかみ、殴ろうと構える。
「ご、ごめんなさいレイトさ…ゼロ兄さん! 怪我をさせるつもりは…」
「ゼロ兄さん?」
聞き返した時、彼はハッとした。
(まさか! こいつ、この姿の知り合いか…?)
構えていた腕を下ろし、コホン、と咳払いをした。
「まぁいい。今回は兄弟、と言うことで許してやろう」
「ど、どうも」
「では、先に帰らせてもらおう。さらばだ」
これ以上話して違う人物だとバレることだけは、何としても阻止しなくてはならない。逃げるように歩き出すと、青年が呼び止めてきた。
「あの!」
「何だ、まだなんかあるのか」
「さっきの女の子は、どうしたんですか?」
「女の子?」
首をかしげた。心当たりがない。
「ほら、さっき連れてたじゃないですか。小さい子で、多分小学生くらいの…」
青年はそこまでいうと、指をさした。
「あ、あの子です」
さされた方を向くと、見覚えのある女の子が風船を持って楽しそうにケーキを頬張っていた。
(あれは…)
じっと見つめるが、あれは彼女ではない。しかし、ここを集合場所にしていたはずである。
「あれ、でもお母さんもお父さんもいるね」
いきなり、青年の影から何かが顔を出した。
「ヒッ!」
驚きながらもよく見てみると、子供のペガッサ星人のようだ。だが、この地球人と一緒にいるのかは全くの謎である。
(なんなんだ、この星は…)
頭が混乱してきた。宇宙人が擬態もせず、ただ普通に交流しているのだ。それも、ただの一般人と。
「だから言ったろ、迷子だって」
はは、とペガッサ星人に笑いかける青年。彼はそうだね、と青年に返事をしている。
…そうだ、今のうちに。
彼はそっとその場から離れると、走り出した。
「…あれ、ゼロ?」
青年が見回しても、彼の姿は見つからなかった。
階全体を探し回ったが、彼女はどこにもいない。
「全く、あいつは…」
やれやれと汗を拭くと、ある男性に目が止まった。とっさに近くの壁に隠れて、息を荒げる。
あの黒スーツは、さっきの…。
(…ここで、見つかるわけにはいかない)
反対側に逃げようとすると、目の前に誰かが立ちはだかった。
「こんにちはー! ニコニコ生命保険のものでーす!」
一人の髪の長い女性が、笑顔を向けて大声で挨拶をしてきた。さっきの黒スーツと、同じような服装をしている。
…と、いうことは。
「ど、どけ!!」
彼女を突き飛ばし、転倒しそうになりながらも走り出す。逆に女性は短い叫びをあげて顔から床に滑り込み、目を潤ませていた。
「いっ…たぁい」
泣きそうになっていると、声を聞き付けた黒スーツの男性がすぐ隣を駆け抜けていった。
「ああー! 先輩、待ってくださいよー!!」
急いで立ち上がり、ヒールの音を響かせながら追いかけ始めた。
4
「じゃ、そろそろ帰ろっか」
うーん、と体を伸ばすと、リクはリュックを背負い直した。
「うん」
ペガは返事をして、影の中へと入っていく。
その時だった。
すごい勢いで、目の前を誰かが通過する。今度は先程のように当たらないようにと、うまく避けた。
「あれ…レイトさん?」
エスカレーターをかけ上がっていく彼は、確かにいつのまにかいなくなっていたレイトだった。
「ねぇ、ペガ。今日のレイトさんとゼロ、何か変だよな」
自分の影に首を下へ向けると、何かがすごいスピードで後ろから走り抜けていった。
「うわ!?」
風にあおられ、体が少し持っていかれた。さらにその後、ヒールの音が近付いてくる。
「待ちなさーい!」
後ろを見ると、モアが必死にこちらへ走ってきている。
「モア!」
「あ、リッくん! 今忙しいの、それじゃあね!」
流れるように言うと、エスカレーターをかけ上がっていった。
「ち、ちょっと待って!」
リクは、彼女の後を追い始めた。
「その人、僕の友達なんだよ!」
階段を二段飛ばしで上がり、屋上への扉にたどり着く。転がり込むように扉を開けると、すぐさま閉じて自分の体で押さえつける。追いかけてきた黒スーツがガチャガチャとドアノブをひねり、扉を叩いた。
「開けろ! 逃げ場はないぞ!」
「くっ…」
それでも諦めずに押さえていると、誰かが自分の方へ歩いてきた。ハッと顔を上げると、ケーキ屋にいた女の子と瓜二つの子供が真顔でこちらを見ている。
「ああ、ここにいたのか。すまない、少々しくじってな…」
「しくじったのは、最初からなんじゃないのか」
子供の隣に、自分と同じスーツの男が並んだ。
「げっ!?」
彼は、自分が擬態した人間そのものだった。メガネをかけていない、ということを除いては。
「お前、このビルに何か装置を仕掛けたんだってな」
「何故知っている!」
「さぁな。どうでもいいから、早く装置を止めろ」
「フン! 誰がそんなこと!」
彼が叫んだとき、ドアが思いきり蹴破られ、体が扉ごと吹っ飛ばされる。
「ぎゃーっ!?」
受け身を取ることが出来ず、彼は地面にごろごろと転がった。さらに、彼の上に外れた扉がのしかかる。それと同時に、体の擬態が解かれていき、一人の宇宙人と化した。頭を振った彼は自分の姿が元に戻っていることに気が付き、急いで姿をレイトに戻して扉から這い出てきた。
「やはり、あいつは…ザラブ星人か!」
「そこまでだ」
ゼナが、相手に近寄る。
「来るな! ここを爆破されてもいいのか!」
そう言うと、サッとリモコンを取り出した。ゼナが後ずさり、レイトはメガネをかけながら女の子の前に立つ。
「フフフ…このビルには、すでに爆破装置が設置されている」
「何…!?」
「子供にいいところを見せるため、ここまでやってきたが…」
リモコンをじっと見つめ、それに向かって叫ぶ。
「こうなりゃ、ヤケだ!!」
スイッチを押そうとする相手の手を、ゼナがつかむ。ザラブ星人は彼の顔面に拳を飛ばすが、受け止められた。しかし諦めずに蹴りを与えようとし、足をつかまれて地面へ叩きつけられてしまう。それにより彼の手からリモコンが離れ、レイトの足元へ滑り込んできた。
拾い上げようとすると、小さい手が先にそれをつかむ。
「あっ!」
子供はそれを持ち上げてフェンスの方へ走り込むと、一生懸命に乗り越えてビルのへりに立った。そして、大きくリモコンを掲げる。
「よし、いい子だ! 父の仇を取ってくれ!」
ザラブ星人は苦しそうにしながらも、子供を褒める。ゼナはそれを聞き、思いきり腕を締め上げた。
「痛たたっ、痛いたいたい!!」
叫ぶ相手を横目に、レイトが彼女に向かって走り出す。
「やめろ、手を出すな」
ゼナが止めようとするが、ザラブ星人から手を離すことはできない。その時、扉がなくなった入り口からモアが現れた。
「先輩!」
「犯人は拘束した。あとは…」
あごでさされた方には、レイトがいた。彼はフェンスを乗り越えたはいいものの、床に落下している。
「うわ!! ちょ、ちょっと止まってください!」
モアが呼び掛けるが、止まる気配はない。急いで、そこへ向かって走り出した。
レイトは痛む箇所をさすりながら、うう、とうめいて立ち上がる。どうやら、腰を打ってしまったようだ。痛みに顔を歪めながら、女の子に呼び掛けた。
「そ…そんなところにいたら、危ないよ」
だが、返事はない。すると、頭のなかで大声が響いた。
『レイト! 体を貸せ!』
「え!?」
『俺なら、あの子供からリモコンを取り返せる!』
ゼロがそう言ってメガネを取ろうとしたとき、強風がビルを襲った。それにあおられ、子供の足がぐらつく。
小さな足が、地面から離れる。彼女は風に抵抗することが出来ず、ただ目をぎゅっとつむることしかできなかった。
「危ない!!」
おちていく彼女の腕が、ガシッと掴まれる。
ゆっくりと目を開けて上を見ると、レイトがしっかり腕を握っていた。メガネは、かけていない。
「あ、あはは…」
彼は笑いながら、女の子を持ち上げる。彼女を地面におろすと、ビルの下を覗きこんだ。
「あー…メガネが…」
大きくため息をつくと、ずるずると座り込んだ。しかし、彼は笑顔である。
「よかった、無事で…」
そう言って女の子の頭を撫でると、彼女は声をあげて泣き出した。
「え、あ、ごめん! ごめんね!!」
びっくりして手を離すが、子供はレイトに抱きついてさらに大きい声で泣き出した。彼は戸惑いながらも、あたたかい手で彼女の背中を何度もさすった。
5
リクが屋上へと着いたとき、ゼナと共に誰かが顔にスーツを被って階段へ降りていった。チラリと見えた誰かの体は、絶対に人間ではなかった。
「リッくん!」
名前を呼ばれ目を向けると、モアが小さい女の子と手を繋いでこちらへ歩いてきていた。奥の方には、レイトの姿も見える。
「モア、何があったの?」
「あ、えっと…迷子。そう、この子が迷子でね?」
モアは、焦りながら説明をする。
「でも、この子さっき…このデパートのケーキ屋さんで見たよ」
「え? えーっと、うーんと」
頭をフル回転させ、必死に嘘を考える。
「…双子」
するとその時、女の子がボソリと呟いた。それを聞いたモアが、そうそれ、と力強く頷く。
「この子は、双子なの!」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、さっきスーツを顔に被ってた人は…」
リクがまた質問を投げかけようとすると、ゼナが階段を上がってきた。
「何してる。行くぞ」
「あ、はーい。それじゃあね、リッくん!」
彼女は子供を連れて、逃げるように降りていった。首をかしげながら歩き出そうとすると、誰かにぶつかる。
「あ、リク君」
「レイトさん!」
そこには、少しボロボロになっている彼がいた。それに、メガネもかけていない。
「メガネは、どうしたんですか?」
「あ、えっとね…ちょっと」
へへ、と笑っているといきなり口調が変わる。
「子供を助けようとしたら、ビルからおとしちまったんだよ」
相手がレイトからゼロに変わったのに少し驚いたが、もっと驚いたのはその内容だった。
「え、ビルから!? だって、フェンスとかあるんじゃ…」
「あー…細かいことはまた今度な。今はこいつのメガネを見つけて、修理しないといけないんだ」
じゃあな、と手を振ると、彼はため息をつきながら階段を降りていった。
一人残されたリクは、腕を組んで考え込む。
「なんか、普通になってるし…」
「きっと、後でゼロが教えてくれるよ」
「そっか、そうだな」
ペガの言葉に納得すると、彼も階段を降り始めた。
「これか」
ゼナは装置の近くにしゃがみこみ、ゆっくりと解体作業に入った。手錠をしているザラブ星人が、近くで見ている。
「ああ、苦労したのに…」
「苦労した割には、雑な作りをしてるな」
「やかましい!!」
しばらくすると、モアが子供を引き連れて帰ってきた。
「拘束されていた警備員さん達を、解放してきました」
「そうか、御苦労」
そう言った後、彼は首をかしげた。
「おかしい」
「え?」
「電源が入っていない」
「あのスイッチで、入れるんじゃないんですか?」
彼女の発言に、ゼナは首を横に振った。
「これは遠隔操作型だ」
「え、じゃあなんで…」
二人の会話を聞いていたザラブ星人が、ハッと息を飲んだ。
(そういや、あの時…)
装置に脚をぶつけ、盛大に悶えたことを思い出したのだ。あれのせいで、どこかの回路がおかしくなったらしい。
「ともあれ、爆発する可能性はなかったと言うわけだ」
ゼナは装置を持ち上げて、顔をくいっと動かす。それを見たモアが、ザラブ星人を歩かせ始めた。
「ほら、しっかり歩いて!」
「とほほ…これを爆発させた後にせウルトラマンとなって、偽りの希望を与えたのちに全てを破壊してやろうと思っていたのに…」
「はいはい、残念でした」
適当に話を受け流し、モアが彼をせっついた。
レイトはメガネ屋から出てくると、自分の財布の中身を確認した。
「これじゃあ、ケーキは買えないなぁ」
はあ、とがっくり肩をおとした。
『いいじゃねぇか。命は金に変えられねぇだろ』
「そうですね」
苦笑して、新品のメガネをくいっと上げる。デパートを出ると、もう外は真っ暗になっていた。歩きながら、レイトはゼロに話しかける。
「…ゼロさん、ありがとうございました」
『な…何だよ、急に』
「あの子の手を掴んでくれたの、あなたでしょう?」
彼のその言葉に、ゼロはハハハと笑いだした。
「あれ…僕、何かおかしいこといいました?」
『いいや、別に』
気がついていないなら、それでいい。
ゼロは彼の優しさと行動力を、再確認した。今回はバナナの皮こそなかったものの、メガネが大変なことになると言う惨状だったが。
『早く帰ろうぜ。家族が待ってるんだろ』
「はい」
穏やかに笑うと、レイトは家に向かって歩き出した。
「じゃあ、えっと…ここに立ってね」
モアは子供のザラブ星人を規定の位置に立たせると、動かないで、と念を押した。それを見たゼナが空中に浮くタッチパネルを操作して、場所を選択する。
「いくぞ」
決定ボタンが押され、光が彼女の体を覆っていく。
「…さよなら、ありがとう」
ザラブ星人はそう呟くと、手を小さく振った。モアが手を振り返して見送ると、何故か泣きそうになって顔を覆った。
「どうした」
「だって、あの子のお父さん捕まっちゃうじゃないですか。そう思うと悲しくなっちゃって…」
タッチパネルを操作する手を止め、ゼナがモアの方を向く。
「奴は、未遂だ。そう罪も重くないだろう」
「え、それじゃあ!」
「すぐ釈放されると思うぞ。どうせまた妙なことを考えて、戻ってくるだろうがな」
「うわー、よかったぁ!」
ホッとすると、そういえばと人差し指をあごに当てる。
「あのメガネの人、すごくいい人でしたよね。結構危なっかしかったけど!」
普通の人っぽいのに、とモアは絶賛する。
「…我々のやり方に干渉してきたことは、褒められたことじゃないがな。それに…」
ゼナはそこまで言うが、言葉をつまらせた。
「それに…なんです?」
「…いや、何でもない」
彼は何事もなかったように、再びタッチパネルを操作し始めた。モアはそんな相手をじっと見ては、顔をしかめた。
「変な先輩!」
エピローグ
「…だからあの時、リクが帰ってくるの遅かったって訳ね」
ライハは腕を組みながら、リクをにらみつける。
「だって、気になるじゃん。そんなことになってるなんて、思わないだろ!」
「デパートに寄り道しなかったらそんなことに巻き込まれなかったし、あんなに遅くならなかったでしょ」
「うっ…ご、ごめんなさい」
言い返せなくなり、頭を下げる。ライハは満足そうによろしい、と頷いた。
『この地球はリトルスターを狙って現れる怪獣たちだけじゃなく、宇宙人にも狙われている』
ゼロはモニターの中で拳を握り、全員の顔をまっすぐに見る。
『俺たちは、奴らからも守らなくちゃいけない。この世界をな!』
「そんなこと、言われなくても!」
相手と同じように拳を握り、リクが笑顔を見せた。
「ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!」
ペガが彼の隣で、うんうんと拳を握った。ライハもレイトも、しっかりと頷く。
「…それにしても」
ライハが冷静になり、まゆをひそめた。
「あのモアって人、何者なんだろう」
「保険のセールス…の、はずなんだけど」
「宇宙人も保険って使えるの?」
「それは…分からないけどさ」
リクとペガが顔を見合わせ、お手上げと言うように両手を肩ぐらいまで上げる。
『ただ、気が付いてないだけだったりしてな』
ゼロは笑いながら、そう言った。
『あの時、あいつらは擬態したお前の姿しか見てなかったろ』
「そうですね。あの宇宙人、扉の下敷きになってましたし…」
レイトはその日のことを思い出して、ハッと顔を押さえる。
「じゃあ、僕…ニコニコ生命保険に、入ってることになってるのかな。何したんだろ、あの宇宙人…ブラックリストとか、載せられてないかなぁ」
「双子だって思われてるよ、きっと」
リクはモアと手を繋いでいた女の子を思いだして、くすっと笑った。
助手席で、小さいくしゃみが聞こえた。
「風邪か」
「いや、そんなことないと思うんですけど…あれー?」
モアが鼻を軽くさわりながらおかしいなぁと首をかしげていると、無線が入った。
「仕事だ。行くぞ」
「はい!」
車のスピードをあげ、ゼナとモアは現場に急行した。