オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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いよいよ最後の戦いである法国との戦争
法国に関しては六色聖典以外の軍事力は殆ど不明なので、独自設定が多く入っています


第103話 開戦

「へっ。堪らねぇなこの空気」

 周囲を見回しながら、巨躯の蜥蜴人(リザードマン)ゼンベルは楽しそうに笑う。

 

「ゼンベル。あまりキョロキョロするな。若い戦士たちに示しが付かんぞ」

 

「おいおい。こんな状況で興奮するなって方が無理だろ。見ろよ、ゴブリンやオーガ、トードマンまで居やがる。あっちはアゼルリシア山脈の支配者だった霜の竜(フロスト・ドラゴン)だ。ここには居ねぇがアベリオン丘陵の奴らも参加するんだろ? そんな奴らが一ヶ所に集まって戦争だ。五部族が揃った時だって負ける気しなかったのによ。今回はその比じゃねぇ。何よりあの時と違って、今は俺たちが神話の軍隊なんだぜ?」

 そう言いながら、ゼンベルは自分の体を誇るように胸を張った。

 ゼンベルの体を飾るいくつかの装備品。

 修行僧(モンク)であり、武具を身につけずとも戦えるゼンベルだが、今回は鎧も身につけ、その大きく鍛え上げられた右腕には覆うように鉄甲が装着されており、そこからは魔法の輝きが見て取れた。

 それはザリュースも同様だ。

 武器に関してはいつもの凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)だが、身に纏う鎖着(チェインシャツ)は非常に強固であり、それこそ凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)ですら傷も付けられない品だ。

 これは自分たちの支配者にして絶対者アインズ・ウール・ゴウンから、子供の誕生祝いを兼ねてザリュースに送られていたものである。

 これもまた当然のように魔法の防具であり、付加された効果は冷気に対する完全耐性。

 凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)にもそうした効果はあるが、そちらはあくまである程度の耐性を得るもので、氷結爆散(アイシーバースト)を使用した際は、自分にもダメージを負っていたが、こちらはそれも完全に防ぐことが出来る。

 そしてこれらの装備は自分たちだけではない。

 周囲を見回せば全員が、魔法の輝きを持った武具で身を固めているのだ。

 あの時、アインズの為に通り道と階段を造った魔法の武具で身を固めた骸骨(スケルトン)たちを見て、ザリュースが神話の軍隊と評したことを、ゼンベルも覚えていたのだろう。

 

「神話の軍隊か、そうだな」

 あの時は畏怖の対象でしかなかったが、ゼンベルの言うとおり、今は自分たちこそが、その一員なのだ。

 確かに、雄としてこの事実に興奮を隠せない。

 それも相手は法国。旅人として外の世界に出ればその悪評はイヤでも耳に入る。

 人間以外、全てを悪と断じ、人間たちから隠れて暮らす、罪無き者たちの集落を焼き払ったなどの話も聞いた覚えがある。

 命に代えても守るべき大切な存在が、二つに増えた今のザリュースにとって、戦う理由はそれで十分だ。

 

「それに、今回は陛下自らが俺たちを率いるって言うじゃねぇか。ドワーフの国では活躍できなかった分、ここでバシッと蜥蜴人(リザードマン)の強さって奴を見て頂こうぜ」

 

「陛下が……」

 一度は死んだ族長たち、そして自分を蘇らせてくれた偉大なる御方。自分たちを直接支配する最強の武人コキュートスが絶対の忠誠を誓う存在が、この神話の軍隊の指揮を執る。

 となれば負けるはずがない。

 

「おっ! へへ。いよいよだな」

 嬉しそうなゼンベルの言葉と共にザリュースも視線を持ち上げると、頭上を飛び回る百五十センチほどの黒い靄が見える。

 複数の顔が浮かんでは消えるその姿は、ザリュースたちにとってすっかり馴染みになった姿だ。

 

「先触れか」

 初めは蜥蜴人の村にあの戦いをもたらすきっかけになった存在として皆恐れていたが、何かある度にメッセンジャーとして飛んでくる彼らは既に村の景色の一部になっている。

 そしてそれが現れるということは──

 

『コキュートス様がお見えだ。全員ひれ伏せ』

『コキュートス様がお見えだ。全員ひれ伏せ』

 それぞれの顔から繰り返される言葉に、ザリュースとゼンベル。そして連れてきた若い蜥蜴人(リザードマン)の戦士たちは一斉に膝を折り、顔を伏せる。

 他の種族もまた同じように地面に膝を突いていた。

 続いて聞こえてきた力強い足音は、聞き慣れたものだ。

 

『顔を上げよ』

『顔を上げよ』 

 その言葉でゆっくりと顔を持ち上げると、そこにいたのは二人。

 一人は蜥蜴人の村にも何度か物資を運びにきた銀髪の吸血鬼、シャルティア。

 そしてもう一人はザリュースの知る最強の戦士、コキュートス。

 磨かれた輝きを放つ、ライトブルーの外骨格と四本の腕に付けられた煌びやかな手甲。首に掛けられた黄金色のネックレス、足首に巻かれた白銀の足輪。

 それはかつて、歴戦の蜥蜴人(リザードマン)たちを相手に、ただ一人で勝利した際に見せたコキュートスの完全武装形態だ。

 あれ以来一度も見たことの無かった──トードマンを支配下に置くべく出陣した時も身につけていなかった──その姿を取っているだけで、今回の戦いの重要性がわかると言うものだ。

 もっとも、コキュートスはアベリオン丘陵ではなく、別の場所での戦闘に出向くらしいが。

 

「余計ナ言葉ハ不要。オ前達ハコレヨリ、アインズ様ト共ニ、戦場ニ出向ク。敵ハスレイン法国、オ前達共通ノ敵デアリ、アインズ様ノ敵ダ。コレマデノ訓練ノ成果ヲ、ソシテ、アインズ様ヘノ忠誠ヲ示セ」

 ここに集った者たちにコキュートスは檄を飛ばした。

 それはかつて戦争の前に蜥蜴人(リザードマン)が行った、強大な敵に立ち向かう為の鼓舞を兼ねたものとは異なり、あくまで淡々と事実のみを重ねるもの。

 強者が格下を相手にする際に用いられるものだ。

 つまりコキュートスは自分たちこそが神の軍団であり、法国など敵ではないと改めて宣言したのだ。

 ここにいる者たちの多くはそれが分かっているのだろうが、ザリュースやゼンベルにとってはやはり、威勢の良い檄の方が心を奮わせられる。

 

「シャルティア。頼ム」

 コキュートスはそのことに気づいているのかいないのか、淡々と隣に立っていた吸血鬼に声を掛けた。

 

「承知しんした。〈転移門(ゲート)〉」

 その言葉と共に、二人の背後に半円球の闇が現れる。いつかも見た覚えのあるその魔法は、長距離を一気に移動するものだと聞いていた。

 つまりその先は既に戦場、アベリオン丘陵へと繋がっているのだ。

 

「サァ行ケ。アインズ様ガオ待チダ」

 その言葉で、全員に僅かな動揺が走った。

 ここにいる者たちもあの魔法を見たことがあっても、実際に移動した者はいないのだろう。

 自分たちもまたあれを使って移動したことはない。

 だが、コキュートスにそこに向かって進めと命じられたのだ。

 ならば行くしかない。

 しかし、自分たちはともかく、他の若い蜥蜴人(リザードマン)はやはりまだ完全に覚悟が決めきれていないのか、戸惑いが見える。

 

「ゼンベル」

「ああ。行くぞテメェら! 陛下の下へ、俺たちが一番乗りだ!」

 雄々しい叫び声と共にゼンベルが手を持ち上げた。

 こういう時はやはりゼンベルが頼りになる。

 その声で若き戦士たちも動き出す。

 雄叫びをあげながら、蜥蜴人(リザードマン)、そしてそれに続くように多数の亜人たちが、闇に向かって進軍を開始した。

 

 

 ・

 

 

 アベリオン丘陵。ローブル聖王国とスレイン法国の間に広がる巨大な丘陵地帯。

 かつて様々な亜人部族によって、日夜続けられていた争いは、魔皇ヤルダバオトの名の下に統一されたことで終結し、多くの亜人部族がその手足となって聖王国を侵略したが、現在はそのヤルダバオトを倒した、アインズ・ウール・ゴウン率いる魔導王の宝石箱に恭順を誓った者たちのみが、土地を管理し、この広大な土地で生活を続けていた。

 そんな広大な丘陵の中央。

 この地を支配したヤルダバオトが、強大な魔法を用いて地形を変化させることで作り上げたと言われている広い平原地帯。

 そこに、敵味方合計して六十万を超える大軍が集結していた。

 

「報告します! 敵の総数は二十八万。数ではこちらが圧倒しております」

 伝令であり、実際に指揮を執ることになる副官に対し、今回の戦争、その全てを取り仕切ることになっている法国の大元帥は大きく頷いた。

 そうでなくては困る。

 そのために危険を冒してまで、三十五万という途方もない大軍を無理矢理集めたのだから。

 法国全土から集めた軍と、募集して集めた民間からの志願兵、そして戦争中だったエイヴァーシャー大森林からも兵を引き上げ、こちらに移動させた。

 本来これは愚策だ。

 只でさえ、様々な要因で戦力が低下している現状で、一ヶ所に法国の持つ力の殆どを結集させたのだから。

 普段の自分ならば絶対にこんな策は採らないが、最高執行機関の会議で決定したことならば仕方がない。

 それにそうした事情を抜きに考えてもどのみちこのままではじり貧だ。

 エルフの王国との戦争こそ、後数年で片が付くだろうが、森しかないあの土地を手に入れたとしてもうま味は殆どない。

 ならばここで三国に法国の力を思い知らせ、なおかつ神の復活という大偉業を叶えることができたのならば、今法国が抱えている問題の多くが解決することだろう。

 必要以上に膨れ上がった兵は、そのための尊い犠牲でもあるのだ。

 だがそれは口には出来ない。

 

「魔導王の宝石箱はどうなっている。位置は確認できたか?」

 

「それが……」

 

「なんだ?」

 

「アベリオン丘陵に生息していたとおぼしき亜人を率いております。数は五千程度の小規模ですが、その全員から魔法武具の輝きが確認されました」

 

「……確かか? 幻術や永続光(コンティニュアル・ライト)で光らせているだけと言うことはないのか?」

 魔法武具はその強さもさることながら、製作に特殊な魔法技術が必要なことと、単純にコストが掛かりすぎることもあって、数を揃えるのが難しい。

 それを小規模とはいえ、全軍に持たせるなど、神の遺産を多く持つ法国ですら不可能だ。

 

「幻術が使用されていないことは確認済みです。また魔法の輝きは他にはない、独特な輝きをしているため偽装は難しいかと」

 

「……そうか。それで、アインズ・ウール・ゴウン本人は確認できたのか?」

 

「恐らくはその隊の一番奥にいるものと思われます。通常の店の紋章が刻まれた旗とは違う、貴金属の糸を編んで作られた特別製の旗が確認されています」

 

「貴金属製か、なるほど。自己顕示欲の強い成金らしい趣味だ。分かった、下がって良い」

 本陣の旗を豪勢にするのはどの国も同じだが、それでも少しでも荷を軽くするのが基本の戦場に、通常より遙かに重くなる貴金属製の旗を持ってくるなど、目立つため以上の理由はない。

 大元帥が小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたのは、副官にそう思わせるための演技に他ならない。

 かつての八欲王や口だけの賢者、そして六大神のように揺り返しによって現れた存在ならば、魔法の武具もそうした無駄とも思える装飾品を持って来られることも説明が付く。それを大元帥は理解しているからだ。しかしそのことを他の者たちに知られるわけにはいかない。

 何も知らなければこれで納得するだろう。

 そう思ったのだが、命令を聞いても副官は下がろうとせず、口にして良いのか悩んでいるかのような仕草を見せた。

 

「どうした?」

 

「恐れながら申し上げます。このまま戦ってよろしいのでしょうか? 相手は高々五千とはいえ、何も持たずとも面倒な亜人どもです。まして魔法の武具を揃え、三国の兵たちもいます。もっと慎重に策を練る必要があるのではないでしょうか?」

 これもまたもっともな意見だ。

 魔導王の宝石箱が、たった五百組のアンデッドで十万を越超える亜人を滅したのは、法国にも伝わっている。

 今回はそのアンデッドではないが、五千もの兵と他国の軍勢までいるのだ。

 数で勝っていても、無策では勝機は薄いと見ても仕方がない。

 まして今回の作戦はとにかく数を減らすことに重点を置いているため策らしい策を用いていないせいもあるのだろう。

 これではいたずらに被害が拡大するだけだ。と遠回しに進言しているのだ。

 

 だが、どうして言えるだろう。

 そうして被害を拡大させ、敵味方共に多くの犠牲を出すことこそが本来の目的であるなどと。

 数を揃える以上の意味がない、志願兵を集めたのもそれが理由なのだ。

 

(人類が住む世界は、大海原に放り出された脆い船。乗れる者は限られている)

 そしてその脆い船を六大神の名の下に、どんなに荒れ狂う海をも乗り越える強大な船へと作り替える。

 今回の戦いはそのためにどうしても必要なのだ。

 

「……お前の心配は分かる。だが、それを見越して今回の戦いには六色聖典を投入している。その力はお前もよく知っているはずだ」

 永きに渡り膠着状態だったエルフの国との戦争において、火滅聖典は投入後直ぐに成果を出してくれた。彼らを初めとして、どの部隊も戦争においても一騎当千の活躍をしてくれるはずだ。

 もっともそれも相手が只の人間や亜人ならばの話であり、アインズが連れている亜人たちにも有効かは不明なのだが……。

 

「加えて今回は万が一に備え、法国最強の存在である漆黒聖典も、いつでも転移魔法を用いて連れて来れるようにしてある。そのために光の神官長である、イヴォン・ジャスナ・ドラクロワ様にもご足労願っているのだ。だが、この話は内密にしておけ。漆黒聖典は六色聖典の中でも特に重要な任務に就いているため、本来軽々に神都から動かすわけにはいかない存在だからな」

 本来戦争に神官長が出向くことなど無い。

 そのことを知っている者たちは同行したイヴォンの存在を訝しむ者も多かった。

 それは、この副官も同じ。

 だからこそ、事前に言い訳を用意していたのだ。

 漆黒聖典の強さを知る者は法国内でも少ないが、切り札を用意していると分かれば、皆戦ってくれるだろう。

 

「承知いたしました。では各隊の指揮官には私の方から巧く伝えておきます」

 そうした法国上層部の事情もよく知る副官だからこそ、これだけで納得し、すぐさま礼を取った。

 

「頼んだぞ。それと敵味方双方の被害状況を正確に伝えるように指示を出せ。最高執行機関より漆黒聖典を投入するための条件が出されている。敵味方合わせて十八万、それだけの被害が出て初めて投入を許される。その為にも開戦と同時に数が多く、農民しかいない王国軍を狙え。遠回りになるが、それが最も被害を少なく抑える方法となるだろう。良いか、十八万だ。忘れるな」

 神の復活に必要な生け贄は十五万だが、強者の魂のみという制約がある。

 農民を動員した王国の兵では生け贄には不適格な者が殆どであるため、それを加味して十八万と言ってあるのだ。

 それだけの数ならば、こちら側の被害と合わせれば強者十五万分の魂に十分届くだろう。

 本来人類の守護者たる法国としては同じ人類を狙うより、五千の亜人を先に葬りたいのはやまやまだが、それでは余計に被害が大きくなる。

 魔法の武具を揃えた手強い亜人共はその後だ。

 

「はっ!」

 こちらの思惑に気づいた様子もなく、今度こそ納得して外に出ていく副官を見送った大元帥はそっと胸をなで下ろす。

 

「……上手くいったようだな」

 天幕の奥から、今は別の場所にいるとされていたイヴォンが顔を覗かせる。

 副官には悟らせないようにしていたが、イヴォンは初めからここにいた。

 

「イヴォン様」

 その場で礼を取る。

 同じ最高執行機関の者とは言え、宗教国家であるスレイン法国においては軍事機関の最高責任者である大元帥より、神官長の方が立場が上。会議の場で同じ席に着いている時はともかく、外ではそれなりの礼節が必要となる。

 

「良い。我々は仲間、いや共犯者だ。神の再降臨のために、何も知らぬ無垢な国民を犠牲にするのだからな」

 その言葉で決意を固め、大元帥は鼻から勢い良く息を出し、これまで胸に秘めていた思いを口にする事にした。

 

「……正直私は今でも納得できてはいません」

 軍部のトップとして、このようなやり方には賛同できない。

 犠牲になるのは、国民そして軍人だけであり、神官長たちが管理する神殿勢力はほぼ無傷なのだ──無論多少は回復要員として動員されているが──恨み言の一つも言いたくなる。

 イヴォンもそれが分かっているからこそ、大きく頷き、理解を示した。

 

「気持ちは分かるが、この期を逃せばもう二度とこうした機会は訪れまい。何より我らの神の敵である魔導王の宝石箱、いやアインズ・ウール・ゴウンをこれ以上増長させるわけにもいくまい。堪えてくれ」

 

「分かっています。だからこそ、必ずや成功させなくてはならない……場合によっては複数回復活魔法を使用することになりますが、可能なのですね?」

 

「無論だ。そのために高位神官だけではなく、巫女姫まで連れてきたのだからな。例えこの身が果てようと必ずや神の復活は成してみせる」

 イヴォンは信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)として、最高執行機関内でも一、二を争う腕前だ。だがそれでも一人で、それも何度も復活魔法を使用できるはずがない。

 しかし、意志を奪う代わりに、人間そのものを超高位魔法を吐き出すマジックアイテムへと変える法国の最秘宝の一つ、叡者の額冠を身につけた巫女姫と、魔力を送る高位神官が複数いれば、復活魔法も問題なく複数回使用できる。

 ここに集った人間や亜人の総数は六十万を超える。

 六大神全員とは行かずとも二柱、従属神すら倒したアインズを確実に仕留めるなら、三柱の復活を狙いたい。

 そしてその後、このアベリオン丘陵に住まう亜人を根絶やしにすれば、全ての六大神の復活も可能だ。

 

 そうなれば人類の未来は安泰。

 ここで失われる命はそのための貴い犠牲。

 それは分かっているが、やはりやりきれない思いがあるのも事実。

 何より、この作戦を強く推したのは他でもない、目の前の光の神官長イヴォンなのだ。

 いや彼だけではない。

 他の神官長、そして最高神官長もまた同じ気持ちを抱いているのはよく分かった。

 大元帥である自分もまた、人類のために無償で働くためにこの道を選んだのは間違いないが、神に仕え、その力を借りることで強大な力を行使する彼らと、自分や三機関長とは少々考え方が異なる気がする。

 自分たちは神の御力を借りることで人類を救いたいと考えているが、彼らは神の降臨、それそのものを目的としている気がするのだ。

 

(いや、例え目的は違っても、我らが見ているのは同じもの。最終的に人類が救われるのであればそれで良い)

 そう自分を納得させ、大元帥は改めてイヴォンに向き直る。

 

「では、命令が行き届き次第、最終勧告に出ます。イヴォン様も陣に戻り儀式の準備をお願いします」

 

「うむ。我が神の復活。なんとしても成し遂げようぞ」

 力強く頷くイヴォンの顔は薄暗い天幕のせいか、外見通りの陰険な老人に見えて仕方がなかった。

 

 

 ・

 

 

 地図の上に配置された駒の位置と数を確認する。 

 王国軍十五万、帝国軍五万五千、聖王国軍七万、魔導王の宝石箱五千。

 対するスレイン法国は、どこからかき集めてきたのか、その数は三十五万に届こうかという大軍だ。

 数の上では圧倒的に法国が有利、いや数だけではない。

 長きに亘り大陸中央の亜人国家の侵攻から人間を守り続けた、人類の守護者たる法国は、単純な軍事力においても他国を圧倒する。

 だがそれは、相手が三国だけだった場合だ。

 三国の上層部は自軍の勝利を確信していた。

 

「さて、どうにか間に合ったな」

 アインズによって用意された、マジックアイテムを使って作り出された天幕──いや、要塞と言った方が良い──の中で三国の支配者は同じテーブルに着いていた。

 それぞれ自軍の最も安全な場所に本陣を構えているが、ここはそちらより安全性が高く、他国の動きも確認出来る。

 大きなテーブルの中央にはこの周辺の地図が置かれ、色分けされた駒が複数並んでいる。それぞれの軍の配置を確認するためのものであり、現在は既に配置は完了し、その上には、水晶の画面(クリスタル・モニター)が浮かび上がっていた。

 遙か頭上から全体の配置をリアルタイムで確認できる上、いざとなれば直ぐに本陣に戻れるように移動手段も確保されている。

 まさに至れり尽くせりだが、これはアインズが自分たちのことを考えたという訳ではなく、戦争においても魔導王の宝石箱の強さを知らしめるためのものだろう。

 実際、アインズの転移や幽霊船と兵站の必要ないアンデッドに加え、こうした斥候の意味もなくなる監視も出来るとなれば戦争の概念から大きく変わる。そしてそれを使用できるのは現時点ではアインズのみ。これで勝てないはずがない。

 場合によってはあちら側に自分たち帝国も居たのだと思うと、寒気がするほどだ。

 

(つくづく、あそこで負けを認めることが出来て良かった)

 内心で安堵の息を吐く。

 後はこのまま最終勧告を待つばかりだ。

 どうせこれは形式上のものだが、人類の守護者を名乗っている法国からすれば、最後まで必死に戦争を回避しようとした──法国側から宣戦布告を出したとしても──というお為ごかしは重要なのだろう。

 そのギリギリまで彼らはここで戦略を練っていた。

 正確には三国はそれぞれ自国の手口を明かしたりはせず、あくまでそれぞれが邪魔にならないようにするための確認作業である。

 本来そうしたことはもっと事前に行われていなくてはならないのだが、今回法国が突然宣戦布告をしてきたことで、自国の準備が精一杯で、連携について話し合う余裕がなかった。

 ジルクニフがあれほど分かり易く、間に合ったことを強調した理由はそこにある。

 

「ええ。もう少し時間の余裕があれば、なお良かったのですけれど──」

 ジルクニフに合わせて、カルカもまたため息を吐いた。

 偽善的な八方美人から、王女として汚れた手段も平気で使うようになったカルカだが、ジルクニフとしてはむしろこちらの方が好ましい。

 性格的な好き嫌いだけではなく、以前より行動が読みやすくなった事が大きい。

 かつての強い政策の採れなかった頃のカルカは、一度決めたことでも、同情や甘さによって政策を撤廃したり、思ってもみなかった方向に舵を切り直すことがあった。そうした優柔不断とも言える甘さにより、ジルクニフの思惑が何度か外れたことがあったのだ。

 しかし今のカルカは、国民第一という基本骨子は変わっていないが、その為の手段を選ばなくなったことで、ブレることがなくなった。

 だからこそ、ジルクニフには今の彼女の心理や行動がたやすく読める。

 彼女は汚いことに手を染めてでも強国化を進め、自国の国民を守りたいと考えている。

 読み通りに、未だ復興が終わらず戦争の傷も癒えてない北部聖王国の民を召集兵として連れてきたのがその証拠だ。

 法国への恨みが強いことによる士気の高さに加え、アンデッドを恐れない彼らは、本来ならば今回の戦争に於いては帝国の騎士団すら凌駕する戦力になっただろうが、残念ながらそれは少し前までの話である。

 だからこそ、今彼女はジルクニフに合わせて、聞こえようによっては王国に対する恨み節にも聞こえる言葉を吐いているのだ。

 それによってジルクニフ、つまりは帝国にとって有利な状況になるとも気づかずに。

 

「……」

 自分とカルカのあからさまな非難の言葉にも、ランポッサは応えない。

 じっと画面から視線を逸らさず見つめるだけだ。

 針のムシロとはこのことだろう。

 そもそも今回の戦争、本来は秘密裏に準備を完了させ、何も知らない法国にこちらから宣戦布告をすることで、あちらの準備が整う前に戦争を開始することが作戦の肝だったのだ。

 しかし、実際は逆にこちらの準備が整う前に法国側から宣戦布告をしかけられてしまった。

 いったい何が起こったのか。まさかこれもアインズの策なのか。と思ったものだが、調べてみれば何のことはない。

 王国の貴族が自分可愛さに、国を裏切り法国に情報を流しただけのこと。

 それも帝国や聖王国が少し調べただけで、あっさりとその証拠が掴めるほど杜撰なやり方でだ。

 それでも王国貴族ならばおかしくはないと思えるのが、王国の腐敗の根深さを示している。

 だが今回の件で被害を受けたのは聖王国と王国だけ。

 先ほどジルクニフはランポッサを責めるようなことを言ったが、帝国にとってこれは僥倖でしかなかったのだ。

 

 件の貴族のせいで、此度の戦争は大きく予定が変わった。

 何より大きいのは戦争場所の変更だ。

 事前の取り決めでは、カッツェ平野を戦場とするはずだった。

 帝国と王国が例年戦争を繰り返しているその場所は、帝国の駐屯基地もある戦い慣れた土地であり、どの国の領土でもない。それらも大きな理由だが、何より重要なのはアインズがカッツェ平野での戦いを希望した、ということだ。

 三国の上層部にとって、既にアインズは遙か格上の存在であると同時に、今回の戦争のスポンサーであり、影の発起人でもある。そのアインズが望んでいるのだから、三国側が拒否することはできない。

 法国も人類の守護者としての立場がある以上、いたずらに戦火を広げることはできないこともあって、そこでの戦闘はほぼ確実と考えて準備を進めていた。それだけに、戦場が変わる知らせを聞いた当初は頭が痛くなったものだ。

 

 法国から指定された戦場は、現在アインズが管理している、亜人たちの住処であるアベリオン丘陵だ。このせいで、本来表舞台に出ずに裏方に徹するはずだったアインズ本人が、兵を率いて戦争に駆り出される結果となった訳だ。

 これが聖王国にとって一番の問題だ。

 何しろアインズは聖王国で見せた、五百組を超える超級アンデッドの兵団を使用せず、代わりにその地に住んでいる亜人たちを戦争に連れ出すと宣言したのだから。

 

(アインズにとっては丘陵の新たな支配者を世に知らしめるためなのだろうが、聖王女は完全に当てが外れたな)

 戦争にアインズとその兵団が参加する以上、この戦いにおける三国の最善策は、アインズの直ぐ傍にいることだ。

 

 もはや誰が第一功だとかは考える必要がない。

 それはアインズに決まっている。

 よって得られる報酬を取り合うこともない。持ち出せる物に関してはアインズが殆ど一人で持っていくのだろう。

 残されるのは土地と人間のみだが、国家を持たないアインズはそれらを手に入れることはできない。

 いや急ぎ建国したとしても、手に入るのは異種族に対する嫌悪感を心の奥底まで植え付けられている法国の民だ。それではまったく意味がないと言うべきだろう。

 よってそれらは三国が管理することになる。

 だがそれも圧倒的な戦果を挙げるであろうアインズと、戦果を競い合うことなどできるはずもなく、単純に三国で三分割という形になるだろう。

 これにより各国の考え方はアインズの機嫌を損ねないように、如何にして戦争後に備え被害を出さないようにするかにシフトする。

 その意味で王国は初めからどうしようもない。

 何しろ一人の愚かな王国貴族のせいで、こんな状況になったのだから。

 もしこれがアインズの策略であったとしても関係がない。弱みを見せた以上、王国は今回もそして戦後も、各国に、そしてアインズに食い物にされ続けるしかないのだ。

 今回で言えば、布陣における決定権は無いに等しい。

 結局、一番弱い王国軍が一番危険な最前線に囮として配置されることになった。

 国力低下が叫ばれている王国としてはここで多くの国民を失うのは痛手だろう。

 

 そして聖王国の場合は、本人たちには原因が無く、完全なとばっちりだ。

 聖王国は元からアベリオン丘陵の亜人たちに対し、根強い嫌悪感がある。

 聖王女は必死になって、法国こそが全ての元凶という方向に話を持っていったのだろうが、この短期間でそれらを払拭することはできなかった。むしろこの戦いを共に乗り切ることで、初めて歩み寄りの第一歩を踏み出せることになる。

 そのため、聖王国は余計な諍いを生まないために自ら亜人たち、つまりはアインズの傍から離れた位置に配置を希望するしかなかった。

 だからこそ、帝国にとっては王国貴族の行動は僥倖なのだ。

 帝国は労せず、アインズたちと本当の意味で轡を並べて共に戦うと言う、絶好の位置に自軍を配置することができたのだから。

 そんなことを考えつつ、画面に目を向けると、にらみ合いを続けている両軍から、それぞれ最終勧告を行う者たちが歩み寄り始めていた。

 

「出てきたか。いよいよだな」

 これから周辺諸国全ての行く末を決める戦いが始まるというのに、どこかそれを楽しんでいる自分に気がつく。

 画面の奥、王国が露払いを勤めた後、突撃することになっている本隊。

 その一角に映る、全員が魔法の輝きを持った一団を前に、ジルクニフは口元を持ち上げる。

 

(アインズ。次は何を見せてくれる?)

 負けを認めたことで、純粋にアインズの打ち出す自分の予想もつかない行動を楽しむ余裕すら出てきた。

 いや、別段おかしくはない。

 これが本来の自分だ。

 例え自分の命が掛かった危険だろうと、楽しむことができる。

 それこそが本来のジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスなのだから。

 

 

 ・

 

 

 完全武装の守護者たちが、頭上に映し出された遠い地にいる御方を前に、揃って頭を下げている。

 御方が率いる亜人たちはこれより先陣と露払いを兼ねた王国軍によって、突破口をこじ開けさせた後、帝国軍と共に敵の本隊めがけ突撃することになっている。

 既に最終勧告は終わり、今は王国軍がその突破口を開くのを待っている状況だ。

 遠くの方で人間たちの怒声が飛び交っているのがここまで聞こえてきた。

 そんな中、魔法で作り上げた壇上に上がった御方は、悠然と自分の前に立つ者たちを見つめる。

 

『……お前たちは互いに敵同士だった者もいれば、初めて会う者もいるだろう。私自身、お前たちのことを詳しくは知らない』

 セバスとプレアデスを従えた御方の言葉を前に、亜人たちに動揺が走る。

 自分たちの新たなる支配者である筈の人物が、詳しくは知らないと言い出したのだから、それも当然だ。

 だがそれを聞いている守護者たちに動揺はない。

 自分たちを遙かに超える叡智を持った御方が、その程度のことを理解しないはずがないからだ。

 

『だが。お前たちは各部族を代表して選出され、私の配下であるコキュートスが認めた戦士たちだ。そして今お前たちには私の預けた武具がある。ならば、例え相手が誰であろうと、負けることはあり得ない! お前たちの戦士としての誇りと強さを、私に見せてみよ!』

 両手を広げ声を張り上げる御方の声に、一旦水を打ったように静まり返った亜人たちが一斉に吼え始める。

 

「なるほど。強者こそが正義であると考える亜人の習性を利用した見事な檄ですね。コキュートス、もしかしたらアインズ様は君に手本を見せているのかも知れないね」

 小さく手を叩きながら、デミウルゴスが感嘆の息を吐く。

 確かに分かりやすさに主眼をおいたその檄文は、むしろ本来彼らを統治する立場にあるコキュートスこそ学ぶべきものだ。

 

「確カニ。私ノ時トハ気合イノ入リ方ガ違ウナ」

 どこか気落ちしたように冷気の息を吐き出す、コキュートスの傍にいたアウラがブルリと身を震わせ、唐突に大きな声を出した。

 

「ちょっとコキュートス! その息止めてよ。全裸でも平気なコキュートスと違ってあたし今冷気の耐性の装備付けてないんだから」

 

「ムゥ。済マナイ。ダガ以前モ言ッタガ、私ハ全裸デハナク外皮鎧ダ。加エテ今ハコノヨウニ装備モ身ニ着ケテイル」

 首から下がる金色のネックレスを揺らしながらコキュートスが言う。

 

「全裸にネックレスって余計にあれじゃん」

 

「ムゥゥ」

 怒りとも悲しみともつかない唸り声を上げるコキュートスを前に、アルベドが手を叩く。

 

「はいはい。そのくらいにしておきなさい。アウラ、そうした物言いは、場合によっては逆効果になるわよ」

 御方と自分の檄を比較して、落ち込んでいたコキュートスの気を紛らわせるために言った軽口。ということなのだろう。

 

「ありゃ。そうかな、ごめんねコキュートス」

「……イヤ、余計ナ事ヲ考エテイタノハ事実ノヨウダ。助カッタ」

 コキュートスもまたその事実に思い至ったらしく、アウラの謝罪を受け入れる。

 それを見届けてから、アルベドはこちらに目で合図を送ってきた。

 無言のまま頭を下げ、転移門(ゲート)を展開させる。

 場所は神都の一角。事前に送り込んでいるクアイエッセに用意させた転移可能ポイントだ。

 

「では。皆様のご武運をお祈りしております」

 共に行くことの出来ない分、最大限に心を込めてポーズを決めながらエールを送る。せめてこれくらいはと思っての言葉だったが、戻ってきたのはシャルティアの呆れ声だった。

 

「……その格好で奇妙な身振りと言葉遣いはやめなんし、アインズ様に失礼でありんすよ」

 

「ええっと。はい、ぼ、僕もそう思います。なんか緊張しちゃいます」

 マーレもおずおずと、しかしハッキリとした意志を見せる。

 

「これは失礼。ですが私は普段の姿では転移門(ゲート)は使うことが出来ません故ご容赦を。では改めまして、ナザリックの留守はこの私、パンドラズ・アクターにお任せ下さい。そして、皆さんの必勝を祈願し、私よりこの言葉を贈らせていただきます……神は我らと共に(Gott mit uns)!」

 顔を持ち上げ水晶の画面(クリスタル・モニター)に映る御方、いや父と同じように手を広げ声を張る。

 ドイツ語は禁止されているが、それはあくまで父の前でのみ、守護者たち相手ならば何の問題もない。

 

「……色々と言いたいことがあるけど、戻ってからにしましょう。時間がないわ」

 アルベドがこちらに冷たい目線を向けながら言うが、時間がないとは転移門(ゲート)の持続時間のことではない。

 

『出陣せよ!』

 画面の向こうから声が響き渡る。

 そう。亜人たちに雄々しく命じる父の号令に合わせる為だ。

 

「はっ!」

 力強い返事と共に、守護者たちは次々に転移門(ゲート)の中に突入していく。

 誰もいなくなり、一人になったパンドラズ・アクターは転移門(ゲート)を閉じると同時に、本来の姿に戻り、帽子をかぶり直してから、こちらは人前では禁止されている、敬礼のポーズを取って仲間たちを見送った。




本当は開戦後まで行きたかったのですが、無理でした
とは言え例によって戦争自体は詳しく描写する気はないので、あと少しで完結できるはず

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