オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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ガゼフ視点の話
現地人目線の話は初めてなので少し時間が掛かりました


第16話 来客 ガゼフ・ストロノーフ

 今日という日が休日であったことに、ガゼフ・ストロノーフは感謝した。

 いつもは休日など特にやることもなく、武具の手入れや、稽古などにあてているのだが今日は不意の気まぐれで王都の中を出歩き、本通りに繋がる検問所で騒ぎが起きていると聞いて立ち寄った先で彼と再会出来た。

 声が以前会った時とは違ったため初めは偽物ではないか、と疑ってしまったが彼の説明を聞いて納得した、確かに強大な力を持ちながら思慮深い彼ならば用心のために声を変えていても不思議はない。

 

 王都に来た時は是非立ち寄って欲しいと告げたのは自分だが、何となく彼はここに訪れないのではないか、と考えていた。

 権力など必要とせず己の力のみを信じて行動する、ガゼフがかつてこうありたいと夢見ていた弱者を救う強者。その体現者のような男、アインズ・ウール・ゴウン。

 その彼と再会し、ガゼフは今まさに彼が王都に築いた店の前に立っていた。

 

「ではストロノーフ様こちらに。主は召し替えしてから参りますので」

 入り口前でアインズと別れ、ガゼフは執事──御者も勤めているようだが執事と紹介された──のセバスと名乗った老人に案内され、店に通された。

 

(この老人、一切隙がない。何者だ、アインズ殿の執事ということだったが、護衛も務めているのか)

 以前アインズに命を救われたあのカルネ村では見かけなかった人物だ。その時にいたのは肌を一切晒さない真っ黒な全身鎧に身を包み、その細身に似合わぬ巨大なバルディッシュを持った騎士だった。

 ただ黙ってアインズの側に立っており声すら聞かなかったが、この場にその姿は見えない。ここにはいないのかそれとも今は外に出ているだけなのだろうか。

 

「どうぞ。未だ開店前のため、人が不足しておりますが、精一杯のもてなしをさせていただきます」

 後から増築されたと思われる外から続く突き出た入り口から入った先には、塗りたてらしい汚れ一つない白磁の壁と同じく白の大理石が敷き詰められた短い廊下がありその奥、店舗への入り口は見事な細工と紋章の彫り込まれた木の扉であり、その左右に騎士風の格好をしたゴーレムが二体立っていた。

 

 そのゴーレムが扉を開く。

 ガゼフは無言のまま先を進むセバスの後をついてその扉をくぐり抜けた。

 店内はさほど広くはない。外観から見るともっと大きく見えたが、店舗部分は狭く作り倉庫を広く取っているのかも知れない。

 しかし店内に飾られている調度品は見事な物ばかりで、絵画や花瓶、観葉植物などが見事に調和し纏まっている。

 

 ガゼフ自身は単なる平民であり、審美眼は無いに等しいのだが、主である王の護衛で様々な場所に出かける機会があり、その先々でこうした美しい調度品に触れる機会が多々あった。

 しかしその何れも己の権力や財力を示すために飾り付けられたようなものばかりで美しくはあるがガゼフにとっては貴族の象徴のような印象しか持っていなかったがこの店は違う。

 

「素晴らしい店だ。落ち着くというか、失礼。無骨者故言葉が見つからないが」

 正直な感想を口にする。

 それを受けてセバスは老年に至った者のみが持つ深みのある落ち着いた笑みを浮かべ、ありがとうございます。と感謝の言葉を述べた。

 カウンターがある店舗部分には人の姿はなく、その奥に恐らくは倉庫に繋がっているらしい大きな扉が見える。

 そのままセバスはカウンターに沿って右手に進み奥にある部屋にガゼフを案内した。

 

 恐らくは客と交渉や契約を交わすためのものと思われるソファとテーブルが配置された応接室。ガゼフはそこに通された。

 勧められるがままソファに座ろうとしたガゼフだが、その前に部屋の壁に掛けられた調度品に目を奪われた。

 

 剣である。

 

 金や銀、宝石がふんだんに使われた鞘に包まれているというのに嫌みがない。

 儀式で使う宝剣や、貴族たちの見栄によって作られた大きな宝石が埋め込まれ、まともに振るうことも出来ない装飾剣とは異なり、鞘の握り手や持ち手部分には余計な細工を施さず実用性が感じられる。それでいて気品があり、見る者の目を引きつけて離さない。

 そんな美しい剣がケースにも入れられず、むき出しのまま壁から突き出した二本の棒に乗せられて飾られているのだ。

 それも鞘から三割ほど抜き出て、刃の部分を見せた状態でだ。

 いやむしろそこが一番重要なのだと言わんばかりである。

 

「やはり戦士長様ならば絵画や彫刻よりも剣の方が気になるようですね」

 

「いやお恥ずかしい。やはり私も武に生きる者として、どうしても」

 

「手にとって見ますか?」

 

「い、いや。このような宝剣、私のような男では汚してしまいかねません」

 

「構いませんよ。これはお客様に実際に見て触れて貰う為のサンプルです。やはり武具は自ら手に取らないとその価値が見えません」

 言うが早いか、ごく当たり前に素手で剣を取ったセバスは飛び出していた剣を鞘に仕舞い、そのまま鞘を握って壁から下ろすと刃の部分をガゼフに向けないように柄の方を差し向けた。

 渡し方として正式な作法ではないが、それがむしろこの程度の武器にそこまで気を遣う必要がないとガゼフに伝えているような気がした。

 とはいえガゼフから見れば間違い無く高級品と言っていい宝剣、ガゼフは家で雇っている老夫婦に身だしなみとして持たされていたハンカチで手を拭ってから、差し出された剣を受け取った。

 手に取った瞬間ズシリと重みが掛かる。想定していたよりも重い剣だ。

 

 アインズの店舗の武器とあってあるいは強大な力を持つ魔法武器かと思ったが、特別な力は感じられない。

 魔法の力が加えられた武具は身につけるだけで特別な効果を発揮し装着者にそれを理解させる。

 ガゼフが身につけることを許されている王国に伝わる四つの秘宝などがそれにあたる。

 

 予想に反しこれはそれらとは異なるが、手に持って刃を見ただけで分かる、かなりの一品だ。魔化による付加効果などはなく、熟練の職人の手によって鍛え上げられただけの剣のようだが、セバスはこれを売り物の見本と言った。

 

 つまりはこの店には魔法のみならずこれだけの武器を量産出来るだけの力もあるのだ。これは素晴らしく、そして恐ろしいことだ。

 アインズが王国のみで商売を続けているうちは良いが、仮に帝国などに引き抜かれでもしたら。

 かつて戦場の中でガゼフを勧誘したあの男ならばアインズのことを知ればすぐにでも勧誘に来るだろう。

 

(王に伝えてなんとか厚遇して貰いたいが、今の王国では難しいかもしれんな)

 剣を前にそんな雑念が混ざってしまったことを恥じガゼフは一度首を振ると改めて剣の柄を握りしめ、完全に鞘から引き出した。

 晒されていた時から気づいていたが、この独特の輝きにガゼフは見覚えがある。

 

 オリハルコンだ。

 

 一般に知られている金属の中ではアダマンタイトに次いで硬度が高く、希少価値も同様に高い希少金属であることもさることながら、その硬さに相応しく加工が難しく、全てをオリハルコンで造るより、別の金属と合わせ刃先のみをオリハルコンにしたり、刺突武器のコーティングに使用する等の使い方をする方が一般的だ。

 

 しかしこの剣は全てがオリハルコンで出来ているようだ。

 重さが違う。

 コーティングとして使用するならば、わざわざ重さをオリハルコンに合わせる必要が無く、中心を軽い金属で作り全体の重さを軽くするのが一般的だ。

 稀に全てオリハルコンだとうそぶく為に内部に重さの似た金属を使うこともあるがアインズがそんなことをするとは思えない。

 

「素晴らしい。加工の難しいオリハルコンをこれほどの一品に仕上げるとは」

 感嘆の言葉を呟いた時、静かに扉が開かれる。普段のガゼフならば外に近づいてくる足音だけで気づいたはずだが、剣に気を取られ気づくのが遅れた。

 扉の先にいたのはあの異様なマスクを被った偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 服装が替わり、ガゼフがかつてカルネ村で出会ったときと同じ格好になっている。

 これが正装なのかも知れない。

 

「気に入って貰えたかな? ガゼフ殿」

 

「アインズ殿」

 アインズが中に入る。その後ろにはメイドらしき金髪の女性の姿があった。

 立ち居振る舞いは綺麗だが、どこか自信なさげで所作の一つ一つに小さな違和感を覚える。アインズが中に入ってからやや時間を置いてガゼフに一礼すると、扉を閉めて出ていった。

 セバスが執事として完璧であるが故にそうした小さな部分に違和感を感じてしまうが、これほど年を重ね老熟した執事と若い娘を比べるのが間違っているのだろうと思い直した。

 

「気に入ったのならば差し上げよう。お近づきの印にという奴だ」

 

「いや。大変素晴らしい品だが、それは遠慮させて貰おう。私の行動は全て王に直結するのでな」

 戦士であるガゼフは政治的な判断が苦手である。

 自分の行動が主である王の迷惑になるか分かったものではないので基本的には接待や土産、贈り物の類は断るようにしている。

 

 もっともその断る行為そのものが無礼だと言われることも多々あるのだが、妙な恩を着せられるよりはよほどマシだ。

 アインズがそうしたことをする男には見えないが、仮にも商売をするためにこの地に来た以上そうした警戒はしておくべきだろう。

 只でさえ、ガゼフはこれから恩人であるアインズに頼みごとをする立場なのだから。

 

「はっきりと物を言う。しかし私もその方が気楽でいい。もって回った言い方は好まないのでね。掛けてくれたまえ」

 

「どうぞ。剣はこちらに」

 そう言われて自分が未だ剣を握りしめていたままだということに気がつき、ガゼフは慌てて剣を鞘に仕舞うと、慎重にセバスに返却した。

 

「セバス、飲み物の用意を」

 

「畏まりました」

 アインズとそしてガゼフに一礼し、セバスは剣を壁に戻した後、その場を離れた。

 護衛でもあるはずのセバスを簡単に立ち去らせるのはガゼフを信用しているのか、それとも何かあっても己の力だけで解決出来ると考えているのかも知れない。

 

 改めてガゼフはアインズと向かい合う。

 かつてカルネ村を救い、部下と自分の命も救ってくれた恩人とも言うべき男だ。

 

「改めてアインズ殿。先日はカルネ村の民を、部下たちと私を救って下さり感謝する。私が今ここにいられるのは全てアインズ殿のおかげだ」

 深く頭を下げようとして、その前にアインズが手で制した。

 

「ガゼフ殿、先ほど貴殿の行動は全て王に直結すると言った。ならば私のような一介の魔法詠唱者(マジック・キャスター)にそう何度も頭など下げるべきではない」

 

「しかし、それでは」

 

「では代わりに、先ずは私の頼みを聞いて貰えないか?」

 アインズの配慮に心の中で頭を下げて感謝しつつガゼフは背を伸ばして話を聞く用意を整えた。

 

「伺おう」

 

「ガゼフ殿に頼みたいのは他でもない、王都周辺にある村の位置を教えていただきたいのだ」

 思ってもみなかった頼みごとに、ガゼフは眉間に皺を寄せる。

 

「それは一体如何なる理由で?」

 ガゼフが問うと、アインズは予想していたとばかりにすぐに答えた。

 

「無論商売をするためだ。ガゼフ殿も見たと思うが我々が作成したゴーレム。あれを村に売りたいと考えている」

 確かにあの強大な魔獣であるギガント・バジリスクだけに注目してしまったが、その後ろには数十体の鉄の動像(アイアン・ゴーレム)が隊列を組んで付いてきていた。

 王城内にもゴーレムは存在し、特に重要度の高い部屋の前に警備兵の代わりとして配置されている。

 二十四時間監視を続けられるゴーレムは警備兵として非常に優秀だ。

 他にも豪商や貴族連中が自宅などに配置しているところを見たことがあるが、いずれにしてもゴーレムとは金を持った者達だけが使用出来る高額な嗜好品のようなものだ。

 

「しかしアインズ殿、ゴーレムは製作に多額の資金と時間を要すると聞いている。わざわざ村の者達がそれを購入するとは思えんし、なにより購入したとして村のなにを見張らせるというのだ?」

 村を襲ってくるモンスターや野盗の類の警戒と言うことだろうか。

 以前のカルネ村のようなことが頻発していると考えたのか、しかしあんなことは早々あるわけではなく、また警戒するにしても村人を使った方が手っとり早く安上がりだ。

 それだけのために村人達がわざわざ高額なゴーレムを買い付けるとは考えづらい。

 ガゼフの台詞を聞いたアインズが一瞬、虚を突かれたように停止した後、笑い出した。

 

「それもあるが、主な使用法は開墾や重量物の運搬、移動中の警護などだ。ようは農作業の手伝いをさせようと考えている。なので、人手が足りず税として納める分の作物すら収穫が難しい村を中心に聞きたい」

 

「ゴーレムを、農作業に?」

 そんな話聞いたことがない。

 いや、以前帝国でそのような政策が存在しているという話を聞いた覚えがある。

 結局、資金の問題で中止になったとも聞いたが、その際は貴族達が下品なゴーレムの使い方だ。などと小馬鹿にしていたが、少なくとも税を納めさせるために村人達の食う物すら切り詰めさせて働かせるようなやり方よりはよほど素晴らしいと思ったものだが、目の前の男は帝国でも成し得なかったことを可能にしたという。

 ゴクリと思わず唾を飲み込んだ。

 改めてこの男の魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての強大さに触れた気がしたのだ。

 

「どうかしたのかね?」

 

「いや、すまない。私のような者には思いつかない話につい」

 

「そうか。それでどうだろう? もちろん高額な金額を要求するつもりはない。そもそも買い切りではなく期間を決めての貸し出しにするつもりだ。普通の村でも払える額でな、もし払えない場合でもゴーレムを使用して効率が上がった作物で支払って貰っても良い」

 良い話だ。とガゼフは思う。

 例年刈り入れの時期を狙って来る帝国との小競り合いの度に王国の国力は落ち、農民達の生活は苦しくなっていると聞く。

 王もいつもそのことで頭を悩ませている。

 今の話はそれを一挙に解決とはいかずともかなり楽に出来る方法なのではないだろうか。

 

 しかし。とも思う。

 

 本当にそれだけなのか。と言う疑念がガゼフを捕らえて離さないのだ。

 何か裏があるのではないか。ガゼフはアインズのことを慈悲のある人物だと知っている、だがただ優しいだけの男だとは思えない、もし仮に自分に敵対する者が現れれば容赦なく一掃する、そんな男のような気がしてならない。

 そんな彼が農民達が得をするだけの話を持ってくるとは思えない。なにか別の理由があるのだ。しかしガゼフではそれが何であるかはわからない。

 

「難しい話だ。いや、そうした村の情報は確かに把握している。しかしそれは私個人ではなく王国の持つ情報だ。それを私が軽々に話していいのか」

 だが、ここで断ればどうなるのか、アインズは別の場所で商売をするのではないか、それこそ帝国に売り込みでもされたら。

 これは王国を救える絶好の機会ではないのか。

 戦いしか知らない自分の愚かさが恨めしい。

 思わず唇を噛むガゼフになるほど。とアインズは軽い口調で頷いた。

 

「それは確かにその通りだ。で、あるならばどうだ。この話を持ち帰り王、あるいは話の分かる者に聞いてみて貰えないかね。返事はその後で構わんよ」

 

「良いのか? こちらの都合ばかりで」

 

「なに。そもそも私はただの魔法詠唱者(マジック・キャスター)、国の重鎮、ましてや王に売り込みなど出来んのでな。それをガゼフ殿がしてくれるというのならそれだけで価値がある。ただ私は現状国そのものと取引をするつもりはないということを理解してくれると助かる」

 

「それは、いかなる……」

 

「無いとは思うが、王国が纏めてゴーレムを借り受け、私たちの付けた値段以上で村の者達に貸し出す様なことをやられては困るという意味だ。それでは国力が回復するどころの話ではない。故に今はまだ国ではなく村々と直接契約を交わしたい」

 軽い口調で言ってはいるが本気なのだと理解する。

 自らが仕える王が、王として民の暮らしやすい王国を作ろうとしているのは良く分かる。だから王が私腹を肥やすためにそのようなことをするはずはないと思うが、それ以外の者達は分からない。

 

 貴族派閥の連中であれば当然自分達の力を高めるためにそのゴーレムを使用するだろうし、王派閥でも貴族派閥の力を削ぐために使用するかも知れない。

 アインズはそれを心配しているのだ。

 そして同時に彼が自分などとは比べ物にならないほどの叡智を持っているのだと実感する。

 

「では申し訳ないが、一度この話は持ち帰らせていただく。しかし決して私欲を持った者には話さないと我が王の名に誓おう」

 

「信用しよう、ガゼフ殿。では私の話はここで終わりだ、次は貴殿の話だな」

 互いに頷き合った後、アインズが言う。

 だが結局アインズの頼みを確約出来なかったのに良いのだろうか。と考えてしまう。

 自分の恩人を利用しているように感じてしまい気が重い。

 そんな雰囲気を笑い飛ばすようにアインズはソファに体を預け愉快げに口を開いた。

 

「気にする必要はない。強大なモンスターの話ならば私も情報は欲しいと言っただろう」

 

「……すまない」

 目を伏せ、僅かに頭を下げる。

 もう一度気にするな。とアインズが告げたところで扉がノックされた。

 

「セバスです。お飲み物をお持ちしました」

 

「入れ」

 ソファに体を預けたまま命じる姿が妙にしっくりと来る。

 カルネ村での礼節を持った態度よりも良く似合っていた。やはりこれがこの男の本当の姿、強大な力とそれに似合う風格を合わせ持った権力者なのだろう。

 しかし不思議と嫌な気持ちにはならない。

 

 貴族連中とは異なり、弱き者に対する慈悲深さを持っているからだろうか。

 

 そんなことを考えている間に室内に入ったセバスと先ほどの金髪の女性が飲み物とグラスを運んできた。

 オレンジ色の液体の入ったデキャンターから薄いガラスで出来たグラスに飲み物が注がれる。

 そのグラス一つをとってもガゼフは王宮内でも見たことがないほど見事な細工が施された一品だった。

 

(落としたら洒落にならんなこれは)

 自分の給金などでは支払えないだろう。

 そんなことを考えてしまう。

 

「どうぞ」

 金髪の女性に礼を言い、落ち着く意味でも慎重にグラスを持ち、それを飲む。

 

「っ!」

 飲んだ瞬間全身に力が漲ったような感覚に襲われる。王国の秘宝を身につけた時の感覚に似ているが、まさか飲み物にそのような力があるとは思いづらい。単に初めて味わう美味な飲み物に体が喜んだだけだろう。

 

(何という美味い飲み物だ。このようなもの飲んだこともない。アインズ殿の店は飲み物すら最高級だというのか)

 ゾクリと背筋に冷たい何かが走った。

 武具や飲み物すら最高級の品を揃え、ガゼフですら装備を揃えねば勝てないギガント・バジリスクという魔獣に多数のゴーレム、ガゼフを以ってして底を知ることも出来ない執事、この場にはいないがカルネ村で彼が召喚したと言っていたアンデッドの騎士にアインズと二人だけで六色聖典の一つを全滅させた騎士。

 

 そして何より、それらを纏め上げその力量すら計り知れない偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)、アインズ・ウール・ゴウン。

 これが彼の持つ全てなのだろうか。

 いや彼ならばこれ以上の戦力を隠し持っていても不思議ではない。その力は或いは国に匹敵するのではないか。

 そんな相手が王国内部に存在する、彼が一言命じればそれらは一気に王都に攻め入ってくるのではないか。

 

(いや、アインズ殿がそのような真似をするはずが……無いとは言いきれんか)

 彼は話が分からない男ではない、こちらが礼を尽くせば恐らくそれに応じた対応をしてくれるはずだ。

 しかしこの国の上層部全員がそんな態度をとれるとは思えない。

 只でさえこの国は魔法詠唱者(マジック・キャスター)の地位が低いのだから。

 貴族達が彼の有用性を知り近づいて口々に命令し、不遜な態度を取る姿が目に浮かぶようだ。

 

(これは何か手を考えねば)

 自分だけではダメだ。

 誰かに知恵を借りる必要がある。

 あれこれと頭の中で相談すべき相手を考えていると不意にアインズから声がかかった。

 

「どうかしたのかね? その飲み物に何か問題が?」

 アインズの言葉に急に室内の気温が下がったような気がした。

 アインズかそれともセバスか、そのどちらかが飲み物を運んできた女性に対し険を向けているのが分かる。

 戦いの中で感じる殺気とまでは行かないが、それに類似する敵意のようなものだ。

 

「も、申し訳ございません。私がなにか」

 

「あ、いや。気にしないでくれ。こんなに美味い飲み物を飲んだのは初めてだったので驚いてしまっただけだ。よければもう一杯頂けないか?」

 慌てて飲み物を飲み干し空になったグラスを女性に近づける。

 はっきり言って礼儀も何もなっていない不作法だが、今はこれが正解だと感じた。

 

「それは良かった。ツアレ、客人に飲み物を」

 

「は、はい」

 室内の空気が緩む。女性は慌てた様子でしかし動きは丁寧に再びオレンジ色の液体をグラスに注いでくれた。

 それを改めて一口飲んでからテーブルに戻しアインズを向き直る。

 

「それでアインズ殿、そのモンスターの特徴なのだが」

 

「ああ。種族も分かっているのか? だとすると対処がしやすいが」

 

「相手は吸血鬼、らしい」

 

「吸血鬼……」

 ガゼフの放った言葉を不思議そうに繰り返す。

 吸血鬼とは本来さほど強力なモンスターではない。冒険者で言えば白金クラスならばさほど苦労無く倒せると聞く。

 それより遙かに強大な力を持ったアインズではいささか拍子抜けしたというところなのだろう。

 

「ただし、単なる吸血鬼ではない。私にそのことを話してくれた相手はブレイン・アングラウスと言う」

 

「……どこかで聞いた名だな」

 

「そうか。かも知れないな。奴はかつて俺が御前試合の決勝で戦った人物。今の俺とも互角の力を持っているだろう戦士だ」

 

「ほうガゼフ殿と互角、それは周辺諸国でも有数の強大な戦士ということか」

 自分より遙か格上に位置しているであろう相手から褒められてもな。とガゼフは言葉には出さず苦笑し、言葉を続けた。

 

「そのブレインが軽くあしらわれた、いや相手にすらならなかったと言っていた。自慢の剣速は指二本で受け止められ、その剣技も小指の爪一つ傷つけることは叶わなかったと」

 

「ほう」

 アインズの声が低くなり、興味を持ったことが伺える。

 かつての自分のライバルであり恐らくは今も互角に近い実力を持っているブレインをあれほど怯えさせる相手だ。

 ガゼフが相手でも同じ結果になるだろう。

 しかしアインズならばもしかしたら、という期待感があった。

 彼ならばブレインの言う人間では決して到達出来ない頂にいるその化け物を倒せるのではないかという期待が。

 だからガゼフはこの話をすることにしたのだ。

 

「その吸血鬼の名は……シャルティア・ブラッドフォールンと言う」

 瞬間、奇妙な感覚がガゼフを包んだ。

 いやガゼフをと言うよりは周囲の様子だ。誰一人微動だにしていないというのに、まるで時間が飛んでしまったような、そんな気配を感じたのだ。

 何よりも目の前のアインズから発せられている気配が今までとは全く異なる。

 それはなんと言えばいいのか、怒りのような、驚きのような、困惑のような、何とも形容しがたい雰囲気に変わっていた。

 

「アインズ殿?」

 不思議に思って声を掛けたが、返答は無かった。




長くなったのでここで切ります

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