オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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シャルティアを王都で働かせるために必要なブレイン関係の話
多分現時点で分かっている情報では矛盾点は多分無いと思いますがもしあった場合、訂正出来ないところに関しては独自設定と言うことでよろしくお願いします


第17話 協力プレイ

 奇跡だ。とアインズは実感する。

 感情を吐き出す前に、一つの魔法を発動させることが出来た。

 魔法即効無詠唱時間停止。

 対策をしている者以外、全ての時間を停止させる魔法だ。

 ピタリとも動かなくなったガゼフを睨み付けるアインズに、もう何度も襲い来る精神抑圧の波を物ともせずに次から次に怒りがこみ上げてくる。

 以前のように無様に怒りを周囲にまき散らさずに済んだのはこれが二度目だからだろう。

 

「どういうことだ! 何故こいつの口からシャルティアの名が出る! そのブレインとかいう奴がシャルティアを洗脳した連中と関係があるのか!」

 

「アインズ様、お怒りを御鎮め下さい」

 感情のままに吐き出した声に時間対策を施していたセバスが答える。

 以前同様アインズが絶対者として相応しくない姿を見せていたことを悟り、急速に落ち着きが戻った。

 

「っ! 済まんなセバス。今のは忘れよ」

 

「はっ。ご命令とあらば全て忘れます。してアインズ様、私に一つ心当たりがございます。そのブレインなる男について聞き覚えが」

 

「どういうことだ?」

 

「はい。シャルティアが我々と行動を共にしていた際、罠にかかった盗賊団がございました。後に王国で情報収集時に知った情報によりますとそのブレインなる男はその盗賊団に所属していたという話です」

 

「確か、その盗賊団自体はシャルティアが壊滅させたのだったな。シャルティアに何かあったのはその後の筈。ではそいつは関係ないのか、いやしかし」

 後に冒険者組合に上がった情報によるとシャルティアが襲ったと推定される盗賊団のアジトから複数の人間の死体が確認されており、生き残ったのはその盗賊団が慰み物にしていたらしい数人の女と、冒険者が一人。

 そのいずれも血の狂乱状態のシャルティアの姿しか確認しておらず、それがモモンの倒した吸血鬼(ヴァンパイア)ホニョペニョコだということになっている。

 要するにシャルティアはその盗賊団を壊滅させた後、逃げ出したブレインなる男を追いかけ、その途中で冒険者チームを一人を残して壊滅、更にその後で世界級(ワールド)アイテムを持つ何者かに遭遇した。と考えられる。

 

(それが偶然なのか、それともシャルティアが狙われていたのかは分からんが、現時点では情報が足りないか)

「さて、しかしそうなると困ったな。そのブレインという男は消せば済むが、問題はガゼフがどれだけの人間にシャルティアの外見を伝えているかだ。場合によってはシャルティアをここで働かせるのは難しいかもしれんな」

 

 もしガゼフが誰にも話さずアインズに一番に話したのならばガゼフの記憶をいじれば済むし、それが遙か昔のことでも最悪ガゼフを殺せばいいだけだ。

 しかし強力なモンスターとして既に王国に報告していたらその時は、例え変装させたとしてもシャルティアをここで働かせるのは危険だろう。

 

「仮に彼が我々にしか話していないのならば、私に考えがございます」

 

「考え? それはどういう……いや、そろそろ魔法が切れる。良かろうセバスお前に任せよう。失敗しても短期間の記憶ならばいじれば済む」

 怒りを覚えつつもいつもの癖で時間停止してからの時間を数えていたため、魔法の切れるタイミングが迫っていることに気づく。

 

「畏まりました。上手く進めばシャルティアの正体が知られていてもこのままここで働くことが可能となりましょう」

 自信ありげなセバスにアインズはほう。と関心を示し、元の席に座り直した。

 時間停止前と同じ格好になり、魔法が解けるのを待った。

 

「アインズ殿?」

 世界に時間が戻り不思議そうに首を捻るガゼフの姿が見えるが、アインズは何も言わない。セバスに任せると言った手前もあるが、ああは言ってももしやという思いが捨てきれずそのブレインという男に対し、そしてその話を持ち込んだガゼフにも理不尽と知りつつ怒りを覚えていたからだ。

 

「ストロノーフ様。よろしいでしょうか。そのお話は既に王国に伝わっているのですか?」

 

(直球だな! 答えるのか?)

 

「いや、実はその話を聞いたのはつい先日のことでして。ブレインは相当衰弱し、酒に溺れて夜も眠れない有様で、ようやく話してくれたのが昨日の夜のこと。私も後で情報を集めるために知人のアダマンタイト級冒険者に話を聞こうと思っていたのだが、その前にアインズ殿と会えたのでこうして話をした次第で」

 アインズは気づかれないようにほっと胸をなで下ろす。

 これなら最悪の場合でもブレインとガゼフを消せば済む。

 

(いや、昨日のことなら記憶をイジった方が良いか。出来ればこいつは殺したくはない)

 王に繋がるコネクションになるからでもあるが、同時にコレクターとしてでもあり、自分には無い輝きを持つ男に対する憧れのようなものもある。

 もちろん自分たちに害を為すのならば容赦する気はないが。

 

「それは良かった。実はその者、いえシャルティア様は我々の身内と呼ぶべき御方。アインズ様にとって娘のような存在なのです」

 

「何!?」

(ええ!?)

 ガゼフの驚きとアインズの驚きが重なる。もっともアインズは微動だにせず心の中で叫んだだけだが。

 

「それは如何なる理由か! そのような危険なモンスターを身内とは」

 ガゼフは感情のままに立ち上がりアインズに詰問する。

 

(いや、そんなこと言われても、好きにしろって言ったのは俺だけど、これ大丈夫なのか。頷いて良いんだよな)

 

「落ち着いて下さいストロノーフ様。しかし危険とはいったい何を指しているのでしょう。確かにシャルティア様は吸血鬼(ヴァンパイア)、その実力はアインズ様の護衛を任されているほどです」

 

「ブレイン、いや。彼の仲間を皆殺しにしたと聞いている」

 セバスの柔らかな口調に幾分か落ち着いたらしく席に座り直したガゼフだが、その眼光は未だ鋭いままだ。

 

「それは間違いありません。ですが、その理由はご存じですか?」

 

「いや、それは聞いていないが」

 

「シャルティア様が手を出した、そのアングラウス殿の仲間がどのような者たちかは知っていますか?」

 

「あまり質の良い連中ではない、傭兵崩れの者達としか」

 

「言いづらかったのかも知れませんね。彼らの名は死を撒く剣団。傭兵として働くのは戦時のみで、普段は野盗、街道を通る者達を襲い金品、時には女性をさらうことを生業としている者達です」

 

「まさか。いや……」

 ガゼフの顔が強ばり、次いで何かを思い出したような態度を見せる。思い当たる節があったのだろう。

 

「私ともう一人のアインズ様の娘と呼ぶべきお嬢様、ソリュシャン様は王都に来る途中、雇っていた御者の裏切りに遭い、彼らに狙われたことがあるのです。その時はソリュシャン様の護衛である私が何とかお嬢様だけを連れて逃げることが出来ましたが」

 

「逃げる? 失礼だが貴方は相当な強者とお見受けする。その貴方がただ逃げたと?」

 

「シャルティア様とは異なりソリュシャン様は戦う力を持ちません。彼女を守りながら戦うより共に逃げた方が良いと判断したのですが、これが間違いでした」

 ペラペラと語るセバス、確かにいくつか本当のことも混ざっているが、確か報告ではその傭兵団はその場でシャルティアが全て片づけ、その後シャルティアとその配下だけで野盗のねぐらを襲撃したはず。そのブレインとか言う奴と会ったのもその時だろう。

 ここからどう話を持っていくつもりなのか。

 

「別件の用事があり後から追いかけて来たシャルティア様は壊れた馬車と荒らされた荷物を見て、我々がさらわれたと考えたのです。そしてそのままお一人で野盗のねぐらを襲撃しました」

 

「……」

 ガゼフは何も言わなくなり、真贋を確かめるとでも言いたげな目でセバスを見ている。

 

「そして野盗のねぐらで捕らえられていた女性達の姿を見てソリュシャン様も同様の目に遭っているのではと誤解したシャルティア様は逆上しその場にいた者を皆殺しにしてしまったと聞いています。彼女は怒りのあまりかその時のことは殆ど覚えていないそうですが……その後我々と合流し互いの無事を確認した私たちは申し訳ないとは思いましたが余計な事に巻き込まれるのは困るとその場を離脱し、王都に向かい直したのです。これについては申し訳ないとは思っておりますがシャルティア様の事が知られては我々も困りますので」

 

「私がそのように指示を出した。例えこちらからは手を出さないとしても吸血鬼(ヴァンパイア)がいると知れれば問題になるからな」

 アインズが助け船を出す。ここから先に関わってくる冒険者周りの話はセバスは殆ど知らないはずだからだ。

 

「それはそうだが。今の話、真実であるという証拠は?」

 

「エ・ランテルの冒険者がそこに捕らえられていた女性達を助け出しているはずだ。確かめれば直ぐに分かるだろう。しかしシャルティアの行動が別の問題を引き起こしてしまったのでその話も聞けるだろうがね」

 そしてもう一つ、今の話を利用出来る事を思いつきアインズはちらりとセバスに目で合図を飛ばし話を続ける。

 

「別の問題とは?」

 

「シャルティアという強力な吸血鬼(ヴァンパイア)に惹かれて別の吸血鬼(ヴァンパイア)を呼び寄せたのだよ。その名をホニョペニョコ。聞き覚えは?」

 

「……確か、王国三番目のアダマンタイト級冒険者、漆黒が退治したと言う吸血鬼(ヴァンパイア)の名では?」

 やはりモモンの活躍は王都まで轟いているらしい。

 これならば十分使える。

 

「その通り。漆黒のモモンを我々は昔からサポートをしている、まだ強くなる前からな。彼は強くなると思ったのでね、武具やアイテムを貸し出していた」

 

「なんと。アダマンタイト級冒険者の武具まで、いやあれだけの品が作れるのならば当然か」

 

「そう。そしてもう一つ彼が追いかけている二体の強大な力を持つ吸血鬼(ヴァンパイア)、その行方を探し情報を伝えるのも我々が行っていた。シャルティアが別件でセバス達と別行動を取っていたのはエ・ランテル近郊でその内の一体ホニョペニョコが目撃されたという情報を掴んだためだ。そしてホニョペニョコはシャルティアに惹かれて現れたところをモモンによって退治されたのだ」

(よし。これでスムーズにモモンとの関係も説明出来たし、矛盾もないはず。俺って意外と本番に強いのでは?)

 リアルにいたときはいつも用意を完璧に整えてからでないと緊張して仕事にならなかった自分が、この世界に来てからはぶっつけ本番で行動することが増え、なんだかんだと成功し続けて来たため自信がついていた。

 

「……一つ聞きたい」

 

「何かね?」

 

「そもそも何故吸血鬼(ヴァンパイア)を娘に?」

 

「ん? いや、それは」

(やっぱりダメだ。想定外の質問は嫌いだ。こうなったら)

 

「私の口からはとても言えんな。セバス代わりに説明を」

 すまないと心の中で詫びを入れる。

 ここでセバスが答えられなければ一度ガゼフの記憶を消してやり直さねばと思ってたのだが、セバスは慌てた様子もなく普段通りの態度で頷いた。

 

「畏まりました──シャルティア様は元人間なのです」

 

「何? しかし吸血鬼(ヴァンパイア)に血を吸われても思考能力も無い下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)になるだけの筈では?」

 

「ただの吸血鬼(ヴァンパイア)であればそうでしょう。先ほどアインズ様が仰ったモモン様が追いかけている吸血鬼(ヴァンパイア)、彼奴は通常の吸血鬼(ヴァンパイア)とは比べ者にならないほど強大な存在。その者に血を吸われると下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)ではなく、本物の吸血鬼(ヴァンパイア)となり強大な力を得る。ホニョペニョコもそうして血を吸われ奴に従っていた者。つまりは部下。その者でさえアダマンタイト級冒険者のモモン様が切り札であるアイテムを使用しなければ勝てないほどの相手だったのです。シャルティア様がアングラウス殿相手に完勝出来たのもそれが理由でしょう」

 セバスのデマカセを聞き、ガゼフはうーんと腕を組み考え込む。

 信用出来るか考えているのだろう。

 

「では証拠として今ここにシャルティアを連れてこようか?」

 

「なに? ここにいるのか?」

 

「無論だとも、彼女は私の護衛でもあるのでね、彼女は特殊なアイテムを装備させて敵の吸血鬼(ヴァンパイア)の支配から逃れている。会って話せばそれも分かるだろう」

 

「……分かった。信用するかは会ってから決めさせて貰おう」

 そう言ってガゼフは目を伏せた。

 

「セバス。シャルティアを連れてこい」

 

「畏まりました」

 ツアレではなくセバスに命じたのはシャルティアに説明をする必要があるからだ。

 セバスならばこれだけで今までの経緯を説明してからシャルティアを連れてきてくれるはずだ。

 説明の間不自然に間が空くかも知れないが、それは女性の準備には時間が掛かるとかで誤魔化せるだろう。

 

「アインズ殿」

 

「……何かね?」

 セバスが出て行ってから、ガゼフが口を開く。

 

「俺はアインズ殿に感謝している。貴殿は恩人だ。しかしもし仮にそのシャルティアなる娘が王に、いやこの国に害なす存在であるならば俺は躊躇わず剣を取る。例え勝てずともだ」

 ガゼフが目を開け、アインズに挑むような目を向ける。

 

「……その瞳は以前も見た。死を覚悟して進む男の意志を感じる強い目だ。憧れるよ」

 この場にセバスがいないため、つい絶対者としてではないアインズの素が出てきた。

 思いもよらぬ言葉だったのか、ガゼフは目を白黒させた後、困ったように苦笑した。

 

「安心して良い。私や私の仲間に手を出さない限り、シャルティアも私も手を出すような事はしないさ」

 

「信じたいところだ」

 

 

 そのまま互いに無言を貫き、やや時間を置いてから扉がノックされる。

 アインズは無言でツアレに指示を出すと彼女は弾かれたように扉まで移動した。

 

「セバス様とシャルティア様です」

 

「入らせよ」

 思ったよりも早い到着だ。

 この短時間で話が終わったのだろうか、アルベドやデミウルゴスならば僅かな説明でも状況を把握するだろうが、シャルティアでは一抹の不安が残る。

 何より彼女は格下の生物である人間、ガゼフを前にちゃんと演技が出来るのだろうか。

 なんだか子供の発表会を待つ親の気分──そんな経験は一度としてないのだが──だ。

 緊張を出さないように普段通りの態度を取りつつ扉が開かれるのを待つ。

 ややゆっくりと開け放たれたドアの向こうから、正装であるボールガウンに身を包んだシャルティアが裾を僅かに持ち上げて一礼し、中に入ってきた。

 ガゼフが一瞬息を呑む気配が伝わる。

 

「お待たせいたしましたわ。アインズ様」

 にっこりと満面の笑みを浮かべて笑うシャルティアはいつもの郭言葉でも普段の素が出たときの口調でもない、本物のお嬢様のような柔らかな話し方と笑顔でアインズに挨拶をする。

 

「よく来たシャルティア。私の客人だ、挨拶を」

 

「まぁこれは失礼を。初めまして、わたしはアインズ様の元でお世話になっております、シャルティア・ブラッドフォールンです。以後お見知り置きを」

 

「これはご丁寧に。私はガゼフ・ストロノーフ。王に仕えし王国戦士長であり、此度はアインズ殿に招かれてお邪魔している」

 シャルティアの美貌か、それともお嬢様然とした話し方のせいか、完全に出鼻を挫かれたといった様子のガゼフだが、流石に王の護衛をしているためかこの手の対応もややぎこちないながら、見れたものだ。

 

「それでシャルティア。お前を呼んだのは他でもない、ブレイン・アングラウスという名に聞き覚えは?」

 ガゼフから細かいところを聞かれても困ると先んじてアインズが問う。

 セバスから話は聞いているだろうに、初めて聞きましたとばかりに小首を傾げた後シャルティアは首を横に振る。

 

「ボサボサの髪をした無精髭の剣士だ。彼は君と対峙しそして小指一本で敗れたと言っていた。本当に君がそのようなことを?」

 半信半疑といった様子だが目には力がある。

 構えてもいないがいざとなれば直ぐに動けるようにしているのだろう。

 

「そのお話はセバスから聞きました。以前ソリュシャン姉様に危害を加えたと勘違いして乱暴してしまった方の中に居た男性だと」

 しゅんと花が萎れたように笑顔が消え、目には涙すら浮かべている。

 

(スゴい変わりようだ。演技に関しては心配いらなかったな)

 懸念材料が一つ消えたことにほっと胸をなで下ろしながらアインズはガゼフを見る。

 彼もまたシャルティアの態度に動揺しているようだ。

 

「いや、すまない。事情は聞いている。彼らは犯罪者だ、完全に君に罪がないとは言えないが、そうされても仕方がない者たちではある」

 王国の法律では野盗に襲われた場合、返り討ちにして殺してしまっても罪には問われない。

 無論関係ない者を巻き込んでしまった場合はともかく、相手が罪を犯している盗賊だと立証出来た場合は正当防衛ということで基本的には無罪なのだ。

 そうでなくては殺す気で向かってくる野盗を相手に護衛の仕事など出来るはずもない。

 だから吸血鬼(ヴァンパイア)であるという事を除いてシャルティアの行動そのものにはそこまで問題はないはずだ。

 

「……改めて確認させていただきたいのだが、君が吸血鬼(ヴァンパイア)だというのは、本当なのか?」

 いよいよ本題に入ったガゼフにシャルティアは目を見開いた後、顔を伏せた。

 

「はい。仰るとおりです、わたしは人ならざる者、吸血鬼(ヴァンパイア)。そのせいでアインズ様にも皆様方にもご迷惑をお掛けしています」

 

「信じられん。いや、ブレインの奴から聞いていた容姿、名前も同じだ。しかしこうして見るとどうにも」

 

「でしたら、これでは如何でしょう」

 懐疑的なガゼフを前にシャルティアは恥ずかしそうに唇をキュッと結んで言ってから、指を口元に持っていくと唇の端を摘み横に開いていく。

 小さな唇から発達した白い犬歯が牙のように飛び出た。

 それを確認させてから、再びシャルティアは手を外し、握りしめた拳で恥ずかしそうに唇そのものを隠した。

 

「失礼した。いやしかし未だ信じられん。吸血鬼(ヴァンパイア)とはもっとこう」

 

「言いたいことは分かるがね、シャルティアは元の容姿のまま吸血鬼(ヴァンパイア)に変質した為だろう。しかしその力は私の護衛として足りるほどの実力を持っている、だが私が命じない限り無関係な者に手を出すようなことはしないよ。そうだな? シャルティア」

 

「勿論です! 私はアインズ様に救われ、今もこうして面倒を見ていただいている身。けっしてアインズ様のご迷惑になるようなことはいたしません。信じて下さいませ」

 両手を組んでアインズに縋りつくように身を寄せて言うシャルティア。

 

「う、うむ。信じているとも」

 

「……」

 

「そのアングラウス様にも是非、こちらにお越し下さるように伝えて下さい。わたしから直接お詫びをさせていただきたいのです」

 

「……伝えてはみるが奴は、言いづらいが君にとても怯えている。難しいとは思うが」

 

「わたしはその時の記憶はなく、どのような態度をとったか覚えていませんが、あれだけのことをしでかしてしまったわたしの姿を見たのであればそれも致し方ありませんわ」

 そう言いながら涙を見せるシャルティアは本当の姿を知っているアインズから見ても演技とは思えないほどだ。

 

「アインズ殿。先の話、すべてを信じるとすぐには言えないが、少なくともそちらの彼女を吸血鬼(ヴァンパイア)として王国に伝えることはしないでおこう。これは貴殿を信用してのことだ、裏切ってくれるなよ」

 

「無論だとも、感謝するよガゼフ殿。これで対価になるかはわからんが、少なくとも先ほどガゼフ殿が気にしていた私に対する借りはなかったものと考えてくれ。よって王に先の話を伝える件も無かったことにしても構わないが?」

 

「いや、それは王国にとっても利のある話、アインズ殿さえよければこのまま進めさせてくれ」

 殆ど全てがアインズの思うとおりに進んでいる現実に、小躍りしたくなる気持ちを抑えてアインズは立ち上がり、ガゼフに手を差し出した。

 カルネ村や先程再会した時と同じくガントレットは外すことは無くそのままだが、彼は気にしはしないだろう。

 

「ではこれからも互いに良い関係を築いていこうではないか」

 

「そう願いたいものだ」

 両手でアインズのガントレットを握りしめたガゼフは強い眼差しと、同じほど強い声で言った。

 

 

 

 ガゼフの見送りをさせるため出ていったセバスの足音が聞こえなくなったところでアインズはようやく一息吐くことが出来た。

 と言っても未だ側にシャルティアが控えているので目に見えて気を抜くことは出来ないが、小さく息を吐いてゆっくりと頭を振る。

 

「取りあえず切り抜けたと見るべきか」

 

「恐れながらアインズ様。一つ聞いても宜しいでありんしょうかぇ?」

 

「ん?」

 お嬢様然とした話し方からいつもの郭言葉に戻ったシャルティアの問いかけにアインズは無言で頷き先を促した。

 

「あのガゼフなる人間、あのまま返して良いんでありんしょうか?」

 シャルティアの物言いにアインズは何となくホッとしてしまう。

 ここのところ守護者達の急激な成長をまざまざと見せつけられて焦っていたが、やはりまだまだ浅慮なところがあるものだ。と思えたのだ。

 

「奴は我々と共にこの店に入るところを目撃されている。奴を消しては犯人は我々だと言っているようなものではないか」

 

「あ、いえ。例えばわたしが血を吸って眷族にしてしまえばわたしの意のままに操れます。後は適当な装備品で吸血鬼(ヴァンパイア)であることをバレないようにすれば使いやすい駒になったのではないかと」

 恐る恐ると言った様子で自分の考えを語るシャルティアに、アインズは無言で立ち上がると背を向ける。

 

「アインズ様?」

 

「お、お前の考えは、私も一考したがやはり不確定要素の方が多い。そもそもお前はこの地に来てから人間を眷族にしたことはないだろう? 相手がどのような変貌を遂げるのか真祖(トゥルーヴァンパイア)であるお前ならば吸った相手は吸血鬼(ヴァンパイア)になるはずだがその確証もない。今はそんな賭けに出ずとも奴ならば……」

 アインズが全てを言い切る前にドアがノックされ、セバスが戻ってくる。

 早いな。と思ったがよく考えたらナザリックとは違いこの店舗はごくごく狭い、出口まで送るだけならそう時間は掛からないだろう。

 

「お帰りになられました。アインズ様によろしくお伝え下さいとのことでした」

 

「そうか。怪しんでいる様子は?」

 

「恐らくは、大丈夫かと」

 うむ。と頷いてからアインズは手を動かしてセバスを自らの元まで呼び寄せた。

 特に疑問も抱かずにセバスが近づいてくる。

 

「手を持ち上げよ」

 

「はっ。こうで、宜しいのでしょうか?」

 やや不思議そうに片手を持ち上げるセバスにアインズは、自分のガントレットを外すとむき出しになった骨格の拳をセバスの拳にぶつける。

 

「良くやった。お互いにな」

 

「っ!」

 驚きに目を見開くセバス。

 今回のやりとりがなんだか妙になつかしかったのだ。

 普段も配下の者達と共同でことにあたることはあるが、大抵はアインズが命じることが殆どで皆はその通り仕事をこなしているばかりだったが、今回ガゼフを欺くためにアインズとセバスはそれぞれが思いついたデマカセを互いに補完しあって一つのストーリーを作り上げた。

 結果としてシャルティアの件は巧く誤魔化すことが出来た。

 なんだか昔の、全盛期の頃のアインズ・ウール・ゴウンの仲間達と協力して一つの作戦を達成させたときに戻ったようなそんな気がした。

 

「あ、アインズ様」

 驚愕に声を震わせるセバスを前にアインズは何となく気恥ずかしくなって顔を背ける。

 

「かつて、私がたっちさんと協力して作戦を成功させた時はこうして喜びを分かちあったものだ」

 背後で絶句している気配を感じるが、大丈夫だろうか。

 支配者らしからぬ態度だなんて思われてはいないだろうか。

 気が気でない思いを抱きながら、それでも済んでしまったことは仕方ない。

 強引に話を切り上げてしまおうと、咳払いをしようして、その前にシャルティアに遮られた。

 

「あ、アインズ様。その、わたしも……あの」

 モジモジと体を小刻みに動かしながら、シャルティアは手を持ち上げている。

 なにをして欲しいのかは明白だが、改めて催促されると気恥ずかしい。

 しかしセバスにやっておいてシャルティアとはしないのも酷な話だ。

 今回はシャルティアの演技に助けられたところもあるのだから。

 小柄なシャルティアが背伸びをしつつ手を持ち上げてアインズからのフィストバンプを待っている。

 

(しかし女の子とやるのはなんだか妙に恥ずかしい。しかもセバスやツアレの前でとなると、後でと言ってもダメだろうなぁ。いや、そうだ!)

「その前にシャルティアよ。先ほどの話の続きだ。お前にはまだ一つやり残していることがあるのではないか?」

 

「え?」

 

「例のブレインとかいう男の件だ。このままではガゼフは家に戻り、ブレインに先ほどの話をするだろう。その時我々の説明と矛盾があれば今の成功は無意味になる」

 無事乗り切った安堵感で忘れていたが、まだ完璧に乗り切ったわけではない。

 戻ったガゼフがブレインなる男と話したら今の嘘がバレる危険性がある。

 

「ではアインズ様。その男の口封じをなさると?」

 妙に力強い声でセバスが言う。

 

「その通りだ。今ならばまだ間に合うだろう。ガゼフが戻る前に奴の家に行き、ブレイン・アングラウスを捕らえ生きたまま連れてこい」

 

「アインズ様。その役目、是非私に。調査の際にガゼフ戦士長の自宅位置も調べてあります」

 

「あ。セバス、抜け駆けする気? アインズ様はわたしにお命じになられたんでありんすぇ」

 常に一歩下がり、自己主張をしない──無言の圧力という形ではしてくるが──セバスには珍しい言葉に慌てたようにシャルティアも言葉を重ねた。

 アインズは少し考えてから二人に言う。

 

「いや。そうだな、二人で行くが良い。どちらか一方だけで問題はないとは思うが、まだ完全にブレインなる男が例のシャルティアを洗脳した者と無関係だという保証は無い。何かあれば即座に離脱しお前達の身の安全を第一に考えるのだ」

 

「慈悲深きご配慮、感謝の言葉もございません。必ずやアインズ様にご満足いただける働きをご覧に入れます」

 

「わ、わらわもアインズ様に最上の結果をお見せいたします。決して、決して以前のような失態はお見せいたしません」

 

(やけにやる気に満ちているが、さっきのことと関係あるのだろうか。喜んでいるのか、多分そうだよな。セバスはあまり感情を表に出さないから分かり辛いが)

 正解が掴み辛いのでアインズはそのことには触れずに頷く。

 

「よし。ではついでだ一つ実験も兼ねるとしよう。シャルティア、先ほど話したこの世界における眷族作成を試してみることにしよう」

 

「──それはブレインなる男を、わたしの眷族にと言うことですか?」

 

「うむ。先ほどの話の後でブレインが消えれば証拠はなくともガゼフは我々を疑うだろう。よって、お前の眷族とした後ブレインをガゼフの元に戻し、我々と和解したという話を聞かせる。使い道があればそのままナザリックに連れていけば良いし、なければその後処分する」

 

「畏まりました」

 

「よし。ではシャルティア、セバス。我が命を実行せよ」

 

「はっ!」

 二人の声が重なり、次いで疾風の如く行動を開始した。




と言うわけでこの後の展開は省きますがブレインはweb版同様無事にナザリックに就職出来ました
次にまとめをしてその次からようやく店舗開店となりそうです
随分長くなりましたが年内に開店出来そうで良かったです

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