オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

20 / 114
クライム視点の話
今回は現地人から見た魔導王の宝石箱と言う話なのであまり話は進みません


第20話 来客 蒼の薔薇+α

「ここか──あんまり流行ってはねぇみたいだな」

 

「ご大層な名前の割には小さい店だ。そもそもここ以前はただの倉庫じゃなかったか? 建て替えもしていないみたいだし、名前負けだな」

 

「ガゼフ戦士長の話では商品の良さもさることながら店主を初め、素晴らしい人材が揃っているという話でしたが」

 手書きの地図を見ながら現在地を確認する少年、クライムが言うと残る二人、蒼の薔薇のメンバーであるカガーランとイビルアイは鼻白むように首を傾げた。

 

「ガゼフのおっさんがそう言うならと思って来たけどよ、そもそもあれはどうした。ギガント・バジリスクは? この店で飼ってるんじゃないのかよ?」

 クライムがたまたま戦士長ガゼフ・ストロノーフに稽古をつけてもらうという幸運に恵まれた際、ガゼフが雑談の中で話したこの店の話をクライムの主、ラナーに話したところ、こちらも偶然遊びに来ていた蒼の薔薇の面々、特に戦士であるガガーランが興味を持ち、またラナーからもどんな店なのか是非知りたいと言われ、その要望を叶えるためにクライムと、同じく興味を持った──そもそも宮殿にいるのが堅苦しくて嫌だったのが本音のようだが──ガガーラン、イビルアイがこうして店を訪れたのだ。

 

「あの馬小屋では? ここからでは姿は見えませんが」

 それなりに大きい──王都の一流店と比べるとかなり規模は小さいが──店舗脇に設置されたこちらは明らかに店の規模に不釣り合いの大きな馬小屋を指す、店舗と異なりこれは新築されたようだ。

 板張りの馬小屋が裏手ではなく店の正面から見えるのは店の景観としてはあまり良くない気がするが、それだけ強大な魔獣を飼い慣らしているのならば、見せつける方が宣伝になるということなのだろう。

 

「よし。まずそっちを見て見ようぜ。大体ギガント・バジリスクを飼い慣らすなんて眉唾物だ。普通のバジリスクに鎧でも被せてデカく見せかけてるって方がまだ信じられるぜ」

 言うなり、こちらの意見は聞かずに歩き出すガガーラン。イビルアイも特に反対は無いようで黙って着いていってしまったのでクライムも慌てて後を追った。

 

 

「こいつか! こりゃ確かに本物だ」

 馬小屋には見張りもなく、入口の扉もないのですんなり中を見ることが出来た。

 中央の入り口から覗くと左右にそれぞれ区分けされた部屋が並んでいる。その右側にいくつかの区画の壁を壊して造られた大きな部屋があり、中には強大な魔獣の姿があった。

 緑色の鱗に覆われた八本足の魔獣、頭をすっぽりと覆う兜を着けていて顔は見えないが、その他の特徴はまさしく噂に聞いた伝説の魔獣ギガント・バジリスクそのものだった。

 

「おいおい、あの頭の兜、ありゃ凝視殺し(ゲイズ・ベイン)じゃねぇのか? 俺の一張羅を魔獣の防具にするとは、なるほど確かに品ぞろえには期待出来そうじゃねぇか」

 先ほどまでつまらなそうな顔をしていたガガーランの顔つきが楽しげなものへと変化する。

 

「ふん。どうかな、一番目立つ店の看板だから無理をして採算度外視の防具を作らせたとも考えられる」

 

「何にせよ、あれは最高級の特注品だ。だったらそれを作れるだけの技量がある、もしくは作れる奴と繋がりがあるってことだろ。よし、さっさと店ん中に行こうぜ」

 もう満足したのかそれだけ言うと意気揚々と歩き出すガガーラン、クライムはもう少しあのギガント・バジリスクやその向かい側にいる他の魔獣を見てみたい気持ちになった。

 

「おい、童貞! 行くぞ」

 

「外でその呼び方は……」

 何度も言われ慣れているとはいえ、町中でそれも大声で呼ばれるのは辛いものがある。

 

「どれ。魔導王などというご大層な名前を付けた厚顔でも見に行くか」

 イビルアイの興味もこの魔獣では無く、店主そのものにあるらしく、大人しくガガーランを追いかける。こうなるとクライムの意見など聞いてもらえないだろう。

 仕方なく最後にもう一度ギガント・バジリスクを目に焼き付けてから二人の後を追うことにした。

 悠然と立ちこちらを意に介さないその姿は伝説の魔獣と呼ばれる風格を醸し出している。

 そう言えば、王国三番目のアダマンタイト級冒険者漆黒のモモンという人物も森の賢王なる伝説の魔獣を従えているらしいが、どちらが強いのだろう。

 そんなことを考えながらクライムは離れつつある二人の背を追い駆け出した。

 

 

 騎士風の格好をしたゴーレムが開いた扉から中に入ると、落ち着いた調度品で飾られた店内が一望出来る。

 

「いらっしゃいませ。ようこそ魔導王の宝石箱へ」

 重心のブレを感じさせない見事な歩き方で三人の側に近づいてきた女性店員が、挨拶と共にお辞儀をする。

 宮殿にも多くのメイド達がおり、元々高貴な貴族の出である彼女たちの立ち居振る舞いも見事なものだが、目の前の金髪の女性も同じほど見事な動きを見せていた。

 なるほど。とガゼフが言った意味を理解したクライムは思わず背を伸ばす。

 

「本日はどういった品をお求めでしょうか?」

 美人というよりは愛嬌のある顔立ちをしたその女性はクライム、イビルアイを見た後、真ん中に立っていたガガーランに目を留めて人好きのする笑顔を浮かべそう問いかけた。

 

「あー、見ての通り俺たちは冒険者なんだが、金に糸目はつけねぇから取りあえずこの店で一番良い武具とかマジックアイテムを見せてくれねぇか」

 ガガーランの口調はどこか困惑気味だ。

 恐らく無骨な外観の建物に入ると別世界──貴族の屋敷のような見事な造りだ──のような場所が現れ、ついで洗練された立ち居振る舞いを持つ店員が現れたことに毒気を抜かれたのだろう。

 通常武具やマジックアイテムを扱う店というのは職人気質な店が多く、効率や機能性を重視し、店員もぶっきらぼうな態度を取る者が多いと聞く。

 冒険者の立場からすると、そうした店の方が居心地が良いのだろう。

 実のところクライムもそうだった。

 この店は貴族が買い物をする高級店の雰囲気に近い。クライムの主は滅多に外に出ることはなく、自由に買い物をするよりは宮殿に御用商人を呼んで欲しい物を選ぶ方が多いため、必然的にクライムもこの手の店に慣れていないのだ。

 

「ではあちらにどうぞ。目録をお持ちいたします」

 そう言って女性が指した先にはカウンターがあり、その向こう側にピンと背筋を伸ばした女性が立っていた。

 あそこで目録を貸し出してくれるのだろう。

 

「魔術師組合みたいだな」

 

「あそこもここまで仰々しくは無いがな。それにしても店員は全員女か。店主の趣向が透けて見えるな」

 小声で話し合う二人を気にする様子もなく、女性はどうぞ。と言って案内をする。

 店内は外から見るより狭く、奥行きも無いことから同じ建物内に倉庫も兼ねていることがわかる。

 左右の突き当たりには豪華な彫刻が施された扉が一つずつあるが、あちらは商談用の個室か何かなのだろうか。

 この二人が最高ランクの冒険者蒼の薔薇の一員だと知っているのなら初めからあちらに通されても良いようなものだが、気付いていないのだろうか。

 そんなことを考えている間にカウンターに着いた三人に別の店員が挨拶をした後、目録を差し出した。

 金糸や細かな宝石で飾られた立派な表装の目録を手にしたガガーランはそれなりに気を使いながら頁を捲る。

 武具を探しているのは一目瞭然だが、クライムとしては主が好みそうな服や装飾品も見てみたいところだ。

 これだけ高級な店ならそうした物もあるに違いない。

 

「武具は、ここからか……」

 そう言って手を止めたガガーランは今度はゆっくりと頁を眺め出す。横からクライムも覗くがイビルアイは背丈的にカウンターには背伸びをしなくては届かないためか、カウンターではなくその奥の店員たちを観察している。

 あるいは先ほど興味を示していた店主を捜しているのかもしれない。

 

「おいおい。嘘だろ、こいつは」

 

「どうしました?」

 イビルアイに気を取られていたクライムだが、ガガーランの緊迫した声に慌てて目録に目を落とす。

 載っていたのは剣である。非常に美しい細工が施された、武器というよりは飾って楽しむ装飾品のようなデザインだ。

 しかしそうした武器は別に珍しくない。

 貴族達が自分の権威を示し館に飾るために実用性ではなく外見を重視した武器を作らせるのはよく聞く話だ。

 扱えもしない飾るための武器に大枚をはたくという考えはクライムにはよく分からないが、貴族としては真っ当な嗜みなのだそうだ。

 

「刀身は全てオリハルコン製だとよ」

 呆れたようなガガーランの声にクライムも目を剥く。

 オリハルコンは一般に知られている金属の中では二番目、アダマンタイトの次に硬く、高価な金属だ。

 かつてクライムが主であるラナーから贈られた全身鎧(フル・プレート)はミスリルをかなり使い所々にオリハルコンが使われている。

 それでもその価値は計り知れず、冒険者で言えばオリハルコン級冒険者でようやく持てる程の代物であり、一般人ではとても手が出せないほどの金額であることは想像に難しくない。

 それを上回るであろう武器があっさりと目録に載っていることに驚いたに違いない。

 

「これは……ガガーラン、さん。どうなのでしょう、やはり簡単には手に入らない代物なのでしょうか?」

 様と言いかけて、いつも言われていることを思い出し慌てて言うが、ガガーランの方は気に止めた様子もなく、大きく頷いた。

 

「ああ。いや俺が持っている装備やラキュースの武器とは流石に比べられねぇが、すげぇのはこれが量産品でしかも新品ってところだ。要するにこの武器をいくつも作れる職人がいるってことだ。まあ俺もその手の職人を知らない訳じゃないが、俺たちが使ってるのは遙か昔に作られた武具を鍛え直したりしたもんも多いからな。新品を作れる職人は貴重だぜ。姉ちゃん、こいつを見せてくれるか?」

 

「畏まりました。ではお持ちいたしますのであちらの部屋でお待ち下さい」

 

「使い心地も確かめてぇんだが、それ用の場所はあるかい?」

 

「同室内に用意してございます。お客様方はいかがでしょう? 気になる物はございますか」

 クライムとイビルアイ。それぞれに視線を移し店員が問う。

 フードと仮面を付けているとはいえ背丈的に子供にしか見えないイビルアイにもキチンと客として対応するのはやはり彼女のことを知っているからなのか、それとも高級店の店員は皆こうしたものなのだろうか。

 

「小僧、そいつを貸せ。私も見てみたい」

 

「あ、はい」

 カウンターの上の目録に手を伸ばそうとして目で店員に問題ないか確認する。

 これだけで一財産になりそうな目録だ、カウンターから持ち出すのは禁止かも知れないと思ったのだ。

 しかし店員は笑顔でどうぞ。と目録を手に取って三人の側に控えていた金髪の店員に渡し、そこからイビルアイに目録が手渡される。

 

「うむ」

 

「お客様、よろしければ皆様であちらの部屋にどうぞ。商品を持ち出すまで些か時間がかかりますので。ご案内いたします」

 突如、男の声が聞こえクライムは思わず体を反応させた。

 

「なっ!」

 

「っ!!」

 ガガーランとイビルアイもまた同様のようでこちらはクライムより遙かに素早く、そして隙がない。

 三人の視線の先にいたのは老人だった。 

 髪も髭も完全に白いが背筋はすらりと伸び、立ち姿は鋼で出来た剣を思わせる。

 彫りの深い顔立ちには皺も目立ち、温厚そうにも見えるがその中にあって鋭い眼光だけが獲物を狙う鷹のようだ。

 この老人がこの店の店主なのだろう、そう思わせる風格がある。

 

 しかし問題なのはそこではない。

 この老人の接近に誰も気がつかなかったことこそが問題なのだ。

 クライムは自身に才能がないことなど理解しているが、それでも冒険者で言えば金級程度の実力はあるつもりだ。

 もっとも探知に関してはさほど得意ではないが、それでも人が近づいてくる気配程度ならば分かる。

 その自分が気付かなかった。

 いや、それすら問題ではない。所詮自分の鍛錬は独学だ。

 問題なのは残る二人、王国トップの冒険者であるアダマンタイト級冒険者の二人が、老人の接近に気づかなかった。

 これが問題なのだ。

 何か特別なアイテムや魔法を使ったのだろうか。とも思うが店の中でそんな物を使用する意味がない。

 

「あんた、何者だい?」

 短い沈黙の後口を開いたガガーランに対し、老人は口元を持ち上げ優しげな笑みを浮かべると深く礼を取る。

 

「申し遅れました。私は魔導王の宝石箱の主、アインズ・ウール・ゴウン様より、この店舗を任せられております、セバス・チャンと申します。以後お見知り置きを」

 これが挨拶の手本だと言わんばかりの見事な礼をとりながら名乗るセバスという老人、彼が店主で無かったことに驚きつつ、クライムは取りあえず危険は無いと判断し、体に入れた力を解いた。

 

「いや、俺が聞きたかったのはそういうことじゃないんだが……まあいいか。案内してくれよ」

 

「はい。ではこちらに」

 くるりと背を向けて歩き出すセバスを追ってガガーランが続く。その視線はセバスの一挙手一投足を見逃すものかという強い視線だった。

 

「……戦士の技量は良く分からないが、あの老人、強いぞ」

 クライムに告げるというよりは自分に言い聞かせるように呟きながら、イビルアイもその後を追いクライムも続いた。

 

「では少々お待ち下さい」

 案内された部屋は手前にソファとテーブルの応接セットが置かれ、奥の壁一面には武器が飾られていた。

 その近辺は応接間より一段下がっており、そこに滑りにくそうな荒い石畳が敷かれ試し切り用の藁で作られた人形がいくつも配置されている。

 王宮内にある訓練所と雰囲気が似ている。

 セバスが離れた後、クライムはずっと気になっていたことを聞くためにガガーランに近づいた。

 

「ガガーランさん」

 

「言うな。分かってる、あの爺さんただ者じゃねぇ。隙がないとか、そういう問題じゃなくただ歩いているだけで分かる。あれは動きとして一つの高みにあるもんだ。俺がどうのこうのじゃない、ガゼフのおっさんだってあんな動きは出来やしない」

 

「まあ、あの手の動きは才能云々ではなく永い時間をかけて得られるものだ。才能ある者があの年齢になるまで鍛錬を続けてようやく得られるもの……だとすると恐ろしいな」

 

「どういうことでしょうか?」

 セバスという老人が凄いのは理解したが、イビルアイの言うことが分からない。

 

「あの立ち居振る舞いだ。小僧、お前は偉そうな貴族やら王族やらを近くで見ることがあるんだろ? そいつらに仕えている執事やらメイドやらと比べてあの老人の動きはどう見えた?」

 

「それは……こういう言い方はしたくありませんが、あの方の動きや仕草、態度はまさしく執事としての極みに達しています。一流の貴族であれば誰が見てもあの方を欲しがるでしょう」

 自分に仕えている者の力量がそのまま自らの評価に繋がると貴族たちが考えているのはクライムも良く知っている。

 だから貴族たちが執事やメイドに求めるのは外見もさることながら、一糸乱れぬ動きや礼儀作法を極めた人材なのだ。

 あの老人にはそれがある。

 

「そうだろうな。しかし当然のことながら、その手の道だって才能も必要なら、訓練の時間も必要だ。あの老人は間違いなく戦士だろう、そして執事としても完璧、その二つをそれぞれ頂点と言えるほど極めていることになる」

 イビルアイの台詞にようやくクライムは納得する。

 

「ストロノーフ様の仰っていた意味が分かりました。確かに素晴らしい人材が揃っている」

 最初に案内をしてくれた店員の動きとて、見事なものだった。

 それらの上に立つアインズ・ウール・ゴウンなる人物にますます興味が湧いたが、ざっと店内を見た感じでは居ないようだった。

 外から見ると三階建ての建物に見えたので上にいるのだろうか。

 

「小僧。脳天気なお前の主人にこの店のことを伝える時は気をつけるんだな。この店は伝え方によっては毒にもなるぞ」

 

「それはどういう……」

 クライムが聞くより先に、扉がノックされセバスが戻ってきた。台座のようなものを持ちその上には豪華な鞘に納められた一本の剣がある。

 先ほどまで話をしていたイビルアイは、無言でその場を移動しソファに飛び乗ると途端に驚いたような顔をした後、再度座り直し、手にしていた目録を開いて読み始める。

 あちらにも興味はあるが、戦士であるクライムとしてはやはり武器の方が気になったので、セバスと共にガガーランの元に移動した。

 

「こちらです。どうぞお試し下さい」

 

「おう。ありがとうよ。セバスさん」

 受け取った剣を握りながらガガーランは鞘を外すとそれをどうしたものかと視線を動かす。

 

「お預かりします」

 セバスがそれを受け取り、改めてガガーランは剣を握った。

 それなりに幅のある長剣だが、ガガーランが持つと少々頼りなく見える。

 それをまるで小枝のように操りながら幾度か素振りをした後、ガガーランはセバスを見た。

 

「試し切りってのは出来るのかい?」

 藁の人形を指しながら言う。

 

「勿論です。ですが、あれでは物足りないでしょう。そちらの鎧をご使用下さい」

 

「いいのかい? 俺がオリハルコンの剣を使えばあの程度の鎧くらい斬れるぜ」

 

「どうぞお試しください。そのための鎧です」

 冒険者が相手にするモンスターは場合によっては金属よりも硬い外皮を持つものも存在する。よってそうしたものに通用するか試す際は鉄板や、鉄の棒に藁を巻いた物を使用するという話を聞いたことがあるが、セバスが指したのは新品の鎧だ。

 造りも見事で試し切りに使うには勿体なさ過ぎる。と思うがガガーランは特に気にした様子を見せない。

 

「なら。遠慮なく」

 よく考えればこれだけの店だ。これぐらいの損失は必要経費なのだろう。

 セバスが移動させた鎧を前にガガーランが剣を上段に構えた。

 クライムが教わった大上段からの一撃に違いない。その証拠にガガーランは一度クライムの方を見てニヤリと笑う。

 お手本にしろと言いたいのだろう。

 無言で頷き、見逃すまいと目を見開く。

 

「オラァ!」

 大上段から一気に振り下ろされる一撃は、まるで素振りをしているかのごとく、何の抵抗もなく鎧を斬り裂いた。

 ガランと大きな音を立てて鎧が崩れ落ちる。肩口から斜めにバッサリと斬られた鎧の切り口は真っ直ぐでそれがガガーランの斬撃の凄まじさを物語っていた。

 あれだけ簡単に鎧を斬り裂けるということは金属自体が薄く、硬度も低い物なのだろうが、それでもこうまで見事な斬鉄を目の当たりにすると、クライムは流石という思いとともに、自分の弱さを実感してしまう。

 

 ガガーランは武技は使用していない、ただ剣を振るっただけだ、それでこの威力なのだから。

 賞賛の声を上げようとしたクライムだが様子がおかしいことに気がつく。

 斬った側であるガガーランが驚いたような顔つきで剣を見つめていたのだ。

 

「流石は王都最高クラスの冒険者チーム、蒼の薔薇のガガーラン様。お見事でございます」

 そんなガガーランの驚きに触れもせず、セバスが拍手と共にガガーランを称える。

 やはりガガーラン達の素性には気付いていたらしい、その口調は平坦なものではあるが、それが逆にわざとらしさを感じさせない。

 

「いや、セバスさんよ。こいつぁ、本当に魔法武器じゃねぇのか? 魔化もなにもされていないただの剣なのか?」

 

「はい。魔化は後ほどでもかけられますし、そちらの品は装飾品として飾って楽しんで戴くことを目的に製作された武器です。もっともそうしたものでも武器である以上、一定以上の強さを持つように造ってはいますが」

 

「飾りもんだぁ? 冗談だろ。ならアンタ等が本気で造った武器ってのはどれだけ……」

 途中まで口にして絶句してしまったガガーランに慌ててクライムが問う。

 

「ガガーランさん。その武器はそんなに素晴らしいのですか?」

 

「あ、ああ。並の武器とは切れ味が違う。南方の国に刀っていう切れ味を究極まで磨いた細い剣があるんだが、こいつはそれに勝るとも劣らねぇ切れ味だ。斬ったこっちが驚いちまったぜ。だからてっきりこいつは魔化が施された魔法武器かと思ったんだが……」

 ガガーランの言葉の真意にクライムも直ぐに気がついた。

 ようはこの武器が魔法の力が一切かかっていないというところが重要なのだ。

 先ほどセバスが言ったように魔化とは剣が完成してからでも加えることが出来る。

 素の状態でもガガーランが驚くほどの武器に魔化を加えたらどれほどの武器になるのか、そしてそれが本気で強さを追求したものではなく、ただの装飾品だと断言するセバスの言葉もまた驚きに拍車をかけている。

 

「こっちからも一ついいか?」

 

「はい。如何なさいました?」

 クライムとガガーランが絶句している中、一人普段と変わりない口調で声をかけたイビルアイにセバスは丁寧な口調で対応する。

 

「この目録見させてもらったがこの店の店主、アインズとか言ったか? そいつは魔導王を名乗るほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんだろう。その割にマジックアイテムの品揃えが大したことがないのはどうしてだ?」

 

「……我が主は間違いなく他に並ぶ者が存在しないほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)。ですがその目録は一般向けの目録です。先ほどのガガーラン様の疑問にもお答えしますが、我々が戦いを前提とした作った武器やマジックアイテムをご紹介出来るのは、失礼な言い方になってしまいますが店舗の会員と認められた方のみとなっておりますので、その目録には載せておりません」

 淡々と語るセバスにイビルアイ、そしてガガーランもピクリと反応を示した。

 

「要するに俺たちじゃ力不足だって言いたいのか? んじゃ誰なら認めて貰えるんだ?」

 蒼の薔薇は言うまでもなく王国最高の冒険者であり、彼女たちに並ぶ強さを持つ者は周辺諸国を含めても数えるほどしかいない。

 その自分たちですら、この店の武具を持つには至らないと言われているも同然とあって、その声は不満げだ。

 イビルアイもまた同様なのだろう。口には出さないが仮面の下でセバスを強く睨みつけているのが見えるようだ。

 

「いえ、そういうことではございません。そもそも私がそれを判断することは出来ないということです。あくまでもそれらを決めるのは我が主、以前我々が別の地で店を構えていた時よりそうした方法を取っております。現在この国にいる方の中では、そうですね……」

 セバスは一度言葉を切り、少し考えるようにしてから改めて口を開いた。

 

「皆様ならご存じでしょうが、王国で三番目のアダマンタイト級冒険者、漆黒のモモン様とナーベ様はかねてより我々の顧客であり会員。現在も武具やアイテムのサポートを行っております」

 セバスの口から出た名前はクライムも知っていた。他ならぬこの二人の口から聞いた話だ。

 二人組の冒険者チームで、たった二ヶ月の間に数多の偉業を成し遂げあっという間にアダマンタイト級まで上り詰めた冒険者だ。

 

「例のエ・ランテルの冒険者チームか。なるほど眉唾な偉業ばかりだと思っていたが、アンタ等みたいのが後ろに居たのならそれも納得だ。俄然興味が湧いてきたぜ。その店主様は今はいねぇのかい? 出来ればお目にかかりてぇもんだが」

 

「……少々お待ちを。確認いたしましょう」

 そう告げてセバスが部屋を出て行く。確認という言葉が気にかかるが取りあえず居ることは居るらしい。

 どのような人物だろうか、とクライムはまだ見ぬ店主の姿を想像する。

 ガゼフは帝国最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に匹敵するのでは無いかと語っていた。帝国で最強と言えば三重魔法詠唱者(トライアッド)、ことフールーダ・パラダインだろう。

 彼の力は──どこまで信じていいものか不明だが──帝国の軍事力と個人で張り合えるとまで言われている。

 勿論話には尾ヒレが付くものであり、クライム自身その話を完全に信じているわけではないが、それでも多数に匹敵する個の力というのは間違いなく存在する。

 王国戦士長ガゼフもその一人だ。

 だからあるいは帝国全軍とはいかずとも、一軍くらいには匹敵するのではないか。と密かに考えていた。

 そしてそれに匹敵するとガゼフが言う魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウン。

 出来れば会ってみたい、英雄譚を集めるのは自身の秘密の趣味なのだ。それほどの人物なら是非とも話してみたい。

 

「あまり期待しない方がいいぞ」

 そんなクライムの心を読んだかのように、イビルアイがつまらなそうに口を開く。

 

「それはどういう意味でしょうか?」

 

「そのままだ。並ぶ者のいない魔法詠唱者(マジック・キャスター)などと言ってはいるが、魔法という奴は一人で籠もって研究していたからといって深淵にたどり着けるものではない。むしろ様々なものを見て、自分と同格あるいは格上の者に師事を仰ぐことによって成長するものだ。だから偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)は大抵名が知られている。あの逸脱者フールーダだって昔はただの優秀な魔法詠唱者(マジック・キャスター)でしかなかったが、帝国に永く仕え、帝国が集めた魔法の知識によって腕を磨き今の地位に立ったのだからな」

 

「でもよ。ほらいつかの法国の特殊部隊みたいな奴ら、アイツ等はかなりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)だったけど名前は知られてねぇだろ? ああいう奴なんじゃねぇの?」

 

「あれはむしろ法国という巨大な檻の中で成長した者だ。そのアインズとかいう奴が法国から抜け出したのならばともかく、それはありえん。そうであるならこんなところでのんびり店など構えていられないだろうからな」

 

「と言うことは」

 

「たまたま遺跡か何かで、未知のマジックアイテムの一つでも見つけてそれを応用して金儲けを企んでるといったところじゃないか? それなら知られてなくてもおかしくない」

 手にした目録をテーブルの上に放るように置き、イビルアイは手のひらを上にして肩を竦めた。

 

「ま、だとしてもこの武器を作れる奴がいるってだけで俺には収穫ありだな。お前の武器もここで買えばいいんじゃねぇの? 鎧はともかくお前武器は大したもん持ってねぇだろ?」

 

「いえ、しかし私ではこれほどの武器、手が出ません」

 金銀の細工と宝石で飾られた鞘に刀身がオリハルコンで出来た剣、その値段は計り知れないだろうし、そもそも第三王女の従者という地位の自分が王宮であれほどの武器を持ち歩けばどうなるかわかったものではない。

 貴族連中から確実にやっかみを受け、主であるラナーにも被害が及びかねない。

 確かに。とガガーランが頷いた瞬間、扉がノックされセバスが戻ってきた。

 

「お待たせいたしました。主も是非皆様とお会いしたいとのこと。こちらにお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 セバスの言葉にガガーランもイビルアイも同意し、セバスの目がクライムにも向いた。

 当然クライムに異論などあるはずもなく一も二もなく頷いた。

 

「では」

 そう言うとセバスは手を持ち上げ、パチンと指を弾いて音を鳴らす。

 何かの合図だろうか、と思う間もなくクライムの視界に突如として黒い影が現れた。

 いや、それは影ではなく黒いローブだった。

 突然クライムの眼前に黒いローブを纏った人物が姿を現したのだ。

 頭まですっぽりと覆い、顔には泣き笑いのような不思議な表情をした仮面を身につけ手にはガントレット、足には足甲と素肌を晒している部分が存在しない。

 そのガントレットには如何にも高級そうな幾匹もの蛇が絡み合う姿を象った派手な杖が握られている。

 

「お初にお目にかかる皆様方。私が魔導王の宝石箱の店主アインズ・ウール・ゴウンだ」

 重々しく威厳に満ちた声が響き渡る。

 大声でもないのに不思議と良く通る声と、その存在感にクライムは圧倒されゴクリと唾を飲んだ。




次の投稿は年明けになります

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。