オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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蒼の薔薇、ラキュースとイビルアイそれぞれ視点での話です


第25話 それぞれの英雄

 白い布に包まれた二つの遺体を前にしてラキュースは唇を噛み締めながら、自らの不甲斐なさと愚かな判断に泣き崩れそうになる自分を必死に律していた。

 

「イビルアイ。大丈夫よね」

 自分と仲間達を救うためにあの恐ろしいドラゴンの群れに一人で戦いを挑み、時間を稼いでくれている仲間の姿が思い浮かぶ。

 

「大丈夫。イビルアイならすぐに戻ってくる」

 もう一人の生き残りであるティアが、自らの半身とも呼ぶべきティナの遺体に目を落としながら呟くように言う。

 自分の姉妹が死んだというのに取り乱さないのは彼女の前職が関係しているのだろうか。

 しかし今はそれが有り難い。

 彼女が取り乱していればおそらく自身も耐えられなかっただろう。

 

「イビルアイさえ戻れば、あの転移の巻物(スクロール)で逃げられる」

 

「そう。だからここを動いたらダメ。ボスが死んだら二人を生き返らせることが出来ない」

 ティアの口調は淡々としているが強い意志が込められている。

 ラキュースの考えを読んでいたのだろう。

 確かにラキュースは今から一人、あるいはティアと二人でイビルアイを迎えに行くべきではないか、と考えていた。

 

 あの恐ろしいドラゴン。

 一匹ならばまだしも、相手は四匹いた。

 その全てを相手取ったらいくらイビルアイでも倒すことはおろか、逃げることすら不可能ではないかと思えたのだ。

 そもそも魔法を使い逃げ出せる状況であれば既に逃げ出し、ここに来ていてもおかしくないはずだ。

 

「行くなら私が一人で行く。ボスだけは絶対にここを動いちゃダメ」

 

「……分かったわ。もう少しここで待ちましょう、貴女も直撃ではないにしろ怪我をしているのだから無理はしないで」

 二人の命を奪った四匹のドラゴンによる冷気のブレス。

 手持ちの装備や魔法で出来る限りの耐性強化はしていたというのに、まともに食らったガガーランとティナは即死、その後ろにいたティアも完全に防ぐことは出来ず深手を負った。

 ラキュースは魔導王の宝石箱から借り受けた冷気の耐性を上げる指輪のおかげで殆ど無傷で済んだ。それだけでもあの店のアイテムがどれほど優秀なのか分かるというものだ。

 

「分かった……」

 魔導王の宝石箱から貰ったアイテムと巻物(スクロール)でティアの怪我もかなり回復はしているだろうが、完全回復とは行かなかった。

 あのドラゴンの力はそれほど強力だったということだ。

 お互いに無言になると、途端に後悔が押し寄せてくる。

 なぜこんなことになってしまったのだろうか。と言う思いが胸の内から溢れて止まらない。

 

「ドラゴン退治の依頼。やっぱり受けるべきじゃなかったのよね。ごめんなさい」

 思わず口から出した言葉に反応してティアの瞳がラキュースを捉える。

 

「あれはガガーランとイビルアイが受けたがってた。最終的には私たちも賛成したし、ボスが気にすることない」

 ティアはそう言うが、正直言ってやる気になっている二人にラキュースも賛成を示していたのは事実だ。

 そしてリーダーである自分の考えがみんなにとって大きなウエイトを占めるのも分かっていた。

 事実上ラキュースが賛成したことで、決定したのは間違いない。

 

 それほどにドラゴン退治という依頼は魅力的だったのだ。

 かつてラキュースが憧れた物語の中の英雄達は皆必ずと言っていいほどドラゴン退治を経験していた。

 それが英雄の証と思えるほどに。

 蒼の薔薇として様々な偉業を成し遂げてきた彼女たちも、ドラゴン退治は達成していなかった。

 だからと言うこともあっただろう。

 

「それに。漆黒が先に依頼を受けたと聞いたら無理もない」

 

「でも十分な準備も調査もしないで受けるべきじゃなかったのよ!」

 思わず声が大きくなってしまい、ラキュースは慌てて周囲を探る。

 

「大丈夫。誰もこっちには近づいてない」

 ティアの言葉に安堵を覚えながら、ラキュースの後悔は続く。

 

「仕方ない。まさか本当にドワーフの王都をドラゴンに占領されているなんて思わなかった」

 まるでラキュースの心を読んだかのようなティアの台詞に心の中で同意する。

 イビルアイのかつての仲間にドワーフの王族と呼ばれた存在がおり、その関係でイビルアイはかつてのドワーフの王都、それも最後に訪れた、ドワーフが武器を取りに立ち寄った宝物庫がある部屋に直接転移が可能だった。

 一応イビルアイが王都跡にドラゴンや他のモンスターが居る可能性を挙げていたが、ラキュース自身可能性は低いと考えてしまっていた。

 

 加えてドラゴンは通常群れることを嫌うこと、真なる竜王と呼ばれる最高位のドラゴンでなければイビルアイ単体でもかなり優位に戦えると言う彼女の台詞、色々な条件が重なりこれは運が自分達に味方しているのではないか、そんな風に考えてしまい、漆黒への対抗心もあってろくな調査も行わないまま転移で移動することを決めてしまった。

 ドラゴンを退治して魔導王の宝石箱に持っていき、高慢ちきなあの女の鼻を明かしてやる。と息巻いていたイビルアイを思い出す。

 それを止めなかったのは少なからずラキュースにも対抗意識があったから。

 そんな考えは仲間を危険に晒す可能性が増すだけだというのに。

 

「ボス。こうなったのは誰のせいでもなくみんなで選んだこと。なら、ここから生きて出る方法を考えるのに力を使うべき」

 ぴしゃりと言い切られ思わずラキュースはティアに目を向けた。

 彼女の強い瞳がラキュースに向けられている。

 

「そうね」

 いつまでも過去を悔やんでいても仕方ない。

 自分の頬を叩き、気合いを入れると同時に切り替える。

 

「鬼リーダー、切り替えるのは良いけど強く叩きすぎ。綺麗な顔に傷が付くのは良くない」

 

「今はそんなことどうでも良いのよ。ティア、聞きたいのだけれど。貴女ならドラゴン達に気づかれず様子を見てくることは可能?」

 彼女達の前職、暗殺者集団イジャニーヤの修めている技の多くは相手に気づかれることなく近づき対象の命を奪うものだ。

 今回の場合ドラゴンを殺すことは無理でも様子を窺うくらいならば出来るのではと考えた。

 

「もちろん。優秀な忍に不可能はない」

 力強い彼女の言葉は、しかしどこか演技めいている。

 ドラゴンはその巨体故大雑把な生き物だと思われがちだが実のところ手先も器用で、何より視覚、聴覚、嗅覚と言った感覚が鋭い。

 如何に名うての忍と言えど絶対に見つからない保証はないだろう。

 本人もそれを自覚しているに違いない。

 

 ラキュースは目を閉じ、考える。彼女を行かせて良いのかと。確かにティアが言うとおりラキュースが死んでしまえばここにいる二人に復活魔法をかけられる者はいない。

 周辺諸国を回ってみても復活魔法の使い手の噂は聞いたこともないし、唯一可能性があるのは法国だが、以前法国の特殊部隊と思われる者達と交戦したこともある為、よく思われてはいないだろう。

 だからラキュースがここで死の危険を冒すことは許されない。それは理解しているつもりだ。

 しかし、もしティアを一人で行かせて彼女まで死んでしまったら、その時自分が側にいれば避けられるような状況だったとしたら、二人で行けばイビルアイを連れて逃げられるとしたら。

 そんなもしもを考えてしまうと軽々に判断を下せない。

 判断力のないリーダーなど何の役にも立たないと言うのに。

 

「ティア、やっぱり──」

 

「ボス。ちょっと待って。何か聞こえる」

 口に出しかけた言葉が遮られる。

 ティアはその場で集中し音を拾い始める。

 ラキュースも同じように耳を澄ませるが、忍として幼少時より訓練を受けてきたティアとでは聴覚を含めた感覚の差は大きく、ラキュースには全く聞こえなかった。

 

「何か、沢山の生き物の足音が聞こえる」

 

「ドワーフかしら。ここは元々ドワーフの王城だったらしいから」

 もしかしたら決起したドワーフの大群がドラゴンから王城を取り戻そうとやってきたのではないか。と言う考えが浮かぶがそれは自分達に都合の良い希望的観測だろう。

 

「いや、ドワーフとは違う。もっと大きくて尻尾のある」

 

「ドラゴン……じゃないわよね」

 ラキュースたちが見たのはあの四匹だが、群れていた以上もっと大勢いても不思議はない。

 

「違う。そこまで大きくない。逃げているような、そんな感じ。こっちに近づいている?」

 ティアがそこまで言った時、ラキュースの耳にもようやく音が届いてきた。

 確かに多数の足音と唸るような鳴き声、そして悲鳴が混ざって聞こえている。

 

「どちらにしろ、ここにいても見つかるだけね」

 足音はドンドン近づいてきている。ここはドラゴンの巨体では入れない間隔で立った柱の影の部分であり、見つかりづらいが直ぐ横を通られれば一目瞭然だ。

 相手がさほど大きくないのならなおさら。何かに追われているとしたら、その何かとは別のドラゴンという可能性もあり、ここに居続けるわけには行かない。

 

「来る」

 ティアの言葉と共に廊下の奥から盛大な足音と共にずんぐりとした体格の全身に毛を生やした亜人らしき二足歩行の生き物が大量に押し寄せる。

 

「敵?」

 

「分からない。けど武器を構えた方が良い」

 言われるまでもなく戦う準備はしている。

 しかし相手が何に追われているかによって対応が変わってくる。亜人ならば意志の疎通は可能なはず。

 向こうの敵がドラゴンならば互いが生き残るために協力体制を取ることも出来ないことではない。

 

「クソ! こっちにもいやがった」

 ラキュース達の姿を確認した亜人が声を荒らげ、鋭い爪を構える。

 

「対話は、難しそうね」

 剣を構え、いざ交戦をという、その瞬間。

 

「〈雷撃(ライトニング)〉」

 妙に静かで綺麗な声と共に閃光が走り、ティアに向かって襲いかかって来た亜人の腹を貫通する。

 

「危な」

 直線上の敵を貫く第三位階の魔法〈雷撃(ライトニング)〉はたとえ目標を貫いてもその先を狙って突き進む。

 直線上にいたティアが言葉とは裏腹に余裕の回避を見せる中、その攻撃魔法を放った者の姿が確認出来た。

 

「……人?」

 ドラゴンでもドワーフでも、今し方倒れた亜人とも違う、全く予想外の存在が現れて思わずラキュースは呟いた。

 

「ん? モモンさん。前方に何やら下等生物(カトンボ)が二匹おりますが、あれも殺して良いのでしょうか?」

 冷静と言うよりは冷酷さすら覚える声を出したのは若い女性だった。

 王国では珍しい真っ黒い髪と白い肌を持った美しい女性だ。

 場違いさすら感じる美貌はラキュースの親友である第三王女、ラナーに勝るとも劣らない。

 

「こんなところに人間だと? 待てナーベ」

 続いて姿を見せたのは男、漆黒の鎧を身に纏い両手に巨大な剣を一振りずつ手にしている。

 

 モモン、ナーベ、美しい女性、漆黒の鎧、巨大な剣の二刀流。

 幾つものキーワードが頭の中を駆け巡り、ラキュースは反射的に叫んだ。

 

「漆黒の英雄! 私は蒼の薔薇のラキュースです。同じアダマンタイト級冒険者としてお願いします。協力して下さい!」

 ドラゴンのこともあるが先ずはここを切り抜けなくては。ここには仲間の遺体もあり派手な戦闘をするわけにはいかない。

 

「……だそうだ。ナーベ、取りあえず邪魔な連中を排除しろ。当てないようにな」

「畏まりました。では〈二重最強化(ツインマキシマイズマジック)電撃球(エレクトロ・スフィア)〉」

 こちらとは温度差が甚だしい冷静な口調で黒髪の女性が放った魔法は広範囲に広がり、多くの亜人を一撃の元に葬った。

 

「凄い。そして、美人」

 

「自重してね。ティア」

 

「分かっている。私だって、時と場合は弁える」

 

(本当かしら)

 女性好きであり、ラキュースもそしてラキュースの友人であり第三王女と言う立場にいるラナーに対してすら妙なことを吹き込もうとする彼女だ。

 そのラナーと同レベルと思えるほど美しい女性を前に何をするか分かったものではない。

 

「終わりました。モモンさん」

 さんと呼んではいるが、そこに込められた口調や感情は仲間と言うよりは従者に近い。

 となれば礼や今後の交渉などはリーダーであるモモンとした方が良いだろう。

 短い時間で計算しながらラキュースは改めて二人の前に立ち、近づいてきたモモンに対し頭を下げた。

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

「いえいえ。貴女方であればこの程度のモンスターには手こずる事なく討ち取れたでしょう」

 穏やかな口調と態度に、ラキュースは即座に想像していた人物像を修正する。

 通常冒険者は気が大きく粗忽な者が多いが、ある程度高ランクの者はその限りではなく、ラキュースの叔父でもあるアダマンタイト級冒険者朱の雫の面々も落ち着いた人間の大きさのようなものを感じさせる。

 この人物にも似た雰囲気があった。

 ならばラキュースの頼みを受け入れてくれる可能性はある。

 

「いえ──それよりもお願いがあります! 仲間を、私たちの仲間を助けてはいただけないでしょうか!?」

 深く頭を下げて懇願する。

 同じアダマンタイト級冒険者、とは言えラキュース達と彼らでは人数が違う。

 蒼の薔薇がアダマンタイト級冒険者として活躍出来ているのはやはり、イビルアイの戦闘力によるところが大きい。

 ラキュースとティアの二人だけの対応力はオリハルコン級冒険者チームが関の山だろう。

 しかし目の前の彼らはただ二人だけでアダマンタイト級冒険者まで駆け上がった者達だ。個々の力はラキュース達より遙かに上だと思って良い。

 さすがに十三英雄の仲間であり、かつては国堕としと呼ばれたイビルアイほどとは思えないがそれでも、この二人に加え自分たち二人の計四人ならばドラゴンを倒すことは出来なくてもイビルアイを連れて逃げることぐらいは可能かもしれない。

 

「ふむ。助けとはドラゴンからですか? この城には多数のドラゴンが居ると聞いてはいましたが」

 

「はい。玉座の間と思われる広い空間に成体のドラゴンが四匹。今は私の仲間が身を挺して時間を稼いでくれていますが、彼女は転移魔法が使え、今は魔導王の宝石箱から譲り受けた多数を同時に転移させる巻物(スクロール)を持っています。彼女さえ助け出せれば、全員でここから抜け出すことが出来るのです」

 相手の情報を伝えると共に自分たちに手を貸した際のメリットも説明する。

 如何に彼らが強大な力を持っていようとドラゴン四匹を同時に相手取ることなど出来ないはずだ。

 であればここから無事に逃げることを優先させるはず。

 

 しかし、だったら直ぐに引き返すと言われてしまえばもうどうしようもない。

 それを選ぶのは当然であるし、こちらの提案はみすみす危険を冒せと言っているようなものだ。

 更なる報酬や見返りを加えなければとてもではないが動いてはくれないだろう。

 なにを見返りに差し出せばいいのか、頭の中で考える。

 お金か、地位か、それとも装備品──手にした魔剣キリネイラムを握りしめる。

 

(いざとなればこれを渡して、それでも足りなければ何を……)

 

「わかりました。ドラゴンはどこに?」

 今までとなにも変わらない軽い口調の返答に、その言葉の理解を拒否するように意味が頭に入ってこない。

 

「え?」

 

「構いませんとも。そもそも貴女方は魔導王の宝石箱から依頼を受けたのでしょう。つまりは今の私たちと貴女方は同じ依頼を受けているのですから、共同で事に当たるのはむしろ当然のことです」

 

「おお。流石はアダマンタイト級冒険者、器が違う」

 

「当然です」

 後ろでティアが言い、何故かナーベが自慢げに頷いていた。

 

「あ、ありがとうございます」

 勝てない。とこんな時だというのに目の前の人物に対し負けを認めていることに気がついた。

 一個人として、そしてチームのリーダーとしても文字通り器が違うのだ。

 ラキュースたちが漆黒に対抗していたから当然向こうも同じようにこちらに対抗意識を持っているに違いないと考えていた。

 だから只では協力してくれるはずがないとばかり思いこんでいたが、そうではなかった。

 あっさりと同じ依頼を受けたのだからと言い切る様に、ラキュースは自分が憧れた強く優しい本物の英雄の姿を見た気がした。

 

「では急ぎましょう。進みながらで構いませんので相手の大きさや強さ、攻撃手段などを教えていただけますか?」

 

「はい、勿論です……ですがその前にもう一つ無理を承知で頼みたいことが。彼女たちを運ぶのを手伝っては頂けないでしょうか?」

 視線を動かした先にいるのは白い布に包まれたガガーランとティナの遺体。

 ここに置いていけば、先ほどの亜人がまた現れたら持ち去られてしまうかも知れない。

 亜人の中には人間を食料としてしか見ない者達も存在する。

 そんなところに彼女たちを置いてはいけない。

 

「死んでいるのならば置いていくしかないのでは? 戦いの邪魔になります」

 きっぱりとした冷たい物言いにそんな立場ではないと知りつつ、それを口にしたナーベを睨み付けてしまう。

 

「ナーベ、よせ」

 

「申し訳ございません、モモンさん」

 あくまでモモンに謝罪し、自分達には目も向けない。

 冷たい人だが、言っていることは間違っていない。だからこそモモンも強く咎めないのだろう。

 

「私の復活魔法でしたら二人を生き返らせることが出来ます。ですからどうしてもここから一緒に連れて戻りたいのです。ご迷惑なのは承知していますが何とぞ」

 

「復活魔法を使用出来るのか……いえ、出来るのですか?」

 一瞬口調が荒くなったというよりは驚いて本来の口調が出たという感じだろうか。

 しかし自分で言うのも何だが、自身が復活魔法を使えるというのはそれなりに有名だと思っていただけにラキュースは少しショックを受ける。本当に相手にされていない、いや、そもそも誰かと競いあうという考えがないのかも知れない。

 魔導王の宝石箱の顧客である彼らは店主の言うところの未知を求める本物の冒険者なのだから。

 自分達が冒険をすることの方が重要なのだろう。

 

「はい。ですがここでは使えません。復活には黄金が必要ですし、仮に出来ても生き返った者は大量の生命力を失いしばらくの間は体がまともに動かせないので、このままイビルアイを救出し彼女たちも共に脱出する事が出来れば」

 本当に漆黒側には一つも利点のない提案だ。断られても仕方がない。

 だと言うのに期待してしまう。この人ならば自分達の無理な頼みごとも聞いてくれるのではないかと。

 そしてその期待は再度あっさりと叶えられた。

 

「分かりました。ですが一つお願いが」

 

「何でしょうか。私に出来ることでしたらどんなことでも」

 

「戻った後で構いませんので復活魔法を使うところを見せていただけないでしょうか? 興味本位で申し訳ないが直に見たことがないもので」

 

「……ええ、勿論。構いません」

 自分達のしてもらうことを考えれば報酬にすらならないような些細な頼みにラキュースは驚き、同時に考える。もしかしたら目の前の英雄は自分が頼みごとばかりする事に負い目を感じないように、本当は興味もないのにそんな願いを口にしたのではないかと。

 考えすぎかも知れないが、そんな風に感じられた。

 

「では急ぎましょう。私が前衛を務めますので、ナーベ」

 

「畏まりました。これを運べば良いのですね」

 言うなりナーベは軽々と大柄のガガーランの遺体を持ち上げ片手で腰に抱え込む。

 持ち方にも仲間を物扱いされるのも不愉快だが、仕方ない。無理を言っているのは自分達なのだから。

 それにしてもこの細腕で大した力だ。と思って直ぐに思い直す。そう言えば魔導王の宝石箱から貸し出して貰える物の中に身体能力が高まる物があった、それを着けているのだろう。

 

「ティア。お願い出来る?」

 

「了解。ボス」

 ティアはナーベと異なりティナの体を優しく大事そうに横抱きで持ち上げる。

 彼女もまた体に似合わぬ身体能力の持ち主だ。怪我をして居ても運ぶだけなら問題はないだろう。

 

「では行きましょうか」

 

「はい!」

 案内役のラキュースに続きモモンとティアが最後尾をナーベが警戒しつつ駆け出した。

 

(待っていてね。イビルアイ)

 ドラゴンの大きさや強さ、ブレスの範囲などを説明しながらラキュースは心の中で大切な仲間の無事を祈った。

 

 

 ・

 

 

 痛みを感じない身体のアチコチに不具合が生じている。

 指先や足、腕などが上手く動かせないのはダメージを受けた箇所に欠損があるからだろうか。

 最初は肉体ダメージを魔力ダメージへと変換する魔法を使い、身体能力が落ちないようにしていたが、もう魔力の残りが少ない。

 

「クソ!」

 思わず息を吐き捨て、眼前に迫る鋭い爪を横に飛んで間一髪で躱すも着地先でバランスを崩してそのまま大きく転がった。

 

「ふん。ここまでか。よもや貴様のような小さき者がこれほどの強さを持っているとは思わなかった」

 起きあがろうとするイビルアイの上からそんな声が聞こえ、圧力と共に全身に重みが加わる。

 

「グハッ!」

 痛みはなくとも、人であった頃の感覚を捨てきれず反応してしまう。

 目の前には巨大な爪が地面に突き刺さっている。足で踏みつけられて押さえ込まれたのだと気がつくも、今の状態ではまともに動けない。

 

「私たち四匹を相手取ってこれほど粘ったんだから大したものね。小さき者の中にもこんな者がいただなんて」

 青白い角が一本長く突き出したドラゴンがそんなことを言いながら近づいてくる。

 

「フン。さっさと殺してしまえ。不愉快だ、残った者共も探さねばならないだろう」

 別の声、これは今イビルアイを押さえている雄のドラゴンと近いレベルの苛烈な攻撃を繰り出してきた者だろう。

 

「待ちなさいよ。どうせもう他の奴らは逃げているわ。だったらそいつは殺さずにどうやって急に現れたのか聞き出さないと。また同じ手を使われたら面倒よ」

 最後の四匹目。コイツが一番やっかいだった。

 ドラゴン四匹とはいえ、連携も何もない。高い身体能力と強力な爪や尻尾で襲いかかってくるだけで、当初は互いにぶつかり合ったりもしていた。だがコイツが一歩下がり指示を出し始めると途端に全員の連携が噛み合い始めた。

 指令塔のような役割を果たしているのだろう。今も一人だけ冷静な判断をしているようだ。

 

 だが、その考えは外れだ。彼女たちはきっとまだ城の中にいる。イビルアイが戻るのを待っているに違いない。

 そういう奴らだ。

 だからこそ、イビルアイは一人で逃げ出すことが出来なかった。

 今だってやろうと思えばここから転移で逃げ出す分だけの魔力は残っている。

 しかし今自分が消えればコイツ等は全員で他の仲間たちを探し出すだろう。

 そうなれば確実に彼女たちは死ぬ。ラキュースが死ぬということは先ほどドラゴンのブレスによって命を奪われたガガーランとティナが蘇ることが出来ないという意味でもある。

 それだけはどうしても嫌だった。

 だから勝ち目のない戦いをしながらこの場から離脱出来ないかと隙を窺っていたのだが、この様だ。

 

(クソ。何が伝説の国堕としだ。仲間の命も救えないとは)

 これがイビルアイの知る最強の生物、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)級の強者であれば初手から逃げ出すことを前提に出来ただろう。

 しかし戦ってみた感想は一匹ずつならばイビルアイよりも格下だった。だからこそイビルアイは逃げるのではなく時間を稼ぐと同時に一匹くらい討ち取ってやろうと欲を出してしまった。

 連携も上手くなかったので可能だと考えたのだがその結果がこれだ。

 このままイビルアイが殺されるにしろ生かされて拷問なりを受けるにしろ、やがてコイツ等か他のドラゴンがラキュースたちを見つけるだろう。

 そして待っているのは全滅という結末だ。

 

「無用だ。こいつが最も強き者ならば、ここで殺せば他の者共が再び現れようと容易く葬れる。故に貴様はここで死ぬが良い。小さくも強き者よ」

 一応敬意を示しているのか。雄のドラゴンの声が頭上から降り注ぐ。

 しかし、イビルアイとしてはここで死ぬわけにはいかない。

 こうなれば一か八か。

 ドラゴンが足を持ち上げ、今度は爪を立ててイビルアイを貫こうとするその一瞬の隙にイビルアイは一つの魔法を唱える。

 

「〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉」

 瞬間イビルアイの身体がその場から消え、少し離れたところに移動する。通常イビルアイが使用する転移とは違い極近い場所にしか転移出来ないが今はそれで良い。

 直ぐに次の魔法を唱えた。

 

「〈飛行(フライ)〉」

 飛行を使った機動力には自信がある。このまま入り口まで飛び大きな扉の脇に設置された──恐らくドワーフたち用の出入り口──小さな扉まで移動出来ればここから逃げ出せる。

 あの扉の大きさではドラゴンたちは直ぐには追いかけてこれず、ラキュースたちと合流出来れば直ぐに転移の巻物(スクロール)で逃げ出せる。

 作戦としては穴がない、だが何故今までこれを実行に移さなかったかと言えば。

 

「まだ逃げる力が残っていたか」

 巨大な影がイビルアイの背後に迫る。

 これだ。コイツのスピードはその巨体の割に、いや巨体故にか小さなイビルアイの進む距離を一跨ぎで追いつき、その大きな翼が起こす羽ばたきで一瞬のうちに移動する。

 パワーだけではなくスピードも兼ね備えた最強種族であるドラゴンにはイビルアイと言えど身体能力では一歩劣る。

 逃げ出せる可能性が低いと分かっていたから実行に移せなかった。

 だがもうこれしかない。

 

(間に合え! 間に合ってくれ!)

 必死になって移動するが後少しと言うところでイビルアイの頭上に影が覆い掛かった。

 それがドラゴンの爪であることに気づいたがもう回避は間に合わない。

 逃げられない。とそう思った瞬間、イビルアイの直ぐ横を巨大な何かが通り過ぎた。

 

「え?」

 

「ぬおッ!」

 思わず振り返ると先ほどまで足を振り下ろしていたドラゴンが身体を捻り、回避行動を取っていた。

 直後に鳴り響く壁が割れる音。視線の先には天井に突き刺さる大剣があった。

 

「あれは……へぶっ!」

 後ろを見つつも、移動は止めずに進んでいたイビルアイの身体が何か大きな物にぶつかりイビルアイの口からは無様な悲鳴が漏れ出た。

 ラキュースが出たときに扉は開けたままにしていたはずなのに何故。と思う間もなくイビルアイの身体が地面に落下する。

 

「おっと」

 男の声が聞こえ同時にイビルアイの身体がふわりと宙に浮いた。そのままポスンと小さな音を立ててイビルアイの身体は硬い鎧に包まれた。

 しかしその硬い感触が妙に大きく心強く感じる。

 

「大丈夫か?」

 優しくも力強い声。

 鎧に向かって盛大に頭を打ったせいでチカチカする視界がようやく戻りイビルアイは現状を理解した。

 漆黒の鎧を身に纏った戦士に抱えられている。片手には先ほど天井に突き刺さった物と同型と思われる大剣を握りしめ、漆黒の兜に包まれた顔がこちらに向けられている。

 

「あ、ああ」

 漆黒の騎士は自分を守るように抱きかかえイビルアイの身体を半身後ろに隠しながらもう片方の剣をドラゴンへと向ける。

 強大なドラゴンを前に身を挺して姫を守る騎士。

 吟遊詩人(バード)の歌そのものとしか言えない状況にイビルアイは声も出せない。

 ただこの一瞬がまるで永遠であるかのように長く感じられた。

 同時に、どう言う訳か二百五十年間動いていなかった心臓が一つ跳ねた、気がした。

 

(なんだこれは、これが人に守られるということなのか。私を守ってくれるこの人、いやこのお方はいったい──)

 

「何者だ貴様!」

 イビルアイの疑問を代弁するかのごとく、ドラゴンが吼える。

 

「ほう。良い大きさのドラゴンだ。いい素材になりそうだな」

 物理的な圧力すら感じるドラゴンの咆哮を前にしても余裕の態度を崩さない漆黒の騎士はそう言いながらドラゴンの体を観察するように眺めた。

 結果イビルアイから視線を外すこととなったが、そんなことですら残念に思ってしまう自分に気がつく。

 

(わ、私はどうなってしまったんだ。何故こんな……いや、待て。漆黒の鎧を纏った大剣の二刀流、まさか──)

 

「し、漆黒の英雄モモン、様。か!? 私──」

 いつもの癖で名前を呼び捨てにしかけて慌てて敬称をつけたがそれこそが相応しいと感じられた。

 今まで人を様付けで呼んだことなど無かったと言うのに。

 

「イビルアイ殿だろう? ラキュース殿から聞いている。助けに来た」

 

「いつまでゴチャゴチャと。我が居城を汚す愚か者共が! 纏めて死をくれてやるわ!」

 怒りに震えたドラゴンの叫びに呼応するように他のドラゴンもその場を飛び立ちこちらに向かってきた。

 

「ま、マズいぞ。早く逃げないと」

 

「不要だ。しっかり掴まっていろ」

 その声を聞いた瞬間イビルアイの視界が一気に浮上する。

 その場でモモンが飛び上がったのだ。

 

「うわわ」

 慌ててモモンの首元に掴まり強く抱きしめる。

 

「む、ん!」

 唸り声のような小さな声と共にモモンが片手で大剣を振るう。

 その剣がドラゴンの爪とぶつかる。

 イビルアイは自分たちが弾き飛ばされるのを覚悟し更に強くモモンの首にしがみつく。

 しかし、そうはならず弾かれたのはドラゴンの方だった。

 巨大な体がブワリと浮き上がり、腹を見せて地面に転がっていく。

 

「は?」

 思わず漏れ出た間抜けたイビルアイの声。

 

「ふむ。軽いな」

 

「貴様! 何をした!」

 直ぐに起きあがったドラゴンが吼える。魔法かマジックアイテムかとにかく何か特別なことをされたのだと信じているかのようだ。

 イビルアイだってそう思う。

 どれほど鍛えようと人間がドラゴンの身体能力に追いつけるはずがない。

 

「簡単な話だ。お前が弱い、それだけだ」

 そう告げて再度モモンがドラゴンに向かって行く。

 

「お前ら、手を貸せ!」

 雄のドラゴンが後ろに下がりながら叫ぶ。交代するように直ぐ近くまで来たドラゴン二匹が同時に口を開きモモンへと向けた。

 ブレスだ。とイビルアイは瞬時に悟る。

 イビルアイは冷気に対する耐性をつけているがモモンはそうではない。と考えたのだろう。

 そうでなくても冷気のブレスは視界を奪い目眩ましとしても使用出来る。

 マズい。とイビルアイが叫ぶより早く、モモンの体は低く地を這う様に滑り、ブレスを回避するとブレスを吐いたドラゴンの懐へと潜り込む。

 

「先ずは一匹」

 そんな声が聞こえ、頭上に向けて剣が振るわれる。

 断末魔の叫びすら上げられず口を開いたまま角の生えたドラゴンの首がその場で跳ねた。

 

「二匹」

 そのまま横に移動しもう一匹の口に向けて垂直に剣を立てそのまま振り切る。

 下手な鎧より遙かに堅いはずのドラゴンの鱗を裂いて剣はそのままドラゴンの頭を左右に別けた。

 

「なんだ。何が起こった。貴様、何者……」

 

「これで三匹」

 狼狽える雄のドラゴンを前にしてもモモンは何も答えない、淡々とまるでゴブリンの群を駆逐するかのごとくだ。

 ドラゴンとして成長し切ったであろう強大な竜王に向け、モモンは手にした剣を思い切り投げつけた。

 逃げだそうとしたドラゴンの胸に易々と突き刺さった大剣はそのまま体を貫通し、向こう側へと消えていく。

 

「よし。これで依頼は完了だ」

 

「い、いえ。まだもう一匹」

 あまりの事態に気が動転しながらも、かろうじて残った魔法詠唱者(マジック・キャスター)としてのイビルアイが最後の一匹を思い出す。

 あの頭の切れるドラゴンがいない。

 ざっと周囲を見回すと、こそこそと隠れるように逃げ出そうとしているドラゴンの姿があった。

 それは最強の種族としてあるまじき情けない姿であったが、それも仕方がないだろう。

 ほんの一瞬のうちに竜王を含む三匹のドラゴンが殺されたのだから。

 

「ん? ああ、あれか。おいお前。そこを動くな」

 

「ヒィ」

 情けない悲鳴と共にドラゴンが地面に頭をつける、それはドラゴンが出来る最大の敬服である服従のポーズであることは間違いないだろう。

 

「ナーベ、中へ入れ。ラキュース殿とティア殿も片づきましたのでどうぞ」

 

「はっ!」

 小さな扉の奥から真っ黒い髪をした美しい女が中に入ってくる。

 真っ直ぐにモモンとイビルアイの元に近づき、イビルアイに目を落とすと如何にも不愉快そうに眉を顰めた。

 

「イビルアイ!」

 喜色に満ちたラキュースの声が聞こえ、ラキュースとティアが中へと入ってくる。二人は手に白い布に包まれた大きな物体──ガガーランとティナの遺体だろう──を持ったままこちらに近づいてくる。

 

「二人とも、無事だったか」

 他にもドラゴンがいる可能性もあったため、五体満足な二人の姿にイビルアイは胸をなで下ろす。

 

「イビルアイこそ。良かった、本当に」

 

「モモンさーん。その下等生物(ガガンボ)を下ろした方が良いのでは?」

 仲間との再会に水を差す冷たい声に、イビルアイは思わず声の方を睨みつける。

 しかし声の主である黒髪の女はイビルアイのことなど意に介さない様子で、モモンにだけ目を向けていた。

 

「ああ、そうだな。失礼しました、ドラゴンが貴女を人質に取りにくる可能性を考慮したもので」

 

「い、いえ。気にしないで下さい。助かりました」

 下ろされるのは少しばかり残念だったが、ゆっくりと大切な物を扱うように下ろされるのはこれはこれで心地よい。

 

「この度は助けていただきまして本当にありがとうございます。改めまして私は蒼の薔薇のイビルアイと申します」

 夢見心地だった気分が地面に下ろされたことで多少落ち着き、まともに礼を言っていなかったことを思い出し深々と頭を下げた。

 

「私たちも、本当に助かりました。貴方たちが居なければ私たちは全滅していたことでしょう」

 ラキュースとティアも──遺体を抱いたままというのは不作法だが、感情的に床に置くわけにもいかないのだろう──同じように深く頭を下げる。

 

「いえいえ、先ほども言いましたが我々は同じ依頼を受けた身、助け合いは当然でしょう。同じアダマンタイト級冒険者同士これからも何かあれば協力し合いましょう」

 

(これだけの実力がありながら、なんと謙虚で器の大きなお方だ。まさに英雄と呼ぶに相応しい)

 

「いえ。私たちがモモン殿と同じ地位に並ぶ冒険者と呼ばれるのは、恥ずかしい限りです」

 ラキュースがチラリと死体となった三体のドラゴンと未だ身動き一つせずに頭を伏せ続けている生き残りのドラゴンに目を向けてから言う。

 その声には自嘲気味な響きがあったが、やがてラキュースは真っ直ぐにモモンを見つめ宣言する。

 

「ですが私たちも今後、少しでも近づけるように努力をしていきますので、これからもよろしくお願いします」

 先ほどまでの負い目を感じさせず、吸血鬼であるイビルアイには少し眩しすぎるほど生命力に溢れる瞳を向けた。

 二人の間に、いやラキュースからモモンに向けて一方的な想いを感じる。

 それが今イビルアイが感じているものと同様であるのか、それはイビルアイには分からなかった。




と言うわけで竜王退治は終了、他のドラゴンやクアゴアあたりの話は次の話で
次かその次でドワーフの国編は終了しその後はまた王国の話に戻るかと思います

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