オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前話の続き
今後の話に繋ぐための話なのであまり話自体は進んでいません


第28話 来客 レエブン侯

「ここか」

 馬車に付いた窓の向こうに覗く店を見てエリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵は目を細める。

 

「レエブン侯、ご指示通り先ずはロックマイアーが先行し安全を確認しますので」

 今回護衛として連れてきた元オリハルコン級冒険者チーム、そのリーダーである火神の聖騎士、ボリス・アクセルソンの言にレエブン侯は無言で頷き同意した。

 ボリスは仮にも王都の中でそこまで警戒をしなくとも、と思ったかも知れないが今回は非公式の行動であり、公的にはレエブン侯は現在王都には居ないことになっている。

 そのため護衛も最低限、彼を含めた元オリハルコン冒険者チームだけである以上、警戒は必要だ。

 何しろ相手はあのガゼフ・ストロノーフが自分より遙かに上の存在と認める魔法詠唱者(マジック・キャスター)が開いている店だ。

 もしもということがある。

 

(しかし、店構えはごく普通だな。手前の大きな馬小屋、あれにギガント・バジリスクがいるのか)

 ロックマイアーが馬車を出ていくのを見送りながら、レエブン侯は考える。

 基本的に貴族は強さに対する知識が無い。

 正確には自分が直接前線に出ることなど無く、全て配下の者に任せているため知識を必要としないと言うべきだろう。

 しかしそんな中にあってレエブン侯は、この自分の親衛隊を勤めている元オリハルコン級冒険者チームから聞いた情報を纏めた虎の巻を制作し頭に入れてある。

 例え自身が前線に赴かなくても、知識として知っておくことには意味があると考えているからだ。

 だからこそ、その虎の巻に最大級の警戒が必要な魔獣として載っているギガント・バジリスクを従えているというだけでこの店の危険度がすぐに理解出来たのだ。

 

(ガゼフ殿に言わせると、それすら店の主、アインズだったか。その者が持つ力の一端に過ぎないと言うが……)

「一つ聞きたいのだが」

 

「何でしょう?」

 

「君たち全員ならば、ギガント・バジリスクに勝てるのか?」

 

「まず不可能です。せいぜい足止めをしてレエブン侯の逃げる時間を稼ぐのがやっとでしょう」

 間を置かずあっさりとそう言い切る様は潔さすら感じる。

 これがあったからこそ、レエブン侯は彼らを自分の部下に引き入れたのだ。

 己の強さを正確に把握し、出来ることと出来ないことをはっきりさせる。

 しかしながら命じれば危険な任務であろうとも遂行しようとする責任感もある。

 その彼が言うのだからそうなのだろう。

 

 つまりはこの店には王国六大貴族の一つである自身の最大戦力をも上回る魔獣が存在しているということになる。

 王都内部にそれが存在していることに僅かばかりの危機感を覚えるが仕方ない。

 個人が所持し届けを出して登録する魔獣にそんな強いものが居るなど想像もしていなかったのだろう。

 

「陛下の身の安全のためだ。怒らせない方が良いというガゼフ殿の忠告は守った方が良さそうだな。お前たちにも言っておくが仮に向こうが私に無礼な態度を取ってきたとしても敵意は見せるな。この店の真偽を確かめるまではな」

 正確には今現在、後継者を決めていない段階で陛下に倒れられては困るという意味だが、そこまで口にする必要はない。

 彼らを信用してはいるが、レエブン侯の考えは知る者は少なければ少ないほどいい。

 

「勿論ですレエブン侯。しかし本当なのでしょうか。ガゼフ戦士長が嘘を言うとは思えませんが、あの話はとても信じられるようなものでは」

 確かに。とレエブン侯はボリスの言葉に頭の中で同意する。

 今回彼がこの店を訪れることになったのはガゼフが王であるランポッサ三世に進言した事が始まりだった。

 かつてガゼフを法国の特殊部隊からたった二人で救ってくれた恩人であるアインズ・ウール・ゴウンなる魔法詠唱者(マジック・キャスター)が王都で店を開き、商売のために王都周辺の村の位置を知りたがっているのでそれを教える許可を欲し、同時に王国として彼らと友好的な関係を築くべきだ。とガゼフが陛下に対し強く願い出たというのだ。

 

 平民であり、貴族的な作法や勢力争いに関する知識が殆どないガゼフはその手の話には関わりを持とうとせず、王から意見を求められても陛下のお望みのままにと答えるのがいつもの事だっただけに、ランポッサ三世は面を食らったらしく、今まで懐刀であるガゼフにすら秘密にしていたレエブン侯との関係──レエブン侯が貴族派閥と王派閥を行き来する蝙蝠ではなく、あくまで貴族派閥の動きを牽制するために行動している──を話すことにし、レエブン侯も交えて三人でその店、魔導王の宝石箱についてどう扱うかを話し合った。

 とは言えランポッサ三世はこういう言い方は不敬かも知れないが、王としてはあくまで平凡であり、ガゼフは元からその手の知識すら無い状態であったため、レエブン侯が主導して話を進めた。

 その結果、先ずはレエブン侯が様子を窺いに行き、ガゼフの言っていることが本当であり王国にとって利になると判断された場合、王からではなくレエブン侯から村の情報を伝えるということになった。

 

(しかし陛下も陛下だ。仮にこの店が本物であったなら、様子見などではなく即刻優遇、いや貴族として召し上げるべきだ。この店にはそれだけの価値がある)

 ガゼフがあれだけ言っているのだ、レエブン侯としては信憑性は高いと考えている。

 しかし王は違う。

 貴族派閥との争い──王国の二分化──の火種になることを恐れて積極的な行動を取ろうとしない王に苛立ちを覚えながら、それは微塵も表に出すことなくボリスの問いに答える。

 

「確かに疑わしいのは分かるが、エ・ランテルでもまだ少数ながら強力なゴーレムを使用して開墾を行っているという話もある。そのゴーレムもここから出たものだと言うが……まあ何はともあれ全ては確かめてからだ」

 

「分かりました。ゴーレムや武具の強さに関しては私の方で確認をします。値段如何については我々では分かりかねますが」

 

「それは私の領分だ。村人でも払える額での貸し出しとのことだが、どう考えても通常のゴーレムでは採算が取れない。他の方法で稼いでいるとは思うが……」

 自分の領地でもゴーレムを購入することはあるが、あれが適正価格ならばどんなに安くしても村人が借りられるほどの値段に下げることは出来ないはずだ。

 あまり魔法に詳しくないガゼフは、店主の魔法の力で可能にしたと考えているようだが、知識として魔法がそこまで万能なものではないと知っているレエブン侯としてはそれは無いと考えている。

 何しろゴーレムにかかる費用の大半は材料費だと言う話だ、人件費や手間賃ならば切り詰めることは出来るが材料費には底値が存在する。

 ガゼフから聞いた値段はその底値を遙かに下回った額であり、どう考えてもゴーレムだけで採算が取れるとは思えなかった。

 他の主力商品があり、そちらでゴーレムの赤字を補填していると考えるのが普通だ。

 それが何か分かれば友好的な関係を維持するにしろ、こちらが優位に立つことが出来るかも知れない。

 

「レエブン侯、ロックマイアーが戻りました」

 

「よし。では支度をせよ、例え無名の商会であってもこれは一国との交渉にも匹敵する可能性がある。決して失礼の無いように」

 一応、貴族社会のルールや礼儀については最低限教えているが彼らも平民出身、キチンと忠告しておかないと顔や態度に出かねない。

 それほど重要な意味合いを持つのだと言外に告げてレエブン侯は気合いを入れ直す。これも全ては自分の夢のため、そのためにも王国はこれからも存続してもらわなくてはならないのだ。

 しかし、彼のこの認識ですら見通しが甘すぎたと気づかされるのはこのすぐ後の話だった。

 

 

 ・

 

 

 蛇のような人間というのが取りあえずの感想であり、次に思ったのは美味しくはなさそうだ。という感想だった。

 キチンと出迎えの用意を調えながらもどこか不満げでやる気を感じない、ただ形だけ取り繕った。と相手から見える態度でソリュシャンはその貴族の男を出迎えた。

 

「いらっしゃいませ。本日は当商会、魔導王の宝石箱にようこそお出で下さいました。主は不在ですが、代わりまして我々一同が心より歓迎させていただきます」

 代表してソリュシャンが挨拶を述べる。

 この店の対外に向けた序列は、トップは当然主だが、その下に主の娘同然という設定のソリュシャンとシャルティアが続き、次が執事のセバス、その下の人間は同列という形だ。

 ソリュシャンとシャルティアの順番は単に外見上の年齢順であり、この場で最も立場の高いソリュシャンが挨拶をする事で貴族に対して一応の礼儀を見せている。

 

 しかし同時に少し目端の利く人間ならばソリュシャンが面倒くさそうに挨拶をしていることにも気づくだろう。

 その後ろではセバスが心配そうな顔をしているはずだ。こうすることでソリュシャンはただのお飾りであり、この店を実質的に運営しているのはセバスだと印象づける作戦だ。

 そうした上で話し相手をセバスに移行させれば相手もさほど不快には思わないだろう。

 ソリュシャンも当然この店の経営について把握しているため普通に店の紹介は出来るのだが今まで積み上げてきたワガママ令嬢の設定がある以上、そうもいかない。

 レエブンと名乗った男がソリュシャンに店を貸し切りにしたことに対する簡単な礼と、ソリュシャンとシャルティアの美貌について褒めた後、話は直ぐに店のことに移行する。

 

(今までのとは少し違うようね)

 セバスとこの王都に潜入し情報を集めていた時から、ソリュシャンの美貌は多くの面で役立ってきた。

 商人との会合や、組合への顔つなぎ、あらゆる場面で相手が男であればそれだけで優位に立てた。

 

 当然だ。

 自分は創造主よりそうあれと創られた完璧な美貌を持っているのだから。

 だが目の前の男はそれに打たれている様子がない。

 よほど冷静な男なのか、あるいは愛妻家か、単に異性に興味が無いのか、まあどれにしろ多少面倒くさそうだ。

 なにより、王国で出会った者の何れよりも目に知性がある。

 

(コレがアインズ様のお役に立てると良いのだけれど)

 使える存在ならばそれは歓迎するべきだ。

 たかが人間と言えど性能差はある。肉体的な強さは種族として上限があっても頭であれば使いようによってはナザリックの役に立てる者もいるだろう。

 この人間がそうであるなら、きっと主にも喜んで頂けるだろう。

 そう望みながらソリュシャンは男と、それに付き従うどれも美味しくなさそうな護衛らしき弱者をひと通り値踏みしてからシャルティアに目を移す。

 彼女もまたソリュシャンと同じ答えに辿り着いたのだろう。

 一瞬、誰にも気づかれないほどの刹那、唇を持ち上げ嘲笑した。

 

 明らかにこちらを警戒している。らしいが全員一度に掛かってきたとしても、セバスやシャルティアはおろか、ソリュシャン一人で一掃出来る程度の強さしか感じない。

 外に他の護衛がいないことは常に幾人か忍ばせている透明化が可能なシモベにより確認が取れているし、場合によってはこのまま全員をナザリックに移し忠誠を植え付けさせることも容易だ。

 そんなことを考えている間に、セバスがソリュシャンの前に出て話を始めていた。

 相手の貴族も特に不快感は示していないところを見ると、想定通りセバスと話した方が手っとり早いと判断したのだろう。

 

「貴族としてはあるまじき行為だが、今回は非公式であり、時間もない。済まないが余計なやりとりは抜きにして話をしたい。よろしいかね?」

 

「侯爵閣下がそれをお望みでしたら、こちらは構いません」

 

「結構。では早速だが、この店自慢のゴーレムとやらを拝見したい。今更言うまでもないことだが私はガゼフ戦士長より話を聞いてここに来ている、意味は分かるな?」

 例のガゼフなる男が主と約束した件──王都周辺の村の位置情報──を伝えるために来たということだろう。

 そして自分の眼鏡に適わなければこの話は無しにすると言外に告げている。

 人間如きがナザリックと交渉をするつもりらしい。ソリュシャンはそんな人間程度にも笑顔を見せて丁寧に接する自分の直属の上司と、失態をしないように気を張りすぎてやや緊張気味のシャルティアを交互に見た後、自分の仕事を果たすことにした。

 

 自分の役割は要するに観察である。

 やる気のないワガママ令嬢の立ち位置を利用し、一歩引いたところからこの貴族が主の役に立てるかを観察し、その結果を纏めて主に伝えるのがソリュシャンの役目で、大人しく可憐な令嬢という設定のシャルティアは場を和ませる役だ。

 セバスが案内を開始する。

 連れて行くのは事前に準備をしておいたゴーレムをはじめとして店の商品をひと纏めにした部屋であり、そこは全員を同時に転移させられる罠が張られた部屋でもある。

 そこまで入ればまさに袋の鼠、だがこの者に使い道があれば何もなく生きて部屋を出ることが出来る。さて、どうなるだろう。

 店の為には出来れば使える者であって欲しいが、好みではなく美味しくもなさそうだが活きの良さそうな護衛を食べてみたい欲求が無い訳ではない。

 どちらに転んでも自分としてはいい結果になりそうだと、ソリュシャンは誰にも気づかれないように舌なめずりをして彼らの後を着いていった。

 

 

 ・

 

 

「で、では失礼させていただく。ゴウン殿にはくれぐれもよろしく伝えて欲しい。次は是非直接お会いしたいとも」

 

「畏まりました、お伝え致します。道中お気をつけ下さい。ご注文の品は契約書を作成次第、お届けに参ります」

 馬車に乗り込み、現れたときとは180度違う態度を見せるレエブンを見送った後、セバスは店へと戻る。

 

「それなりに頭の回る者だったようですね」

 店内に入ると直ぐに、セバスはどこかつまらなそうなシャルティアと満足げなソリュシャンに声をかけた。

 

「ええ。使い道がありそうでなによりです。アインズ様もお喜び下さるでしょう」

 

「それはいいでありんすが、結局わたしなにもしていなかった気がしんす……」

 確かに。と頷きかけた自分を律しセバスは一瞬の内でソリュシャンと目配せを行う。

 

「そんなことはありません。シャルティア様がその美貌と可憐さで護衛の奴らの目を引きつけて下さったおかげで、私は警戒されることなくあの男の観察が出来ました」

 実際あの護衛達がシャルティアを前にして多少気を緩めていたのは事実だが誤差の範囲な気もする。

 しかしそんなことは口にしない。

 

「うーん。それならいいんでありんすが」

 完全とは言えないが納得してくれたようだ。と言うより彼女に関しては長時間、本来の気性を見せずに深窓の令嬢らしい態度を崩さずに演じられたというだけで主には良い報告となるだろう。

 何しろこれから貴族と付き合いをしていくとなれば会談やパーティー、舞踏会などに参加する機会も増えるだろう。

 主であればそれらをこなすことも問題ないだろうが、そうしたものには同伴者が必要となる。

 立場上、ソリュシャンはシャルティアにその役目を譲るだろうから、彼女がそうした演技を長時間続けられると分かったのは良い収穫だ。

 

「ではさっさと準備をしんしょう。ようやくゴーレムの普及が出来て、これから忙しくなりんすね。アインズ様にもきっと褒めていただけるに違いありんせん」

 今回の話でレエブンは、件のゴーレムを王都周辺に広めるために必要な村の位置をその場で開示した。

 初めは自らの領地にもレエブン主導でゴーレムを流通させることを条件に王都周辺の村を開示しようとしていたらしく、高圧的ではないもののあくまで自身が上の立場ということを誇示したいようだったが話を進めていく内に態度が変わり、最後の方には完全に逆転しその話はたち消え、代わりに個人で使用する分のゴーレムと装飾品の武具だけを多数注文していった。

 だがそれも当然だろう、寧ろ己の立場を良く理解したと言うべきか、王国の上層部は腐りきっているという話だったが、まだ頭の切れる者もいたのだと認識出来た。

 

「王都周辺の村に関しては如何しましょう。アインズ様がお戻りになるまで待ちますか、それとも私どもで先に交渉を開始しますか?」

 

「そうでありんすねぇ。取りあえず近いところから順に、下働きの人間共に行かせなんし。それならアインズ様がお戻りになるまでに村で交渉した際の感触などもお知らせ出来るでありんしょう」

 

「私もそれが良いかと。ソリュシャン、交渉事に向いていそうな者を数名選んで下さい。彼女たちは貴女が評価していると聞いています」

 ツアレを含めた店で働く八人の立ち居振る舞いを最終的にユリが確認した時、不満を抱いたソリュシャンが主より彼女たちの監視と評価を任じられた話は聞いている。

 また彼女のアンダーカバーであるワガママな令嬢の立ち位置を守るためにあまり店に出ないソリュシャンが、自身の能力を使って遠視を行い店内を監視しているのはセバスも気づいていた。

 

「畏まりました。店の運営に影響が出ないように……そうですね、三人ほど選んで行かせてはいかがでしょうか?」

 

「そうして下さい。シャルティア、申し訳ありませんがゴーレムの運搬をお願いしても?」

 

「勿論でありんすぇ。全てはアインズ様のお役に立つための仕事、いちいち申し訳ないなどと言う必要はありんせん。わたしたちはチームでありんしょう?」

 

「そうでしたね、ではよろしくお願いします。私は部屋に仕掛けた罠の類を取り除いておきます」

 優雅に頷いてから、シャルティアは転移をするため部屋を後にする。

 用意した罠などは無駄になってしまったが、これはこれでいい結果に繋がった。

 主にも良い報告が出来そうだ。とセバスは上機嫌で行動を開始した。

 

 

 ・

 

 

 街道を馬車が駆ける。既に王の直轄領を抜け自分の領地に入っていた。

 護衛達に無理を言い、今この馬車の中には彼一人しかいない、護衛は別の馬車に乗せて遠ざけている。

 安全性は低くなるが今は一人になりたかった。

 この馬車は今まで乗っていた物とは違い外見こそ立派ではないが内密な話をするために声が外に漏れないよう窓が無く壁も厚く造られ、また執務室同様に銅板で覆い魔法による探知も阻害するようにしている。

 だからこそ、レエブン侯は思い切り内に籠もった思いを吐き出すことが出来た。

 

「あぁ。なんと言うことだ。どうする、どうすればいい? こんなこと、完全に予想外だ、クソ!」

 王国内において政治手腕で右に出る者はおらず、王国で屈指の権力を持つ六大貴族にあるまじき姿を晒しながら、レエブン侯は呪詛を口にするように吐き捨てた。

 まるで想定外の事態だ。

 こんなことになるなんて考えてもいなかった。

 現在の愚か者しかいない王国にとって使える手札が一つ増える。

 その程度にしか考えていなかったのに、まさかこんなことになるとは。

 

「どうする? 考えろ、私」

 あの店、魔導王の宝石箱は毒どころか、劇物だ。

 扱い方を一つ間違うだけで今までの苦労が消え去り、それ以上の大惨事になりかねない。

 

「なぜこんな力を持った者が、こんなところで店なんて」

 見せられたゴーレムの強さは一体で白金級の冒険者チームに匹敵するという。

 それが今在庫があるだけで五百、これからも数を増やせてあの値段でも採算が取れると語っていた執事の目に嘘はなかった。

 武器も外見が華美なだけではなく強さもそれこそアダマンタイト級の冒険者が持っていてもおかしくない程の代物であり、さらに現在店主が直接ドワーフの国と交渉し、武器の交易を開始する予定で強力な武器を数多く揃えることが可能だという。

 外には一匹で都市一つを壊滅させられる魔獣まで従えている。

 これだけで個人が持つ力を超えているが、問題はそれらを使用して商売をすることで得られる経済効果だ。

 

 野盗やモンスターに負ける心配のないゴーレムを使えば今まで人力でしか出来なかったことの大部分をゴーレムに任せることが出来、結果人手が余る。それらの力を別のことにつぎ込ませることによって生まれる経済効果は国力の下がった王国に必要不可欠なものだ。だが、それを成すには全てあの店に頼るしかない。

 あの豪華な装飾品のような武具もそうだ、王国のバカな貴族共はあの店のことを知れば、自分達の財力を示すために挙って金をつぎ込むだろう。

 その結果店はどんどん成長し瞬く間に王国随一の商会へと上り詰める。

 それはもはや止められない。レエブン侯が王都周辺の村の位置を教えるかどうかなど些事でしかない。だから勿体ぶらずにあの場で教えたのだ。

 問題はその後だ。

 王国一の商会になって奴らは何をしようと言うのか。

 

「なんだ。なにが狙いなんだ。やはりあれか経済力で王国を影から牛耳ろうというのか? あり得る、今のバカ共しかいない王国であれだけの力があれば可能だ」

 ここに来るまでの道中で考え抜いて出した結論がそれだ。貴族でもないただの一商会が国を牛耳るなど馬鹿げた話だが、この国には八本指という、組織が表の権力に食い込んでいる前例がある。そしてその八本指もあの強大な力の前には無力だろう。

 ならば自分はどうすればいいのだろうか。

 レエブン侯は顔を手で隠すように覆いながら、更に考える。

 昔の自分なら、自分が王になるためにその力を利用しようと考えたことだろう。

 だが今の自分は違う、今の自分の夢は完璧な形で領地を息子に譲ることだ、それだけで良い。

 それだけが自分の望みだ。

 その夢のためならば何でもしよう、どんなことでも、誰を裏切っても。

 そのために何をすればいい。

 

「……利用するしかない。あの店を利用してザナック殿下を王座に即かせる。それを奴らが操ろうと私の知ったことか。見返りに私の領地の安寧を約束させる、これか。これが正解か?」

 力ではどうしようもないが、頭を使った計略、交渉ならば自信がある。

 あのセバスなる老執事は確かに切れ者のようだが、主であるアインズの娘を名乗る二人は見た目こそ第三王女ラナーに匹敵する美貌を誇っていたが、話にはほとんど加わらず一人はつまらなそうに、もう一人はただニコニコしているだけだった。

 娘があれなら主もそこまで切れるということはないだろう。ただ魔法詠唱者(マジック・キャスター)として強大な力があるだけに違いない。

 あの店の頭脳はあの執事だ。

 あれを籠絡するのは難しいだろうが他にも方法はある。結局のところ如何に切れ者でも主が決定を下せば部下は何も出来ないのだから。

 

「アインズ・ウール・ゴウン、そいつと直接話をして味方につけるしかないな」

 今までも綱渡り同然の王国で必死に建て直しを図ってきたのだ、更に一つ状況が悪化しても今更止められるはずがない。

 全ては自分の愛する息子の為に。

 どんな無理であろうとやりきるより他に道はないのだ。

 そのために先ずは何をするべきか、他の貴族に積極的に話を振り、より早くあの店を肥えさせるべきか。

 ある程度まで成長させれば王も今のように弱腰の態度を取ることは出来ないだろう。

 その時までに第二王子とアインズを接触させて協力を取り付ける。そうすれば後は長子である第一王子を哀れんで決断を下せない王でも動かざるを得ないはずだ。

 考えようによっては数段飛ばしで当初の目的を達成出来るかも知れない。

 いやそうしてみせる。

 

「私が奴らを操ってやる」

 一歩間違えば自分の命すら危うくなりかねない強大な力に対して、自分を鼓舞するようにレエブン侯爵は口に出して言う。

 愛しい息子、あの子はきっと自分を越える、その時に王国が消えているようなことがあってはならない。帝国に併合されるようなことは許されない。

 だからこそどんなに細い糸でも手繰り寄せるしかない。

 しかし、せめて後一人くらい自分ほどとは言わないから、貴族階層に知性のある味方が居れば良いものを。

 今の王国では叶わぬ事と知りつつ、レエブン侯はそう願わずにはいられなかった。




王国上層部がようやく店のことを認識したと言う話でした
次は以前言っていたとおり帝国やラナーの現状と今後の周囲がどう動くかと言う話になります

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