オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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というわけで帝国編でのメンバーが決定し話が動き出すことになります


第33話 使者との接触

「で、では。行って来ます!」

 主の待つ魔導王の宝石箱に移動するため、ナザリックを出たところでマーレは後ろを振り返り、見送りに来たアウラとアルベドに向かって頭を下げた。

 

「ちゃんと荷物は確認した? 忘れ物はない?」

 

「だ、大丈夫だよお姉ちゃん。昨日しっかり確認したから」

 昨夜マーレが準備をしている時はふて腐れていたのか、何も口を出してこなかったが、ここにきていつものように注意するアウラに、マーレは若干の気恥ずかしさを感じつつ強く頷いた。

 

「アーちゃん、いえ。アウラ様、マーレ様のことは私がメイドとして、しっかりと面倒を見させていただきますので」

 

「ユリになら任せられるけどさ……いーい! アインズ様の迷惑になるようなことはしないこと! あと、時間があったらシャルティアも気にかけなさい。あいつが問題を起こしたら守護者全員の評価を下げることになるんだから」

 

「わ、わかったよ。お姉ちゃん」

 

「では私からも。帝国の執務室はこちらで監視し、動きがあればマーレ、貴方に<伝言(メッセージ)>を送りますからアインズ様に報告を。それと人間にはこちら側からは積極的に関わらないように、隙を見せれば付け込んでくる可能性があるから。この辺りはユリ、貴女もよ」

 

「わ、分かりました」

「畏まりました」

 アルベドもアウラほど露骨ではないものの、微かな不満と嫉妬心が冷たい口調から滲み出ている。

 無理もないだろう。あれほど熾烈を極めたオーディションという名の、主に同伴する唯一の座という名誉をかけた奪い合いで、最後まで残ったのがマーレとアルベドであり、僅差でマーレに決定した時のアルベドの目は忘れられない。

 しかし、罪悪感を感じると同時に優越感と背徳感の混じった気持ちがあるのもまた事実だった。

 いつか男の守護者にだけ主からの回覧版を受け取った時と同じ気持ちだ。

 

「では、アインズ様をお待たせするわけにも参りませんので、失礼いたします」

 ユリが丁寧に頭を下げる。

 こう言われてしまえば二人は何も言えない。

 自分達のせいで主を待たせるのは大罪だ。マーレもこれ以上二人を刺激しないようにペコリと頭を下げると直ぐに二人に背を向けログハウスへ向かう。

 背中にはいつまでも刺すような視線を感じていたが、気にしないことにした。

 

 

 

「ズルい」

 ログハウスの中に入るなり、腰に手を当てて仁王立ちをしたプレアデスの一人、シズからそんなことを言われた。

 マーレというよりはその視線はユリに向けられているようだ。

 

「何を言うの、シズ。私はちゃんとエントマと話し合いをして……」

 

「その場に私はいなかった。ズルい、交換を望む」

 無表情ながら内に秘めた不満はありありと伝わってくる。

 そういえば侍女を決める場にはユリとエントマしかいなかった。

 他の者は既に別の仕事があるのだろうと考えていたが、よく考えてみれば他の面子に関しては外に出て仕事をしているらしいことを聞いているが、シズの話は聞いた覚えがなかった。

 

「アインズ様のご命令です、貴女は留守番をしているようにと言ったでしょう。大体貴女、今日はここの担当ではないでしょ。仕事はどうしたの?」

 ユリの言葉にも答えずにジッとこちらを睨むように見つめるシズ。

 まさかとは思うが、シズが主の命令を無視して仕事を放り出してここにいるのならばそれは大罪だ。

 手に持った杖をギュッと握りしめる。

 ユリが何もしないのならば、階層守護者として自分がちゃんと叱らなくては。と心の中で考えていると、別の場所から声が聞こえた。

 

「ユリ姉さまぁ。妹は今日お休みですよぉ」

 甘ったるい舌足らずな声はマーレも聞き覚えがある。昨夜隣にいるユリと話し合いと名ばかりの熾烈な侍女争いを繰り広げていたエントマだ。

 顔を向けると案の定、シズとは別の意味で無表情な顔がこちらを覗いている。

 

「エントマ。だったら貴女が止めなさい。ここの管理は今日は貴女の仕事でしょ?」

 

「そうなんですけどぉ。妹の気持ちも分かりますしぃ」

 

「……違う。貴女が妹。でも今だけは良く言った。もっと言って良い」

 姉妹三人で言い争いが始まってしまった。

 とりあえず主の命に逆らっているわけでは無いようなので、ほっとする。

 とはいえ、いつまでも聞いている事は出来ない。先ほどユリが言っていたように主が既に待っている可能性もあるのだから、急がなくては。

 意を決し、マーレはユリに声をかけた。

 

「あ、あの。そろそろ」

 

「っ! 失礼いたしました、マーレ様。二人とも今は時間が無いの。文句があるのなら後で聞いてあげるからエントマ、仕事をなさい」

 

「はいぃ。ではマーレさまぁ、指輪をお預かりいたしますぅ」

 まだ多少不満そうだが、これ以上何か言うことはなく、シズはその場から横に移動し、エントマはいつも指輪を預かるときに使用する紫の布が敷かれた台座を差し出した。

 ナザリック内を自由に転移出来るこの指輪は外への持ち出しを禁止されているので外に出る時は事前に預ける決まりになっている。

 

「は、はい」

 杖を脇に抱えようとするマーレにユリが声を掛け、手を伸ばしてきたので彼女に杖を預けてから薬指に嵌められた指輪に手を掛ける。

 これを外す時は、いつも何となく寂しいような心苦しいような、そんな気持ちになる。

 だが今は仕方がない。

 今までとは違い、主に直接付いて行き従者として活動する大役なのだ。

 仕事をしていない時はいつも屋内で過ごすことを好むマーレだが、今回は別の気持ちもある。

 

(お仕事でこんなこと考えるのは良くないけど、冒険。そう、本で読んだ冒険をするような気持ちだ。頑張らないと)

 もちろん完璧に役目をこなすのが一番重要だが、そう考えると興味のない人間達に混ざって生活するのも悪くない気がしてくる。

 布の上に指輪を置いてマーレは心の中でよし。と呟いて気合いを入れる。

 

「では私が不在の間、よろしくお願いします。特にこのログハウスの勤務は二人で交代になりますからね」

 

「はいぃ。ユリ姉さまぁ。ここのことは私達に任せて下さいぃ」

 

「…………はい」

 二人とも完全に納得はしていないようだが、ナザリックの者が仕事で手を抜くようなことは無いだろう。

 改めてユリと二人で転移をする。

 目的地は、マーレも何度か行ったことのある魔導王の宝石箱の転移の間だ。

 

 

 

「お待ちしておりました。マーレ様、ユリ姉様」

 見覚えのある部屋の中に、女性が一人膝を突いて二人を待ちかまえていた。

 

「ソリュシャン? どうして貴女が。出迎えがあるとは聞いていませんが」

 マーレが何か言うより先にユリが反応する。

 

「少し事情が変わりまして。帝国より使者が来ています。それらを伝えるために私がここに待機を」

 その言葉にピクリと反応する。

 当初の計画では主がマーレらを伴い帝国に出向き、そこで商売をしながらデミウルゴスの計画発動を待ち、その上でこちらから帝国上層部に売り込みをかける手はずになっていた。

 しかしその後セバスから<伝言(メッセージ)>が入り状況が変わり、帝国の人間が既に王都まで来ており近日中に会いに来る事を知らされた。その結果によって計画の修正が計られることになっていたが、それはマーレ達が到着した後になるはずだった。またも事情が変わったのだろうか。

 

「分かりました。アインズ様は既に?」

 

「はい。ですがそこでも少し面倒なことがありまして、どうやらその使者の護衛が、少々厄介なタレントを持っていたようでアインズ様が自らその者の記憶操作を行っております」

 

「ど、どんなタレントなんですか?」

 タレントといえば主がこの世界で特に警戒していたものだ。

 なんでもナザリックの者達では使うことの出来ない、この世界の生き物が持って生まれることのある特殊能力なのだという。

 そんなものの使い手が主の側に現れた事実にマーレは思わず感情的になって言葉を発する。主に危害を加えるようなものであったら大変だ。

 

「対象が何位階魔法を使えるかを見抜く目を持っていたようです。それによりアインズ様を御覧になった娘が悲鳴を上げてその場で倒れてしまいまして、即座に他の者達も含めて全員眠らせて記憶の改竄を行いました」

 あの偉大でお優しい主の姿を見て悲鳴を上げるなんて。

 杖を持つ手に思わず力が入り不満が溜まるが、わざわざ記憶を改竄してやり直したということは始末するつもりはないようだ。

 ならばマーレも自分から行動することは無い。

 黙っているとソリュシャンが続ける。

 

「そして使者からは帝国の皇帝がアインズ様を直接お招きしたいとの申し出があり、アインズ様はこれを了承いたしました。今からお二人も帝国に随伴するとアインズ様が紹介する手はずとなっておりますので、これを。アインズ様よりお預かり致しました探知系魔法を無効化する指輪です。これを着ければタレントで見抜くことが出来ないのも既に確認が取れています」

 そう言ってどこからか、四角く折り畳まれた布を取り出し丁寧にそれを開く。

 中には指輪が二つ鎮座していた。

 主から渡された指輪ということで、マーレは迷わず左手の薬指にそれを嵌めた。

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが無くなり寂しくなっていたのでちょうど良い。

 対してユリは一瞬マーレに目を向けた後、中指にそれを嵌めていた。

 

「ではマーレ様、参りましょう」

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 ソリュシャンの先導に従い店の中を歩きながら、より詳しい情報を聞いた。

 店の中にいるのは五人、主を見て気を失った娘、戦士らしき男、野伏(レンジャー)の女、神官の男、最後の一人が帝国からの使者だという男だ。

 

「では私はここで。現在私は留守の設定になっていますので」

 店舗に繋がる入り口前でソリュシャンと別れると、ユリが扉をノックし主の許しを得てから店内へと入っていった。

 ここから本当の意味でマーレの仕事が始まることになる。

 緊張と期待を混ぜた気持ちを抑えるように強く杖を抱き締めた。

 

 

 ・

 

 

 一体何度目の驚きになるのか、アルシェは目の前の光景に息を呑みながらここに来るまでの事を思い出す。

 

 先ずは朝、ブレイン・アングラウスによって主が待つとされる魔導王の宝石箱に案内され、店内に入るとこちらが挨拶する間もなく、目の前に突然男が現れた。

 その魔法がごく短い距離しか移動出来ない<次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)>では無いのは近くに隠れる場所のない部屋の中央に現れたことから予想が着いた。

 つまりはかつての師であるフールーダ・パラダインを初めとした長い歴史上でもほんの一握りの限られた魔法詠唱者(マジック・キャスター)しか使うことの出来ない転移魔法である。

 当然アルシェもそれを使うことは出来ない。初めから自分との格の違いを見せつけてきた男は仮面とローブ、ガントレットに足甲という肌を一切見せない格好のまま威厳に満ちた声で挨拶を口にした。

 この男こそが店主でありアルシェ達の目的でもあるアインズ・ウール・ゴウン、明らかに護衛であるはずのフォーサイトにも反応を示すことなく堂々たる姿を見せその場の全員に強烈なインパクトを残した。

 

 次は想定外の事態による驚きだ。

 アルシェの目でアインズの使用位階が確認出来なかったのである。

 アインズは登場の際、転移魔法を使用して現れた。なのにアルシェの目には何も映らないということは、探知防御の魔法を使用しているのだろう。

 探知防御の魔法でアルシェのタレントが防げるのは分かっていたのでそれは簡単に推測出来た。

 だがこれでは今回の依頼は半分しか達成出来ていないことになる。

 そのためアルシェはその場で素早くヘッケランに対し事前に決めていた合図を送ることにした。

 

 これにより、本来はここで帝国への引き抜き話をするはずだった予定を変更し、予備プランであったアインズを帝国に招待し、皇帝直々に会うことで魔法を解除させ──流石に皇帝の前で魔法を使用するのが不敬だと言われれば解除するしかないだろう──アルシェかフールーダが直接確認する方法を採ることになったのだ。

 そんな事とは知る由もないだろうアインズはこちらの挨拶を聞き終えると直ぐに店員に店内の紹介、商品の説明を始めさせた。

 そこで紹介された品々もかつて貴族だった頃、そしてワーカーとなった後にも多くの物を見てきたアルシェをして、見た事のない物ばかりで圧倒された。

 その後、折を見て皇帝がアインズを招きたがっている旨を説明すると、アインズはその場で快諾した。

 自分達の今後にも関わる事だったのでアルシェ達、フォーサイトの面々も安堵し、ようやくひと段落というところで新たに二人の人物が紹介される事となった。

 

 そして今回驚いたのはその美貌である。

 扉がノックされ、店主であるアインズの許しを得て開いた扉の向こうから現れたのは、夜会巻きに眼鏡をかけたメイド服の女性であり、ヘッケランと依頼人である帝国の秘書官を勤めているロウネ──フォーサイトには名乗りもしなかったが、アインズにはキチンと礼を尽くして挨拶していた。本名かどうかは不明だが、嘘をついて後でバレる方が問題なので本名なのだろう──がゴクリと唾を飲む音がやけに生々しく聞こえた。

 無理もない。アルシェ自身かつて貴族の一員として舞踏会に参加した折りには美しさに自信と誇りを持った貴族の令嬢達を数多く見てきた。

 仲間であるイミーナとて、同性のアルシェから見てもはっきり美人だと断言出来る美貌を持っている。

 しかし、目の前の女性はこんな言い方はしたくないが格が違う。まさしく究極の美と呼ぶに相応しい。

 同じ女として、まだまだ未熟でありそもそも美醜にさほど興味を持たないアルシェすら憧れを抱いてしまうほどに。

 そんな女性がその場で一礼し先ずは主人であるアインズ・ウール・ゴウンに目を向けた。

 

「アインズ様。お待たせいたしました」

 

「ああ、ユリ。こちらは帝国から訪れた私の客人だ。挨拶を」

 ユリと呼ばれた女性はこの段階でようやくアルシェ達に目を向けた。

 優しそうな慈愛に満ちた笑みと共に一礼し口を開く。

 

「失礼いたしました。皆さま、私はアインズ様にお仕えしております、ユリ・アルファと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 そう言って再び頭を下げるユリに慌ててアルシェが頭を下げ、他の面子も遅れて挨拶をした。

 

「彼女には今回私ともう一人、私が後見人を務めている友人の子の面倒を見て貰うために同行して貰おうと思っている。良いかね?」

 提案というよりは確認に近い口調だ。

 仮にもバハルス帝国皇帝から直々の招待だというのに臆した様子も見せないのは、自身の価値に絶対の自信を持っているからなのだろうか。

 要するにそちらが招待した側で、自分はそれだけの価値があるのだから多少の便宜は図れと言っているのだ。

 しかしそれも当然かもしれない。

 ここに来るまでの間にロウネから説明を受けた帝国が集めた魔導王の宝石箱の情報──本来国が集めた情報は機密だが、今回はその噂が本当か確認する意味もあったので事前に伝えられた──に偽りは無く、むしろ想定以上の箇所が多々あった。

 それに加えてアインズはあくまで王国に住む者、例え皇帝からの招待とはいえ帝国民ではないアインズがそれを受ける必要はない。

 断ることも出来る。

 だが、こちらはそれでは困る。だからこそ、ある程度こちらは譲歩する必要がある。

 案の定ロウネも少し考えるような時間を置いたが直ぐに頷いていた。

 

(あの自信、もしかしてこちらの弱みに気づいている? だとすればかなり頭の切れる男)

 魔法の探求以外は興味を示さないフールーダと異なり、この男は駆け引きまで優れているということならば確かに、帝国にとっては欲しい人材なのかも知れない。

 

「ん? マーレはどうした?」

 

「現在外に。中にお連れしてもよろしいでしょうか?」

 元々その許可を取りに来たということだろうか。

 アインズは無言で頷き許可を出すと、ユリは一度閉められた扉を開き、即座に横にズレる形で扉の向こう側にいる誰かを招き入れた。

 

「し、失礼します」

 まだ変声期前の高い声が聞こえ、トコトコと歩幅の小さな子供が上目遣いに周囲を窺いながら入ってきた。

 思わず息を呑む。

 切りそろえられた短い金髪、左右で色の違う瞳、見慣れたイミーナのものより長い耳はややたれ気味で大きな瞳は弱気さを滲ませ、白地に金糸の入ったベストとスカートを履いている。

 メイドであるユリ同様、これ以上無いといえるほど整った顔立ちの闇妖精(ダークエルフ)の少女だった。

 アルシェの妹達より年上だろうがアルシェよりは年下だろう。

 

「マーレ。挨拶を」

 

「は、はい! アインズ様」

 アインズに呼ばれた途端、ビクンと体を反応させオドオドとした態度のままアルシェ達にペコリと頭を下げた。

 

「は、初めまして。アインズ様の元でお世話になっています、マーレ・ベロ・フィオーレと言います。よろしくお願いします」

 言葉遣いは完璧とは言えないものの、大人しそうで弱気な態度に少しだけ安心する。

 問題を起こすようなタイプには見えない。

 来る時はロウネ一人だけを護衛すれば良かったが、帝国まで戻る道ではアインズを含めたこの三人も護衛する必要がある。

 

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての実力は魔導王を名乗り、転移魔法を使いこなすアインズの方が上なのだろうが、ワーカーとして多くの経験を積んできた自分達の方が対応力は上だ、護衛を断られることはないだろう。

 それに護衛にかこつけてアルシェが側にいることが出来れば、アインズの魔法が切れたタイミングでタレントを用いてアインズの魔力を確認出来る。

 帝国の皇帝のところで確認するのはあくまで最終手段、道中自分が確認出来ればそれが一番良い。

 そこまでして初めて仕事成功になるかも知れないのだから。

 

「っ!」

 そんなことを考えていたアルシェの斜め後ろ、一番奥の全体を見回せる位置を陣取っていたイミーナの方から息を呑むような音と、乱雑な足音が聞こえた。

 職業柄、メンバー中最も静かで音を鳴らさない彼女らしからぬその動作に、思わずアルシェは後ろを振り返った。

 目を見開き驚愕に顔を歪めたイミーナの視線はマーレと名乗った少女に向かっている。

 

(知り合い? ハーフエルフのイミーナなら不思議はないけど……いやあっちはそんな感じじゃなさそう)

 突然そんな行動をとったイミーナにマーレは特に反応を見せない。疑問を抱いている様子すら見せないのは、緊張していてそれどころでは無いからだろうか。

 

「し、失礼致しました。話を続けて下さい」

 生来の勝ち気さ故か相手が誰であろうと、キチンとした敬語など使わない──立場が上の者の前では基本的に無口になる──彼女らしくない、真っ当な敬語にヘッケラン達が面を食らっているのが分かるが、そのことを知らない他の者達は特に気にした様子もなく会話を再会した。

 

「ところで出立の日時だが、帝国にはいつまでに着けばよいのかな? 日取りが決まっているのなら聞かせて貰いたいのだが」

 この場において最も立場の強いアインズの言葉に緩みかけた空気が締まる。

 マーレもこれ以上話をするつもりはないらしく、アインズの側に近寄ると影に隠れるように移動してアインズの豪勢なローブにいじらしく手を添えた。

 そこからはアインズに対する強い信頼が見て取れる。

 

「出来る限り早くお会いしたいと、陛下はお考えです。もしよろしければ、このまま私と共に帝国まで着いていただければ幸いです」

 ロウネの言葉にアインズはふむ。と僅かに視線を持ち上げ──仮面越しなのでどこを見ているのかは不明だが──間を空けた後鷹揚に頷いた。

 

「なるほど。なるほど。しかしながら私にも予定というものがある。詳しい場所さえ教えて貰えれば用事を出来る限り早く片づけた後、帝国に馳せ参じよう」

 

「……出立まで、具体的にはどれほどかかりますか?」

 

「一週間後、というところか。一つ大事な仕事の依頼があってね。正確には依頼を出した冒険者の帰還を待っている状況だ。私が直々に頼んだ仕事だけにこればかりは他の者に任せるわけにはいかないのでね」

 アインズの言葉に直ぐにピンと来た。

 フォーサイトのメンバーは全員そうだろう。

 例のフロスト・ドラゴンを退治した漆黒という冒険者チームのことに違いない。

 そのドラゴンを持ち帰るのを待っているのだ。

 

「一週間ですか。それは少し──」

 ロウネから苦悩が伝わってくる。

 しかしアインズの提案は正当なものだ。

 帝国の臣下であれば例え用事などあってもそれらを投げ出してでも直ぐに来いと言えるが、あくまで客人として招きたいというのが今回の話だ。

 商売人を客として招くというのも何だかおかしな気がするが──アルシェの家に現れる商売人は両親に呼ばれると直ぐに来るからそう思えるだけかも知れないが──先にそうした話をしてしまった以上今更、皇帝が呼んでいるのだから他の用事を投げ出してこいとは言えない。

 しかし何らかの事情で時間がないのだ。

 もしかしたら皇帝からは連れてくるのならいつまでに。と厳命されているのかも知れない。

 

「──ふむ。ではこれではどうかね。君達はこの後、どの都市を通って帝国に戻るのだ?」

 

「それは──どうですか?」

 護衛対象ということでずっと馬車に乗ったままロクに外に出ていなかったロウネはどんな道順を通ってここに来たのか知らないし、帰りの道も伝えていない。

 こちらに話を降られ、リーダーであるヘッケランが口を開く。

 

「えー、細かい道順までは正確に決まっていませんが、まず基本的にはエ・ランテルまではどの都市にも入らず進むつもりです。その後の道順に関しましては……」

 都市内を通過するのには検問所を通る必要があるが、今回帝国と王国の国境を越えた時は検問所ではなく大きく迂回し密入国に近い形で入国したので大きな都市には殆ど立ち寄らなかった。

 しかし、同じ王国でも多くの国の出入りのあるエ・ランテルは比較的に検問所の警備が緩く簡単に入ることが出来るため、来る時もエ・ランテルにだけは立ち寄った。

 帰りもそうするつもりだということだ。

 そんなヘッケランの言葉をアインズが遮る。

 

「エ・ランテルに寄るのならば問題ない。君達は直ぐにでもここを出立し、エ・ランテルに向かうと良い。馬車で慎重に進むのならば七日ほどかかるだろう。私達は君達がエ・ランテルに着く日に合流しよう」

 帝国で王国内の正確な地図など入手出来るはずもなく慎重に進まざるを得なかったため、ここに来るまでには予定以上の時間が掛かった。

 またエ・ランテルからでもアインズの言うとおり慣れた者なら二、三日程度で着くはずの道のりに一週間つまり七日掛かって到着した。

 そこまで見抜いたということだろうか。しかし、ここで一週間待った後直ぐに追いかけてきたとして急いでも二日は掛かるはずだが。

 どうやって七日後合流するつもりなのか。

 

「しかし。ゴウン殿、先ほど用事が済むまで一週間かかると言っておられたのでは? いえ、二日三日でしたらエ・ランテルでお待ちしますが」

 アルシェと同じ疑問に行き着いたらしいロウネが言い、慌てて取り繕う。

 相手が譲歩してきたというの二、三日程度も待てないのならご破算だと言われたら大変だと思い直したのだろう。

 そんなロウネにアインズは一瞬虚を突かれたような間を置いた後、愉快そうに笑った。

 

「先ほどの私を見ていなかったのかね? 私は転移の魔法が使える。エ・ランテルには何度も行ったことがあるから行こうと思えば直ぐだよ。三人程度ならば問題なく移動出来る」

 その言葉にハッとする。

 確かにあまりに衝撃的な光景が続いていたせいで忘れかけていたが、まず最初の衝撃が転移魔法だったのだ。

 そもそも長距離転移などというものは、アルシェの知る限りでは師であったフールーダ以外に使いこなせる人間などおらず、一般的なごく短距離を移動する転移魔法、<次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)>も一人用なので複数人を移動させる発想そのものが存在していなかった。

 

「な、なるほど。失礼いたしました。ではそのように、正確な到着日時や待ち合わせの場所について確認させていただきたいのですが、少し彼らと話をさせていただいても?」

 

「構わんよ。部屋を用意しよう。それとも、不安ならば出直してもらっても構わないが?」

 アインズの挑発的な物言いに僅かに苛立ちを覚える。

 ようは店内だと盗み聞きされる危険性もあるからそれが怖いのならば外でどうぞ。と言っているのだ。

 それは野伏(レンジャー)であるイミーナや魔法的な盗聴を発見、阻害するアルシェの実力に難があるのならばと言っているも同然だ。

 反論したいがこちらに決定権は無い、全てはロウネの判断に委ねられている。

 そのロウネはほんの僅かな間を空けただけで殆ど即答した。

 

「よろしければ、場所をお借り出来ますか?」

 その答えに、アルシェらフォーサイトも、そして口にしたアインズ本人も感心したように頷き、初めに店内を案内してくれたツアレという金髪の店員に案内するように命じた。

 彼女の案内に従って進もうとする中、最後尾を歩いていたアルシェは、前を行くイミーナがアインズと共に立つマーレの前を横切る時に深く頭を下げているのが妙に印象に残った。




アルシェ視点の辺りは少し話を飛ばしすぎた気がしますが
帝国編は少し長くなりそうなので飛ばせるところは飛ばしていきます

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