オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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帝国編ということもあって、帝国側がメインで話が進めることが多くなります
特にジルクニフは割と書くのが楽しいキャラな事もあり、彼視点の話が増えそうです


第36話 皇帝との会談

 深い森の中、周囲の様子を窺いながらこそこそと動く人影があった。

 周囲を窺いつつ大きな樹の裏に隠れると改めて周囲を見回し息を吐く。

 

「やっと一人になれた。宿を取らないと一人になるのは難しいなぁ」

 馬車の中では常にアルシェが目を光らせ、食事は仲間達と共に取ると言って離れるためにマーレとユリが常にいる。

 今回は王都の魔導王の宝石箱と〈伝言(メッセージ)〉で話をするためフォーサイトをこちらに来させないようにしておけとマーレとユリに命じてようやく一人になれたのだ。

 ここに来たのは確認のためだ。

 デミウルゴスの計画とこれからアインズが取るべき行動。それらが記された紙を開き、アインズは頭を悩ませる。

 というのも本来ならそれこそ舞台の台本のごとく台詞まで事細かに設定して欲しいところだったのだが、アインズが知らされた計画は大雑把なものでしか無かったのだ。

 こういうことが起きる、なのでこうした方向に話を持って行って欲しい。というようなことが随分と遠回しに書かれているだけで、どうすればそうなるのかはアインズが考えるしかないのだ。

 

(とりあえずここまでは大丈夫なはず。後は皇帝と合流するとあったけどそっちは大丈夫なんだろうか。デミウルゴスのことだから問題はないと思いたいけど……)

 そもそも何故帝都にいるはずの皇帝が一商人に会うためにわざわざ別の都市に出向くのか、アインズには分からない。

 しかしそれでもいつもの完全な行き当たりばったりの状況よりはだいぶマシだ。

 とはいえ、結局あの後もアルシェとは打ち解けられず──むしろ余計に無口になり、態度も頑なになった気さえする──無言の時間を過ごしたせいで精神的な疲労は溜まっていた。

 

「一人になれる防音の部屋でも作ろうかなぁ」

 ナザリックの自室ですら防音は完璧ではなく、大声を上げれば外に聞こえるのは以前ルプスレギナが部屋の外で大声をあげ、それが室内に聞こえたことによって証明されていた。

 叫んでも寝ころんでも壁を叩いても外に完全に音の漏れない部屋。そんな部屋があればこのストレスも少しは軽減されるのに。

 そんな風に思考が現実逃避に向かっていることに気づいてアインズは慌てて首を振る。

 

「よし。確認は済んだ、そろそろ戻ろう」

 流れしか書いていない台本に自分なりの考えを書き込んだものを見直し明日以降の行動をシミュレートする。

 なにしろ明日はいよいよ皇帝と会う日なのだ。

 ロウネという皇帝の秘書官も護衛のフォーサイトも口には出さないが、既に皇帝からそうした命令が来ているらしく、明日帝都近くで偶然を装い会うことになっているらしい。

 何も知らなければきっと頭で考えていたことなど吹っ飛んでいたことだろう。

 

(必要以上に下手に出る必要は無いって話だったけど、本当に大丈夫かなぁ)

 相手は鮮血帝の異名を持つ皇帝、アインズを絶対的な支配者だと思っているナザリックの者ならばいざ知らず皇帝にとってアインズは一商人に過ぎない。怒らせて気分を害し、デミウルゴスの計画に支障が出たら申し訳ない。

 偉そうに見えつつも最低限の礼儀を弁えている、そんな演技の練習もしておくんだった。と今更後悔しながらアインズは馬車へと戻った。

 

 

 ・

 

 

「──さて。挨拶も済んだところで皇帝陛下。一つお聞きしたいのですが」

 

「なにかな? 私の命を救ってくれた恩人の問いだ、私に答えられることであれば何でも答えよう」

 急拵えとは思えない見事な造りの天幕に置かれた、こちらも見事なテーブルを挟んで向かい側に腰掛けた──皇帝と同じテーブルに座っていいのかは正直疑問なのだが、皇帝自身から勧められた──バハルス帝国皇帝、ジルクニフは整った顔立ちに薄い笑みを浮かべてアインズに答えた。

 

「あの悪魔はいったい」

 既に知っていることを改めて聞くというのは神経を使う。

 細かい点を聞くとボロが出そうなので大きな問い──答えられるはずなど無いだろうが──をしてみることにした。

 

「さてね。それに関しては私の方が聞きたい、本当に突然現れたのだ。私は偶然外に出ていて助かったがな。奴らの目的、数、内部の状況、どれを取っても情報不足だ」

 疲れたように重苦しい息を吐きながらジルクニフは首を横に振る。

 

(そうだろうなぁ)

 たまたまデミウルゴスの計画に選ばれただけなのだから当然だ。

 ここまで疲れている様子を見ると、人間である鈴木悟としての残滓が悪いことをしたな。と思わないでもないが仕方がない。ナザリックの為にとデミウルゴスが立てた計画による物なのだから、多少の罪悪感など計画を止める理由にはなり得ない。

 

「そうでしたか」

 アインズの言葉を最後に天幕内に沈黙が落ちる。

 この場にはアインズを除いて皇帝とその護衛である騎士数人、そして先ほどから一切目を逸らすことなくアインズを見ている長い髭を蓄えた老人しかいない。

 アインズと共にこの地を訪れたロウネとフォーサイトは別の天幕に、ユリとマーレは外に待機させてある。

 二人は中に入ってアインズの護衛をするつもりだったようだが、流石に皇帝の天幕に関係ない者は入れられないと断られた。

 アインズだけはここに来る途中でデミウルゴスの計画通り悪魔に襲われた皇帝の命を救ったことで中に入ること、また同じテーブルに着くことまで許されたのだ。

 

「では陛下。この後どうされるおつもりですか?」

 無言に耐えかねたアインズの問いに今まで疲れたような表情をしていたジルクニフは僅かに笑みを深めた。

 

「勿論態勢を立て直した後、帝都に戻り悪魔どもを討ち滅ぼす。幸い城も落ちていない、さっさと済ませるさ……貴公はどうする? 私から呼び出しておいて悪いが見ての通り緊急事態であり、この近辺は危険だ。お帰りいただいた方が安全なのは確かだが」

 予想外の軽い返答にアインズの方が慌ててしまう。

 ここで皇帝に改めて売り込みをかけ、協力して悪魔を退治するという話になる予定だが、必要ない。と言い出しかねない口振りだ。

 

(さっき殺されそうになった癖に何でこんなに余裕なんだ、何か奥の手でもあるのか? 無いとは思うがそれがデミウルゴスにも通じるものだったら困るな。いや普通に敵の戦力を甘く見ているだけか? だとしたらやはりこちらから売り込んでみるべきだろうな……よし)

「皇帝陛下も人が悪い、私の仕事はここからでしょう」

 どうとでも取れる思わせぶりな態度で言う。アインズの言葉を受けたジルクニフの目が細まる。

 

「ほう……それはつまり帝国と商談がしたいということか?」

 帝国という部分に力が込められているのが分かり、はっと気が付く。

 

「いえいえ。私は帝国ではなく陛下ご自身と商談をしたいと考えています」

 内心で慌てつつもばれないように取り繕う、帝国がデミウルゴス達悪魔の戦力を低く見ているのならば帝国そのものと商談するなど明らかに規模が大き過ぎる。

 何故アインズがそんな提案をしたのか。それはアインズが敵の戦力を知っている為だと気づかれればデミウルゴスと繋がっていると感づかれるかもしれないからだ。

 そんなアインズの心情を知ってか知らずか、ジルクニフの空気が変わる。今までの疲れていたような雰囲気は消え、少しだけ表情が弛まった。

 その様子にアインズもほっと胸をなで下ろす、どうやら誤解は解けたようだ。

 

「なるほど。そこまでお見通しか。いいだろう、こちらで詳細を詰める。部屋を用意させよう、貴公はそこで待っていてくれ──おい」

 入り口付近にいた騎士の一人に声をかけると見事な礼を取りながらアインズの前に立つ。

 

「ニンブル・アーク・デイル・アノックと申します。ゴウン殿、私がご案内いたします」

 

「感謝します。では皇帝陛下、私はこれにて失礼させていただきましょう」

 ニンブルと名乗った騎士に礼を言いつつ、立ち上がりジルクニフにも礼をする。

 作法など知らないので会釈より少し深い程度のものだがジルクニフは特に気にした様子を見せない。

 

「ああ、また後で会おう」

 ひらひらと手を動かす、その一連の動きさえ妙に滑らかで軽い動作のはずなのに威厳が見える。これが本物の支配者なのかと感心しながらニンブルの案内に従ってアインズは天幕を離れた。

 

 

 ・

 

 

「──行きましたね」

 アインズが天幕を離れたと確実に言えるだけの時間を置いてから、バジウッドがやれやれと言わんばかりに深いため息を吐く。

 出来ればジルクニフも先ほどまでの油断を誘うための疲れた演技ではなく、本心からそんな態度をとりたいところだが、部下の目があるこの場でそれは出来なかった。

 

「あれがアインズ・ウール・ゴウンか。なるほど確かに傑物だ。爺、一応確認するが見えたか?」

 

「いえ。やはり報告通り探知防御の魔法かアイテムを身に着けているのでしょう。ここに来るまでの間一度も感知出来なかったという事はアイテムと考えるのが妥当でしょうな」

 

「となると奴の力は推測していくしかないのか。頭が切れるだけでも厄介だというのに、面倒なことだ」

 ため息の代わりに鼻を鳴らすと、バジウッドが不思議そうな顔をしているのが見えた。

 

「なんだ不思議か? 奴は頭が回る、こちらの考えを全て読んでいた。私が帝国と商談したいのかと聞いたら奴は否定し私個人と言い直しただろう?」

 

「ああ、あれ。ありゃどういう意味だったんですか。悪魔を撃退するのにアイ……ゴウン殿の持つ力を売ってくれるって話でしょう?」

 名前で呼ぼうとするバジウッドを睨みつけると慌てて言い直す。

 フールーダに探知防御の魔法を使わせているので、ここを盗み聞きされることはないだろうが名前呼びに慣れると態度に出てしまう。

 

「それは変わらない。しかしお前たちにはまだ言っていなかったが、私はあの悪魔共を討ち取るために軍を使うことは考えていない。先ずは少数精鋭で首魁を討ちに行く」

 瞳だけで周囲を確認してからはっきりと告げる。

 その言葉を受けた場の全員が驚いたように目を見開いた。

 

「いやいや、陛下。あの悪魔、ありゃ数もそうですが質もかなりやばいですよ」

 直接戦ったバジウッドが言うのだからそうなのだろう。

 しかし一応確認する。

 

「爺、あの悪魔のまとめ役らしい鱗の悪魔、あれは爺なら勝てるんだな?」

 

「ええ。あれならば問題なく。おそらく四騎士の者達でも全員でかかればなんとか勝てるでしょうな。しかしあれが単一の悪魔ではなく他の悪魔同様召喚などで呼ばれた上位の悪魔だというのならば危険ですぞ」

 その通りだ。バジウッドが心配しているのもそこだろう。

 帝国四騎士の一人、ニンブルを圧倒している悪魔が現れたという報告を受けたジルクニフはそれが悪魔の首魁だと考えフールーダを派遣した。

 そこからジルクニフの計算が狂ったことになる。

 

 何しろそれと同型の悪魔がもう一体、突然現れジルクニフを襲撃したのだから。護衛に就いていたフールーダの高弟である高位魔法詠唱者(マジック・キャスター)に加えバジウッド、レイナースが戦ったが留めておくのがやっと──レイナースは自分の危険を感じてか防御を重視していた気がするが、あれはそういう契約なので仕方ない──の有様であり、ジルクニフがその場から離脱しようとしたところ、転移で突然現れたアインズの魔法によってその悪魔は瞬殺された。

 こちらが助けに入り、救った代償に手を借りるはずの計画を逆に相手にやられたことになる。

 今思い出しても憎らしい。

 何より生き物のように唸りながら悪魔を貫いた雷を身に纏ったアインズの姿は絶対者の如き風格で、それをジルクニフ本人が一瞬とはいえ認めてしまったのが(はらわた)が煮えくり返るほど苛立たしかった。

 しかし、あの力がなくては帝都奪還は不可能であると言える。

 そのため賢者に対しては見え見えの機嫌取りだったが、略式の天幕内とはいえ皇帝である自分と同じテーブルに着かせ、言葉遣いも自由にさせた。

 敬語は拙く、態度も横柄だったが、それが逆に誰かの下に付く者ではなく人の上に君臨するのが本来の姿だと言外に告げられている気がした。

 

「陛下?」

 思わず考え込んでしまったが、それを悟らせるわけにはいかず、ジルクニフはバジウッドの質問に答えた。

 

「今、帝国の戦力は一カ所に集まっている。王国に気づかれないように帝都とエ・ランテルの中間地点に六軍を纏めているため、ここに呼び戻せば帝都に巣くう悪魔共を殲滅するのは可能だろう。しかしそれには時間が掛かり過ぎる。それまでに帝城を落とされる可能性もある。例え私が居ない空の城だとしても、城を落とされたということが知られれば貴族共が蜂起する可能性が高い。幸いにも召喚された悪魔は首魁を討てば瓦解する。爺、そうだな?」

 

「はい。悪魔はこの世界に生息しているモンスターではありません。召喚魔法での召喚が基本となりこの世界に楔を打ち込む事で存在出来ますので、術者を倒して楔が消えれば帰還することになります」

 

「ということだ。つまりはそれが最も成功率が高く、被害が少ない方法ということだ。先ほどゴウンが口にした帝国ではなく私個人と契約したいというのは、軍でなく少数精鋭で敵の首魁を討つ、その作戦を見抜きそれに協力すると言っていたのだろう」

 なるほど。と納得顔をしているバジウッドだが、実はこれは半分は嘘である。

 正確には確実な方法とは言えない。ということだ。

 悪魔が魔法によって召喚されたものならば確かに召喚者を討てば悪魔は消える。しかしマジックアイテムによる召喚ならばそのアイテムを壊さなければ悪魔は消えないし、召喚者と敵の首魁が違うという可能性もある。

 だがどちらにしても首魁を討たなければ意味がない。

 幸い悪魔は帝城に攻め込むのを第一目的としているらしく、住民には被害が出ていない──帝都を出ようとするか、近くに行かない限り悪魔はなにもしてこないそうだ──がそれも時間の問題だ。

 そもそも住民達が暴走しかねない。

 何より厄介なのは神殿勢力だ。現在は残された民衆を取り纏め心の支えとなっているようだが神官たちは帝国所属ではなく独立機関であり、政治に関わらず他者のために働く志を持った者が多い。いつまでも手を打たないジルクニフに業を煮やし勝てないと知りつつ聖戦とか言い出して特攻でもされたらその被害は計り知れない。

 幸いなのは帝国内にいる神官は全て四大神信仰の神官であることだ。法国の六大神を信仰する神官なら悪魔とはアンデッド同様明確な敵であるため、直ぐにでも行動を開始していただろう。

 しかしだからといって悠長に構えていることは出来ない、早期解決のために確実と断言出来ない作戦を採るしか無いのだ。

 

「さて。後はゴウンに何を注文するかだ。爺、それにバジウッド。何か案はあるか?」

 今まで集めた情報から得たアインズの持つ力が、全て本物であるという事は既に調べが付いている。ジルクニフもロウネからの報告書は読んだがやはり専門家の意見が聞きたいところだ。

 

「動きの遅いゴーレムでは少数精鋭による敵陣突破には向かないでしょうね。ギガント・バジリスクは動きは速く強力だが、一番の武器である石化の視線は範囲が広すぎて味方や住民にも被害が及ぶ」

 

「やはりゴウン殿本人に力を貸していただくのが良いかと。聞けば彼の者は転移魔法に加え、<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>を使用したとのこと。戦闘能力でも私の弟子達、その何れよりも高位、私にも匹敵する魔法詠唱者(マジック・キャスター)でしょう」

 

(嬉しそうだな、無理もないが)

 転移魔法はフールーダも使用するが、転移は幾つか種類があるらしく、最低でも第五位階、多数を長距離転移させる魔法だと第六位階魔法だと聞いた覚えがある。

 その時点で英雄の領域すら超えるフールーダと互角の可能性もあるのだ。

 戦いの中でそれを確かめたいと考えているのは手に取るようにわかった。

 確かに戦力としては申し分なく、アインズの実力を見極める意味でも良い考えだ。

 しかし商会の頂点である者を戦闘に引き込むというのは難しいのではないだろうか。断られることも考慮に入れ別の選択肢を考える。

 ロウネの報告書には、強大な力を持った執事がいるとの報告もあり、その者の力は護衛に付けていたワーカーチームの一人である戦士から見てもアダマンタイト級冒険者以上と評され、その執事が王国戦士長ガゼフ・ストロノーフとかつて互角の戦いを繰り広げたというブレイン・アングラウスなる剣士を弟子として従えているという事実からも間違いない。と書かれていた。

 転移魔法が使えるのならばその者を連れてきて貰うというのはどうだろうか。

 

(しかし、つくづく転移魔法というのは出鱈目だな。今回はそれが裏目に出たわけだが)

 移動出来る距離や人数に限界が有るとはいえ自在に移動出来るこの魔法は戦略の幅が広がるというレベルではない。

 それこそ何でも出来る。

 今回ジルクニフがこうしてフールーダを伴って外に出たのは緊急時なら直ぐにでも転移で戻れると考えたからだ。

 だが、転移を阻害する特殊技術(スキル)が帝城一帯に発動されたことにより転移で城に戻ることが出来なくなってしまったのだ。

 そもそも使い手の殆どいない転移魔法を阻害する魔法があるなど想定もしていなかった。

 のちにフールーダが調べたところ超上位悪魔や天使がそうした空間そのものに転移阻害を掛ける特殊技術(スキル)を使えるという文献が残されていたそうだが、今回の敵の首魁、あるいは召喚された者にそうした悪魔が存在するのかもしれない。

 

(バジウッドが口にした魔神説もあながち冗談とも言えなくなってきたな)

 かつて世界中を荒らし回った魔神とそれを退治した十三英雄の話は有名だが、帝国には詳しい資料が残っていない。

 そもそも帝国はそうした魔神達が退治された後に創られた国であり文献としてそれらの情報はなく、世間一般に残る英雄譚の情報とフールーダが知る情報程度だ。

 それもどちらかと言えば十三英雄の、それも魔法詠唱者(マジック・キャスター)に偏っているため、あまり当てにはならない。

 しかし少なくとも人間達の手で退治出来るというのが重要なのだ。

 フールーダはそのおとぎ話の英雄達を相手として比べても今は自分が上だと言っていた。そこに込められた自信は恐らく本物だろう。

 そしてそれと互角と推定されるアインズの力、この二人が組めば例え相手が本当に魔神だったとしても勝機はあるはずだ。

 そこまで考えてから、ジルクニフは自分の考えを否定する。

 

(いや、流石にそれは無理か。魔神は十三英雄以外にも多数の種族の英雄たちが結束してようやく勝てた相手だ。例えフールーダとアインズがそれ以上の力でも二人では足りない。その時のことも考えておかねばならないな)

 自分が皇帝になって以来、なに一つとして間違った手は打っていないと断言出来る。

 その自負がジルクニフにはあった。

 だというのに、どうしてこうまで裏目に出てしまうのか。

 単に運が悪いでは片づけられない問題だ。

 

(どこかの誰かに呪われているのではないだろうな……心当たりが多すぎる。これが終わったら本格的に解呪を試みてみるか)

 そんな現実逃避じみた事を頭の中でしつつも、真っ当な思考も止めることなく、ジルクニフは改めて長い沈黙のせいでこちらを訝しんでいる二人に目を向けた。

 

「そうだな。ではこうしよう、奴の店で最も強い個を注文する。最低でも第五位階まで使いこなす魔法詠唱者(マジック・キャスター)以上の個などいないだろう、ギガント・バジリスクですら相手にはならない。我々が奴の力を知っているのだから、それと比べて劣る者を出してきたらアインズ自身の強さと比べさせて一番強い個を注文したはずだ。と迫る」

 小賢しい手ではあるが、これは自分が帝国の皇帝という立場が有るからこそ使える手だ。

 相手は商売人、騙し騙されは良くあることだ。一番強い者を出せと言われていきなりバカ正直に切り札を出す奴などいない、アインズほど頭が切れるならなおの事。

 しかし、相手が皇帝ならばどうなるか。皇帝を欺き嘘を吐いたという評判は奴にとっても避けたいはずだ。

 これから王国の上層部と本格的に取り引きしようとしているのならば特にそうだろう。

 だからアインズはジルクニフの言葉が屁理屈だと知りつつも自分が前線に出るしかなくなる。という策だ。

 

「なるほど。でももし本当にゴウン殿より強いモンスターやらゴーレムやらを出して来たらどうします?」

 バジウッドの軽口にジルクニフは唇を持ち上げる。

 

「それはそれで願ったりではないか、奴の強さの最大値を確認出来るだけだ。もっともその時は奴に対する警戒を今まで以上に吊り上げなくてはならんがな」

 

「それは是非とも見てみたいものですな」

 今までの話でようやく落ち着いてきたのか、フールーダもジルクニフの冗談に合わせるように高らかに笑う。

 こんな状況で。と思う者もいるかもしれないがジルクニフ、いや帝国にとってはこれがいつもの光景なのだ。

 今までどんな貴族を粛清する時も、帝国の安全を脅かすモンスターが現れた時も、帝国を揺るがすような反乱の計画を聞いた時とて、決して慌てず騒がす、冷静に余裕を持って対処してきた。

 今回も同じだ。

 難しい局面であるのは認めるが、答えが出ない問題ではないのだ。であれば自分が出来るのはいつも通り考え抜いた最善の手を取ることだけ。

 

(後は……出来れば奴の力はこの目で直接確認したいところだな)

 報告書などで確認するのと、実際に目で見るのはやはり大きな差が出る。

 出来ればジルクニフも共に前線に出向きアインズの力を直接見たい。自分の指示でアインズを動かし敵を討たせる。それでこそ先ほどアインズに対して抱いてしまった絶対者としての風格を自分の中から払拭出来ると言うものだ。

 こんな事をジルクニフが考えていることをロウネ辺りが知ったら、また嫌そうに顔を歪めるのだろう。

 皇帝が前線に出て自分の命を軽く考えるような真似をするな、と。

 今はまだフォーサイトの元に置いたままにしている秘書官の顔を思い出し、ジルクニフは一度目を伏せて笑ってから、ゆっくりと目を開けバジウッドに告げた。

 

「ではバジウッド、ゴウンを呼んできてくれ。高い買い物の時間だ」




新刊発売前はどうにも話を進めるのを躊躇ってしまいますね
ですが題名にもあるとおり、直接的な戦いではなく経済戦争が主題なのでこの辺りの話が書きたいところでもあります

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