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貸し与えられた天幕は先ほど皇帝がいた場所よりは狭いが、それでも三人で使うには十分すぎる大きさだった。
「では私は外に待機しておりますので、何か有りましたらお声を掛けて下さい」
「名高き帝国四騎士の一人であるアノック殿に直接護衛していただけるとは光栄だ。何か有ればお願いしよう」
アインズを案内したニンブルという男のことは先に情報を集めていたデミウルゴスからの報告で既に知っていた。
帝国最高戦力の一角である帝国四騎士の一人であり、激風との呼び名がついていたはずだ。
どの程度の実力なのかは不明だが、
しかしながら帝国最高戦力であり、恐らくは王国で言うところのガゼフと似たような立ち位置──強さで言えばガゼフの方が上らしいが──にいると思わしき相手に対してアインズは世辞を口にした。
それをどう受け止めたのか、ニンブルは意志の強そうな顔を破顔させる。
そうした後、グルリと周囲を一周するように目を動かしてから、優雅に一礼した。
「今回は私の不始末により危機に陥った皇帝陛下の命を救って下さいましたゴウン殿には感謝の言葉もございません。私からも御礼申し上げます」
皇帝、ジルクニフをアインズが救った際はこの騎士は側にいなかった。
ニンブルが
結果、アインズはただの一商人ではなく皇帝の命を救った恩人という立場でジルクニフと会うことが出来た。
言うなればニンブルが手こずってくれたおかげということになるが、当然そんなことは口にするわけにはいかない。
「私達は陛下によって招かれ、これからお世話になる身、当然のことをしたまでのこと」
「……やはり貴方は陛下が見込んだ通りのお方だ」
そう言うと、もう一度頭を下げニンブルは天幕を後にする。
やっと落ち着ける。と言いたいところだがまだ早い、なによりここにはユリとマーレがいる。
二人の前で気の抜けた姿など見せられない。
取りあえず外にいるニンブルに声が聞こえないように盗み聞きを阻止するアイテムを起動させる。
そのまま天幕内に用意されていた椅子に腰をかけようとして、ユリがジッとこちらを見ていることに気がついた。
外で使うにしてはという意味ではそれなりに凝ったデザインの椅子だが、至高の存在であるアインズが座るには不適格と言いたいのだ。仕方なくアインズはその椅子に向け、下らないとでも言いたげに鼻を一つ鳴らすとそれを合図にユリが直ぐに椅子を部屋の隅に移動させた。
そうしてから、いつか
その瞬間、商人アインズからナザリックの支配者アインズ・ウール・ゴウンに戻る。
それを待っていたかのように、ユリとマーレは同時に膝を突きアインズに頭を垂れた。
「頭を上げよ」
このやり取りにもいちいち魔法を使って玉座を創り出す面倒くささにも慣れてきてしまっている自分に気づく。アインズの声を受けてユリとマーレがピッタリ揃って顔を持ち上げた。
「今のところデミウルゴスの計画通りだ。ユリ、それにマーレ。お前達の行動に関して変更すべきところはあるか?」
デミウルゴスからの指示は基本的にアインズのみの行動を記したものであり、同行者である二人にどのような指示が下っているのかも良く知らない、というより相変わらずそれは既にアインズは分かっているはずとの前提で話が進んでいるようなのだ。
この状態ではアインズも二人をどう扱っていいのか分からない。
計画ではこの後、ジルクニフはアインズに戦力を貸すように言ってくるとなっているが、その時二人をどうすればいいのか。
戦力として連れていくのはマズいだろうが、かといってここに待機させたり転移で戻しては何のために連れてきたのか分からない。
二人にもデミウルゴスから何か指示が出ているはずだ。それをここで聞き出したい。
「ぼ、僕は。あの、アインズ様のご指示に従うようにとだけ」
「え?」
「私も現地での行動に関しては全てアインズ様のご指示に従い行動をする様にデミウルゴス様より仰せつかっております」
「えー?」
小さな声で呟く。
(丸投げか! いくらなんでも俺のこと買い被りすぎだよ。自分のことだけでもいっぱいいっぱいなのに、二人をどう活かせっていうんだよ)
「うむ……そうか。ちなみに二人はこの後なにが起こるかは聞いているのか?」
デミウルゴスの計画すら知らなかったらどうしよう。と思い聞いたことだが、二人はそこについては流石に聞いていたらしく、スラスラと概要を説明した。
「……その通りだ。今は時間も無いので細かな説明は省くが、これから私が出す指示にそのまま従え、人前であろうと言ったことを額面通りにそのまま実行するだけで問題ない、良いな?」
(この上裏があるとか考えられて予想外の行動を取られたらたまらない。少なくとも俺が行動を把握出来るようにしておかないと)
「畏まりました」
二人が揃って頷くのを見届けながらアインズは頭の中を高速で回転させて考える。
もしマーレたちの役割が思いつかなければ、その時は仕方ないがナザリックに戻って貰うしかない。
幸いデミウルゴスの立てた計画の最終目的は把握している。そこに繋げさえすれば誤魔化せるだろう。
自分一人でも目的を達成出来そうだったので、二人には別の仕事を申しつけた。ということにしよう。
(最悪の場合に備えて、その仕事も考えておかないとな。いや、それより今は皇帝との会談か、今のところ問題はないはずだが)
我ながら皇帝相手に適度に尊大でありながら礼節を保ち、かつ友好的な関係が築けたように思える。
(俺も成長したということか。後は皇帝の動きや態度から、支配者としての動きや威厳の出し方を学びたいところだな。まあ皇帝が俺に協力を申し出たとしても、本人はここに待機するんだろうが……)
アインズはこれから先起こるであろう皇帝からの協力要請、そこでどのような口調や態度で了承するか、報酬としてどれくらい要求するべきなのか、などを考える。デミウルゴスの台本には無かったのでそこは自分で考えるしかないからだ。
しかしそんな状況でもいつもに比べ心は穏やかだ。
(ここでの報酬は計画の外……ということは俺の小遣いに回しても良いんじゃないだろうか。それともこの間のドラゴン討伐報酬みたいなことが起こっても困るからこの世界の金は出来るだけ現金として貯金しておくのが良いか、いやいや俺にもちょっとぐらい。急な出費もあるし)
もはや癖になりつつある頭の中で行われる金勘定も、いつものようなじりじりと焼かれるかのような焦燥は感じない。
ブレインの活躍によって手に入れた大量の白金貨のおかげで少なくとも当面の資金不足は解消されたと思って良い。ここに来る前シャルティアにはブレインに褒美でもやったらどうだ。とさり気なく伝えはしたが、どうなっただろう。
そういった理由もありアインズは今回の作戦で久しぶりに心のゆとりが生まれていたのだ。
細かい部分は自分で考えなくてはならないにしろ、大まかな計画は全てデミウルゴスに任せられ、金の面でも今は心配がない。
心に余裕を持つことの重要性を実感しながら、さて皇帝にどんな戦力を貸しつけようかと考えていたアインズの脳裏に一つの閃きが走った。
(いや待てよ、先ほどの話からすると、もしかしたらこの状況ならあれが売り込めるのでは?)
帝国の現状から考えるとどんな戦力でも喉から手が出るほど欲しいはず、かつ皇帝は柔軟な考え方を持っている、ならば。
「ユリ、一つ頼まれてくれ」
思いついたアイデアを実行に移すべく、アインズはユリを見る。
「何なりと」
当然のように頷くユリに、アインズは必要なものを思い浮かべながら指示を出した。
・
天幕から外に出るとやや離れたところで同じ帝国四騎士の一人にして纏め役でもあるバジウッドがひらひらと手を動かしていた。
声を出せば届く距離にも拘らずそうしないということは黙ってこちらに来いと言いたいのだろう。
ニンブルは背後の天幕に目をやる。自分はここの守護を任せられている、離れても良いものか。
耳を澄ませるがニンブルを警戒しているのか、それとも単に会話が無いだけなのか、天幕内からは一切声が聞こえてこない。
これならば少し離れるくらいならば大丈夫だろう。
何よりアインズについて、ニンブルはバジウッドにひいては自らの主君であるジルクニフに自分が感じた印象を伝える必要があると考えていた。
音を立てないように急ぎ足でバジウッドの元まで移動する。
「バジウッド殿、陛下は?」
自分があの場を離れ、外にいる近衛兵達の指揮をレイナースが執っている現在陛下を守るのはバジウッドの役目のはずだ。
「その陛下からのお使いだよ。心配するな、陛下の護衛には帝国最強戦力が付いているんだからよ」
おどけて言うバジウッド。
確かにフールーダがいる以上、護衛という面ではそれ以上の選択肢は存在しない。
騎士として思うところが無いわけではないが、つい先刻自分が到底かなわなかった悪魔を殆ど一方的に打ち倒した姿を直接見ているだけにそれ以上は何も言えず、代わりに用件を聞くことにした。
「それはそうですが……まあ良いでしょう。それで陛下はなんと?」
「いや、お客さんを呼んで来いって話でな、ただその前にお前にも陛下の考えを伝えといた方がいいかと思ってよ。後はそっちの報告も聞いときたくてな」
そう言ってバジウッドはアインズにこれからどのような依頼をするのかと、その上で帝都を奪還するために少数精鋭で敵の首魁を討つ作戦などの概要も説明した。
「なるほど。そういうことでしたか。納得しました、確かにゴウン殿なら陛下の考えを読まれていても不思議は無いでしょうね」
納得しているニンブルを前にバジウッドの眉がピクリと持ち上がり、自分の顎先に手を持っていき、顎髭を擦るように撫でながら思案するような顔になる。
「陛下もそれは言ってたけどよ。だとしたらこれから先気が抜けそうにねぇな。うっかり乗せられて帝国の機密でも話したら陛下に処刑されちまうぜ」
相変わらずバジウッドの態度は主君に対するものではないが、他ならぬジルクニフ自身が認めているのだ、ニンブルがどうこう言う必要はない。
そもそも彼の実力自体は確かなものだ、帝国ではそれが全てである。
ニンブルも一応は伯爵位を与えられてはいるが、それは対外的な意味を持つものであり、四騎士内での立場は基本的に全員対等で自分もそれで良いと思っている。
「あの手の御仁は些細な会話からでも多くの、そして深く情報を読みとります。ある程度は仕方ないと思って諦めた方が良いでしょうね」
主の作戦通りにことが進んだ場合、今後アインズは帝城奪還の重要な役割を担うことになる。
そうなるとこちらも必要以上に気を使わなくてはならず、部外者には関係ないと高圧的に切り捨てることも出来ない。
ある程度の情報は読み取られる前提で行動する他ないだろう。
「ま、それしかねぇか。後は……陛下だなぁ、口には出さなかったが、奴さんの実力を自分の目で確かめたいって顔してたぜ。また陛下の悪い癖が出ちまったようだな」
「前線に出るおつもりだと? 王国との戦場に割って入るのとは違いますよ、敵の強さが段違いの上、数も不明です。危険すぎます」
「そう言って陛下が止まるか? 不動の奴が帝城にいるのが計算外だな、護衛なら奴に任せるのが一番安全なんだが……今回はこっちの手札が少ない。俺達もゴウン殿と共に前線に出るだろう。となると守りは──」
「それなら私が残りましょう。彼女には前に出てもらった方が色々と都合が良い」
恐らくジルクニフの護衛は近衛騎士とフールーダの高弟達になるはずだ。しかしそれでは平均値が高いだけで強力な個が足りない。
最前線に出ることになっている四騎士から最低一人残しておく必要がある。
あるいはジルクニフは自分の護衛より敵の首魁を討つことを優先させようとするかもしれないが、それだけは譲れない。
そしてその場合残るのはニンブルかバジウッドだ、レイナースは実力ではなく、その性格故に選択肢から除外される。
彼女は契約上、ジルクニフより自分の身を優先させることが許されている。
その契約にニンブルがあれこれ言うつもりはないが、だからと言ってそうなることを分かっていながら容認できるはずもない。
ならばレイナースを最前線に送れば良い。そうなれば彼女は自分が生き残るために全力を以って協力する事になる。
「となるとレイナースのお守りは俺の仕事か、別の心配もする必要あるよな?」
「ゴウン殿に接触する危険性ですか、確かにその可能性はあります。ですからバジウッド殿、しっかりと見張りを頼みますよ?」
自分に掛けられた呪いを解くためならばどんなことでもすると公言している彼女だ。
フールーダと同等に近い
そもそも今彼女が外で指揮をしているのも、ジルクニフがアインズと商談が終わる前に彼女が余計なことを言うのを防ぐためだ。
「わぁーったよ。ただでさえ面倒な状況だってのによ」
「頼みましたよ。ではそろそろ行きましょうか、陛下をお待たせする訳にもいきませんしね」
「伝言は任せたぜ、俺は陛下の元に戻るからよ」
「バジウッド殿が任せられた仕事でしょうに」
先ほどバジウッドが口にした、些細な会話から情報を取られないようにするため、貴族としてその手の会話に慣れている自分に任せようというのだろう。
それは分かるがやはり釈然としない思いもあり、ついそんなことを口にしてしまう。
バジウッドは特に気にした様子も見せずに、最初に現れた時と同じように手をヒラヒラと動かしてその場を後にする。
やれやれと言いたい気持ちを抑え、ニンブルはあの賢人に隙を見せないようにと、ゆっくりと息を吸い込んでから天幕に戻るために歩き始めた。
・
作戦会議をするために皇帝用の天幕ではなく、もっと広い天幕に移動したジルクニフ一行──フールーダに四騎士、合流したロウネもいる──の前に、再びアインズが姿を見せた。
今度は一人ではなく、後見人を勤めているという
特にメイドはこんなところにまで連れ込んでいるところを見るとよほどお気に入りなのだろう。事実、主であるアインズのことをアインズ様、と名前で呼んでいると報告があることから手つきであると推測出来た。
「皇帝陛下、お呼びと伺い参上いたしました」
「ああ。楽にしてくれて良い。臣下の前で言うことではないが、長ったらしい挨拶なんて時間の無駄だ。さっさと本題に入ろうじゃないか」
これはいつも感じている本音でもあるのだが、同時にアインズという男を試す意味合いもある。
臣下である帝国の者ならばジルクニフの言葉に逆らうことは出来ず、挨拶を抜きにして話を始める以外の選択肢は無い。
しかし、帝国の人間では無いアインズには選択肢がある。ジルクニフの言葉に従い挨拶を抜きにするか、それでも挨拶を短くする形で対応するかだ。
前者であれば効率を重視し臨機応変な対応が取れる者であり、後者は周囲の者に対して皇帝に対する礼儀を重んじていると印象づけられる。
どちらでも一長一短だが、今回の場合は商談相手として前者の方が厄介である。
(さて、どう出る?)
少し楽しくなってきている自分に気が付き、ジルクニフは心の中で苦笑しながらアインズの返答を待った。
「では遠慮なく。ですがその前にこの二人の紹介をさせていただきましょう。マーレ、ユリ。挨拶を」
(ほう。自分は挨拶をしない代わりにまだ紹介していない二人から挨拶させることでどちらも対応した、というところか)
これならば周辺の者達から皇帝を侮ったという印象をある程度払拭出来る。
「あ、はい! えっと、マーレ・ベロ・フィオーレ、です」
アインズの後ろに隠れるようにしていた
返答をしながらジルクニフはマーレと名乗った少女の態度に、心の中で微かに苛立ちを募らせる。
アインズの意図を読んでいないのか、名前を名乗るだけでジルクニフに対する挨拶一つ口にしない。
子供だから礼儀を知らないのかもしれないが、そんなものは上流階級の礼儀作法では通用しない。出来ないならば連れてこなければいいのだ。
しかし自分で挨拶はいいといった手前、それを指摘は出来ない。そう考えてのことなら見た目に反し強かなのか、それとも深いところでこちらを侮っているのか、あるいは近親種であるエルフを奴隷として流通させている帝国に怒りを覚えているのかもしれない。
その瞳からは感情が読みとれない。
もっと深く観察しようとするが、その前にもう一人のメイドが一歩前に出た為に観察を中断し、彼女に目を向ける。
「お招きいただきまして感謝申し上げます、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下。私は主人──アインズ・ウール・ゴウン様に仕えております、ユリ・アルファと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
こちらはアインズの意図を見事に読んで見た目そのままに、美貌、言葉遣い、態度、それら全てが正に完璧なメイドという言葉がしっくりとくる対応をしてくる。
ジルクニフにも密かな自慢として長い訓練の果てに洗練した動きを身につけさせたメイド達がいるが、それよりも少なくとも外見は完全に向こうが上であり、動きも彼女の方が美しく思わず目を奪われてしまう。
こうした女性相手ならばいつものジルクニフであれば、気さくに声をかけて好印象を与えておきたいところだが、相手がアインズのお手つきではそうもいかない。
お決まりの世辞を含めた挨拶を返すだけに留め、ジルクニフは改めてアインズに注目した。
ユリというメイドも、マーレという
アインズという男はよほど面食いなのだろう。
だとすれば、少なくとも色による懐柔は不可能と思った方がいい。
ここまでのやり取りではアインズに対する評価は取りあえず上げも下げもしない。
マーレという主の意図を読みとれない者を連れており、それを把握せず自分の前に出したことがマイナスで、ユリという完璧なメイドを連れていることでそれを取り返した形だ。
「では、挨拶はこれぐらいにして改めて商談といこうじゃないか」
「畏まりました。では率直に、陛下は我々魔導王の宝石箱に何をご所望でしょうか?」
「もちろん戦力だ。そちらが出せる最高の個を提供して貰おう。値段はそちらの言い値で結構だ。さて何を提供してくれる?」
想定通りの質問にジルクニフも決まっていた答えを口にする。
問題はここからだ。とジルクニフはアインズに悟られないようにゆっくりと息を吸い込む。
ここからの行動でアインズの真価が分かる。今までの些細な評価など大したことではない。
先ほどバジウッドに語ったようにアインズが自分以外の別の何かを提案するか、それとも最初から自分こそが最強の個であると言ってくるか。
自分以外のフールーダや四騎士達もアインズの答えを固唾を呑んで待っているのが伝わってくる。
あまり露骨にこちらの意図を悟らせるような行動を取って欲しくはないのだが、全員がそうした演技が得意な訳ではないので仕方ない。
「……一つお尋ねしたいのですが」
(外してきたか。定番の手だが)
こちらが全員答えを待っているところであえて間を置き、こちらの呼吸を乱す。交渉事では当たり前のように使われる手だが、この状況でやられると当たり前だとわかっていてもどうしても虚を突かれた思いがして気が削がれる。
「何かな?」
「悪魔の討伐に対し、陛下はどのような作戦を採るつもりなのでしょう?」
ごく自然に問われ、一瞬意味を理解出来なかった。
いくつか質問内容は想定していたが、そのいずれとも違う。
何故ならその内容は既にアインズが把握している前提だったからだ。
(まさか気づいていなかったのか? いやそんな筈は、しかしだとしたらこの質問にどんな意図がある? 私の口から言わせて言質を取るつもりなのか。そうだとしてどんな意味が……いや取りあえずはこちらも気づいていない振りをして話を進めるしかない)
「そういえばこちらの作戦内容についてはまだ話していなかったな、良いだろう。バジウッド、説明を」
「あ、はい。了解しました。ではゴウン殿、説明させていただきます」
作戦内容を説明するのは皇帝の仕事ではない。実際に指揮を執らせるバジウッドに任せ、ジルクニフはその間にアインズを観察する。
テーブルの上に広げられた帝都の地図──勿論略式のもので特に帝城に関しては外からでも分かる入り口しか書かれていない──の上に置かれた現在分かっている敵の規模を表した駒と、城内にいる味方の駒を使用しながら、今回の作戦を説明していく。
基本的には転移を使って少数で帝都内に潜入後、城を囲んでいる敵陣に入り込み、指揮官と思わしきあの鱗の悪魔を始めとした強力な悪魔を討ちつつ、城内の兵と合流し残った雑魚を一掃する。
途中、敵の首魁が現れた場合にもこの少数精鋭部隊で撃破する。というものであり、正直言って策としてはあまり上等なものではない。
ある程度運の要素が強く確実性に欠ける。しかし使える駒が少なく偵察も難しい現状ではこれぐらいしか手がないといえる。
何よりそうした策を考える軍師がこの場におらず、帝城内、または現在進行形で集結しつつある軍の将軍達に預けているのだ。
転移で連れて来るにしても、今正確にどこにいるか分からない以上難しく、本職ではない文官やジルクニフが自ら現状で考えられる最善の策を用意したつもりだ。
さらに、今ここにいる帝国最強の戦力達とアインズの力が加われば勝機は十分にある。
「なるほど、よく分かりました。ではお貸しする者は多数を同時に相手取るような者より、一対一に強い、騎士のような者の方が良いですね」
アインズの言葉にジルクニフは直ぐに言いたいことを理解した。
(なるほど、そちらに話を持っていきたかったのか、確かセバスだったか。ヴァミリネンの報告にあったアダマンタイト級冒険者を上回る執事、そいつを出して自分の力は見せたくないと言うことか。しかし既に力の一端を見せているアインズより完全に謎だった執事の方がこちらが得られる情報は多いはずだが、それでも自分の力を見せる方が危険だと判断した? もしかしたら転移以上の強力な魔法が使えるのか)
確かにガゼフ・ストロノーフに代表される飛び抜けた個の強さは群に匹敵する脅威ではあるが、魔法程応用性があるわけではない。
アインズの奥の手といえる魔法はそれ以上のものと考えれば隠したいのも納得出来る。
(しかし、それは想定済みだ)
「ほう。そんな者がいるのか、では是非ともその者を貸し出して欲しい、それともう一つ。バジウッドの話にはなかったが、私も直接帝都に乗り込むつもりだ」
「皇帝陛下自ら、ですか?」
視界の端でロウネが渋い顔をしているが、この際無視だ。
「帝都は私の膝元であり、そこに住む臣民は私の財産だ。私が動かずしてどうする? しかし同時に私は帝国のためにも命を無駄には出来ない。故に優秀な護衛が必要だ。いざという時、転移で即座に離脱出来るようなそんな護衛がね」
アインズに目を向ける。
言いたいことは当然分かるはずだ。
転移が使えるのはフールーダとアインズのみ、そのフールーダは帝城奪還に使用するなら後はアインズしかいない。
セバスという執事の他にアインズも護衛として雇うと告げているのだ。
これでもまだ自分ではなく更に別の者を提案するか、それならばそれで構わない。
更に魔導王の宝石箱の情報を得られるだけだ。
少し愉快な気持ちになって返答を待っていると、アインズは特に考える間も入れずに頷いた。
「畏まりました。では陛下の御身は私がお守りしましょう」
あれほど拒否していた筈のアインズの変わり様にジルクニフの方が内心で驚いてしまう。
とはいえそれを仕草や表情に出すほどジルクニフは愚かではない。
「そうか。それはありがたい。貴公ほどの
話しながら、ふとここまでの行動全てがアインズの予定通りなのではないか、との疑問が浮かぶ。
戦闘ではなくジルクニフの護衛に付くことを最初から想定していたのか。
(ではその理由は? いや今考えている時間は無い)
「では早速、商品をここに呼んでも構いませんか?」
「転移で連れてくるということか? 勿論構わんが」
一応、フールーダに目配せをして警戒させる。
ここでそんなことをする理由がないが、アインズが転移と称してジルクニフに何か仕掛けてくる可能性が無いわけではない。
ゆっくりと、そして自然にフールーダがジルクニフの元に近づいてくる。
これで何かあってもとりあえず問題は無い。
「いえ。実のところ既に呼んでいるのです、今は姿を消して外に待機させています。中に入れても?」
「いいだろう、入って貰ってくれ」
「陛下!」
ついに我慢の限界だと言うようにロウネが声を張り上げる。
帝国の陣営内に許可の無い人物を紛れ込ませていたこと、そんな得体の知れない者を調べもせずに中に入れようとし、ジルクニフがそれを許可したことで遂に限界を迎えたのだろう。
それは正しい、ジルクニフは部下達に命を軽視する傾向にあると思われていることは知っている。
ただジルクニフにとってはそうではない、バカなことのために命を投げ出すのではなく、あくまですべきことのためであれば自分の命もチップとして賭けられるというだけだ。
そして今回もアインズの前でそうした弱腰と思える態度を晒すことはマズいと直感した。
ジルクニフがアインズの行動を見て採点しているように、向こうもまた同じことを考えている可能性もあるからだ。
事実アインズはジルクニフが手を振ってロウネを黙らせたのを見て満足げに──顔は見えないので態度で察するだけだが──頷くと、後ろに控えていたユリに合図を出した。
ユリは一歩前に出ると優雅に一礼した後、天幕の入り口に目を向けた。
「さぁ。来なさい」
凛とした美しい声が天幕内に響き、同時に布製の天幕の入り口に透明な何かが当たり、形が見える。
大きい。
二メートル以上はあるだろう。
セバスという老人かと思ったが、この大きさはゴーレムかもしれない。
店で貸し出しているゴーレムではなく、バジウッドが言っていたような特別に造られた強力なゴーレムでも連れていたということか。
その宣伝をしたかったから、あの提案をしたのか。
そんな思いもユリが一つ手を叩き、同時に透明化の魔法が解けた瞬間、消え失せた。
この場の、いや世界の時が一瞬止まった気がした。
「げぇ!!」
その中にあってただ一つ、自分の後ろから響きわたる鶏が絞め殺された時に上げる声に似た、奇声だけが空しく響く。
誰が上げた声なのか、それを理解することをジルクニフの脳は全力で拒んでいた。
最強の個を注文したのに量産品を摑まされそうなジルクニフ。本編ではいきなりほぼ最大戦力を見せられて早めに諦めてしまいましたが、この話ではアインズ様が小出しにしているせいでなかなか諦めきれないので余計に大変かも知れません
次の話は新刊購入後に書く予定なのでいつもより投稿が遅くなるかも、まだ分かりませんが