オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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エルフ反乱編、といっても一話で終わります
ちなみにマーレが治癒魔法を使った記述は本編中では無かったと思いますが
ドルイドですし支援魔法も使えるようなのでこの話では本職程ではないけど普通に使える設定にしています


第42話 エルフの反乱

 デミウルゴスと別れ、マーレと二人で事前に知らされていた森妖精(エルフ)が立て籠っている館へと移動する最中、後ろを歩いていたマーレが不意に口を開いた。

 

「あの、アインズ様。何か悲鳴のような声が聞こえました」

 クルリと後ろを向くと、巻物(スクロール)を使用して頭の上に兎の耳を生やしたマーレがアインズの視線に恥じるように身を捩らせている。

 アインズの耳には聞こえてこないが、これ以上想定外の何かがあってはいけないと警戒の為に<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を使ったマーレには──アインズが使用するとビジュアル的に威厳が損なわれるということでマーレが使用したのだが、やはり良く似合っている──悲鳴が聞こえたらしい。

 だがそれはおかしな話だ。

 既にこの一角にいた全ての人間たちはデミウルゴスが運び出しているはずであり、いるとすれば例の森妖精(エルフ)達のみ。

 そもそも今回の騒ぎは奴隷の森妖精(エルフ)達は反乱というより、持ち主である商人から帝都の混乱に乗じて脱走してこの地に逃げ込んだ。という設定になっている。

 その後森妖精(エルフ)達を取り戻しにきた商人が悪魔達を目撃し、情報網を駆使して外にいる帝国軍に悪魔の報告と同時に森妖精(エルフ)のことを大げさに伝え反乱ということにして鎮圧を求めたのがどうやら、デミウルゴスの書いた筋書きらしい。

 だからジルクニフもこの忙しい時に。とさほど乗り気ではないものの、国の代表として一応何らかの手は打たねばならず、アインズが鎮圧するという提案にあっさりと乗ったのだろう。

 要はこの森妖精(エルフ)の反乱には帝国軍ではアインズしか関わっておらず、そのアインズ達が到着前に悲鳴が聞こえたのが奇妙なのである。

 

「誰かに先を越されたか? ふむ」

 

「で、でもあの。デミウルゴスさんの悪魔達はここは襲わないことになっている。と聞いていますが」

 マーレの言葉に確かに。とアインズは心の中で頷いた。

 フォーサイトとアインズ以外では、この近辺にいるのは悪魔達だけのはずだが、それも今はもう殆ど帰還している。

 また不測の事態が起こっていたらどうしよう。と思いつつも、とりあえず進むしかない。

 敵の正体が何であれ、アインズのやることは大して変わらない。奴隷の森妖精(エルフ)を救えば良いだけだ。

 後の問題はイミーナが言っていたようにマーレと会わせれば王族と勘違いして、森妖精(エルフ)達が抵抗を止めるのかという点だ。

 せっかく奴隷商から逃げ出したのだから僅かでも連れ戻される可能性があるのならば、と武力行使に出る方が自然に思えるのだが。それに同じ森妖精(エルフ)ならば兎も角マーレは闇妖精(ダークエルフ)、近親種とは言え、人間の感覚で言えば別の国の人間のようなものではないか。王国の人間が帝国の皇帝に服従することなど無い気がするのだが。

 森妖精(エルフ)達にとってはたとえ近親種でも王族は絶対なのか。

 

 そんなことを考えながらも、アインズは悠然と道を進み、視界に館を捉えられる位置に着いた。

 粗末なバリケードが館の入り口を塞いでいる。

 いや、いた。と言うべきか。

 木板や家具を積み重ねただけのバリケードは破壊され、もはやその役目を果たしていない。

 

「やはり誰かいるのか」

 そんなことを口にしながら入り口付近まで近づくと、バリケードの向こう側に行く手を阻むように大の字になって仰向けで倒れている血塗れの女森妖精(エルフ)の姿があった。

 ちらりと目を向けると、その森妖精(エルフ)は肩口から斜めにバッサリと深い切り傷があり、そこからドクドクと止めどなく血が流れ、剥き出しの臓器や骨も見える。このままでは死ぬのは火を見るより明らかだ。

 誰かが先に来ているのは間違いなさそうだ。

 

「マーレ。治してやれ」

 もう館を目視出来る位置に来たことと、これから森妖精(エルフ)達にマーレの姿を見せて説得する際に頭から兎の耳を生やしているのはどうかということで、<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を解除しアインズに寄り添っていたマーレに声をかける。

 マーレは森祭司(ドルイド)として本職の回復職には届かないものの治癒魔法は覚えている。

 あの程度の傷なら癒せるだろう。

 

「はい! あ、でもあの、今の僕が使える位階魔法では、あの」

 その言葉で思い出す。

 確かにマーレは治癒魔法も使えるが、ここに連れてくるに辺り余計な注目を集めさせないためにマーレにも使用出来る魔法の制限をかけており、その中で使える魔法では回復し切れない程の怪我ということだろう。

 とはいえ人目もなく、この森妖精(エルフ)もこちらに引き込む者だと考えれば問題ない。

 治癒用の巻物(スクロール)も持ってきてはいるが、流石にそろそろ自重しなくては、と思っていたところだ。最近ドラゴンを多数捕らえたため調子に乗ってちょっとしたことで巻物(スクロール)を使用してしまっている。

 

「そうか。そうだったな。だが今回は仕方ない。貴重な情報源に死なれても困る。マーレ、今回のみ指示を撤回する。回復を……ああ、ついでだ例の奴隷の証とかいう切り取られた耳、それが回復するかも確かめてみよ。低位の治癒魔法では無理らしいから高位魔法を使ってもいい」

 耳を中程から切り取られているのが奴隷の証らしい。しかもそれは通常の回復手段では治らないので万が一奴隷以外の森妖精(エルフ)が交ざって居た場合の見極める手段として教わっていたが、仮にその森妖精(エルフ)達をマーレの下に付けて帝国支店で使うならそのままという訳にはいかない。

 奴隷を店員に使っていると知られたら外聞が悪いため回復させる手段を確保しておく必要がある、尚かつ奴隷の証を治してやったとなればそれだけでも感謝され、こちら側に引き込みやすくなるかも知れない。

 どのような方法で回復を阻害しているかは不明だが、単純にこの世界の人間には使えないレベルの高位魔法で回復出来るならそれが一番手っ取り早い。

 マーレも一応それなりに高位の治癒魔法は使えるので確かめるにはうってつけだ。

 無理なら本職であるペストーニャに任せるしか無くなるが、さてどうなるか。

 

「か、畏まりました。行ってきます」

 とてとてと可愛らしく、森妖精(エルフ)に近づいていくマーレの背を見送りながらアインズは心の中で別のことを考えながら息を吐く。

 

(さて。一体何者が来ているのか。これ以上面倒を起こして欲しくないからなぁ。人目もないし、今回は排除を優先させるか)

 デミウルゴスと綿密な情報交換をしたせいで、時間が掛かり──そのこと自体はアインズがこの後の作戦を楽にする為なので仕方ないと割り切っているが──制圧にかけられる時間が減っていた。

 森妖精(エルフ)達に関してはマーレを見て即投降しなければ、面倒だから気絶させてそのままナザリックに送って、ゆっくりと治療やらをしてやってこちらの味方にするつもりである。

 そんなことを考えている間に、マーレの治癒魔法によって森妖精(エルフ)は何事もなかったかのように回復した。切り取られていた耳も生えるように回復し長く尖った森妖精(エルフ)らしい耳へと戻っている。実験は成功らしい。

 

「あ、あの大丈夫。ですか?」

 ひとまずアインズは口を出さず、マーレに任せてみることにした。

 耳を回復してやることと、マーレの瞳を見せること。

 この二つが奴隷の森妖精(エルフ)を味方にするための基本的な作戦だ。それらを同時にこなしたので、この反応によってこれからの行動を決定することになる。

 アインズは少し後ろに下がって視界に入らないように二人の様子を観察することにした。

 やがて奴隷の森妖精(エルフ)の瞳が目の前のマーレを捉える。

 まだ意識が混濁しているのか、反応が鈍い。

 やがてその瞳に知性の輝きが戻り、その瞬間彼女は長く伸びた耳をピクンと動かし、マーレの顔を穴が開くほど凝視した後、そのまま跳ねるように飛び上がり正座のまま頭を垂れるいわゆる土下座の姿勢を取った。

 

(おお。やはりマーレの瞳には森妖精(エルフ)を従える力があるのか)

 

「王に連なる高貴な血を持つお方とお見受けいたします。こ、このような姿でお目汚しを致しまして、申し開きのしようもございません」

 声が震えているのは、恐れ多いと感じているせいなのだろうか。

 

「え、あ。えっと……」

 マーレがこちらを縋るように見つめる。

 とりあえず森妖精(エルフ)がマーレに平伏するというのは分かった。

 これ以上マーレ一人に任せるのは酷だろう。

 

「そこの森妖精(エルフ)。顔を上げよ」

 いつも通り威厳を込めた支配者としての声を出す。

 

「え? あの」

 伏せたまま、疑問の声を出す。

 王族と思っているマーレではなく、別人から命令されて顔を上げて良いものか、分からないのだろう。

 マーレに顎で指示を出す。

 

「アインズ様がそう仰っているのですから、顔を上げて下さい」

 オドオドしているいつものマーレではなく、ハッキリと口にした。

 マーレも他の者達と同じく、ナザリック外の者には多少強気で接するのが基本らしい。その方が王族らしく見えるので敢えてこちらからあれこれ言う必要はない。

 恐る恐るといった様子で森妖精(エルフ)が顔を持ち上げる。

 この世界の者がアインズのいた現実世界と比べても全体的に顔立ちが整っているのは既に知っているが、森妖精(エルフ)は更にその傾向が強く、この森妖精(エルフ)も整った顔立ちをしている。

 しかしその瞳は長い間虐げられた、強者に媚びる弱者の瞳だった。

 

「貴方……様も、闇妖精(ダークエルフ)の──」

 仮面とフードのアインズでは判断が付かないのだろう、おずおずと尋ねてくる森妖精(エルフ)にアインズはバッサリと言い切る。

 

「私は違う。この、マーレの後見人であり、保護者のようなものだ」

 マーレの肩に手を載せて言うと森妖精(エルフ)の耳が再び動き、それと同時に彼女は何かに驚いたように何度も耳を動かし、次いで手を震わせながらそのまま自分の手を両耳に触れさせた。

 耳が回復したことに今頃気づいたのだろう。

 

「あ、ああ。耳、私の、耳が」

 

「あ、えっと。治したら不味かった、でしょうか?」

 チラリとマーレの目がこちらを窺う。

 

「いや、そんなことはないと思うが」

 問題はないと思うのだが、森妖精(エルフ)の世界では一度失った部分は回復してはならない。というような決まりでもあったのだろうか。

 だとすればこれからの計画がいくらか変更になってしまう。

 

「いえ、いえ。違います。ありがとうございます! ありがとうございます!」

 心配は杞憂に終わり、その後も涙を流しながら礼を繰り返す森妖精(エルフ)にほっとしつつ、さっさと話を聞くことにした。

 

「ところで、お前はこの館に立て籠っていた森妖精(エルフ)で間違いないか?」

 アインズの言葉で森妖精(エルフ)はハッと何かに気づいたように顔をひきつらせる。

 アインズが蜂起した森妖精(エルフ)を捕らえにきた商会、或いは帝国の者だと疑っているのだろう。

 

「勘違いしてもらっては困る。私は商人だが奴隷は扱っていない。単純に皇帝陛下から蜂起を止めるように依頼を受けただけだ。そちらが抵抗しなければ手荒なことはしない。マーレの近親種である森妖精(エルフ)だ、悪いようにはしない」

 普通であればこんな言葉を信じることはないだろうが、向こうが王族だと考えているマーレが側にいるというだけで信憑性は上がるだろう。

 

「い、いえ。私は……違います。私は同族を、森妖精(エルフ)達を捕らえるために連れてこられた者です」

 

「んん? どういうことだ?」

 奴隷の森妖精(エルフ)が奴隷の森妖精(エルフ)を捕らえに来た。つまりはこの森妖精(エルフ)は謎の襲撃者側の人物ということらしい。

 

「く、詳しくお願いします」

 マーレに問われ、森妖精(エルフ)はポツリポツリと語り始める。

 話を纏めるとこうだ。

 彼女は帝国有数のワーカーであるエルヤーという剣士に買われた奴隷であり、悪魔が現れてから外に出られずイライラしていたそのエルヤーという男がどこからか、森妖精(エルフ)達の蜂起を聞きつけ、それを鎮圧という名の虐殺をしにここに来た。

 三人いたというエルヤーが買った森妖精(エルフ)達の中で、同族である森妖精(エルフ)を傷つけることに反対した彼女をエルヤーは切り捨て、そのまま中に入っていったのだという。

 私に飽きたのでしょう。と自嘲気味に笑う森妖精(エルフ)の言葉はどうでもいいが、そうなると時間がない。

 こんなところでのんきに話をしている暇はなかったな、とアインズは改めて館に目を向ける。

 ここまで来ても戦闘音らしきものは聞こえない、たとえ全滅させられていても、最悪そのエルヤーなる者を殺せば、この森妖精(エルフ)はこちらが貰い受けてもいいはずだ。

 だが、この後帝国に支店を出すのならもう少し人手は欲しい。

 森妖精(エルフ)の奴隷は高級で何より稀少である。故に今回蜂起した奴隷の数もそう多くはない。

 一つの商会から逃げ出したと考えれば十人はいないだろう。

 となるとなるべく多くの森妖精(エルフ)が生き残って欲しいところだ。

 全ての話を聞き終え、アインズは納得したように頷く。

 

「うむ。話は分かった。ではマーレ、行くとしようか」

 

「は、はい。アインズ様」

 頷きながらも、目線をチラリと森妖精(エルフ)に向ける。

 これをどうするべきか、と聞きたいのだろう。

 

「……お前はどうする? 出来ればついてきて案内を頼みたいが、無理ならばここにいると良い」

 こちらの情報を伝えて、ナザリックに引き込むのは全てが終わってからでいいだろう。

 そのエルヤーなる者を判別するために着いてきて貰った方が良いが、飼い主を前にしてトラウマを刺激され取り乱されても面倒だ。

 

「いえ。私も連れていって下さい。盾に使っていただいて構いません。ただ……出来れば私以外の二人、彼女たちの命だけはお助け下さい」

 ふむ。と少し考える。

 

「配慮はしよう。では着いてくるが良い。後はそのままでは少しマズいか。これを着ろ」

 フォーサイトがいなくなり、自由に使えるようになった空間に仕舞い込んだ自分の荷物の中から、一つ魔法の鎧を取り出して身につけさせる。

 これもドワーフとの交渉で手に入れた物でナザリックの物と比較すると大した品ではないが、ただでさえボロボロの服なのに、肩口から斬りつけられたせいでもはや服として機能していない、魔法の鎧ならばサイズも関係ないので丁度いい。

 アンデッドであるアインズは人間鈴木悟の頃とは違いその姿を見て劣情を感じることなどもはや無いが、まだ子供であるマーレの情操教育上良くない。

 着替えを済ませると森妖精(エルフ)は一番前に立つ。

 本人曰く、彼女は野伏(レンジャー)の技術を持つ者らしく罠が巡らされている可能性を危惧し、自分が前に立つと提案してきたため、そうさせた。

 しかし、彼女がその技術を使用する必要はほとんど無かった。

 何しろ館内には至る所にバリケードが作られていたがそれらは既に粗方破壊し尽くされており、それを追えば侵入者であるエルヤーを見つけるのは容易だったからだ。

 

 

「この先か」

 ここまでくれば、特別聴覚が優れているわけではないアインズにも声は捉えることが出来る。

 眼前の扉の先、そこから複数の声が重なって聞こえる、一番大きいのは子供のようなヒステリックさを内包した甲高い男の声だ。

 その声に野伏(レンジャー)森妖精(エルフ)が体をビクつかせているところを見ると、これが例のエルヤーなる剣士の声と見て間違いないだろう。

 震えているエルフの肩に手を乗せる。

 

「下がってマーレの護衛をしておけ」

 人質にでも取られたら面倒だ。

 折角魔法まで使用して助け恩義を抱かせたのだ、無駄にしたくはない。

 

「は、はい。畏まりました」

 マーレの主人ということで、アインズにも一定の敬意を払っているのか、それとも染み着いた奴隷根性によるものか、アインズにも媚びるような視線を送って言った後、森妖精(エルフ)は後ろに下がり、そのままマーレの前に立つ。

 守られているはずのマーレは邪魔だなぁとでも言いたげな不満そうな態度を見せていたが、アインズが一つ頷いて我慢させると扉に手をかけた。

 相手に気づかれないように、ゆっくりと。などというのは格下の行うことだ。

 エルヤーなるワーカーの情報を既に聞いているアインズは、堂々とごく当たり前のように扉を開けて、中へと入った。

 そこは通常の部屋ではなく、廊下と大広間を繋げる小部屋のような場所であり、奥には大きな扉が見えそこに向かって二人の森妖精(エルフ)が魔法をぶつけており、その後ろに男が一人立っていた。

 必然的に後ろから来たアインズと対峙するのはその男だ。

 

「……何者です?」

 アインズに即座に反応し刀を構えてこちらを振り返る。

 切れ長の瞳に、先ほどまでのヒステリックさが消えた鈴の音を思わせる涼しい声。それに似合う外見をした青年だ。

 警戒しつつもアインズの正体を掴みかねているのだろう。

 

「私は、アインズ・ウール・ゴウン。皇帝陛下の命により森妖精(エルフ)達の蜂起を止めに来た者だ」

 皇帝の命と言うところで、エルヤーはピクリと眉を持ち上げた。

 

「……それはそれは。依頼を受けたワーカーか冒険者ですか、失礼を致しました。私は帝国のワーカー、天武のエルヤー・ウズルスと言います。軍の動きが遅れているようでしたので、独断でこの薄汚い奴隷共の反乱を止めに来た者です」

 アインズの格好から軍の者だとは思わなかったのだろう。勘違いしているエルヤーはそう言いながらアインズに小さく頭を下げる。

 

「独断? 依頼を受けたのでは無いのか」

 刀をアインズから離し、しかし鞘には納めずにエルヤーは続ける。

 

「現在帝都は悪魔達の襲撃を受けて混乱の最中にあります。奴らは奴隷でありながらその混乱に乗じて逃げ出した薄汚い者共です。そういうのが私は我慢出来ない質でしてね、仕事は抜きにして対処して差し上げようと、こうして馳せ参じた次第です。何しろ今軍は忙しくてこんなゴミ共に構っている余裕はないと思ったものですから」

 

「なるほどなるほど。しかし、私は間違いなく陛下から命じられてここにいる。つまりこれは私の仕事だ。言っていることは分かるな?」

 正式に仕事の依頼で行動しているアインズと、独断と言えば聞こえは良いが許可を取ったわけでもなく、いわば火事場泥棒のようなことをしているエルヤーでは立場が違いすぎる。

 ここはアインズに任せて帰れ。と言外に告げた訳だ。

 勿論このまま大人しく帰るとは思っていないが、とりあえず言うだけ言ってみることにしたのだ。

 森妖精(エルフ)は人間より聴覚が鋭い。ここからでもこちらの声は聞こえているはずだ。ならばこちらの立場を明確にしておけば扉の奥にいると思わしき森妖精(エルフ)達の警戒も少しは薄れるだろう。

 

「……協力して事に当たるのではどうですか? 奴らはゴミとはいえ魔法が使える者も居るでしょう、一人では大変ですよ。別に報酬を山分けしろとは言いません。私のチームが一人欠けてしまったのでね。中の奴隷を一匹頂戴出来れば結構です。如何ですか?」

 扉の外にいる野伏(レンジャー)森妖精(エルフ)のことを言っているのだろう。そのまま死んだと思ってるらしい。

 しかしなるほど聞いていた通りの森妖精(エルフ)嫌い、いや人間至上主義と言うべきだろうか。

 アインズとてナザリック外の者に関しては虫けら程度、多少情が湧いても小動物程度にしか感じないのだからエルヤーの言葉にあれこれ言うつもりはない。

 単純に邪魔だな。と思うだけだ。

 

「ふむ。悪くはないが、その前に……マーレ、入ってきなさい」

 

「おや、仲間が居たのですか……ッ!」

 怖ず怖ずと中に入ってくるマーレと、震えつつもそれを守ろうとする森妖精(エルフ)。その姿にアインズは今まで虫程度にしか見ていなかったその森妖精(エルフ)に、少しだけ関心を示した。自分の飼い主であり、おそらくは日頃から虐待を繰り返され、最後には切り捨てられた、そんな恐怖の対象であるはずのエルヤーを前にしても、マーレを守ろうとしている姿を見せたからだ。

 

「お前、生きていたのですか。それにその格好、耳も! ──なるほど、これだからエルフは。誰彼構わず媚びを売り取り入る獣、いえ畜生にも劣る。今度はその闇妖精(ダークエルフ)がお前の主人ということですか」

 

「ッ! わ、私はもう奴隷ではありません、この方を守る、そのためならこの命も惜しくは無い」

 エルヤーの言葉にも、必死に自分を奮い立たせるように悲鳴じみた声を張り上げる森妖精(エルフ)に、エルヤーの表情が歪む。怒りと屈辱にまみれたその表情のまま、エルヤーは刀を持ち上げた。

 

森妖精(エルフ)風情が。私に、人間様になんて口を! もう良い、全員殺してあげましょう。初めからそうすれば良かった、全部殺して全て私の物にする──ただしお前は楽に死なせてもらえるとは思わないことです。お前もだ。薄汚い闇妖精(ダークエルフ)の分際で、私の持ち物を奪い取る盗人が! そうだ。お前を次の奴隷にしてやりましょう。胸の大きい奴が良いと思っていましたが、偶にはそういうのも悪くない」

 マーレを見るエルヤーの瞳に憎悪とは別の光が宿る、劣情だ。

 マーレが男だということには気づいていないらしい。

 どちらにしてもそのような感情をマーレに向けられるだけで、非常に不愉快である。

 

「あの、アインズ様。コレは?」

 そんなエルヤーを前に、マーレは取り乱すことはせず淡々とアインズに問いかける。

 

「……もう話す必要もないな。不愉快だ、排除しろ」

 アインズがやってもいいのだが、マーレの実力を見せておけば森妖精(エルフ)達の尊敬を集めることも出来るだろう。

 

「は、はい! 了解しました」

 杖を握りしめたまま、一歩前に出るマーレと代わりに一歩下がりつつ、マーレを守ろうとする森妖精(エルフ)を止める。

 

「マーレに任せておけば良い」

 

「しかし、あの男は……」

 

「必要ないと、言っている」

 相手は刀を使う純粋な剣士、マーレが負ける要素は皆無だ。

 

「本気ですか? この小娘が私の相手をすると? どうも魔法詠唱者(マジック・キャスター)では私の強さを見抜くことなど出来ないようですね、いいでしょう。己の目が節穴だったことを教えて差し上げましょう」

 刀を構えるエルヤーに、マーレは普段と変わった様子もなく杖を握ったまま、とことことエルヤーに近づいていく。

 

「素人が。構えもなしに近づいてくるとは──〈縮地改〉」

 エルヤーがその場から横にスライドするように移動する。

 武技の一種だろう。

 足を動かさずに滑るように動く様は実に奇怪だが、高速で動き相手を攪乱する意味では十分役に立つ。

 ただしそれは広い空間ではの話で、この部屋は大した広さが無く単純に左右どちらから来るか分からない程度の使い道しかない。だが、ここにいるのは魔法詠唱者(マジック・キャスター)のアインズに、森祭司(ドルイド)のマーレ、そして野伏(レンジャー)森妖精(エルフ)。どれも接近戦が得意なクラスでは無い。

 だからエルヤーも余裕を持っているのだろう。

 だが、残念ながらそれはこの世界での話だ。

 

「あ、えっと……んー、えい!」

 可愛らしいかけ声と共に高速で動くエルヤーを難なく捉えたマーレが杖を振り被り、そのまま叩きつける。

 通常純粋な前衛の剣士相手にこんな大振りの攻撃が当たるはずがない、避けられてその隙を突かれることになるのが関の山だ。

 しかし純粋な魔法職ではなく物理攻撃も戦士職の域には及ばないがそれなりにこなせるマーレは攻撃力も速度もアインズの倍近い。

 それはつまりどういうことか。

 魔法職のアインズですらレベル100にもなれば、この世界のトップクラス、英雄の領域近くの戦士になるというのに、それ以上の威力、速度を持った一撃をこの世界の人間如きが避けることなど出来るはずが無い。と言うことだ。

 

「なっ! クッ!」

 想像以上の速度に避けることが出来ず、エルヤーはその一撃を辛うじて刀で受け止めようとする。

 だがその程度の武器はマーレの攻撃を阻む障害にはなり得ない。

 刀は小枝のようにへし折れ、そのままエルヤーの腕と、その腕ごと頭を叩き潰す。

 

「い、ぎゃあああぁぁあああ!」

 手加減したのか、腕が衝撃を吸収したのか、一撃で殺すことは出来なかったらしく、エルヤーはその端正な顔の半分を失い、その姿のまま床に這い蹲って滑るように移動し距離を取る。

 また武技を使用したらしいが、先ほど以上に滑稽な姿だ。

 

「お、お前ら! 治癒! 治癒だ。魔法をかけろ、早く!」

 そうしてマーレから離れたエルヤーは後ろに控えていた奴隷の森妖精(エルフ)の二人に叫び命令する。

 だが、二人は動かない。

 神官らしき杖を持った森妖精(エルフ)はその杖を自分の胸元に持っていくと、エルヤーの言葉を拒絶するように強く握りしめ、エルヤーを睨みつけた。

 

「おまえら! はやく、はや──」

 

「駄目ですよ。アインズ様を御不快にさせたんですから、早く死んで下さい」

 そんなエルヤーの直ぐ側に、いつの間にかマーレが立ち、再び杖を振り上げている。

 

「待っ──」

 最後まで言葉を口にすることなく、エルヤーは今度こそ頭を叩き潰されて絶命した。

 

「アインズ様! 終わりました」

 血を付けたままの杖を抱き、しかし体には一切血の汚れを付けることなく、満面の笑みを浮かべて、アインズに誉めて欲しいとばかりに側へと近づいてくる。

 

「うむ。良くやったマーレ。後は……」

 事切れ、物と化したエルヤーの死体に目を向けると先ほどエルヤーの治癒を拒否した二人の奴隷の森妖精(エルフ)が笑いながらエルヤーの死体を蹴っているのが見えた。

 気持ちは何となく分かるが、さて、どうしたものか。

 

「二人とも! そんなの後にしなさい」

 野伏(レンジャー)森妖精(エルフ)が鋭い声を出して告げる。

 その声に二人の森妖精(エルフ)は足を止め、焦点の合っていない虚ろな瞳で野伏(レンジャー)森妖精(エルフ)を捉えると、不思議そうに首を傾げた。

 止めなさいではなく、後にしなさい。という辺りから、本人も少なからず同様の思いがあるのだと推測出来る。

 二人が蹴るのを止めたのを確認後、森妖精(エルフ)はその場で跪きマーレに向かって頭を下げつつ手を向ける。

 

「こちらはマーレ様、私たちをお救いくださった、祖たる森妖精(エルフ)の特徴を持つ御方。その御方の前ではしたない真似は止めなさい。中にいる者達も直ぐに出てきなさい! 聞こえているのでしょう」

 野伏(レンジャー)森妖精(エルフ)がそう呼びかけた後、殆ど間を置かずに閉ざされていた扉が開き、中から合計で七人の森妖精(エルフ)が現れた。

 その後、マーレの姿を見るなり彼女たちは──やはり森妖精(エルフ)も男より女の方が奴隷として高価なのか、女しか居なかった。力仕事等を任せるなら男の奴隷の方がいいのだが、こればかりは仕方ない──皆、マーレに向かって片膝を突いて平伏した。

 

「あ、あの。アインズ様。僕はどうしたら……」

 マーレはとても困惑した様子で、アインズに問いかける。

 

(その気持ちは非常によく分かるぞマーレ。というか俺がいつもお前達から向けられているのがこれだからな)

「ふむ。デミウルゴスとも話したとおりだ。こいつ等はマーレ、お前の下に付けよう。巧く使え。私が教えてもいいが、先ずはお前の思うようにやってみるが良い」

 マーレは直属の配下としてドラゴンを二体持ち、第六階層もアウラと二人で纏めているため、自分の部下を持ったことがない訳ではないのだが、基本的に異形種しかいないナザリックでは、当然森妖精(エルフ)の部下は存在しない。だからどのような態度で接すればいいのか分からないのだろう。

 しかしそんなアインズの言葉に慌てつつも、無理とか嫌だという台詞は出せないらしく、とぼとぼと平伏し続けている合計十人の森妖精(エルフ)達の前に立つ。

 

「ええっと。あの、皆さん、顔を上げて下さい」

 全員の顔が持ち上がり、マーレに視線が集中する。

 アインズならば多少たじろいでしまうところだが、マーレはその視線自体には特に反応を示すことなく淡々と告げる。

 

「えっと。僕はナザリック地下大墳墓、第六階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレ、です。皆さんを助け? うん、助けにきました。出来ればこのまま、僕と一緒に来て貰いたいんですけど、どうでしょう?」

 森妖精(エルフ)を助け出して恩を売って自分の配下にする。というデミウルゴスの言葉を自分なりにアレンジしたのだろう。

 やや言葉足らずだが、言いたいことはしっかりと言えている。

 とは言えナザリックの名前を出した以上、彼女たちには着いてくる以外の選択肢はないのだが、とりあえず助けに来たというところで森妖精(エルフ)達が安堵しているのが手に取るように分かる。

 重苦しかった空気は一変し、先頭にいた野伏(レンジャー)森妖精(エルフ)が全員に目を配り、皆が頷いたのを確認すると代表して答えを口にする。

 

「勿論です。我々一同、祖たる森妖精(エルフ)の特徴を持った王家に連なる御方、そして命の恩人でもあるマーレ様に絶対の忠誠を誓います」

 やはり森妖精(エルフ)にとって王家というワードはとても重要な物らしい。となると、このまま王家の者だと勘違いさせておいた方が良いのか、それとも後で面倒なことにならないようにここでキッチリと言っておくべきか。

 

(いや、どっちにしてもここから連れ出してからの方が良いな。とりあえずナザリックか。耳はペストーニャに治して貰えばいいだろう)

 以前王都の娼婦達が通った道と同じやり方を取ることにしよう。

 そうマーレに提案しようとしたアインズだが、その前にマーレが口を開いた。

 

「あ、では。まず初めに、これだけは絶対に守って貰わないといけないことがあるので。発表します」

 ほう。と感心してアインズは提案するのを止めた。

 マーレが何を命令するのか、興味があったからだ。

 

「何なりと、ご命じ下さい」

 

「えっと。では、こちらは僕達の絶対的主人にして至高の御方、アインズ・ウール・ゴウン様です。僕達ナザリック地下大墳墓に属する者達は全て、こちらの御方の為にこそ存在し、僅かでもお役に立つのが使命です。ですから、えっと。僕よりアインズ様を第一に考えて下さい。その、それが出来ない人は先に教えて下さい。ちゃんと教育をしますので。えと、以上です」

 

(えぇ? こっちに振ってきた。いや、ナザリックのメンバーは大抵そうだけど。マーレもそう来たか。みんなの視線がこっちに、絶対に変な勘違いしているぞコイツ等。そもそも教育ってあれだろ。八本指にやった奴。うーむ。マーレ発案とは聞いていたが……いや、そんなことより、俺が何か言わないと不味いよな)

 アインズがマーレのことをそれこそ奴隷のように扱っていると勘違いされていても不思議はない言い方だ。

 更に僕という一人称で男なのに女の格好をさせていると知られたら、妙な趣味でもあると勘違いされかねない。

 そんな風評は避けなくては。

 必死に頭を回転させながら、こちらを訝しげに見ている森妖精(エルフ)達の誤解を解くべく、アインズは気合いを入れて一歩前に出た。




この後直ぐに帝城奪還作戦開始の予定だったんですが
その前にフォーサイト側の話を一つ入れて、作戦開始はその後からということになります

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