「お待ちしておりました、アインズ様」
<
「ナーベラル戻ったか、何か問題は?」
「ございません。あの
ナーベラルの台詞にアインズは言葉に出さず、ほう。と感心を示した。
ログハウスに置いてこいとしか命令は出していなかったはずだが、ナーベラルなりに自分で考え行動するという言葉の意味を理解しているようだ。
子供の成長を見守る親のような気持ちになり、アインズは目を細めて──瞼はないので眼窩の光が細まるだけだが──ナーベラルに頷きかける。
「よろしい。ではセバス、例の連中は?」
「はっ。外に置いてあります。私の<
「うむ。ならば詳しい情報取得はニューロニストに任せるとして、最低限娼館の情報だけ聞いておくか」
娼館にはこれから直ぐに出向く必要がある。
「僭越ながら。大まかな情報につきましては私の方で既に聞いております。あれはアインズ様のお目汚しになるかと」
「ほう。意外だねセバス、お優しい君がそこまで言うとは。その人間に少々興味が引かれたよ」
「デミウルゴス」
当然セバスの目にも一緒に現れたデミウルゴスのことは映っていただろうが、主であるアインズを前に他のことに気を取られないようにしていたのだろう。デミウルゴスが自ら話したことでようやく彼に視線を向ける気になったようだ。
その視線が何故ここに。とでも言いたげに見える。
「今回の作戦において、アインズ様より副官を命じられたのでね。君とも共同で作戦に当たることになる。よろしく頼むよ」
「それはそれは。よろしくお願い致します」
特になんということのない会話だが、不思議な懐かしさをアインズは覚える。
(そういえばたっちさんとウルベルトさんも分かりやすく言い合いしてる時もあれば、こんな風に表面上は普通な顔してチクチク言い合いもしてたなぁ)
暫く見守っていたい衝動に駆られるが今は時間が無い。
「では、セバス。報告を」
「はっ。先ず巡回使の方は問題ありません。裏で八本指と繋がっていることも既に周知の事実のようで突然姿を消しても、八本指がらみで何かあったと思われるだけとのことです」
「それは誰が言っていたことだ?」
自分でそんなことを言うとは思えないが。
「もう一人の男です。こちらは娼館の代表と言っていましたが、どうも話を聞いたところによると名前はサキュロント、八本指の警備部門のトップでアダマンタイト級冒険者に匹敵する戦闘力を持つとされる六腕と呼ばれる上位六人の一人で幻魔の二つ名で王国の裏社会にその名を轟かせている程の実力者のようです」
「ほう! となると八本指の幹部に近い存在ということか、それは良い。手間が省けそうだ。警備部門のトップならば八本指全体の戦力としても上位に位置するはずだが、どの程度のレベルだった?」
思っていたより上位の者が釣れた。これなら早々に八本指本体が動くに違いない。
そして相手戦力を測る上でも役に立つ。良いことずくめだ。
セバスは一瞬考えるような間を空けた後口を開く。
「全く問題にはなりません。六人全員でも私一人で十分かと」
「セバス。お前の力は信用しているが未だこの世界の全ての情報が集まったわけではない、未だ知らぬタレントや武技もあるだろう。それらを加味した上で問題がないと?」
「はっ。その六腕に関する情報も得ておりますが脅威となるものは存在しませんでした。ですが、慢心はしないよう心がけます」
「それで良い。しかし王国の裏社会を統べる相手でもその程度か」
「アインズ様。もう一つ重要な情報がございます」
「ん? 何だ」
「私がツアレを連れ出した例の娼館に、八本指奴隷部門のトップ、アンペティフ・コッコドールなる者が滞在しているとのことです」
「ほほぅ。なるほど、実に素晴らしい。しかし出来過ぎている気もするな、罠の可能性は?」
「ここに奴らが訪れたのは私が先日購入した
「ならばほぼ確実か」
セバスの<
もし仮に対抗するアイテムやタレントなどがあったとしても、話さないことや、あるいは情報保持のために死亡するようなことはあっても、嘘を話す可能性は無いだろう。
「全てがアインズ様の掌の上。計画通りということですね。感服いたします」
デミウルゴスの称賛にアインズは小さく鼻を鳴らして首を振る。
「いや、私の予想よりも遙かにお粗末な相手だ。これでは私が知謀を巡らす余地が存在しないな」
「それは──恐れながら少しばかり残念でございます。アインズ様の手腕をこの目に焼き付け少しでもアインズ様に近づくことができればと考えておりましたので」
(良し。上手く乗り切れそうだ)
「ふふ。それはまたの機会にしておこう。時間が無い、その六腕が失敗したと分かればコッコドール、だったか? そいつが逃げ出しかねん。貴重な情報源だ、速やかに捕らえる必要がある。セバス」
「はっ」
「その娼館の立地や広さなどを知っているのはお前だけだ。デミウルゴスと協力し二人で娼館を制圧せよ。もし人手がいるのならば人選は任せる。自由に使え」
「畏まりました。建物内部の情報も既に聞き及んでおります。入り口は二つですので二人で十分かと。隠し通路もあるそうですが六腕の男を連れていけば問題なく場所が判明します」
この短い時間でそこまで考えて行動していた事実にアインズは少し驚き、そして満足する。
「見事だセバス。ではそのように実行せよ。私はここで吉報を待つとしよう。デミウルゴスお前には言うまでもないことだが、これより私たちはこの地で商会を開くことになる。余計な騒ぎを起こしたり、お前の正体がバレるような真似は避けよ」
セバスと異なり、デミウルゴスは誰が見ても悪魔としか言えない外見をしている。大っぴらに街中を歩けば大騒ぎになるだろう。
「畏まりました。慎重に行動します。それでアインズ様、娼館内にいる者たちの処遇ですが、いかが致しますか?」
デミウルゴスの顔に愉悦めいたものが浮かぶ。
現在ナザリック内では様々な実験を行っている。
ナザリックの人員のみで行える実験であればいいが、この世界の人間や生き物を用いなくてはならない実験も存在している。
デミウルゴスとしてはできれば人間を捕らえ、そちらに使用したいという考えなのだろう。
アインズとしてもそれには賛成であり、いつかは実験しなくてはいけないと考えていたが、今回は止めておくのが無難だろう。
「基本的には全て殺せ。死体はナザリックで有効活用する」
「畏まりました。娼婦たちもそのように対処してよろしいですか?」
ピクンとセバスの肩が揺れ、視線をデミウルゴスに向ける。
「アインズ様。娼婦たちはナザリックに敵対していない哀れな者たちです。できればお慈悲をいただけないでしょうか」
「しかしセバス。たとえ助けたとしてどうするのかね? 外に放り出すか、それとも件の人間のように君が面倒を見るのかい?」
「それは」
言葉に詰まるセバスにアインズは手を振って二人を諫める。
「よい。その者達の使い道については既に考えてある。セバス、確認しておくがその女どもは要するに親や肉親に捨てられ、行く場が無い者たちということでよいのだな。つまり消えてしまっても何の問題もしがらみもないと」
「その、ようです」
消えてしまっても。と言うところにセバスは反応したらしい。
「デミウルゴス。我々が商会を開くにあたってナザリックで用意するのが最も難しいモノは何だと考える?」
問われたデミウルゴスはほんの僅かな時間で正解に辿り着いたらしく、なるほど。と呟いた。
「人員ですか。ナザリックの者が直接人間と取引を行うことや売り子をするのは問題があると」
「そうだ。我々の正体が露見する可能性もそうだが、なにより商売というものはどうしても相手の下手に出なくてはならないことが多い。栄えあるナザリックの者たちにそのようなことをさせるわけにはいかないだろう」
更に言うならできないだろう。
ジッとアインズたちの話を聞いているナーベラルをチラと見つつアインズは思う。
基本的に人間を下等生物として見ているナザリックの者たちが商談相手の下手に出る姿など想像も付かない。
「確かに。そこにその娼婦たちを使用すると。背後関係のない人間であれば申し分ありません。場合によっては我々の正体を知らせて商談に当たらせる必要もあるわけですからね。何も知らない人間を雇うわけにもいかないでしょうし」
「そういうことだ。この世界で働くのならば、この世界の人間を使えば良い。これはナーベラルの意見から思いついたアイデアだがな」
急に話を振られたナーベラルが、ピクンと今度は兎の耳ではなく彼女自身の耳を反応させた。
「いえ! 私の意見など。私は
「そんなことはない。お前の発想を得て私が別のアイデアを思いつく。話し合うことの重要性はそこにある。今後も頼りにしているぞナーベラル」
「私ごときにもったいなきお言葉! 感謝いたしますアインズ様!」
「うむ」
ナーベラルの忠誠にアインズは手を振って応え、その後セバスを見る。
「ではセバス、デミウルゴス。行動を開始せよ」
「はっ。ではアインズ様、失礼いたします」
「失礼いたしますアインズ様。必ずや吉報をお届けいたします」
「うむ。お前たちならば問題あるまい。女たちはとりあえず全員眠らせるか操ってアウラの造ったナザリック外のログハウスまで運べ。ペストーニャを呼んでおくのでそこで傷を癒させろ。では行け」
アインズの台詞に二人は同時に深くお辞儀をすると音もなく部屋を後にした。
外にいた人間たちをニューロニストに預け、ログハウスにペストーニャを待機させるように指示を出した後、アインズは人心地ついて再び応接室の簡易的な玉座に座り直す。
地面に膝を突いたまま、未だ頬を上気させなにやら夢想しているナーベラルと、そんなナーベラルを冷ややかに見ているソリュシャンに目を向け、アインズはんんっ。とわざとらしく咳をした。
その音でナーベラルはハッと身を震わせた後、いつもの抜き身の刀のような鋭い表情に戻し主の命を待つ。
「では二人とも後はセバス達が戻るのを待つだけだが、その間に今後について話をしておこう」
「はっ!」
二人の声が重なる。
「先ほど守護者各員には伝えたのだが、これから我々ナザリックはこの王都内で商会を開き、人間相手に商売をすることになる」
「商売、ですか? アインズ様、それは先日エ・ランテルにいたあの
「うむ。当然我らがナザリックの者たちが直接前に出るのではない、先ほどの話にもあっただろう? セバスたちが持ち帰る女たちを使用する。しかし表向きはセバス、そしてソリュシャン。お前たちがここ王都で活動するために作ったアンダーカバーを使用することになる」
「それはわがままな大商人の令嬢とその執事という設定のことですか?」
「その通りだ。エ・ランテルでセバスが親交を持ったバルド・ロフーレには元々ソリュシャンは大商人である父親に命じられて、ここ王都に商会の支店を出すための視察に訪れているということにしてある。それをそのまま真実にする。そういうわけでソリュシャンとセバスにはもう暫く王都で仕事を続けてもらうことになるが、よいか?」
(と言っても、イヤだとは言わないんだろうけどなぁ。なんかNPCの忠誠心につけ込んで無理を言っているみたいで嫌な気分になるな。二人に関しては報賞もなくなってショックを受けているだろうし、この仕事が成功した暁には改めて報賞を贈ろう)
さて、どんな報賞が良いのだろうか。
以前アンケートを採った際のことを思い出していると、ソリュシャンの返答が遅れていることに気がついた。
不思議に思ってソリュシャンを見ると、彼女はいつも浮かべている微笑を崩し、困ったように僅かに眉を寄せていた。
「失礼ながらアインズ様。一つよろしいでしょうか」
「許す。何だ?」
「私やセバス様も商売についての知識は殆どございません。アインズ様のご命令とあれば全力を尽くさせていただきますが、アインズ様がご満足いただけるような結果を示せるか不安でございます」
僅かに視線を下に向け、ソリュシャンは悔しそうに唇を噛んだ。見たことのないソリュシャンの態度にアインズは思わず動揺するが、寸前のところで精神の安定化が起こり態度に出すことはなかった。
「んん! ソリュシャンよ。お前の心配はよく分かった」
元々ソリュシャンは戦闘メイドであり、セバスは執事だ。どちらも主の側に控え主のために働くものであり、創造主からそうあれ。として造られている。
それ以外のことは設定されていない。
今回の王都調査のようにアインズからこういう仕事をしろと言われればその通りに動くことはできるが、商売とはそうではなく、その場の判断で臨機応変に行動しなくてはならない。
そして現在はソリュシャンとセバスはアインズより罰を受けており、失敗を強く恐れているようだ。
(思えば先ほどセバスがあれほど段取りよく行動をしていたのも必死に今回のミスを挽回しようとしていたのかもしれない)
「申し訳ございません、アインズ様。無能な私をお許しください」
「構わぬ。お前達は戦闘メイドに執事、そうあれとして創造されたお前たちに合わない仕事をさせようとしているのは私の方だ。しかしながらこの仕事をこなせる者はお前たちをおいて他には……」
誰か商売に強い、つまりは商人スキルを持った者はいただろうか。と考えたアインズに一人思い当たる人物がいた。
(音改さんか。パンドラズ・アクターに姿を変えさせて指揮を執らせるか。あいつの知能ならば、音改さんの商人スキルも商売の知識も使いこなせるだろうし、あいつにソリュシャンの父親ということになっている大商人の役をやらせるというのはどうだ?)
黙り込んでしまったアインズを不思議そうに見つめるソリュシャン。
表情はやはりどこか不安そうだ。
(いやダメか。ここでパンドラズ・アクターを加えれば恐らくソリュシャンは自分が役立たずだから新たな人員が配置されたと思うだろう。パンドラズ・アクターが俺が創造したNPCだと知れば尚更そう思うに違いない。となると他に商売の知識があって仕事を与えていない奴は……)
「あの、アインズ様?」
「ん? ああ、すまんな少し考え込んでしまった。どうした?」
「はい。先ほどのお話ですが、ナザリック配下の者として誠に情けない話ではございますが、少しの間お時間を戴き商売について学ばせていただけないでしょうか?」
「学ぶ? ふむ。確かに予想よりも早く八本指が片づきそうではあるから、多少の時間はあるが」
「何卒。今度こそ、アインズ様の御期待に添う結果をお見せしたいのです」
力強い言葉に少々気圧されながら、アインズは再び考え込む。
時間はある。
だが、学ぶと言っても方法はナザリックの
あそこにリアルのものではないこの世界の文明レベルにあった経済書があるとは思えない。
それにアインズの社会人としての経験上、そうした本で得ただけの知識では本物の経験を積んだ者達には敵わず、騙されて食い物にされてしまうことの方が多い気がする。
失態を取り戻そうと意気込めば意気込むほど、その可能性は高くなるように思える。
出来ればこの二人にはこれ以上失態を犯して欲しくない。
それはナザリックのためでもあるが、そう何度も仲間たちの子供とも呼べるNPCたちに罰を与えたくはないからだ。
(やはり誰かつけるしかないか。と言っても俺以外に社会経験ある奴なんていないしなぁ……ん? 俺以外?)
「アインズ様?」
再び黙り込んだアインズに今度はナーベラルが問いかける。
「ああ。ソリュシャン、お前の願い聞き届けてやりたいところだが、そうもいかん。今思い出したが、エ・ランテルにいる商人とこれから造る我らの商会の主を会わせる約束もしている。時間が空けば向こうからこちらに乗り込んできかねない」
バルドのあの執着ぶりを思い出す。
モモンが約束を守らなければ王都に現れセバスを探そうとするかもしれない。
となるとあまり時間はない。
「申し訳ございませんでした。ではそのように、精一杯努めさせていただき──」
「待て。話は終わりではない、お前の心配もよく分かると言ったはずだ。しかし書物によって得た知識だけでは人間の商人どもとは渡り合えない。奴らは力が無い代わりに他の生き物にはない知恵と狡猾さを持つ。ならばこそ、ここは私自らこの地に残り商会が軌道に乗るまで指示を出そう」
これ以上時間をかけているとソリュシャンが暴走しかねない。ほとんど思いつきでアインズは口を開いた。
そのアインズの発言にソリュシャンが顔を持ち上げ、慌てた様子で首を振った。
「そのような! 我々は皆アインズ様の手足として働き、僅かでもアインズ様のお役に立つことこそが至上の喜び。その私たちのためにアインズ様の手を煩わせるようなことなどあってはなりません」
「構わぬ。それにお前たちは間違えている。お前たちは私のために存在しているのではない、逆だ。私が存在しているのはすべてはナザリックのため。そして我が友の忘れ形見とも呼ぶべきお前たち皆を守るためだ。そのためならば私は幾らでも手を貸そう」
これは前々から思っていたことでもある。
ナザリック内にいるものは全て、アインズのために命を投げ出すことを何とも思わず、アインズの手を借りることなど以ての外だと思いこんでいる。
その結果無理をしてNPC達が命を落とすようなことがあればそれこそアインズはかつての仲間たちに顔向けできない。
「ああ! アインズ様。私の為にそんな、そんな」
ソリュシャンの声が涙に塗れる。
「泣くなソリュシャン。お前を泣かせてはヘロヘロさんに申し訳が立たん」
かつての仲間、一番最後に会った友人を思い出した。
彼もこの場に来ていたら。きっとソリュシャンを泣かせた自分を怒っていただろう。とそんなことを考えてしまった。
ソリュシャンはアインズの言葉に未だ涙声のまま、はい。と小さく返事をし目元を拭う。
涙が指先に吸収され表情もいつもの彼女に近づいたが、その様子をアインズがじっと見ているとソリュシャンは──ショゴスの体でどうやっているのか不思議だが──恥ずかしそうに頬を赤らめ体を縮こませた。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ございません」
「構わん。それよりも話を戻そう。私がここに残るのはなにもお前たちのことを心配しているだけではない。私にとっても必要なことだからだ」
「と仰いますと」
恥ずかしさを誤魔化すようにアインズは、少し早口で言葉を続ける。
「我々は今後王国を隠れ蓑にして行動する方針となった。商会の設立はその一歩、王国の経済を握るためのものだ。そしてそれに成功した場合、私が王国の人間や風土に触れておかなければ折角の隠れ蓑がうまく機能しない可能性がある。冒険者はあくまで独立した組織であり、一般的な人間からは離れた存在だからな」
「なるほど。流石はアインズ様、その慧眼には頭が下がります。ところでアインズ様。その場合モモンさーんはどうなさいますか?」
いつもより少しだけ間が短い。
ナーベラルも少しずつではあるが成長しているらしい。
「無論そのまま続ける。モモンがいなくなりその直後に王都で有能な商会ができれば関係を疑う者が出てくる。先も言ったが冒険者は国から半ば独立した組織。そちらにも影響力は残しておきたい」
ようやく手に入れた最高位冒険者の地位だ。
使い道は幾らでもある。
だが確かにナーベラルの心配も分かる。<
となると。
(やはり奴を使わねばならないか。仕方ない、優秀なことは間違いないし、他に俺の影武者できる奴なんていないしなぁ)
「モモンと商会のトップを私ともう一人で臨機応変に演じる。お前たちにはそれぞれのフォローもしてもらうことになる」
「もう一人、ですか? アインズ様の代わりになれるような人材がいたのですか?」
(そこら中にいそうだけどな!)
「うむ。かつて私が自ら創造した存在で、パンドラズ・アクターという者がいる。お前たちは知っているか?」
アルベド、ユリ、シズの三人には見せたし、アルベドには存在を広めるように言ってあるので知っていてもおかしくはないが。
「以前セバス様より伺いました。宝物殿の最奥部を守護しているお方で、守護者の方々やセバス様に匹敵する力の持ち主だと」
レベル100のNPCとして創造したパンドラズ・アクターはアインズの精神に多大なダメージを負わせるというところを除けば確かに守護者たちに匹敵する能力を持っている。
ソリュシャンの言葉にアインズはうむ。と言いながら頷くとチラリとナーベラルに目を向けた。
「加えて言うなら、奴はナーベラルと同じドッペルゲンガーであり、私の姿を真似ることもできる。影武者にはうってつけの人物だ」
「なるほど。アインズ様御自らが創造したお方であれば是非もありません。下らぬ心配をしてしまい申し訳ございません」
「よい。セバスとデミウルゴスが戻り次第、商会の下準備を行う。お前たちはここで奴らが戻るのを待っていろ。私は……パンドラズ・アクターにことの次第を告げてくる」
<
それ以外にもいろいろと言い含めなければならないことがある。
最低限、敬礼は止めさせたが他にもできれば止めてほしいところはいくつかある。
そうあれとかつてのアインズが設定した人格や考え方を変えさせるのは心苦しいところではあるが、アインズの前だけならまだしも、今後ソリュシャンやナーベラルと一緒に働かさせるのならば色々と言っておかねばならない。
「戻る時には<
何も言わなければ彼女たちはずっとここで膝を突いてアインズの帰りを待ち続けるだろうと考えてそう告げる。
「ご配慮感謝いたしますアインズ様。お帰りをお待ちしております」
深く頭を下げる二人に、アインズはうむ。と大きく頷くと<
・
残された二人は暫くの間、主無き空間に頭を下げ続けていたが、殆ど同じタイミングで顔を上げ、互いに顔を見合わせた。
「改めて、久しぶりねソリュシャン」
「ええ。久しぶり、ナーベラル」
一応月例報告会で顔合わせはしていたが、こうして二人で話すのはずいぶんと久しぶりな気がする。
「再会早々、失態を見せてしまったわね。プレアデスの一員として情けない限りだわ」
「アインズ様が気にするなと仰って罰も受けたのでしょ? 気にする方が失礼に当たるわよ」
ナーベラルとソリュシャンはプレアデス内で互いに三女として設定されているということもあり、もっとも間柄が対等である。
いわば双子と言ってもいいナーベラルの言葉にソリュシャンは少し気が楽になるが、やはり完全には晴れない。
「そうよね。でもこれからが大変、アインズ様と一緒に働くなんて恐れ多いわ」
「そうね。前にも言ったと思うけど、アインズ様にお仕えする以上、一時も気は抜けないわ。ソリュシャン、貴女にも直に私の気持ちが分かると思う」
そういえば月例報告会でナーベラルが自慢混じりに言っていたことを思い出す。
あの時は気疲れすると言いながらその実自慢したいだけにしか思えなかったが、案外本当に疲れていたのかもしれない。
勿論ソリュシャンとて、主がいようといまいと仕事で手を抜くことなどしないが、それでも傍に主がいると考えると、普段より緊張してしまう。
それに加えて今回のミスが痛かった。
これだけ長い間、ナザリックを離れたのは初めてであり、直属の上司であるセバスがあの人間を館内に引き入れて以後は、報告するべきかどうか悩んでしまい、精神的疲労はさらに加速した。
結果主より罰として今回の働きの報賞なしという裁定が下った。
ソリュシャンとしてはナザリックのために働くことこそ最大の報賞であり、それ以上求めるつもりなど無かったが、それが同時にこれまでソリュシャンが行ってきた働きそのものが無かったことになるということだと気づいた時には、絶望が空虚な胸一杯に膨らんだ。
主が目の前にいたからこそ、何とか堪えることができたが、そうでなければ倒れてしまっていたかもしれない。
だからこそ、もう失態を見せることはできない。
ソリュシャンは自分の胸の前で手を握り決意を新たにする。
「大丈夫。もう失態は見せないわ」
「そうね。これからはお互いに協力することも増えてくるでしょ。モモンさんはソリュシャンの商会のお得意さまってことになっているから」
「あら、そうなの? そのあたりも詳しく擦り合わせをしていないと。できる限り私たちで情報を共有しておきましょう。分からないことは申し訳ないけどアインズ様にお尋ねしないと」
「そうね。アインズ様はああ仰っていたけど、それでも私たちでできることは私たちの手でしないとね」
ナーベラルの言葉で、ソリュシャンは先ほど主が口にしていた言葉を思い返した。
「ああ。それにしてもアインズ様が私のことをあんなに思ってくださっていたなんて」
自分が存在しているのはお前たちを守るためだ。
そう言った主の顔を思い出してソリュシャンはほう。と熱い息を吐く。
「私たち、でしょ?」
ナーベラルの言葉を聞こえないふりをしてソリュシャンは続ける。
「あんなことを言われてしまっては、シャルティア様には申し訳ないけど、女としてあの方に愛されたいと思ってしまうわ」
「それは不敬じゃない? アルベド様もいらっしゃるのだし」
ナザリックの絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウンの正妻問題はかなり早い段階から、多数を巻き込み過熱している。
大まかにいって、守護者統括であるアルベドと同じく守護者のシャルティアの二人が有力候補で──ソリュシャンはメイドたちくらいからしか聞いていないが──大抵どちらかを推しており、ソリュシャンは自分と趣味も合うシャルティアを応援しナーベラルはアルベドを応援しているらしい。
しかし今回主の優しさに触れソリュシャンは自分の中に宿る想いが敬愛だけではないことに気がついた。
「でもお二人とも正妻争いはしているけど、もう片方を妻に認めないってわけではないんでしょう? 側室なら私にも狙い目はあると思うわ」
「それは、そうかもしれないけど」
「ナーベラル。貴女だって例外ではないでしょう? こちらの世界に来てからアインズ様と一番長い時間を過ごしているのは貴女なんだから」
ナザリックがこの世界に転移して大して時間も空けずに冒険者として行動を開始したため、現在のところ主と最も長い時を過ごしたのはナーベラルだ。
可能性がないとは言えない。
「そんな! 私ごときがアインズ様となんて」
「ナーベラル。私ごときって言うのは良くないわ。貴女を創造して下さった弐式炎雷さまに失礼よ」
ソリュシャンの言葉にナーベラルはハッとしたように口を手で塞いだ。
「そうね。私が間違っていたわ、ありがとう。ソリュシャン」
礼を言いつつ、ナーベラルは何か思い出したように、口に当てていた手をそのまま頭の上に移動させ、切れ長の瞳をトロンと蕩けさせ目尻を下げた。
「……何かあったの?」
ソリュシャンは直感的に察する。
ナーベラルと主の間になにかが起こったのだ、と。
「何でもないわ。そう、なんでも」
笑みの種類が変わり、今度はこちらに対する優越感を帯びたものになった。
ナーベラルは月例報告会で度々この手の顔をして顰蹙を買うことがあったが、今回はその中で最も腹立たしい。
「なにその顔、言いなさい。なにがあったの」
「言えないわ。あれはアインズ様から賜った恩賞。今の貴女に言うなんてそんな残酷なことはできないわ」
「だったらそれらしい態度をしなさい!」
失敗をした自分を元気づけようとしているのだとしても、その態度はいただけない。
声を大きくし、ナーベラルに詰め寄るソリュシャン。
二人の姉妹喧嘩はセバスとデミウルゴスが戻るまで続いていた。
ちなみにこの後八本指は大体書籍版と同様の展開を迎えるため省きます
娼館襲撃→コッコドール捕獲(恐怖公部屋へ)→コッコドールが八本指全員を集める→その際抵抗した六腕壊滅→みんな仲良く恐怖公部屋へ
こんな感じの流れを迎えた後
次の話はこの後の話となります