オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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法国、そして王国貴族達とアインズ様の邂逅の話
この話でセドランの性格はweb版の舞踏会に出たエドガールに寄せています
巨壁万軍と巨盾万壁の似た二つ名からして名前が入れ替わってるだけで同一立場の人間のようですし書籍版では隊長と番外席次以外、性格わかりそうな人も出てないので


第53話 怨敵との邂逅

 アインズの前に立った男は立派な体躯の男で、態度から自信を滲ませていた。

 こうした者は現地では稀にいる。結局アインズやナザリックを脅かせるような者は一人としていなかったが、この男も同様である保証はない。侮るつもりは毛頭なかった。

 何しろ法国からはプレイヤーの気配が感じられる。今でもまだ居るのか、それともかつて居たのかそれは分からないが、少なくとも周辺諸国の中で最も強大な軍事力を有しているのは間違いなく、陽光聖典のニグンという男がユグドラシルのアイテムである魔封じの水晶を持っていたことからもそれが窺える。

 

「蒼薔薇は居なくなったか、まぁいいか。アンタが漆黒のモモンさんかい?」

 並びの良い白い歯をむき出しに笑う男はアインズに気さくに声をかけるが、笑顔とは裏腹にどこか険が見え隠れする。

 

「そうだが。貴方は?」

 

「だ、そうです」

 アインズの問いには答えずに後ろに居た男を振り返って声を掛ける。

 ラキュースが言っていた法国の使者だ。

 

「貴方が漆黒の英雄。お噂はかねがね」

 

「ああ、法国の──」

 名前は覚えていないが、相手の顔と名前を記憶するのは最低限の嗜みだと聞いていたので知ったかぶりをしておく。

 

「自己紹介は必要ないようですな。時間もありませんので、率直に話させていただきます」

 

「どうぞ」

 アインズとしてもそちらの方が手っ取り早い。内心で安堵しながら鷹揚な態度を崩さず告げる。

 冒険者は国から独立した組織だ。たとえ相手が他国の使者であろうと必要以上に遜ることはない。

 向こうもそれは承知の上なのか特に気にした様子も見せず、しっかりとアインズを見据えて話し出した。

 

「我々法国は貴方とその相方であるナーベ殿をスカウトするために参りました」

 

「ほう。スカウトですか」

 何を言い出すのか。とアインズは興味を持った振りをしつつ話を進めさせる。

 

「知っての通り我々法国は人こそが神に選ばれた種族であるという理念を掲げております」

 それは聞いている。

 そのために人間以外の種族は殲滅すべしという考えがあることも。つまりほぼ異形種のみで構成されているナザリックとは相容れない存在だ。

 だが、向こうはそのことを知らない。

 モモンとナーベが人間であると考えているからこそ、人類の守り手である法国にスカウトしようというのだ。

 全く以て不愉快な考えだが、ここで話をこじらせても仕方ない。適当にあしらうことにしよう。

 

「その話は聞いています。崇高な理想だとは思いますが、申し訳ないが私には目的がある。強大な力を持ったある吸血鬼の討伐、それこそが私の使命。申し訳ないが──」

 

「その話をしに来たのです。その吸血鬼の片割れ、ホニョペニョコでしたか。見事モモン殿が討伐したそうですが、その吸血鬼については我々も存在を把握していました。モモン殿が我々に協力して下さり、詳しい情報を知らせていただければ、もう片方の吸血鬼を探すことも可能でしょう」

 

「あ?」

 今この男はホニョペニョコ、つまりはシャルティアの存在を把握していた。と言った。

 シャルティアがあの場で暴れ、その姿を確認して生きていた者は少ない。

 盗賊団に慰み者にされていた女たち、生き残った女冒険者、そしてブレイン。

 これだけだ。

 それ以外にシャルティアの存在を知っていた者、つまりそれは。

 

「……えらい殺気だな。退がって下さい」

 神官とアインズの間に先ほどの男が割り込もうとするが、神官がそれを制した。

 

「よい。このような場で暴れるほど愚かではあるまい、やはりその吸血鬼を追う理由は怨恨でしたか」

 何やら勘違いをしているらしい。

 しかし好都合だ。

 まだ確証を得たわけでも無いのに、先ほどから何度と無く憤怒の感情が沸き上がり続けている。抑え込まれても瞬時に繰り返されるそれ。

 以前のように怒りに任せて周囲に吐き出さずに済んだのは単純に慣れたせいだろう。

 シャルティアが操られた際は我慢出来ず転移後直ぐに。ガゼフからシャルティアの名を聞かされた時も時間停止を行う間こそあったが、結局激高してしまった。そして今回、三度目はまだ耐えられる。しかしそれでも沸き上がる怒りは消えることがなく、アインズは深呼吸の真似事をして時間を稼ぐことにした。

 沸き上がる感情が落ち着くまで、何度も。

 幸い相手はアインズが殺気を向けているのは要するに、何かしらの恨みがあるホニョペニョコの片割れである吸血鬼、それを見つけられると聞いて神経が昂っていると勘違いしているのだ。

 これを利用しない手はない。

 

「…………一つ聞きたい。私が倒したホニョペニョコは私が発見した時、既に何者かと戦った形跡が見られた。あれはお前等の仕業か?」

 ようやく会話が出来る程度まで落ち着き、アインズは質問をする。

 と同時に後ろの男が何か行い、アインズの周囲に言葉を遮る幕が張られたような感覚が現れる。

 アインズも持っている盗み聞きを防止するアイテムを使用するとこうした感覚が現れるが、それがユグドラシルで買ったアイテムと同じ物かは不明だ。

 まだ確実な証拠とは言えない。

 

「我々も正直に話すべきでしょうな。如何にも、あの強大な力を持った吸血鬼と交戦したのは我々の手によるもの」

 次いで語られた言葉に、アインズは兜の中で幻術の顔を歪ませる。

 アインズ自身は意図していなかったが、自然と唇が持ち上がり端から見れば笑みを浮かべているようにすら見えるだろう。

 

「なるほど。なるほど」

 

「あの吸血鬼に俺も一度は殺された。正直、アンタがあれを倒したと聞いて驚いたぜ。あんな化け物に勝てる奴がいるとは思わなかったからよ」

 

「余計なことは──」

 

「おっと、こいつは失礼。だが、アンタは本物のモモンなのか? 俺は戦士だ、そいつの動きをちょっと見れば相手がどのくらい強いのかは分かる。とてもじゃないが、アンタがあの吸血鬼に勝てるほど……」

 神官の制止を振り切り前に出てくる男にアインズは無詠唱化した魔法を発動させ、同時に近づいている男の肩に手を乗せた。

 発動した魔法は<完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)>。その効果によってレベル百戦士の膂力を得たアインズはそのまま男の体を地面に無理矢理押しつける。

 

「黙れ」

 

「ぐ、がっ」

 抵抗も出来ず、地面に膝を突いた男を無視し──これ以上直接シャルティアと戦った者を前にして冷静で居られる自信が無かった──突然の事態に驚く神官と向き合う。

 

「話を続けましょう。ようはあの吸血鬼を錯乱状態にしたのも法国だと? どうやって? そのせいで私はもう一人の吸血鬼の情報を得られなかった」

 

「く、詳しい話は出来ませんが、我々の持つ秘宝の力です。貴方も魔導王の宝石箱から援助と情報を得ていると聞いていますが、我々ならばそれ以上の支援をお約束できます。先ずは我々がその吸血鬼探しを手伝い、貴方が復讐を完遂した後、改めて法国に所属し、人類の守り手となっては頂けないでしょうか?」

 護衛の男を押さえつけているからか、神官の態度が露骨に変わる。

 話を聞きながら考える。

 冷静に考えれば、その秘宝とやらが世界級(ワールド)アイテムに違いない。

 となればここは組んだフリをして存在しない吸血鬼を探させながら法国の情報を集め、最終的にヤルダバオトの様に自作自演で強大な吸血鬼を作り出し、世界級(ワールド)アイテムを使用させて、その正体を確かめる。

 これが最善だ。何しろその世界級(ワールド)アイテムの効果も不明なのだから慎重を期するに越したことはない。

 それは分かる。だが、アインズにはそれを選べない。

 シャルティアを操り、アインズに殺させる結果を作り出した張本人とたとえ一時でも手を組むことなどあり得ない。

 

「断る」

 

「な、何故」

 

「私はエ・ランテルの冒険者だ。組合や都市に住まう者達に愛着がある。何より魔導王の宝石箱の店主、アインズ様は私にとって親も同然、あの方を裏切るつもりなど毛頭無い。お引き取り願おう」

 男の肩から手を退かし、話は済んだとアインズはその場で身を翻す。

 

「モモン殿!」

 後ろから制止の声が聞こえ、アインズは一度振り返り付け加える。

 

「ああ、それと一つ言っておこう。アインズ様はお前達、スレイン法国の事を嫌いだと言っていた、余計なことはするなよ」

 魔導王の宝石箱への懐柔も無意味だと告げ、アインズは再び背を向けるとアルベド達の元に向かって歩き出す。

 この話を伝える必要がある。

 未だジワジワと沸き上がる怒りを込めながら一歩一歩足を踏みしめる。

 アルベド達の元に行くまでに冷静さを取り戻さなくてはならないのだから。

 

 

 ・

 

 

「痛ててて、振られましたね。それにしても嫌いって、子供じゃあるまいし」

 

「例の陽光聖典の一件だろう。ガゼフを暗殺しようとしたことか、それともそのために村を幾つか壊滅させたことか。どちらかと言えば後者か。アインズ・ウール・ゴウン、そしてモモンも大局が見えぬ者達だ」

 肩を押さえながら立ち上がる漆黒聖典第八席次セドランに神官は嘆かわしいとでも言いたげに息を吐いた。

 

「あれじゃ、向こうの説得も無理でしょうね。どうします?」

 向こうと言いながら指さすのはアインズ・ウール・ゴウン。

 今回はモモンとアインズ。

 その両方と話をして出来れば法国に引き込むことが目的だったが、ああもはっきり言われてしまうとそれも難しい。

 

「仕方ない。今回はこれ以上出来ることはあるまい、先ずは本国にこの話をし指示を仰ぐ必要がある……ところでモモンの力、どう見た?」

 セドランは一度ホニョペニョコを操ろうとしたカイレを守ろうとして一撃で殺されている。

 その後復活魔法により蘇生したがその際大量の生命力を失った。本来漆黒聖典は人類の切り札としてよほどの事がない限り他国に派遣などされないのだが──例の吸血鬼と遭遇した際は、放っておけば世界を破滅に導きかねない、強大な存在である破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を支配下に置くという目的があった──そのセドランをわざわざ使者の護衛任務に就けたのは、モモンの実力を見抜くためだ。

 漆黒聖典にはそうした力を見抜くことに特化した能力を持つ者も所属しているのだが、ただでさえ法国全体が人手不足であり、漆黒聖典でも二人が戦力外になった現在、その者を国外に派遣するのは難しく。かといって他の聖典ではモモンの強さが分からないだろうと、漆黒聖典としての活動が再開出来るまではまだ時間が掛かり、仕事の無かった彼が護衛になったのだ。

 先ほどモモンを挑発したのも強さを確かめる一環だったはずだ。

 

「正直なところ、動きが大したこと無いってのは本当のことです。ありゃ戦士としての技量で見れば、上に立つ奴はいくらでもいるでしょう」

 

「しかし先ほど──」

 ただ肩を押さえられただけで、身動き一つ取れない有様だったのはどう言うことか。

 基本的に膂力は筋肉の増大による肉体的なものより寧ろ、戦士ならば戦士として、神官ならば神官に関係した経験を積むことにより体が進化することによって得られる物の方が大きく、腕一本で戦士として英雄の領域──現在は復活によりやや弱体化しているが──にいるセドランを押さえ込めるなら、相応回数の進化が起きているはずでモモンが剣士ならば剣士としての技量を極めているはずなのだ。

 

「ええ。ようは戦士としての技量云々より、膂力が人間離れしている。それこそうちの隊長みたいに」

 

「なんだと! ではモモンは神人……いや、別の何者かの血を覚醒させた者?」

 法国でいう神人とは六大神のいずれかの血を覚醒させた存在であり、通常ではいかに素質があっても突破出来ない壁を易々と乗り越え、英雄はおろか逸脱者の域すら越えた力を持つことが可能となる。

 ただし、この話は法国内でも限られた者しか知らないが、百年毎に六大神に匹敵する力を持った別の存在が降臨すると言われている。

 かの八欲王などもそれに該当するらしい。

 六大神の血を覚醒させた神人は現在法国に存在し管理出来ているが、そうした他の存在の血を引く者までは法国でも完全に把握は出来ない。

 更に言えばモモンがその別の存在、或いはその従属神という可能性すらある。

 どちらにしてもこれはここで結論が出る話ではない。

 

「いや、俺に言われても。俺は相手の強さをはっきり見抜くことは出来ないんで。ただ俺より遙かに強いってだけで、隊長とどっちが上って言われると正直。ただ、あの化け物を退治したってのは信憑性が出てきましたね」

 

「一刻も早く、本国に伝えねばならんな」

 神妙な顔つきで頷く神官を前にセドランは肩を押さえたまま、既に遠く離れつつある男の後ろ姿に向け呟いた。

 

「しかし、あの兜の下はどんな顔をしていることやら」

 

 

 ・

 

 

(スレイン法国、やはりあの国だったか)

 三国の内、唯一プレイヤーの気配を匂わせていた国。

 普通に考えれば世界級(ワールド)アイテムを持っているとしたらあの国しかない。

 ただ、未だ情報が不明なもっと離れた国もあるし、そもそも世界級(ワールド)アイテムは数も二百種類と多く、国や組織だけが持っているとは限らない。

 極端な話、かつて現れたプレイヤーが持っていて、その持ち主が何かの理由で死に、それを手にした現地の個人が使っている。という可能性もあった。

 だからこそアインズは様々な情報、眉唾物の伝説、伝承なども集めたし──コレクターとしての趣味もあったが──守護者が外で活動する際には世界級(ワールド)アイテムを持たせて対策を取った。

 だがここに来てようやく、確証を得たわけだ。

 

(俺にシャルティアを。ペロロンチーノさんの娘とも呼べる存在を殺させた報いは必ず受けさせる。その為に何が必要だ? 今直ぐにでも叩き潰してやりたいが──)

 それは出来ない。

 そもそもその世界級(ワールド)アイテムがどんなものなのか不明だし、一つだけとも限らない。

 滅ぼしたいのは山々だが、その為にナザリックに更なる犠牲が出ては本末転倒である。

 やはり先ずは情報集めだ。

 アルベド達の姿を発見し、アインズは再びパンドラズ・アクターに合図を出す。

 

 このままパンドラズ・アクターに王族との接触もやらせるつもりだったが状況が変わった。

 パンドラズ・アクターには世界級(ワールド)アイテムを持たせていない。

 まさか奴らがここにシャルティアを支配した世界級(ワールド)アイテムを持ち込んでいるとは考えづらいが、一応釘を刺したとはいえあの神官がモモンに拒絶されたから、と今度は魔導王の宝石箱の主人としてのアインズに接触してくるかもしれない。

 万が一その時、世界級(ワールド)アイテムを使用されてしまったら。

 そう考えるとパンドラズ・アクターをそのままにはしておけない。モモンに戻し適当な理由を付けてこの場から遠ざけるべきだ。

 どちらにしても二人に先ずは情報を共有させる必要がある。

 アインズが発動した時間停止によって再び全員の動きが止まる。

 例の法国の者達も動いていないところを見るとやはり時間停止対策はしていないようで安心する。

 

「二人とも。順調に進んでいるか?」

 

「はっ。申し訳ございません。以前より報告に上がっていた王国でもそれなりに使えそうな貴族達を中心に話を進めようとしていたのですが、愚か者が交ざっておりまして、少々難航しております」

 パンドラズ・アクターの台詞に思わず舌を打つ。

 

「王国の貴族が使えないというのは本当だったか。それで、王族は?」

 思わず乱暴になるアインズの言葉にアルベドは僅かに肩と声を震わせ、その場で深く頭を下げた。

 

「は、はい。王族も未だ接触を仕掛けては来ません。こちらから仕掛けますか?」

 本来なら商人から王族に話しかけるなど許されないが、今のアインズは国から勲章を与えられた者、その礼を改めて口にする名目なら問題なく王族に話しかけることも出来る筈だ。

 

「そうか。時間が無い、先ずはパンドラズ・アクター、交代するぞ」

 

「はっ。畏まりました」

 疑問を挟むことなく即座に姿が入れ替わり、立ち位置も交換する。

 時間停止はそう長い間止め続けられる訳ではない。先に交換を済ませて置かなければ、落ち着いて話も出来ない。

 

「お前達、時間が無いから簡潔に言う。シャルティアを支配した世界級(ワールド)アイテムの持ち主は法国だ。パンドラズ・アクター、お前は世界級(ワールド)アイテムを持っていない。適当な理由を付けてこの会場を離れナザリックに帰還せよ。そして現在世界級(ワールド)アイテムを持たぬまま外に出ている者達を呼び戻しておけ、持っている者にも情報は伝えろ。良いな」

 どうしても口調は荒く、怒りが滲んでしまう。

 たとえ自分達に向けられたものではないとしても、上司が不機嫌だとその場の空気が悪くなるのはリアルでも経験済みだというのに。精神沈静化があってすらコントロール出来ない感情をどうしたものかと考えていると、妙にオーバーな動きで敬礼をしたパンドラズ・アクターが明るく大きな声で返答した。

 

「はっ! 畏まりました。我が父上のお望みのままに」

 

「え? おま! ──いや、良い。すまんなパンドラズ・アクター、感謝する」

 突然アインズの前では禁止していた敬礼と、父上という呼び方をされて、一瞬で感情が驚愕と恥ずかしさによって振り切り、直ぐに精神が沈静化される。

 同時に沸き上がっていた憤怒も抑えられて落ち着いた。

 突如別種の感情が襲いかかってきた為に、毒気が抜かれたというべきだろうか。

 

「出すぎた真似を致しました。アインズ様」

 あっさりと謝罪し敬礼を止め、父上からアインズ呼びに戻したところを見るに、やはりわざとだったのだろう。

 禁止させていることを口にして落ち着かせようとは。

 自ら考えて行動する。アインズが皆に言ってきたことを実践して見せた訳だ。

 

「パンドラズ・アクター、後は頼んだわよ。それと、私のことは義母上と呼んでもいいのよ?」

 

「はぁ……検討しておきます」

 

「せんで良い。アルベドも感謝しよう。もう大丈夫だ」

 

「もったいなきお言葉! 私は冗談ではなく本心ですが……」

 

「魔法がもう切れる。準備をしろ」

 アルベドが口にした後半の台詞は聞かなかったことにして、アインズは二人に指示を出す。 

 時間が再び動き始め、パンドラズ・アクターは魔法発動時にモモンがいた場所に移動し、小さくアインズに一礼すると、命令通りにその場を離れていった。

 

「如何した。ゴウン殿」

 目の前にいる貴族風の格好をした男がアインズに話しかける。

 服装こそ貴族風だが何となく服装が合っていない、他の貴族達と違って他人の服を無理矢理着せられたような印象を受ける男だ。

 今までこれと話していたのだろう。

 どういう立場の人間で、何の話をしていたかは知らないが、今はどうでも良い。

 パンドラズ・アクターを送り出してしまった以上、急いで王族と顔を合わせ、アインズの演技がバレないようにさっさと話を終わらせてこの場から退散するのが良策だろう。

 ナザリックに戻り法国についての対策を練る必要もある。

 

「いえ、私の連れが見えたもので。失礼しました話を続けましょう」

 

「ああ。私は貴殿の所有しているゴーレムを我が領地で纏めて借り受けたいと考えている」

 

「ほう。それは御目が高い。あれは私どもの自慢の商品でして」

 さっさとあしらおうと思っていたが、少し考えを改める。

 ゴーレムを借りようとする貴族は珍しい。

 貴族達が目を付けるのは大体が装飾として作られた武具ばかりで、作業用のゴーレムや、装飾用ではないドワーフの武器などには目もくれない。

 その中にあってこの男は、貴族でありながらゴーレムを多数仕入れようと言うのだ。

 これもパンドラズ・アクターが言っていた少ない情報から魔導王の宝石箱の有用性を見抜いた使える人間、と言う奴なのだろうか。

 

「アインズ様。そろそろ陛下にご挨拶をなさいませんと」

 話を続けようとしたところに、アルベドがにこやかな笑みとともに口を挟む。

 

「そ、そうでしたか、陛下に……これはとんだ失礼を。ではこの話はまた後ほど、他にも頼みたいことが幾つかあるのでね」

 アルベドが笑いかけた途端、商人相手ということでどこかこちらを見下していた男の顔から締まりが消え、だらしない笑みを浮かべた。

 

「ええ。失礼します」

 アインズの言葉を遮りアルベドが切り上げさせたということはこの男は使い道のある利口な者ではなく、むしろ逆なのだろう。

 

「あれは何だ?」

 

「愚か者です。先ほどからしつこく我々に話しかけてきていたのですが、あの男、貴族ではありますが当主でもなければ嫡男、つまりは次期当主ですらないらしいのです」

 アルベドが淡々と告げた内容にアインズは目を見開いた。

 

「なに? 確か嫡男以外の貴族は個人で使える金など持っていない筈だろう? どうやって契約を結ぶつもりだったというのだ」

 

「父親である現当主を説得すると言っていましたが、長男も健在で、何より今回はその長男が家督を継ぐためのお披露目。奴は執事代わりの付き添いにすぎません。あるいは近々その長男を暗殺でもして自分がその座に着くつもりではないでしょうか。先ほど言っていた頼みたいこととはその辺りかと」

 

「しかし、ここで我々とそんな話をしては」

 

「ええ。自分がそれを計画していると周囲に告げているようなもの。それ以前に先程からあれの父親と長男とおぼしき者が、ずっとこちらを睨んでおりましたので」

 チラリとアインズが男が離れていった方に目を向けると確かにその奥から憎悪の籠もった視線を向ける二人の男の姿がある。

 あれが父親と長男なのだろう。

 あの目を見れば、あの男の勝手な行動を咎めようとしているのは確実だ。

 そしてその男自身はその事に気づいた様子もなく、機嫌良さそうに酒を飲んでいる。

 

「愚かな者が多い王国でも稀に見る愚者です」

 やれやれと頭を振る。

 ただでさえ法国とのことで苛ついているというのに、役に立たない愚者に足止めを食らうとは。

 

「まあ良い。さっさと王に挨拶をするとしよう」

 

「ええ。例の娘も傍にいるようです。ただ一つ気になることが」

 

「なんだ?」

 

「先程の男もそうですが、どうも我々に近づいてくる者達は王国貴族の中でも特に愚者が多いようです。誰かに指示されてというよりは本当に様々な方向から我々の噂を聞いたと言っておりましたが、数が多いのが気にかかります」

 

「単に王国貴族にその手の者が多いだけではないのか?」

 そういう評価がデミウルゴスやセバスの報告書に綴られていた。

 下手に切れ者が多いより、相手の頭が悪い方がアインズとしては気楽だ。権力を持った上、知恵も持った者と会話などしてはアインズの正体がバレかねない。

 その意味ではアインズが交代して最初に話した相手があれで良かった。と思うことも出来る。

 

「そう思うのですが、ああ言った手合いしかいないのではもっと早く王国は帝国に併呑されていても不思議はありませんので」

 

「……となると。何者かがわざと愚者に我々の情報を流し、接触させている可能性もあるということか。その場合狙いは……」

 如何にも考えてます。と言った話し方だが、頭の中に何も浮かんでこない。

 今日は疲れた。

 考えるのはアルベドに任せ、折を見て確認しよう。

 今は一番の目的である王族と接触し、第三王女に例の話をし後は気分が優れないとか言って早々に退散することにした。

 

「おい、そこの。お前がアインズなんたらとかいう商人か?」

 

「は?」

 怒りと疲れで鈍くなっていたところに、如何にも上から目線といわんばかりの不遜な言葉がかけられて、アインズはもはや隠すことも止めて深く息を吐いて声の方を振り返った。

 

 

 ・

 

 

 リ・エスティーゼ王国の現国王、ランポッサ三世はかつて戦場で負った膝の怪我により、踊ることも長時間立っていることも出来ないため、立食が基本のパーティにおいても、やや離れた位置に椅子とテーブルを用意しそこに座っていた。

 しかし、主催者として他の者達のように人目に触れないテラスや温室などに移動出来るはずが無く、目立つ位置で挨拶に訪れる者達を待っている状況だ。

 ラナーもまた、普段は第三王女としてホールに出て踊りたくも無い相手に愛想笑いを浮かべてダンスをしているところだが、今日は父に頼んで傍に着いている。

 理由はいくつかあるが、最も大きな理由はアインズ・ウール・ゴウンという男を観察するためだ。

 主催者の席ということでここからはホールが一望出来、誰が何をしているかすぐに分かる。

 いつもであれば派閥の貴族達が集まってお決まりの自慢話をしているだけだが、今日は幾つも異物が交ざり込んでいる。

 本来は呼ばれることのない貴族の次男三男に加え、商人や冒険者、芸術家、役人、組合の者達も呼んである。

 

 元々は商人であるアインズを招いても問題ないようにする為であったが、ラナーにはもう一つ目的があった。

 時としてラナーですら完全に読むことの出来ない本物の愚者を前にしてアインズがどう対応するのか試したかったのだ。

 帝国に流した情報を辿ってラナーの存在に気づき、接触してきた悪魔デミウルゴスはラナーが生まれて初めて出会った自分と同等の知能を持っている存在だ。

 ラナーは生まれてからずっと何故自分が理解出来ることを他の人間が理解出来ないのか分からなかった。

 そんな彼女が初めて出会った同格の存在の誘いに、ラナーは直ぐに飛びついた。自分と同格の知能を持った者が、自分より遙かに強大な力を有している。

 この時点で王国の未来が無いことを理解したからだ。だから自分の夢を叶える為に、ラナーは父や兄達を、そして王国を捨てることを決めた。

 

 ただ一つ、懸念材料があった。

 それがデミウルゴスの上にいるという絶対的支配者の存在だ。

 現在の王国にも言えることだが、如何に有能な人材がいても頂点が暗愚では意味がない。

 父、いや王であるランポッサ三世が長男に対する情など捨て、さっさと次男を王位に据えていればここまで王国が腐ることもなかっただろう。

 もっとも王国の腐敗は数世代前から起こっていたので、王がそれをしたところで多少改善した程度だっただろうが。

 とにかく、配下が優秀でも決定権を持つ者がそうである保証はない。

 デミウルゴスは何もかもが自分以上の存在と言っていたが、そこには盲目的な忠誠心が感じられた。必要以上の忠誠心は時に目を曇らせる。

 故にラナーは危険を冒してでも自分でアインズを試す必要があった。

 あの遭遇の後ラナーの影にはデミウルゴスの配下が潜み──連絡係と言っていたがようは監視だろう──行動が常に見張られている。

 それを利用してラナーは自分の価値を伝える意味も込め、様々なメイドに魔導王の宝石箱の話をして名を広めた。

 その殆どは本当に魔導王の宝石箱の利益になるであろう王国でも数少ない有能な貴族と繋がっているメイドだが、偶然を装いその会話の最中に現れた本物の愚者達が送り込んだメイドにも不可抗力を装って同じように話した。

 双方に話が行った場合、有能な者達は先ずは見に回り、愚者は後先考えずに接触を試みる。

 その為今回アインズ達に近づいたのは王国でも有数の愚者達ばかりとなったのだ。デミウルゴス並の者ならその不自然さとラナーを結びつけるかもしれないが、その場合でも既に言い訳は用意してある。

 

(見たところ相手に不快感を与えずに巧く捌けてはいるようね)

 これならば合格だ。自分やデミウルゴス程の叡智があるかは不明だが少なくとも突発的な事態への対応は問題ない。そうした者なら相手の意見に耳を傾け、その価値を計ることが出来る。つまりラナーの価値も正確に理解するはずだ。

 

「お父様。そろそろゴウン様をお呼びしてもよろしいのでは? 私もアルベド様とお話をしてみたいです」

 

「うむ、そうだな。粗方挨拶も済んだ。戦士長、ゴウン殿をここへ」

 

「はっ! 畏まりました。直ちに」

 ガゼフが近くの戦士団の者に護衛の任を引き継ぎ、その場から離れていく。

 後はデミウルゴスから聞いていたエ・ランテルかカルネ村、どちらかの土地をアインズの物にする為の選択だ。

 どちらでも渡せるように策は考えてあるが、さてアインズはどちらを選ぶのか。

 

「あら。あれは、バルブロお兄様?」

 そんなことを考えている間に、下のホールでアインズ達に近づく人影を見つける。ラナーの兄である第一王子、バルブロとその腰巾着の貴族だ。

 ラナーがアインズにけしかけた者の中にバルブロは入っていない。

 バルブロを支援する貴族達はボウロロープ侯を始め大貴族が多く、単に多少珍しい物を扱う商人と認識されているアインズに自分から近づく可能性は低かったはずだが、魔導王の宝石箱の重要性を誰かから聞き、競合相手である第二王子のザナックより先に接触しようと考えたというところか。

 

(丁度良いですわ。せいぜい役立って頂きましょうかお兄様)

 アインズが王族に対してどういう対応を取るつもりなのか、それを事前に知れるのは悪いことではない。

 たとえ本物の愚者が予想外の行動を取ってもラナーは慌てない。全てを手のひらに乗せ、ただ転がすだけ。

 自分とクライムの幸せのために。




次で舞踏会編は終わりになると思います
殆ど舞踏会してないですけど
あくまでこの章はアインズ様の今後の立場を知らしめる話なので

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