オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前回の続き
ちなみに中盤のイビルアイが王都に戻った辺りに60話のラナーとラキュースの会話が入ることになります


第62話 参戦・蒼の薔薇

(蒼の薔薇か。何でコイツらがこんな所に?)

 アインズたちが幽霊船を手に入れるまでの間、邪魔が入らないように周囲を警戒させていたアンデッドは、デス・ナイトを乗せた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)という現地ではかなり強大な存在であった。それを倒したとなれば法国か、もしかしたらプレイヤーである可能性すら考え、早速手に入れたばかりの幽霊船を使用して移動してきたというのに、そこにいたのはアインズの想像とは違う見知った顔だった。

 

「モモン様! まさかこんなところでお会い出来るなんて!」

 以前も聞いた不思議な声音だ。何かのアイテムで声を変え、老婆のようにも少女のようにも聞こえる。

 口調こそ弾んでいるがその声でまるで子供のように喜ばれても、どちらかというと不気味さが際立つ。

 

「ああ。イビルアイ殿でしたね。それと──」

 ちらりと目を送った先にいたのは戦士と忍者。

 ガガーランにはアインズとして魔導王の宝石箱で会ったことがある。もう一人の方は確かドワーフの王都で見かけた忍者のはずだが、双子とも聞いているので死んでいた方かも知れない。

 

「ああ。アンタとこうして顔を合わせるのは初めてだな。俺は蒼の薔薇のガガーラン、こっちはティナ。あん時は助かったぜ、うちのメンバーを助けてくれたおかげで俺たちもこうして生き返れた」

 

「……礼を言う」

 アインズの視線を受け、二人もこちらに近づき頭を下げる。

 礼を受け入れながら、ドワーフの国で見た者と殆ど同じ顔と格好をしたティナに注目する。

 

(やはり死んでた方か。しかし、あの時は気にしていなかったがあの格好や武器、明らかに忍者だよな? ユグドラシルでは六十レベルを超えないと取得できない職業のはずだが、あの程度のドラゴンにあっさり殺されていたところを見るとコイツが六十レベルのはずはない。やはりユグドラシルとはルールが違うのか。ちょっと調べてみたいな)

 

「……そんなに見られても困る。礼は言うけど私の好みはもっと小さい子。大きすぎ。こっちかリーダーにしておくと良い」

 なにを勘違いしたのかアインズの視線を受けたティナはこっちと言いながら、アインズのすぐ近くまで近づき、こちらをじっと見上げているイビルアイを指した。

 

「あ?」

 それを受け、黙って様子を見ていたシャルティアとナーベラルから殺気に満ちた視線が送られる。特にシャルティアは、アインズも滅多に聞いたことのない低い唸り声のような声と共に、いつでも飛び出せそうな動きを見せた。

 

「いや、失礼。ティア殿とよく似ているなと思っただけです」

 慌ててアインズがシャルティアの前に体を差し込んで取り繕う。

 

「それでモモン様。いったいどうしてここに。それにこの船は?」

 イビルアイが話しかけてきたので、アインズもそれに乗る。

 話を変えるにはうってつけであり、正直に言って助かったという思いだ。

 

「ええ。魔導王の宝石箱、いやアインズ様からの依頼でしてね。カッツェ平野の陸を走る幽霊船、これを手に入れたいとのことでしたのでこうして出向いたわけです。そして見ての通り、無事にこちらの支配下に置けましたが支配した船長が強力なアンデッドの反応を察知したとの事で、試験走行がてらここまで来たのですが……」

 白々しく周囲を見回す。

 地面には骨の竜(スケリトル・ドラゴン)とデス・ナイトの残骸が残っている。

 

「ああ。私たちが倒した例のアンデッドですね。デス・ナイトと呼ばれる伝説のアンデッドを知っていますか? 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の上にそれが乗った、強力なアンデッドでした」

 

「ほう。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)とデス・ナイトですか。それほどのアンデッドを倒すとは流石はアダマンタイト級冒険者だ」

 

「ドラゴン三匹ぶった切る奴に言われてもな」

 ガリガリと頭を掻きながら言うガガーランに苦笑を返す。

 もちろんただの世辞だが、だとしても現地の人間が強化されたデス・ナイトと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を同時に相手にして勝ったことに驚いたのは事実だ。デス・ナイトの物理的な防御力に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の魔法への耐性、これを合わせれば法国のようにユグドラシルのアイテムや武器を持つ者以外では現地の人間で勝てる者はいないと思っていたが、少し侮っていたかも知れない。

 

 しかもナザリックの者では得ることの出来ないタレントという特殊能力や、ティナのようにユグドラシルのルールを無視して職業を得られるのならば、今まで以上の警戒が必要かも知れない。

 さすがに無いとは思うが低レベルであっても特別な職業──ワールドチャンピオンなど──を修める奴がいたら危険だ。

 

(最近商売にかまけて情報収集が疎かになっていたしな。これからはもう少しモモンとしての活動をしながら情報を集めるか)

 特に最近はデミウルゴスの計画を台無しにしてしまったのだから。といつもであれば誰かに丸投げするチャンスがあれば誰かに任せていた仕事でも自分でやらねばならないことが多くなっていた。

 

「ところでモモンとナーベは知っているけど、そっちの仮面の娘は? 漆黒は三人組になったの?」

 モモンを呼び捨てにしたことで、ナーベラルやシャルティアだけでなく、何故かイビルアイもティナに強い視線を向けているが、本人は飄々とした態度を崩すことなくシャルティアを指した。

 

「ああ、彼女は……」

 こんな時の為に変装させていたのだ。

 このシャルティアを見て、例えモモンが退治したことになっている吸血鬼ホニョペニョコを見たことがある者でも、その正体に気づくことはないだろう。

 今のシャルティアは、王都支店でソリュシャンと共に時折店に出ていた大人しい令嬢のシャルティアではなく、アインズの護衛をしている別人という設定にしてある。

 わざわざ偽名やこれまでの経歴まで大まかにではあるが考えて打ち合わせをしてきた。その成果を見せる良い機会だ。

 アインズがシャルティアに目を向け、挨拶をするように合図を出そうとする前に、ガガーランが腕を組んでシャルティアを見下ろしながら口を開いた。

 

「さっき船の上でシャルティアって言ってたな、その名前確かあれだろ? 魔導王の宝石箱の店主の娘とか言う。格好も態度も店とずいぶん違うじゃねぇか」

 

「そうそう。私も気になってた。王都の店で見かけたティアが騒いでいたから覚えている。でも何でその娘が漆黒と?」

 

「ぁ」

 しまった。

 船の上でシャルティアが普通に名乗ってくるものだから、アインズもまたシャルティアの名前を呼んでしまっていた。

 何故下に何者かがいるとわかっている状態でそんなことをしてしまったのか。

 今まで護衛として傍に置いていても常に姿を消し話すことも禁止させていたということもあり、どうせ誰にも見られないだろうと高を括って船の上でシャルティアに姿を隠すのを止めさせ、会話も許可したことも災いした。

 幽霊船が思ったより簡単に手に入って上機嫌だったことと、デス・ナイトを倒せる程の相手なら逃がさずにナザリックに連れていくつもりだったからあまり深く考えていなかったのだ。

 シャルティアもまた自分が練習してきた偽名を名乗ることも出来ず、固まってしまっている。

 そんなアインズたちに助け船を出したのは、ずっと黙って様子を見ていたナーベラルだった。

 

「……シャルティアさーんは魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。今回幽霊船を捕縛するのに手が足りなかったので、魔導王の宝石箱から助っ人として来て頂きました」

 

「え?」

 驚いたようにナーベラルを見るシャルティア。その瞬間、アインズの脳裏に一つの閃きが浮かんだ。

 そのアイデアが問題ないか考える間もなく、思いついたことをそのまま口にしてナーベラルを援護する。

 

「そ、その通り。彼女は幼いですがアインズ様同様に死霊術師(ネクロマンサー)の才能がありましてね。本来はこの幽霊船も私たちが邪魔な配下を倒した後、船長をアインズ様の魔法で支配していただくつもりだったのです。しかし今は店が忙しく手が放せないと言うことで、代わりにアンデッドを支配する巻物(スクロール)を受け取ったのですが、私もナーベもそれを使用できなかったので、彼女に付いて来てもらったのです。要するにこの船は今彼女が支配していることになりますね」

 帝国ではユリが死霊術師(ネクロマンサー)ということになっているが、ジルクニフなどの一部の者は彼女はあくまで操っている振りをしているだけで、本当にアンデッドを支配しているのはアインズだと知っている。

 もっと大々的にアインズが死霊術師(ネクロマンサー)でもある。ということを広めておけば、聖王国にアンデッドを貸し出す話にも持って行きやすく、やがては王国でも貸し出しが開始出来るかも知れない。

 その時死霊術師(ネクロマンサー)が一人では色々と不便だが、シャルティアにもその力があると思わせておけば役に立つ日がくるだろう。

 

「へぇ。死霊術師(ネクロマンサー)、小さいのに大したもんだ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)としちゃ珍しい部類だろ? リグリット以外見たことねぇよ」

 

「死霊系魔法という奴。店主もそれが使えるなら随分多彩な魔法が使えることになる」

 

「魔導王の面目躍如ってところだな」

 二人の口ぶりからすると、自ら魔導王を名乗っているアインズを軽く見ていたようだ。先ほどのガガーランの台詞でその理由が何となく掴めた。

 

(リグリットというのがブレインが言っていた元蒼の薔薇のメンバーか。十三英雄とかいう英雄の一人らしいが、なるほどそうした奴が元メンバーにいたり、デス・ナイトを倒せるほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいるなら、店の目録に載せた巻物(スクロール)程度の魔法で魔導王を名乗れば侮りもするか)

 人間に合わせて敢えて強力な魔法は使用していなかったが、実際にアインズだって第五位階程度の魔法しか使えない者が魔導を極めた王などと名乗っていたら鼻で笑い飛ばしたくもなる。

 それにしても、十三英雄という今でもなお物語として語り継がれる英雄の中にも、死霊術師(ネクロマンサー)が居たというのに──神官などは仕方ないとしても──何故人間はこうもアンデッドを嫌うのだろうか。

 アインズからすれば、命令には従順で疲れ知らずに働かせられ食事や寝床の心配もない、これ以上なく便利な存在だと思うのだが。

 同じく魔獣などを操って使役するテイマー系の職業などに比べて、地位が低い気がする。

 そんなことを考えていたアインズの横から殺意に満ちた低い声が放たれる。

 

「虫けら風情が偉そうに」

 小さく、けれど思った以上にはっきりとナーベラルが言う。

 先のアインズを軽く見たような言葉に怒りを抱いての発言だろうが、言われた蒼の薔薇のメンバーから剣呑な気配が満ちる。

 

「何か言ったかい、お嬢ちゃんよ」

 

「あの程度のドラゴン如きに殺される下等生物(ウジムシ)風情が──」

 ますます怒りを込めてはき捨てようとするナーベラルに慌ててアインズが割り込む。

 

「おっと。失礼お二方、ナーベは子供の頃からアインズ様を親同然に慕っているためアインズ様への言葉には敏感になっていましてね。死霊系魔法詠唱者(マジック・キャスター)は謂われのない暴言を吐かれることも多いので。シャルティアのこの変装もその為の物ですし」

 アインズの言葉を聞き、不満げだったガガーランの態度が変わる。

 

「……ああ、そういやズーラーノーンとかのせいで死霊系の魔法は結構冷遇されているらしいな。いや、そういうことならこっちが悪かった。バカにしたつもりはねぇんだが、命を救われといてあれは無かったな」

 素直に謝罪するガガーラン。

 ナーベラルはその謝罪を受けるでも拒否するでもなく顔を背ける。

 

「と、とりあえずここに居ても危険ですし、皆さんもお疲れの様子。我々の回復アイテムも切れてしまっていますし、どうです? 私たちはこれを使って、今アインズ様がいるトブの大森林まで行くのですが、エ・ランテルまででしたらお送りしますよ」

 これ以上話を広げると、アインズにとっても厄介なことになりかねない。

 今は話を変えることが先決、とアインズはあまり深く考えずに提案する。

 実際深手を負っているこの三人をここに放置すれば、カッツェ平野を出る前に死亡する危険がある。

 アインズたちは信仰系魔法が使えないし、今アインズが持っているアイテムはユグドラシル由来のものとンフィーレアたちが作った紫色のポーションくらいしかない。

 どちらもそう簡単に他人に見せられるものではない以上、一緒に来てもらうしかない。

 それに再び蒼の薔薇を助けたという恩に加え、彼女たちの口から幽霊船を漆黒、ひいてはアインズが手に入れたことが伝えられれば良い宣伝にもなる。

 事前にそうした説明をしておかないとアンデッドの船という情報だけが先行して、見ただけで逃げ出されたり敵対される危険もある。

 

「それはとても助かる。こっちもアイテムは空になった。今の状態でここから歩いて帰るのは流石にしんどい」

 

「そうだな。幽霊船に乗る機会なんてそうあるもんでもないしな」

 既に気にしていないのかガガーランとティナは直ぐに賛成した。

 

「よ、よろしいのですか? モモン様にはいつも助けられてばかりですね、何かお礼が出来ればいいのですが……」

 その中にあってアインズの側を離れないイビルアイだけはそう言いながら、なにやら身を捩らせている。

 謝礼金でも渡そうというのだろうか。

 そんな雰囲気でもなさそうだが。

 

「モモン様。早く戻りましょう」

 そんな空気を断ち切るように、シャルティアがイビルアイを押し退けるようにアインズとの間に入り込み、これ見よがしに体をすり付けてきた。

 

「なっ! この」

 そんなシャルティアの態度に、イビルアイが驚愕と苛立ちを混ぜたような声を出す。

 

「ライバル出現」

 

「なんか色々と似てる気がすんだよな。あの二人」

 ガガーランとティナが呆れたようにそんなことを口にしていた。

 

 

 ・

 

 

「幽霊船に乗れるたぁ、滅多に出来ない経験だったな」

 

「全く全く、二人に良い土産話ができた」

 

「ああ。モモン様が行ってしまわれた。結局あの二人に邪魔されてろくに話が出来なかったじゃないか!」

 暢気に幽霊船の感想を口にしている二人とは対照的に、もはや姿も見えなくなった方向を見ながらイビルアイはがっくりと肩を落とす。

 

「そんなに気を落とすなよ。こうしてエ・ランテルに転移先を作れたんだから、会おうと思えばいつでも会えるだろ? それよりさっさと宿取ろうぜ。俺もうクタクタだよ」

 ここまで想定以上の速度で移動出来たと言っても、結局あのアンデッドとの戦いで負った傷を回復させる事は出来なかった。

 応急処置程度に血は止められているが体力は空になっている。それほど激闘だったということだ。

 

「……そうだな。モモン様、また会える日を楽しみにしているぞ」

 ガガーランの言葉にも一理ある。

 一度行ったことのある場所に転移できるイビルアイにとって、今回仕事でエ・ランテルに来られたことは重要な意味を持つ。

 何しろ今後はイビルアイの時間が空けばいつでもエ・ランテルに訪れることができる。

 今までのようなすれ違いもなくなるだろう。

 そう思うと今の別れの寂しさも我慢できるというものだ。

 

 

 単独で先に王都に戻り、カッツェ平野に現れた強力なアンデッドの件を冒険者組合に報告し終え宿に戻ったイビルアイは、第三王女ラナーから王宮に呼び出されていたラキュースから新たな依頼を受けた旨を報告された。

 

「帝都で悪魔騒ぎか。確かにそんな噂はあったが、そんなに危険な悪魔だとはな」

 話を聞き終えたイビルアイは、噂話程度の情報しかなかった帝都を襲撃した悪魔のことを思い出しながら言う。

 あのフールーダ・パラダインですら仕留めきれなかった悪魔、となればイビルアイにも肉薄しかねない。

 更にアベリオン丘陵の亜人たちを纏めあげて軍勢を作られれば、派閥争いにより団結力の欠ける現在の王国ではひとたまりもないだろう。

 先のデス・ナイトも相当危険な存在だったが、あれには空への攻撃手段がないという大きな弱点がある。危険度ではその悪魔に劣ると言える。

 

「だからイビルアイ。戻って早々悪いんだけれど、直ぐにエ・ランテルでガガーランたちと情報を集めて欲しいの。三国の要所であるあそこなら帝国の情報も入ってくるはず。私とティアはその間にここで聖王国側の情報を集めるわ」

 

「やれやれ人使いの荒いことだ。まあ緊急の依頼なら仕方ないか。では何か分かり次第、私が先行して戻る。何もなくても一週間後を目処に王都に戻ってこよう」

 

「そうね。では一週間後、全員ここに集まりましょう。イビルアイ、お願いね」

 互いにすべきことを確認しあい、イビルアイは休む間も無く王都からエ・ランテルにとんぼ返りする羽目になった。忙しないが、もしかしたら早速モモンに会えるかもしれないと思うと悪いことばかりでもない。

 それにその悪魔を倒せば──ラナーは口には出さなかったようだが、それも込みで自分たちに調査の依頼をしたと見るべきだ──ガガーランたちが気にしていた蒼の薔薇の評判も回復できる。デス・ナイトと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)との死闘によって、ガガーランとティナも失われていた生命力をほぼ全て取り戻せたこともあり、蒼の薔薇として再出発をするにはうってつけの依頼であるともいえる。

 とはいえ、無理をしてまた以前のようなことになっては元も子もない。しっかりと調査し相手の強さを調べることにしよう。

 そんなことを考えながら、イビルアイは早速エ・ランテルに行くための準備を開始した。

 

 

 ・

 

 

 依頼を受けてから一週間後。エ・ランテルから三人が戻り、久しぶりに全員が集合した蒼の薔薇。

 イビルアイたちが集めた情報を聞き終えたラキュースは、額に手を当てながら深いため息を吐いた。

 

「なるほどね。それほど強大な悪魔だったなんて……例のカッツェ平野に現れたデス・ナイトの件もこれで説明が付くわね」

 

「何の話だ?」

 

「それだけ強力なアンデッドが現れたということは王国か帝国、どちらかがカッツェ平野でのアンデッド討伐の手を抜いていたということになるでしょ? おそらくその悪魔ヤルダバオトに帝都が襲われ、壊滅的な打撃を受けてその復興や後処理に追われてアンデッド討伐が疎かになったのね」

 

「その結果があのデス・ナイトってことか。まあ話の筋は通ってるな」

 情報を咀嚼するように宙空を見ていたガガーランが、得心がいったとでもいうように大きく頷く。

 

「しかし、よくこれだけの大事件を今まで隠して来れたものだな」

 イビルアイが口にした疑問に、ラキュースは困ったように眉を寄せた。

 

「それだけ帝国の情報隠匿が巧かったこともあるでしょうけど、多分一部の頭が切れる貴族が気づいても敢えて口にはしなかったのでしょうね」

 

「何故だ? 帝都がダメージを受けたのなら王国側にとってはチャンスだろ?」

 何の気なしに言ったイビルアイに、ラキュースではなくティアとティナが反応する。

 

「それは甘い、イビルアイ」

 

「甘ちゃん過ぎる。今の王国でそんな話が真実だと知られたら、絶対に貴族たちが今度はこっちから戦争を仕掛けようって言うに決まってる」

 

「そうそう。そうなったら勝てるかも分からないし、せっかく国力が回復しかけている王国には大打撃。だから知らない振りをしていた方が国の為になる」

 双子に交互に言われイビルアイはほう。と感嘆の息を吐いた。

 

「今の状況でも、本気で戦争を始めたら分が悪いのは王国ということか」

 

「そういうこと。でも流石に、三国の要所であるエ・ランテルまでは情報の隠匿ができなかったようだけどね。でもこれでヤルダバオトっていう悪魔がどれほど危険な存在なのか確信できたわ。聖王国は徴兵制を採っているから一般人もある程度戦えるけど、突出した個人は少ない。おそらく聖王国では止められないわね」

 再度ラキュースが深いため息を吐く。数は時に大きな力となるが、ラキュースたちが対峙したドラゴンなどに代表されるように相手が強大すぎる力を持っていた場合は無力だ。もっともそのドラゴンさえ打ち倒せる者もいるのだから、人間も捨てたものではないと思えるが。

 

「聖王国の今の状況は?」

 思考が別の方向に向かいかけていたところをイビルアイに問われ、ラキュースは慌てて頭を切り換える。

 

「聖王国も隠そうとしているようだけど、王国から海路を使って移動する商人もいたから、そちらから情報が掴めたわ」

 そう告げて今度はラキュースが集めた情報を話し始めた。

 現在ヤルダバオトは既に多くの亜人を纏めた軍勢を持っており、それを率いて聖王国の北部を襲撃、現在聖王国側はなんとか持ちこたえているもののこのままでは陥落は時間の問題だろうとのことだ。

 そして聖王国を落とした悪魔が、そのまま地続きの王国にも侵攻してくるのは確実。そちらに軍を派遣すれば、現在帝国とにらみ合っている王国が戦線を二つ抱えることになってしまう。

 

「お姫さんはこのままだと、聖王国が王国に救援を頼んで来るって考えてるんだよな? だったらそれはそれでいいんじゃねぇのか? 帝国がこの悪魔の強さ知っているなら邪魔はしてこねぇだろ。また帝国まで来られても困るだろうしよ」

 

「そうとも限らないわ。そのヤルダバオトを撃退したのは魔導王、つまりはあのアインズ・ウール・ゴウン殿なのでしょう?」

 

「ああ、らしいな。流石は魔導王ってところだな……そうか。確か奴さんは今」

 言いながらガガーランも気づいたようだ。

 

「そう、殆ど喧嘩別れみたいなものよ。あの能なしの王子のせいで」

 抑えていた苛立ちが胸の中に戻って来る。

 今の魔導王の宝石箱は王都に店を構えてこそいるが貴族との取引は断り、冒険者や市民、村人にだけ物を売っている。そして貴族はそれが不快だとして自分たちから接触を拒み、溝はますます深まった。

 その発端となったのが、例の舞踏会で第一王子のバルブロが不遜な態度で接したことだ。それに怒りを覚えたアインズは、トブの大森林を治めると宣言して引きこもってしまった。唯一アインズ本人と親交のあったガゼフが王都の店に通い、セバスの弟子であるブレインを通して本人に会うことを打診しているらしいが、上手く行ってはいないようだ。

 

「だからヤルダバオトが王国まで攻めて来たとしても、帝国に辿り着くまでにはトブの大森林がある。つまり魔導王が治めている場所まで来たら本人も戦うはずでしょ? そこで抑えられると考えて、帝国がこちらを攻めてくることも十分考えられるってこと。その件で皇帝の威信が傷ついたなら、なおさら強い皇帝であることをアピールする必要もあるしね」

 

「あのお姫さんはそこまで考えて事前に俺たちに頼んできたのか?」

 感心するガガーラン。

 自分でも思いつくことだ、ラナーがそこまで読んでいたとしても不思議はない。

 

「そう。あの娘は優しいから王国の民が傷つくことを何よりも恐れているのよ。でもこうなると困ったわね、ヤルダバオトが聖王国にいるうちになんとかしないと王国が危険に晒される──」

 一行の空気が重くなる。

 特に国堕としと唄われ、リグリットたち十三英雄と共に魔神と戦ったイビルアイですら何も言わないところを見ると、ヤルダバオトの力は彼女すら超えているのかもしれない。

 

「みんな話を聞いて。お願いがあるの」

 覚悟を決め、ラキュースは口を開く。

 これからラキュースが言おうとしているのは、折角力を取り戻したガガーランやティナだけではなく、皆を再び危険に巻き込むことだ。ひょっとしたら、以前ろくな調査を行わずにドワーフの王都に出向いた時と同じことをしようとしているのかも知れない。

 だが、民を救いたいという親友の願いや王国の貴族としての責務。何よりモモンの後を追いかけると約束した冒険者、蒼の薔薇としてここで退くことはできないと感じた。

 

「報酬を弾むように言っておけよ」

 にやりと笑ってガガーランが言う。

 

「え?」

 

「そうそう。何なら王女様の体払いでも良い」

 

「なら私はクライム? でもあれは育ちすぎだから、もっと小さい子が良い」

 ラナーが聞いたら怒りそうなことを勝手に言い合う双子。ラキュースが言いたいことを既に理解して先回りしているのだ。

 

「で、でも危険よ。また前みたいなことになったら──」

 

「それなんだが、私に一つ妙案がある」

 仮面を外したイビルアイが慌てるラキュースの肩に手を乗せ、どこか嬉しそうに語り始めた。

 

 

 蒼の薔薇内での指針が決まり、急ぎ約束を取り付けて王宮に出向いたラキュースはラナーにこれまでの調査結果を伝えた。

 しばらくラキュースが持ってきた情報を真剣に精査していたラナーだったが、やがて大きく息を吐いたかと思ったら、ふらりと体を揺らしその場で倒れかけた。

 

「ラナー様!」

 テーブルに打ちつける直前クライムがラナーを支えて事なきを得たが、ラナーの顔からは血の気が引き青ざめている。

 

「ありがとうクライム。大丈夫よ」

 その状態でもラナーはクライムを気遣い、力なく微笑みながら抱き起こしてくれたクライムの手を掴む。その手は微かに震えていた。

 

「ラナー、率直に答えて。ヤルダバオトはここまで来ると思う?」

 そんな彼女に追い打ちを掛けるようで気が引けたが、意を決してラキュースが聞くとラナーは気丈にもその問いを正面から受け止め、ゆっくりと答えた。

 

「ええ。間違いないわ、聖王国が落ちたら確実に王国に現れるでしょうね」

 

「やっぱり」

 

「そして帝国はゴウン様と良好な関係を築いている。だから王国が飲み込まれても、トブの大森林でゴウン様が迎え撃ってくれると見ている。ゴウン様にはそれだけの力があるんだわ」

 

「王国はそんな相手を怒らせてしまったわけね」

 頭が痛くなる。と続けてラキュースは深いため息を吐いた。

 

「それもこれもあのバカのせいね」

 以前ならばもう少し隠した言い方をしただろうが、つい口から出てしまった。それほど頭にきていたのだ。

 ラナーは同じ事を考えていても立場上同意できないのだろう。困ったように苦笑している。

 

「それで、あのバカ王子はどうしているの?」

 そちらに関しても聞いておかなくてはならなかったと思い出し、声を小さくしてラナーに聞く。

 

「特に変わりはないわね。というよりゴウン様に対して怒ってしまって、店を潰してやるって息巻いているわ」

 小さくため息を吐くラナーにラキュースは呆れ果てる。

 

「できっこないでしょそれ。ただでさえ魔導王の宝石箱は今や市民や村になくては成らない存在に成りつつあるのに、そんなことしたら国が割れるどころじゃないわ。さすがにそんなことが分からないほど……」

 バカじゃないとは言い切れない。

 あの第一王子ならあり得る。と思っているとラナーが息を落とした。

 

「……ウロヴァーナ辺境伯がバルブロお兄様への支持を止めるみたい」

 

「え?」

 ウロヴァーナ辺境伯は六大貴族の中で最も高齢で、人間的な魅力に溢れているとされている大貴族でありながら、王派閥で唯一バルブロを支持していた者でもあった。

 それを聞いて納得する。

 

「それで王位継承争いで後れを取ってしまったから一発逆転を狙っているってことね。魔導王の宝石箱のせいで下がった評価を懐柔ではなく店ごと無くし、潰した上ですべてを手に入れようとしていると。本当にそんなことができるのなら確かに一気に逆転できるけど……自分の領地を持っていないから想像力が足りないのかしら」

 

「どちらにせよ、しばらくは王国の権力争いも混乱が続く。そんな時にヤルダバオトが王国に現れれば、きっとバルブロお兄様は何も考えずに自分の力を誇示するために悪魔退治を行おうとボウロロープ侯の後ろ盾を使って軍の派遣を進言するわ」

 

「この時期に戦線を二つ抱える危険性を知っていても?」

 皆で相談している時に出た、ヤルダバオトに力を注いでいる間に背後から帝国が攻めてくる危険性という意味だ。

 ラナーは頭を押さえながら頷き、疲れた声でラキュースに問いかける。

 

「それで、ヤルダバオトは今」

 

「……既に聖王国の北部は壊滅寸前よ。一部生き残った者が解放軍を設立してその使節団が既にこちらに向かっているみたい。南部と北部の不和が原因で南部からは断られたのでしょうね。彼らが貴族派閥の者と接触する前に何とかしないと、最悪王国が滅んでしまうわ」

 ラナーとの会談が決定するまでに新たに入った情報だが、聖王国の使節団らしき一団を見かけたという商人がいたらしい。どうやら秘密裏に国を脱出したようだ。となれば使節団は既に王国内に入っていることになる。

 使節団は間違いなく王国へ助力を頼みに来るつもりだろう。その話を手柄に飢えているバルブロあたりが聞けばどうなるか、想像もしたくない。

 

 だからこそラキュースは覚悟を決めてここに来た。蒼の薔薇が聖王国に出向きヤルダバオトを退治する。ラナーもきっとそれを見越して自分たちに調査の依頼をしたはずだ。

 だがこの調査結果を見るに彼女たちだけでは難しいだろう。故にラキュースはイビルアイが口にしたアイデアである大英雄、漆黒のモモンとの共同作戦を提案するつもりだった。

 モモンはアインズと親しいようだが、イビルアイがカッツェ平野で助けて貰った時のモモンは、王都の冒険者であるイビルアイたちにも特に拒否感を持っていなかったという。

 そして本物の英雄であるモモンなら無辜の民が犠牲になると知り、キチンと説得すれば依頼を引き受けてくれる可能性は十分にある。

 だがそのためには、ラナーから国王陛下に進言し、彼らを雇えるだけの金額を用意して貰う必要がある。

 今回ラキュースはラナーにそれを頼むつもりだった。

 しかし、やっと顔を持ち上げたラナーの口から語られた言葉は、ラキュースの予想を覆すものだった。

 

「私は使節団の皆様が王国の貴族と接触する前に、ゴウン様に会っていただくように伝えるのがいいと思う。ラキュース、貴女たちにそれをお願いしたいの」

 思ってもみなかった言葉にラキュースは目を見開く。

 

「私たちに?」

 

「ええ。本来アダマンタイト級冒険者の貴女たちに頼むようなことでは無いのかもしれないけど、私には他に頼れる人がいないの。万が一にもこの話が他に漏れたら、王族が保身のために一介の商人であるゴウン様に押しつけたと思われるわ」

 だから自分の従者であるクライムには頼めないということなのだろう。

 だが何故、ラナーは自分たちにヤルダバオト討伐を依頼しないのか。チクリと胸に痛みが走る。

 気にしないようにとは思っていたが、ドワーフの国でのドラゴン討伐依頼の失敗で蒼の薔薇の評判が落ちているのは知っていた。

 あの大英雄モモンには敵わないのだから仕方ない。強さを取り戻し皆でまた一から出直せばいい。そう思ってはいたが、自分の親友であるラナーならば自分たちを信じて依頼をしてくれると思っていただけに、そのショックは大きかった。

 例えそれが自分たちを気遣ってのことだとしてもだ。

 

「……わかったわ、任せておいて。ゴウン殿の店にはよく行っているし、私たちなら怪しまれずに接触できるものね。まずはその使節団の方々に会わないと」

 ショックを隠してラキュースは頷く。

 

「ええ。出来れば王都に入る前に……お願い」

 もう一度、今度は無言で頷き、ラキュースは挨拶もそこそこに王宮を後にした。

 

 仲間が待つ宿に向かう道すがらラキュースは考える。

 根回しが苦手なラナーはそれだけで聖王国がアインズを頼ると思ったのかもしれないが、ラキュースにはそうはならない確信があった。

 アインズの力を知らない聖王国からすれば、何を言ったところで王国貴族であるラキュースが自国可愛さに厄介払いをしていると思われるだけで、一商人より王族や王国貴族との接触を試みるに決まっている。

 だが、そのラキュースたちが聖王国に出向いた上でなら話は変わる。

 少しでも戦力を欲しがっている聖王国なら、アダマンタイト級冒険者の自分たちが接触すればヤルダバオト討伐の依頼をしてくることは間違いなく、その上で自分たちだけでは力が足りないことを説明すればアインズ、最低でもモモンの力を借りることを了承してくれるはずだ。

 それなら王国の民を巻き込みたくないラナーからの願いも叶えられる。

 これしかない。と心に決めて仲間たちに報告すべくラキュースは歩みを早めた。




書籍版では聖王国には出向きませんでしたが、この話ではヤルダバオトの強さを本当の意味で知らないこともあって参戦する形になります
この後書籍版でもあった蒼の薔薇と聖王国使節団との邂逅になりますが、流れは大体同じで依頼を受けるだけなので、次の話はそれを飛ばして本格的に聖王国編に入ります

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