オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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前回の続きと、聖王国の話に入ります
書籍版であった話はなるべく省略していきます


第64話 理想の正義

「ふざけるな!」

 目つきの悪い従者をシズと共に入り口前で待機させ、聖王国に出向く許可を取るため、という名目で三人がアインズ──中身はパンドラズ・アクター──がいる部屋の入り口付近まで来た時、防音もしっかりさせたはずの応接室から大声が響き渡った。

 

「誰だ?」

 

「あれは使節団団長のレメディオスだな。いつもカリカリしている奴だ」

 

「イビルアイ、依頼主よ」

 咎めつつもラキュースが否定しないところを見ると、イビルアイの言っていることは事実なのだろう。

 明らかに交渉に向いていなさそうだが、これがデミウルゴスの言っていたアインズを不快にさせる者だろうか。

 しかしあの声からするとパンドラズ・アクターの方が怒らせたようだ。

 今のパンドラズ・アクターはアルベドたちが作り上げた絶対的支配者の演技をしているのだから、一介の商人が国の代表として出向いた使節団に横柄な態度を取っては怒鳴りたくもなるだろう。

 どちらにしろ確かめなくては始まらない。と扉をノックする。

 

「入れ」

 威圧感のある声に導かれ、アインズは中へと進む。

 

「失礼。アインズ様」

 

「どうした? 何かあったか?」

 練習するまでもなく完璧な支配者像を演じられるパンドラズ・アクターが、唯一苦手としていたのがアインズに対し敬語を廃して接することだった。しかしそこは店舗開店までの間やることがなくなり、時間が有り余っていたアインズとの特訓により解決され、アインズ側もモモンとしてアインズを敬い、様付けをする演技を修得できた。

 今では二人同時にいない限りNPCにすら直ぐには気づかれない──彼らは至高の御方の気配が何となく分かる、という謎の能力を有している──レベルにまで達したほどだ。

 

「いえ、少しお話が。まだ交渉に時間が掛かるようでしたら出直しますが……」

 

「いや、こちらの条件は全て提示した。後は彼女らが呑むかどうかだ。どうする?」

 

「呑めるはずがないと言っている! アンデッドの軍勢など聖王国に入れられるか! ここにはゴーレムがあるんだろう。外のでかい奴でも良い、あれにしろ。そもそも生者を憎むアンデッドなど信用できん。突然暴れ出したらどうなると思う!?」

 

「これは異な事を。そちらがあの大悪魔ヤルダバオトを私に討伐して欲しいと言うから条件を出しただけのこと。それに我々のゴーレムは攻撃用ではないのでね、全てのゴーレムに防衛以外の攻撃命令を聞かないように設定してある。今から新しくそれを外した物を作ろうにも時間がないのだろう? となれば選択肢はアンデッドだけだ。安心したまえ。私の完全な支配下に置かれたアンデッドが暴れることなどありえんよ」

 

「だからそれをどうやって証明すると!」

 茶色の髪をした女、レメディオスが顔を怒りによって紅潮させながらテーブルを叩いて立ち上がり、身を乗り出そうとする。

 

「だ、団長、押さえてください。申し訳ないゴウン殿。ですが団長の言っていることも事実です。強大なアンデッドであればあるほど、それを制御できる確たる証拠がなければ、我々はともかく聖王国の民が納得しません……」

 副団長らしき男がそれを止めながら言う。

 一応死霊術師(ネクロマンサー)が一緒に居ればアンデッドを連れていても──恐る恐るではあるが──納得するのは帝国で実証済みだが、宗教色の強い聖王国ではまた話が別なのだろう。

 

「納得させるのは君らの仕事だ。少なくとも私は自分一人で現地に向かうつもりはない。奴が軍勢を率いているなら尚の事な」

 しかし、そんな聖王国の事情をパンドラズ・アクターはばっさりと切り捨て、煽るように低く笑う。

 ここで実際にアンデッドを操る様でも見せれば信用されるのかも知れないが、今回はここでアンデッドを借りさせるつもりはないので、敢えて証拠を見せない予定である。

 そろそろか。とアインズは一歩前に出た。

 

「でしたらアインズ様の代わりにこの私、漆黒のモモンをヤルダバオト討伐のため、聖王国に向かわせてはいただけないでしょうか?」

 

「なに!?」

 

「貴方が漆黒の英雄、モモン殿ですか?」

 

「そうだ! アダマンタイト級冒険者にして王国、いや周辺諸国最強最高の冒険者モモン様だ。此度は聖王国を憂い、悪逆非道の限りを尽くすヤルダバオトを討つため立ち上がってくださったのだ」

 

(なんでこいつが宣伝するんだ? 一応商売敵だろうに。まあ楽だからいいけど)

 自信満々に胸を張り宣言するイビルアイは、背伸びをしている子供そのものだ。やはり中身は子供なのだろうか。

 

「ほう。流石はモモン、相変わらず高潔な男だ。だがお前は現在私が雇っている。つまりは私の許可無く、この地を離れることはできない。そうだな?」

 パンドラズ・アクターの台詞にアインズは頷く。

 

「その通りです。もしアインズ様が行くなと仰るのでしたら私はここに残ります。アインズ様にはそれだけの恩がある」

 

「……分からんな。お前の強さはよく知っているが、ヤルダバオトは強い。お前が万全の状態で直接戦えたとしても勝率は五割と言ったところだ。しかし、ここに残って奴が来るのを待ち、私やアンデッドと共に戦えば例え奴が亜人の軍勢を率いていようと我々の敵ではない。だというのに、何故勝算の薄い戦いをしに行く?」

 

「聖王国で困っている人が居る。であれば力を持つ者の責任として、それを助けるのは当たり前だと、そう信じているからです」

 

「っ!」

 

「おお、なんと勇ましい。貴方こそ本物の英雄だ。聖王国の民を代表し、感謝いたします」

 驚いたように顔を持ち上げるレメディオスと、分かりやすい賞賛を浴びせる副団長。

 そんな二人の視線がそのままパンドラズ・アクターに向けられる。特にレメディオスは明らかに敵意を示し、ここまで言っているのに行かせないつもりか。と口よりもハッキリと目で告げていた。

 やはりデミウルゴスの心配は的中したらしい。この様子は作戦を担当するデミウルゴスを始め多数の者が見ている。

 そんな中でこれほどアインズに対して無礼を働けば、この場で殺そうと提案してくる者が必ず出てくる。

 護衛としてパンドラズ・アクターの側に控えているナーベラルが、中身が違うと知っているはずなのに、殺意を込めた瞳を向けながら、腰に差した剣に手を伸ばしかけている辺りからもそれが窺える。

 やはり交代していて良かった。とアインズは兜の中で安堵しつつ小さく首を振ってナーベラルを落ち着かせる。

 言われていたのがアインズ本人だったのなら、宥めるのも苦労しただろう。

 もちろんこの手の交渉をアインズが完璧に出来るはずが無いという思いもあった。何しろ今回の作戦はこの地に転移して直ぐデミウルゴスに指示を出し、帝都で壮大な実験まで行った計画の集大成だ。失敗は許されない。

 

「ふむ。君たちはそれでいいのか?」

 パンドラズ・アクターがレメディオスに顔を向けると、彼女は少しだけ考えるような間を空けてから、アインズに問いかけた。

 

「勝率五割というのは本当なのか?」

 ヤルダバオトに一蹴された彼女から見れば、勝率五割というところがまず信じることができないのかもしれない。

 モモンの実力を目の当たりにしていなければ当然とも言える。

 

「当たり前だ! モモン様は一人で三匹のドラゴンを切り伏せるお方だぞ! ヤルダバオトが如何に強かろうと、私たち蒼の薔薇の援護があれば五割以上だ!」

 

(だから何でお前が……)

 

「イビルアイ、やめなさい──カストディオ団長、うちの者が失礼しました。ですが、彼女が言ったことは本当です。モモンさんの力は誰よりも私たちが一番よく知っています」

 

「ならば頼む! モモン。私たちと共にあの悪魔を、ヤルダバオトを倒してくれ!」

 

「もちろんそのつもりだが、先ほども言ったように全てはアインズ様のご許可があってこそだ」

 全員の視線が再度パンドラズ・アクターに集中するが、その視線に臆した様子も見せず、淡々と口を開く。

 

「……確かにヤルダバオト自体はいずれ打ち倒さねばならない存在なのは間違いない。よかろうモモン。聖王国に向かうことを許可する」

 

「ありがとうございます。必ずやヤルダバオトを打ち倒してご覧に入れましょう」

 

「おお! 感謝するぞモモン!」

 

「団長、先ずは許可を下さったゴウン殿に感謝すべきですよ」

 

「なにを言う。来るのはモモンだろう? 何故こいつに感謝などしなくてはならない」

 レメディオスの物言いに副団長の顔色が青くなる。今の言葉でアインズが怒り、せっかく纏まった話を取り消すのではと思ったのだろう。

 

「なるほど確かに道理だ。聖王国に出向くのはモモンであって私ではない。だがカストディオ殿、先ほどの提案はまだ生きているぞ? アンデッドの軍勢、それを容認するのならばモモンと共に私も出向こう。モモンと私、それに我が軍勢があればヤルダバオトが亜人を率いていても確実に勝利できる。聖王国のことを考えればそれが一番ではないかね?」

 

「何を言っている!? お前の腹は読めた。どうせその軍勢とやらを高額で貸し付けようというのだろう? 商人という奴はどいつもこいつも金勘定のことしか頭にないと聞いている。お前もその口だ。そんな奴を連れていったところで、危険になったら直ぐに逃げ出すに決まっている」

 

(だいたいその通りだけど。ここまではっきり言われると流石にムカつくな! なんなんだこいつは。俺、というかアインズの機嫌次第でご破算になるってホントに分かって言っているのか? いや、今回は計画の為に断れないんだけれども)

 

「……良かろう。その選択、後悔しないことだ。モモンは連れて行っていい。ただしモモン、お前は分かっているだろうがナーベは置いて行け。お前がいないのならば護衛はナーベに頼むしかない」

 ちらりと後ろのナーベラルに目を向けて言うパンドラズ・アクターに、アインズは当然とばかりに頷く。

 

「無論です。ナーベ、アインズ様を頼むぞ」

 

「はっ。お任せください、モモンさん。アインズ様の身は私が命に代えてもお守りいたします」

 ナーベラルはパンドラズ・アクターとアインズにそれぞれ目を向けてから恭しく頭を下げた。

 

「もう一つ、先も言ったがヤルダバオトは強い。敵が軍勢を率いているなら、尚のこと味方の脆弱さが響くだろう」

 パンドラズ・アクターの言葉に、自分たちが弱いと言われたレメディオスがすぐさま反応しそうになるが、隣の副団長が慌ててそれを抑える。

 

「故にお前が万全な状態で戦いを挑むためにも、聖王国にはこちらが提供する武具を借りて貰う。脆弱な兵でも我々の武具であればそれなりに戦えるだろうからな」

 

「せめてそれぐらいは儲けようという腹か」

 

「どう取って貰っても構わんよ。さて、どうする?」

 すっぱりと切り捨て、返答を迫るパンドラズ・アクターに二人は顔を見合わせる。

 

「分かった借りてやる! 弱い物なら使わなければいいだけの話だ。さっさと持ってこい」

 

「決まりだ」

 大きく頷き、契約成立の握手を交わそうと手を差し出すパンドラズ・アクターだったが、レメディオスはその手を握ろうとはしなかった。

 

(こいつと一緒にいると疲れそうだな。やっぱり聖王国にはパンドラズ・アクターに行って貰おう)

 モモンとして聖王国に出向くのはアインズとパンドラズ・アクターどちらでも良かったのだが、今回のことでモモン役はパンドラズ・アクターに任せようと心に決めた。

 

 

 ・

 

 

「うむ。計画は順調のようだな」

 聖王国にモモン──中身はパンドラズ・アクター──が発って暫く後、アインズは現地での指揮で忙しい合間を縫って、直接経過報告をしに来たデミウルゴスの前で椅子に腰掛け、楽しそうに話を聞く支配者としての演技をしながら低く笑う。

 

「はっ、滞り無く進んでおります。パンドラズ・アクター、いやモモン様も期待通り、いえそれ以上の結果を残しております」

 そちらに関してはあまり心配していない。

 ナザリックでも上位を争う知恵者同士が情報の擦り合わせを行った上での作戦だ。早々ミスなど起こり得ないだろう。

 

「入れ替わったことに気づかれた様子はないな?」

 唯一気になると言えばここだ。

 パンドラズ・アクターはある意味アインズよりも英雄然とした完璧な演技が可能だが、だからこそ蒼の薔薇、特にラキュースには礼節などの件で少々弱みも見せている。その辺りから逆に完璧すぎると気づかれてしまう可能性はないか気になったのだ。

 

「私どもならばともかく、現地の者が彼の演技を見抜けるはずがありません。一番接触が多かった蒼の薔薇も疑っている様子はございません」

 そうしたアインズの心配も杞憂に終わり、ほっとした胸の内を隠しつつ満足げに頷いて続けた。

 

「ならば良い。一つ目の捕虜収容所は落としたのだな。ではそろそろ私の出番というわけだ」

 

「はっ! 御自らにご足労頂くのは失礼とは存じますが、これを行えるのはアインズ様をおいて──」

 デミウルゴスの言葉を鷹揚な動きで遮り、アインズは言う。

 

「皆まで言うな。以前も言っただろう? お前がナザリックの為に立てた計画ならば私はいくらでも手を貸すと」

 

「その慈悲深きご配慮に感謝いたします」

 

「うむ。聖王国側の証言者が必要になるが、誰か良い相手はいるか?」

 

「それでしたら。モモン様の世話役を任じられた従者がおります。元々は監視の意味もあったのでしょうが、収容所の一件でモモン様は英雄扱い。もう監視は不要と考えているでしょうし、その者が消えても単なる逃亡扱いで問題になることは無いかと」

 

「それならばちょうど良い。ではこちらの準備が整い次第聖王国に出向くが……私一人というわけにもいかんな。誰か連れていくか」

 

「御身の安全を考えればやはり、守護者をお連れいただくのがよろしいかと」

 デミウルゴスの言葉にも一理ある。普段ならシャルティアを連れていくところだが、今は店舗が増えたことで各店舗に荷物やアイテムを運ぶ役目として転移門の発動や、魔獣、ドラゴンへの指示を一任してある。

 そちらが済んでいないうちに呼び出す訳にも行かない。

 そうなると選択肢は限られる。

 

「今空いているのはアウラか。大森林の調査も終わっているしな、後は誰か──」

 トブの大森林の調査や支店の改装もほぼ終わり、かつマーレと違い店に派遣していないこともあり、アウラにも何か仕事を与えようと思っていたところだ。そしてもう一人折角テストをした者がいることを思い出す。

 聖王国の者にも顔を見せたこともあり、ちょうど良い。

 

「シズも連れていく。済まないがデミウルゴス。聖王国に戻る前に二人に連絡しておいてくれ。私は自分の準備を行う」

 

「畏まりました。私は表には出ませんが、御身のご活躍を陰ながら拝見させていただきます」

 

「うむ。よろしく頼むぞ」

 深々と礼を取り、部屋を後にするデミウルゴスを見送り、アインズは小さく息を吐く真似をする。

 今回はデミウルゴスが転移直後から下準備を始めていた大規模な作戦の総仕上げだ。

 デミウルゴスたちが作り上げた脚本には全て目を通し、アインズとしても、不測の事態でパンドラズ・アクターと入れ替わる時のことも考え、モモンとしての振る舞いも練習してはいるが、こうした失敗の許されない大規模作戦に出るのはやはり気が重い。

 

「よし。うだうだ考えてても仕方ない。頑張れ俺!」

 これは今までのように単純に金や人材を入手するだけではなく、次に繋がる重要な作戦でもある。

 そしてそれはアインズにとっても悲願とも呼べる作戦、その第一歩だと考えればやる気も出てくると言うものだ。

 早速メイドを呼び、準備を開始した。

 

 

 ・

 

 

「はぁ」

 未だ激戦の傷が生々しい収容所の隅で、聖王国聖騎士団従者、ネイア・バラハはため息を落としていた。

 先日この地で行われた解放軍と収容所を占拠していた亜人との戦いの中で見た光景が忘れられない。

 収容所の扉を破壊しようとした解放軍に対し、見張り台の上に立った亜人バフォルクが取った手段が、収容所内にいた子供を人質に取るという行為だった。

 当然のように聖騎士たちに戸惑いが走ったが、ここでその人質を救う術が無いことを誰もが気づいていた。

 だから戸惑いは直ぐに晴れ、仕方のない犠牲と割り切って行動を再開する。

 きっと皆そう考えたことだろう。

 もちろんネイアもその一人だ。

 彼女が護衛を任せられたモモンと蒼の薔薇──彼らの本命はあくまでヤルダバオトなので、それまではできるだけ戦いの少ない後方に配置することが決まっていた──を守るために後方にいたネイアもきっとすぐに破城槌による門の破壊が再開され、人質の子供は殺されることになると思っていた。

 仕方のないことだ。

 せめて目を背けることなく、それを見届けよう。

 そう考えたネイアだったが、その時は訪れず、それどころか団長レメディオスからの後退命令がネイアたちのところまで届いた。

 

 何故。という疑問が全身を包んだ。

 確かに人質を犠牲にして勝利を得るのは、聖騎士が掲げる正義の理想からは大きく外れている。

 だがそれしか方法がないのは、戦闘時の状況判断において獣じみた勘を発揮するレメディオスなら理解できるはずだ。

 だというのに何故彼女は一人の命に固執するのか。その結果より多くの犠牲が出ても構わないというのだろうか。

 誰もがそんな疑問を抱き、動揺が広がる。その状況を一変させたのは、ネイアが護衛として守り、無傷でヤルダバオトの元に運ばなくてはならなかったモモンだった。

 

 不味いな。と一言呟いた彼は蒼の薔薇に、手伝ってくれ。と言うや否やネイアが問う間もなく、混乱しつつも確実に後退を始めていた聖騎士たちの隙間を、風のように素早く一直線に門に向かって駆け出し、ネイアの身長ほどもある巨大なグレートソードを門に向かって投擲した。

 何度も破城槌を打ち込んでも破壊されなかったその門は、ただそれだけで簡単に粉砕された。

 彼は残る一刀を握ったまま見張り台の上に跳躍すると、何かの力でバフォルクの動きを止め──モモンは魔法は使えないのでマジックアイテムだろう──瞬く間にバフォルクを切り捨てて人質を救出し、そのまま収容所の内部に突入していく。

 それを見た聖騎士たちは堰を切ったようにモモンを追いかけていった。

 更に蒼の薔薇もネイアを置いて後に続く。慌ててネイアも追いかけたが、乱戦によってモモンを見つけることはできず、その姿をようやく見つけた時には既に戦いは終わっていた。

 

 収容所内の戦いでは再び別の人質を楯にしたバフォルク討伐に手間取り、聖騎士や人質に多数の怪我人は出したが、モモンと蒼の薔薇の活躍によって死者は一人も出なかった。

 つまり常々聖王女やレメディオスが説いていた理想の正義は、人類の英雄と名高きアダマンタイト級冒険者漆黒のモモン、そして蒼の薔薇の活躍によって成し遂げられたことになる。

 だがその代償は大きく、貴重な戦力である聖騎士に多数の重傷者と装備の破損を招いた。

 怪我人は神官と残り少ない水薬(ポーション)を大量に使用してなんとかなったが、装備の代わりは簡単には用意出来ない。魔導王の宝石箱から借りた強力な武具は一つも破損しなかったが、幾つかは逃げ出したバフォルクに持ち出されたのか行方知れずになってしまった。

 何より死者を出さない為に乱戦の中でモモンが使用した多数のマジックアイテムの消耗が大きかった。

 本来モモンは肉体的にはもちろん、装備やアイテム等も含め万全の状態でヤルダバオトの元に連れて行かなくてはならなかったのだ。

 だからこそだろう。全てが終わった後、死者無しという結果を喜び、モモンたちに礼を言ったレメディオスに、モモンは厳しい口調で告げた。

 

『貴女は間違っている。今回は問答の時間も無かったが故にこの方法を選んだが、次は例え多少の犠牲が出ようと確実な方法を採るべきだ』

 モモンはそう言い、一緒にいた蒼の薔薇のイビルアイも頷いていた。

 やっと自分の正義を認め、更には彼女にもできなかったことをやってのけた英雄の厳しい言葉はレメディオスに大きな衝撃を与えたらしく、彼女はモモンと騒ぎを聞きつけ集まってきたグスターボと聖騎士たちの前で、自分が信じる正義、いや忠義を捧げた今は亡き聖王女が常々語っていた正義を口にした。

 

「誰一人として死なず、悲しむことのない方法を選ぶ。その選択、正義が間違っているはずがない。か」

 その言葉で、彼女が聖王女の考えに縛られているのではなく、あまりに理想的すぎて常人であれば誰もが諦めてしまう完全無欠の孤高の正義を目指しているのだと気づかされた。

 彼女はその困難さを理解しつつも、実行すべきだと言っていたのだ。

 それを理解できなかった自分たちこそが哀れむべき存在なのかもしれないと、ネイアも含めた聖騎士たちが羞恥から顔を伏せる中、それでもただ一人、真っ向からモモンが言い放った言葉は、だからこそ印象に残ったのだ。

 

『その正義を、こちらに損害もなく確実に実行する術は確かにある。しかしそれを切り捨てたのは何の紛れもない貴女自身だ』

 子供を助けたが故に大事な戦力である聖騎士を傷つけ、装備を失い、更には自分の持つアイテムを消費した。それはレメディオスが、聖騎士たちが、そして自分たち皆の力が足りなかったせいだ。もしここに自分だけではなく、アインズ・ウール・ゴウンも居たのなら皆を救えた。その提案を蹴って自分だけを連れてきたレメディオスの責任なのだ。

 呆然とするレメディオスや他の聖騎士たちを前に、モモンは語った内容はこういったものだった。

 

 レメディオスにも言いたいことは色々とあっただろう。

 モモンが魔導王の宝石箱でそうした話を一切しなかったこと。

 それ以前にアインズは、多数のアンデッドを連れていくことを許可しなければ、聖王国には行かないという条件を曲げなかった。ならば、そのアンデッドあるいはアインズ自身がヤルダバオトを討った後、疲弊した聖王国にその軍勢を差し向け国を奪い取ろうとする可能性もある。

 一商会の主がそんなことをする必要が無いと言っても絶対ではない。その危険性がある以上はあの時のレメディオスの選択は間違っていないのはネイアだって分かる。

 ただ、そこに彼女が掲げる理想の正義が絡むと話は変わってくる。不可能とさえ思えるそれを実行すると覚悟を決めていたなら、レメディオスはプライドを捨て頭を下げて懇願するべきだった。

 アインズに付いてきてくれと。

 アンデッドを決して暴れさせないでくれと。

 

 まさに結果論だ。

 あの時点でこんなことになると読めるはずがない。

 だが結果として、今回の件でモモンは万全の状態ではなくなったのは事実だ。

 それはつまりヤルダバオトを討ち、聖王国を救える可能性が低くなったことを示していた。

 自分の行動がもっとも大切にするべき聖王国を救う確率を下げたことに気づいたのだろう。モモンの言葉にレメディオスはそれ以上何も言えなかった。

 モモンが口にしたのは紛れもない正論だ。

 レメディオスのやり方を続けていけばヤルダバオトを討つ前に全滅する可能性だってあったのだから、誰かが言わなくてはならないことだった。

 それを他国の協力者に押しつける結果になってしまったことは、ネイアも含めた聖王国全体の責任である。これもまた結果論に過ぎないが、もっと早くレメディオスの狂気じみた正義への執着に気がつき、戦う前に考え方を変えさせるべきだったのだ。

 

「はぁ」

 再び息を吐く。

 あれからレメディオスはすっかり意気消沈し、最低限仕事はこなすが、グスターボが決めたことを機械的に行うだけになってしまっていた。

 今までことあるごとにネイアに辛く当たっていたのも嘘のように静かになり、それはそれでありがたいのだが、素直に喜ぶことは出来なかった。

 

「どんな人なんだろう」

 不意にモモンが語っていた言葉に現れたアインズのことを思い出す。

 ネイアは交渉にはほぼ関わらず、会話もしていないが、聖王国でも一度も見たことの無い豪華なローブを纏った姿は印象に残っている。

 何よりモモンが聖王国に来るまでの間、監視兼護衛として傍にいたネイアや、共に聖王国に出向いてくれた蒼の薔薇の面々に対し、ことあるごとにアインズが如何に素晴らしい人物なのかを語っていた。

 モモンにとってアインズは恩人であり、今でも冒険者としての活動を補佐してくれているパトロンだと聞いているが、それだけではなく、まるで本当に敬愛する父親の自慢をするような口振りに、していることは真逆ながら、自分のことを他者に自慢していた父親のことを思い出してしまったくらいだ。

 普段から立ち姿すら威厳があり、英雄然としたモモンが見せたほんの僅かな無邪気さは、振る舞いも強さも完璧過ぎるモモンを少しだけ親しみやすく感じさせるものだった。だが今は逆に、彼がそれほど褒め称え、モモンや蒼の薔薇が力を合わせても完璧にはできなかったことを可能にすると言わしめる、その力を見てみたいと思ってしまう。

 

「アインズ・ウール・ゴウン、様……か」

 あの恐ろしいほど顔の整ったメイドの少女がことあるごとに訂正していたことを思い出して、ついそんな敬称をつけて呼んでしまう。

 

「呼んだかね?」

 

「きゃぁ!!」

 突然すぐ後ろから声が聞こえ、ネイアは思わず叫び声を上げてその場で飛び上がった。

 

(嘘!? なんで。私ちゃんと周囲の警戒はしていたのに)

 聖王国使節団を命がけで王国まで連れていった父譲りの知覚能力は彼女の密かな自慢であり、今もまた気落ちはしていても警戒だけは怠っていなかったはずだ──こんな弱音を吐いているところを見られるわけにはいかなかったということもあるが──しかし周囲には人影は無い。もしや透明化、それとも影に隠れることができる蒼の薔薇の忍である双子か、いや声が違う。

 この声はどこかで聞き覚えがある。

 威厳と何とも言えない魅力を感じる声。

 

「…………ちゃんと様を付けて呼びました……これが良いと思います」

 

「シズがそう言うなら彼女にしようか」

 その声の主をやっと思い出した瞬間、何もなかったその場所に突如として二つの影が現れた。

 一人は例の整いすぎて、人の理想形として作り上げられた人形のようにも見える無表情なメイド。

 そしてもう一人は。

 

「少し話をしないか? この国を救うために君の協力が必要だ」

 以前のものよりは目立たないが、美しい光沢を持った高級そうな漆黒のローブを身に纏い、泣いているようにも笑っているようにも見える仮面を付けた魔法詠唱者(マジック・キャスター)の姿がそこにはあった。




書籍版での収容所の人質はアインズ様は効率重視の意味で無視できましたが、英雄として名高いモモンであればやっぱり助けるしかない。ということでデミウルゴスたちがこういう台本に変えました
ここから書籍版とは大きくルートが変わることになります

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