オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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次の話への繋ぎ、なのであまり話は進んでないです


第65話 参戦・魔導王

「ど、どうしてゴウン……様がここに?」

 殺し屋のごとき鋭い目を見てようやくああ、こいつか。と思い出す。

 団長副団長と一緒に交渉の席に着いたはずが、アインズ扮するモモンが外に出ると、何故か後を追うように付いてきて、蒼の薔薇の二人とともに店内を見せてやった娘だ。

 

「…………うん。やっぱり、あれとは違ってちゃんとしてます……可愛くはないけど」

 

「ぐっ。し、質問に答えて下さい。ここは──」

 

「分かっている。落ち着いて話そう、付いてきたまえ。大事な話がある」

 事前に調べていた空き家に向かって歩き出す。

 付いて来てくれるのか少し心配だったが、ネイア・バラハは警戒した小動物のように身を竦ませながらも、腰に差した剣の柄を握りしめ黙って付いてきた。

 柄を握っているのは何かあったらすぐに対応できるようにということだろう。やはりあまり信用はされていないらしい。

 それも仕方ない。

 世界の危機にも繋がりかねない強大な悪魔、ヤルダバオトを倒すために立ち上がった英雄モモンとは対照的に、アインズは力がありながらも金のために難癖をつけて聖王国に出向かなかった男として認識しているはずなのだから。

 他の者ならその態度すら不敬だと怒り出しそうな所であり、実際姿を消して周囲を警戒しているアウラの反応が気になるが、少なくともシズならそこまで過敏に反応することもないだろう。その意味でもシズを連れてきて良かった。と思いながらアインズは足早に移動を開始した。

 

 

 ・

 

 

「ここだ。誰もいないから落ち着いて話ができる」

 ネイアが連れて来られたのは人気の無い収容所の端で、元は亜人が寝床にしていた場所であり、現在はそんな部屋を使うわけにはいかないと空けたままになっている建物だ。

 こんなところに連れてきてどうしようというのか。今からでもレメディオス、いやグスターボを呼んできた方が良いのではないか。

 そんなネイアの考えに気づくことなく中に入ったアインズが何やら唱えると、突如何も無かった空間から漆黒の輝きを持つイスが創り出され、それに腰を下ろす。

 同時にシズと呼ばれていた眼帯をした少女が側に控えた。

 

「君も座ると良い。話は少し長くなる」

 

「し、失礼します」

 思考が停止した頭で言われるがまま、こちらは最初から反対側に置かれていた粗末なイスに腰を下ろす。

 あの見事なイスは始めからここに隠していたのか、いやどちらかというと本当に無から創り出したと言う方が正しい気がする。

 魔法とはこんな事も可能なのか。とイスをマジマジと見つめていたネイアに、アインズが咳払いをする。

 瞬間、失礼なことをしていることに気がつき、慌ててアインズの泣き笑いのような仮面に視線を向けた。

 

「改めて言う必要もないかとは思うが私はアインズ・ウール・ゴウン。緊急時故、国境を無断で移動したことは詫びを入れよう」

 なんで私にそんなことを言うのか。

 ここでその謝罪を受け入れる権利も怒る権利も、ネイアのような従者ごときにあるはずがない。

 仕方なく、そのことは聞かなかったことして自己紹介だけすることにした。

 

「わ、私は聖王国、聖騎士団従者、そして今は漆黒の英雄、モモン様の従者を務めておりますネイア・バラハです」

 自分とアインズの繋がりは店から派遣されていることになっているモモンだけだ。そのことを言っておけば話の取っかかりにもなるだろうと口にすると案の定、アインズはそれを聞き一つ頷いた。

 

「そうか。彼は良くやっているか?」

 

「はい。この収容所を亜人どもの手から取り戻せたのも、モモン様のご活躍があってこそです」

 口にした瞬間、奪還した際レメディオスにモモンが語った言葉を思い出す。アインズが居れば被害も無く収容所を解放できたというのは本当なのだろうか。尋ねてみたい気持ちが沸き上がった。

 

「それは良かった。もう少し話を聞きたいが今は時間もない。早速で悪いが、私がここに来た理由なのだがな。今の君の話を聞いていると作戦は順調らしいが次の目標は決まっているのか?」

 そんなネイアの思いとは裏腹に、アインズは早々に話を切り上げ、話を進めた。

 解放軍の今後についてはネイアも聞いている。

 別にネイア自身が会議に参加したわけではなく、その話をモモンたち冒険者チームに伝えるように命じられただけで、それは既に済んでいる。

 だがそれをここでアインズに話すことは出来ない。

 

「それは──言えません。私のような一介の従者が他国のお方に話して良いようなことでは……」

 これは当然のことだ。

 作戦に参加するモモンたちに伝えるかどうかでさえも揉めた程なのだ。まして、そのモモンだけを派遣し、聖王国への協力を拒んだアインズに従者ごときの判断で勝手に語って良いはずが無い。

 しかし、もし今回改めて参加するために来てくれたのだとすれば。モモンが自分以上と認めるその力をなんとしても借り受けたい。

 だが当然これもネイアが判断できることではなかった。

 

「ああ、それもそうだな。では私の独り言だ。君たちはこれからこうした小さな収容所ではなく、もっと大きな都市に攻め込み、そこで王族なり有力な貴族なりを救出に行くのではないか? その戦果を持って南方の軍に合流し協力を仰ぐ算段だ」

 何でも無いように話すアインズに、ネイアは下に向けていた顔を持ち上げ、アインズの仮面を穴が空くほど凝視した。

 解放軍の上層部とモモンたちしか知らない今後の計画を、アインズはあっさりと看破した。信じられないという思いと同時に一つの可能性が浮かんだ。

 

「ど、どうして! モモン様から?」

 この話を知っているのは聖王国の一部を除けばモモンたちだけだ。

 そしてそのモモンは、アインズの要請を得て参加した。そうでなくともアインズのことを慕っているのは明らかだ。故にモモンがこっそりとアインズに情報を流していたのではないか。と考えたのだが、アインズはすぐさまそれを否定する。

 

「モモンは高潔な男だ。スパイの真似事などいくら私の命令でも従いはしない。だが、奴に気づかれないように私が様子を窺うことはそう難しいことではない」

 

「では、ずっと様子を?」

 

「そう言うことだ。モモンは知らない、いや知られてはならない。モモンを含め誰にも知られずに行う必要があった。何よりこれは君たち聖王国の為でもあるのだ」

 

「どういうことですか?」

 自分の声に嫌悪感が混じったのが分かった。

 危険な土地に自分は赴かずモモンだけを送り、高みの見物をしている者が聖王国の機密を盗み出した。

 その上、それが聖王国の為だという。

 

「最初の交渉の時、私は聖王国でのヤルダバオト討伐は危険が伴うため、自分の土地であるトブの大森林で行えば良いと言って断ったことを覚えているだろう?」

 

「あ、いえ。私はその際には同席しておりませんでしたので。ですが団長たちから話は伺っています」

 ネイアの言葉に、アインズは一拍間を空けてからコホンと咳をして何事もなかったかのように話を進めた。

 

「うむ。そうだったな。とにかく私はそう言って、代わりにモモンを送り出したがそれらは全てブラフだ。私とてヤルダバオトの危険性は理解しているし、王国は私にとって重要な商売相手でもある。そこが戦火に巻き込まれないよう、奴の居場所が特定できている今のうちに叩きたい思いは同じだ」

 

「でしたら! でしたらどうしてご一緒して下さらなかったんですか。もし貴方がいてくれれば、きっと。きっと……」

 モモンが言った、アインズさえいれば多くの聖騎士や民の血が流れることなく収容所を解放できたという言葉が蘇り、思わず立ち上がる。

 同時に冷ややかにネイアを見ていたシズと呼ばれたメイドが動き出そうとするのを、アインズは手を差し出して止めながら言う。

 

「この収容所を奪還する際にモモンが言っていたことか。確かに私がここにいれば血を流すことなくこの収容所を制圧できたかも知れない。だが、私には目先の勝利よりもっと重視しなくてはならないことがあった。ただそれだけのことだ」

 

「それは?」

 

「君たちが王族、あるいは有力貴族を救いだそうとしているのは、そうしなければ南部の軍が動かせないからだろう? いずれ南部の者に救援を求めねば解放軍の維持すら困難になる。しかし今のままでは南部の者たちはヤルダバオトを甘く見ているため、簡単には動かない。動かすには王族や有力貴族からの圧力が必要だ」

 

「どうして。それはモモン様も知らないはずなのに」

 こちらの事情はモモンたちには言っていない。

 聖王国の恥に成りかねない内情を他国の者に教える必要は無いという判断だ。ネイアのような従者が知っているのは、モモンと蒼の薔薇の話がそちらに向かったら直ぐに話題を変えるように命じられていたためだ。

 

「その程度は別に私でなくとも少し考える頭があれば分かることだ。ヤルダバオトは狡猾な悪魔、その実力もさることながら、軍勢を組織し、勝てないと分かれば人質を取って逃げ出すことも厭わない。そんな相手が私とモモンという強者を同時に相手取るはずがない。私たちが来たと知れば必ず身を潜める。それは分かりきっていたことだ。だからこそ、私は君たちの要請を断った振りをし、秘密裏に様子を窺い、気づかれないように入国した。そもそも私はその都市に王族がいるというのも、解放軍を一ヶ所に集めるための罠ではないかと考えている」

 

「そんな! だったら早くみんなに伝えないと」

 ネイアの言葉にアインズは目の前で手を振り大げさに息を吐く。

 

「無駄だ、証拠がなければ誰も信じまい。まして団長も副団長も以前のことで私の事を信用しないだろうしな」

 確かにそうかも知れない。

 そもそもモモンたち冒険者にも会議に加わって貰った方が良いのではないか。という提案を蹴ったのは上層部だ。

 これまでさんざん世話になったモモンたちでさえ、未だにそうなのだから、手ひどく断ってきた他国の商人を信用するはずなど無い。

 

「ではどうすれば?」

 解放軍が壊滅すれば残るのはヤルダバオトと直接戦っていないため、その力を侮っている南の軍だけ。勝てるはずがない。

 これ以上こちらの戦力を減らすことなく、ヤルダバオトの強さを知っている自分たちが南の軍と協力し、ヤルダバオトの元にモモンと蒼の薔薇を送り込むのが最終的な作戦であり、そのための戦力を得るのが目下の目的なのだ。

 

「私もそれをずっと考えていた。私のアンデッドを投入すれば例え奴らが罠を張っていようと亜人の殲滅は可能だろう。だからと言って私が勝手に他国に兵力を送り込むことは出来ない。ではどうするか。君たちの考えていた王族などの力ある者を救出するのは私にとっても有力な方法だ。初めは都市の奪還まではモモンや君たちに任せ、それが済んだ後、王族や貴族と直接交渉し、私の軍勢を改めて受けいれて貰えるように交渉するつもりだった」

 なるほど。確かにそれならば可能性はある。

 アンデッドは疲れ知らずなので、今の戦力の低下した解放軍の勢力補充には最適だ。

 しかしレメディオスがアインズの提案をきっぱりと断ったように、生者を憎むアンデッドを聖王国が受け入れるには聖王女亡き今、今後の聖王になる可能性がある王族や南の貴族たちに圧力を掛けられる有力貴族を説得する必要がある。

 だが最後のつもりだったという言葉が気になった。

 

「状況が変わった。仮にその情報が君たちを集める罠であれば、王族も貴族もいない可能性もあるのではないか?」

 

「ああ! 確かに」

 言われてみれば当たり前だ。

 ヤルダバオトが狡猾な悪魔であるなら、罠に本物を使う必要はない。

 いるという情報だけで十分だ。

 何しろこちらにはそれを確かめる術は無いのだから。

 

「故に私は考え方を変え、ヤルダバオトがいる場所を探し直接潜入する術はないかと考えた。奴さえ討てば後は烏合の衆、なんとでもなるからな。今ここに私がいることで分かると思うが、私は転移魔法という一瞬で遠くに移動する魔法が使える。ただし転移魔法が使えるのは私だけではない、ヤルダバオトもだ」

 

「では例えヤルダバオトを追いつめても、劣勢になれば逃げられるということですか?」

 それではモモンを無傷でヤルダバオトのところに送り込んでも意味はないことになる。

 

「私が心配していたのはそれだ。だが奴はその転移を使えなくする術を習得していた。これは私でも使えない超上位の悪魔や天使のみが使える特殊技術(スキル)だ。確実に奴を葬るため私は研究を重ね、その力と同じ効果を発揮するマジックアイテムを作り出した。だがこれは範囲が狭い。故に奴がいる本拠地に仕掛けなくてはならない」

 そう言うとアインズは豪華なローブの内側に手を入れ、輝く水晶を取り出した。

 

「これを奴の本拠地に仕掛け、発動させた後モモンを連れて二人がかりで奴を討つ。これが私の計画だ」

 

「素晴らしいと思います! モモン様とゴウン様のお二人なら確実に奴を討てる。そういうことならきっと団長も納得してくれます。早速話に行きましょう」

 早くこの話を誰かに伝えなくては。今のレメディオスは自信を失い、精神的に参っている。となるとグスターボの方がいいだろうか。

 そんなことを考えていたネイアにアインズは慌てたように告げた。

 

「待て待て。それはマズい。いいか、先ほども言ったがこの計画がヤルダバオトに漏れたら、その瞬間奴は逃げ出す。そうなれば全てはご破算だ。都市に向かわせることが本当に罠だったのならば、その罠を成功させるためには内部に協力者が必要となるはずだからな」

 

「私たちの中に裏切り者がいると?」

 

「裏切り者ではなく、敵が混ざり込んでいる可能性があるということだ。例えば幻術、これは姿形を他人そっくりに変える魔法だ。記憶や考えまで真似られるものではないので調べようと思えば簡単だが、大々的に調査すれば直ぐに相手は感づきヤルダバオトに報告される危険性がある。それに、単なる市民や聖騎士ではなく上層部内に化けた者がいたらもっと危険だ。例えば最近性格が大きく変わった者はいないか?」

 その言葉を聞いて背筋がゾクリと冷たくなった。

 性格が変わったといえば、レメディオスだ。

 以前は厳しくとも、良く言えば大らかで細かいことは気にしないさっぱりとした性格だった。

 それが今では見る影もない。自分が特に厳しく当たられていたからよく分かる。

 主である聖王女や神官団団長の妹ケラルトを失ったショックでそうなったと聞かされていたが、それを隠れ蓑として本当は悪魔が化けていたとしたら。

 収容所で理想の正義を唄っていたのも、味方に損害を出すための策であったのなら。

 一度思いつくと次々に疑念が生まれる。

 これではこの話をレメディオス、いや他の者たちだってネイアは元々関わりがあったわけではない以上、本物か見分けることなどできない。

 間違って悪魔にこの情報が伝わったら、その瞬間全てが終わりになってしまう。

 そうしたネイアの考えを読んだのだろう、アインズは大きく頷くと声を張った。

 

「だからこそ、誰にも知られることなく少数だけでヤルダバオトを探す必要がある。しかし流石に私だけでは無理だ。特に聖王国の常識や地形、敵の亜人の情報を知っている者の手助けが必要不可欠なのだ」

 ガントレットが填められた腕が持ち上がり、そのままネイアに向けられる。

 それでようやく自分のような従者にアインズがわざわざ声をかけた理由に気がついた。

 

「わ、私ですか?」

 

「そうだ。君は聖王国の従者らしいが、ようは正式な聖騎士ではなく見習いということだろう? つまりこの地を離れても問題は少ない」

 その通りだ。

 今まではモモンたちの監視という仕事があったが、先の一件ですっかり信頼を獲得したモモンたちに今更監視は必要なく、人より少し感覚が鋭いという特技も、蒼の薔薇のメンバーである双子と比べれば数段落ちる。

 後は弓の腕が少し良い程度だが、それもアインズから借りた強大な力を持った武具の中に弓が入っていなかったため、戦況に影響を及ぼすほどではない。

 

「この状況下で君がいなくなっても、単に戦いが怖くなって脱走したと思われるだけだろう。君は裏切り者として糾弾を受けるかもしれない。しかしこれは聖王国を救うただ一つの方法だ、と私は考える。無論断るのも自由だ、好きにしたまえ。その時は情報漏洩を避けるため今話した記憶は消させてもらうがね」

 

「記憶を消す? そんなことができるのですか?」

 支配や魅了で相手をコントロールする方法はあるが、それは一時的なもので正気を取り戻した時は記憶が残っていると聞いた覚えがある。

 

「やはり気づいていなかったか。先ほど君が一人でいた時、私たちは透明化して後ろにいた。そこで勝手ながら君の記憶を覗かせて貰っていたのだ。だから私は君が幻術で化けた悪魔ではないと確信して声をかけることができたのだよ。私にはそうした記憶のコントロールを行う術もあるということだ」

 

「あ、あの時、そんなことが」

 思わず頭を守るように手をかざす。

 知らない間に勝手に記憶を覗かれたと知って驚きと僅かに怒りも感じるが、アインズからすれば、ネイア以上に聖王国の誰を信じて良いのか分からない状況だったのだから仕方なかったのかもしれない。

 

「君の許可なく勝手に記憶を覗いたことは詫びよう。申し訳ない」

 その場で僅かに頭を下げるアインズ。

 口振りは軽く、仮面で顔も見えないが誠意を感じるには十分だ。

 なによりアインズはこれからこの地獄と化した聖王国を救ってくれるかもしれない人物。

 そんな相手に、自分のような従者に頭を下げさせていい筈がない。

 

「あ、頭をお上げくださいゴウン様、私は全く気にしておりませんので」

 

「…………そうです……アインズ様が頭を下げることないです」

 今までずっと黙っていたメイドが口を開く。

 無機質ながら、どこか苛立ちを感じさせる声だ。

 やはりメイドとしては、主人が単なる従者に頭を下げるところなど見たくないのだろう。

 

(だとしてもそれ。貴女が言うこと!?)

 心の中で大きく息を吐き、ネイアは改めてやっと顔を上げてくれたアインズを見る。

 初めから選択肢などない。

 例え裏切り者と呼ばれ蔑まれようと、自分は人から感謝されるために行動しているのではない。

 聖王国、自分の生まれ育った祖国を救う為にこそ行動するべきなのだ。

 

「分かりました。謹んでお受けいたします。ですからゴウン様。必ず、ヤルダバオトを討ってください」

 

「もちろんだ。では契約の証と、先の詫びを込めてこれを貸し出そう」

 そう言ってアインズは再びローブの中に手を入れると弓を取り出した。

 明らかに服に隠せるサイズを超えているが、それ以上に驚いたのはその武器そのものだ。

 動物の組織をそのまま使っているかのような部分があるが、それが逆に神聖さを醸し出している弓は、聖騎士たちが魔導王の宝石箱で借り受けた武具より強大な力を感じる。

 店から借りたのは、ネイアも見た最高クラスの魔法武具ではなくそれより少し落ちる物だった。壊れたりなくした場合の賠償額の問題もあったが、一番の理由は流石に聖剣以上かもしれない武器を借りるわけはいかなかったためだろう。

 しかしそこで妙な見栄を張らずにそれらの武具を借りておけば、収容所で必要以上に聖騎士を傷つけさせずに済んだかも知れない。と、レメディオスはますます落ち込んでいたのだが。

 そしてこの弓はその聖剣を超えるかもしれない、あの最高クラスの武器として飾られたものに違いなかった。

 

「こ、これは」

 

「アルティメイト・シューティングスター・スーパー。私の店で貸し出している弓としては最上位ではないが、それなりに上位の物だ。これを使うといい」

 

(上位! これ以上もあるの? こんなの借りてもし壊したり傷つけたら、賠償金は誰が払うの? 聖王国は無理だよね。私払いになるんじゃ……)

 

「い、いえ。このような素晴らしい武具は私には不釣り合いかと。隠密行動となれば目立っても困りますし……」

 慌てて思い付いた言い訳を口にするが、咄嗟にしてはなかなか説得力がある。

 ネイアがこれから逃げ出したことにして、隠れてヤルダバオトの本拠地を探す以上目立つ武具はマズい筈だ。

 

「ではもう少し落ち着いた物を出そうか。いや、それ以前にだ。君のその装備では正直心許ないのだよ。何しろ今から私たちが出向くところは危険な場所だからな」

 

「危険、ですか? もしかしてもう目星が?」

 

「そう。我々が目指す地はアベリオン丘陵。亜人たちが跳梁跋扈する危険地帯だ」

 

 

 ・

 

 

 会議室を出たことで、神官長会議の重圧から解放されたが、漆黒聖典第一席次として部下に命令を下す任務はこれからだ。

 やれやれと肩を回しながら廊下を進むと、いつかと同じ光景に行き当たった。

 壁に寄りかかりこちらを見ている少女の姿。

 手には以前同様六大神が広めた玩具、ルビクキューが握られているが動かしている様子はなく、むしろこちらに見せつけているような節がある。

 

「やっと二面揃った」

 自慢げな顔は正しく外見相応の少女らしさを匂わせる。が当然それを口にはできない。

 

「それはおめでとうございます……ところで、こんなところで何をしているのですか?」

 

「前と同じ。話を聞きに来たの。何かあったんでしょう?」

 

「……聖王国に出現した悪魔の話です。これは以前にもお話したはずですが?」

 またか、と思いつつそれは表に出さず淡々と口にする。

 

「ああ。ヤルダバオト、だっけ? 強大な力を持った悪魔って話だけど、何とかって商人に負けたんでしょう? 大したことないんじゃない」

 

「個人としての武力ではなく、アベリオン丘陵を治めた軍事力を危険視していますから。あの丘陵の亜人を纏めあげれば、その兵力は十万は軽く超える。只でさえ人間より身体能力の高い亜人が、それだけの大群ともなれば聖王国や王国ではひとたまりもないでしょう」

 帝都に潜入していた諜報員の話では、個人の力でもヤルダバオトもアインズ・ウール・ゴウンも相当なものだと聞いている。

 何しろかつて自分が遭遇したあの強大な力を持つアンデッド。それを討ち取った男である漆黒の英雄モモンを育て上げたのがアインズであり、モモン自身がアインズは自分を超える強さを持っていると公言しているほどなのだ。

 もっとも、これは謙遜し上位者を立てているだけかもしれない。実際モモンの力は直接触れたセドランが神人である自分に近いものを感じると言っていた以上、ヤルダバオトとアインズがそれ以上となると、更なる脅威になりかねないので、そちらの方が法国に都合が良いという希望的観測に過ぎないが。

 どちらにしてもそれを彼女に話すのは危険だ。

 

「それでどうなったの? 救援に向かうの?」

 

「例の漆黒のモモンが既に聖王国入りをしたそうです。ですので彼の真の力を確かめる意味でも今は監視だけに留めることになりました」

 口にしてからこれも言ってはまずかったか。と思ったがもう遅い。

 

「例の神人じみた力を持っているっていう男ね。例の吸血鬼を討ったのもそいつなんでしょう? 会ってみたいな」

 以前に見せたものに似た好奇心、喜悦、そして戦闘衝動。それらを混ぜ込んだような笑みを浮かべる。

 自分と戦ったらどちらが上か知りたがっているようだ。

 

「その吸血鬼を討った時は直接戦闘で倒したのではなく、超級のマジックアイテムを使用したそうですけどね。おそらくそれもアインズ・ウール・ゴウンが渡した物でしょう」

 モモン本人の実力ではなかったことを強調しておく。

 そうでなければ彼女がモモンに会いに行きかねないと思ったからだ。

 そう言うと案の定彼女は、興味が失せたとばかりに視線を手元のルビクキューに戻した。

 

「三面、行けるかな」

 などと呟きつつ、せっかく揃った二面を崩し始める。

 そうしながら再び口を開いた。

 

「それで。モモンが負けたら討って出るの?」

 

「それもそうですが。その前にエイヴァーシャー大森林とアベリオン丘陵の境に漆黒聖典を一人派遣することになりました」

 

「なんで?」

 

「亜人たちの大部分は現在、占領した聖王国の北部にいるはずですが、ヤルダバオトに反抗する部族もいる以上、丘陵にも兵力は残っているはず。なんとかモモンたちがヤルダバオトを討てても、その後聖王国が残った亜人の討伐を行えば、それらがアベリオン丘陵を越え、エイヴァーシャー大森林に逃げ込んでくる可能性もありますから、それを止める為です」

 長年に渡るエルフの王国との戦争も、火滅聖典を投入したことで後数年で決着が見込めるところまで来た。

 そんな時にアベリオン丘陵から亜人が流れ込み、万が一にでも森妖精(エルフ)と手を組んだら。そうでなくとも単純に三者が対立しあう三つ巴の関係になったらせっかく決着の目処が立った戦線が再び膠着状態に陥りかねない。だが現在は各地で亜人やモンスターが暴れ出して忙しく、軍や他の六色聖典は動かせないため、個人でも活躍の見込める漆黒聖典という切り札を使うことになったのだ。

 

「人類の敵である亜人も減らせるしね。誰が行くの? まさか貴方?」

 

「それこそまさか、ですよ。多数を相手にするなら漆黒聖典には適任者がいますから」

 

「ああ。一人師団か、あれなら良いかもね」

 強いモンスターを使役することで一人で多数を相手取れ、しかもモンスターは召喚して呼び出すため連れ歩く必要がなく、潜入も向いている。

 しかし、以前破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を支配するために派遣された時とは違い、現在の法国に漆黒聖典を複数送り込む余裕はなく、彼には一人で行って貰うこととなるだろう。

 部隊の性質が似ている陽光聖典が居れば、共に同行させることもできたというのに。

 それもアインズ・ウール・ゴウンなる商人が原因だ。

 今回はモモンだけを派遣し、本人はヤルダバオト討伐には関与していないそうだが、ここ最近起こっている大きな事件の全てに関わっているあたり、よほど手広く商売をしているらしい。

 

「また減らないといいね」

 玩具から視線を外すことなく言う彼女に苦笑を返した。

 

「縁起でもないこと言わないでくださいよ」

 漆黒聖典の二名は何とか蘇生できたが、秘宝を扱える巫女姫カイレは回復できず死亡した。

 ただでさえ国力が低下した現状で、更に漆黒聖典に欠員が出るようなことになったら目も当てられない。

 命令を下す際、いざという時は撤退を優先させるように伝えておこう。と心に決めた。




モモン側の話は、都市奪還までは12巻と似たような流れなので、ここからはアインズ様側の話が中心になっていきます

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