オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前回の続き
作戦とかの説明は長くなる上、文章で上手く伝えられているか不安になりますね。本来ならアインズ様側の話まで進める予定でしたが長くなったのでここで切ります


第71話 カリンシャ強襲

「くははは。ヤルダバオト様だけではない。亜人たちも直ぐにここに到着する。己の愚かさを噛みしめながら死ぬが良い人間ども。<飛行(フライ)>」

 窓の外に意識を向けた一瞬の隙を突き、悪魔がその窓を割りそのまま空を飛んで逃げていく。

 

「待て!」

 思わず追い掛けそうになるが、今はそんなことをしている場合ではない。と勘が告げている。

 それを裏付けるようにモモンも鋭い声を上げた。

 

「もう遅い。カストディオ団長、今はヤルダバオトだ。奴のところには私が向かう。団長は軍の指揮を」

 それだけ言うと悪魔と同じように窓から身を乗り出し、そのまま外に出ていこうとするモモンに浮遊する剣を背中に戻したラキュースが続く。

 

「私も行きます」

 

「ラキュースは先ずイビルアイたちを連れてきてくれ。ヤルダバオトは転移を使うが、その度にあの炎の柱が立ち上がるはずだ。それを目印に追いかけてくれ」

 確かに最初カリンシャの内部に突然現れた時も、あの炎の柱が立ち昇っていたと聞いている。

 それをしなければ転移できないと言うことだろうか。

 

「……分かったわ。モモンさん、気を付けて」

 モモンの言葉に少しの沈黙を挟んだ後、ラキュースが言う。おそらく自分一人では足手まといにしかならないと察したのだろう。

 

「ああ!」

 力強く頷き、モモンは窓から飛び出していった。

 

「……団長!」

 

「分かっている。アインドラ、いやラキュース。ヤルダバオトはお前たちに任せるぞ」

 ラキュースの目を正面から見つめて言うレメディオスに、一瞬驚いた顔をした後、ラキュースは頷いた。

 

「ええ。任されたわレメディオス。まだ聖剣を見せて貰う約束も果たしていないものね」

 ニヤリという擬音がふさわしい笑みを浮かべ、その場を離れていく。そう言えば初めて会った時そんな約束をしていたことを思い出す。

 

「あいつも貴族らしいが、一言で貴族といっても色々だな」

 

「団長。今はそんな場合では──」

 呆れた声でレメディオスを咎めようとするグスターボの言葉を遮る。

 

「グスターボ!」

 

「は、ハッ!」

 鋭い声に驚いたように身を竦ませるグスターボに体を向ける。

 

「私はまた判断を誤ってしまった。悪魔が聖剣の光に反応した時点でモモンに任せるか、捕縛するべきだった」

 声を潜め、先の判断を反省する。

 そうすれば少なくとも即座にヤルダバオトが現れることはなかったはずだ。

 

「いえ。あの状況では仕方ないかと──」

 慰めるように言うグスターボに、レメディオスは先ほどラキュースが見せたものに似た不敵な笑みを浮かべた。

 

「そうだ! あの状況では仕方ない! これからも私の決断は間違うことがあるだろう。しかし、だからと言って決断をしないわけにはいかない。私は聖王国聖騎士団の団長だからな」

 

「いや、開き直られても困るのですが」

 

「だからこそお前が居るんだ。反省することの大切さは知ったが、だからと言って今この場で私が急成長できる訳でもない。反省も学習も後でやるから今はお前が考えてくれ。これからどうなる? そして私はどうすればいい?」

 モモンは軍の指揮をするように言ったが、聖騎士団長であるレメディオスは団の指揮は執っても大軍の指揮は殆ど経験がない。ならばそちらは貴族に任せ、自分だけでもヤルダバオト討伐に加勢する手もある。

 しかしどちらが正解か分からないため結局今まで通りグスターボに聞くことにした。しかし今回は今までのような分からないから取りあえず聞く。というのとは意味が違う。

 

「……王兄殿下が偽者だったことで、気付かなかった我々の立場は更に悪くなります。南部は改めて軍の全権を自分たちが掌握することを望むでしょう。ですがヤルダバオトの力を知らない彼らが指揮を執っては武勲を立てるためヤルダバオトの下に兵を送りかねません。ですので我々は無理にでも軍の指揮権を奪い、カリンシャの城壁の上とその周辺に軍を集結させて籠城戦の準備を整えるべきかと。そうすればモモン殿たちがヤルダバオトを倒して下さりさえすれば、その後亜人に包囲されても籠城で時間を稼ぎつつゴウン殿に救援を求めることが可能です」

 

「む。しかしそれはあの悪魔が言っていた作戦だろう? 大丈夫なのか?」

 籠城しつつアインズに助けを求め、アンデッドの軍勢を派遣して貰いカリンシャの中と外からの挟撃とする。話を聞いた時はその手段しかないと思ったものだが、提案したのが悪魔であれば話は変わる。何か裏があるのではないかと疑ってしまう。

 

「作戦自体は真っ当なものです。そうでなければモモン殿たちを都市から離す正当な理由にはなり得ませんから。もっともモモン殿はそれすら見破ったわけですが……とにかく。モモン殿がヤルダバオトを討った後ならば、これ以上無い策となり得るのです。ですがそれもゴウン殿の力を知らない貴族たちは反対するはず。ヤルダバオトを討った後は籠城せずにそのままカリンシャを出て、正面から亜人を討つべきと言い出しかねません。数の上では確かにこちらが有利ですが、亜人の軍が相手ではこちらにも甚大な被害が出ます。ここでヤルダバオトと亜人軍を倒してもそれで終わりでありません。プラートやリムン、そして王都ホバンスを解放することを考えればここで兵を減らすことは得策ではない。その為にも、ヤルダバオトとモモン殿の力を知る我々が最低限ここでの戦いの指揮権を握る必要があります」

 再び長々とした説明をするグスターボの言葉を何とか理解しようとするが、結局のところ最後の一言。こちらが指揮権を得ることが必要なのだ。ということだけは理解した。

 

「良し。ならば行くぞ。ごちゃごちゃ言ったらブン殴って言うことを聞かせればいいんだろう?」

 

「いや相手は貴族ですから。問題になりますよ」

 

「構うものか。ここで生き延びなくては同じことだ。兵が無駄に犠牲になるくらいなら私が泥を被ってやる」

 

「……団長。泥を被るつもりがあるのでしたら、考えがあります。私に任せて頂けませんか?」

 

「お前に任せると言っただろ。責任は私が取るからやってくれ」

 

「はい!」

 

「よし、急ぐぞ」

 貴族の上層部がいるカリンシャの城はここから直ぐだが、あの炎の柱を貴族たちも見ている以上、急がなければ貴族が勝手に動く危険がある。

 

「モモン。そっちは頼んだぞ」

 部屋を出る直前、振り返って既に誰もいない割れた窓に向かって告げ、レメディオスはその場を離れた。

 

 

 ・

 

 

「いったい、何がどうなっている! 王兄殿下はどうされた? お前たちが供をしていたのだろう!?」

 部屋に入るなり南部貴族の一人が声を張りあげる。敵が突然都市内部に現れたとあってか、感情的になっている。

 今口を開いたボディポ侯爵はこの中で最も高齢で、最も立場が上の貴族だ。侯爵という爵位を上回る者はこの場にはいない。

 しかし当然そんなことは知らないレメディオスが何か言う前に、グスターボは一歩前に出て頭を下げた。

 

「ボディポ侯爵。今は緊急時故、団長ではなく私から失礼します。王兄殿下とモモン殿たちの会談中、突然悪魔が現れました。我々も応戦しようとしたのですが同時にヤルダバオトが現れ、その隙を突かれ王兄殿下は転移魔法で連れ去られてしまいました。誠に申し訳ございません。ヤルダバオトはモモン殿と蒼の薔薇の皆様が対処に当たっております。更に亜人軍五万が斥候の目をくぐり抜けこの近郊に迫っているとの情報も入りました」

 亜人の軍が迫っているという話はここに入る前に物見から情報を貰い、本当であると確認が取れた。

 亜人連合の数は以前より報告のあった五万のままだが、距離が近い。どうやら物見や斥候の中にも擬態した悪魔が居たらしく、その者達によって虚偽の情報が報告されていた。というのが理由らしい。

 解放軍のまとめ役だったカスポンドが悪魔だったのだから、手引きは容易だったのだろう。

 その悪魔もヤルダバオト登場と同時に逃げだし、やっと正確な情報が入るようになったのだ。

 

「何だと! お前達は何をしていた。その上亜人の軍だと? 直ぐに軍を編成し亜人の軍を迎え撃つ準備をしろ。それと殿下を救出する部隊も──」

 

「相手は転移魔法で消えたのだ。どこに向かうつもりだ? そもそもカリンシャの中に敵の総大将が現れたのだから、先にそちらを討つべきだろう」

 嘘とは言え、護衛をしていた王兄が攫われたことを棚に上げ、更にはボディポ侯爵の言葉を遮るという普通に考えれば無礼この上ない態度を見せるレメディオス。

 今後のことを考えると頭が痛くなるが、今はありがたい。

 

「そんなことは分かっている。そもそも何故聖王国の怨敵であるヤルダバオトを他国の冒険者に任せた? 今からでも聖王国の兵を送り込め。悪魔は悪知恵が働くと言うが、どんな策があろうとこちらの兵力は十万。数で押し潰せば良い。その勢いのまま外へ打って出て亜人を迎え撃てばよい。総大将を討たれたとなれば奴らの士気も下がるだろう」

 歴戦の貴族らしく、やや落ち着きを取り戻したボディポ侯爵はこれ以上ここでレメディオスの態度を咎めても意味はないと判断したらしく、自分が指揮を執るのが当然とばかりに発言する。

 だがその内容はやはりヤルダバオトの力を軽んじたものだった。

 

「無駄だ。ここは都市の中だぞ? 平地のように軍を配置することはできん。加えて奴は空が飛べる。身動きが取れずに纏めて上から奴の炎で焼かれるだけだ。何より、ヤルダバオトの強さは私ですら直接戦っては一分と持たない程。数だけ居ても意味がない。そちらはモモンに任せておくしかない。勝てるとしたら彼奴だけだ」

 考え方を改めたとは言え、ヤルダバオトの強さを認めるのは良い気がしないらしく、憮然とした態度で吐き捨てるレメディオス。

 群に勝る個というのは確実に存在している。その中でもレメディオスが戦力として聖王国最強の個人であるのは彼らとて知るところのはずだ。そんな彼女が一分と持たないと聞き、ヤルダバオトの強さを理解してくれれば良いのだが、そう上手くはいかないだろう。

 中には聖王女を守りきれなかったレメディオスが言い訳として敵を強大化しているのだと考える者もいるはずだ。

 それだけヤルダバオトの強さは人が想像できる強さを遙かに超えているのだ。

 その証拠に今の話を聞いてなお、侮辱されたまま黙っているわけにもいかないと考えたらしい貴族の一人が声を張る。

 

「無礼な! 何を言うか、カストディオ殿。危険を押して救援に出向いた我々に対しなんたる言い草だ」

 年若い、如何にもプライドの高そうな子爵の言葉をレメディオスがひと睨みして遮った。そして彼女は、淡々と教えた台詞を口にする。

 

「救援には感謝する。と言いたいところだが、今は戦時だ。聖王女陛下の死亡は確認されていない。であれば最後に命じられた……えーっと、国家総動員令が発令されたままである以上、貴族である貴方たちにも王家の命令に従う義務がある。そして聖王女陛下が不在の今、命令を下せるのは王兄殿下だけだ」

 やや考えながらではあるが、グスターボが言ったとおりの言葉を紡ぐレメディオス。

 貴族たちの目がこちらにも向けられる。

 自分が入れ知恵をしたことを察したのだろう。だが問題はここから、次のレメディオスの言葉こそがもっとも重要なのだ。気づかれないように唾を飲んで喉を湿らせる。

 

「その通りだ。だからこそ、その殿下を救出するまでの間、我々が指揮を執ると言っているのだ」

 当然こうなる。

 未だにまともにヤルダバオトの強大さを理解していない者たちが指揮を執ればどうなるかなど、結果は火を見るより明らか。だからこそ、最低限この場ではこちらが指揮権を握る必要があるのだ。

 たとえどれだけ強引でも、嘘を吐いてでもだ。

 

「連れ去られる前に殿下は私に軍の全権を預けると命じた。故にここからは私、いや聖騎士団が指揮を執る!」

 ここだけは淀みなくきっぱりと言い切るレメディオス。きちんと言ってくれたという安堵感と同時にキリキリとした胃の痛みが増す。

 何故なら、ここまでの全てがはったりだからだ。

 あのカスポンドが初めから悪魔だった以上、連れ去られるはずもなければ、そんな命令を下すはずもない。

 貴族たちがカスポンドが悪魔であったと知らないことを逆手にとり、カスポンドが本物だったことにして、こちらを責める口実を減らし、その上で嘘の王家命令で軍の指揮権を奪い取る算段だ。

 

「何を言うか! そのような戯れ言、殿下が口にするはずが無い」

 案の定怒りを覚えたボティポ侯爵が、声を荒らげるが直ぐに別の貴族が取りなした。

 

「まあお待ち下さいボディポ侯爵。カスポンド王兄殿下が本当にそう言ったと? 証拠を出せと言っても無理だろうが、もしそれが虚言であった場合、責任はカストディオ団長だけで取れるようなものではないぞ? 今は行方知れずの聖王女陛下の名誉にも傷が付くことになるが、それは分かっているのだな?」

 立派な顎髭を生やしたランダルセ伯爵が嫌みな口調で言う。

 本来聖王女に仕える自分たちが自ら主の名誉を傷つけるようなことはあってはならないのだが、あの優しく、何よりも民の幸せを考える主ならばきっと許してくれると信じるしかない。

 

「勿論だ。事実を言って聖王女陛下の名誉が傷つくはずがない。殿下は間違いなく私たちに軍の全権を預けた」

 

「よろしい。では先ずはどう動くべきなのか考えを聞かせてもらおうか。我が軍の指揮を預けるかはその後答えよう。たとえ本当のことであっても、兵の命を無駄に散らすような場所に配置させることはできないのでね」

 よし。と見えない位置で拳を握る。

 ボディポ侯爵は地位と権勢を持っているからこそ名誉を欲し、それ以外の貴族たちは危険を伴う名誉より、褒美の方を大事に考えている。とカスポンドに扮した悪魔が言っていた。

 悪魔の言葉を信じるのは不安があったが、あの悪魔はモモンたちが出て行くまでは正体を隠そうとしていたはずだ。その前に嘘の情報を伝えては疑われる危険もあるため、本当のことだと判断していたが当たったようだ。

 つまり、ヤルダバオト討伐の名誉を欲して突撃を指示するとしたらボティポ侯爵だけ。他の貴族は既にカリンシャ奪還という手柄を上げている以上、何より命の安全を優先する。ゆえに彼らを安全な場所に配置すると言えば、こちらに指揮を預けることに異論はないはずだと考えたのだ。そしていくら立場が上と言っても、他の貴族が結託してはボディポ侯爵一人ではどうしようもない。

 ただの聖騎士である自分が軍師か何かの真似事までしなくてはならないというのはますます胃痛の種だが、こうしなければ全滅する危険もあるのだから仕方がない。

 

「何より城壁の警護だ。一般兵ではヤルダバオトに殺されて死体の山を増やすだけ。そもそもヤルダバオトが現れたこと自体が陽動で本命は亜人たちによる攻城戦の可能性がある。だからこそ城壁とその近辺に兵を配置し、亜人軍とひと当たりする。そのまま籠城するかその後打って出るかはヤルダバオトを何とかした後に決めればいい。後はえーっと……」

 ちらりとこちらに目を向けられる。

 ここでか。と思うが同時にここまで覚えられただけでも、今までの彼女からすれば上出来だと考えるべきなのだろう。

 仕方なく再び一歩前に出て代わりに答える。

 

「ヤルダバオトの目的は前回と同様、修復された城門の破壊とも考えられます。ですのでモモン殿がヤルダバオトを阻止できなかった場合に備え、城門にも兵を配置します。ですが大軍ではヤルダバオトに気付かれる恐れがある為、少数の精鋭を派遣します。そちらには団長が出ますが、現在の聖騎士団だけでは数が足りません。ですので皆様方のお力を貸していただきたい」

 

「我々からも兵、その言い方では精鋭を出せと?」

 

「その通りだ。場合によってはヤルダバオトと交戦することもある」

 レメディオスの言葉にボティポ侯爵を含めた全員の目の色が変わる。

 仮にヤルダバオトと交戦することになっても精鋭とは言え少数の被害で済み、もしかしたらヤルダバオト討伐にも関われるかもしれないと考えれば被害の割に得るものが大きい。と考えたのだろう。

 流石貴族というべきなのか、ただチラと目線を交えただけで意志の疎通ができたらしく、代表としてボディポ侯爵が口を開いた。

 

「良かろう。そこまで言うなら、この場は君たちに任せよう。ただし、ここを切り抜けた後で改めて今後の軍の指揮をどうするか話し合う。兵糧も少なく、援軍の当ても無く籠城するなど以ての外だ。それで良いな?」

 やはり籠城には反対らしいが、現状での指揮権さえこちらにあれば問題ない。

 どちらにせよモモンが負ければこの場でヤルダバオトに勝つ手段は無くなるため、カリンシャを捨てて逃げるしかない。城壁周辺に兵を集めるのは籠城戦に備えるだけではなく、強大な広範囲魔法を使用するヤルダバオトの戦いの余波による被害を減らし、万が一の際には逃げ出し易くするという意味もある。

 そしてヤルダバオトの強さはこれから彼らも目にすることになる。人知を越えた力を持つヤルダバオトにモモンが勝ち、その力を目の当たりにすれば、モモンを雇っているこちらの意向を無碍にはできなくなるはずだ。そこで改めて籠城を提案すればいい。

 

「感謝します。では急いで下さい。私は聖騎士団を呼びに行きますので。グスターボ、ここは任せるぞ」

 

「はっ!」

 適当な礼とともにレメディオスが足早に部屋を後にすると、貴族たちの責めるような眼差しが一斉にこちらに向けられた。

 しかしその中には別の感情も見え隠れする。

 

「君も大変だな、モンタニェス副団長、か。あの団長の手綱を握るのは容易ではあるまい。先ほどの説明や作戦立案も見事だった。案外君の方が団長に向いているのではないかね?」

 レメディオスが去って早々に友好的な物言いになった貴族の態度でやっと理解する。彼らは自分の考えた策など読んでいたのだ。

 生まれた時から貴族社会を生き、他人を出し抜き、値踏みし、自分と家名の価値を高め続けて来た者達だ。自分のにわか仕込みの策略や嘘など見抜くのは容易いことに違いない。

 カスポンドが悪魔だったとは流石に気付いていないかも知れないが、少なくとも全権を聖騎士団に渡したことや、連れ去られたということは嘘だと見抜いている。その場で殺されたとでも考えているのだろう。そこまで分かった上でグスターボの嘘に乗った。

 彼らは既に聖王女が死亡したと確信している。次の聖王候補であったカスポンドも死んだとあって、別の候補を探す必要が出てきた。そうして自分たちが主導して担ぐことになる次代の聖王に、レメディオスという強力な武器を渡したくはないのだ。

 そのために今回の件が成功したとしても、カスポンドの件の責任をレメディオスに押しつけ、聖騎士団団長の座から下ろし、代わりに副団長である自分を団長に据えようというのだろう。その時に扱いやすいように今から友好的な態度を見せている。

 それは同時に、やはり彼らがヤルダバオトを甘く見ていることを示していた。いや外に迫った亜人にしてもそうだ。殆ど戦わずに連勝し続けてここまで来たせいで、数が圧倒的に勝るこちらが負けるはずがないと踏んでいる。

 圧倒的な兵力を以て寡兵を打ち倒し、敵の総大将も倒して国を救った英雄となり、今後の貴族社会における主導権を握る。だからここで聖騎士団が指揮を執ることで多少手間取ろうとも問題はなく、むしろその後自分たちの指揮で華々しく敵を打ち破れば名声は更に高まる。

 その程度にしか考えてない。ヤルダバオトにモモンが負ければ、その時点で救いも希望もなくなるというのに。

 やはり彼らでは駄目だ。

 愛想笑いを浮かべながら、心の中で強く念じる。

 

(頼みましたよモモン殿。聖王国を、民を、ついでに私を胃痛から、何とぞ解放して下さい)

 

 

 ・

 

 

「みんな居るわね!?」

 自分たちに与えられた館の中に息を切らせて飛び込んできたラキュース。

 その言葉に完全武装を整えたイビルアイたちは当然のように頷いた。

 

「先ほどの炎の柱。あれが帝都でも目撃されたというヤルダバオトが使う魔法か?」

 エ・ランテルでの情報収集時に聞いていた通りの巨大な炎の柱。

 あれだけの魔法、イビルアイとて見たことがない。

 

「ええ。モモンさんは先に行ったわ。私たちも行くわよ」

 余計な説明をしている暇はないということだろう。だが、ラキュースのその言葉だけで皆は納得した。

 

「ああ。やっと俺たちの仕事ができるってわけだ。戦争なんぞに巻き込まれんのはまっぴらだったが、協力してヤルダバオトを倒す。分かりやすくなって良いじゃねぇか」

 

「はい。リーダーの分、モモンから預かっていた予備の武器」

 ラキュースに手渡されたのは、魔導王の宝石箱で彼女が手に取った、魔剣キリネイラムと同等の強さを持つ、古き技術であるルーンの刻み込まれた剣だ。

 

 聖王国の者たちは聖剣より強いかもしれない武器など借りるわけにはいかないと、ルーンではない普通のドワーフ製武器を借りていた。だが冒険者である自分たちにはそんな事情など関係ないと、モモンを通してルーン製の武器をそれぞれ借りていたのだ。

 ただしラキュースだけは、強さが互角ならば使い慣れた武器の方が良いと実際の亜人との戦闘ではキリネイラムを使っていた。とはいえ相手がヤルダバオトとなれば、借りた予備武器も持って行った方がいいだろう。

 

「ええ。ありがとう」

 受け取った剣とキリネイラム。両方を同時に握りしめたラキュースは一瞬何かを考えるような間を開けた。

 何を考えているのかは丸わかりだ。

 

「おい。両手に持って戦おうなんて考えるなよ。あくまで予備なんだからな」

 ルーンの剣もキリネイラムも、英雄の領域に近いラキュースの腕力なら片手で持つことはできるだろうが、片手で振るって威力を出すのは難しい。

 モモンの戦い方は人知を超えた強大な膂力があってこそ。形だけ真似をしても意味はない。

 

「わ、分かってるわ! 心配しないで。あくまでこれは予備、予備なんだから」

 どこか残念そうに言いながら、ラキュースは予備の剣を腰ではなく背中に取り付けようとする。

 それはそれでモモンを連想させるので微妙な気持ちになるが、今ここでそれを言っても仕方ない。 

 

「よし。ではモモン様を手伝いに向かうぞ。ヤルダバオトに目にもの見せてくれる」

 この館の窓からでも立ち上る巨大な炎の柱はよく見えた。あそこに噂の大悪魔ヤルダバオトが居るのだ。

 

「あくまで援護よ、イビルアイ。ヤルダバオトの強さはモモンさんからちゃんと聞いているでしょう」

 先ほどの意趣返しでもしているつもりなのか、こちらを疑いの眼差しで見つめるラキュースにイビルアイは小さく鼻を鳴らす。

 

「もちろん分かっている。私だって以前のことは忘れていない。奴は空間そのものに転移阻害を掛ける特殊技術(スキル)を持つとも聞いているから私の転移でも逃げ出すのは難しい。我々はあくまで援護や他の悪魔や亜人の露払いが目的だろう?」

 その辺りの話は、既にモモンと作戦会議を行い決定していた。

 自分の実力に絶対の自信を持っていた頃ならばいざ知らず、相手は自分が勝てなかったドラゴンを瞬殺したモモンですら勝率五分というほどの相手。

 まともに戦えるはずがない。

 だが援護に徹するのならば不可能ではない。特にモモンは完全な戦士であり魔法が一切使えない。

 対してヤルダバオトは肉弾戦だけでなく、攻撃魔法も使えるらしい。

 つまりヤルダバオトの遠距離攻撃を自分が相殺しつつ、モモンには接近戦に集中してもらう。別の悪魔や亜人が居た場合は、モモンの邪魔にならないように他の仲間たちがそちらを討伐、居なければ援護を担当するイビルアイを更に援護する。というのが基本的な作戦だ。

 この戦い方なら如何にヤルダバオトが強力な悪魔であっても勝算は十分にある。

 

「よし。準備は良いわね」

 

「おうよ。噂の大悪魔とやらの力しっかり見せて貰おうじゃねぇか」

 

「モモンの力もね。私たち結局モモンの本気見てないし」

 

「そう言えば私も。ドラゴンの時は外にいたし、この間の亜人との戦いも乱戦だったしね」

 

「お前たち、もう少し緊張感をだな……」

 そう言うイビルアイも実は多少楽観していた。イビルアイは確かにあのドラゴンたちに負けはしたが、それでも世界で最も強い種族であるドラゴン四体を相手に時間稼ぎはできた。

 そして今は、あの時には無かった魔導王の宝石箱から借り受けた武器や防具で身を固めている。

 なにより自分が尊敬し、愛する大英雄モモンが負ける筈などないと信じているからだ。

 

「よし。みんな行くわよ」

 ラキュースの号令の下、蒼の薔薇はモモンの救援に向かうべく駆け出した。

 

 

 蒼の薔薇がモモンとヤルダバオトが戦っている現場に到着した時、既に炎の柱は消え、代わりに人知を超えた者たちの攻防が繰り広げられていた。

 目にも留まらぬ、いや、目に映すことすら困難な移動速度。腕や剣を一振りするだけで建物を吹き飛ばす力。地面を蹴って飛び出した衝撃で石畳は砕け、ぶつかった壁は崩れる。

 時折混ざる信じられない威力で行使されるヤルダバオトの魔法を、モモンが使い捨てのアイテムを駆使して相殺し、剣で追撃を試みる。

 ヤルダバオトは炎の翼をもって空に飛び上がるが、モモンもまたそれを追い──空を飛ぶヤルダバオトへの対策として魔導王の宝石箱から借り受けたという、鳥の翼を模したネックレス型のマジックアイテムの力だ──戦いは空中戦に突入した。

 ゴクリと誰かが唾を飲み込んだ音が、妙に大きく響いた。

 

「何という戦いだ。ヤルダバオト、これほどとは──」

 かつて自分がリグリットら十三英雄と共に戦ったどの魔神よりも強い。それだけは確かだ。

 

「おいおい。マジかよ。あの力、あんな化け物と互角に戦うなんて、はっ。世の中は本当に広いな」

 そう言って笑うガガーランの声は自嘲気味だった。

 才があり、努力も欠かさないガガーランは確かに戦士として人間最強クラスの力を持っている。

 だが同時に、人間の領域を超えた才能を持った者だけが達することの出来る英雄という高み。そこには踏み入ることができないと自覚している者でもあった。

 だからこそ、自分と同じ純粋な戦士でありながら、その英雄の領域すら飛び越えた逸脱者、いやその言葉すら足りないモモンの力を目の当たりにして複雑な思いを抱いてしまっているのだろう。

 だがそれはイビルアイとて同じことだ。

 炎の翼を生やした巨体の悪魔は、間違いなく戦士としての能力の方が高い筈だが、戦いの合間に放つ単なる〈火球(ファイヤーボール)〉の一発ですら建物ごと粉砕し、燃やし尽くしている。

 それですら自分の最大魔法で相殺することなど叶わないと自覚させられる。

 援護など望むべくもない、モモンの邪魔になるだけだ。

 

「どうする? リーダー。流石にあそこまでの規模の大きい戦いとなると私たちじゃ……」

 

「でも、何もしないわけには──」

 ティナの言葉にラキュースが応えようとするが、それをティアが遮った。

 

「リーダー! 敵がいる!」

 鋭い声が響き、同時にやや離れた位置に突如として複数の異形の者が姿を見せる。

 ヤルダバオトと共に転移して今まで隠れていたのだろう。

 三匹の亜人と、その後ろに鱗を生やした悪魔が一体。どれも強者特有の自信に満ちた態度が透けて見えた。

 

「ほう。良く気づいたな、人間ども……ヤルダバオト様の命により、貴様等の相手は我々がしよう」

 やはりヤルダバオトは他の悪魔や亜人を用意していたらしい。

 

「亜人のまとめ役。と言ったところか」

 ヤルダバオトに与している亜人は多数の部族からなり、それぞれの部族のまとめ役とされる聖王国にも名の轟いた強力な亜人が十匹近く居ると聞いている。ここにいる三匹は恐らくそこに入る者であり、悪魔はヤルダバオトの側近と言ったところだろうか。

 

「ヒヒヒ、如何にも。時間がない故、紹介は省かせて貰うがな。お前たちをヤルダバオト様の下に向かわせるわけにはいかんのじゃよ」

 黄金の装飾を身につけた、純白の長毛を持った猿に似た亜人が言う。

 

「何?」

 その言葉に首を傾げる。

 元々あの戦いに割って入ることなど不可能だ。

 そしてこの亜人たちはヤルダバオトの強さをイビルアイ以上に理解しているに違いない。であれば蒼の薔薇がヤルダバオトとの戦いに役立つことなどないと分かっているはず。

 何か理由がある。ヤルダバオトの弱点とまでいかずとも、自分たちとモモンが協力されてはまずい理由が。

 

「ラキュース」

 

「分かっている。早く倒してモモンさんの下へ行くわよ」

 ラキュースが剣を構える。先に手にしたのは使い慣れたキリネイラムだ。

 他の者たちは借り受けたルーン武器を構える。その瞬間、後ろで一人悠然と立っていた悪魔が狼狽えたように動いた。

 

「や、やはり持っていたな。その武器、ルーンなる武器を! お前たち、あの武器だ。あれをヤルダバオト様に近づけてはならん」

 威圧感のある低い声を持つ悪魔が、蒼の薔薇が手にしたルーン武器を見るなり目の色を変え、亜人たちに命令を出す。

 その様子に違和感を覚えた。

 確かにルーン武器は強力だが、それでもラキュースの持つキリネイラムと同等、つまりはかつての仲間である十三英雄たちが所持していた武器と同じくらいの強さしかない。

 しかしヤルダバオトは、その十三英雄の仲間たちが倒した魔神よりも遙かに格上の強さを持っている。

 多少強い武器だけで太刀打ちできる相手ではないはずだ。

 そんなイビルアイの疑問に答えるように鱗の悪魔が更に口を開く。

 

「あの武器はそこの人間どもが持っても大した威力は無いが、ヤルダバオト様と戦っている戦士に持たせたら厄介だ。何としてもあの武器を奪い取れ。良いな、破壊せずに奪い取るのだ」

 

(モモン様が使えば? となるともしやルーン武器はヤルダバオトの弱点を突ける武器なのか?)

 どんな者であれ必ず弱点が存在する。

 有名なところではアンデッド全般には神聖や炎属性の攻撃が有効であり、スケルトンなどは刺突攻撃に完全な耐性がある代わりに打撃系攻撃には弱いといった具合だ。

 かつてイビルアイも蟲の魔神を倒すために、特効効果のある魔法、〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉を開発したこともある。

 

(モモン様に武器を届ければ奴に勝てる)

 モモンの武器にはそうしたルーンは刻まれていなかった。であれば最低でもラキュースの剣を渡せば必ずやモモンがヤルダバオトを倒してくれるはず。

 ラキュースだけ先に送り出す方法もあるが、彼女ではあの戦いに割り込めない。

 空も飛べるイビルアイがラキュースの武器を持っていく方が確実だが、そうすると今度はこの亜人たちをイビルアイ抜きで倒さなくてはならない。

 幸い現状モモンとヤルダバオトの戦いは互角。ならば一刻も早く亜人たちを倒し、全ての武器を持ってモモンの下に向かうのが一番良い。

 

「了解した……一番強い者は前に出ろ。この俺、魔爪ヴィジャー・ラージャンダラーが相手をしてやろう」

 獣の上半身と肉食獣の下半身を持つ亜人が、巨大なバトルアックスを手に挑発的な笑みを浮かべて言う。

 聖王国でも名を轟かせるような強力な亜人の名前や異名はグスターボから聞いていたが、魔爪という異名を持つのは別の名の亜人だったはずだ。

 

「ヒヒヒ。ヴィジャー殿や。ヤルダバオト様は協力して事に当たれと仰せじゃよ。のう?」

 

「その通りじゃ。若僧の功名稼ぎに付き合う気はないわい」

 

「年寄りに合わせていては連携も乱れる。お前は後ろで援護でもしていればいい」

 

「若僧が。お前こそひっこんどれよ。あの武器がヤルダバオト様の害になるというのなら、それを差し出せば私の願いも叶うだろうて」

 蒼の薔薇を前にして勝手に言い合いを始める三匹の亜人。

 別に奴らは気を抜いているのではなく、これで真剣なのだ。かつての仲間に人間以外の者も多数いたイビルアイにはよく分かる。

 だがどうやら、亜人たちは連携する気もなさそうだ。それならば連携を得意としている蒼の薔薇に分がある。

 後は後ろに控えているあの鱗の悪魔、あれの強さだけだ。

 他の亜人も強いのだろうが、それでも圧倒的と言うほどではなく、その強さはレメディオスに代表される聖王国の最上位陣と近しい程だと聞いている。つまりはラキュースと同程度と見ればいい。それならイビルアイも加われば先ず負けはない。

 だがあの悪魔だけは情報が無い。

 

「初めは様子を見るぞ。時間がないからといって焦るなよ。奴らはルーン武器を壊せないという縛りがある。それを利用しろ」

 小声で指示を出す。

 本来はリーダーであるラキュースの指示で動くのが筋なのだろうが、相手が自分たちより強い可能性があるのなら、この中で最も強いイビルアイを中心に行動するのが蒼の薔薇のいつものやり方だ。

 相手がヤルダバオトの名を出してまでルーン武器の破壊を禁じているのなら、つまりそれを楯にすることもできるということだ。

 

「ええ。みんな、行くわよ」

 

「お前たち。いつまでじゃれ合っている。さっさと戦え! ル……いや、お前たちの強さを示して見せよ!」

 鱗の悪魔が何か言いかけたようだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 一刻も早くこの亜人たちを倒しモモンに加勢しなくてはならないのだ。

 全員が同時に動き出し、戦いが始まった。




最後に登場した鱗の悪魔ですが本編中に鱗の悪魔が言葉を発した描写は無かったと思いますが、仮にも側近悪魔をしていたのだから命令ぐらいは出せるだろうと話せる設定にしました
本格的なバトルを書くと長くなるので、蒼の薔薇と亜人たちの戦いは飛ばして
次は久しぶりにアインズ様側の話から始まる予定

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