オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前回の続き。蒼の薔薇、カルカ、アインズ様、それぞれが自分の本拠地に帰る話


第76話 それぞれの帰郷

「で? お姫さんには全部正直に話すのか?」

 ガガーランの言葉にラキュースは思わずため息を吐く。

 

「言わないわけにはいかないでしょう。私たちは彼女に雇われているのよ」

 聖王国に出向いた時は、まさかこんなことになるとは思っていなかった。

 あの時はまだ解放軍が今後どうなるか分からなかったため、冒険者である蒼の薔薇を雇うために組合に支払われた報酬は、王国が救援を出せないお詫びも込めてラナーの個人的資産から捻出されていた。

 だからこそ、ラキュースたちは軍に組み込まれることなく、解放軍の中でもある程度自由に行動することができ、王国への不利益が生じた時はそれを断ることも可能だった。

 聖王女が生きていたことで、聖騎士団がそのまま存続することになり、全ての都市を解放するまでの間、改めて蒼の薔薇を聖王国で正式に雇う話も出たがラキュースはそれを断り、今まで通りラナーに雇われた状態で都市の解放を手伝い、今はアインズの持つ巨大な幽霊船に乗せてもらい帰路に就いているところだった。

 現在は自分たちが借り受けた部屋の中で今後についての話し合いを行っていた。

 内容はヤルダバオト、いや魔神が語った法国の企みを王国の誰にどこまで話すべきか先に決めておくことだ。

 本来は依頼人には全て話すのが筋だが、ラナーはその優しさ故に人を信じすぎる気質であり、彼女に全て話した場合そのまま王や派閥の貴族、下手をすれば間者によって帝国まで情報が飛びかねない。

 果たしてそれで良いのか。とガガーランは言っているのだが、ラキュースとしては依頼人に嘘の報告などするわけにはいかず、きちんと彼女に口止めをしておけば問題ないと考えていた。

 そう思っての返答にガガーランは一応納得したように頷いた。

 

「まさか法国が黒幕とはな。しかし、納得できる点もある」

 話が一段落したところでイビルアイが別の話題を口にする。

 

「納得? どこが?」

 ティナの問いかけにイビルアイは指を立てて答えた。

 

「法国にとって最大の目的は人類の守護。ということだ」

 

「その人類を犠牲にして神様復活させようとしてたんだろ? どこが人類のためだっつーんだよ」

 以前人間と敵対していない無辜な亜人の集落を襲っていた法国の特殊部隊と揉めたことで、元から法国に良い印象を持っていないガガーランの口振りには分かりやすい嫌悪が見える。

 

「復活させようとしていた神とやらが本物の六大神だと仮定した話だが、今も昔も人類は弱小種族として、いつ絶滅してもおかしくない状況にある。ヤルダバオトが良い例だ。ああ言う危険な悪魔が一体現れただけで、モモン様やゴウン……殿が居なければそのまま周辺諸国全てが滅んでいただろう。世界には魔神でなくとも危険な存在は幾らでもいる。真なる竜王とかな。そうした者たちの気まぐれ一つで滅びる可能性がある。それが人間だ」

 確かに人類の守り手と呼ばれる自分たちアダマンタイト級冒険者とて、ヤルダバオトはおろか、配下の亜人にもイビルアイとルーン武具の存在が無ければ勝てなかっただろう。

 悪魔や亜人の、戦士や魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての能力は、自分たちより遙かに劣っている。にも拘らず生じる差は、要するに生まれ持った基本的な性能差だ。

 そういう意味で人が弱小種族であるのは確かだ。

 だが、それとは別にモモンや、アインズのような強力な力を持った者が生まれるのもまた人間の特長だ。

 亜人や異形種は全体的な強さはあっても、突出した個人は生まれにくいと聞いたことがある。

 

「その神様にだって勝ってきたのも人間だろ? 別にモモンだけじゃなくて、十三英雄だってそうだったわけだろ?」

 イビルアイもその一人だが、十三英雄は実際にはもっと数が多く、人間以外の種族も居たそうだが、人間もリーダーであった者を初めとして、それこそ名前の通り十三人は居たはずだ。

 そしてモモンやアインズに至っては、元は従属神だったという魔神と殆ど互角であり、初めから二人で組んで戦えばもっと容易く撃退できていただろう。そう考えると人間も捨てたものではなく、今後どんな強者が現れても撃退するのは不可能ではないように思える。

 

「問題なのは強さじゃない。人間である以上寿命が存在する。まあリグリットみたいに延ばすことはできるが、どちらにせよ永遠に生きられる訳じゃない。モモン様もゴウン殿も死んでしまったらそれまでだ。だからこそ不老不死であろう神を復活させることで、一部の人類だけでも永遠に残す。と法国が考えても不思議はないということだ。元から人類という大を生かすためなら少数は問答無用で切り捨ててきた連中だ。今度はその切り捨てたのが聖王国そのものだった。ということだろう」

 

「で。その企みを阻止された法国は今後どうする気なのかね」

 話を纏めるようにガガーランが鼻を鳴らす。

 

「さてな。そればかりは私にも分からん。諦めることはないだろうが、直ぐに動くのか、それとも機会を待つのか」

 

「それも踏まえて王国はどうするか。だね、リーダー」

「今の話も王女様に全部言って大丈夫なの?」

 ティナとティアの二人が同時にラキュースに目を向ける。

 

「結局、話はそこに戻るのよね。問題はそれを知った王国の動きね。勢力争いで劣勢の貴族派が知れば法国にも戦争を仕掛ける。と言い出しかねないわ。たとえラナーに口止めをしても、聖王国側から話が流出する可能性もあるし」

 復興を第一に考えている筈の聖王国が、法国への報復を選ぶ可能性は低いと思いたいが、断定はできない。

 

「帝国もどう出るか読めないからな。法国を無視して、王国に戦争を仕掛けてくるかもな」

 イビルアイの言葉にも一理ある。

 法国による神の復活が法国以外の全ての国の危機だとしても、帝国ならば先に王国を潰し、併合した上で法国と戦うという選択肢を採る可能性もある。

 帝国と亜人連合、戦線を二つ抱える危険を阻止するために聖王国に出向いたというのに、今度は帝国と法国、二つの国と戦争になったらそれこそ本末転倒だ。

 

「どちらにせよ。重要なのは魔導王の宝石箱の動向だ。モモン様やゴウン殿だけじゃない。あの力、見ただろう?」

 

「ああ。デス・ナイトに、あの何だっけ? 骨で出来た獣みたいな奴。スゲー力だったな。おかげでこっちは暇で仕方なかったけどよ」

 そう。結局カリンシャで亜人のまとめ役と鱗の悪魔を倒して以後、蒼の薔薇は活躍らしい活躍をしていない。

 ヤルダバオトが倒れてなお、都市を占拠し続けた亜人の軍勢を倒したのも、全てアインズが所有するアンデッドの働きによるものだ。

 聖王女からの申し出を断ったのはそれも理由の一つだ。ほとんど活躍をしていないのに報酬だけを貰うようなことはできないと考えたのだ。

 

魂喰らい(ソウルイーター)だ。多数を相手取るという意味ではデス・ナイト以上の脅威だぞ。何しろたった三匹で、都市一つ、十万匹のビーストマンを全滅させたって話があるくらいだからな」

 その話は以前も聞いたが、改めて考えると今回投入されたアンデッド五百組は過剰すぎる戦力だ。

 もっともただ亜人を全滅させるだけではなく、人質を救出することも作戦に含まれていたのだから、時間の短縮も兼ねて全ての戦力を投入したのかもしれないが。

 

「それも五百。どう考えても勝てる相手じゃない」

 

「あの二人も居るしね」

 蒼の薔薇でも、イビルアイ以外では一対一ではまともに戦うことも難しいアンデッド五百組に加え、モモンとアインズの戦力が合わされば、王国の全国民を総動員したとしても戦争にすらならない。

 一方的な虐殺が起こるだけだ。

 ならばこそ、魔導王の宝石箱と敵対することだけは避けなくてはならない。

 彼らが法国と敵対するのならば、王国もそれに合わせる必要がある。

 ヤルダバオトの勧誘を断り、神の復活を阻止したのだから、法国の味方になるようなことなど無いとは思う。だが、アインズの本来の職業が商人である以上、絶対とは言い切れない。

 もしそうなったら、もはや神の復活を止める術はなく、法国と魔導王の宝石箱以外の人類そのものが終わりとなる。

 そもそも王国の貴族たち──特にボウロロープを筆頭とする貴族派閥──が、小さな商会の主としか認識していないアインズに対して下手に出るようなことができるか、という問題もある。

 こちらが幾ら言っても、たかが五百組のアンデッドなど恐れる必要なし、と言い出す姿が容易に想像が付く。

 

「ああ。もう、どうしたらいいのかしら」

 

「考えても答えなんかでねーよ。とにかくモモンを呼んで話してみようや。こっちが敵対の意志がないってことを言えば、モモンなら悪いようにはしないだろ」

 

「……そうね。それしかないわね」

 少なくとも蒼の薔薇やラナーを初めとした王派閥は、魔導王の宝石箱と良い関係を築きたいと思っていることは既に確認が取れているのだから、モモンを通じてアインズにそのことをこの間のバルブロ達の非礼の謝罪も含めて伝えることで亀裂が生じている王国と魔導王の宝石箱との関係に修復を促すのは悪い手ではない。

 

「なら私が呼んで……」

 

「いや、待て! モモン様を呼ぶのは止めろ」

 早速とばかりに立ち上がろうとしたティアの服を掴み、イビルアイが言う。

 ヤルダバオトと戦った後から、都市を解放していた間も、そしてこの船に乗ってからもイビルアイはなんだかんだと理由を付けてモモンと会おうとはしなかった。

 先ほどまでモモンがここにいた時も、部屋に閉じこもって出てこなかったのだが、モモンが気を利かせてこの場を離れ、アインズのところに向かったのでようやく出てきたのだ。

 ヤルダバオトとの戦いの最中、イビルアイは地面に叩きつけられ、仮面を破壊されたらしいのだが、その時に常に身につけているアンデッド探知を無効化する指輪も失くしてしまい、その状態のままモモンと接していたことを気にしているようだ。

 つまりモモンかアインズがアンデッドを感知する魔法かアイテムを使っていた場合、イビルアイの正体が気づかれている可能性がある。

 

 生者を憎むアンデッドは人だけではなく、生ある者全ての敵。と認識されている。

 恋慕の感情を抱いているモモンが、それを知って彼女に敵意を向けることを恐れているのだと、みな言葉にせずとも気づいていたから、今までイビルアイがモモンから逃げていても何も言わなかったが、今は別だ。

 王国の今後にも影響するのだから、是が非でもイビルアイにも居てもらわなくてはならない。

 先ほど彼女が語った法国の話をもっと詳しく説明する必要があるかもしれないのだ。

 そう考えて、ラキュースはイビルアイを説得すべく口を開く。

 

「大丈夫よ。あの状況でアンデッド探知の魔法を使うはずがないし、イビルアイが吸血鬼だって分かってたら、向こうから何か言ってくるでしょう。それに死霊系魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるゴウン殿や、その世話になっているモモンさんなら、アンデッドにも理解があるはずよ」

 

「いや、それは私も分かっている。未だに何も言ってこないのだから、気付いていないか、敢えて知らない振りをしてくれているのだろう。だが! あの時私は髪もボサボサだったし、血だらけだったし、なにより鼻……鼻血も出ていたんだぞ。そんな状態だと知りもせず、あんな間近で……恥ずかしすぎて顔を見ることもできん!」

 長い金髪をぐしゃぐしゃに混ぜるように掻きながら、イビルアイはティナの服を掴んだまま声にならない悲鳴と共にその場にしゃがみ込む。

 

「……何を言い出すかと思えば。そんなこと心配してたのかよ。気を使って損したぜ。俺たちだって助けられたときは鼻血くらい出てたっつーの。大体モモンほどの冒険者がそんなこと気にするわけねーだろ」

 呆れた声でガガーランは言うが、ラキュースとしては気持ちは分からないでもない。

 むしろ、あの時の自分の状態はどうだったのだろう。と今更ながら気になってしまった。ラキュースはヤルダバオトとは戦っていないが、その前にあの亜人との戦いではそれなりに傷も負った。

 そのまま回復もせず、モモンと合流したことを考えると、もしかしたら自分も……

 そんなことを考えている間に、イビルアイに掴まれているティナの代わりにとばかりにティアが部屋を出て行った。彼女が連れてきたモモンを前にして、ラキュースもまたイビルアイ同様、気まずい思いをすることになった。

 

 

 ・

 

 

 首都ホバンスに戻るのは随分と久しぶりの気がした。

 実際には一度首都を奪還した際に戻っていたが、その後直ぐに残る大都市であるリムン奪還にも同行したため、ゆっくりする暇がなかったのだ。

 しかしそれももう終わった。アインズが持つ圧倒的な強さのアンデッドたちによって、都市解放戦における聖王国側の被害はほぼゼロ。一部の亜人たちが収容所内の民を人質に取って立てこもったが、それもアインズの活躍で人質の命を犠牲にすることもなくあっさりと解決した。

 その光景を見ていたレメディオスが、驚愕と賞賛に加え、どこか悔やんでいるような顔をしていたのが印象的だった。

 まだこれからの問題は山積していたが、とりあえずリムン奪還をもってヤルダバオトと亜人連合による一連の騒動は終息を迎えた。

 それは同時にアインズ・ウール・ゴウンとの別れを意味していた。

 圧倒的な力であの大悪魔、いや魔神ヤルダバオトを打ち倒し、亜人の軍勢をものともしないアンデッドの大群を用いて都市を奪還した救国の英雄は、早々に本店であるトブの大森林に帰還してしまった。王都で予定されていた祝典も、せめてとばかりにその出立を見送るため行おうとした盛大な祭典も拒否して。

 

 彼の功績は知っていても、その実力を直接見たわけではない生き残った貴族たちは、不敬と言ったが──戦いを直接目撃した南部の貴族たちの方が物わかりが良かったほどだ──それも彼の厚意から来るものだとカルカには分かっていた。

 ヤルダバオトと亜人の脅威は去ったが、聖王国には問題が山積みだ。そうした状況でアインズは敢えて失礼とも言える対応を採ることで貴族の不満の矛先を自分に向けさせて、カルカが復興を指揮しやすくしているに違いない。

 人的な損失こそ少なかったが、その分奪われた物資や破壊された建物、収穫出来なかった農作物の損失、失われた時間を取り戻すにも倍の労働が必要になる。未だ聖王国内に潜んでいるかもしれない亜人の捜索や討伐も必要だろう。

 だがそれらに関してはある程度の解決の目処が立っている。

 言うまでもない、魔導王の宝石箱から借り受ける予定のゴーレムやアンデッドだ。

 そう、聖王国では正式にアインズの所有するアンデッドを今後も借り受けることを決めた。

 宗教色の強い聖王国がアンデッドを日常的に借りるとなれば、これもまた貴族たちの反対を受けるだろうが、幸いにも破壊された北部の都市や村に住む民たちからは否定的な意見が出ていない。

 何しろ、悪魔や亜人に捕らえられていたところを助け出したのはアンデッドなのだから、それも当然だろう。

 

 後は今後起こるであろう北部と南部との摩擦を減らすこと。

 この状況で南北が対立しては、最悪の場合国が真っ二つに割れかねない。

 だがそれも、本来聖王家と反目していた南部の貴族たちがアインズの力を目撃したという状況が解決してくれるはずだ。

 その意味では、カリンシャに南部の大貴族が集まっていたことが幸いしたともいえる。ヤルダバオト討伐後、直ぐにアインズにすり寄ろうとした南部の貴族に対し、アインズは全ての契約は聖王女であるカルカを通すように言ってくれた。

 そのおかげで南部の貴族は、魔導王の宝石箱と親しいカルカに強硬な態度は取れなくなった。

 北部の貴族はアインズを敵視してはいるが、そちらは元々王家との繋がりも深いため、どうとでも丸め込める。

 これなら南北の摩擦も最低限に済み、余計な勢力争いをすることなく、復興に全力を尽くせることだろう。

 

「つくづくアインズ様には感謝しないと」

 ヤルダバオトの討伐と、都市の奪還、更には復興に関してアインズは全ての報酬の支払いも金銭以外の形にしてくれた。

 本来お金がなければ、支払いは貴金属やマジックアイテムなどの国の宝で行うべきなのだろうが、王都を奪還した時には既に亜人たちによってどこかに運び出されていた。

 それらはどこに消えたのかも不明であり、ヤルダバオトの命でどこかに運ばれたらしいことだけは分かっているが、その後の足取りを追うことは出来なかった。

 そうした事情を考慮してくれたアインズは金銭の代わりに、アベリオン丘陵という土地を報酬として要求した。

 あれだけ広大な土地を与えるとなればそれこそ、今回の働き全てに匹敵する報酬という者もいるだろう。が、丘陵は元々聖王国の土地ではない──敢えて言うなら亜人の土地だ──そのため聖王国の法律でどうこうできることではない。それでも、少なくとも聖王国はアインズの土地と認め、現在そこに住んでいるヤルダバオトに反目した亜人たちの中でも、アインズに従うと決めた者に関しては、こちらに手を出さない限り討伐はしないとの取り決めが結ばれた。

 それ以外は何も要求することなく、アインズは帰っていった。

 ただしあくまでそれは今回の報酬。これから借りる予定のアンデッドやゴーレムの報酬は別に捻出する必要がある。

 そちらをどうするかと考えていると、不意に部屋の扉が鳴り、聞き慣れた声が聞こえた。

 

「カルカ様、レメディオスです」

 

「入って」

 カルカは一度思考を切り替え、レメディオスを迎え入れた。

 

「失礼します。お呼びでしょうか?」

 隣の控え室に待機させていたメイドが扉を開き、レメディオスが中に入る。

 

「少し二人にして」

 そのメイドに声をかけ、控え室からも下がらせると、改めてカルカはレメディオスと向かい合った。

 

「レメディオス。準備はできた?」

 

「はい、ですがカルカ様。本当に直接出向かれるのですか? まだどこに亜人が潜んでいるかも分からない状況ですが」

 

「国中を調べてからでは遅いでしょう? こういう時だからこそ、聖王女自らが出向き健在だと示さなくてはならないのよ」

 これからカルカは慰問という名の下に、被害にあった各地に出向き、状況を直接見回るつもりであった。レメディオスにはそのための護衛部隊編成を頼んでいたのだ。

 王都の復興も重要だが、カルカがずっと王都で指示を出していては、他の地域に不満が溜まる。

 その上、今回の事件でカルカは民からの信頼を失った。

 民がもっとも恨んでいるのはヤルダバオトだろう。次は自分たちを直接苦しめた亜人や悪魔。

 その次は。と聞かれると流石にはっきりという者は少ないだろうが、聖王女である自分、あるいは国そのもののはずだ。

 そもそも国とは民を守る力があって初めて成立する。

 民は税を納め、その代わりに国は民が平穏に暮らせるように守護する。

 それが国家の役割だ。

 故に力の無い国など民にとっては害悪でしかない。

 今回の件で、カルカはそれを思い知らされた。

 だからこそ、カルカは今度こそ民が泣くことのない強い国を作ると決めていた。そのためならどんな手段でも使うつもりだ。

 本来ならアインズから借りた兵力で亜人を捜索させて、安全を確保してから行うべきなのだろう。だがそこは、危険を承知でカルカが自分たちに会いに来た。という状況を作ることで、民の溜飲を少しでも下げる目的もあった。

 

「しかし──」

 案の定、納得しようとしないレメディオスの言葉を遮り、カルカは彼女が反論しづらい台詞を口にする。

 

「それに。何かあってもレメディオスが私を守ってくれるのでしょう?」

 

「ッ! ……はぁ、分かりました。最近のカルカ様、少しケラルトに似てきましたね」

 唇を尖らせ、声にならないうめき声を上げてから、諦めたように深いため息と共にレメディオスは言う。

 ヤルダバオトを討った後、ケラルトの訃報を聞いた際には、妹の死に涙を流して嘆いたレメディオスも、少しは吹っ切れたのか今では時折こうして自分から話題に出せるようになった。

 それは素直に喜ばしいことだ。

 同時に彼女の言葉に、そうかも知れない。と心の中で同意する。

 今まではケラルトに任せきりにしていた、いわゆる正道以外の手段も自分が実行して行かなくてはならないのだ。

 そしてその為にももっとも重要なことを確認しなくてはならない。

 一頻り笑い合った後、カルカはチラリと控え室に目を向ける。

 同じように直ぐに表情を引き締めたレメディオスが、扉をゆっくりと開いて確認し、再び扉を閉めた。

 

「外にはおりません。気配もないので心配はないかと」

 盗聴の危険はないということだ。

 

「そう……法国の件は漏れていないわね?」

 

「はい。ネイア・バラハにもしっかりと口止めをしてあります。聖王国で他にこのことを知っているのはカルカ様と私、そしてグスターボだけです」

 

「引き続き誰にも知られないように注意して。ヤルダバオトと法国が組んでいた。と今国民に知れれば大変なことになるわ」

 

「はい。ですが、蒼の薔薇、そしてモモンとゴウン殿には……」

 アインズたちはもちろん、王国の人間である蒼の薔薇には口止めは難しい。

 今まで王家が肩代わりしてくれていた蒼の薔薇に支払われる報酬を、改めて聖王国で負担することで、さりげなく守秘義務を作り出し口止めしようとしたのだが、王国の貴族でもあるラキュースにはその考えを読まれたのだろう。あっさりと躱されてしまった。

 

「できればそちらの口止めもしたかったけれど、無理でしょうね。特にアインドラ様は王国の第三王女と懇意と聞いていますし。王国との交易にはなるべく私たちが介入して、こちらの貴族と王国の貴族を接触させないようにするしかないわね」

 王国とて帝国と戦争を続けている状況で法国を刺激するようなことは無いと思いたいが、確証がない以上対策を講じておいて損はない。

 

「分かりました。グスターボに伝えて早速手配させます」

 

「お願いね」

 

「……しかし、もし法国が本当にヤルダバオトと組んでいたとなれば、この先はどうなるのでしょうか?」

 神の復活が目的であれば、法国があれで諦めるのか。と言うことだ。

 

「ヤルダバオトと法国、どちらが主導権を握っていたのかにもよりますが、とりあえずどこかの国がこの情報を広め、大きな騒ぎにならない限り、直ぐには動かないでしょう。だから先ずは聖王国復興と、ゴウン様との友好関係の構築を最優先にして。後は各国の情勢にも気を配って」

 

「分かりました。ではそちらもグスターボに──」

 同じ言葉を繰り返すレメディオスに、カルカはジッと目を向ける。

 

「……レメディオス。これからはちゃんと勉強するって言ってませんでした?」

 

「……努力はしていますが、先は長いので」

 目を逸らしながら言うレメディオスにカルカは苦笑し、同時に思考する。

 今は復興のために箝口令を敷く必要があるが、この情報は何れ広める必要がある。

 理由は言うまでもなく、明確な敵意の矛先を作るためだ。

 一度溜まった不満は時間が経っても完全には消えない。亜人を探し回っている内は良いが、国中を探し終えた後、アベリオン丘陵の亜人には手が出せないとなれば、不満をどこかで吐き出させなくては内部から破裂してしまう。

 だからこそ、明確な敵が必要なのだ。

 ヤルダバオトと法国の関係を暴露すれば、怒りを全て法国に向けさせることができる。そのタイミングを計る必要があるため、情報が外に漏れるのは絶対に避けなければならない。

 

 しかし、これだけはレメディオスにも言えない。

 何故ならこれは法国との戦争の火種となるからだ。

 聖王女自ら戦争の火種を作るなど、レメディオスは決して許さないだろう。

 だがどのみち、近いうちに法国と別の国の衝突が起こるはず。

 蒼の薔薇からヤルダバオトの話を聞いた王国か、それとも一度はヤルダバオトに首都を攻撃された帝国か、元から法国と仲が悪い評議国の線もある。

 完全な復興が済んでいなくとも、どこかが始めた段階で、この情報を広めそれに乗れば良い。

 そこには必ずアインズも参戦している。となればこちらの勝ちは揺るがない。

 そしてその時こそ、今回カルカが国家総動員令で無理矢理まとめ上げたような偽りのものではない、本物の憎悪と怒りによって国中が一致団結し、法国という敵に立ち向かうことになる。

 それにより得られる強さ。

 カルカの願う強い国はきっとその先にあるに違いない。

 

「レメディオス。私は今度こそ、誰も泣かずに済む国を作ってみせるわ」

 

「はい。及ばずながら私もお手伝いいたします!」

 切れの良い返事をするレメディオスに笑いかける。

 

「ええ。神に祈るだけではダメ、大切な物は自分たちで守るのよ」

 そう。この世界に弱者を救ってくれる神は居ないのだから、弱者が泣かずに済む国になるには、強くなるしかないのだ。

 そのためのアイデアも既にカルカの中に存在している。

 ようは正式にアインズを婿として迎え入れるということだ。

 アインズは広大な土地を持っているが、民が居なければ国を興すことはできない。だからこそ、カルカ自身がアインズと結婚し、実質的に聖王国を彼に譲り渡す。

 誰のためでもない、民のためにもそれが最善だ。自分のような弱い者ではなく、アインズという強者が国を治めてくれればもう誰も泣かずに済むのだから。

 

 そっと頬に手を触れさせる。

 そこには既に傷一つなく、美容系魔法技術を駆使して得られた、吸い着くようなきめ細やかな肌が戻っていた。

 アインズが聖王国を立つ前に、魔法で癒してくれたのだ。

 彼はこの肌を気に入ってくれるだろうか。

 そんなことを考えながら、ライバルになるであろう彼の傍に居る女性についても調べる必要がある。とカルカは人知れず決意を固めた。

 

 

 ・

 

 

「単身赴任お疲れさまでした! アインズ様」

 アインズが転移で自室前に着いた瞬間、勝手に扉が開き中からアルベドが姿を見せる。

 

「お食事になさいますか? お風呂ですか? そ、れ、と、も──」

 

「ア、アルベド。ここに居たのか」

 迎えに来なかった時点で嫌な予感がしていたが、見事的中した。しかし今度は最後まで言わせることなく、途中で声をかける。

 いつもの格好ではなく、動きやすそうな私服──以前アルベドが働きに対する報酬として欲しがったものだったはずだ──の上にエプロンを身に纏っている意味はあまり考えたくない。

 最終決戦装備(裸エプロン)でないだけ、マシと考えるべきだろうか。

 情操教育的な意味でも。と考えながら自分の隣を見た。

 

「何やってんの? アルベド」

 頭の後ろに手を回しながら呆れた声で言うアウラに、アルベドは今気づきましたとばかりに顔を向けた。

 

「あらアウラ。居たの? アインズ様の護衛任務ご苦労様。これからは大人の時間ですから下がってゆっくり休みなさい」

 

「お部屋に入るまでが護衛の仕事なんですー。アルベドこそ、仕事中にその服どういうつもり?」

 

「ぐっ!」

 痛いところを突かれたとばかりにアルベドがたじろぐ。

 その隙を逃さず、アインズは追い打ちをかけるように咳払いを入れる。

 

「今回はアウラが正しいな。これから報告会だ。まずはその服を戻してくるように」

 

「っ! はい……申し訳ございません。直ちに」

 しゅんと、飛び上がらんばかりに持ち上がっていた翼が萎れて、同時にがっくりと肩を落とす。

 

(少し、言い過ぎたか? ただでさえ人手が減ってアルベドには負担を掛けている上、俺も最近ずっとナザリックに帰っていなかったしな)

 それこそ呪いレベルでアインズを愛してしまっているアルベドにとって、それがどれほど辛いことなのか、アインズには想像もつかない。

 そしてそれが自分が彼女の設定を書き換えたせいである以上、アインズはアルベドに強く言うことができない。

 それは今回もまた同じだった。

 再度咳払いをした後、すっかりしょげてしまったアルベドに、アインズは控えめに声をかける。

 

「ま、まあ。以前も言ったが、アルベド、お前の対応や、格好も悪くない……いや、非常に魅力的だぞ?」

 

「ア、アインズ様! はい! では続きは夜、仕事が終わってからということで。直ぐに自室で着替えて参ります。くふふふ」

 

「え? あ、いや、ちょっと」

 不吉な言葉と笑い声を残し、アルベドは部屋を後にする。

 走った訳でもないのに、振り返って廊下を見ると既にアルベドの姿は消えていた。

 誰もいない廊下を呆然と見つめていると、直ぐ傍から声が掛けられる。

 

「……アインズ様。夜に何するんですか?」

 唇を尖らせるアウラの口調は彼女にしては珍しく冷たいもので、まるでアインズを責めているかのようだ。

 

「私にもわからん。が、今夜は一晩中仕事をしよう」

 そう言った瞬間、アウラは満足げに頷いた。

 

「それが良いと思います!」

 笑顔を浮かべるアウラが軽やかな足取りで部屋の中に入り、それにアインズも続こうとして、背後から強い視線を感じ、振り返る。

 自室に向かったはずのアルベドが、既にいつもの服に着替え、戻ってきていた。

 

「は、早かったなアルベド」

 あの一瞬でどうやって。と考えはするが、アルベドの部屋もこの第九階層なので魔法やアイテムを駆使すれば不可能ではないだろう。

 

「はい。先を越される訳には参りませんので」

 にっこりと笑みを浮かべて言うアルベドにアインズは思わず心の中で身構える。また何か、妙なことでも考えているのではないか。と勘ぐってしまう。

 しかしアルベドはそんなアインズの様子に気付いていないのか、嬉しそうな笑みを浮かべたまま手を広げた。

 

「お帰りなさいませ! アインズ様」

 花の咲いたような笑顔と共に告げられた言葉に、後ろで先に部屋の中に入っていたアウラがずるい。と小声で言った気がしたが、アインズはその言葉を聞いた瞬間、何とも言い難い不思議な感情がわき上がり、その正体を確かめるべくマジマジとアルベドを見つめる。

 

「……先ほどは言いそびれてしまいましたので」

 そんなアインズの視線に照れたように付け加えるアルベドに、一瞬虚を突かれた思いを感じたが、直ぐにアインズは返事をしていないことに気がつき、大きく頷く。

 

「ああ。ただいまアルベド」

 その言葉を口にしてからようやく先ほどの不思議な感覚の正体に気がついた。

 我が家に帰ってきた事による安堵感だ。

 思えばここのところアインズの傍には常に聖王国の誰かや、蒼の薔薇がいたせいで、ナザリックにはしばらく帰っていなかった。

 ナザリックの者しか居ない場所でも疲れを感じていたのは、支配者の演技を続けなくてはいけなかったことや、虚像の修正が失敗したことによるものではない。

 単純に長期間ナザリックを離れていたことに対する疲労だったのだ。

 たとえ常に支配者の演技をするせいで気が抜けないとしても、自室が広すぎで落ち着かないとしても、このナザリック地下大墳墓こそが自分の帰るべき場所なのだと。アルベドの言葉で実感した。

 この報告会の後、もし本当にアルベドが夜に来たのなら、その時は外に出ることの少ない彼女のせめてもの慰みに、土産話でも聞かせるとしよう。

 そんなことを考えながら、アインズはアルベドを伴って自分の部屋に足を踏み入れた。




これで聖王国編は終了となります
次は一週間後ではなく、いつも通り木曜日の0時に更新できる、と思います

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