オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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パーティーの準備をするナザリックの話


第80話 パーティーの準備

「……それで。私たちはどう動くべきなのでしょうか?」

 本来この部屋に入るのは気が進まない。

 正確には目の前に座る人の形をした化け物と直接対面するのが嫌だ。と言うべきだろう。

 しかし、今回ばかりは仕方がない。

 手紙や暗号でのやり取りだけでは解決できない案件であり、王国の今後を左右するものでもあるのだから。

 

「お父様の反応はどうでした?」

 自分の前に紅茶を差し出しながら問うラナーに礼を言い、一口飲んで喉を潤してからレエブン侯は口を開いた。

 

「やはり気が進まないようです。何しろ敵国である帝国の皇帝より下の立場で、それも一商人からの招待に応じるとなれば、王としての尊厳や、王派閥からの非難もありますが、貴族派閥との決別を意味しますからね。そうなれば親子で争うことになる。気持ちは分かりますよ」

 自分の息子と殺し合いをしなくてはならないなど、子煩悩を自覚している自分は想像もしたくない。

 それも自分が死んで、子に全てを継がせるためならまだしも、今回の場合その逆だ。

 王派閥と貴族派閥が完全に決裂した場合、貴族派閥は盟主であるボウロロープ侯の娘婿であるバルブロを旗頭として掲げることは間違いない。

 そして、ガゼフの言うようにアインズがこちらにだけ力を貸すのであれば、王派閥の勝利は確実だ。

 つまり王がバルブロを討つ形となる。

 無論、王にはザナックという後継者もいるため王国そのものに生じる問題は少ないが、それでも実の子を討つなど自分にはとてもできそうにない。

 もっともこれも王が情に流されすぎてあの歳まで後継者問題を棚上げにしていた所為なのだから、自業自得と言われればそれまでなのだが。

 

「遅かれ早かれあれは死にますから、無駄な感傷ですよ。重要なのはレエブン侯、貴方がそれを説得できるかどうかです。できないのならば別の手段を考える必要がありますから」

 いくら同腹ではないとはいえ、自分の兄をあれと切って捨て、死ぬことを前提として思考するラナー。しかし、これぐらいはラナーでなくとも、政治の世界で生きる王侯貴族の中ではよくある考え方だ。

 子供の可愛さを知らなかったかつての自分なら同じことを思っただろうし、それを抜きにしてもバルブロのしでかした事を考えるとそれぐらいしなければ収まるべき問題も収まらないのも事実だった。

 

「陛下ならば、王国の全体のことを考えればそれしかないと理解してくださるはずです。我々が後押しをすれば納得してくれるでしょう」

 

「そうですか。それは良かった。ゴウン様に失礼なことを言ったあれの身柄は、できる限りこちらで押さえたいのです。きっと彼らへの良い土産となります。他から手を回しては暗殺される可能性もありますから」

 やはり生きたままでないと楽しめないでしょうし。と語る彼女の口調には流石に寒気が走る。

 バルブロをアインズに渡してどうなるのかなど聞きたくもない。

 むしろラナーが自分にそれを聞かせているのは、言葉に出さない脅しだと理解する。

 ミスをしたり、ましてやバルブロのようにアインズを不快にさせるようなことした暁にはレエブン侯の身のみならず、自分の愛しい我が子もそうなる。と言外に告げているのだ。

 

(そんなことはさせない。させるものか。あの子の未来は私が守らなくては、ゴウンからだけではない、この女からも)

 ラナーの夢を叶えるため、将来的にラナーとレエブン侯の息子を政略結婚させ、その裏でクライムとの子供を作る。と提案された時は背筋が凍った。

 その時は全力で拒否したが、代わりの生け贄を差し出さなくては、いずれそれも拒否できなくなる。

 一刻も早くそちらも考えなくては、と笑顔の裏で何を考えているか分からない化け物から目を逸らすため、レエブン侯は再度紅茶に手を伸ばした。

 

 

 ・

 

 

「今度のパーティーは俺がホストな訳だろ。どうすればいいんだろう」

 ナザリック内の自室で、アインズは椅子の背もたれに体を預けながら、頭を悩ませていた。

 ソリュシャンをパートナーとして連れて行った帝国での勲章授与式と舞踏会。

 どちらも恙無く終了した──ソリュシャンをパートナーとしたことを告げた際の、シャルティアやアルベドの目は怖かったが──しかしそれはアインズがパーティー慣れをしたからではなく、ホストとして完璧なエスコートをみせたジルクニフのお陰だ。

 

 勲章授与の作法や流れを前もって文書で知らせてくれた上、舞踏会の場でも身近な題材を使って上手く面白い話で場を盛り上げ、かと言って一人で話しているわけでもなく絶妙なタイミングでこちらに話を振って話を引き出してくれたおかげで会話を楽しめた。加えて必死に練習したダンスをどうにか無難にこなした後、次に何をすればいいのか分からず、内心オロオロしていたアインズをさり気なく誘導し、帝国の貴族を紹介してくれた。その際も、あまり深いところまで話さずとも良いように、けれど決してアインズを蔑ろにするようなことはなく話を進めていた。

 お陰で帝国の貴族とも知り合うことができ──顔と名前を覚えるのには苦労しそうだが──多くの商談に繋がるだろう。

 きっとアインズの態度を見てパーティー慣れしていないことを察し、皇帝自ら動いてくれたのだ。

 そして今度はそんなホスト役を自分がしなくてはならない。

 それもジルクニフだけならまだしも、カルカや王国のランポッサ三世まで居るのだからミスは許されない。

 

(今後もこうしたパーティを開催することはあるだろうし、今から慣れておかなくてはならない。とはいえ、一から全て自分で考えるというのもなぁ)

 

「やはり奴か」

 ナザリックでそうした知識がある者と言えば一人……いや、一匹しか思いつかない。

 ダンスの際にも世話になった恐怖公だ。

 一体どのような設定付けがされているのか不明だが、ダンスだけではなく、上流階級の嗜みや会話の基本なども知っている恐怖公ならば、そうしたパーティにおけるホストの役割も教えてくれるだろう。

 だが、どうにも気乗りがしない。

 そもそもここ最近アインズは、ダンスを始めとして新しく覚えることが多すぎてロクに休日も取れていない。

 時間が足りなすぎて、ナザリックに居る時はほとんど毎日入っていたスライム風呂さえ、最近はご無沙汰だ。

 しかし、ナザリックというよりアインズの悲願とも言える法国への制裁がもう目前に迫っている状況で、休んでいるわけにはいかない。

 とは言えもう少し、何か気楽な仕事は無いものか。

 嫌なことを後回しにしているようで気が引けるが、練習が必要なものではない別の仕事を先に行い、気分転換したいという気持ちが湧き上がり、何か仕事はないか考えてみる。

 できれば自分が唯一皆より勝っている分野である、リアルでの経験を活かせるような仕事があると良いのだが。

 そんなことを考えながら、今後必要となる仕事をあれこれ思案していると、ふと根本的な疑問に行き当たる。

 

「……ん? そう言えば、パーティー自体はどんなものになったんだったか」

 今までホストとして、どんな進行をすればいいかばかり考えていたが、そもそも今回の開店パーティーの形式や招待客は誰にするかなどの報告書を見た記憶がない。

 いつものように適当に判子を押してしまったのかと心配になる。

 

「いやいや。流石にそれはないだろう。流し見程度とは言え、全ての書類に目を通しているはずだ」

 そうなると、まだ提出されていない可能性が考えられる。

 確かにまだ時間的な余裕はあるが、必要以上に働いて、仕事を早くこなすナザリックの者たちにしては珍しい。

 

(そもそも誰に頼んだんだっけ? セバスだったか? ソリュシャンか?)

 店で働いている誰かに任せたのは間違いないのだが。

 そんなことを考えながら、アインズは手元の鈴を鳴らす。

 

「失礼いたします。お呼びでしょうか。アインズ様」

 静かに扉を開き、考え事をすると言って部屋の外に待機させていた、本日のアインズ当番である一般メイドのフォアイルが現れる。

 

「フォアイル。セバスとソリュシャンは今どこにいる?」

 

「セバス様とソリュシャン様は、現在ナザリックにお戻りになっております。第九階層の会議室でアルベド様や手の空いた他の守護者の皆様とご一緒かと」

 

「……どういう面子だ? 何か聞いているか?」

 ナザリックがこの地に転移した直後は、守護者で集まり色々な会議をしていた現場をアインズも隠れて観察していた覚えがある。だが、各々に仕事を割り振り忙しくなって以後、そうした催しは減っていたはずだ──アインズが知らないだけかもしれないが──そんな風に考えながら問いかけたアインズの疑問に、フォアイルとはきびきびと答える。

 

「はっ、例の魔導王の宝石箱本店に、人間どもを招いて開催されるパーティーの内容を決めているものと思われます。数日前私ども一般メイドにもアインズ様の御威光を人間どもにしらしめる為にどう行った内容にするべきか、アンケート用紙が配られましたので、それを元に話し合いを行っているものかと」

 

ええ?

 小声で呆れつつ、アインズはなぜ。と疑問に思う。

 どうしてそこまで力を入れているのだろう。今回のパーティーはあくまで次の作戦を開始するために必要だから開くだけで、パーティー自体には大した意味はない。

 アインズがホストとしての役割を完璧にしておきたいのは、トップとして各国の代表者に侮られないようにするためだが、内容は簡単なもので良いと考えたからこそ、他の者に丸投げしていたのだ。 

 事前にメイドたちにアンケートを採った上、そのメンバーで本気で話し合う必要があるほど重要な意味があるのだろうか。

 

「そ、そうか。ちなみにフォアイルはどのような回答をしたのだ?」

 そこから何かヒントが得られるかもしれないと思い、聞いてみる。

 するとフォアイルは数度瞬きをした後、さりげなく視線を泳がせ始めた。

 

「い、いえ。私の意見など、採用されることは無いでしょうし、アインズ様にお聞かせするのはお耳汚しになるかと」

 活発そうな外見の彼女にしては珍しく自信なさげな態度で、語尾も小さくなっていく。

 

「そんなことは無い。お前たちがナザリックの、そして私の為に考えてくれたアイデアならば、たとえ採用されずとも、耳汚しになどなるはずがない。さ、聞かせてくれ」

 

「アインズ様……では、僭越ながら。私が提案させていただいたのは食事です」

 

「食事?」

 

「はい。私は以前、人間が作った食材を用いて、料理長が料理を作った試食会に参加しました」

 そう言えばずいぶん前にそんなことがあった。同じ料理人が作ることで、ナザリックにある食材と現地の食材の違いを調べようとしたのだ。

 確か感想を聞き、人間たちの作った物などナザリックの食材とは比べ物にもならない。と言い切ったのもフォアイルだった気がする。

 

「確か、食材もナザリックの物と比べると格段に落ちると言っていたな」

 

「はい! だからこそ、人間どもにナザリックの威光を見せるためには、内装や装飾品、戦力だけではなく、そうした食材や料理においても格が違うのだと示すことこそ重要ではないかと考えました」

 アインズが以前の会話を覚えていたことが嬉しいのか、アインズが着る服を選ぶときのように目を輝かせてフォアイルが言う。

 

「なるほど。衣食住は全ての基本。目に見える衣や住とは異なり、食だけは実際に食べなければその価値を判別できない。食事を必要としない私ではなかなか思いつけないアイデアだ。実際に採用されるかはともかくとして、私は評価しよう」

 思った以上にまともなアイデアが出て、アインズは思わず手を叩く。

 社交辞令やお世辞ではなく、本当に感心したのだ。

 アインズは自分が骸骨の身体となってしまったことで、一切の食事行為ができなくなり、加えて単価の安い食料品は売り上げも大したものではないこともあって、食料品に関してはソリュシャンに一任していた。

 しかし聖王国での作戦でアベリオン丘陵という巨大な土地を手に入れ、なおかつマーレなどの森祭司(ドルイド)の力で大地の栄養を回復させることで、上質な食材を自分たちで大量に作り出せるようになった今、食料品は店の主力商品の一つとなるだろう。

 今までは大量生産が可能な土壌が無かったからこそ高級路線を余儀なくされていたが、利益が少なくとも数を売ればそれだけ大きな儲けに繋がる。

 その商品の味を、各国の王を初めとした権力者に味わわせるのは良い手だ。

 

「あ、ありがとうございます。アインズ様にそのようにお褒めいただけるなんて、これ以上無い喜びです」

 両手を組んで声を弾ませるフォアイルに、アインズは苦笑しつつ思いつく、これは先ほど考えた別の仕事、人間向けのパーティーを考えるとなればこれは自分に向いた仕事ではないか。

 

「私は率直な意見を言ったまでだ……そうか、奴らは今会議中か……フォアイル。案内を頼めるか? それを見てみたい」

 

「はっ。もちろんです。ですが、何もアインズ様が足を運ばずとも、皆様をお呼びした方がよろしいのでは?」

 

「そうではない。私が直接会議に参加しては、皆私の意見に従ってしまうだろう? だからあえて姿を隠し、どの様なパーティーを企画するのか見たいのだ」

 会議に直接参加してはボロが出る。だからこそ先ずは皆がどんな考え方をするかを確認し、その上で明らかに人向けでなければ訂正すればいい。皆がアインズのいないところでどんな意見をぶつけているか知りたい。との思惑も勿論ある。

 そんなアインズの考えなど恐らくは気づいても居ないだろうフォアイルは、なるほど。と元気良く頷いた。

 

「畏まりました。では私がアインズ様に代わり皆様の仕事ぶりを観察し、お伝えする。との名目で会議に入り、その時にアインズ様もご一緒に入られるというのは如何でしょうか?」

 以前は気付かれずに中に入る手段がなかったため、部屋の外から兎の耳(ラビッツ・イヤー)で盗み聞きしていたが、フォアイルの提案ならばその必要はない。

 

「ほう。それは良い。そうしよう」

 守護者やプレアデスのみならず、一般メイドもまた自分たちで考える。ということを実践していることに、アインズは嬉しさを覚えながら同意し、早速とばかりに椅子から立ち上がる。

 アウラがいるのなら、単なる透明化だけではなく完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)も必要になるだろう。

 先ほどまでの悩みも忘れて、ウキウキと準備を開始した。

 

 

 ・

 

 

 主が自らの代わりに派遣した一般メイドのフォアイルが部屋の隅、予備の椅子がいくつも並んだ壁際に移動し、姿勢を正してこちらを見守っている。

 それを見届けてからアルベドは話を再開した。

 

「では話の続きを。先ほども言ったとおり、やはりアインズ様のお力を人間どもに見せつけるためには、人間程度では到底造れないほど精巧で巨大なアインズ様の像を製作し、各店舗に配置するべきよ」

 前々から考えていた主の偉大さを示すためのアイデアを提案する。

 これは本来主が正式に国を興した後で、己の目で見たものしか理解できない愚者にも分かり易く主の威光を知らしめる為の計画だったが、それを前倒ししてでも行う必要が出てきたのだ。

 

「それは私も賛成だがね。しかしまだアインズ様は人間どもに(かんばせ)をお見せになっていない。つまりは仮面を着けた姿でお作りするしかない。ならばそれは正体を明かし、国を興されてからでも遅くはないのでは?」

 デミウルゴスが立ち上がり、アルベドの案を真っ向から否定する。

 アルベドが前倒しして提案した理由も、その怒りもデミウルゴスは気づいているだろうに、あえて否定してくる。

 帝都での舞踏会で起こったことを考えれば、一刻も早く現在開店している全ての店舗に主の巨像を建て、主を侮辱した者すべてにその威光を見せる必要があるというのに。

 

「それならば仮面を付けた物を製作した後、お姿を明かした後は改めて素顔の像を作れば良いだけでしょう? まさか二種類作るのが面倒だなどと言うつもりではないでしょうね?」

 そうした苛立ちから挑発するような物言いになってしまった。

 同時に今までいつもの薄い笑みを浮かべていたデミウルゴスの表情から、笑みが消える。

 

「ハッキリ言わなければ分からないようだね。君の怒りはもっともだがパーティー前にアインズ様のお力を見せるようなことをしては、アインズ様の御意志に背くことになると言っているのだよ。アインズ様が自らの意志であれほどの屈辱に耐えて下さったのだ。我々はそれに応える義務がある!」

 以前、洗脳を受けたシャルティアの下に、主がたった一人で戦いに出向いたことを後から知らされた時と似た怒りを吐き出すデミウルゴス。

 あの時はアルベドが主への信頼と愛を以てそれを諫めたが、今回は怒りを感じているのはアルベドも同じだ。

 

「屈辱とは何のことでありんすかぇ?」

 ここ最近、聖王国への物資運搬の指揮で外に出ていたシャルティアが暢気な声で言う。

 

「ソリュシャン。説明を」

 他にもまだ知らない者がいるかも知れない。と考えるとここで全員に共有してもらった方がいい。

 

「……はい。アインズ様が私と共に、帝国で開催された舞踏会に出席した際、アインズ様は……その、まるで己を礼儀知らずで相手の名前すらも覚えられない、連中から見れば御しやすいと思われるような演技をなさっておりました」

 言葉は濁しているが、要するに完璧で完全な主が、あえて愚者を装ったということだ。

 その目的は分かる。だからといって、愛する主が人間ごときに馬鹿にされたままでいるのを我慢できるはずがない。

 そう思っての提案だったが、確かにデミウルゴスの言う通り冷静に考えれば、主の行いを無駄にしてしまうことになり、まして主の力と叡智を示した後でなければ、単に自己顕示欲の強いだけの愚か者だと見做されるだけかもしれない。

 今回ばかりは自分が急ぎすぎた。

 話を聞きながら冷静さを取り戻す。

 本来自分たちが、もっと早く人間の生態を知り、店の影響力を広めていれば、主があんな無様な演技をする必要はなかったはずだ。

 主にそんな真似をさせてしまったのが自分たちの力不足だと言うのなら、自分たちにできるのは主の意向を汲み取り、最大限活かすだけ。デミウルゴスはそう言いたいのだ。

 

「そんな! ではアインズ様が帝国の貴族どもにバカにされていると? 何のためにそんなことを!」

 

「そうだよ! ソリュシャン、それを黙って見てたの?」

 シャルティアに続くように不満を露わにするアウラに、ソリュシャンは唇を噛みしめる。

 

「私は事前にアインズ様に合わせるように言われていましたので……」

 感情を押し殺したようなその声に、アウラはハッとしたような顔つきになる。

 

「ごめん、傍で見ていたソリュシャンが一番辛かったよね」

 

「いえ、それがアインズ様の御意向であれば私の意志など……アインズ様はわざと自分を貶めることにより、帝国の貴族や法国の油断を誘い、今回のパーティーでそれらをすべてひっくり返すつもりです」

 そう。それこそが主の策略に違いない。

 帝都であえて愚者の演技を晒し、簡単に御せると思わせて、何の備えもせずに開店パーティーに参加させ、その時初めて力を見せつける。

 その落差を作るための芝居だ。

 だからこそ、今自分たちがすべきことは、パーティーで主の力を知らしめるために完璧なパーティーを作り上げること。

 

「デミウルゴス。私の提案は取り下げるわ。私たちが今すべきことをしましょう」

 

「ええ。そちらはそちらで進めつつ、今回はパーティーの内容だ。みんな、意見は?」

 

「は、はい!」

 普段の彼らしからぬ大きな声を出し、マーレが手を挙げる。

 

「ではマーレ。聞かせて」

 

「え、えっと。先ほどの意見に出た料理なんですが、食材は第六階層で作っている野菜や果物を使ってはどうでしょう? あ、あれはアインズ様のご命令で僕が大地の栄養を回復させて作ったものですから、とっても美味しいと思います」

 主の名代で立っていた一般メイドのフォアイルがピクリと体を反応させる。

 そう言えばナザリックの料理をパーティーに出すのは、彼女が出したアンケートによるアイデアだったはずだ。

 

「良いわね。私は人間の作った物と比べたことはないから分からないのだけれど、あれはバフ効果は無くとも味は良いと聞いているから使いましょう。他には?」

 

「デハ、私ガ」

 

「あら。コキュートス。珍しい」

 武人としてこうした場に出てきても、基本的には聞き役であり、アイデアを出すことは少ないコキュートスが手を挙げたことに驚きつつ、アルベドは続きを促す。

 

「アインズ様ノ持ツ戦力ノ強大サヲ示スタメ、捕エタモンスタート、デス・ナイトヤゴーレムナドヲ戦ワセ、ソレヲ見セルノハドウダロウ?」

 武人らしい意見だが、悪くない。

 アルベドが賛同する前に、コキュートスと仲の良いデミウルゴスが先んじて賛成を示す。

 

「なるほど。帝都では闘技場でそうした見せ物を催して人気を博していると聞いている。人間が集められない強いモンスターを使えば良い見せ物になる。アベリオン丘陵で実験用に捕らえたモンスターもいるからそれを使っても良いだろうしね」

 

「でもそれどこでやるの? 店の中は建物を汚したり壊したりしたら危ないし」

 

「第六階層ノ、コロシアムデ良イノデハナイカ? 転移デ店カラ連レテ来レバ……」

 

「それってナザリックに人間を招き入れるってことでしょ? やだなぁ。アインズ様のためなら従うけど……」

 唇を尖らせてアウラが言う。

 自分の守護階層に人間を入れることを拒否したい気持ちは分からないでもない。そもそも人間をナザリック内に入れるのは防衛の観点からも危険だ。アルベドは直ぐに別のアイデアを思いつき提示する。

 

「その必要はないわ。コロシアムの様子を水晶の画面(クリスタル・モニター)で店内に投影すれば良いのよ」

 

「あ、それ良いね。じゃ観客代わりのゴーレムも見せつけようよ。あれだけの数がいるって分かれば在庫も完璧だって思うでしょ」

 

「良いわね。ではそれも採用しましょう。コキュートス、戦わせるモンスターの選別を。良いのが居なければ、その調達もお願い」

 

「承ッタ」

 

「招待状は出来ているけど、呼び出す人間はまだすべて決まっていなかったわね。その選定はセバスにソリュシャン……それと、シャルティア。貴女に任せるわ」

 これに関しては最初期から王都支店を運営し、他の店にも顔を出しているこの三人が適任だ。

 

「承知しんした。わたしたち三人が責任を持って、アインズ様の御威光を見せつけるに値する人間を選んでおきんすぇ」

 偽物の胸を張って高らかに宣言するシャルティアには少々不安を覚えるが、セバスとソリュシャンが居れば問題ないだろう。

 

「では私は必要な物品のリストアップと、それらの中で現地の物で代用できる物を用意をしよう」

 本来ナザリックにある物は全て主の私物と言っても良い。それをなるべく使用しないように現地で入手できる物は現地産の物を使うべきだという意味だろう。

 逆に先ほど提案された食材などナザリックの物を使わなくてはならない物に関しては主の許可を取る必要がある。そちらはアルベドの仕事だ。

 

「そうね。私はアインズ様にナザリックの物資を使用する許可を貰った後、全体的な指揮を執るわ。他にも必要な物や人材があれば、私に報告を。後は……」

 てきぱきと自分たちのすべきことを決めていると、ずっと様子を見ていたフォアイルが手を挙げる。

 

「あ、あの。申し訳ありませんが、アインズ様からのご命令が届きましたので、私はここで失礼させていただきます。決まったことは後でアインズ様の下に届けて欲しいとのことです」

 

「あらそうなの? 分かったわ。アインズ様に完璧なパーティーをお約束するとお伝えして」

 

「はい!」

 どこか慌てた様子を見せつつ、フォアイルは足早に部屋を出ていく。

 この部屋は伝言(メッセージ)程度の魔法は妨害するはずだが、専用の通信アイテムでも持っていたのだろうか。

 そんなことを考えながら見送っていると、アウラが不思議そうに首を傾げた。

 

「アウラ。どうかした?」

 

「いや、なんかこう、変な感じがしたんだけど……うーん、気のせいかな。嫌な感じじゃなかったし」

 感覚の鋭いアウラの言葉には多少引っかかるところがあるが、今はそれどころではない。

 

「そう。また何か気づいたら教えてちょうだい。では話を進めましょう。皆、他にも意見があったら直ぐに言うようにね」

 もっと詳細を詰め、主に見せても恥ずかしくないものにしなくてはならない。

 力強く頷く皆に、アルベドもまた頷き返し、会議は更に白熱していく。

 すべては愛しい主の為に。

 

 

 ・

 

 

「あ、あの。アインズ様。どちらに?」

 会議の最中、突然退出を決めた主の後に付いて歩きながら、フォアイルは恐る恐る尋ねた。

 本来メイドとして主の行動を問うことなど許されないのだが、どうにも主の態度に違和感を覚えて、つい聞いてしまった。

 

「恐怖公のところだ」

 

「きょ、恐怖公……」

 ナザリック五大最悪の一つにして、清掃が主な仕事である一般メイドにとっては色々と思うところのある存在だ。

 そうでなくとも、女性として創られた者たちからの評判はあまり良くはない。

 彼自身の性格というより、やはりそのフォルムが原因だろう。

 しかし嫌とは言えない。

 主が行くと決めたのだから、メイドはただ付いていくだけだ。

 

「会議は奴らに任せておけば問題ない。完璧なパーティーを作り上げてくれるだろう。だからこそ、私は私のすべきことをしなくてはならない」

 フォアイルに言っているようにも、主が自らに言い聞かせているようにも聞こえる。

 はい。と控えめに返事をしながら、早足の主を必死になって、けれど不作法にはならないように追いかける。

 

「フォアイル。実のところ私はな、ホストとして人間をエスコートしたことなど一度としてない。故に今回ばかりはどうすれば良いのか見当も付かん」

 その言葉に驚愕する。

 全てに於いて完璧な存在であり、シクススが組織の維持管理・運営の能力に至るまで完璧なところを讃え、知謀の王と称した御方。

 その主が分からないことがある。というのがフォアイルにとっては驚くべきことだった。

 しかし良く考えて見ると、絶対的支配者である主は常にエスコートを受ける側。

 する側に立ったことがないのは当然。という気もする。

 だがそれと恐怖公にどんな関係があるのか。と考えていると主はこちらを振り返ることもせずに続けた。

 

「奴らが完璧なパーティーを作り上げるなら、私は完璧なホストとして人間たちをもてなさなくてはならない。それが私の役割であり、奴らの忠義に報いることだ。恐怖公にその術を習いに行く。フォアイル、お前にも手伝ってもらうぞ」

 

「私でよろしければ何なりとお申し付けください」

 

「うむ。ではエスコートを受ける側として私との会話練習や、他者を紹介すること、逆に紹介された際の対応。その全ての相手役をして貰う。忙しくなるぞ。体力は大丈夫か?」

 

「も、問題ありません! この日のために昨日はお休みをいただき、万全の態勢を整えておりますので!」

 思わず声が裏返った。

 メイドとしてあるまじき失態だが、今はそれどころではない。ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者にして、尊敬し敬愛する主の相手役。

 たとえ練習だろうとこんな栄誉に与る機会はそうそう無い。

 そのためなら恐怖公の部屋だろうとどこだろうと、付いていくだけだ。

 

「俺のせいでアインズ・ウール・ゴウンが侮られ、ソリュシャンに恥をかかせていたとは。休んでなど居られるか。こうなったら完璧なホストをやり遂げてみせる」

 主が何か小声で呟いた気がしたが、声量が小さすぎたことと、これから訪れる幸せを噛みしめていたせいで聞き取れなかった。

 これもまたメイドにあるまじき失態だが、それはこれからの働きで取り戻してみせる。とフォアイルはいつかシクススがしていたように自分の頬を叩いて気合いを入れなおした。




あと一話準備を入れた後パーティー開始になる予定です
ちなみにコキュートスが出てきたのは久しぶりな気がしますが、この話に置いて彼はリザードマンだけではなく、トブの大森林全体の統治と管理を行っているので結構忙しく、あまりナザリックに戻っていない為です

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