月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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植物園探索

「ここは別れて抜け道を探そう」

 

 ぼくが勇気を出してそう言ったのは、研究教室で雨漏りの水を捨ててもらっていたときだ。

 一緒に探索してくれると言った2人に、単独行動を面と向かって言うのに少し勇気が必要だったんだ。

 背を向けてバケツの水を捨てていた天海くんが振り返る。

 

「3箇所に別れるんすか?」

 

 ぼくは、あえて視線を外して、 「うん」 と返事をした。

 

「えっと、植物園のマップを見る限り東西南北で別れているみたいだから、そのほうが効率的かなって思って」

「あー、そうかもね。地味に広そうだし、今は抜け道を探すのが本題だから効率は良くしたほうがいいかも……」

 

 白銀さんの言葉は意図的か、無意識の援護なのか、どちらにせよぼくにとっては助かるものだった。

 

「それじゃあ、担当はどうするっすかね。俺はよく知らないんで香月さんが決めちゃっていいっすよ」

 

 え? あ、気遣い…… なのかな?

 なんだか申し訳ないけど、棺は見られたくないし、仕方ないや。

 

「じゃあ…… ぼくが目を覚ましたのが恐らく北のほうだから、そっちをもっと見てみたいね。南は入り口付近だから帰りに3人で見て回ればいい。2人には西か東を担当してもらいたい」

「それじゃあ、俺は東行ってみるっすかね」

「あ、なら私は西だね」

「モノパッドって写真撮れたっけ……」

「写真は…… 無理そうっすね。確か倉庫に使い捨てカメラがあったと思うっすけど」

 

 なんで携帯端末なのにカメラ機能ないんだよ。不便か。

 チャット機能はあるくせに。

 

「集合時間は…… そうだな、一時間後にまたここに来ようか」

「一時間だね」

「了解っす」

 

 二人と別れ、ぼくは以前来たときの逆方向へと進む。

 当たり前だが、周りには人がいない。少しだけホッとして息を吐いた。

 別に彼らといるのが苦痛なわけではない。けれど一人でいる時間というのが好きなのも事実。たまには息抜きくらいしたいのだ。

 周りにある植物を軽く調査しながら進んでいく。北へ進むに連れてハーブ類が多くなっていくようだ。

 正規ルートと思われる道なりに進んでいくと、川のようになった1メートルほどの溝が左右に広がっていて、石の橋がかかっている。

 その奥にはブドウが這わせられたグリーンアーチがぼくを迎え入れるように設置してあった。

 ここからは北エリア、ということらしい。

 

 水の流れた溝はずっと遠くまで続いているので、もしかしたらなにかの形になっているのかもしれない。

 これが円状になっているのなら美しい庭園だと思うのだが、モノクマの顔の形とかになってそうな予感がするので趣味がいいかどうかはちょっと判断できない。

 水の張った溝は周りが石造りなため、水辺の植物があるわけではないらしい。水辺の植物はまた別の場所にあるのかな。

 

「北はハーブ園か」

 

 見渡す限りのハーブ。

 一見ただの雑草にしか見えないものもハーブだったりするので、丁寧に踏まないよう足を運ぶ。

 道はちゃんとあるけど、ときおり植物が道にまでせり出してきているので慎重に。

 奥には、他の土と混ざらないように一段上げられガラスのドームで覆われた花壇がある。

 その厳重っぷりにいったいなにを栽培しているのかと思ったら、ミントだった。

 

「ミントなら仕方ないな」

 

 ミントはその甚大なる繁殖力からテロまで起こるほどだ。

 厳重に管理していないとすぐに外の土に種が落ちて強い繁殖力によって爆発的に増えていくから、これを嫌がらせや報復に使うことをミントテロなんていうこともあるくらいだ。

 ミントの一部を空き地に捨てるだけでそこから根が出て、最終的に一面ミント畑となる。ミントは絶対に庭植えしてはいけない。

 繁殖を続ければ他の植物を押しのけ、光を奪い、栄養を奪い、ミントの天下が出来上がる。抜いても抜いても無駄で、果てはその特徴的な香りさえ消えてただの雑草と化す。そういう植物だ。

 ミントを駆逐するためには土ごと取り替えるしかないと言わしめられる悪魔の植物。

 他には同程度のやばさを持つドクダミ。ミントよりもひどい、ただの爆発物と化すワルナスビなど。

 ドクダミは香りが独特なので不人気。ワルナスビはそもそもトゲもある毒草なのでかなり悪質だ。引っこ抜くと途中で千切れて、千切れた分だけ株がどんどん増えていく。

 それを考えればちゃんとミントがハーブとしてここにあり、管理されているのに感謝する。モノクマってそういうのにも気を使うんだね。

 ガラスの中にもスプリンクラーがあるので管理も容易だ。取り出すときだけ気をつけなければならない。

 

 

 あとは定番のハーブばかり。それもきちんと区分けされていたりして植物園としての体を成している。

 そして…… 少し道を外れて進めば例の場所。棺のある場所へと辿り着いた。

 

「うーん…… やっぱり普通の棺ではないか」

 

 まるで美術品のような棺で、ただ置いておくだけにするのはもったいないとさえ思う。でもぼくは人に見られたくないと感じる。

 

「ぼくってここからスタートしたんだよね……」

 

 ふと、過ぎった嫌な想像に蓋をして首を振る。

 モノクマならやりそうだな、なんて思ってない。

 

「それより……」

 

 あまり詳しく調べてなかったなと、しゃがんで棺を確認する。

 ちょうど顔になる位置に枠があり、そこをスライドするとガラスの窓になっている。死人の顔を見るための小窓、だよな。

 大きさはちょうどぼくと同じくらい。ぼくより身長の高い人は入れなさそうだ。まさにぴったり。嫌なことだ。

 さらによく見ると端のほうに特徴的な意匠が彫られている。十字を少し崩したような模様。中に、Hの文字…… かな。

 どこかで見たことがあるような気がするんだけど、さすがにそう簡単には思い出せそうにないな。見たらすぐに分かると思うんだけど……

 

 ここらの植物と日差しの関係で棺が照らし出され、なんだか神々しい雰囲気の場所だ。こういう雰囲気の場所は好きなんだけど…… なんというか、やはり棺があるとそこに不気味さが足される気がする。

 この棺も芸術作品並にすごいものなんだけど、ないほうがぼくは好きだな。

 この場所だけだったらきっと毎日入り浸るお気に入りの場所になっただろう。道を外れた奥まった場所にあるからめったに人も来ないだろうしね。

 

「それにしても、季節関係なくハーブがあるってすごいな」

 

 棺の周りを囲うようにしたラベンダーたち。同系色のコモンセージやスイートバイオレット。マロウにコーンフラワー…… いや矢車菊。キャットニップにヘリオトロープ。棺の周りは紫色の絨毯が敷かれたように色鮮やかだ。

 

 少しの地面を開けて咲くジャーマンカモミールや、花壇にされたアップルミント。アロマティカスやセンティッド・ゼラニウム。

 ミント類は勝手に交雑して香りが鈍くなってくるのでそのうち間引きしておかないと…… やることがたくさんだ。

 それらの草花がどこからともなく吹いてくる風でゆらゆらと揺れ、香りを風に乗せてぼくに届ける。

 そういえば、この風もどこから来てるか分からないな。ここはガラスで覆われた植物園なのに。これもスプリンクラーみたいに機械で環境を作ってるのかもしれない。

 

 ここに来るまでもそうだったが、ただの葉っぱかと思えばそれは全てハーブである。

 ローズマリー、ローズヒップ、サフラン、シナモン、マートル、レモングラス、タンポポ、レモンバーベナ、ネトル、フランボワーズ、ルイボスティーのルイボス、マテ茶のマテ…… どこを見てもぼくが分かるハーブだらけだ。種類を挙げていけばキリがないくらい。

 中には食用もいけるオレガノやタイム類、バジルなんかも混じっている。

 それも、どれも季節に関係なく咲いている。いったいどんな技術が使われればこんな風になるんだ。

 春から夏にかけての植物と、秋の植物が同時に育成されてもいる。

 この分だと他の場所ではスノードロップや暑さに弱いプリムラ類も同時育成されてそうだ。

 

「やっぱり異常だ」

 

 これだけの植物があって虫の1匹すらいないなんて、おかしい。

 こいつらはどうやって交配していると言うんだ? 花粉を飛ばすだけで? そんな馬鹿な。これだけの花を育てるのにどれだけ時間がかかると思ってるんだ。

 そもそも植物につくアブラムシやイモムシさえいないなんて異常すぎる。

 

「これじゃあ、ゴン太くんの期待には応えられないかな」

 

 探せば虫くらいいると思っていたけれど、これじゃあ本当にいないのかもしれない。

 虫を探すなら植物園にって彼には伝えたけれど、悪いことをしたかな。

 

「とにかく、北はハーブ園になってるってことでいいか」

 

 ギリギリまで探してみたはいいけれど、やはりこちらには抜け道や地下への入り口らしきものはなかった。

 棺の中まで覗いたが、なんの変哲も無いオブジェでしかなかった。

 ぼくはいったいどこから来たんだろう。

 誘拐されて記憶を一部消されただけとなると、ちょっと芸がないように感じてしまうのは〝 ダンガンロンパ 〟に毒されているのかな。

 いつも奇抜な発想で驚かせてくれるから、どうもそちらを期待しがちだ。

 今は他人事じゃないので、どうか普通の方法であってくれと願う自分もいるのだけど。

 

「あとの場所は、2人の報告を待つしかないよな」

 

 棺のことはどうあっても伝えないといけない。

 黙っていることなんかがあったら信用を失くしてしまう。

 ぼくが個人的に見られたくないだけであって、ぼくのいないときにここに来られるだけなら許容範囲だ。

 ただ一緒に棺を眺めたくないってだけ。自分でもなぜそんなに嫌なのかよく分かっていないけれど、とにかく無理なものは無理。誘われたって絶対に来ないからな。

 ああ、でも一人で折りたたみ式の椅子を持ち込んで読書するのにはいい場所かもしれないなあ。

 人と棺さえなければ最高の場所なのにもったいない。

 

 さく、さく、と土を踏みしめながら引き返す。

 軽くその辺にあったフランボワーズやブルーベリーを収穫して帰る。

 フランボワーズの余った分は今夜にでも東条さんのところに持ち込んで、甘いケーキにでも使ってもらえるように頼んでみようかな。

 あ、ブラックベリーまである。ブラックベリーもケーキ作りに使ってもらおう。収穫収穫っと。

 

 ブルーベリーは一応ベラドンナのこともあるので料理に使うかどうかは保留。ぼくがいるところでなら間違えようがないが、そもそもぼくが信用されるか怪しいので使わないほうがいいだろう。

 個人で食べるかアロマ用だな。

 

「ぼくが最初か」

 

 研究教室にはまだ二人とも帰って来ていないようだった。

 1人で座っているのもなんだし、またお茶でも用意してようかな。

 フランボワーズとブルーベリーの精油も抽出しはじめないと。

 圧搾機で搾って準備して…… フランボワーズでシャンプー作るのもいいかもしれない。甘くてふわふわした香りはうーん、夢野さんとか合いそうだけど、使ってくれるかどうかはちょっと微妙かな。

 みんな才能の産物だから信用してくれるけど、別にそういうのが好きって人ばかりじゃないと思うし。

 春川さんとか星くんは特にそういうのが苦手そうだ。春川さんは話を合わせてくれたけど。

 量産物のシャンプーに不満を持っていたのも、言ってはなんだがそういうのを気にしそうな白銀さんと天海くんだし……

 コスプレイヤーは気を使ってるだろうし、天海くんも見た目で判断するのはどうかと思うが、おしゃれだからね。

 

 さて、なんのハーブティーを淹れようかな…… そうだ、これにしよう。

 本当は夢野さんに見てもらいたいけど、その前に二人の反応も見たいな。驚いてくれるかな……

 

 そうしてとあるハーブティーを淹れながら待っていると、研究教室の扉が開いた。

 

「あ、おかえりなさ…… い…………」

 

 え、待って! ぼくは反射的になんてことを言ってるんだ! 会ってまだ3日目の人にこんな気安く挨拶するなんて……

 

「ははっ、ただいまっす」

「ただいまだねー」

 

 合わせて挨拶してくれた二人から逃げるように顔を背け、 「な、なにか収穫はあった?」 としどろもどろに言うが、多分耳まで赤いので誤魔化しきれない。

 

「えっとね、西は水辺が地味に多くて、そこに浮いた植物がたくさんあったよ。私が分かる範囲だとハスの花しか分からなかったけどね…… 抜け道も特に見当たらなかったかな 」

「東は…… そうっすね…… 毒植物パラダイスになってたっす。俺が分かる範囲でもトリカブトとか、スズランとか、あとスイセンも毒がありましたっけ? 各国を渡り歩いてるときにサバイバルすることもあるんで、見分けがつくものも多かったっす。抜け道は残念ながら……」

 

 西に水辺の植物、東に毒の植物、そして北にハーブ園。南の入り口付近はその他、観葉植物だったり普通の植物類が多かった印象だ。

 今度東は探索しに行かないとだめだな。株の数を確認しておかないと、なくなったときに察知できない。

 多分根こそぎ取ってもモノクマが追加で植えてしまうだろうし、株数をメモして毎日朝食後に確認しに行くのがいいかな。

 ぼくがやらなければいけない作業が山盛りだ。

 

「そっか、ぼくの方は……」

 

 話し出したとき、また研究教室の扉が開いた。

 

「あ、お邪魔しちゃった?」

「今、大丈夫かな」

 

 赤松さんと、最原くんだった。

 追加で2人分お茶を淹れないとね。

 

「どうぞ、入って大丈夫だよ」

「ありがとう、いきなりゴメン」

「わあ、お茶会? すごい、こんなお茶初めて見たよ!」

 

 赤松さんがびっくりしているのは綺麗な青色のハーブティー。マロウブルーティーだ。これはお湯を注ぐと鮮やかな青色のお茶になるんだ。

 飲み口も無味に近くてクセがない。香りを純粋に楽しむお茶なんだけど、実はもっとすごい秘密がある。

 

「それじゃあ、報告の前に…… ぼくなりの魔法を見せようかな」

「魔法って、そんな夢野さんみたいなことを……」

 

 最原くんがそんなことを言うが、もちろんぼくのは冗談だ。

 ぼくは自分のマロウブルーティーを目の前に引き寄せ、上から一滴だけ取り出した小瓶の液体を垂らす。

 すると、マロウブルーティーに触れた箇所から緩やかに…… ぼくがグラスをくるくるかき混ぜると急速に真っ青だったお茶が薄いピンク色に変化していく。

 そして完全に桃色となったお茶を自分で少しだけ飲み、無毒アピール。

 

「どう、ぼくの魔法驚いた?」

 

 …… と訊くとみんな少しだけ笑った。

 なんで天海くんはそんなに微笑ましそうな顔で見るんだ? ぼくそんなにドヤ顔してるかな。

 

「色が変わった?」

「本当に魔法みたいだね。なにを入れたの?」

「レモン果汁だよ。マロウブルーティーはお湯で淹れると青くなって、レモン果汁を入れることによってphが変化して、ピンク色になるんだ。アントシアニンって成分はphで色が変わるからね。その応用だ。色は時間経過で薄くなっちゃうから、飲むならお早めに」

 

 そう言ってレモンの小瓶を渡すと2人共自分のマロウブルーティーに入れて楽しんでいる。

 レモンの小瓶は純粋な絞り汁であって精油ではないので悪しからず。

 

「さて、遅くなっちゃったけど報告の続きだ」

 

 しばらく遊んでいるのを微笑ましく見守って話を促す。

 ここには新たに赤松さんと最原くんが加わったのでおさらいも含めてぼくが言うことにした。

 

「植物園の西は白銀さんが調べたところ水辺の植物が多くて、東を調べた天海くんは毒植物を多く見つけたんだったよね。で、どちらも抜け道らしきものはなかったと……」

「毒植物か……」

「あとで株数を調べておくから、毎朝変化がないかぼくが確認させてもらうよ。自分で確認したいなら数を確認するのを手伝ってほしいけど…… まあそれは後でいいか」

 

 最原くんが手伝ってくれればとても楽なんだけど。

 

「ぼくが調べた北にはハーブ園があったよ。これはそこの収穫物。フランボワーズ…… ラズベリーとブラックベリーにブルーベリー。ブルーベリーはアロマにしか使わないけど、残り2種類は東条さんのところに持ち込む予定。抜け道はなかったけど、道を外れた東寄りのところにポツンと棺が置いてあった。調べて見たけど、抜け道は関係ないらしくて本当にただのオブジェって感じ。気になったら行ってみるといいよ」

 

 ぼくは案内しないけど。

 その言葉を飲み込んで、ここでやることがあるから今から行くなら一緒には行けないと注釈を入れた。

 間違ってはいない。案内したくない理由を尋ねられたとしてもぼくはなにも言えないので、曖昧に逃げた。

 ぼくだってなんとなく見られたら嫌だなって思っているだけで、詳しい原因はよく分かってないんだ。仕方ない。

 

「それじゃあ僕たちは少し奥を見て回ってみるよ」

「よーし、探検だよ最原君!」

「待ってよ赤松さん!」

 

 2人が行ったところでぼくたちは視線を交わす。

 

「夕食はオムライスだったよね」

「そうっすね」

「まだ時間もあるし…… ぼくは一回部屋に戻ろうかな」

「じゃあ俺たちも戻りますか」

 

 家主がいないのに入り浸るのもどうかと思うんで、と付け加えて天海くんが立ち上がる。

 夕食前には散水しに来ないといけないが、それまでは自室にいてもいいだろう。

 それからはなにか変化があるわけでもなく、夕食後には散水された植物園で水を捨ててぼくたちは就寝した。

 

 

 

 

 

 植物園奥・棺のある場所のコンセプトアートを作りました。(2025/9/20)

 

 

【挿絵表示】

 

 

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