月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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深夜の逢瀬

 

 

 ピアノ演奏を聴く約束をしていたことに気づいたのは、ぼくが自室で眠りに落ちたあとだった。

 前に話の流れで約束していたものの、なかなか時間が取れなく、そして多分赤松さん自身も忘れていることでうやむやになっていた。

 

 ぼくがそれに気づけたのは、目覚めたときにわずかに聞こえてきたピアノの音のせいだった。

 部屋の中をよく探すとモノクマがよく使うモニターから音楽が流れている。

 ただ、その音楽は特に不快なものではなく、むしろどこか心地よい眠気がまた襲ってきそうな曲だった。恐らく、月の光。

 それにモニターにはピアノを弾く赤松さんと、それを聴く最原くんが映し出されている。

 2人は当然映されていることに気づいていない。

 

 時刻は午後10時。夜時間だ。

 みんなでお茶会をして、それから白銀さんは自室でなにかを作るらしく解散し、天海くんと夕方の散水時間まで適当に雑談しながら過ごした。

 ぼくは採ってきた植物をビンに分け、アブソリュート処理をしたり、まだまだ種類の多いビンに直接油性ペンで中身の名前を書いたり…… つまるところ研究教室できちんと才能の有効活用をしていたということだ。

 毒性のある植物は植物園から実験的に1種類丸ごと抜き取って保管してみた。

 毒を身近に置いて危険だと思うだろう。でもこれは重要な実験だ。

 

 はたしてモノクマは全て引き抜かれた毒性植物をどうするのか?

 

 これはそれを知るために行なっている。

 なくなった植物は次の日には補充されるのか、それとも芽から育てるのか…… それが分かる。十中八九次の日には復活しているだろうけど。

 

 もちろん、毒性植物が研究教室にあるのを知っているのはぼくだけ。

 他人の攻撃へ転用することもできる。これはぼくの人格の問題だ。

 問題なければいい。本来は使うことなんてないんだから。

 …… やはりぼくは臆病者で、こんなものを持っていることでしか安心できない。もしかしたら、それを使うのが自分自身になる可能性もあるが。

 

 保管した毒性植物は〝 トリカブト 〟

 あまりにも有名すぎる。これの根をビンに入れて保管してあるのだ。

 ビンに直接油性ペンでドクロマークとトリカブトという名前も書いてある。さすがに誰も手に取らないだろう。

 まあ、見つかったら確実にぼくが尋問されるだろうけど…… 実験結果を知る明日には燃やしてしまえばいい。

 食堂に置いてあるベラドンナのビンにももちろん油性ペンで名前が書いてある。万が一がないためにだ。まあ、普通は間違えないと思うけど……

 

 と、昼間のできごとは他愛もないことなので割愛。天海くんとお茶しているときに最原くんが訪ねてきて、ちょっと雑談したくらいだ。

 そういえば、赤松さんと一緒にいないのは珍しかったかもしれない。

 たった、それぐらいだ。

 

 最初の問題に戻ろう。

 モニターには現在、最原くんが赤松さんのピアノを聴く映像と月の光が流れている。

 夜時間になってからの演奏会もいいが、人の部屋に流さないでほしい。

 赤松さんの演奏は是非とも聴きたいけどそれは生演奏でだ。モニター越しに聞いても嬉しくない。

 彼らは多分気づいていないんだろう。放っておけば誰かが注意しに行くかもしれない。

 でも、ぼくはあることを思い出したのでそのまま少し服を整えて玄関に向かう。昼間作ったものも忘れずにね。

 

 それから部屋を出て東条さんの部屋へ行く。

 随分遅くなってしまった。でも、昼間だと忙しくて彼女は間食なんてしてられないだろう。

 迷惑なのはモニターの彼らもそうだが、ぼくもだ。

 こんな時間にお菓子を渡すなんて……

 

「はい、私に用かしら」

 

 インターホンを押すとすぐに東条さんが出てくる。

 …… けれど、どこか違和感があった。

 首を傾げて上から下を見て気づく。当たり前のことだが、彼女は今ヒールの高い靴を履いていない。なんとなくいつもと違う気がしたのはそのせいだろう。素の身長は恐らくぼくや、最原くんと同じくらいだ。

 

「こんばんは、えっと、こんな時間にごめん……」

「いいえ、まだ起きていたから大丈夫よ」

「あの、これ…… 食べてほしいんだ」

 

 口が回らない。緊張して目が回りそうだ。

 

「これは…… 昼間のお菓子かしら。日頃のお礼、というのなら受け取れないわよ」

「ううん、ぼくが食べてほしいんだ」

 

 なんとなく彼女がそう反応するのは分かっていた。

 彼女は依頼を完遂することで報酬をもらうメイドだけど、ぼくらの世話をしているのは特に依頼しているわけじゃない。

 こう言ってはなんだが、完全なる彼女の趣味だ。

 プロフィールにも嫌いなものに〝 休みの日 〟なんて書かれるくらいだ。彼女にとって、仕事こそが最高の娯楽なんだろう。

 お礼と言っても気持ちよく受け取ってもらえるわけではない。

 

「昼間…… 東条さんはあんまり食べてないでしょ? みんなで作った力作なんだから、一緒に作ったきみにも食べてほしい。それに、ぼくは山ほど食べた」

 

 途中からみんなはしゃいで作りすぎてしまった。

 盛大に余った分は不参加の人間にも配られたり…… 薬でも入ってるんじゃないかと嘘か本気か、言ってきた王馬くんやそもそも食べられないキーボくんを除きほとんどに配られている。

 ちなみに、まだ冷蔵庫に入っているので在庫はある。

 

「…… ありがとう香月さん」

「同じものをみんなで食べたほうが美味しい…… はずだよ」

「そうね、でもこんな時間に食べたら体調管理としてはよくないわよ」

「ぼ、ぼくは食べてないよ? よかったら明日食べてねってことで……」

「食堂はもう閉まっているものね。お腹が空いていても食べられないわ」

「…… うん」

 

 正直に、ちょっとお腹空いている。

 小腹を満たしたい願望が頭を過るが、彼女に甘えるわけにはいかない。なんのために渡したお菓子だよ。

 

「ねえ、香月さん。この場で開けてもいいかしら」

「え? う、うん」

 

 夜に食べると太ってしまいそう…… とか、体調管理の問題がやはりあるので明日渡せば良かったか。

 そんな葛藤をしながら彼女の様子を伺う。片目が隠れているので普通の人よりも分かりづらいが、ちょっと楽しそうだ。

 夜の自室なので手袋を外している彼女がするするとリボンを解いてクッキーの袋を開ける。

 そして、水仕事をしているとはとても思えない綺麗な指でクッキーを摘み、ささっとぼくの口元に持ってくる。

 

「東条…… さん?」

 

 東条さんにあげたものなのにぼくがもらうのはちょっと…… しかも彼女からのあーん。夜で誰も見ていないからといってもこれは…… うーん……

 

「みんなと一緒に食べた方が美味しいって言ったのは貴女よ」

 

 そんなこと言われちゃったらぼくが折れるしかないじゃないか。

 覚悟を決めて口を開ける。こうしたのは彼女なのに、なぜだか少し驚いてからクッキーをぼくの口の中に優しく入れた。

 

「手で取って食べると思っていたわ。からかってごめんなさい」

「あ……」

 

 雛鳥よろしく口を開けて待っていたぼくは大馬鹿者だ。

 東条さんは上品に笑ってその場でクッキーを1枚食べる。これで2人で食べたことになる。

 

「ありがとう、香月さん」

「ううんぼくも、改めてこんな時間にごめんね」

 

 挨拶を交わして、外に行く。

 夕飯後の雨漏り回収をせずに寝てしまったのを思い出したのだ。今の時間に起きられたのは奇跡に近いだろう。普段なら朝までコースだ。こればっかりは赤松さんたちに感謝する。

 

 夜の植物園は独特で、不気味で…… けれど神秘的だった。

 月が見える。星が見える。ただし、ガラス越しに。

 なんだか不思議な気持ちになる。まるで…… そう、ぼくたちの状況をそのまま表しているような。

 全てガラス越し。手は届かない。昼間は見えないけれど、常にそこにある。

 この箱庭には監視カメラが見当たらないが、絶対にその類のものはどこかにある。それをなんだか想起させた。そこにあるけど、見えない…… か。

 ぼくらを見ている人たちが、やはりいるのだろうか。

 

 1人でいるとどうしても不安になってくる。早く済ませてしまおう。

 いつものように研究教室に入り、バケツを見てみるが……

 

「あれ、やってある?」

 

 ああ、そうか。

 ぼくが忘れちゃったから天海くんがやってくれたのかな?

 よく考えればそれぐらい分かったろうに…… 寝ぼけてたかな。

 明日お礼を言わないとな。

 

「ふあ……」

 

 あくびを噛み殺して方向転換する。

 露に濡れた植物たちがまた神秘的な雰囲気を出している。

 夜の植物園も1人じゃなければ、きっと綺麗に思えるだろう。

 

 それから赤松さんたちの研究教室まで行こうとしたが、モニターはもうなにも映していない。深夜の演奏会は終わったのだろう。

 なら、話を訊くのは明日でも大丈夫だ。

 まっすぐ寄宿舎に帰り、自室のベッドに身を沈めると、すぐに意識が遠のいていく。

 

 ぼくはまた眠る。

 翌日に〝 それ 〟が起こることも知らずに、幸せな夢を見る。

 きっと、大丈夫。みんなは生きる希望を持っている。

 あの星くんだって、死にたいわけじゃないと言ってくれていた。

 みんな、モノクマの動機に対して作戦を立てようとしているのだ。

 

 だから、大丈夫。

 

 翌日にはその希望を〝 裏切られる 〟ことになろうとは、ぼくは考えもしなかった。

 

 




 次回、ついに…… ?
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