「死体が発見されました! オマエラー! 超高校級のアロマセラピストの研究教室へ集合だよ! ほら、駆け足! 今すぐ! 至急! メーデーメーデー! あ、これは違うか。それはともかくとしてレッツゴー!」
近くにいた人たちから順にぼくの研究教室内に駆けつける。
ぼくは胃のムカムカと息苦しさと気持ち悪さでずっと頭が打ち付けられているかのように立つことすらできずにいた。
その場に座り込んで、床に手をついて、俯いたまま喘ぐ。
極度の恐怖と緊張とに目を泳がせて、背を汗が伝う。
なんで、どうして、こんなところで、
疑われたくない、ごめんなさい、嘘だ、
最低だ、いやだ、見ないでくれ
違う、なにもしてない、ぼくじゃない
でも、ゆるして
ぐるぐると巡りくる思考は真っ白に染まり上がったまま訳も分からないままに頬を雫が滴り落ちる。
集まって来る人たちがみんなぼくを見ている。
ぼくを見て、睨みつける。嘲笑う。
いや違う、そんなことない。みんなはそんなことしない。
分かってる、分かってる。これは被害妄想。きっと疑われるだろうというぼくの勝手な自己強迫感情。
でもみんなの視線が怖くて、なにもしてないのは自分がよく分かってるはずなのに後ろめたくて、ただただ疑われるのが怖くて。
てを さまよわせる
のどをとおった それを はきだすばしょを もとめて
「香月さん、息を大きく吸いましょう。はい、吸って…… 大丈夫っす。俺がそばにいるんで」
「泪、大丈夫、大丈夫。神様がよしよししてくれるよー。神様は人の笑顔のほうが好きだからねー」
背中を優しく撫でながら天海くんが言う。
ぼくの俯いた頭を抱きしめながらアンジーさんが優しく言う。
2人に支えられてゆっくり、ゆっくりと深呼吸して体の麻痺が解けていく。まだ少し動けそうにないし、別の意味でまた涙が出てくるけれど。
「香月さん、飲める? お水だよ」
「ごめん…… ありがとう白銀さん」
白銀さんから受け取った水を飲む。
彼らの心配そうな優しい瞳を見ていたら、先程の自分が馬鹿らしくなってくる。彼らにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
震える足で立ち上がった。
「それが演技だとしたら香月ちゃんは相当な役者だよねー」
体が震える。
とっさに支えようとしてくれた天海くんの手を使わず、耐える。
「テメー、こんなときになに言いやがる!」
「だってそうでしょ。殺人が起きたってことは、この中に犯人がいるってことになるんだよ?」
「状況的に…… 怪しいのは間違いなく香月じゃろ……」
頭を抱える。
やめて、やめて、やめて、そんなの分かってる!
疑いの目、怒りの目、それがぼくは怖い。言葉が詰まって出てこない。反論しなければ、と思うのに声を失くしてしまったみたいになにも出てこない。
こんなんじゃいけないのに、臆病者じゃいけないのに。
「まだ結論を出すのは早すぎるよ…… こうなってしまったからにはなにが起こるか、覚えてるでしょ?」
最原くんの言葉に春川さんが 「裁判でしょ?」 と返す。
「裁判で犯人…… クロを明かさなければ犯人以外は全員処刑されるんだったネ」
「全員処刑……」
夢野さんが青ざめる。
「うん、だから慎重にならないといけない……」
「混乱してる暇はないって? 最原ちゃんちょっと冷たいんじゃない?」
「香月さんを真っ先に疑ったあなたにだけは言われたくないですね! 男死同士といえどそれはちょっと見逃せませんよ!」
言い争いが始まりそうになって、そこに赤松さんが割り込むように 「待ってよ!」 と声をあげた。
「まだこの中に犯人がいるって決まったわけじゃないよ! きっと私たちがコロシアイしそうにないからモノクマが動いたんだって!」
「それは聞き逃せませんなー!」
どこからともなくモノクマが現れる。
「逃せませんなー!」
「逃せへんでー!」
「ぜー!」
「よー!」
「……」
そして、次いでモノクマーズもやって来た。
「最後のほう、面倒くさくなっちゃったのかな…… ?」
白銀さんが欠かさずツッコミを入れるが、彼らは全く気にせずに話を続けていく。
「ボクはルールを守るクマだからオマエラのコロシアイに干渉はしないよー! ボクはただただコロシアイが起きるのを煽りながら待ってるだけなのです!」
「さすがお父ちゃん! 煽りは欠かせないね!」
「性格悪くて素敵だわー!」
モノクマはコロシアイに干渉しない。
それは歴代で守られ…… そして最後のほうでは破られることのある決まりだ。
いまだに気分は最悪だけどなんとか話を聞くだけなら立っていられる。
ぼくは今か、今かとモノクマが最初の証拠品となる物を取り出すのを待った。
「君たちはなにしに来たのかな。まさか、からかいに来ただけとは言わないよネ」
「もちろんそんなことはないよね! まず、捜査って言ってもなにからやればいいか分からないでしょ? それに科学的な証拠なんて確認しようがないしね! だからボクからの餞別として、死亡推定時刻とかをまとめた便利なファイルをあげちゃいます! オマエラ! モノパッドをご確認ください!」
モノパッドの入っている場所からなにかを受信したかのような機械音が鳴り響く。
すぐに通知を確認すれば、 「モノクマファイル1」 というアプリのようなものを勝手にダウンロードしていたようだ。
端末を開くと同時にこれまた勝手にアプリが立ち上がり、モノクマファイルの中身が露わになる。
そこにはまず先に星くんの顔写真が載っていて、その上から真っ赤な〝DEAD〟の文字が判を押されるように書かれていた。
以前は気にならなかった演出だが、目の前に倒れているのはついこの間まで話していた〝 クラスメイト 〟なんだと思うと、悪趣味な演出に嫌悪感がドロリと溢れ出す。
〝 生きる目的を探していた彼 〟は奪われたのだと、実感してしまう。
気分の悪さは相変わらず続いていた。
【モノクマファイル1】
被害者は星竜馬
現場は植物園内、超高校級のアロマセラピストの研究教室である。
死亡推定時刻は午前6時半頃。
死体発見時刻は午前8時54分。
超高校級のアロマセラピストの研究教室中央付近で仰向けに昏倒、そのまま長期間経過により死亡したものと思われる。
毒物摂取の可能性があるが、外傷は特に見当たらない。
《コトダマ モノクマファイル1》
「死因が…… 書いてない……」
小さく呟くが、周りのみんなは軒並み毒殺だと思っている。こんな書きかたをされたら無理もない。もしかしたら本当に毒殺かもしれないが、この書き方では確定には至らないと思う。
ぼくと同じく、モノクマファイルを見ながら思い悩んでいるのは最原くんなどの数人だけだ。
「しっかり役立ててちょうだいね!」
「それじゃあ……」
「ねえ、モノクマ」
モノパッドから顔を上げた赤松さんが言う。
「なあにー?」
「モノクマが手を出さないって言っても、首謀者はまた別なんでしょ?」
「は、首謀者? なんのこと?」
赤松さんの言葉にハッとする。
そういえば、毎回ダンガンロンパには〝 裏切り者 〟と呼ばれる役が出てくる。それがたとえ敵だろうと味方だろうと、必ず仲間内に1人だけ別の陣営、またはモノクマ陣営に位置する人間が混じっているんだ。
それがこの舞台のラスボス的存在であってもおかしくない。
そうなるとモノクマと首謀者は別々の意思で動いていることになるけど…… あのモノクマって自動操縦なのかな。
それによってもいろいろ立場が変わってくるので、早いところ解明しほうがいいかもしれない。
「分かってるんだから…… 絶対に見つけてみせる」
「まあ、首謀者だかなんだかは別にいいけど、ちゃんと捜査してね?」
モノクマは首を傾げて赤松さんに念押しすると、 「それじゃあ裁判でねー」 と言いながら消えて行った。
「裁判がいつ始まるかは言ってませんでしたね」
「あ、そういえば…… そうだね…… 困ったなあ」
キーボくんが疑問を口に出せば白銀さんが 「もう1度呼び出してみる?」 と提案した。
「モノクマがゲームを見守りたい立場なら、どちらにも勝ちがあり得る状況じゃないと裁判にはならないんじゃない? なにもしないで本番なんてゲームバランスが崩壊してるしねー」
「どーいうわけだよ」
「もー、百田ちゃんって頭いいはずなのにその理解力のなさはなんなの? どっちが勝つか分かってたんじゃ面白くないでしょってことだよ」
証拠が揃わなければクロを探すことは不可能。
証拠がろくに見つかっていない状態ではクロ勝ちが容易に想像できてしまう。モノクマはゲームを見守っているのだから、公平に立場を見ないといけない。
ルールを守ると宣言しているのだからそこは守るだろう…… ってことだね。
「な、なら証拠集めなんてしなきゃいつまでもこのままなんじゃねーか!? オレ様はやっぱり天才だな!」
「ううん、それは違う……」
「なんでぇ!?」
ぼくが思わず零した言葉に、答えようとしていた王馬くんが黙る。ぼくに言わせようってことだろう。
分かったよ、やればいいんだろ。
「モノクマはあくまでコロシアイと、ぼくらの絶望する様子が見たいんだよ。そんな穴があるわけないんだよ」
「ルールにも穴はあるんだな!?」
「ちょっと入間ちゃん黙っててよー。ゴン太、ちょっと口塞いでくれる?ほら、人が話してるときに口汚く唾飛ばすとか紳士として見過ごせないよね?」
「うん、分かったよ! 紳士らしく優しく止めればいいんだよね!」
体良くゴン太くんが利用されている……
ゴン太くんは優しく入間さんの口を大きな手で覆ってしーっとジェスチャーする。
手加減してるんだろうけど、入間さんは今にも酸欠になりそうに青ざめながら頬を赤らめるという意味不明な器用さを見せている。
多分あとで茶柱さん辺りが止めに入ると思う。
「香月さん、続きをお願いできるかしら」
「えっと、つまり…… ルールにあったよね。クロはクロだと判明しなければそのまま他全員を犠牲に晴れて卒業する。捜査を放棄したら、それだけでクロの勝ちが確定しちゃうんだと思う」
「そっか、裁判にならなければ大丈夫だと思ってたよ…… 勘違いだね」
もちろんそんなゲーム面白くないから、モノクマがその前に脅しを入れてくるんだろうけど…… 本当になにもしなければ自分たちの死が確定する。
なにもしなければ死ぬ。行動を起こせばクロが死ぬかもしれないし、自分たちが負けて死ぬかもしれない。
捜査は自分たちの選択肢を1つ増やす行為になるのだ。
「じゃあやっぱり捜査は必要なんだね……」
赤松さんが落ち込んだように言う。
「捜査をするなら…… ここにずっといられる見張りが必要になるわね」
「あ、それゴン太やるよ。捜査…… って言われても正直、なにをすればいいか分からないんだ」
東条さんの言葉にゴン太くんが立候補する。
それから 「最低2人はいたほうがいいわね。私もここに残っているわ」 と言い、速やかに見張り役が決定した。
残りのみんなも百田くんの意見により、1人にならないようにグループで行動しながら捜査することとなっている。
「なむなむー竜馬が安心してあっちにいられますようにー」
「そうだね……」
ぼくはもちろんいつもの2人と行動することになるだろう。
なにより、天海くんも白銀さんも離れてくれそうにない。
「ちょっと、お手洗いに行きたいから…… えっと、外で待っててもらっていいかな?」
「うん、えっと…… 1番近いのは自室かな?」
「…… うん」
「なら先にあちらを調べてみるっすか、近いですし」
「近いって?」
「星君の自室っすよ」
相変わらず続いている吐き気にやられながら移動する。
背後では最原くんたちが捜査を開始した声が聞こえてくる。
青ざめたままぼくは隣を歩く2人の顔を覗き見る。
2人とも、心配そうにしてくれている。
信頼してくれている。
ぼくを疑わずにいてくれる。
だからこそ、言えない。
言えない。言いたくない。疑われたくない。嫌われたくない。
万が一にでもぼくが犯人ではありえない。
でも、でも、隠すしかなかった。
これ以上疑われそうなものを放って置けなかった。
ごめんなさい。
ぼくは大嘘つきだ。
退出する前に転がされたベラドンナのビンを視界に入れる。
ビンには、直接〝 ベラドンナ 〟と書かれている。
それを見るだけで、無理矢理飲み込んだ〝 それ 〟が喉を通ったときの不快感を思い出す。
信頼を返してくれている2人を裏切っているのは、他の誰でもない。
…… 臆病者のぼく自身なのだ。
,
・飲み込んだもの
前回の、最初に発見したときのビンの様子を確認してみましょう。