月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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絶望searching①

 

 飲み込んだものは、2種類。

 とっさに手を出したものと、そして〝 腰が抜けた 〟という嘘を真実にするためのもの2種類だ。

 

 ベラドンナの瓶には直接油性ペンで名前を書いてあった。

 それなのに、ぼくが初めにあの現場に辿り着いたとき…… 天海くんと合流してから〝 瓶にラベルが貼られている 〟ことに気づいてしまったから彼を遠ざけた。

 ラベルは白いビニールテープで、書かれていた文字は〝 ハスカップ 〟だ。全然違うし、そもそもハスカップは縦長の実なので見間違うはずがない。この植物園にそんなものはないし、ぼくは間違えてしまわないよう全ての瓶に直接ペンで名前を書いている。

 

 ベラドンナという名前の上から白いビニールテープで蓋がされ、代わりに食用であるハスカップの文字が書かれていた。

 

 誰かが意図的に悪意を持って行わない限り、そんな風になるはずがない。

 加えてビニールテープはある場所が分かりづらいし、それを知っていると判断されるのは植物園入り口にビニールテープで散水時間を掲示している、ぼくただ1人。

 

 ぼくは最原くんにビニールテープの場所を教えてもらったと主張できるが、証拠はない。

 あの探偵が否定するとは思えないけど、犯人は明らかにぼくに罪を被せようと動いている。

 

 ぼくは、疑われたくない。

 疑われるのは、もう嫌だ。

 決めつけられて、遠ざけられて、八つ当たりされて、挙句に産まなきゃ良かったとか言われたりして、疑われるということが怖い。

 

 ―― 若い頃のあいつに似て可愛くなったなあ

 

 気に入られるのも、嫌われるのも、もう嫌だ。

 疑われるのが嫌だ。好かれるのも怖い。

 だから逃げ道を探した。辿り着いたのは、そう…… 女らしくなくなること。

 

 吐き出すだけ吐き出して、証拠を全て水で流す。

 水道で水を被れば少しはマシになってきた。

 痺れはもう無視できるレベルまで落ち着いてきたので、問題なく動くことができるだろう。

 

 1人でいるからこんなことを考えてしまうのだ。

 早く、早く2人のところに帰らないと……

 

 あのときからずっと〝 逃げる 〟クセがついてしまったぼくは、今も嘘をついて逃げた。

 証拠を隠滅してまで、逃げた。

 バレれば誰もぼくを相手してくれなくなるだろう。これはそれほどのことだ。みんなの命がかかっているのに、こんなことをしてしまったのだから。

 

「星くん……」

 

 彼が〝 ハスカップ 〟と書いてあっただけで中身を食べるほど愚かだなんて思わない。せめてぼくに許可くらい取りに来る。

 そもそも、ブルーベリーに似たものは食べないように注意喚起していたのだから、彼が食べるわけがない。

 ということはあれを彼に食べさせた人物が絶対に潜んでいる。

 彼がまるで自殺を図ったかのように偽装した誰かがぼくたちの中にいる。

 

 ぼくは他のみんなよりも、少しだけ多くのことを知っている。

 あとは情報開示するだけ…… それがぼくにできればいいんだけど。

 

 水で濡れて額に張り付いた髪を振り、水気をハンカチで拭き取る。

 トイレに入って10分くらいか。先ほどから白銀さんの心配そうな声が外から聞こえてくる。

 そろそろ出ないと、彼女は躊躇いなくここに来るだろう。

 こんなみっともない姿を見せるわけにはいかない。

 頬をパチリと叩いてほんの少しの間だけ目を瞑る。

 

 ぼくの最優先事項は、みんなと星くんを殺したクロを見つけ出すこと。

 そして、それはなるべく破棄した証拠以外で彼が〝 自殺 〟でないことを示すこと。

 

 長い長い葛藤はいい加減終わりにしないといけない。

 トイレから出て、開け放たれた扉から自室を出ると、真っ先に迎えてくれたのは白銀さんだった。

 

 《コトダマ ビニールテープ》

 

「ごめん…… 心配してくれてありがとう」

「ううん、もういいの?まだ地味に顔色が悪いけど」

「ずっとこもっているわけにはいかないよ。命が…… かかってるんだし」

「そっか、分かったよ。また気分が悪くなったらすぐに言ってね?」

「うん」

「…… 天海君なら、もうすぐ戻ってくると思うよ?」

 

 きょろきょろと、辺りを見回していたからか白銀さんから言葉がかけられる。

 なるべく1人にならないようにするのではなかったか?と思ったが、彼がやってきた方向で合点がいった。

 彼はすぐ近くの星くんの自室へ行っていたのだ。

 ぼくの部屋は全ての部屋の真ん中に当たるので、もし星くんの部屋からなにかを持ち出そうとしても、ぼくの部屋の前にいる白銀さんに見られてしまう。

 まあ、よほど小さな証拠でない限り…… だけど。

 ぼくみたいにトイレでなにかを処分する可能性はあるから。

 

「あ、もういいんすか?まだ顔色がよくないっすけど……」

「…… もう大丈夫だよ」

 

 白銀さんと同じセリフに少しだけ笑って返事をする。

 まさか2人揃って同じことを言うなんて。

 

「星くんの部屋はどうだった?」

「特に…… なにもなかったっすね…… 初めて自分の部屋に入ったときと全く同じ配置だったっす。多分なにもいじってないんだと思います」

 

 証拠らしい証拠はないのか。

 呼び出しメモとか、そういうのすらないということは彼は自ら植物園に行っていたのか、それとも直接連れ出されたか…… どちらかということになるかな。

 

「中で真宮寺君と百田君が調べてくれてるみたいなんで、俺たちは移動するっすか」

「じゃあ一旦植物園に行く?香月さんが良ければだけど」

「捜査なら、やっぱり最初に調べないとだめだよね……」

 

 少し憂鬱だが、やるしかない。

 正直探偵さんと赤松さんに丸投げしたいくらいだが、情報量はぼくのほうが多く持っている。植物園と研究教室ならなおさらだ。

 

 トイレに行く前に辿った道を逆に戻っていく。

 植物園内はまだ少し草木が濡れている。樹木の葉が当たれば少しだけ露が落ちてぼくの肩を濡らす。

 研究教室前に着くと、そこには入間さんが上を見上げながらなにやら操作していた。

 

「あれ、入間さんはなにやってるんすか?」

「あー? 見て分かんねーのかよ! ドモーンで空撮してんだ」

「それってドローン……」

「ドモーン!? それだと……」

 

 なにやら例え話を始めた白銀さんを横目に天海くんがさらに尋ねる。

 

「すごいっすね。そういえば、入間さんって今朝はなにしてたんすか? 食堂に来ないんでみんな心配してたんすよ」

「お、お、おおおオレ様を疑ってやがんのか!? オレ様があんなクソチビ相手にするわけねーだろ! そ、そりゃあの声でなじられたらいいかもとか思わねーでもねーけど!」

 

 話が脱線している。

 

「えっと、本当に心配してるだけだから…… 体調でも悪かったの?」

「どうしたー? ば香月。おっもい生理中みてーな顔してんぞ」

「入間さん、昨日は、なにしてたんすか?」

「ひっ、ひうぅぅぅ。言うよ、言うから敬語攻めはやめてぇぇぇ」

 

 ぼくが言われたことに呆然としていると、天海くんが笑顔のまま、わざと言葉を区切るように彼女へ詰め寄った。

 その結果入間さんは恍惚としながらすぐに口を破る。

 彼女と話をするとだいたい脱輪事故を起こすのでなかなか本題に辿り着けないんだけど、さすがは天海くんだ。交渉に手馴れている。

 これを交渉馴れといっていいのかどうかは少し微妙だけど。

 

「童貞原のやつがセンサー反応で自動シャッター切るカメラとかいろいろ頼んできやがったんだよ…… だ、だから徹夜でオレ様は機械とランデブーってこった。なのにあいつ取りに来ねーし、なんなんだよぉ……」

 

 最原くんがそんなものを入間さんに頼むってことは、なにか証拠を掴みたくてしていたんだろうけど…… 直接訊いてみないことには分からないか。

 昨日、ピアニストの研究教室にいた件も含めて訊く必要があるだろうな。

 

 ぼくの研究教室に入ると、やはり部屋の真ん中辺りに仰向けに倒れている星くんが真っ先に目に入る。

 その側には最原くんと赤松さんがいて、 「あ、もう大丈夫なの? 良かった」 と声をかけてくれる。

 水道付近にはアンジーさんが1人でいて、星くんに対しずっと 「なむなむー」 しているみたい。

 東条さんやゴン太くんは星くんの遺体から離れないように近くにいる。

 

「あ、香月さん……」

 

 星くんの遺体を検分していた最原くんは、赤松さんがこちらに声をかけたことでやっと気がついたようで顔をあげた。

 そして、ちょうど良かったとばかりにぼくに手招きをする。

 

「見つからなかったら本で探そうと思ってたんだけど…… この、ベラドンナってどんな毒か分かる?」

 

 正直専門家ではないので成分とか詳しいことは言えないけど、ある程度なら把握している。

 

「ベラドンナは…… えっと、葉っぱに触れるだけでかぶれるし、実を食べると嘔吐したり、散瞳、あとは副交感神経を麻痺させるから全身の筋肉が麻痺することもある…… だったかな。大人の体だとたくさん食べないと死に至ることはないけど、子供くらいの大きさなら実を3つ食べれば致死量だと思う」

 

 《コトダマ ベラドンナの毒性》

 

「散瞳か…… 時間が経っているし、瞳孔はもう開いちゃってたから摂取した可能性があるってくらいで、確信とまではいかないな。香月さん、実がいくつ入ってたか覚えてる?」

「ごめん、それはちょっと覚えてないな……」

「10個っすよ」

「え?」

 

 天海くんを振り返ると、彼は 「食堂にあるやつは全部同じ数だったんで、そのはずっす」 と付け加える。

 

「赤松さん、何個ある?」

「えっとね…… 7個、かな」

 

 そのうちの1つは、ぼくが食べたので星くんが食べたのは2つ。

 ぼくが1つで立てなくなってしまったくらいなので、2つも食べていれば体の小さい彼にはひとたまりもないだろう。

 全身麻痺からの長時間経過で無防備になる。もしくは毒でそのまま…… か。

 

 《コトダマ ベラドンナの残り数》

 

「地味に気になってたんだけど、怪我がないっていうのは本当なの?」

「本当だったよ。どこにも致命傷らしきものがないし、青あざ1つなかった」

「うう、最原くんごめんね…… 私なんにも見れなくて……」

「いいんだよ…… これは探偵の仕事だから。それに、赤松さんには見慣れてほしくはないかな」

 

 ぼくも意を決して星くんに近寄り、しゃがむ。

 天海くんが隣に並んで白銀さんは上から覗き込むようにして、ぼくらの後ろに立った。

 

 星くんは仰向けに倒れていて、手足はピンと伸ばされている。目は閉じられているけど、最原くんの証言通りなら瞳で毒を摂取したかどうかは判断できなくなっているのだろう。

 ただ、不自然にピンと伸ばされた手足を見る限り全身麻痺はあったのかもしれない…… くらいか。

 死ぬときに手足が張るかどうかは知らないのでどうにも言えない。

 

 《コトダマ 星くんの体勢》

 

 口元に唾液のようなものが流れた跡がある…… それを見て瞬時に気分が悪くなったが、目を逸らすわけにはいかない。

 口は仰向けになっていたからか、少し上向きに開かれていたようだ。ただ、麻痺していたとしたら飲み込む動作はできないと思うので唾液が溢れてしまったのだと思う。

 …… 苦しかったんだろうな。

 

 《コトダマ 上向きに開かれた口》

 

 星くんのそばの床は少しだけ濡れている。

 近くに雨漏り用のバケツが転がっているので、倒れたときに引き倒してしまったのかもしれない。

 バケツを見てみれば乾いているようだ。

 

 《コトダマ 倒れたバケツ》

 

「うーん、分かるのはこれくらいっすかねぇ」

「そっか…… あ、そうだ香月さん。争った形跡とかはないかな? ぱっと見ないような気がするんだけど、香月さんのほうが詳しいよね」

 

 白銀さんに聞かれて周囲を観察する。

 星くんの遺体や倒れたバケツ、テーブルの上を除き、前日の夜に見た光景とまったく同じだ。

 

 《コトダマ 部屋の様子》

 

「テーブルの上に置いてある、そのお皿やカップは前日にはなかったよ……」

「あ、そうだよね…… 私たちが使ったとしても片付けるから」

 

 お皿の上は特におかしなところもないし…… カップのほうはわずかにラベンダーの香りがするくらいだ。

 ラベンダーティーでも飲んでいたのか…… けれど、ラベンダーは交感神経の動きを鈍くし、安眠させる効果のあるお茶だ。

 副交感神経を麻痺させるベラドンナにこれはなにかの偶然か、それとも誰かの悪意なのか…… 最後の晩餐ってことなら、最高に趣味が悪い。

 最原くんたちに情報を受け渡し、共有する。

 

 《コトダマ カップの香り》

 

 こっそりと確認した棚の中にはトリカブトが全て動かされずに残っていた。使われた形跡のある毒性物質は依然ベラドンナだけだ。

 

 《コトダマ 残ったトリカブト》

 

「最原くん、きみが入間さんに頼んでたものってなんなの?」

「ああ、聞いたんだね。もうこうなったら言うしかないんだけど、図書室に隠し扉があったんだ。隠し扉なんて作るってことは僕らの中に首謀者か…… モノクマと繋がった人間がいると思ったんだ。今夜、タイムリミットのときに首謀者が仕掛けて来るのならそこに入るか、出てくるかするはずだからセンサー付きカメラで証拠を抑えようと思ってたんだけど……」

「こんなことになっちゃったってことだね……」

「そうなんだよね。入間さんには悪いことをしちゃったよ」

 

 なるほど、彼らもタイムリミットに向けて動いてたってことか。

 この情報は多分裁判でも公表されるだろうし、今聞いといて損はなかったかな。

 

 《コトダマ 隠し扉》

 

「昨日の夜は? 研究教室にいたよね」

「ああ、そういやそうっすね」

「みんなにも聞いたけど…… どうやら全員聞いてたみたいだね」

 

 あの放送は全員に聞かれていたのか。それはそれでなんか2人が可哀想になってくる。

 

「僕らは購買部で待ち合わせをして研究教室に行ったんだよ」

「先に来てたのは最原くんだったよね」

「う、うん…… ガチャやりながら待ってたんだよね…… なんなら戦利品も見せることができるよ」

「あ、それはいいや……」

 

 白銀さんが消極的に拒否し、最原くんは 「そうだよね」 と頷いた。

 

 《コトダマ 深夜の演奏会》

 

「このくらい…… かな」

「そうっすね……」

「研究教室も植物園も夜は特に施錠とかされないから、誰でもここには来れたんだよね? 地味に範囲が広いよ……」

 

 白銀さんのいう通りだ。

 体育館や食堂と違い、ここは施錠されることがない。

 誰でも来ることができるし、誰でも星くんを殺すことができた。

 容疑者は未だ絞ることはできない。

 

 《コトダマ 開放されていた研究教室》

 

「そうだ、東条さん。今朝、なにか変なこととかなかった?」

「いいえ、私は散水装置を動かした後はすぐに植物園から出てしまったから…… あのとき、本当は星くんがいたのかもしれないと思うと、悔しいわね」

「…… そっか」

 

 散水装置は研究教室の外にあるから、中に入る必要性はない。

 彼女に責任なんてないのだ。本当なら、ぼくがちゃんとやらないといけないところを彼女に任せてしまっている。

 責められようはずがない。

 

 《コトダマ 朝の散水》

 

「植物園内も、見回ろうか」

「そうっすね」

 

 結果的に言えば、トリカブトはたった1日で復活していた。

 モノクマたちがせっせと植えていったのだろうと思う。裁判が終わったら収穫したものを焼却処分しなければならない。

 

 今までの情報だけでなんとなく、なんとなくだけれど分かってしまった気がする。でもそれは信じたくない真実で、ぼくの歩みはどんどんと遅くなり、いつの間にか2人とはぐれてしまっていた。

 3人一緒に植物園内を見回っていたが、ぼくかずっと生返事を重ねるものだから2人で情報を整理しながら天海くんと白銀さんは歩いていたのだ。

 その会話にも生返事をしながら参加していたものの、見事に置いていかれてしまったようだ。

 多分すぐに気がついてぼくを探してくれるだろう。あまりここから動かないほうがいいはずだ。

 

 目の前にハスが浮いた池があるので、ここは恐らく西側エリアだろう。

 池のそばに立って、見つめる。わりと深そうな池だ。ただ、人が死ぬほどの深さがあるとは思えない。せいぜい水深1メートルくらいか。

 

 水面を見つめながら考える。

 やはり情報を整理しても出てくる結論は1つだけ。

 ただ…… その場合、クロ以外にその場をセッティングした人間が必ず出てくることとなる。つまり、裁判で裁かれない危険人物が必ず1人残る。

 そんな危険な人なんて…… 頭に真宮寺くんが浮かんだけど、人を見た目で判断しちゃだめだよな、うん。

 あとは…… いや、そんなわけはないよね。

 

 1歩踏み出してみる。

 水際にブーツが触れる。

 

 視線が水の中に引き込まれる。

 

 …… いっそ身を沈めて、全てをなかったことにしてしまえればいいのに。

 

「わっ」

「うわぁっ!?」

 

 背後から大きな声で脅かされ、足を踏み外す…… けれど、すぐに腕を掴まれ、地面の上に倒れこむだけで済んだ。怪我1つない。

 危うく池の中に飛び込むところだったが、そんな危ないところに立っていたぼくも悪い…… ただ、声の主に文句を言おうと振り返ったらいつもの楽しそうな顔でない王馬くんがぼくをじっと見つめていた。

 

 真剣な表情。まっすぐとぼくを見つめる彼は、すぐに笑って 「いやー、失敗失敗! 香月ちゃん危なすぎだよー」 と調子良く言葉を繋げる。

 さっきまでの表情が抜け落ちたような真顔が夢だったかのような変貌ぶりだった。

 

「ご、ごめん…… でもこんなところで驚かすきみもきみだよ王馬くん」

「だって、香月ちゃん捜査開始からずーっと物憂げな顔して遠いところ見てるからさ。今すぐにでも自殺しちゃうんじゃないかってくらいにね」

 

 ドキリとする。

 すでに1度ベラドンナを食べて危ない橋を渡っているので、図星を突かれたようなものだ。

 

「人ってコップ一杯の水でも死んじゃうんだからさ、いくら水深が浅そうだからってこんなところで水浴びはやめたほうがいいよ。臭くなるだけだよ? 匂いに敏感な香月ちゃんのことだからそんなの堪えられないでしょ」

「…… うん、そうかも」

 

 彼のペースに乗せられ、少しだけ落ち着いた。

 多分、彼にそんな意図はないだろうけど、感謝しないとな。

 

「ところで香月ちゃん1人? 保護者は? 2人以上で動くって決めてたのにいけないんだー」

「保護者って……」

 

 確かに2人ともそんな感じの接し方してくるけどね。

 あれ、そういえば王馬くんも1人なのか?

 

「そういうきみも1人じゃないか」

「あらら、バレちゃった」

 

 ちっとも動揺せず、彼はむしろ楽しそうに言う。

 

「人が決めたルールなんてオレが遵守する必要ないよねー。なんせ、悪の総統なんだから!」

「無駄に疑われるのって怖くないの?」

「なんで? オレって嘘つきだよ? 疑われるのは日常茶飯事だよね。いい子ちゃんを装って悪事を働くより、疑ってかかってくる連中を掌の上で転がすほうがつまらなくないよ」

「そっか……」

 

 やっぱりそのスタンスは崩さないんだね。

 本当によく分からない人だ。

 

「それじゃ、捜査頑張ってね」

「え、あ…… 行っちゃった」

 

 王馬くんはなにかに気がついたかのように顔をあげるとすぐにどこかへ行ってしまった。猫みたいに気まぐれな人だ。

 

「香月さん!」

 

 彼が行ってすぐ、声がかけられる。白銀さんの声だった。

 

「良かった、ここにいたんすね」

 

 天海くんはぼくが座り込んでいるのに気がついて眉をひそめ、 「なにかあったんすか?」 と周りを見渡しながら言う。ぼくが誰かに襲われたのだと思ったらしい。

 

「えっと、その、転んじゃって」

「本当っすか? 誰かに襲われたとか」

「うん、怪我は…… してないみたいだね。土汚れを払っちゃおうか」

 

 服の汚れを手で払いながらなおも心配する彼に 「本当だよ」 と告げる。

 まだ少し考えていたようだけど、最終的に無事なら良いと思ったのかそれ以上追求してくることはなかった。

 

 天海くん、白銀さんの間に挟まれて白銀さんには手を繋がれる。

 ぼくは迷子になりやすい幼児かなにかか?と思ったが、はぐれたばっかりなのでなにも言えない。

 

 そうして3人で歩いているうちに気がついた。

 

 …… もしかして、1人にならないようにしてくれていたのかな。

 

 猫みたいに気まぐれな王馬くんのことはよく分からない。

 でもそうだったのなら、案外悪い人ではないのかもしれないと思った。

 

 

 

 




 あくまで泪視点なので、彼女が勘違いしていたり、知らないことは文中に現れることがありません。また、すでに知っていることは知っているものとして思考として出てくることもなかなかありません。
 ヒントは文中にありますが、彼女が気づいているとは限りません。悪しからず。
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