月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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絶望searching②

 結局、植物園の中でこれといった進展はなかった。

 

 ぼくはもうなにを信じていいのがが分からなくなってきている。

 みんなの中に犯人がいることはもちろん、分かっている。

 モノクマは最初の事件で手を出すなんてことをしない。分かってはいるんだ。

 ぼくの推測が正しければ、今回の裁判は相当後味の悪いものとなるだろう。なぜなら、クロと仕組んだ人物が別ということになるからだ。

 ぼくたちは仕組んだ人物が誰か分からない恐怖に怯えながら今後過ごさなければならない。

 

 頭を振る。

 いや、まだそうと決まったわけでない。

 だって、それなら、ぼくは……

 

「次はどうしようか」

「食堂っすね。俺もベラドンナの数はうろ覚えだったので正しいか確認するためにも、見ておいたほうがいいっす」

「天海くんも、よく覚えていたね。ぼく、全然気にしてなかった…… 持ち主は、ぼくなのに」

「まあ、あまり見たいものではありませんしね。仕方ないっすよ」

 

 

 これがお前の凶器だよと渡されても、使う気がなければ視界にすら入れたくなくなるものだ。じっくり見る気は当然失っていたので、ぼくは自分に渡された凶器すら把握していなかった。

 きちんと見ていれば、食堂からなくなっていることにも早くに気づけたかもしれないのに。

 そもそも、今回は瓶ごと無くなっていたから気づけたんだ。

 万が一瓶の中身を少しずつ取り出されていたら気づくことはなかった。これは間違いなくぼくのミス。こんなミスを気にしないほうがどうかしている。

 

 裏口のテラスから食堂に入ると、中には茶柱さんと夢野さんがいた。

 彼女はぼくたちを見て表情を明るくしたけど、それも天海くんに視線が移ると真顔に戻る。

 なんでお前がいるのかと言わんばかりの態度だ。

 

「2人も食堂の調査っすか?」

 

 天海くんはそんな彼女にも気にせず話しかける。

 すごいや。ぼくはあんな顔されたら遠慮しちゃって絶対に話しかけられない。

 

「ええ、そうですよ。この期に乗じてまた凶器が持ち出されたらたまりませんからね」

「うちは一歩もここから動かんぞ…… 犯人なんて香月に決まっとるからな……」

「えっ、ぼく?」

 

 疑われるのは当然だし、さっき発見したときも言われたが……やはり面と向かって言われると気持ちが落ち込んでしまう。

 

「当然じゃ。第1発見者が怪しいというのはどの推理ドラマでも言われとるじゃろうが。お主は昨日、夕食の後誰も見てないはずじゃ」

「推理ドラマって大体…… 第1発見者がまず疑われて結局違うってパターンが多いと思うんだけど……」

「まだあるぞ。事件は香月の研究教室で起こっておる」

 

 研究教室には鍵がかからないから、ぼくでなくとも犯行は可能なんだけどな…… 今の夢野さんは、ぼくらがいくら言っても聞いてくれなさそうだ。思い込みが少々強いのか、それとも捻って考えるのが面倒臭いのか…… 彼女のこともよく分からない。

 ぼくたちはまだ出会って6日目なのだから、分からなくて当然とも言えるけれど……

 

「天海くん、他の凶器は大丈夫そう?」

「ええ、減ったものは恐らくないはずっす。瓶の中身もやっぱり10個っすね」

「なら、現場で減ってたのは2つで確定……」

「あれ、3つじゃない?残りは7個だったよね」

「え? あ…… うん、そうだね。ぼく、なに言ってるんだろう」

 

 思考をそのまま言葉にしていたせいか、彼らの認識と食い違いが起こってしまった。

 そうだよね、1つはぼくが食べたけど、それをみんなは知らないんだ。

 できれば知られたくないし…… 2つでも昏倒や全身麻痺には十分すぎるだろう。この情報はぼくだけが持っていればいい。

 

 《コトダマ 食堂の凶器》

 

「あとは……」

「赤松さんの研究教室はどうかな?」

「そうっすね、放送が事件に関わってるかもしれないですし…… 確認しておくべきっす」

 

 踵を返し、扉から2人が出ていく。

 それに続いて行こうとするぼくに、後ろから声がかけられた。

 

「あの…… そんなに、気負わなくても、いいと思うんです」

 

 振り返ると、茶柱さんが真っ直ぐとぼくを見つめていた。

 動くたびにリボンと、2つ結びにされた髪が揺れる。男性に向けられる表情はいつも厳しく激しいけれど、彼女はとても穏やかな顔をしていた。

 ぼくを心配しているような、まるで誰も疑っていないような、女性にだけ向けられるのは少しもったいないんじゃないかと思うくらいの、綺麗な微笑み。安心できる笑顔。

 その表情だけでぼくはいくぶんか胸の中に入っていた重りが溶けるのを感じた。

 

 なんで、みんなこうも優しいのだろう。

 ぼくなんて、放っておけばいいのに。多分ぼくならそうするだろう。

 関わるだけで損をする。親友だって、ぼくと仲良くならなければオーディションなんて受けなかっただろうし。

 

 優しさなんて、損しかしないと思うんだけど。

 

 でもこんなことを言ったら、さらに彼らを裏切ることになりそうだから言わない。

「ぼくに心配されるような価値なんてない」 なんて、大切にしてくれる友達には言えっこないんだ。

 

「…… ありがとう」

「で、でも疑ってないわけではないですからね? あなたが犯人だったら嫌だな、とは思ってますから…… 夢野さんも、そうじゃありませんか?」

「香月が限りなく怪しいんじゃから、疑っても仕方ないじゃろう」

「香月さんがそういうことする人には見えないじゃないですか?」

「お主はもう少し状況を考えるべきじゃ」

 

 その場に呆然と立っていると、ぽすりと頭に手が乗る。

 見上げると2人分の手が頭に乗っていて、ちょっと重たかった。

 そのまま猫の子供にするように優しく撫でられて、くすぐったくて目を細めた。

 困った顔で2人を見比べるとあちらも困った顔をしていた。

 

「よかったっすね」

「ネガティブはよくないよ。もっと明るく行こう。ハルヒくらいに!」

「それは…… もはや別人だと思うんだけど」

 

 そんなのぼくじゃない。

 でも、気遣いは感謝する。ネガティブ野郎なんてデスゲーム中で切り捨てられてもおかしくないし、狭い世界でも楽しく過ごせるように努力しよう。

 これに参加して、彼らと出会えたことを喜べるくらいにはならないと。

 

「さ、行こう」

「うん、待たせてごめん」

 

 食堂を後にする。

 2階にある超高校級のピアニストの研究教室に入ると、中はそれほど散らかっていなかった。

 床は楽譜が散らかっているように見えてそういうデザインの床であると分かる。中央には大きなグランドピアノが置いてあって、壁1面にCDラックがある。手に取ってみると、知ってるものと知らないものが混ざっているが、それがクラシックであることはさすがに理解できる。

 プレイヤーもあるし、スピーカーも……

 

「これが放送機器っすね」

「あ、本当だ。場所の名前が書いてあるね」

「え、どれ?」

 

 2人が見つけた放送機器は案外大きなものだった。

 恐らくモニターがある地点全ての名前があるようで、確認してみると寄宿舎になっている全員の部屋へ放送するように設定されていた。

 

 《コトダマ 放送機器》

 

 そして、ぼくらが放送機器に注目しているときにチャイムが鳴った。

 タイムアップだ。研究教室内にあったモニターに電源が入り、その中でモノクマが 「はい、そこまでー!」 と大声をあげる。

 

「これから最初の学級裁判が始まります! ということで全員植物園中央にある鳥籠の中の庭園に来るように!」

 

「あそこっすか……」

 

 モノクマのいう庭園とは、きっと東条さんと初めて出会ったあの場所だろう。泉と、ムキムキのモノクマを象った趣味がとてもいいとは言えない場所だ。

 あの場所にはとくに赤い扉は見当たらなかったし、その周りには植物園しか広がっていないからどうやって裁判場に行くのかが気になるところだ。やっぱり地下なのかな。

 

「行こっか」

「うん」

 

 3人で並んで植物園へと向かう。

 今後、この3人でずっといられるかどうかは分からない。彼らの中にクロがいるかもしれないし、いないかもしれない。

 

 未来は不鮮明で、周りのことを信じられるかどうかなんて判断できない。

 暗闇の中を延々と歩き続けているようなものだけど、ぼくはそれでも進まなくちゃいけない。

 この場にいる限り、いつもしてきた〝 逃走 〟の選択肢はない。

 

 究極的な逃走…… この世からの逃走という選択肢はあるにはあるが、そんなものに手を伸ばすより、きっと信じてくれている人のために歩き続けたほうがいいのだろう。

 

 ぼくは優柔不断だ。

 そして、責任から逃れてばっかりの臆病者だ。

 他人に選択肢を委ねている卑怯者だ。

 

 この先に待っている真実がどれだけ残酷でも、道は真っ直ぐに続いている。ぼくはその道を歩かされるだけ。

 

 …… 死んだ星くんは結局のところ〝 生きたい 〟と思っていたんだと思う。

 生きる理由がないから諦めているというのなら、生きる理由さえあれば生きたいと思っていたのだと。

 彼は見失った道を探していた。

 きっと、この生活が平穏無事に進んでいたのなら、彼はその生きる理由とやらを見つけられたんだと思う。

 

「理由、か」

 

 人はみんな生きる権利というものを持っている。

 それは放棄することだってできるし、権利を盾に身を守ることもできるだろう。もちろん、ぼくにだってそれはある。

 でも、権利だけあっても生きることに目的が見つけられないのなら、理由がないのなら、それは果たして本当に生きていると言えるのだろうか。

 

 ぼくには特に理由がない。

 百田くんみたいに夢に燃えるでもない。

 赤松さんや夢野さんみたいに特技で人を笑顔にできるわけではない。

 アンジーさんみたいに絶対の自信を預けられる信仰があるわけじゃない。

 ゴン太くんみたいに自然に、なんの疑問もなく地に足をつけられるわけじゃない。

 最原くんや入間さん、東条さんや茶柱さんみたいに才能を誇りに思ったり、それで人の役に立てるなんて思えるわけじゃない。

 真宮寺くんみたいに探究心が強いわけでもない。

 天海くんや白銀さんみたいにやりたいこと、したいことがあるわけじゃない。

 春川さんみたいに誰かの世話を焼けるわけでもない。

 王馬くんは…… よく分からないけど、目的でもなければあんな風に振舞ったりはしないだろう。

 

 そして星くんみたいに、失った目的を探そうとする強さだってない。

 

 そんな強さを持つ人が死んでいいはずがないんだ。

 自分を蔑ろにする気なんてないけど、それでもなぜ彼がと思わずにはいられない。

 ここにいるみんなは誰もが、死んでいい人間なんかじゃないんだ。

 

 生きる目的が生きる権利よりも強いと言うのなら、ぼくは幽霊みたいなものかもしれない。

 

 友達の元へ帰る? 自分の記憶のおかしなところを探ってみせる?

 いくら考えたって〝 自分のため 〟の目的なんて見つからない。

 

 それでも前に進もうと思ったのは天海くんたちが、ぼくを支えてくれるからだ。

 今はまだ他人に依存した目的しか持てないけれど、いつかはきっと自分自身で決断ができるようになりたい。

 

 案外、それだけで理由は十分なのかもしれない。

 

 星くんと見た映像を思い出す。

 せめて、彼があの時間を少しでも楽しく過ごせていたならよかったと思う。

 きっと猫の可愛さならいくらだって語り合えると思うんだ。

 一緒に動物園とか行けたら、きっと楽しいんだろうね。

 

 泉のそばにはすでに全員が揃っている。

 

 いくつかの問答の後に、モノクマ像が無意味に杯を砕き、その下から泉の奥へ進む道が現れる。

 滝の裏にあった赤い扉はやはり、地下へ続くエレベーターとなっていた。

 

「できればきみと友達になりたかったよ」

 

 そんな叶わない想いを秘めて、裁判に向き合った。

 

 

 

 

 

【コトダマ一覧】

 

 ・モノクマファイル1

 被害者は星竜馬

 現場は植物園内、超高校級のアロマセラピストの研究教室である。

 死亡推定時刻は午前6時半頃。

 死体発見時刻は午前8時54分。

 

 超高校級のアロマセラピストの研究教室中央付近で仰向けに昏倒、そのまま長期間経過により死亡したものと思われる。

 毒物摂取の可能性があるが、外傷は特に見当たらない。

 

 ・ビニールテープ

 香月が星の死体発見時ベラドンナの瓶に貼ってあったラベル。

 ベラドンナとは違い無害なハスカップの名前がそこには書かれていたが、疑われるのを恐れた香月自身により証拠隠滅されている。

 駆けつけた天海に人を集めるように頼み、その間に香月が慌てて飲み込んだ。

 

 ・ベラドンナの毒性

 嘔吐、散瞳、交感神経系の麻痺などを引き起こす。子供なら3つ食べれば致死量である。

 星は死亡から時間が経っているため症状が出ていたとしても分からず、本当に食べたかどうかは判断できない。可能性がある程度。

 

 ・ベラドンナの残り数

 10個中、7個が残っていた。

 食堂で他の瓶を確認したところ、瓶には全て10個ずつ入っているようだ。

 消費されたうち1つは香月が「腰が抜けて立てない」という証言を真実にしようとして使用したので、星が摂取したと思われるのは2つだけである。

 

 ・星くんの態勢

 仰向けに倒れ、手足はピンと張っている。

 

 ・上向きに開かれた口

 仰向けになっているからか口が上向きに開かれており、唾液らしきものが流れた跡がある。

 毒物摂取による麻痺をしていたなら、飲み込む動作ができなかったのだと思われる。

 

 ・倒れたバケツ

 雨漏りを受けるためのバケツ。

 星の近くで倒れていた。乾いている。

 

 ・部屋の様子

 争った形跡は特にないが、前日にはなかったティーカップと皿がテーブル上にあった。

 

 ・カップの香り

 テーブル上に残ったカップからはわずかにラベンダーの香りがする。

 ラベンダーは交感神経の動きを鈍くし、安眠させる効果がある。

 

 ・残ったトリカブト

 前日に収穫したトリカブト。移動させられた形跡は見当たらない。

 香月は余程のことがない限りこれを公表する気はない。

 

 ・隠し扉

 最原、赤松が発見した図書室の隠し扉。これを見張る作戦を立てていたが死体発見により無駄に終わった。2人は隠し扉の存在から、首謀者が自分たちの中にいると考えている。

 このときの作戦のために入間にとある依頼をしていたらしい。

 

 ・深夜の演奏会

 前日の午後10時過ぎに行われた研究教室での演奏。

 全員の部屋のモニターで放送されていたが、2人は気づかなかった。

 2人は食堂前の購買部で待ち合わせしていたようだ。

 

 ・開放されていた研究教室

 研究教室には鍵がかからないため、誰でも犯行は可能である。

 

 ・朝の散水

 東条が朝の6時に散水を行なっている。

 散水装置は研究教室の外にあるため、彼女が中に入ることはない。

 

 ・食堂の凶器

 ベラドンナの瓶以外に減っているもの、動かされたものはない。

 

 ・放送機器

 研究教室には確かに放送機器がオンの状態で放置されていた。全てのモニターに繋がることができるようだが、このときオンになっていたのは寄宿舎の部屋のみである。

 

 

 

 

 

 

 




【クロ当て企画】
 裁判でみんなの出す結論を推理しましょう。
 正解者は1章の最後にお名前をあとがきにて載せさせていただきます。
 締め切りは裁判の始まる前まで。つまり来週の土曜日まででございます。
 方法は簡単。作者の名前をクリック(タップ)して直接メッセージを送るだけ。
 感想でも構いません。核心に迫る返信はできませんが、いつも狂喜乱舞しながら感想を読ませていただいております。
 送る内容は以下の通り。

 ①1章クロの名前(裁判での結論)

 ②死因とその原因、トリックなど

 それでは皆様、今後も本作を宜しくお願い致します。

 なお、メッセージの返信は〝 視聴者アンケートに答える首謀者 〟という形にし、正解不正解は曖昧にしますのでご了承くださいませ。
 首謀者はもちろんV3とは違います。なので、首謀者が誰か推理したいかたも間違いを恐れずメッセージをお送りください。
 どちらかが正解というかたも添削のような形で (任意で) お名前を出させていただきます。

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