月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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学級裁判①

 ガタン、とエレベーターの止まる音がする。

 僕たち全員を乗せたエレベータはようやく目的地に着いたようだった。

 随分と長い時間だったような気がする。

 最初のうちはそれぞれ独り言を零していたけど、最終的には誰も喋らなくなった。

 ぼくはエレベーターの端で、みんなの視線を感じながら震えていることしかできなかった。

 

 疑われているのは分かっている。真っ先に告げられるのはぼくを疑う声のはずだ。

 だから少しはシミュレートしておかないと…… って思ってたんだけど、結局それはできなかった。

 頭の中がいっぱいいっぱいで、未だに混乱しているのは確かだ。

 

「くまっしゃーい! ようこそ、学級裁判場へー!」

 

 ステンドグラスのある地下学級裁判場に、モノタロウの明るい声が響く。

 地下なのにステンドグラスから光が射しているな、と思ったら普通に照明だった。

 そんな現実逃避とは裏腹にモノクマーズがどんどん現れて、司会進行役のように話していった。

 

「うーん長かった! やっと学級裁判が始まるね! ようやく、ゲームらしいゲームが始まるんだね! 感動的だなあ」

「…… 天草四郎のお告げ通りだッ!」

「誰!?」

「うっそだろモノタロウ…… 知らねーのかァ!? あれだ! 世界終わる終わる詐欺の」

「それは違う人だわ!」

 

 さっそくモノキッドたちの話がズレて、その様子を呆れて眺めたモノスケが進行を引き継ぐように 「あーあ、やってられんわもう!」 と声をあげた。

 

「ええか? こっから先は進めるのも嫌になる殺伐ムードで進行や」

「だ、ダメよ! きっとそんなにグロとか残酷な展開はないはずだわ!」

「そうだね! 1人が死ぬか、1人以外全員死ぬかの2つに1つだよ!」

「結局死人は出るんかい!」

「スプラッターは外せないぜー!」

「す、スプラッタ…… グロ…… うう、吐いちゃう」

 

 結局本題に入らないクマたちを放置してぼくらは学級裁判場に足を踏み入れた。

 さくさくと迷いなく歩いていくキーボくんは、やっぱり怖くないのだろうか。

 ロボットにとってはただのちょっと暗い場所でしかないんだろうな。羨ましいけど羨ましくない。複雑な気持ちだ。

 

「へえ、地下はこんな風になってたんですね」

「うーん、てっきり地下は全部あの地下道みたいになってるって思ってたけど、そうじゃないんだね」

 

 続いて王馬くんが軽い足取りで入っていく。

 

「うん、罠はないみたいだねー」

「あの、王馬クン。もしかしてボクで確認してません?」

「そんなことないよ? もし地雷とかあっても、犠牲になるのはキー坊だけだねー」

「そんなことあるじゃないですか!」

 

 賑やかないつものやりとりに緊張を緩和させられたのか、みんなも学級裁判場に入る。

 けれど、最後の方に入ってきた赤松さんは険しい顔をして未だにわいわいと喋り倒すモノクマーズたちを睨みつけたように感じた。

 

「ねえ、なんのためにこんなことをするの? こんな酷いことして……楽しいの?」

 

 それに答えたのは戦隊カラーのクマではなく、白黒のクマだった。

 

「うぷ、うぷぷ、もちろん楽しいよ! 自分と無関係な人の生き死にはね、最高の娯楽なんだよ! …… じゃないとやるわけないでしょ?」

「ほんっとに、最低ですね!」

 

 それを聞いて絶句する赤松さんの代わりに茶柱さんが言う。

 モノクマはそんな反応も楽しんでいるようにうぷぷ笑いを継続した。

 

「うぷぷぷ、最低だろうとなんだろうと、この世は楽しんだもん勝ちなんだよねー。どんな酷いことをしても、どんなに酷い目に遭っても、楽しんだ者だけが真の勝利者なのだー! …… あれ? これってドMこそ至高? ボクったら新しい真理に触れちゃった?」

「いやー、清々しいほどの胸クソの悪さだね。で、このゲームはどうやって始めればいいの?」

 

 笑顔で茶化す王馬くんだけれども、なんとなく本心っぽくも聞こえるような気がする。

 良心云々は抜きにしても彼だってさすがに自分の生死がかかっているんだから、それを見て楽しむモノクマに嫌悪感ぐらいあるだろう。

 地下通路のときも、ぼくがサボり始めたり、みんなが疲れた表情を見せるようになるまで真剣に取り組んでいたように思えるし。

 

「そっちにオマエラの名前が書かれた席があるから、まずはそこに着席してもらえるかな?」

 

 ぼくたちは言われるがままに席に向かって行った。

 なにもせずにいても、なにも始まらないし、終わらないことが分かっているからだ。もしかしたら従わないことで処分される可能性もある。

 

「うおっ、普通の木枠かと思ったらハイテク化されてやがる……」

 

 入間さんが呟きながら歩いているのを聞いた。

 ぼくの席の左隣には星くんの遺影…… そして、右隣に東条さんだ。

 

 いつも主人公がいる位置…… モノクマの真正面に赤松さん。時計周りに夢野さん、王馬くん、茶柱さん、キーボくん、入間さん、最原くん、百田くん、東条さん、ぼく、星くん、春川さん、アンジーさん、真宮寺くん、白銀さん、天海くん、ゴン太くんの順番になっている。

 

 そして、ぼくが席に立った途端フラッシュバックするように、星くんと過ごしたささやかな時間が蘇ってくる。

 

 星竜馬くん。

 生きる目的がないために自分を殺す提案をした彼は、その理由の多くを語ることもないまま死んでしまった。

 いや、殺されてしまったんだ。臆病な、誰かのせいで。

 ぼくはその人を決して許すことができない。今も、そしてきっとこれからも。

 

 彼の過去になにがあったのかも、なにを思ったのかも、ぼくはなにひとつ知らない。

 ぼくができるのは、この学級裁判に挑むことだけ。

 そして、裁判が終わる前までにこの事件をなんとか受け止めることだけだ。

 

 ぼくはもう、分かっている。気がついてしまっている。

 でも、それを認めたくないだけ。

 みんなに任せて、自分の責任から逃れようとしている。

 それはきっと許されない裏切り行為。

 

 それはこの先証明されてしまうだろう。

 この、命懸けの学級裁判で……

 

 

 

 

 

 

―学級裁判 開廷―

 

 

 

 

 

「えー、ではでは! 最初に学級裁判の簡単な説明をしておきましょう。これを何回言うことになるか、今から楽しみです」

「…… この1回で終わらせる!」

「あー、はいはい。そういうのはいいから」

 

 赤松さんにとってだけじゃない。

 みんな、もうこんなのは嫌だとはっきり顔に出ている。

 …… 出ていない人もいるけど。

 

「学級裁判では〝 誰が犯人か? 〟を議論し、その結果はオマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できればクロだけがおしおきですが、もし間違った人物をクロとしてしまった場合は…… クロ以外の全員がおしおきされ、生き残ったクロだけが才囚学園から卒業できます!」

 

 おしおきされても人生からの卒業ができるけどね、なんて皮肉を交えてモノクマが続ける。

 

「ちなみに、誰かに必ず投票してくださいね。投票しない人には…… 死が与えられちゃうんだからね…… というわけで、クレイジーマックスな学級裁判の開幕でーす!」

 

 モノクマは宣言と同時に沈黙。

 ぼくたちはお互いを見回しながらなにを言おうか迷った。

 正直いつ糾弾されるかとビクビクしているので、ぼくからなにか言おうとはとても思えない。

 

「始まっちゃったね……」

「うわー、裁判とか久しぶりだなー」

「あ、経験はあるんだ……」

 

 それに王馬くんは 「そりゃあ悪の総統だから。悪いこともいっぱいやってきてるよ?」 と返事する。

 

 このままではモノクマーズのように話が進まないと思ったのか、百田くんが 「で、なにすりゃーいいんだよ」 と言葉を投げかけた。

 

「裁判なんてやったことないし…… どう進めればいいのか、よく分からないよ」

「あんまりこだわらなくてもいいんじゃないっすか? 裁判って言ってもただの話し合いですし…… この場所に法律はないっす」

「ええ、いわば全員が容疑者であり、弁護士であり、検事であり、裁判員なのよ。それなら、私達のやりかたで進めるしかないわ」

「主は言いました…… 話し合いが大切だと」

 

 人狼ゲームみたいに、自分以外の全員が容疑者だ。

 話し合いでなんとか事件を紐解いて行くしかないんだけど…… やっぱり最初はなにを話していいか分からないよな。

 

「つーか、まどろっこしく考える必要ねーだろ! 犯人さえ分かればいいんだろうが! ならテメーだ香月ィ!」

 

 ああ、うん…… 来るとは、思ってたけれど。

 でも、やっぱり怖いや。指名された瞬間、一斉に注がれる視線にギュッと、自分の腕を握った。

 

「場所は香月の研究教室じゃろ? 香月しかおらんじゃろう」

「夢野さん……」

「まあ、普通に考えたらそうなるよね。夕食の後は誰も見てないらしいし」

 

 裁判前から言っていた夢野さんや、合理的に考えているらしい春川さんも同意してしまう。

 他の場所に視線を振っても、探るような目つきが帰ってくるだけ。

 

「おいおい、いきなりそんなに詰め寄ることはねーだろ! それじゃ話し合いじゃなくて尋問だ」

 

 と、百田くんからの助け舟が出される。

 

「ぼくは、違うよ」

 

 ようやく絞り出した声はやっぱり震えていた。

 

「待って、ちゃんと話し合いをしよう。もう一度、みんなの意見を聞きたい」

 

 冷静な最原くんの言葉に、やっと本格的な学級裁判が始まりを告げる。

 ぼくの席は突如ガタン、と動いてみんなの席の真ん中まで引きずり出された。

 思わず「ひぇ」という情けない言葉が漏れてしまい、慌てて口を塞ぐ。さすがに恥ずかしい。

 

 四方八方からの視線にますます萎縮して涙さえ出てきそうになる。けれど、なんとか堪えて出てきそうな嗚咽も全て飲み込んだ。

 

「…… ぼくは犯人じゃない」

「どうかんがえてもテメーだろうが! 使われた凶器はあのわけ分かんねー実だろ? あれはテメーの所有物だったろーが! そ、それともなんだ? あれをクソチビがケツの穴に詰める趣味があったとか言うんじゃねーだろーなァ!」

「まだあるぞ。死体発見現場は香月の研究教室じゃ。研究教室で犯行ができるのはお主だけじゃ」

「それは違うよ!」

 

 赤松さんが夢野さんに向かって、そう言った。

 

「な、なんじゃ赤松。うちの言葉になにかおかしいところでもあったのか?」

「そうだよ、夢野さん。だって、超高校級の才能の研究教室には〝 鍵なんてかけられない 〟んだから。香月さんじゃなくても犯行は可能だったはずだよ!」

「む、むう? そうじゃったか」

「でも凶器は香月のだろ!」

 

 諭されて不満そうな顔はそのままに一応引き下がる夢野さん。

 けれど入間さんはまだ納得していない。

 ぼくの席もまだ元に戻ってくれない。みんなの真ん中にいるというのは居心地が悪いので早く戻って欲しい。

 

「あれも食堂にあったものだから、取ろうと思えば誰でも取れたはずだ。それに、わざわざ自分に割り当てられた凶器を使っても不利になるだけだから、僕は違うと思う。きっと、誰だってそうするよ」

「ま、まあ…… それは、そうかもしれねーけどぉ……」

 

 決定的な証拠はない。それはぼくもそうだし、他のみんなもそうだ。入間さんだって可能性はあるということ。

 彼女は不承不承といった様子で押し黙った。

 

「……犯人に繋がることは、まだなにもないわね」

 

 東条さんが呟く。

 ここでようやくぼくの席は彼女の隣に戻った。

 少しほっとして息を吐く。

 

「…… それじゃあ、改めて状況整理でも始めようか。みんなの行動が分からないと話し合いもしづらいだろうしネ」

「まあ大体は分かってるよねー」

 

 王馬くんがそこで最原くんと赤松さんに視線を移した。

 自然にみんなの視線も2人に集まる。

 天海くんと白銀さんとピアニストの研究教室を調べたときに分かったことだけれど、深夜の演奏会は寄宿舎の全部屋に放送されていた。

 全員昨日の夜に2人が校舎にいたことは知っているわけだ。

 

「そうだよ、昨日のあれなんなの?」

「あー…… ごめんね。なぜか放送機能が起動してたらしくて、気づかずに演奏してたみたい。改めてごめん」

「僕からも…… よく見れば気づいていたはずだから、ごめん」

「えっ! そんなのあったの!? 超高校級のピアニストの生演奏だなんて贅沢だなー」

 

 2人の謝罪にモノタロウが声を被せるようにして羨ましがる。

 

「ミーのギターと合わせてくれよぉ!」

「グランドピアノとキーボードは違うのよ! 失礼だわ!」

「異色のコラボレーション…… 売れ行きはワイに預けてくれんか? これは、売れるでぇ……」

「……」

「お断りだよ!」

「ガーン!?」

 

 赤松さんはクラシック専門なんだから合わないだろ……

 というかモノクマーズとコラボなんてお金を積まれてもお断りだ。

 ぼくたちをこんな目に遭わせてるやつと仲良くしたいわけがない。

 

「じゃ、じゃあ最後に食堂の前を通ったのは赤松さんたち…… ということになりますか?」

「そうなるけど……」

「夕食の時点でなくなっていたかどうか…… 分かる人はいるかな」

「……」

 

 キーボくんに最原くんが答え、白銀さんが全員に疑問を投げかける。

 けどみんな互いを見回すくらいで、声をあげる人はいない。

 多分、実際にあったかどうかは記憶の片隅にあるくらいで確信が持てないんだと思う。

 ぼくも意識的に見てなかったとは言え、所有者なのに中身の個数を覚えていなかったし。

 

「赤松は常にそれを背負ってるんだから、持って出て行っても最原は分からないんじゃないの?」

「あー、それはね…… 私達は購買部で待ち合わせをしてたんだけど、先に来てたのは最原くんなんだよね。ガチャ回してたし、景品もそれだけたくさんあったから30分くらいはいたんじゃないかなって」

「なんだよク最原! 隠キャだ隠キャだとは思ってたけどよ。そんなチャチなもんがほしいのかよ! オレ様にあんなこと要求しといていいご身分だなぁ?」

「あ、あんなことやそんなことじゃと……」

「そこまでは言ってないと思うよ……」

「最原さん! 入間さんになにをしたんですか!」

「え? え? え? 要求って…… センサー式カメラのことだよね」

 

 予想以上に動揺した最原くんはそう入間さんに返す。

 プチ公開処刑みたいになってるけど最原くんは大丈夫なのかな。

 

「それだ! アレを作れっつったのはテメーらなのに受け取りにも来ないし!事件は起こるし! 朝飯は食えねーし! 最悪だよ! せっかく徹夜したのにぃ!」

「えっと…… なんかごめん」

「うるせぇ! 謝んな!」

「ごめん」

「ああん、話聞いてくれないぃぃ!」

「入間ちゃんのほうがうるさいんだよねー」

 

 ここで2人から改めて首謀者の証拠を取ろうとしていたことを知らされた。

 インスタントカメラをセンサー付きカメラに改造してもらっていたということ。そのために入間さんは徹夜で改造していて、今朝の朝食に現れなかったことを説明した。

 

 

「首謀者ですか…… それはきっと卑劣な男死に違いありませんね!」

「なんで断定的なんじゃ……」

 

 ここまでの流れを見て春川さんはため息を吐き、もう一度赤松さんのリュックを示して 「つまり赤松にビンを持って行くことはできなかったってこと?」 と話題を戻す。

 

「うん。赤松さんが合流してすぐに研究教室に行ったし、帰るときには食堂は閉まっていたよ」

「なら、購買部に入る前に取っても最原は分からないね」

「おいおい春川、あんまり断定するなよ」

「なんで? 犯人を見つけないと全員死ぬんでしょ」

 

 言い争いが始まる。

 よくない流れだ。

 

「…… こうやって誰が怪しい、と話し合ってもイタチごっこになるだけだネ。そこで僕からの提案なんだけど、まずは誰が怪しいかを話し合うより、彼の〝 自殺 〟の可能性も検討するべきだと提唱するヨ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、反射的にぼくは叫んでいた。

 それは止めることができたんだと思う。でも、できなかった。

 ぼくは、それだけは認めるわけにはいかなかったんだ。

 

 「それだけは認めるわけにはいかない!」

 

 荒い息を吐く。

 ぼくはこの耳で聞いたんだから。星くんの意思を。

 

「香月さん…… どうしたんすか?」

「星くんは、死にたいだなんて思ってなかったんだ!」

 

 ぼくの反論ショーダウンに勝ち目は少ない。

 だって、物的証拠なんてないから。

 だけど、やめるわけにはいかない。

 

 だから、だから、お願いだから……

 ぼくの話を聞いてくれ!

 

 

 

 

 

 




 「最初の反論は次の被害者」なんてジンクスはなかったんだ…… いいね?
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