月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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学級裁判②

, 

 

 

 

「それだけは認めるわけにはいかない!」

 

 反射的だったせいか、すんなりとそんな言葉が口から飛び出していた。

 今までの怯えと緊張が嘘のように鎮まっている。嫌に冷静だ。

 だからこそぼくの反論が絶対に通らないことは分かっている。

 

 背中に冷たい汗が流れていった。

 

「香月さん…… どうしたんすか?」

 

 天海くんも冷静だ。

 彼は突然大声を出したぼくを落ち着かせようとしているだけなんだろうけど、ぼくはそれに食ってかかる。

 星くんの〝自殺〟説を提唱しだしたのは真宮寺くんだけど、彼は面白いものを見るようにぼくと天海くんを観察している。口出しするつもりはないようだった。

 

「星くんは、死にたいだなんて思ってなかったんだ!」

 

 ぼくが叫んだ瞬間、モノクマがなにやら操作して2つの席が向かい合うように動いた。

 ぼくと、天海くんの席だった。モノクマの目にもぼくらがやるべきだと映ったんだろう。

 

 絶対に勝てない反論ショーダウンの、始まりだ。

 

 

 

 

 

― 反論ショーダウン 開始 ―

 

 

 

 

 

「ぼくは聞いたんだよ! 星くんの意思を!」

「ま、待ってください。香月さん、少し落ち着くっす」

「ぼくは落ち着いてるよ、このうえなくね!」

 

 これでは埒があかない。

 天海くんは顎に手を当てて少し考えると、こちらをじっと見つめた。

 

「…… いったいどうしたんすか?」

「ぼくはね……」

 

 あのときの自由時間を思い出す。

 彼に無理を言って、一緒に動物映像を見た。

 その事実を言うのは少し恥ずかしいけれど、あれが暖かい記憶であることは真実なんだ。

 

「一昨日…… ここに来て4日目の午後に彼と一緒に動物の映像を見たんだよ」

「そのときに言ってたんだ」

 

 ―― 「俺にはもうなにも残っていない。生きる意味ってやつもな……」

 

 思い出すのは死にたいわけではないぜと目を伏せる星くんの姿。

 こんな姿を見られたら、きっとなにをムキになっているんだと呆れられるんだろうなと夢想する。

 

「ぼくは彼の過去を知らないけど、彼が囚人になったあと無気力になってしまったということは聞いたよ。〝 生きる目的 〟を失ってしまったって」

「それは…… 痛ましいことっすけど、星くんの真意は彼自身にしか分からないっすよね」

 

 

― 発展 ―

 

「うっ、でもぼくはちゃんと本人から聞いたんだよ?」

 

 明らかに動揺したのが伝わったのか、天海くんはこれを好機にとぼくの話に切り込んでくる。

 

「〝 生きる理由がない 〟イコール〝 死にたい 〟ってことではないんだってば!」

「でも、星くんが皆の前で〝 俺を殺せばいい 〟と言ったのも事実っすよ」

 

 天海くんは苦い顔でぼくにそう告げる。

 ぼくに強く真実を突きつけるのを躊躇っているのかもしれない。

 

「それは…… そうだけど。でもぼくが話を聞いたのも真実だ!」

「もしかしたら、今夜がタイムリミットだから星君は追い詰められていたのかもしれないっすよ。香月さんが聞いたのも、俺たちが例の話を聞いたのも今日じゃないっす。心変わりは幾らでもありえることっすよ」

「……」

「それに……」

 

 天海くんは相当言い渋っていたけれど、ぼくと対面させられているのは彼だ。言うしかなかったんだと思う。ぼくの心を、折るために。

 

「香月さん、星くんの話を聞いたのは…… キミしかいないんす」

 

 それは、やはり証拠がないという事実。

 みんなを納得させきれないという真実。

 そして、ぼく自身の敗北。

 

 周囲を見ても、信じ切れるほどの人はいないようだ。

 赤松さんも最原くんも申し訳なさそうに眉を寄せている。精々自殺じゃない可能性も考慮はするという程度。

 きっとこの反論は、ぼくが捨てた〝 ビニールテープ 〟さえあれば解決したんだろう。

 彼の死に、彼以外の誰かが関わっていることを示唆している決定的な証拠はあれしかない。

 ティーセットは2つじゃなかったし、証拠としては弱い。

 圧倒的に自分の首を絞めている。

 でも、あれを出したらぼくが…… いや、けれどもう既に現物はない。

 どちらにせよ、もう遅い。これを言ってもみんなが見ていない以上妄言と一緒だ。

 ぼくが反論できることなんて、もうない。

 

「…… ごめん、熱くなりすぎた」

 

 引き下がるしかない。

 

「で、でも自殺じゃない可能性も検討したほうがいいのは確かだよ。議論を狭めるのは致命的になり得るから」

 

 そこに助け舟を出してくれたのは、最原くんだった。

 探偵らしい見方で指摘をしてくれる。

 

「議論に行き詰まるまでは自殺を前提に進めてみてもいいけど……」

 

 帽子を深く被り、彼はぼくから視線を外す。まるで見られたくないとでもいうように。

 ぼくも、きっと酷い顔をしているだろう。今だけはみんなを睨みつけてしまいそうになる。だから目を伏せた。

 

「…… えっと、とにかく話を続けようよ! そうしたらきっと真相も分かるって!」

 

 赤松さんが意識してか大きな声で沈んだ空気を切り裂いた。

 そうしてようやく学級裁判の議論が再び動き出す。

 

「一応確認なんだけど…… 〝他殺の可能性〟はあるのかな? その…… 自殺のほうが可能性が高いのは分かってるんだけどね、地味に、気になるっていうか……」

「だからそれはねーっつってんだろ! ぐるぐるぐるぐる、ハムスターの回し車じゃねーんだぞ!?」

 

 白銀さんの言葉に顔をあげる。

 彼女はぼくに少しだけ視線を移動すると、困ったように首を傾げた。

 ぼくのためだ。彼女は、ぼくのフォローをしてくれている。

 でも、申し訳なさが先に立ってしまってぼくはなにも言えない。

 入間さんの言葉にもなにも言い返せなかった。同じ話を繰り返しているのは事実だ。

 

「えーっとぉ、一応転子もあのカップとお皿は気になってたんですけど……」

「あれは1人分だけだったから、可能性は薄いと思うヨ」

「争った形跡も特になかったからねー」

「え? でもバケツは転がってたよね」

 

 王馬くんの言葉にゴン太くんが返す。

 確かに、底にも表面にも水が溜まっていなかったバケツは星くんのすぐそばに倒されていた。

 

「あれは星ちゃんが倒れたとき一緒に倒しちゃったものって可能性もあるよ?〝 毒を飲んで死んだ 〟んならそれもあり得るでしょ」

「それは違うっすよ。そもそも、本当に毒で死んだかは分からないっす」

「おいおい天海、なに言ってんだ!」

「また他殺説ですか? その反論をしたのはキミでしょう? …… 確かに気になるところはありますけど」

 

 百田くんが驚き、キーボくんが呆れを含ませて言うけど、天海くんは首を振って 「違うっすよ」 と答える。

 

「…… 毒じゃない死因があるって言いたいの?」

 

 春川さんが彼を見つめる。

 

「それは、僕も少し思ってたよ。気になることもあるし」

 

 そして、最原くんがそれに同意したことで議論は進む。

 

「あっ! もしかしてモノクマファイルに違和感があるって言ってたやつ?」

「う、うん…… ずっと気にはなってたんだけど、確信が持てなくて。それで、今の天海くんの言葉でやっと分かったんだ」

「教えてちょうだい、2人共。なにが分かったのかしら」

 

 東条さんの促しで天海くんと最原くんが互いを見る。

 アイコンタクトだったようで、すぐに天海くんが説明を開始した。

 

「モノクマファイルの内容は覚えてるっすよね?」

 

 …… モノクマファイル1

 被害者は星竜馬

 現場は植物園内、超高校級のアロマセラピストの研究教室である。

 死亡推定時刻は午前6時半頃。

 死体発見時刻は午前8時54分。

 

 超高校級のアロマセラピストの研究教室中央付近で仰向けに昏倒、そのまま長期間経過により死亡したものと思われる。

 毒物摂取の可能性があるが、外傷は特に見当たらない。

 

「…… だったね」

 

 赤松さんが真っ先にモノパッドを起動し、読み上げてみせた。

 よく通る声で分かりやすい。それから彼女は今度は最原くんに話の続きを促すように目線を送る。

 

「注目してほしいのは、死因のところだよ。昏倒したあと、〝 そのまま長期間経過により死亡 〟…… 普通に考えたら毒が死因だと思うけど、妙に言い回しが回りくどいと思わない?」

「毒殺なら毒による死亡って書けばいいだけっす。そこがずっと気になってたんすよね」

「言われてみれば、確かに妙ですね」

「だ、男死のことを真に受けるのも癪ですけど、改めて見ると違和感はありますね……」

 

 みんな、ぼくが最初に思ったことに辿り着いたようだ。

 ぼくは過去作を知っているが故のメタ推理に近いから分かったけど、きっとなにも知らずにこの学級裁判に挑んでいたら言われるまで分からなかっただろう。

 そこまで穿った考えかたができるのは、きっといろんな可能性を考えられる人だけだ。

 

「長期間経過ってなんだろねー?」

「毒で弱ったまま長期間経過すれば普通に死ぬじゃろ。考えすぎではないのか?」

「ねえ、香月。全然喋らないけどさ、ベラドンナの毒性くらいは話せるよね。なんの症状が出るか覚えてるなら言って」

「あ、えっと……」

 

 唐突に春川さんから話を振られて少し言い澱む。

 それからもう1度天海くんたちに説明したように口を開いた。

 

「えっと、嘔吐、散瞳、交感神経系の麻痺だね。体がピンと張って全身麻痺になることもあるよ。散瞳っていうのは、瞳孔が開いちゃう症状のこと。ただ、麻痺も散瞳も確認しようがないんだよ。死んだら瞳孔は開くし、死後硬直で麻痺してたかどうかも分からない」

 

 これだけはスラスラと言えた。

 さすがにこれで言い淀んでいたらみんなの迷惑になる。

 

「あ、あとね…… 恐らく彼が飲んだであろうカップのお茶は、香りからしてラベンダーティーだった。ラベンダーは睡眠導入の効果があるよ」

「ふーん、麻痺もして、昏倒しやすいようにラベンダーティーも飲んで、自殺なら準備周到だね」

 

 春川さんの指摘にうっ、と声がでる。

 自分自身でさらに自殺説の説得力を増してしまったみたいだ。

 本格的に、他人が関与した唯一で決定的な証拠を消してしまったことが痛手になっている。

 

「毒っつったらそんなもんか。毒はいくつ減ってたんだ?かなりの量あったよな」

「食堂には3つくらいビンがあったネ。結構入っているように見えたけど……」

 

 百田くんに「ひとビンに〝 10個 〟だよ」と返す。

 

「結局あの実ってどのくらい食べるとアウトなの? 1粒でも死んじゃうくらいやばいものなの? 香月ちゃん、その説明は朝食会でしてないでしょ?」

 

 王馬くんからの質問にも 「大人ならひとビンくらい摂取しないと死には至らないけど……」 と返し、続いて星くんくらいの体の大きさなら3つで十分と、言おうとした。

 そう、言おうとしたんだけど…… その声は天海くんに遮られた。

 

「子供なら3つあれば致死量らしいっすけど、ベラドンナは〝 体の大きさは関係ないらしい 〟んで、毒で死にきれたとは言いきれないっすね」

「えっ?」

 

 思わず天海くんを見ると、平然とした顔で〝 嘘 〟をついていた。

 ぼくが教えたときは致死量だと判断していたはずだし、彼が理解していないわけがない。

 ならこれは意図的な〝 嘘 〟だ。

 彼がなにを言いたいのか。それは彼自身が言っている。

 天海くんはきっと毒殺を否定したいんだと思う。

 嘘を吐くことで別の可能性だけに注目させて、議論を発展させようとしているんだ。

 そして天海くんの思惑通りか、死因についての本格的な議論に入っていく。

 

「じゃあなにが死因だっつーんだ!」

 

 百田くんが我慢ならないという風に席を叩いた。

 それからはみんなが口々に例えを挙げていった。

 

「いや、〝 毒殺 〟じゃろ……」

〝 撲殺 〟とかですか?」

「あっ、地味に〝 絞殺 〟とか?服装に隠れて見えなかったのかも」

「それなら自殺じゃなくなっちゃうでしょ」

「もう確認できないことだしネ」

「誰かに〝 誘導された 〟とかー? どーだろー」

「毒で自殺以外になにがあんだよ。もう〝 事故 〟くらいしかねーんじゃねーか?」

「普通じゃ考えられない死因ってことですかね……」

 

 上から夢野さん、キーボくん、白銀さん、春川さん、真宮寺くん、アンジーさん、入間さん、茶柱さんだった。

 

「僕は〝 溺死 〟だと思う」

 

 そして、最原くん。

 

「俺は入間さんと最原くんに同意したいっすね」

「えっ!? お、オレ様かよぉ!?」

「えっと、事故と溺死? え、溺死なの?」

 

 赤松さんが混乱したように問いかける。

 当たり前のように他のみんなも驚き、そしてありえないと口にした。

 そりゃそうだよね。室内で溺死なんて、ありえない。

 でもそれを言っているのは天海くんと、探偵である最原くんだ。

 それだけで妙な説得力がある。でも、納得なんてできるわけがない。

 

「待て待て最原! どういうことだそりゃあ! 室内だぞ!? しかも水道からは離れてるし、水も張ってねー。池なら植物園にあったけどよ、まさか星が死んだ場所は別だっていうのか?」

「事件現場が別の場所だっていうのなら、それもありえなくはないけどネ」

「じゃあ次は死体を移動したか、してないかの問題だねー」

 

 王馬くんは腕を頭の後ろで組みながら呑気に喋る。

 まるでここまでの展開は読めてたと言い出しそうな雰囲気だ。はったりの可能性もあるけど、なんでそうするのか分からないし意味が分からない。

 もしかしたら本当に楽観的な姿勢になってるだけかもしれないけど。

 

「扉は鍵がかからないものね。星君ならほとんどの人が苦もなく運べてしまうと思うわ」

〝 怪我もしてない 〟んだっけ。だったら運んでも分からないよね。それくらいならゴン太も分かるよ」

「なら、〝 池で殺したあとに移動した 〟ということですか?」

「それは違うよ!」

 

 茶柱さんの言葉に赤松さんが反論する。

 

「さっきまで言ってた自殺ならそれはありえなくなるし、たとえ他殺でもそれなら毒はどこに行っちゃったの? 星くんの手足は麻痺してるみたいに張ってたんだし、死後硬直にしてもあんなに手足をピンと伸ばしたまま死ぬわけないよ! 絶対抵抗するはずだよ!」

「自殺との関連性を考えるのなら、抵抗を見せなくてもおかしくはないけどネ……」

「抵抗する気がなくても体の反射で暴れることはあるでしょ」

「あれ? 春川ちゃんってそんなことも知ってるんだね。保育士なのに怪しいなー」

「は?」

「主は言いました。今は喧嘩するときではないと」

 

 雰囲気がますます悪くなったけど、なんとかアンジーさんが場を収束してくれた。

 

「それこそ、ラベンダーティー飲んで毒で麻痺と昏睡状態にしてから溺死したなら、ああなるんじゃないかな」

「そうなると自殺の線は薄くなるんじゃが……」

「どちらの線も追えばいいんすよ。1番辻褄の合う話を見つけなくちゃいけないんすから」

 

 あらゆる線を追う…… まるで本当に人狼ゲームみたいだ。

 ただ、必ず正解を突き止めないといけない点が違うだけ。失敗が許されないから、慎重に議論を重ねないといけない。

 

 えっと、他殺の場合は……

 毒で昏睡状態にしたあと、外の池で溺死させ、ぼくの研究教室に移動させておくパターンだ。

 

「でもね、溺死させられたなら星くんの顔周辺の服が濡れていないとおかしいよ。抵抗しなくても、水に押し込めば少しは濡れるはずだ。時間が経っていても濡れたあとなら服の状態でなんとなく分かるし」

 

 さすがは探偵。見る場所が違うな。

 それなら池で殺してから移動させたという説はちょっと難しい。

 

 自殺の場合は…… 自殺の場合は……

 

「自殺はやっぱありえないだろ。池で溺死したところで香月の研究教室にいる意味が分からねー」

「…… 1つだけ、部屋の中で溺死する方法があるっす」

 

 議題だけ提供してみんなの議論を眺めていた天海くんが最後に宣言した。

 最原くんも異論はないようでしばし迷ったようにしてから、ぼくを見る。

 

「香月さん、あの研究教室は雨漏りするんだったよね?」

 

 来てほしくなかったその質問に、ぼくは言葉を失った。

 ますますありえないというみんなの声が耳を通り過ぎていく。

 

 最原くんたちが同意した〝 自殺 〟と、〝 事故 〟

 それは正しい。

 

 でも、でも、それなら、ぼくはとんでもないことをしてしまったことになる。

 

 全部、ぼくのせいだ。

 星くんが死んだのは、ぼくのせいなんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回! 議論スクラム!

 …… みんな泪を疑いすぎてパニック議論が発生しなかったのでキーボのファンやめます(嘘)
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