月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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学級裁判③

 

 ???

 

 視聴者様を楽しませるのが の役目なんだ。

 そう、昔の みたいに、皆にも楽しんでもらわなくちゃ。

 人と話すのが苦手だった はもう、どこにもいないんだから。

 

 そう〝設定〟したんだから!

 

 首謀者もトリックスターも……

 全部のものだ!

 

 

 

 

 

 

 

「香月さん、あの研究教室は雨漏りするんだったよね?」

 

 来てほしくなかったその質問に、ぼくは言葉を失った。

 ますますありえないというみんなの声が耳を通り過ぎていく。

 

 最原くんたちが同意した〝 自殺 〟と、〝 事故 〟

 それは正しい。

 

 でも、でも、それなら、ぼくはとんでもないことをしてしまったことになる。

 

 全部、ぼくのせいだ。

 ぼくのせいなんだ。

 

 最初から分かっていた。ただそれを認めたくなかっただけで。

 

「香月さん、答えてくれないかな?」

 

 最原くんがぼくを急かす。

 その言葉はどこか呆れているようで、ますます言葉が詰まってしまい声が出てこない。

 

「僕も赤松さんも、君の研究教室には何度かお邪魔したけど…… 確か雨漏りするって言ってたよね?」

 

 そんなこと話したっけなとか、話してないとしたら誰かに聞いたのかなとか、会話を聞かれていたりしたのかなとか、詳しい記憶を呼び起こすことかできなくて目が回る。

 彼らに情報共有していたかどうかさえも覚えていなくて、混乱した。

 

「雨漏りは、するよ。モノクマーズたちが、言ってたし…… ぼく自身も、見たから。一回の散水で、バケツ一杯になるくらい大量の雨漏りがあるんだ」

「やっぱり、そうなんだね」

 

 最原くんは最初から分かっていたかのように頷いた。

 まるで点と点を繋げるための確認作業。

 

「ってちょっと待てェ!」

 

 黙るぼくたちに、百田くんが大声をあげる。

 溺死の話題で出てきた〝 雨漏り 〟という言葉に、誰もが理解が追いついていないところに発された声だった。

 

「最原! テメーはなにを言いたいんだ!? まさか、雨漏り程度で溺死したって言いてーのかよ!?」

 

 百田くんの言葉に最原くんは答えずに俯いた。

 

「そのまさかっすよ」

 

 その代わりに天海くんが答える。

 

「星くんが毒を飲んで自殺を図った。それも真実っす。でも、そこにきっと不幸な事故が起こってしまったんすよ」

 

 天海くんはぼくを見つめていた。まるでぼくを哀れむように。

 そう、彼にはもうこの事件は紐解かれている。本当の意味で事件の全容を掴めているのはきっとぼくだけだけれど。

 なにせ、この事件を解こうとするのなら証拠が圧倒的に足りないから。

 この事件は誰かの陰謀が働いている。それに天海くんは辿り着けていないだろう。けれど、少なくとも〝 ぼくのせい 〟だってことは知っているんだ。

 だから、ぼくが〝 しでかしてしまったこと 〟も彼には分かっている。

 

 ぼくがあんなことを頼まなければ…… よかったんだ。

 

「詳しく教えてちょうだい、どうしてそう言えるのかを」

 

 しばらく話していなかった東条さんが口を開く。

 その声は毅然としていて、乱れ1つない。

 聡明な彼女のことだから、最原くんたちの言葉である程度事態は把握しているだろうに。

 

「雨漏りって…… そんなのありえないでしょ」

「…… でも人間ってコップ一杯の水でも溺死するらしいし、案外あるかもしれないよ?」

 

 春川さんの言葉を王馬くんが否定する。

 そういえば、ぼくが植物園の池で驚かされたときにそんなことを言われたっけ。

 だからと言って、彼が全て分かって言っていたわけじゃないと思う。

 これは裁判序盤の言動から察しただけだから、なんとも言えないけど。はじめの彼は毒殺だと思っていたみたいだから、恐らく偶然だろう。

 

「確かに、雨漏りの量はすごかったみたいだけど…… さすがにそれはないんじゃないかな」

「う、うん…… 白銀さんの言う通り、現実的じゃないと思う」

 

 ぼくが白銀さんの言葉に頷き、天海くんを見つめるとそっと見つめ返される。責められているわけではない。

 彼は、知っているのに否定していたいぼくを哀れんでいる。

 でも、今のぼくには味方がたくさんいるんだ。

 

「溺死するほど素直に水を飲むわけないじゃろ。ありえん」

「あいつが水攻めなんてマニアックな性癖持ってたってか!? な、なにそれぇ…… 水中ファックがいいとか百戦錬磨のオレ様でも」

「入間さん!」

「ふぁいっ! なっなんだよぉ…… いきなり怒鳴るなよぉ」

 

 

 百田くん、春川さん、白銀さん、夢野さん、入間さん。

 

「しょせん男死の言うことですし、信じられるわけないじゃないですか!その可能性を提示するならもっと説得力を持たせてくださいよ」

「ごめん、ゴン太は分からないよ…… 雨で死んじゃうなんてこと、あるの?」

 

 茶柱さんに、ゴン太くん。そしてぼく。

 8人の人間が雨漏りによる溺死を否定した。

 しかし、残る8人はどうも肯定派となってしまうようだ。

 まずはじめに溺死の事故の可能性を提唱した最原くんに、天海くん。最原くんの推理を間近で聴いていたらしい赤松さん。

 コップ1杯の水でも死ぬからと主張する王馬くん。

 

「本当に、彼は溺死だと思うのね?最原君」

「うん、そうだよ東条さん」

「……」

 

 考え込む仕草をする東条さんに、ぼくは目を向ける。

 否定派に回ってほしくて。でも、彼女もぼくを見つめてからそっと目を伏せた。

 それを見て、彼女が肯定派に回ってしまったことを悟る。

 なんてことだ。彼女には溺死を否定してほしかったというのに。

 

「主は言いました。竜馬は不運だったと」

「証拠を見ないとなんとも言えないけど、最原君がここまで自信を持って言うことに興味があるヨ」

 

 真宮寺くんも、あちら側。

 他のみんなのことも興味深く見ているようだけど、彼は理詰めで動いているみたいだからほぼ中立といってもいいかもしれない。

 

「探偵の最原クンの言うことですから、ボクも信用してみていいんじゃないかと思います。状況は揃っていたと思いますし」

 

 キーボくんも溺死に肯定的だ。

 これで意見が綺麗に真っ二つに割れてしまったこととなる。

 

「いや、困ったっすね。ちょうど8人ずつで別れてるっす」

「議論を重ねるにしても、これはお互いの説得から入らないとなんともならないね」

「これから、どうしよっか」

 

 天海くんの言葉に最原くんと赤松さんが返事する。

 そうして、ここでようやくモノクマが喋り出した。

 

「ちょっと待ったー! 別れてる? つまり意見が真っ二つに割れているということですね?」

 

 長らくだんまりを決め込んでいたモノクマに全員が不審な目を向ける。

 

「お父ちゃん! ということはアレをやるんだね!」

「あー、アレやな。アレアレ」

「アレよね! 待ってたわ!」

「ヘルイェー! アレをするときがついにやってきやがったんだー!」

「……」

「…… ところで、アレってなんだっけ?」

 

 って、忘れてるのかよ!

 

「んあー、よくある現象じゃな…… こう、この辺まで出てきとるんじゃ」

「あー、ありますねそういうこと。って、夢野さん! 乗っかっちゃダメですよ!」

「そうそう、あいつらのお仲間にお似合いなのは夢野ちゃんじゃなくてキー坊だしね」

「ちょっと! ボクをあんなオモチャと一緒にしないでください!」

「多分…… 問題はそこじゃないと思うよ……」

 

 ぼくが思うに、ロボット差別を1番しているのはキーボくん自身なんじゃないかな。

 自分のことはよく棚に上げて、モノクマーズたちをバカにしているような気もするし…… 実際、モノクマーズたちがモノクマ側じゃなければかなり可愛い部類だと思うよ。

 人型ロボットよりもクマ型ロボットのほうが可愛いのは道理だよな。

 

「もー! オマエラ話が進まないでしょー!」

「わー! お父ちゃんごめんなさいー!」

「ごめんよお父ちゃーん!」

「お、お父やん! せ、せやから怒らんといて!」

「もう邪魔はしないわ!」

「……」

 

 次々と謝罪の合唱が響き、モノクマが 「許す!」 と大きな声で宣言する。

 モノクマーズはそれを聞くとホッとしたように口を閉じた。

 それからモノクマは全員に注目されながらコホンと1つ咳払いすると続きを話し始める。

 

「意見が真っ二つに割れたということなら、この学園長にお任せあれ! 我が才囚学園が誇る〝 変形裁判場 〟の出番ですね!」

 

 その言葉に入間さんが 「変形だぁ?」 と返す。

 そして 「なんかいじくりまわされてると思ったらそれかよ」 と呆れたように言った。

 彼女はどうやらこの機能に気づいていたらしい。

 裁判中も席が動いていたし、今回のダンガンロンパはだいぶ豪華仕様みたいだ。

 お金かかってそうだね。

 

「えっ? 裁判場が変形するの!? マジで!? 見たい見たい!」

「変形と合体と宇宙と覗きは男のロマンだからなぁ!」

「…… 地味にドリルは入ってないのかな?」

「あなたと合体したいってかァ! とうとう直球で来やがったな大口野郎!」

「百田くん……」

「これだから男死は」

「入間さんも大概だと、僕は進言しておくヨ」

 

 これには赤松さんもドン引きだ。

 ぼくもそういう下ネタは苦手なので思わず苦い顔になってしまった。

 そして視線を移動させた先で、百田くんの言葉に最原くんが顔を赤くして頭を振っていたのは見なかったことにしよう。

 線の細い彼も、男の子ということだな。今後話すのは少し控えよう。

 

 

「さーて盛り上がって参りました! レッツコンバイン!」

「ちょっ」

 

 白銀さんが止める間も無くモノクマが席のスイッチを押すと、巨大な歯車のようなものが彼の前に現れる。

 そこに掛け声とともにキーを挿入した

 

「グレンラガンなのにコンバトラーV!? 混ざりすぎだよ!」

 

 そんな彼女の悲鳴があがるなか裁判場の縁が仄青く光り、次々と席が浮かび上がる。そして落ちてしまいそうな高さまで上がり、この議論から逃れることはできないと思い知らされる。

 肯定派、否定派に席が別々に動き、ぼくたちは2つに別れることとなった。

 

「さあ、思いっきり意見をぶつけ合ってくださいね! 議題はズバリ〝 雨漏りで溺死するか、しないか 〟です! 交互に意見を交わして気持ちよく論破しちゃってくださいね!」

 

 

 

 

 

 

CAUTION!CAUTION!CAUTION!

 

 

― 議論スクラム 開始 ―

 

 

CAUTION!CAUTION!CAUTION!

 

 

 

 

 

 最初に口火を切ったのは否定派の夢野さんだった。

 

「いくらなんでも〝 雨漏り 〟で溺死なんて話が飛躍しすぎじゃぞ!」

「なら、〝 雨漏り 〟で溜まるはずの水はどこに行ったんすかね。バケツは倒れて、床もバケツの中身も乾いてたんすよ」

 

 そして天海くんが現場の証拠を例にそれを否定する。

 

「えっと、なら〝 犯人 〟が水を捨てたとか……」

〝 犯人 〟ですか? 星クンは自殺だったんじゃないんですか?」

 

 白銀さんの言葉をキーボくんが否定する。

 

「ベラドンナの毒は致死量じゃなかったんだろ? それで〝 昏倒 〟なんかするのか?」

「星くんの体勢を見る限り、麻痺していたとしか思えないよ。〝 昏倒 〟したままだったとしてもおかしくない」

 

 百田くんに赤松さんが斬り返す。

 

〝 溺死 〟した根拠なんて出てきてないでしょ」

「星くんの口元に水が流れた跡があったんだ。それこそが〝 溺死 〟した根拠だ」

 

 春川さんに最原くんが根拠を提示する。

 この劣勢の中でぼくは精一杯大きな声で反論しようとする。

 泣きそうな震えた情けない声になってしまうが、なにも言わないよりもずっとマシだった。

 

「水の中に沈められたわけでもないのに〝 死 〟ぬわけないじゃないか!」

「裁判前に言ったでしょ? 香月ちゃん、人間ってコップ一杯の水でも〝 死 〟んじゃうんだ」

 

 全てを否定され、溺死肯定派に押し切られる。

 ぼくたちは無理矢理にでも納得するしかなかった。

 

 

「これが僕たちの答えだ!」

 

 

 ぼくは呆然と席が元に戻って行くのを見守る。なにもできなかった。

 負けた。その事実が胸に重くのしかかる。

 発言した人数はそう多くなかったが、議論を続けるまでもなくぼくたちが負けたとモノクマが判断したのだろう。

 まだ、まだやれると叫びたかったけど、もう声は出てこなかった。

 グッと噛み締めると口の中が少しだけ切れて血の味が広がる。

 ぼくはやっぱりなんにもできやしない。

 

「…… 結局、最原君はこう言いたいのね。星君はラベンダーティーを飲み、ベラドンナを摂取し、そして自殺を図った。けれど、それで死にきる前に溺死したと」

 

 東条さんが冷静に言う。

 相変わらず凛とした立ち居振る舞いだった。

 やめて。やめてよ、と口を開いても声は出てこない。

 きみがその結論に気づいてしまうなんてことほど、残酷なことはないんだから。

 

「…… モノクマ、自殺の場合クロは誰ってことになるんだ?」

 

 最原くんが帽子を深く被ってモノクマに質問する。

 するとモノクマはお決まりのように明るく言った。

 

「そりゃあ自分で自分を殺したんだから、クロは被害者自身だよね!」

「…… ねえ、その場合投票するのは被害者自身なの?」

 

 モノクマの答えにハッとした赤松さんが震える声で質問を重ねる。

 

Exactly(その通りでございます)! 被害者を死に至らしめた〝 原因 〟を作った人間がクロになるのです!」

「更に質問っすけど、共犯の場合はどうなるんすか?」

「実行犯だけクロということになるよ。共犯者として一緒に卒業することはできないから注意してね!」

 

 モノクマが残酷な真実を突きつける。

 認めたくなかった真実はもうすぐそこに迫りつつあった。

 

 ああ、嫌だ。嫌だ、聞きたくない。

 

「…………」

 

 長い長い沈黙を経て、〝 彼女 〟が美しい所作で目を伏せる。

 そして、誰よりも早く口に出した。

 

 

 

「私が、クロなのね」

 

 

 

 ―― 星竜馬くん。

 生きる目的がないために自分を殺す提案をした彼は、その理由の多くを語ることもないまま死んでしまった。

 いや、殺されてしまったんだ。臆病な、誰かのせいで。

 ぼくはその人を決して許すことができない。今も、そしてきっとこれからも。

 

 

 

 その臆病者は、ぼくだ。ぼくなんだ。

 彼女じゃない。ぼくは、ぼく自身を許すことができない。

 

 だってこれから、ぼくのせいで死ぬ人がいる。

 こんなことってある? だからこそ、ぼくは認めたくなんてなかった。別の可能性を何度も考えた。でも結論はやっぱりそういうことで……

 

 ぼくは〝 依頼 〟という形で朝の散水を彼女に代行してもらっていた。

 彼女はそれを快く引き受けてくれた。

 毎日美味しい食事ができたのも彼女のおかげだ。彼女のプライドにかけて食事の安心感が得られた。

 毎日のお礼をした日も、夜に訪ねたのにも関わらず快く迎えてくれて、彼女の少しだけお茶目な一面を知った。

 

 それが今日、壊される。

 

 あと一歩間違えばぼくがクロだった。

 そんなことはもうどうでもいい。いっそぼくがあの立場だったなら幾分か心が楽になったかもしれないのに。

 

 彼女は殺されるんだ。

 間接的であってもなんの間違いもなく、他の誰でもない。

 

 東条斬美さんは、ぼくが殺すんだ。

 ぼくに殺されるんだ。

 

 星くんも、東条さんも、ぼくか殺した。

 

 それがこの裁判で明るみに出た、〝 真実 〟そのものだった。

 

 

 

 

 




 アセビの花言葉は、「献身」「犠牲」「あなたと2人で旅をする」

 『アセビに注ぐにわか雨』
 「献身」を体現した人ににわか雨のように降って湧いた不幸。
 「犠牲」になった人に降り注いだ〝 散水 〟という名のにわか雨。

 そんな意味でつけた1章タイトルでした。

 しんどい。

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