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それからはもう、なにも覚えていない。
カッとなって最原くんに 「ぼくのせいだ、彼女は違う」 と泣きながら訴えていたような気もするけど、あまり記憶にない。
気づけばぼくはこの狭い法廷で泣きじゃくっていて、目の前にある板を見つめていた。
周りのみんなはそれを見ながら、何事かを叫んでいる。
モノクマはそれを面白そうに見ていた。
目の前の板には、クロに投票するための画面が映っている。
東条斬美の画面と、自分の画面を往復しながらぼくはチラリと彼女を見た。
東条さんはすごく苦しげな表情をしていたけれど、ぼくが見つめていると分かるとすぐに涼しげな表情にそれを変えてしまう。
彼女が一番不安なはずなのに。
ぼくのせいなのに。
画面のカウントダウンが30秒を切ってもなお動かずにいたら、ぼくは誰かに正面から肩を掴まれていた。
「生きてください」
「え……」
正面には、天海くんか真剣な表情でぼくを見据えていた。
「キミは東条さんに責任を押し付けるつもりっすか?」
「……」
それはどういうことだ、と質問を返す前にぼくの体は思い切り揺さぶられる。
「本来クロになるはずだったのは自分だから死んだほうがマシって言いたいんすよね。でも、その罪悪感で投票放棄して死んだら、香月さんの死は東条さんのせいになるっすよ。それでいいんすか? キミは彼女に責任を押しつけるんすか?」
「……」
目の前が押し流された水でいっぱいになる。
画面は残り10秒を切っている。
ぼくは、震える指で自分自身に投票した。
「……」
その画面をチラと見て天海くんはため息を吐いたけど、 「その気持ちは変わらないんすね」 と納得したように呟く。
「…… うん」
最後の投票が終わると、モノクマが 「惜しい! あと少しだったね!」 と煽りを入れる。それから、定型文のようにあとの台詞を続けた。
「さて、投票が終わったようですね。それでは、さっそく結果発表にいきましょう」
モノクマがボタン1つで操作すると裁判場の頭上から大きなモニターが降りてくる。「結果発表」と画面に出たあと、みんなのドット絵と一緒に投票数が表示された。
赤松
天海
入間
王馬
香月 |
キーボ
獄原
最原
白銀
真宮寺
茶柱
東条 | | | | | | | | | | | | | | |
春川
星
百田
夢野
夜長
「投票の結果、クロとなるのは誰か!? その答えは正解なのか不正解なのかー!?」
結果発表画面が切り替わり、電子ルーレットが表示される。
これもお馴染みなようで、みんなのドットが描かれていた。
それが東条さんのところで止まり、ルーレット中央に彼女のドットが浮かび上がる。
「アーハッハッハッハ!」
モノクマの高笑いと共に、ルーレットからたくさんのメダルが排出される映像が流れ、途中でぷっつりと途切れた。
結果発表が終わったからか、またモノクマがボタン1つで操作してモニターは元の場所に戻っていく。
次にモノクマが話しだすまで全員沈痛な表情で黙り込んでいた。
「1人諦めの悪い裏切り者がいたみたいだけど、もちろん大正解でーす!星竜馬クンを殺したクロは、〝 超高校級のメイド 〟東条斬美さんなのでしたー! うぷぷ、よかったね。不正解者をおしおきしないシステムでさ」
ぐっと歯噛みする。
確かに、不正解者が死ぬ仕様ならぼくは自分自身に投票しなかっただろう。あれはただの自己満足だ。
「裏切りって……」
「ん? 深い意味はないよ。でも事実だよね。香月さんは隠し事も多いし」
「……」
白銀さんの疑問の声に応えたモノクマがこちらを見る。
全て把握されている。やっぱりどこかに監視カメラでもあるんだろう。だからぼくが隠したことも、とある推測をしていることにも気づいているんだ。
ぼくはやつからそっと視線を外して俯く。
どこも見たくなかった。
モノクマも、みんなのことも、そして東条さんのことも。
「ごめん、なさい……」
「…… あの、えっと、すみません…… こんなとき、どう言えば分かりませんが……」
「香月ちゃんは悪くないって? 香月ちゃんのせいなのは本当のことでしょ」
茶柱さんの言葉を王馬くんが遮り、ぼくに真実を告げる。
嘘つきな彼がそんなことを言うってことがなんだか新鮮で、でもどうしようもなく残酷で、息を詰める。
「東条ちゃんもなんとか言いなよー。文句のひとつでもさすがにあるでしょ?」
「…… いいえ、ないわ」
「は?」
王馬くんが真顔で固まる。
東条さんは目を瞑り、僅かな微笑を乗せて言い切っていた。
けど、さすがにぼくにも分かる。これは嘘だ。
今から自分が他人のせいで死ぬっていうのに、こんなにも穏やかでいられるはずがない。怒りのひとつでも湧かないはずがない。
嘘だ。いや、嘘であってくれ。
彼女の本心を本当にあの表情が表しているだなんて思いたくない。
これは彼女の仮面。メイドとしての矜持に違いないんだ。
「私はただ、依頼を遂行しただけだもの。依頼を果たせないことのほうが、私にとってはなによりもあってはならないことよ」
「東条さん…… ?」
赤松さんが信じられないといった風に表情を歪める。
それぞれが、それぞれの才能を持って曲げられない部分があるというのは理解できる。でも、ぼくには分からない。そこまでして彼女がメイドであろうとすることに。
「なんで…… ? 死ぬんだよ? ぼくのせいで死ぬんだよ? 恨んでよ、憎んでよ、怒ってよ! 恨み言のひとつぐらい言ってくれないと、ぼくは……」
「……」
「ああ、そっか、そういうこと」
王馬くんが勝手に納得して頷く。
なにに納得したのかは分からないけど、ぼくはそれどころじゃなかった。
女子のみんなはなんと声をかけていいのか分からずに押し黙っているし、男子のみんなもやはりなにを言っても慰めにも救いにもならないと分かっているだろう。
彼らにはこの状況はどうしようもないんだ。
だって……
「香月さんの救いになれるのは、東条さんの言葉だけだからネ」
真宮寺くんの言った言葉にハッとする。
「香月ちゃんは自分が救われたいだけでしょ? 東条ちゃんに責められれば、キミはやっぱり自分が悪かったんだって納得しちゃうよね?その気持ちに整理がついちゃうわけだ。だってキミは自分を誰かに責めてほしいんだからさ」
「この場合、許されるほうが何倍も残酷だね」
王馬くんの言葉に春川さんが繋げる。
まさかと思って東条さんを見ても、穏やかな表情はなにひとつ変わらない。
これが彼女なりの意趣返しなのか、それとも偶然なのかは分からない。
ただ、ぼくは〝 許されたくなかった 〟
なのに許されてやりきれない、やり場のない気持ちが吐き出されずに苦しんでいる。
「おいテメーら、あんまり責めるな。んなことしても起こっちまったモンは取り返せねーんだよ。テメーもだ香月」
「うちらも、一歩間違えばこうなってたのか…… ?」
「竜馬が楽しいところにいけるようにお祈りしよー。ナムアミダブツ」
「ケッ、M月のほうがよっぽどやべーじゃねーかよ」
「悲しい…… 事故だったね……」
違う。これは意図されて起きた殺人だ。
スイッチとなった人は東条さんだけど、これは仕組まれていたことなんだ。
そう叫びたくとも、証拠がないのだからただの言い訳となってしまう。言えるはずがなかった。
最原くんのクライマックス推理では、星くんがベラドンナを持ち出しておき、早朝ぼくの研究教室で比較的穏やかに死ねるようラベンダーティーを飲んでから自殺を図った。そして、昏倒したときバケツを倒し、口や鼻の位置が雨漏りと最悪なマッチングをしてしまった事故だ…… という話だった。
けれど、ぼくが思い描いている事件の真相はこうだ。
誰か…… この場合このコロシアイの首謀者は星くんを呼び出し、ラベンダーティーを飲ませ、なんらかの手段で持ち出したベラドンナを食べさせた。
言いくるめたのか、ビニールテープで名前を覆い隠して本当にハスカップと誤認させたのか。それとも、自分自身の死を願うその人の思惑に気づいた星くんが自ら摂取したのか。
様々なパターンが考えられるけど、どれかのはずだ。
そうして身体麻痺を起こして昏倒した星くんを仰向けにし、口を開かせる。喉を突き出すように…… 例えると、人工呼吸をするときのような気道を確保する態勢に固定した。
そして、雨漏りする位置に星くんを動かしてその場を去る。
そうすれば朝の散水で確実に彼は溺死することとなるんだ。
だから犯行時刻は深夜ではなく、早朝の可能性もある。
昏倒と麻痺が継続している時間に事件が起こらなければこの計画は完遂されないからだ。
これがぼくが危惧していた事件の真相。
でも、第三者…… 首謀者と思われる人物が残した唯一の証拠は自分自身で処分してしまったから、その真相は闇の中。
実際、首謀者の関与が判明してもクロが東条さんというのは変わらない。
事件がなかなか起きないことで焦った首謀者によるマッチポンプ。
そんな気がしているが、これを知っているのは今のところぼくだけだ。
そう、これを知っているのはぼくだけ。
なら、次からはぼくがなんとか首謀者を見つけ出さないと。
裏で動いて、首謀者を見つけて…… そうすれば許される? なんて、また自分勝手なことを。
やっぱりぼくは臆病者の卑怯者だ。
「責任を取って死にたがるなんて、ボクには理解できませんね。合理的じゃありません」
「うわー、さすがロボ。心無い発言だよー」
「失礼な! ボクにだって心ある発言くらいできますよ! キミたちが感動するような言葉も計算すれば可能です! 原稿用紙に書いて提出すればいいんですか!」
「そういうとこがKYなんじゃ。やはりロボはロボじゃな」
「KY…… って、なに?」
「空気読めない…… って言っても分からないよね。うん、ゴン太君は純粋なんだね…… 地味に眩しいよ」
「ロボット差別はやめてください! 空気くらい読めます! 窒素78.08%、酸素20.95%、アルゴン……」
「うわー、すっごくベタなロボ発言だー」
めちゃくちゃ引いた顔で王馬くんが言った。あれ、デジャブ…… ?
みんなのやりとりは本当に空気読めてないけど、少し和んだ。ありがとう。
そして、少し目を離していた隙に東条さんがみんなから離れた位置にいることに気づく。
「あ、東条…… さん」
「香月さん、クッキー美味しかったわ。みんなで作ったお菓子って、あんなに甘いのね」
「東条さん……」
「謝らないで。私の運が悪かっただけだわ。だからあなたは謝らないで」
「怖くないの…… ?」
「怖くない、わけではないわ。でもなぜかしら、不思議と落ち着いていられるの」
東条さんはずっと目を瞑ったまま、穏やかな表情で話し続ける。
「…… 依頼を最後まで完遂することができなくて、ごめんなさい。メイド失格ね」
「そんなことない! そんなことないよ…… 東条さんはメイドらしすぎるくらいで、すごく感謝してて、でも、ぼくなにも返せてない。なにも返せてないよ!」
「あなたからは、充分もらったわ」
「やだよ。嫌だよ。依頼を果たせてないって言うなら、逃げて! 生きて! お願いだから!」
「……」
ぼくの懇願も、彼女は終始穏やかなまま首を振った。
穏やかな表情はポーカーフェイス。そうとしか思えなくて、最後までぼくは彼女を気遣わせてしまうのかと無力さに狂わされて、手を伸ばしても彼女には届く気すらしなくて…… タイムリミットを迎えた。
「はーい、そこまで!」
「モノクマ……」
最原くんがモノクマを帽子を深くかぶって睨む。
彼にはモノクマの言う意味がいち早く理解できたみたいだった。
「おい、そこまでって、どういうことだよ」
「文字通りですよ! ここからはおしおきの時間。とっておきのサイコーにクールな処刑を執り行うのです!」
モノクマが 「なに言ってんの?」 と言いたげな顔で告げると、外野で騒いでいたモノクマーズも出番が来たと思ったのか
「よっ、待ってたでぇ!」
「ヘルイェー! グチャグチャドロドロなおしおきタイムだー!」
「お楽しみタイムだねー!」
「ぐ、グチャグチャドロドロ…… うっぷ、デロデロデロデロ」
「わー! モノファニーが吐いたー!」
「……」
緑のモノダムは相変わらず喋らないけど。
「しょ、処刑ですか!?」
「本当にやるの…… ?」
茶柱さんと赤松さんは顔を青くして訴える。
けれど、モノクマはなんでもないかのように 「当たり前じゃーん!」 と笑った。
「ぼくは嘘つきじゃないクマだからね! 学級裁判のルールは遵守。これ絶対だよ!」
だけど、そんなモノクマたちの前に百田くんが歩み出ていく。
「ん、どうしたの?」
「んなの、やらせるわけねーだろうが! 力ずくでも止めてやる!」
「ゴン太も守るよ! 東条さんは殺させない!」
「…… 機械相手にどこまで通じるかは分かりませんが、やってみるだけの価値はありますね!」
それに続いてゴン太くんも、茶柱さんもモノクマーズたちがいつの間にか呼んでいたエグイサルに立ち向かっていった。
けどエグイサルは殺人兵器だし、モノクマに危害を加えたら校則違反で殺されてしまう。
ぼくも彼女を処刑させたくない。けど、無茶無謀をしようと思えるほどの勇気だって持ち合わせていなかった。
「…… ねえ、みんな」
そんな、一触即発の空気の中東条さんが靴音高くエグイサルに近づいていく。
「私に、依頼してちょうだい。お願いじゃなくて、依頼を。〝 生きて 、もう一度貴方たちに奉仕しろ〟って」
「それって…… ?」
その言葉は、彼女自身の 「生きていたい」 という本音だったのかもしれない。
他人に生き方を依存している彼女は、依頼を受けることで何倍もの力を出せる。頑張れる。そんな人なのかもしれない。
だからぼくは言った。
「生きて、生きて、それでもう一度東条さんのご飯を食べさせて!」
それからはほとんどみんなが次々に彼女へと声をかけた。
声援と、一縷の望みを賭けて。
「そんなロボぶっ壊しちゃえ! ママならできるよ!」
「…… ママとは言わないでちょうだい、王馬君」
そんな些細なやりとりすら希望になった。
「みんなの依頼、引き受けるわ。難しいけれど、精一杯やることを約束する。必ず貴方たちの元に戻ることを約束するわね」
遂行できる依頼しか受けないという彼女は、そんな無茶苦茶な依頼を引き受けた。
限りなく不可能に近いのに、本人も可能性はすごく低いと理解しているはずなのに。
だからこそ、そこには彼女の覚悟が見て取れた。
彼女がスカートを摘み、礼をする。
モノクマーズたちがその動きに戸惑っていると、彼女はヘッドドレスについたヘアピンを全て抜き取り―― すぐさま投擲した。
モノクマーズたちが乗り込む前だったので、エグイサルは無防備だった。
小さなヘアピンは胸部の動力部らしきところに吸い込まれていき、不吉な音を立てる。
モノキッドが素早くエグイサルに乗って彼女を捕まえようとしたけれど、今度は手袋についていたシルバーリングを引きちぎり、捕まる前にエグイサルの関節部に投擲。致命的な箇所へ挟まったリングで関節が動かなくなった。
最初に攻撃したエグイサルイエローは煙を上げてショートしてしまったことが分かる。
武器も持っていないのに、彼女はエグイサルを一体無力化し、さらにもう一体もほとんど動かせない状態に陥らせてしまった。
国の滅亡すら依頼される〝 超高校級のメイド 〟の、その片鱗を見せつけられてモノタロウたちが焦る。
けどモノクマは特になにも言わない。子供たちの失敗も静観している。なにかがおかしい。そう思ったとき、モノクマの赤い左目がキラリと光る。
その目はまっすぐにぼくを向いていて、ぼくは猛烈に嫌な予感に襲われた。
「クロが覚悟ガンギマリしてたらおしおきで絶望してくれないよね! ということで裏切り者にもお手伝いしてもらいましょう!」
「え…… ?」
気づけばぼくは孤立していた。
当たり前だ。みんなからは結構遠巻きに見られていたから。
だから、誰もぼくに手を出せない。
つまり、誰もぼくを助ける人間がいなかった。
「ここやー!」
なにか硬いものが押し付けられたと思ったら、腰に走った激しい痛みと、明滅する視界に立っていられずに崩れ落ちる。
バチッという激しい音に、あの痛みは電流によるものかと落ちそうになる混濁した意識で分析した。
恐らくスタンガン。まずいと思っても痺れてしまって動けない。さらには意識もどこかへ行ってしまいそうで……
覚えのあるこの状況に恐怖心が芽生えた。
「香月さん!? モノクマ、処刑対象は私だけのはずでしょう!」
「〝 おしおき 〟はそうだね。でも、おしおきってクロを絶望させるためのものだからさ、あんまり張り切ってもらっちゃうと困るんだよね」
エグイサル2体を倒した彼女はすぐさまこちらへ向かってくる。
もちろん茶柱さんやゴン太くんも向かってくる。
全員がエグイサルや東条さんから目を離していた。
「それでは前座も済んだし、張り切っていきましょう! おしおきターイム!」
モノクマが嬉しそうに木槌でボタンを叩くと、天井の彼方から首輪が降ってきた。
それは正確に東条さんを捉え、そして、あっと思ったときには彼女は連れさらわれていた。完全に不意打ちだったんだろう。彼女はぼくに気を取られ、隙をさらけ出していた。
モノクマは人の隙を突く行為が機械的に上手かった。きっと、そう。
そして同時にぼくも、モノタロウの乗った無事なエグイサルレッドに担がれ、天井をぶち破るように運ばれる。
天井は長い長いエレベーターでも分かっていたことだけれど、とてつもなく高い。
しかし、その頂上のハッチが開き外に出る。
そして、校舎の2階…… まだ見知らぬエリアにぼくたちは放り込まれた。
ぼくはシャンデリアの下がった豪奢な部屋に座らせられていた。
それも部屋の中央に置かれたテーブルクロスの敷かれた綺麗なテーブル。
壁にも燭台があるけれど、目の前のテーブルにも蝋燭が灯りとして置かれていて、これまた豪華な料理がズラッと並べられている。ぼくはテーブルの左端に座らせられ、腕や足が椅子に固定され、拘束された。そして隣…… 真ん中にはモノクマ。その隣には蝋人形らしきものが座らせられている。
そしてぼくの左側…… テーブル端のすぐ近くに柱が下からせり上がってきて、首輪で連れ去られた東条さんが憔悴しきった様子で体を拘束された。
これからなにが起こるのか、と血の気が引いていくのを感じながら辺りを見回す。
するとモノクマが突然目の前にある料理に文句をつけ始めた。そしてその文句はエスカレートしていき、磔にされて動けない東条さんに向かって料理ごと皿を叩きつける。
額や頬に陶器の当たる鈍い音がして、彼女の白い肌が破片で切り裂かれる。
そんな姿を見たくなくてぼくが目を背けると、テーブルクロスに隠れていたモノスケがちょうど出てくる場面を目撃する。
そして、あからさまに 「毒です」 と主張するドクロマークの瓶を無事な料理に振りかけ始める。
モノクマの目の前で行われているけど気づく様子もなく、モノスケはそのまま部屋から出て行く。
とんだ大根役者だけど、目の前で毒を盛られたのを見たぼくたちには驚異でしかなかった。
そんなやりとりをしているうちに今度は執事服を無理矢理着たモノキッドが現れ、毒入りの料理を掬ってぼくの口に押しつけてきた。
ぼくがそれを首を振って拒否すると、今度は東条さんに押しつける。
ぼくがそれを心配して目を向けると、再び体に電流が走る。
しまったと思ったときには遅かった。
思わず開けた口に迷いなく放り込まれたスープをいくらか飲み込んでしまい、むせる。
そしてそんなぼくを見て口を開けた彼女にも毒が放り込まれた。
「げほっ、げほっ、う」
顔色が悪くなっていくのが分かる。
頭の中が混濁する。さらに体は麻痺しているし、服は溢れたスープでグチャグチャだ。
味見役だったんだろう。東条さんに注ぎ込まれた料理をモノクマが満足そうに食べて、テーブルに倒れる。蝋人形らしきものもぽっきりと折れてテーブルの上に転がると、燭台の火が燃え移った。
味見のさせかたが大分無理矢理だったけど、これはメイドとしての彼女を貶めるための演出か、最悪だ。
巨大なロウに火がつき、それはテーブルクロスを伝って床に伝播する。
モノキッドが慌てて消そうとするけど、火はますます大きくなる。
とうとうモノキッドは諦めて部屋から出て行った。
おまけに鍵を閉める音までした。
…… 気がついたら拘束が解かれていて、ぼくはそのまま床に倒れこむ。情けないことに、未だに痺れが継続していた。
ああ、このまま死ぬのかな…… 当然のバチだな…… そんなことを思っていたら、うつ伏せに倒れるぼくを持ち上げる手があった。
「大丈夫よ」
大丈夫なんかないじゃないか。
自分自身が1番苦しいはずなのに。どうしてそこまできみは強くなれるの?
ぼくなんて見捨てればいいのに。
どうしてきみはそんなに気丈に振る舞えるんだよ。
腰と足に腕を回され、いわゆるお姫様抱っこの状態で彼女は走る。
そんなことをしたら毒が早く回ってしまう。でも、タイムリミットを設けられても東条さんは決して諦めなかった。
部屋の奥に続く場所を走り、走り…… ぼくの研究教室にあった散水装置とそっくりなものと、電子盤を発見する。
その横には扉があり、出口はすぐそこといった状況だ。
東条さんは散水装置は罠と判断し、放置。電子盤のほうを注視した。電子盤には様々な数字が表示されている。
彼女はふう、と息をついてから真剣な表情でその電子盤を操作し始めた。
一旦壁に背を預ける形でぼくを下ろすと、彼女はハッキングに近い形でそれを解析し、キーを解除する。
そして実行ボタンを押し、鍵の開く音がした。
「すごい……」
けれど、ここで終わったらそれはおしおきではなかったろう。
ほっとしたところで、ぼくのすぐそばにポタリとなにかが落ちてきて床を焼いた。
瞑目する。
それにいち早く気づいたのは東条さんだった。
僅かな時間を置いて、それが起きる。
開錠とともに散水装置が連動するようになっていたのかもしれない。
東条さんは鍵が開いているのにも関わらずドアが開かないことを確認し、直後ぼくの上に覆いかぶさった。
そして、文字通りの酸性雨が降り注ぐ。
床や天井を舐める火はそれを受けて勢いを弱めるけど、抱きしめられたぼくの足を焼く酸の音や、それ以上に東条さんを焼き尽くす音がすぐ間近に響いてどうでもよくなった。
「どいて! どいてよ東条さん! 東条さん!」
悲鳴染みた叫び声が聞き入れられることは、とうとうなかった。
モノクマたちによる消防隊のサイレンが響き、室内が消火活動によって鎮火する。
けれど、消火活動の水も加えてびしょ濡れになった東条さんは、もう2度と起き上がることはなかった。
「なんで、なんでなんでなんでなんでなんで……」
動かない彼女の体を、やっと動くようになった体で抱きしめ返す。
あの毒は、どうやら死ぬほどのものが盛られたわけではなかったみたいだ。
「こんなことなら、いっそ死ねればよかったんだ」
彼女が生きていたほうが、きっとみんなの支えになったのに。
助けられたぼくは自殺することもできない。
救われた命を捨てるほど、薄情じゃない。
でも、どうしても、きみのほうが生きているのに相応しかったよと、そう思ってしまった。
◼︎◼︎◻︎◼︎◼︎
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◻︎
これにて第1章 「アセビに注ぐにわか雨」 は終了となります!
動機ビデオを見ていない東条さんはきっとこんな感じなのでしょう、という願望にすぎませんが…… 「どのようなことになろうとも、人に尽くすのがメイドというもの」というようなことを自己紹介で言っているので、あんな壮大な依頼の途中でなければ穏やかに振る舞うんじゃないかなあ…… と思って書きました。
クールで瀟洒な彼女が好きです。某メイドさんも若干意識して書きましたが、ナイフは持っていなさそうなので公式絵からそれっぽいものを代用。戦闘力も高そうですし。
あと、おしおきの場所は「超高校級のメイドの研究教室」です。
天海くんの研究教室のように、今後は締め切られて入れなくなりますので。
さて、クロ当て企画に参加してくださった〝 ★黒星★ 〟様、〝 181Aの電流 〟様、ありがとうございました!
お2人ともクロのみ正解です。事故という結論は突拍子もなかったかもされませんね。
王馬くんの 「コップ一杯で人は死ぬ」 発言を拾ってくださって嬉しかったです。
よろしければまた2章もお付き合いくださいませ!
また、首謀者特定の推理のためになる 「要素」 は全て散りばめられております。
※ 公式設定資料に則った主人公のプロファイリングを「活動報告」にて投稿いたしました。興味のある方はそちらもご覧くださいませ。