月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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― 心の隙間にまつり縫い ―
目覚まし時計はもういらない


 

 

 ―― 待ち惚けになったぼくは駅前でぼうっとしていた。

 そこにお洒落で高級そうな服を着た友人が、やっとのことで到着する。

 予定時刻から1時間…… これでもいつもよりはマシだ。

 

「もう、また遅刻?」

「いやー、ごめんね泪。寝坊しちゃって」

「いつも寝坊してくるんだから…… ぼくも最近だと約束したい時間の30分以上前に設定して言ってるんだけど」

 

 だから実際には30分くらいしか待っていない。

 昔はもっと待たされた。

 

「え、そうだったの? ごめんなさいね」

幸那(ゆきな)も執事の人とかに起こされてるんじゃないの? なんでそれでぼくよりも遅いんだよ」

「だって、アタシで下がらせてしまうんだもの。自力で起きるから下がってなさいって。どうも寝起きが悪いみたい」

「ちょっと羨ましいよ……」

「泪は早起きしないと危ないものね」

「ま、まあ…… うん」

 

 歯切れ悪く返事をしても、彼女は気を悪くすることなくぼくの頭を撫でる。

 あの人たちが起きる前に支度して、慌てて家を出ないといけないから。いつもぼくは待ち合わせ前も暇を持て余している。

 

「いっそ迎えに来てくれてもいいのよ?」

「無理だよ…… ぼくなんかがきみのお屋敷に入れると思う? きみがどう思われるか」

「むう、アタシは気にしないのに」

「ぼくが気にするんだよ」

 

 幸那はわりとお嬢様だ。

 だから、本当はぼくと友達でいることだってよくない。

 だけど、ぼくが拒絶したところで彼女は友達になるのに家のことは関係ないと言う。本当に、これでいいのかって何度も悩んだけど、でもやっぱりぼくは彼女に甘えてしまうんだ。

 ぼくは、あの日常から助け出してくれた幸那にめっぽう弱いのだ。

 

「それじゃ、行きましょうか」

「あ!? それで誤魔化されないよ!」

「あら、ダメだったわね。それじゃあなにがいい?」

「…… 出先のアイス」

「じゃあ、お詫びはそれにしましょう」

 

 意識が浮上する。

 まるで上から懐中電灯でも当てられているかのような、眩しい光。

 ぼくは堪え難いそれに身じろぎをひとつして、ぐっと体を抱きしめる。

 それから、ゆっくりと瞼を開いた。

 

 

「…… 寝坊しやすかったのは、ぼくじゃ、ない?」

 

 からからに乾いた喉で声を出す。

 億劫に思いながらも起き上がり、洗面台の鏡の前に立つ。

 

「ひどい、顔だな」

 

 自嘲するように笑う。

 目元にはくっきりとしたクマと、泣いたあとがはっきりと分かるような腫れが主張し、心なしか目が赤い。

 そういえば目覚まし時計は、と確認してみて二度見した。

 現在午前6時。ぼくが設定した時間の2時間も前である。

 変な夢見のせいもあるのだろうかと首を捻りつつ、別の制服に着替えて前のをゴミ袋に突っ込んだ。

 おしおきで汚れたまま、白銀さんに抱えられて部屋に放り込まれたので、そのまま寝てしまったんだ。

 

 起きてみて、握りしめて離さなかったヘッドドレスの存在に初めて気がついた。抜け出した後のベッドに乗ったそれに溜め息をついて、再び手に持つ。

 また胸に込み上がるものがあったが、それを無理矢理押しとどめて乱暴に拭った。

 部屋にあるラックに丁寧にそれを飾って、目を逸らした。

 

 それから、外に出る。

 まだ食堂は開いていない。なら、こんな時間に起きたことだし、研究教室に行こう。

 そう思ってのことだった。

 

 早朝は少し寒い。

 植物園の中を歩いて、大きく一周する。一度棺のところで立ち止まり、ぼくはその中に入ってみた。

 

「あ、結構落ち着くかも……」

 

 なぜだかは分からないけれど、そんな感じがする。

 最初にぼくがいたのがこの場所だった。暗い棺の中、考える。

 星くんはちゃんと埋葬されただろうか。ダンガンロンパの無印では死体を保管する場所があったけど、他のシリーズではあんまり注目されていない。

 死んだ2人はどこに行ってしまったんだろう。

 この棺の中のように居心地のいいところならいいのだけど。

 

 …… って、これじゃあまるでぼくが死んだことあるみたいじゃないか。

 

 なんてこと考えてるんだ。

 起き上がってすぐに棺から出る。

 研究教室に行かなくちゃ。

 

「誰にも会いたくない……」

 

 多分一部の人はぼくを許すだろうし、一部の人は許さない。

 でも、きっと仕方なかったのだとみんな思うだろう。

 だって、いろいろと裁判で妨害したとはいえ、ぼくはただ東条さんに散水の代行を頼んでいただけなのだから。

 裁判を妨害していたのだって、それをいち早く気づいて認めたくなかったからだ。

 普通は同情的に映るものだ。

 

 その実態は、ただの嘘吐きな卑怯者なのだけど。

 

 首謀者への片道切符はこのぼくしか持っていない。

 まあ、あの事件に関わった戦犯とも言える第三者が本当に首謀者かどうかは確定してないのだが。

 

 不確定要素は多い。探すことも、考えることも多い。

 ビンに貼られていたビニールテープは見つけにくい場所にあった。

 実際、ぼくは最原くんに教えられるまで見つけることができなかったし…… 首謀者なら倉庫の中身くらい把握してるだろうからビニールテープくらい簡単に用意できる。

 

 だからと言ってはなんだけど、最原くんにも少し相談しづらくなったかな。

 探偵枠だから大丈夫だとは思いたいけど、今までのシリーズに探偵がクロになったり首謀者になったりする展開がなかったから、今回で初投入という可能性もある。

 最原くんと赤松さんからは距離を開けたい。

 

 後は信用したい…… と思ってる天海くんと白銀さんは、保留。

 王馬くんは少なくともゲームを楽しんでいるようで楽しんでいない微妙な状態だから分からないし、あの人に本心を打ち明けるのは危険だ。普通に拡散してきそうな気もするし、しない気もする。どっちに転ぶか分からない。

 

 茶柱さんやゴン太くんは、言えば秘密を守りそうだけど…… 茶柱さんは不安にさせちゃいそうだし、ゴン太くんはわりとあっさり懐柔されて話しそう。

 アンジーさんは…… 思いっきりぼくが宗教勧誘に引っかかりそうだからやめておきたい。今理想の神様像でも出されたら落ちる自信がある。

 

 夢野さんと入間さんはぼくを疑いまくっているので論外。

 真宮寺くんはなんか、2人きりになるのは危険な気がする。

 百田くんは励ましてくれそうだけど、大声でぼくの辿り着いた推論を話し出しそうだ…… 口は堅いんだろうけど、ある意味信用がない。

 春川さんは相談するのには向いてなさそう。というかみんなに言いなよ、で切って捨てられそうだ。

 

 キーボくんは…… ロボットに相談しても、なあ。

 

 うん、相談はできないな。

 そもそも弱みを人に晒すことのほうが危険だ。

 多少単独行動することで安全を確保できるなら、それに越したことはない。

 

 研究教室に着き、散水装置を動かそうとして気がつく。

 いつの間にかタイマーセットができるようになっていた。

 

「いまさら……」

 

 いや、モノクマのことだからきっとあの雨漏り自体が凶器だったんだろう。今回、あんな分かりにくいものが利用されたということは、やはり第三者が首謀者であるという分かりやすい証拠にしかなり得ない。

 みんなでした会議では、ぼくの研究教室と赤松さんの研究教室の凶器は不明ということになっていたんだから。

 

 とにかく、散水をすぐさま開始して研究教室に入る。

 中は何事もなかったかのように元に戻っていた。元々争った形跡もなかったが、出しっ放しだった皿やカップ、転がっていたバケツ…… もちろん死体なんか残ってない。

 

 棚のアロマオイルもいつもの通り。

 そして、隠していたトリカブトは……

 

「あれ?」

 

 なんとなく、足りない気がする…… ?

 でも、誰にも言っていないから相談するわけにはいかないしな…… トリカブトが誰かの手に渡っている可能性も考慮しつつ、なんとかやっていくしかないか。

 あとは散水が終わってから燃やしてしまおう。

 椅子に座って、黙ってアロマを炊く。

 オレンジ・スイートとグレープフルーツの柑橘類を中心に混ぜたアロマオイルを部屋中に充満させる。柑橘系のアロマは基本的に鎮静作用が強く、心を落ち着かせる効果がある…… はずだ。

 

 そうして無心で持ち込んでいた羊毛フェルト生地を針で刺していった。

 

 時間が来て、忘れないうちに植物園の水場でトリカブトを燃やす。

 そうしたらすかさず研究教室に戻り、また羊毛フェルトをちくちくと作業する。

 時間も忘れ、なにげに初めて見るはずの朝の放送をスルーし、扉がノックされても延々と大好きなアロマで満たされた空間で作業に勤しむ。

 アロマ漬けのまま集中していないと、やる気や生きる気力までも欠落していきそうだったからだ。

 入間さんじゃないけど、いっそぶっ飛んじゃうようなアロマでも作ってやろうかな。ぼくなら、きっとできるし…… いや、なに考えてるんだ。馬鹿か。そんな絶望堕ちみたいなことになったら首謀者が喜ぶに決まってる!

 

「って、首謀者関係ないならやってるみたいなこと思ってるよぼく……」

 

 それに、作られているとはいえ自分の才能を悪用するのは憚られる。

 元々好きな分野だったということもあって、好きなものは悪用したくないと思うのは普通だろう。

 赤松さんもピアノ演奏を悪用するようなことは絶対になさそうだし、入間さんは…… 精神的に弱ってなければ、好きなように好きに発明するだけだろうな。殺人兵器も作れそうだけど、その分それに対抗できる装置も作れそう。作ってくれればの話だけど。

 

「…… 生きなくちゃ」

 

 星くんが言ったように、生きる理由が生きる権利よりも重要だというのなら…… ぼくの生きる理由は〝 東条さん、星くんのために 〟だ。

 自分のための生きる理由は、見失ってしまった。

 だから、今のところは誰かに生きる理由を依存させてもらおうと思う。そうすれば、また見失うことはない。

 

「…… ん?」

 

 作業がひと段落して2つのぬいぐるみがテーブルの上に並んだ頃、扉をノックする音が響く。

 時計を見れば、時間は既に9時を過ぎていた。

 充満していたアロマも随分と薄くなっている。長いこと集中しすぎたみたいだ。

 こんな時間まで食堂にいかなければ、誰かが探しに来るのも当たり前か。

 もしかしたら、既に自殺してるんじゃないかなんて言われていたりして。そうしたら最速で第2回学級裁判だな、と自嘲する。

 

「はーい……」

 

 小声で返事して扉を開けると、そこには白銀さんがいた。

 

「……」

「……」

 

 えっと……?

 

「白銀さ……」

 

 ぼくの言葉は最後まで出てこなかった。

 次の瞬間には視界が白銀さんでいっぱいになって、なにも見えなくなってしまったからだ。

 というか、その、当たってる。当たってるって!

 

「よかった! 部屋に行ってみても返事はないし、食堂にも来ないから…… 心配してたんだよ! 食事も地味に喉を通らないし…… 途中で抜けてきて、今天海くんは植物園の中を回ってるんだよ……」

「白銀さん…… ちょっと……」

 

 抱きしめられてしまって、頭が埋まっている。なににとは言わないけど。ブレザーで目立たなかったけど、白銀さんもすごいね、うん。

 心配してくれていたのは嬉しいんだけど、いろいろと複雑だ。

 感極まって泣いちゃってるし…… やっぱり自殺しそうって思われてたのかな。

 

「…… ごめんね、ちょっと落ち着きたくて」

「ううん、そうだよね…… あんなことがあった後だし、心の整理は必要だよね…… 天海くんも一通り回ったらここに来るから、待ってようか」

 

 白銀さん用の椅子を出して隣に座る。

 すると、白銀さんはぼくの作っていたものを見て押し黙った。

 

「…… えっと、おかしいよね、やっぱり」

 

 作っていたのは、星くん、東条さん。死んだ2人のぬいぐるみと天海くん、白銀さんのが作りかけ。自分を模したぬいぐるみは作っているとノイローゼにでもなりそうだから作らないつもりだ。

 

「ううん、ちゃんと偲んでいる人って、表向きだと少ないからすごいと思うよ。きっと、みんな2人のことは思ってると思う…… けど、それより、おしおきの恐ろしさのほうが勝っちゃってるから…… そればっかり考えちゃってるんだよ。まだ、コロシアイは続いてるみたいだから」

 

 そっか、あんなもの見せられたら偲ぶ余裕なんてなくなっちゃうかもね。

 ぼくは逆になにかしていないと鬱々としそうだから、これをしていたけど…… ていうか、思い出したくない。

 

「あっ、香月さん…… 足、大丈夫?」

「あー、えっと……」

 

 東条さんが庇ってくれたとはいえ、庇われきれなかった場所は酸の雨が直撃している。腕にも目立たないが火傷があるし、足も、ソックスの下は結構派手に焼けている。多分跡も残ってしまうだろう。

 タイトスカートの下…… 太ももの素肌の部分も少し焼けた。目立つことはないし、座っていれば分からないと思う。

 ただし、大浴場があったとしても一緒に入るのは躊躇うだろう。自室のシャワーで十分だ。

 

「もしかして、処置してないの?」

「う、うん……」

 

 だって、治療道具とかもないし、倉庫に行ったら人に会いそうだし。

 頬をかきながら視線を逸らす。気まずい。

 

「はあ、見せて?」

「えっ」

「靴下、脱ごうか」

「えっ」

 

 なにそのマニアックな選択肢!

 

「やだ無理、やだやだ、白銀さんなんて嫌いだ!」

「………………」

 

 いろいろと想起してしまって咄嗟に叫んだ言葉だったけど、思ったよりも衝撃を与えてしまったみたいだ。

 口を開けて愕然としたまま白銀さんがフリーズしてしまった。

 

「ご、ごめん…… そういう、その、入間さんみたいな表現が苦手でっ……」

「…… 入間さんみたいな表現って、地味にひどいね」

「うえ? あ、えっと、ご、ごめ」

「ううん、私も悪かったよ。言いたいことは分かるから、謝らないでね」

「うん……」

 

 やっぱり気まずい。

 同性相手でもやっぱり下ネタはダメなんだな、と再認識した。

 

「あの…… お邪魔っすかね?」

「天海くん!」

 

 いつの間にか扉から天海くんが顔を出していた。

 

「あ、全部周り終えたんだね」

「はい、どうも植物園の中には開放できる場所はないみたいっすね」

 

 天海くんの言葉に聞き覚えがなくて、ぼくは首を傾げて復唱した。

 

「開放できる場所?」

「ああ、食堂の会話は聞いてないっすからね。モノクマーズたちがモノクマからのおつかいを任されてたんす。それで、学園の各所にある不思議なオブジェに渡されたアイテムを使うと新しいエリアに行けるようになるらしいんすよね」

「アイテムは最原くんたちが持ってるんだけど、私たちは香月さんがどこにいるのか探すほうを優先してこっちに来たんだよ…… 私たちが出たときは話が続いてたし、今頃探索し始めてるんじゃないかな。興味ないってことはないんだけど、最原くんと赤松さんなら効率良くエリアの開放ができると思ったから……」

 

 そのついでに、一応植物園を見て回ってたということか。

 正直結構嬉しい。

 

「…… ねえ、香月さん。どうせなら、そのぬいぐるみ全員分作ってみない? 私も手伝うからさ」

「え? …… 白銀さんがよければ、だけど」

「俺も完成したところは見てみたいっすね。全部並べておきたいっす。数日の仲でしたけど、脱出したときに忘れないで持っていきたいっすね」

「…… うん」

 

 2人は別にぬいぐるみが好きなわけではないだろう。

 ぼくを励ましてくれているだけだ。こんなもので、ぼくが精神を支えているから、それに便乗してくれているだけ。

 

 でも、そんな2人も首謀者じゃないという保証はないんだ。

 東条さんを嵌めて、星くんを殺そうとした首謀者は、誰なのか分からない。

 

 2人のことは信じたい。

 信じたいけど…… ぼくは、本当に誰かを信じてもいいのかな。

 信じて、そして裏切られたとしたら…… ぼくは今度こそ、壊れてしまいそうだ。

 

 みんなの才能だって与えられたものなんだろう。

 ぼくの才能もそうだ。元の趣味を極限まで伸ばして才能が無理矢理開花させられている状態。

 この記憶だって、本物かどうか分からない。

 

 だから、自分自身さえも嘘かもしれない恐怖に怯えてる。

 ぼくは、本当にぼくなのかな。

 

 それだけは信じて、いいんだよね?

 

 

 

 

 

   ――――

       |

       心の隙間にまつり縫い ――|

       |

   ――――

 

 

 

 

 




 ラブアパは香月視点 (呼び出されてる方なので設定通りの意識で) と、天海視点 (意図せず呼び出して困惑しながら対処する方) どっちがいいですかね…… どっちもやると、同じ場面を2回やることになるので控えたい次第。
 要望等ありましたら感想ではなくメッセージをお願いします。
(感想ででも構いませんが、規約的に要望のみの感想はお控えくださいませ)

 タイトルコールは暫定。冒頭のはできたのですが、なぜか特殊タグが上手く反映されずこうなりました。
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