月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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開かない研究教室

 次に向かったのは、白銀さんが目撃した茶柱さんのいた場所だ。

 玄関に向かって右側の道に蔦で覆われた建物があったんだけど…… そこにあった蔦が全て枯れ落ちていて、モノダムが1匹で掃除している。

 

「えっと、モノダムっすよね。他のモノクマーズはどうしたんすか?」

「仕掛ケ作動スルと瓦礫ガ出ル。オラタチ、ソレヲ片付ケテルンダ」

「えっ、喋った!?」

 

 ああ、そういえばそうだね。

 最初の、 「コロシアイ、ダヨ」 以降ずっと喋ってなかったしなあ。

 やっぱりまだモノキッドに虐められているんだろうか。

 もし、それに嫌気がさしてるのなら…… 押しの強い人ならこの子をこちら側につかせることも、できるのかもしれない。

 ま、まあ、ぼくには到底無理だと思うけどね。

 ほら、二重スパイとか、映画とかでよくあることだし…… って言っても、現実でそれをするとなると相当な演技力と決意が必要だよね。

 

「えっと、疲れない?」

「……………… オラ、ロボットダヨ?」

「そ、そっか、そうだよね。ごめん」

 

 気まずくなってさっさと建物の入り口を通る。

 天海くんと白銀さんはそんなぼくの後をついて中に入ってきた。

 そこにあったのは、まるでリゾート地みたいな大きなプールだった。

 プールサイドには茶柱さんが立っていて、いろいろなところを細かく見て回っている。

 

 周囲を見る。全体的に明るく、綺麗な場所だ。天井はガラス張りで、綺麗な青空が見える。ぼくたちを閉じ込めている鳥籠さえ見えなければ、きっと最高の景色だろう。

 あと、2階のどこかの部屋がせり出していて窓がこちら側にある。その向かいには…… 恐らく位置的に体育館の窓があるみたいだ。

 

「あの部屋って、どこだろうね? 地味に気になるよ」

「うーん、あそこは位置からすると知らない場所っすね。もしかしたら最原君たちが行けるようにしてくれているかもしれないっす」

 

 あそこはこれから行くだろうし保留。

 ともかく、今はこのプールを調べてみよう。見るとかなり深いけど、水は半分も入っていない。だからと言って、十分に水が入っていないわけじゃなく、恐らく普通の25メートルプールくらいはある。このプールが異常に深いだけだ。

 水が全部入ってたら多分夢野さんは顔も出ないんじゃないかな…… ぼくの肩くらいまで水が来そうだ。

 これを使うとするなら、海に見立てて泳ぐときくらいかな? そんなにほのぼのと遊べる時間があるかなんて知らないけど。

 

「あとあったのは用具室でしたね。中は普通にプールで遊ぶためのボールとか、浮き輪とかがあるだけっす。特に危ないものはなさそうっすね」

「イルカのフロートもあるし、ビート板もあるね。遊ぶ暇、あるかなあ……」

 

 あればいいけどね。

 

「女子の皆さんで遊べたらいいですね!」

「う、うん…… ?」

 

 茶柱さんは天海くんを完璧にスルーしている。

 彼は困ったように笑ったけど、茶柱さんはなおも 「天海さんを疑っているわけではありませんが、男死ですし…… お2人とも、なにかあったらすぐに転子に言うんですよ!」 と畳み掛ける。

 

「ありがとう?」

「心配ないと思うけどね…… 気持ちは嬉しいよ」

 

 ぼくらはそうして、暫く茶柱さんと雑談してから建物を出た。

 

「あ、そういえばゴン太くんが見た謎の文字ってこの近く…… だよね?」

「え、そうなの?」

 

 白銀さんが突然呟き、ぼくは反射的に首を傾げた。

 ぼくは又聞きしただけだから詳しいことは分からない。近いというのなら、ちょっと気になるけど。

 

「探してみる?」

「…… そうっすね、少し探してみてすぐに見つけられればそれでいいっすけど、見つからなかったら普通に校舎入っちゃいましょう」

「えっと…… 草むら、だったよね」

 

 そうしてしばらく草むらの中を注視しながら歩いていると、草に隠れたコンクリートの板と、それに書かれた言葉を発見する。

 

『ゑは とら』

 

 正直なんだかよく分からない。

 でも、どこか胸の辺りがざわつくような気がした。

 …… 頭が痛い。

 

「なんすかね、これ。謎解きっすか?」

「うーん、これだけだと分からないよね。〝 え 〟が旧字になってるのが関係あるのかな」

 

 でも、今までに謎解きするような場所なんてあったかな?

 一応覚えておかないと。

 

「…… うん。問題の文字は見つかったし、校舎に行こうか」

「そうだね」

 

 校舎に向かうと、最原くんが1人だけでこちらに来た。

 あれ、彼1人だけ? 赤松さんは?

 天海くんが尋ねてみるとどうやら赤松さんは開放された3階の、春川さんの研究教室の前にいるらしい。春川さんがどうしても中に入れたくないと言うから、その説得をしているようだ。

 最原くんは、途中で見つけた懐中電灯のような機械をアンジーさんに預けてあるので、彼女を探しているところらしい。

 アンジーさんはその機械を調べると言って去ってしまったみたいだから。

 

「でも、こっちでは見かけてないと思うよ?」

「そっか、どこに行ったんだろう……」

 

 最原くんは首を捻りながら悩んでいるようだった。

 

「僕はもう少し外を探してみようと思う」

「そっか、見かけたら教えようか?」

「ううん。しばらく見て回って、いなければまた校舎に戻るから大丈夫だよ」

 

 なんだか急いでいたみたいだ。

 あんまり引き止めちゃ悪かったかな。

 

 次にぼくらは校舎の1階をゆっくりと周った。

 確か、体育館に向かうときの廊下に〝 通行手形 〟というものが3つのうち、2つはめられた壁があったのを思い出したんだ。

 プールの建物の前にも変な石碑があったし、あんな感じの場所で最原くんがもらったというアイテムを使って新たな部屋が解放されるんだと思う。

 だから心当たりのあるそこに向かってみたんだ。

 そうしたら案の定、壁に穴が開いて奥に部屋ができていた。

 中を見てみると、そこでは夢野さんが得意気な顔で大鍋をかき回していた。カラカラという虚しい音が鳴り響いている。鍋の中身は空だ。

 

「んあっ!?」

 

 ぼくたちが覗いていることに気がついたのか、夢野さんは鳴き声のように叫ぶと、かき混ぜていた棒を放り出した。

 ガランッという盛大な音が木霊して、微妙な沈黙が流れる。

 

「見たか…… ?」

「え?」

「見たんじゃな…… ?」

 

 なんだか恥ずかしそうだったので目を逸らした。白銀さんも気まずそうだけど、天海くんだけは 「えっとっすね」 と言いよどんでから「見てないっすよ? ところで、ここは夢野さんの研究教室っすか?」と明るく尋ねる。

 夢野さんは取り繕ったみたいに笑って 「そうじゃ」 と呟く。

 

 改めて中を見ると、まさに超高校級のマジシャンの研究教室という感じだ。

 人間が何人も入れるような大きな水槽に、人体切断マジック用の道具に、ギロチン。剣を箱に刺すマジックの道具。シルクハットにステッキ。籠の中には白い鳩が何羽も飼われている。この教室が開いてなかった今まではどうしてたんだろう。

 モノクマーズがエサあげてたとか? …… ないな。

 うーん、この鳩可愛い。

 

「しかしモノクマも分かっとらんのう。うちはマジシャンじゃないのに……」

「…… 魔法使い、だもんね」

「おお、珍しく分かっとるじゃないか。香月よ」

 

 珍しいというか…… 魔法使いっていうのを否定すると反応が面倒臭いじゃないか。話を円滑に進めるためだし、そういう風に思ってるならそれでいいだろ。変に否定しても何も生まない。

 ともかく、夢野さんの研究教室が開放されたわけだ。

 

「天海くん、最原くんがもらったアイテムっていくつあるの?」

「4つっすね」

「なら……」

 

 あと一ヶ所。

 ぼくが思い浮かべたのは2階にある龍の銅像だ。

 確か片目に宝玉っぽいものがはまっていたから、疑問には思っていたんだ。なんだかRPGのキーポイントみたいだよなって。もう1個宝玉をはめられるんじゃないか…… なんて思ってた。

 まだ研究教室に残留するらしい夢野さんと別れて3人で2階に進む。

 案の定龍の銅像があった場所にはぽっかりと通路ができていた。

 

「……」

 

 そこは、ぼくがおしおきで必死に走ったその場所だった。

 

 通路を少し行くと、右側に研究教室の入り口が見える。紛れもなく、ぼくと東条さんはそこから逃げて、この銅像のあった場所にある扉を抜けようとしていた。

 でも、無理だったんだ。

 最初から無理だったんだね。

 あの扉の鍵が開いたところで、その奥は壁だったんだ。

 逃げ場なんて、最初からなかったんだ。最初から、用意されていなかった。

 

 …… 当たり前か。だって〝 おしおき 〟なんだから。

 処刑に温情なんて存在しない。

 

 ということは、あの研究教室は東条さんの教室か。

 できれば、別の形でこの場所に来たかった。

 ぼくは扉に手をかける。

 

「香月さん」

「……」

 

 ドアノブが回らない。

 鍵がかかっている。

 

「香月さん」

 

 ドアノブが回らない。

 鍵がかかっている。

 

「ね、ねえ…… ?」

 

 ドアノブが回らない。

 鍵がかかっている。

 

 ドアノブが回らない。

 ドアノブが回らない。

 ドアノブが回らない。

 

 東条さんはきっと、この先にいるのに。

 まだ、閉じ込められたままに違いないのに。

 いや、彼女が死んだのはこの廊下なんだからこの中にはいないはず…… ?

 死んだ? 誰が?

 東条さんはこの中にいるはずなのに?

 そもそもなんでしまってるんだろう。

 

「……」

 

 誰かがぼくの肩を叩いた。

 ガチャガチャとドアノブを回しながら振り返る。

 ぼんやりとした視界に緑がかった金髪が映る。

 

 彼がぼくを揺さぶる。

 手元が狂うな。

 うまくドアが開かない。

 あれ、そもそも鍵かかってるんだっけ?

 

「なんとなく開放されるのはここだと思ってたんすが…… やっぱり君をここに連れてくるべきではなかったかもしれないっすね」

 

 ドアノブが回らない。

 鍵がかかっている。

 

「キミ、おしおきのあとは龍の銅像の前に倒れてたんすよ。だから……」

「ねえ、天海くん…… 多分、香月さん聞こえてないよ…… 不定の狂気だよ…… SAN値ピンチだよ……」

 

 そういえばお腹空いたなあ。

 今朝のご飯はなんだったんだろう。東条さんのことだからきっと今日も美味しいご飯だったんだろうなあ。

 あれ、でも散水は自分でやったんだっけ。

 そうか! 東条さんに起こしてもらったんだった。鍵まで預けてさ。

 さすがメイドさんだよね。優しく起こしてくれて、本当にお母さんができたみたいで…… ああ、東条さんみたいな人がお母さんだったらなあ。

 

 ドアノブが回らない。

 鍵がかかっている。

 

「香月さん」

 

 肩を掴まれ、無理矢理扉から引き離された。

 あともう少しできっと開いたはずなのに。なんで邪魔するんだ?

 

「香月さん、聞いてください」

 

 手短に。

 

「東条さんも、星君も、死にました。もう二度と会えないんす」

 

 そんなことない。

 

「キミは生きなくちゃならないっす。キミの命はもうキミ1人の分じゃないっす。キミは東条さんに生かされました。言ったはずっす。認めてあげなくちゃ、だめなんすよ」

 

 認め、たはずだ。

 

「心の整理はしたんすよね? 研究教室で、2人のぬいぐるみを作ったはずっす。覚えてないっすか?」

 

 覚えている。

 

「……………… ぼくを運んでくれたのは、きみ?」

「おしおきの後のことなら、そうっす」

 

 …… 彼女の必死な顔が今も目に焼きついてる

 

 ぼくを守ろうと必死に痛みを堪えて、その顔を見せないように逸らしながら。そして、死んでいった。

 ぼくの目の前で、彼女は死んだ。

 

 もう、会えない。会えないんだ。

 何度も、何度も思い知らされているのに。

 

 這いつくばったまま見上げれば、ふわふわの金髪がぼくを見下ろしている。

 その表情は、守ってくれた彼女と同じ優しいもの。

 彼女とちゃんと仲良くなれたのはあの夜が初めてだったけれど、それでもぼくにとって大切な時間だったんだ。

 

 生きてる誰かに死んだ人の影を重ねるのは最低なことだ。

 瞬きをして、改めて彼を見上げる。

 天海蘭太郎くんだ。

 横を向けば、心配そうな顔をした白銀つむぎさんもいる。

 

 2人とも、僕の大事な友達だ。

 

 もう一度瞬きをする。

 白銀さんが小さな声で 「よかった」 と呟いた。

 

「…… ごめん、ありがとう」

 

 ドアノブは汗でベトベトだ。

 もう開けようとはしない。

 大丈夫。

 

「うぷぷ…… 盛り上がってるとこ悪いけど、説明させてもらうよ」

 

 落ち着いたと思ったらすぐ後ろにモノクマがいた。

 ちょっとおかしくなっていた自覚はあるけど、まるで計ったかのようなタイミングだ。嫌なやつ。

 

「この超高校級のメイドの研究教室と、あと3階にある超高校級のテニス選手の研究教室は閉鎖してるよ! だって、本人がいないのに意味ないもんね! ということで、残念ながらこの先には進めません! 恨むならキッカケを作った自分を恨むように!」

「……」

 

 なんて嫌味だこのやろう。

 でも実際キッカケはぼくだからなにも言えない。

 押し黙って、睨む。

 

「帰れよ」

「うーん、その反応素敵だね! こういうデスゲームはオマエみたいな子がどんどん荒んでいくのも醍醐味だからね。1番の注目株だよ? メインカメラでロックオンしたいくらいにね!」

「帰れってば」

「はーい」

 

 素直に帰った…… わけではないか。モノクマなんて嫌いだ。可愛いけど嫌いだ。

 まあいい、次に行こう。ここにいると正直きつい。

 

 ぼくが歩き出すと、天海くんは隣に。白銀さんは少し気まずそうに後ろからついてきた。

 それから、少し迷ってぼくの手をとる。

 

 さっきよりはずっと落ち着いた。

 

「あ、ここ玄関のとこの吹き抜けだね」

 

 白銀さんが言ったように、問題の廊下の先は回廊になっていた。

 下を覗くと玄関が見える。上を見ると3階の回廊と、上階にいる王馬くんらしき足が見えた。

 

 更に奥に進むと、左手に3階への階段。廊下の奥にはゲームのような宝箱が置いてある…… けどもう誰かが開けたあとだ。

 手前には蝶の模様が描かれた扉の教室がある。多分ゴン太くんの教室だろう。

 天海くんはノックをして中に入る。

 超高校級の昆虫博士の研究教室は壁一面に標本が飾られていて、壁に埋め込まれた棚には虫かごがたくさん並んでいる。あれ、全部虫か…… でも中身はよく見えない。

 

「あ! 香月さん見つかったんだね! 良かったー」

「この虫かごは…… 中には虫がいないんすか?」

「ううん、みんな寝てただけだよ。卵のまま冷やして寝かされてたみたいだから、これから孵化するんだ。やっと虫さんに会えるね!」

「…… そうっすか」

 

 卵か。

 ゴン太くんも〝 やっと 〟って言ってるし、やっぱり植物園にはなにもいないんだね。虫がいないのに植物が増えていくのはおかしいんだけども。

 

 一通りゴン太くんに説明してもらったあとは3階に移動した。

 階段を上がってすぐそこにテニスラケットの扉の部屋がある。

 近くの窓に張ったツタの隙間から外を見てみると、プールの近くだ。この研究教室のが、あのプールにせり出していた部屋なのだろうか。

 …… 入れないから、試しようはないけれど。

 

 正面にはゲームでよくある扉…… の絵。

 左側には大きな空間があって、長椅子がたくさん置いてある。休憩スペースだろうか?

 右側には…… 春川さんと赤松さんが言い争っている声が聞こえる。

 

「だから、もうどっか行ってってば」

「嫌だよ。私は春川さんにずっとこのまま話し続けるからね」

「はあ……」

 

 言い争い…… ?

 まあ、ともかく春川さんはイラついているみたいだ。

 

「危険は、なさそうっすね」

「うん、春川さんは嫌そうだけど大丈夫そう……」

「あれ、最原くんが言ってたやつだよね」

 

 ということは、あの教室は春川さんのか。

 入ってほしくないらしいし、保留にしようと3人で決める。

 見つかっても面倒なことになりそうだし……

 

 あれ、そういえば3階にいると思ってたけど、王馬くんはどこに行ったんだろう。すれ違ったかな。

 

「やっはー! 大発見ー! 大発見だよー! 終一が見つけた機械の説明があるから体育館に集合なのだー! お前たちもすぐ来るよー!」

 

 一斉に声の方向へ視線を向ける。

 春川さんや赤松さんもだ。

 

「私は行かないから」

「ちょっと春川さん!」

 

 …… 結局、バレてしまったけど、2人はまだ言い争いを続けている。

 

「赤松さん。最原君が心配してたっすから、いったん行きましょう。他のみんなも体育館に行くでしょうし、春川さん1人だけならなにも起こりようがないっす」

「おせっかいなんだよね、あんたたち。放っておいて」

「なんなら話が終わってからまた来ればいいっす」

「ちょっと」

「そっか!そうだね、そうすることにするよ! じゃ、またあとでね春川さん!」

「ちょっと……」

 

 暴走気味の赤松さんはどうやら止めることができなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マサキさんから主人公のドット絵をいただきました!
いつも可愛らしいイラストをありがとうございます!!!!

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