月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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心の奥底で

 寝ているうちに泣いていたので顔をしっかりと洗う。

 なんだか幸せな夢を見た気がする。できれば覚えておきたかったからちょっと残念だ。

 洗った顔をよく拭いて、やっとぱっちりと目が覚めた。うん、まだ朝の放送前みたいだね…… 本当に早く起きれるようになったなあ。

 

『おはっくまー!』

 

 …… と、ちょうど朝の放送だ。

 実は初めて見るんじゃないかな? いつも夜の放送も見ないし、朝は放送の後に起きるし。

 

『朝になったわ!』

『キサマラにクリスマスプレゼントがあるんだよー!』

『なにゆうてるんや! クリスマスはまだまだ遠くやないかーい!』

『部屋のテーブルに注目だァ! そこに地獄への地獄特急の切符が置いてあるぜェ!』

『…… 楽シンデネ』

『モノダムが喋りやがった! 相変わらず気持ち悪ィ声してるぜェー!』

『…………』

 

 見事ないじめっぷりだ。

 やはりモノダムだけならこちら側にできるのではないか? と少し思ってしまう。

 それにしても、プレゼント? と思って見渡すと、部屋のテーブルに見慣れない端末が置いてあるのが分かった。

 ぼくたちが持っているモノパッドは白黒のモノクマカラーだけど、これはとてもカラフルだ。赤に黄色、ピンクに青、それに緑…… もしかしてモノクマーズカラー?

 手に取ってみれば、モノクマパッドと同じく、モノクマーズパッドと印字されている。

 さきほどの話だと、あまりありがたい物だとは思えない。どうせ次の動機がこれだろうなあ。

 ため息をついてから電源を入れる。すると、すぐに映像が浮かび上がってきた。

 

『香月泪の動機ビデオ〜 探偵調査編 〜』

 

 …… 探偵?

 

『今回は超高校級のアロマセラピスト。香月泪さんの完璧な調香の秘密と、その謎に包まれたご本人の実態に迫ります!』

 

 謎に包まれた本人?

 調香の秘密…… ならまだ分かるんだけど。

 ぼく自身に超高校級としての記憶が刷り込まれていないからか、その辺の事情がよく分からないや。

 

『アロマセラピスト、香月泪さんといえば顔を出さずに公式サイトでのみ依頼を出すことができると有名ですね! 簡単な質問だけで依頼者にぴったりなアロマオイルを提供することで爆発的な人気を得ました。そんな彼女の素顔を見たいという大勢の方から依頼が来ております! ボクは様々な調査の末、ようやく彼女の家を特定することができたのです!』

 

 は?

 え、は?

 いや、ぼくが顔出しせずに活動しているというのはまだ良い。そのほうがぼくらしいからだ。

 あんな複雑な家庭事情を抱えて顔出し販売なんてやっていたら、両親にバレてしまう。両親に自分が有名人だと知られてしまったらどうなるかなんて想像に難くない。

 母はぼくを泥棒猫の金ヅルかなにかと思うだろうし、父はぼく自身を売る…… なんてこともないなんて断言できない人だ。

 はっきり言って2人とも親になるような人間性がない。分かってはいるけど、理解しているけど、それでも、ぼくの親であることは変わらないわけで……

 

 そんな家を、特定しただって?

 ホームズ衣装のモノクマが、独特なぬいぐるみ感溢れる足音をたてつつ歩いていく。

 モノクマが持っているのだろう狭いカメラ映像が上昇する。

 恐らくカバンかなにかの中に入れて隠し撮りしているのだろう。

 

『おっと、出てきました…… 父親らしき人物と連れ立っているようです。では、これから普段の生活をバッチリ撮影しましょう!』

 

 家から出てきたぼくは、青ざめていた。

 父親に右手を繋がれ、目が泳いでいる。ときおり周囲に目を向けるけど、すぐに視線を伏せて諦める。父親に目線を上げたと思えば恐怖に揺れた目で首を振る。

 嫌がっているのは明らかだし、そもそもこれは…… 身に覚えがある。

 そのことに背筋が寒くなるような気がした。

 服装は皮肉なことにぼくが憧れるような可愛らしいワンピース。露出が多く、背中が大きく開いている。つば広の帽子を被っていて、軽い化粧までされている。

 

 その格好ひとつひとつに覚えがある。

 

「なん、で…… これが…… ?」

 

 モノクマのカメラ映像はぼくたちを巧妙につけて歩きまわり、ときおりモノクマから煽り文句や(はや)し立てるような言葉が入る。

 昼間の街並みをくぐり抜け、向かったのは…… 考えたくもない場所。

 そこまで来るといよいよぼく自身の抵抗も激しくなるけれど、父に無理矢理手を引かれてそちらへ向かうことになる……

 

『超高校級のアロマセラピストの香月泪さん! どうやら資金稼ぎでこんなこともやっていたんですねぇ! オマエラ急げ! 飛び入り参加だァ! アーハッハッハッハッハッ!』

 

 下種な笑い声と共に映像が途絶える。

 映像が途切れる間際、嫌がるぼくはとうとう気絶させられ、抱えられて建物の中に消えて行った。

 

『こーんな恥ずかしい秘密を知られたくないならレッツコロシアイ! もし起きなければ3日後に全員に向けて大公開! ついでに全世界に向けてね! あ、別に知られていいなら構わないよ? おとなしい顔してとんでもないビッチだって知れ渡っちゃうだけだからね! それともそれがお望みなのかな? ブヒャヒャヒャヒャヒャ!』

 

「……っふ、ぐぅ……」

 

 放心したぼくの手の中からモノクマーズパッドが滑り落ちていく。

 

「う、ええ、え……」

 

 気持ち悪い。

 気持ち悪い

 気持ち悪い。

 

「ううううう……」

 

 口から出るのはうめき声だけで、他にはなにも出てくることはなかった。

 

「あ……」

 

 鈍い音を立てて端末はテーブルに落下し、画面にヒビが少し入ってしまう。

 けれどそんなことはどうでもいい。

 

「…… だ」

 

 口を押さえつけたまま、思わず体を抱きしめる。

 

「いやだ、いやだ、いやだ…… 違う。ぼくは汚れてなんか……」

 

 目が泳ぐ。なにをするでもなく、しゃがみこんで呪文のように言う。

 

「汚れてなんか、ない。あれは未遂だ。未遂で終わったんだ。逃げてきたんだから、だから、違う…… でも、こんなの見られたらきっと…… う、うう、うう……」

 

 こんなものがみんなに知られたらどんな目で見られるか。

 いくら友達になったって、信頼したって、人の知らないものを知るというのは致命的な関係の崩壊を招く。

 もし、ぼくが友達のそんな一面を見せられたら、それを知る前の関係性にはきっと戻れない。真相を知ったところで、その瞳には同情が浮かんでいるだろう。友情に、関係に、余計な色がついてしまう。

 だから、こんなもの知られるわけにはいかない。

 

「ぼく、は……」

 

 コロシアイ。その単語が頭に浮かぶ。

 

「ぼくは……」

 

 ついこの前決意したばっかりなのに。

 ぼくはなんてこと考えてるんだ。バカか。

 テーブルの上にあるモノクマーズパッドを手に取る。

 

「…… こんなものっ」

 

 そして、ぼくがそれを投げつけてしまおうとしたとき…… 慌てるような 「待ッテ!」 という声がその動作を停止させた。

 そこにいたのは緑と白のクマ。モノダムだ。

 

「…… モノダム? なにしにきたんだよ」

「ルールデ、ソレヲ壊スノハ禁止サレテルヨ」

「わざわざ、そんなこと言いに来たの? もういいんだよ、帰って」

「ソウハイカナイ。オラハ、香月サンに死ンデホシクナイヨ」

「……」

 

 モノダムのロボット然とした発音で、ぼくの消極的自殺を止められる。分かっている。ルール違反をすればエグイサルで殺されるのだと。

 

「もうヒビが入ってるけど?」

「動ケバ、問題ナイヨ」

「…… なんでぼくを止めに来たの? きみっていじめられて心を閉ざしてるんじゃなかった?」

「ウン。デモ、ミンナ大好キ。香月サンモ、ソウデショ?」

「……」

 

 それってつまり、同族意識…… みたいな?

 ぼくもいじめられている。でも、両親のことが嫌いなわけではない。

 そういうことか?

 

「…… 忠告ありがとう。でも、きみに同族意識向けられるのはなんか、嫌だよ」

「……」

「ぼくは、あんまり同情とか…… されたくないよ。なんか水を差されるようで嫌なんだ」

 

 一緒にされたくないなんて偉そうなこと言えないけど、なんか勝手に同情されて、勝手に一緒だねって思われるのは嫌だ。

 ぼくときみは、違う人間なんだから…… いや、違う生き物か。

 

「ごめんね」

「ウウン、イインダヨ」

「えっと、ヒビが入っててもまだセーフ…… なんだよね?」

「壊シテナイカライイヨ。オラガ言ッテオクカラ」

「ありがとう、モノダム」

 

 寂しげな背中のモノダムを見送る。

 悪いことをしたかな……

 けど、これはぼくの我が儘だ。弱点を探られて、見せたくないところばかりを晒されて気が立っているところを…… 傷口を直に触られて塩を塗られたようなものだ。

 そんなの、平気でいられるはずがない。

 

「…… コロシアイはしない」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 コロシアイが起こらなければ、3日後にはアレが公開されてしまう。みんなに…… そして、どこからか撮影している映像から全世界に。ぼくのいた学校にも、親友にも。それはとても恐ろしい。

 

 でも、ぼくはコロシアイなんてしない。

 別にバレてもいいなんてわけではない。実際、頭に〝 コロシアイ 〟の5文字は浮かんだ。それでさっきはパニックにもなったし。

 でも、ちゃんと考えれば〝 その必要はない 〟のだ。

 …… だって、分かってしまったから。

 

「ぼくがやらなくても、きっと……」

 

 誰かが、コロシアイを起こす。

 

 それが分かっている。そう思っている。

 みんなを信用していないというなによりの証拠になってしまう、この考えから目を逸らしていたけれど…… この際認めないわけにはいかない。

 どうせ誰かがコロシアイを起こすんだ。なら、ぼくはそれが起こることを今か今かと待ちながらモノクマーズパッドを秘蔵するだけでいい。

 

「最低だよ……」

 

 ヒビの入ったモノクマーズパッドを自分のモノパッドを上にしてポケットにしまい、もう1度顔を洗った。目を冷やしとかないと。腫れてしまう。

 

 もう放送も鳴ったし、みんな食堂に向かってることだろう。

 全員で食べる義務がなくなったところで、自然とみんなは集まってくる。ぼくが行かないと不自然だ。

 

 モノクマーズパッドを部屋に置いておくのはなんとなく心許ない。

 モノクマやモノクマーズは所構わず入ってくるし、知らない間に鍵を奪われでもしたらアレが見られてしまう。

 ぼくが持っていれば、気をつけるだけで済むし…… 危なそうな相手にはそもそも近づかなければいいわけだ。

 特に王馬くんとか…… あと百田くんなんかはコロシアイ抑止のために全員公開し合えば良いとか言い出しそうだ。

 天海くんと白銀さんはそういうことしないだろうし…… 利用するようでなんだか悪いけど、2人にくっついていればスられることもないだろうし安心だ。

 

 そうして準備をして外に出ると、すぐ目の前に誰かの体があった。

 

「わっ」

「あ、すみませんっす」

 

 ギリギリでぶつからずに済んで、顔を上げる。

 そこには今にもインターホンを押そうとしている天海くんの姿があった。

 

「…… 天海、くん」

「どうしたっすか?」

 

 首を傾げる彼にまたぶわりと涙が込み上がってくる。

 

「あ…… ごめん、なんか…… きみ見てると、安心して……」

「もしかして、香月さんも動機が?」

「うん…… ごめん、教えられない。でも、許してね」

「いいっすよ、俺もできれば知られたくはないことですし。香月さんが安心できるまで、ここにいるっすか。それからゆっくり食堂まで行きましょう」

 

 ぐすぐす泣いてるぼくの頭に手を差し出そうとして、彼はいったんそれを止める。それからちょっと悩んだみたいにしてぼくの肩に手が置かれた。

 

「みんな無理に聞いてくることはないっすよ。それぞれの秘密が配られているみたいっすから。あまり知られたいものではないでしょうし」

「…… うん、ありがと」

 

 なんだか今日は泣いてばっかりだな。

 この調子じゃあとても強気に探索なんてできそうもない。

 せっかく決意したっていうのに、こんな感じで大丈夫かなぁ……

 

「あ、そうだ。香月さんはなにが食べたいっすか? 今後の参考にしてみたいんすけど」

「え?」

「オムライスは妹たちが好きだったんすよ。だから、香月さんの好物も知っておきたいんす」

「……」

 

 この会話にまた込み上げてくるものがある。

 本当にどうしたんだろう。覚えていないけれど、夢でなにかあったのだろうか。

 それにしても、好物ね……

 

「卵がけご飯が食べたい…… かも」

「卵がけご飯っすか」

 

 家が貧乏だったわけではないけど、あまりいいものを食べたことがあるわけじゃないし、結構好きなんだよね。朝ご飯とかならなおさら。

 

「なら、美味しい卵がけご飯を今度作るっす。今日は白銀さんが先に行って朝ごはんを作ってくれてるみたいっすから、落ち着いたら行きましょう」

「うん、もう大丈夫だよ。行こう」

「楽しみっすね」

「うん」

 

 なんとなく、なにかが変わった気がする。

 小さなことだけど、確かな変化。

 夢ひとつでこんなに違うだなんて…… 覚えていないのが本当にもったいないな。

 

 …… いつか、思い出せるときが来るだろうか。思い出せると良いな。

 

 

 

 

 

 





 泪の動機やら心情がどんどん重たくなっていく…… ごめんね主人公。
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