どうやらマントは二着作るようで、黒い布を前に白銀さんが片方をかなりの速度で作り上げていた。もう一着はもちろん夢野さん作となる。
彼女は夜時間までにマントが出来上がれば良いと言っていたけど、お昼ご飯を食べて暫くすれば普通に終わりそうだ。
お昼ご飯はせっかく女子が揃っているからということで、全員で少しずつおかずを作って食べるバイキングのようにしてみた。
王馬くんはそもそも作る気がなく、ゴン太くんは手伝いを申し出てくれたが、キッチンに入ると狭くなってしまうので断念。天海くんは昨日頑張ってもらったからとこちらから遠慮した結果、女子だけになったとも言うね。
あとは大道具だけど…… そちらは百田くんやゴン太くんを筆頭に手伝ってくれる男子が結構いてくれたので心配はなくなった。
意外にも真宮寺くんが積極的に手伝ってくれているらしい。茶柱さんは警戒しているけど、案外あの人常識はあるから問題ない気もする…… いや、ぼくも嫌な予感を覚えて避けているのだったか。人のことは言えないな。
「夕方までに完成しちゃったね」
「白銀のおかげじゃな! ウチは一着作るので精一杯だったからのう」
「ううん、夢野さんが頑張ったからだよ。わたしもお手伝いできて、久しぶりにわくわくしちゃった」
「絶対に成功させようね。ぼくらも精一杯やるからさ」
「んあ…… なんだか小っ恥ずかしいのう…… ありがとう」
夢野さんは帽子をギュッと下げて照れ臭そうにした。
今日はよく彼女の照れ顔を見る日だなあ。
「あとは体育館で準備すればいいんすよね? 俺、大道具運ぶの手伝ってくるっすよ」
「あ、ならわたしはもう少し衣装の調整をするね。夢野さんに実際に着てみてもらって長さとか見たいから」
2人はそれぞれ準備の手伝い。
なら、ぼくも植物園に行って飾り付けに使う切り花でも持ってこようかな。夢野さんのマントに焚きつけるアロマも選びたいし…… ああなににしようかな。ふふ、ぼくも楽しみだ。まるで文化祭みたいでコロシアイなんて忘れそうになるくらいだ。
「そんな楽しい雰囲気も3日後にはお通夜に急転直下だけどねー」
そうして、1人になった途端にモノクマが現れた。
本当に水を差すのが好きだよね。おかげさまで一気に気分が悪くなった。
そうだったね、3日後にはあの動機ビデオが全公開されてしまう。
その前に殺人が起こらなければ、ぼくは今と同じ関係をみんなと保てるか分からない。
いや、みんなを信じたい。もしかしたらみんなは変わらないかもしれない。でもぼくは?ぼくは、ぼく自身が1番信じられない。ぼく自身が変わらないという自信がない。だからどちらにせよ、ぼくはコロシアイが起こることを期待するしかない。
しかし、このイベントだけはなんとしても成功させたい。そして、元気な夢野さんをもっと見たい…… この歪で矛盾した思考は切っても切れない関係にまで発展している。
「帰れ」
「えー冷たいなー、もう」
モノクマはしぶしぶと消えていく。
楽しいを楽しいのままにしておかないのがモノクマだ。みんながほのぼのとしていると、いつもあいつは現れて冷やかして現実を突きつけてくるんだからタチが悪い。
「…… はあ」
モノクマがいなくなったのを確認してからため息を吐き出し、頬を叩く。なんでこうもぼくを狙い撃ちしてくるのか。それが分からない。からかいがいがあるとでもいうのか。迷惑だ。
頭の中を切り替えてさっさと植物園に向かうことにする。
というか、ぼくって最初に行ったとき以来カジノにも行ってないし、入間さんの研究教室や裏庭にも行ってないや。
毎日植物園通いをしていることになるけど…… まあ、あれから休み時間になる度にカジノ通いしてるらしい最原くんよりはいいか。最原くんは赤松ちゃんが嘆いていることもあるから、少し控えたほうがいいかもね。
天海くんは昨日の夕方まで入り浸っていたみたいだけど、今日は興味をなくしたように行こうとしていない。もしかしたら欲しいものがあって、それを達成したからもう行かなくてもいいのかもしれない。
ぼくたちに付き合ってくれているだけって可能性もあるけどね。
「えっと…… どんな組み合わせにしようかな……」
夢野さんのマントに焚きつけるなら、緊張がほぐれるようにリラックスできる香りのほうがいいよね。
落ち着いて、実力を発揮できるように…… それならやっぱりラベンダーは使いたいな。
「あんまりごちゃごちゃしててもうるさくなっちゃうし…… あくまで彼女の補助だから、マントに触れれば香りが付くくらいの濃さがいいな」
他の人が近づいてもほのかに香るくらいで匂いが移るようなことがないようにしなくちゃ。あくまで夢野さんのために調香するわけだし。
「これと、これと……」
ぼくは棚に飾ってある紫の小瓶を手に取り、次にフローラル系の棚から橙色の小瓶を取る。ここはシンプルに相性の良いラベンダーとオレンジ・スイートの組み合わせを使うことにしたのだ。
爽やか系よりも甘い香りのほうがリラックスできるだろう、恐らく。うーん、自分に自信がない。けど、この才能は本物のはずだからなあ…… ぼくの審美眼も本物のはずだ。きっと…… うん。
「ラベンダーがあくまでメインだから……」
たんたんと作業台に向き合い、調香する。
それからお手軽芳香浴セットとして小さめな加湿器を懐に入れる。
「…… そういえば、あんまりいじってないな」
さあ外で飾り花を調達してこよう…… と立ち上がってからぐるりと辺りを見渡した。
棚に置かれた器具は何日か使っておらず、うっすらと埃を被っている。アブソリュートしている油漬けの植物たちから、責めるような目線…… 目線なんてないはずなのに、どうして放っておくのかと責められているように感じてしまう。
それはきっと、ぼくの中にある才能が罪悪感を持っているから。
一介のアロマセラピストとして、1人の人間として。この暗く湿っぽい世界が全てなのだから、もっと大切にしなければと心に刻みつけられるようだ。
「どうしようかな…… リハーサルはあるけど……」
一度気にし出したら気になってどうしようもなくなってしまう。そんなことは誰にだってあるだろう。そう、例えば受験勉強をしたいのに部屋が汚く感じて掃除を始めてみたり…… そんな気分。
後回しにすればいいのに。どうしても目が惹きつけられる。
「明日が本番なんだし、ね」
待っていて。
そう微笑んで部屋を出る。
ぼくの宝物たち。ぼくの拠り所のひとつひとつ。綺麗にしてあげなくちゃ。今夜は少しだけ掃除して、時間があったらリハーサルにも顔を出して、そして明日の本番を楽しみにしようか。そう、そうすればいい。少しずつ手を出してやってみればいいんだ。
飾り花は…… デイジーにガーベラ。それにアイビー。朝顔もいいな。どこに飾り付けるか訊くのを忘れてしまったし、茎ごと切り花にして花束にしていこう。
壁に飾るならアイビーや朝顔がぴったりだし、花瓶に生けるならデイジーやガーベラがいい。華やかになりすぎても夢野さんの勢いを殺してしまいかねないし、飾り花は最低限に、そして上品に。
「…… いい香り」
特別香りの良いものを切り取って保管する。
ぼくは才能のおかげか鼻がいいので、少しの香りでも花の種類を判別できるし香りの選別も容易だ。
みんなに香りが届くほどではないかもしれないが、それは気持ちの問題。たとえそのこだわりがみんなに届かないとしてもこだわることにこそ、アロマセラピストとしてのプライドがあるのだから。
ぼくほど鼻のいい人はいないはずだから、ぼくだけのこだわり。気づいてくれたのなら、それはそれで嬉しいけど。
―― 「さすがっすね」
首を振る。
褒められたい。褒められたい。認められたい。もちろん、あの人に。
頭に浮かぶ妄想を必死に振り払ってさっさと足を動かし、その場を後にする。余計なことを考えていると顔が熱くなってくる。それじゃダメだ。
「香月さん、体育館に行くのかな?手伝うヨ」
「あ…… 真宮寺くん」
密かに警戒している人物に出会い、少しだけ緊張する。
身長が高いのもあって真宮寺くんは謎の威圧感があるような気がして、そしてなんとなく胡散臭い気がして苦手意識がある。
大丈夫、大丈夫。案外常識人だって赤松さんも言ってたから。
「ありがとう。それじゃあ半分お願いしてもいいかな」
舞台袖に同じ量の花を飾ろうとして、持ってきた切り花の数がやたらと多くなってしまった。
ガーベラやデイジーは大きさがそうでもないが、その分束にしたとき数が少ないと陳腐になってしまうので、特別多く持ってきている。だから半分持ってくれるとそれだけでかなり助かる。
「真宮寺くんも準備の手伝いだよね」
「そうだヨ。できることは少ないけど、彼女たちが頑張っている姿をもっと身近に見たくってサ」
「…… 頑張る人間の姿は綺麗?」
「ンー、そうだヨ。勿論香月さんも、だネ」
「そっか、そっかぁ…… ぼく、頑張れてるんだね」
「……2人のことがあって落ち込んでいたのに、きちんとそれを乗り越えて今こうして友達のために手伝っていることは美しいと思うヨ。人の成長する姿というものはいつの時代も美しいものだと僕は思っているからサ。その成長の末に辿り着くものが各地の風習や…… 伝統として残る場合もある。だから僕はそれらが好きなんだヨ」
「…… なるほど、赤松さんが悪い人じゃないって言ってた意味が分かったよ」
励まされてるんだよ…… ね?
「やっぱり僕って人殺しでもしそうな見た目してるよネ」
「え、えっと…… ごめん」
自覚あるんだ。なんて失礼なことを思い浮かべてから慌てて取り繕うが、謝罪している時点で失礼なこと考えてたのは分かっちゃうよね。
なにやってるんだろう、ぼく。
そんな呆れた顔をしてしまったせいか真宮寺くんの眉尻が下がる。
わ、笑ってる、のかな? マスクをしているから表情が非常に読みづらい。
「よく言われるからいいヨ。持ちネタみたいなものだしネ」
「も、持ちネタ……」
ええ、そこまで? そういう自虐ネタははわりとコメントに困るからちょっと……
けど、そんな風に言われてもマスクは外さないんだね。
そういえば食事してるときに注目したことなかったなあ。どうやって食べてるんだろう。
「僕のマスクの下に興味あるのかな」
「ないって言ったら嘘になるかなあ……」
実際、気になるし。
「神秘というものは隠されているから神秘なんだヨ。フォークロアの謎、神秘…… それを明かすのが僕の仕事だけど、その決して明かされない謎こそも愛しているんだヨ。だから僕もそれを体現してみたくってネ」
つまり、どうあっても明かす気はないわけだ。
まあいいよ。そんな必死になるほど気になるわけじゃないしね。
「体育館に到着だネ」
「ありがとう、真宮寺くん」
「おっと、僕はこのまま飾り付けを手伝うヨ。どうやら奥の窓から縄を垂らして、そこにも飾り付けするみたいだからネ。香月さんは舞台袖のやつを頼むヨ」
「な、なにからなにまでありがとう」
「どういたしまして」
言われた通り、半分は任せてぼくは舞台袖の方へ向かう。
体育館には既に巨大な水槽が運び込まれていて、カーテンの取り付け作業や、あとから掛け声と共に大きな階段を運んでくる百田くんたち男子の姿も見える。
ちょうど後ろから彼らが来たので、ぼくは通りやすいように脇へ避けた。
「おー、香月! 飾り付けは間に合いそうか?」
「真宮寺くんが手伝ってくれるから大丈夫だよ」
「も、百田くんちょっと待って…… はっ、早いって」
「これぐらいできねーでどうする終一!」
あれ、いつの間にか最原くんへの呼び方が変わっている。休み時間の間に仲良くなったのかな。
「百田もちゃんと持ちなよ、最原は喋る暇があるならもっと腰入れて」
「う、うん…… ごめん春川さん」
「はあ…… なんで私が」
「いいじゃねーかハルマキ! 集団行動に協調性は必要だからな!」
「その変な呼び方やめて」
「えっ、ハルマキさんって可愛いと思うけどな」
「赤松もやめて」
「うん、可愛いよ!」
「獄原まで…… 勘弁してよ……」
「そうだね! 目線だけで人でも殺せそうなこわーい雰囲気の春川ちゃんには、不相応な可愛いニックネームだよね!」
「こ…… 王馬、やめて」
こ? 春川さんはなにか言い淀んだようにしてから王馬くんを睨みつけた。
まさか春川さんまで大道具を運ぶ手伝いをしているとは思わなかった。様子を見る限り百田くんや赤松さんに引っ張り出されたのだろう。
水槽の上に登るためのものか、大きな階段を最原くん、赤松さん、百田くん、春川さん、ゴン太くんが運んでいる。王馬くんは手伝う気がないようで、そんな5人の横をついて歩いている。
王馬くんの動きには春川さんが睨みを利かせていて、彼女の研究教室に向かおうとしても恐らくすぐさま離脱して防ぐだろう。
彼女ならそれくらいする。
この体育館には現在全員が集まっていることになるだろう。だから春川さんも安心してこの場にいられるのだと思う。
「運び終わったら帰るから」
「ええ! 一緒にリハーサル見ないの?」
「あんたに付き合う義理はない」
「まあ明日があるからな! 明日は来いよ!」
「行くなんて言ってないでしょ」
赤松さんの提案を蹴って、百田くんの言葉にも否定を返すが、あの明るいコミュ力の塊みたいな2人相手に粘るのは不可能な気がする。
ぼくには明日無理矢理説得されて連れて来られる彼女の姿が見えるぞ……
花瓶を飾り付けてから、設置されたばかりの階段のところへ行く。
そこでは完成したマントを羽織って興奮したようにはしゃぐ夢野さんがいた。
「夢野さん、焚き付けの準備できたよ。明日も同じやつ使うから、使用感を教えてほしいな」
「おう香月! 待っておったぞ!」
「準備は順調ですよ!」
「今日中にリハできたらご褒美だって神様が言ってるねー」
「それは、楽しみだね」
ブレンド済みの精油が入った小瓶を振り、器具も用意する。
焚き付けの最中はなかなか絵面は地味だが、彼女を応援したい気持ちはちゃんとあるから、きちんと仕事はするぞ。
香りが広がって拡散しないよう、軽く袋を被せてアロマを焚き付ける。超音波でアロマを散布するスタンダードな器具で、密閉まではしていないが香りが散りすぎないようにしているので焚き付けはすぐに終わるだろう。
これを着る夢野さんにはラベンダーの香りが少し移るだろうが、周りで見ているアンジーさんや茶柱さんには移らないはずだ。
焚き付けを行なっているぼくには少し香りがつくけれど、この後このマントを触らなければ他の人に香りが移ることはないだろうね。
白銀さんと夢野さん、2人が作ったマントそれぞれに焚き付けるのが終わり、片方は夢野さんに渡す。
「んあ、ラベンダーはさすがにウチでも分かるぞ!」
「そっか、気に入ってくれたならよかった」
少しはしゃいでいるのが可愛らしい。
面倒くさそうにしているより、無邪気な夢野さんのほうが年相応でなんかいいなあ。
「えっと、残りの1着は……」
「ハンガーを持ってきたからこれにかければいいヨ」
「え? あ、ありがとう真宮寺くん」
言いながらマントを攫っていった真宮寺くんに向き直り、慌てて礼を言う。
用意されたハンガーはマントがずり落ちないように上で挟んで止めることができるやつだ。畳んで置いておこうかとも思っていたけど、持ってきてくれたのならありがたい。
「ちょっと、あんまり乱暴にしないでくださいよ!」
「大丈夫だヨ…… 姉さんの服もこうして整えていたから繊細な扱いができると自負しているからネ」
「んあ? お主、姉がおったのか」
「まあネ」
「むむう、それなら大丈夫…… ですかね。変なことはしないでくださいよ」
茶柱さんがさっそく噛み付いていくが、まさかの新事実と共に宥められる。へえ、姉なんていたんだなあ。こんな人が弟だとお姉さんも大変そうだ…… 誤解されたりで。
おっと、さすがにこんなこと考えるのは失礼かな。
ともかく真宮寺くんが慎重にゆっくりとマントをハンガーにかけてくれたので、舞台裏のスペースにかけておいてもらえるように夢野さんが指示する。
曰く、こちらは本番用なのだそうだ。
水槽を見る限り水中脱出でもするのだろうし、2着作っていたのはそういうことなのか。制服は部屋に戻ればたくさんあるしね。
「今は何時じゃ?」
「ンー、現在時刻は午後9時だネ。あと1時間で夜時間になるヨ」
「リハーサルには十分じゃな」
「なら、ぼくたちは表に戻るね」
「うむ」
「少し余ったからここにも花瓶を置いておくヨ」
真宮寺くんには、体育館の窓から垂らした縄に花の飾り付けをしてもらっていた。縄の荒さはいい感じに花でカモフラージュできていて、変な感じはしない。
あんなに見事に飾り付けてくれたのに余っちゃったのか。
まあ、エンターテイナーの待機部屋には花が飾ってあるのがセオリーだし、いいことなのかもしれない。
「それじゃあ転子は観客席に行くということでいいんですよね?」
「うむ、魔法は1人で行使するものじゃからな」
「アンジーはカーテンを引くのと司会だよー」
「これ、もう本番でいいんじゃないかな?」
ちょうど全員集まっているわけだけど。
「あくまで本番は明日じゃ。解散してもよいぞ」
夢野さんはそう言うけど……
「うーん、どうしようか」
「このまま本番でもいい気はするっすけど」
「あ、ならみんなに提案があるんだよねー!」
一斉に振り返る。
そこには笑顔のゴン太くんと、悪ーい顔をした王馬くんがいた。
粛々と手伝いをしてくれていたから、油断していたようだ。
「入間ちゃーん、やっちゃってー!」
「うるっせぇ、指図するんじゃねぇ!」
手伝いもせず、眺めるだけだった彼女の背負ったリュックから手の形をした機械が飛び出し、赤松さんと最原くんを指差す。
「え?」
その次の瞬間、マシーンの手元にモノクマーズパッドが現れた。
「は!?」
赤松さん、最原くんはそれを見て慌てて懐を探ったようだけど 「ない、ないよ!」 と叫んでいる。
つまり、あれは2人の動機ビデオ…… ということに。
なんて超技術だよ! もう発明家の域超えてSFじゃないの!?
「名付けて弱味を握るクンだぜ! おい、これでオレ様のやつ返してくれるんだろうな!」
「えー、まだ2人のしか取ってないよ? ほらほら、リハのある夢野ちゃんたちは勘弁してあげるから、他のみんなのを取らなくっちゃ!」
「さ、指図するなってぇ…… !」
「あ、あの王馬君。本当にこれでいいんだよね?」
「うん! これがみんなのためになるんだよゴン太!」
自分のため、の間違いだろ。
ぼくは咄嗟に舞台の端に駆け込んで射線上から逃げた。
「王馬ァ! 入間ァ!」
「取れるだけ取ってほらほら!」
「なんでオレ様まで巻き込まれるのぉ!?」
次々と指さされた人たちの動機ビデオが奪い取られていく。
それはあの春川さんも例外ではなく、すごい形相で3人を追いかけだす。
そして、春川さんを筆頭に百田くんやビデオを取られた人たちが体育館を駆け出していく。
盛大な夜の鬼ごっこの始まりだ。
「大変だネ」
「あ、し、真宮寺くんも無事だったんだね」
衣装を置いた舞台裏スペースから真宮寺くんが出てくる。
どうやら彼も逃げ込むことに成功したようだ。
「そうだネ。香月さんはよっぽど見られたくない秘密があるみたいだけど…… まあ、詮索はしないヨ」
「まったく、迷惑なやつらじゃな」
しかしこれで名実ともに明日が本番となった。
リハを全員で見るのもなんだし、実は良かったのかも…… いや、このままだと王馬くんが死体で発見されそうな勢いだし良くはないか。
春川さんは人を視線で殺せそうなほど怒っていたし。
「あ、あれ?」
「どうしたの?茶柱さん」
「な、ないです……」
なんと、迷惑なマシーンの被害者はここにもいたみたいだ。
「追いかけてきても大丈夫だよ?」
「い、いえしかし……」
「ウチは、転子には本番に見てほしいぞ」
「夢野さん……」
夢野さんの気遣いに感涙しそうな茶柱さんは、真宮寺くんをひと睨みしてから 「すぐに戻りますね!」 と言って体育館の入り口へ走っていく。
あの調子だとビデオを見るよりも、みんなに捕まる方が早そうだぞ。どうするんだ王馬くん。
虫でなごむ会は取り止めになって、これは…… なんだろう? 深夜の命がけ鬼ごっこ? ただし鬼が逃げる側…… と。
うーん、ぼくは研究教室で掃除でもしたかったんだけど…… アンジーさんもいるとはいえさすがに真宮寺くんを放っておくのは…… いや、信用しよう。彼だって好きで疑われてるわけじゃないだろうし。
「…… それじゃあ、僕はリハーサルを見ていくヨ」
「う、うむそうするかのう」
「えっと、ぼくは明日ちゃんと見るね。白銀さんも天海くんも追いかけて行っちゃったし…… 研究教室で掃除でもするよ」
「なら、僕がきちんとリハーサルを見届けないとネ」
「じゃ、じゃあまた明日」
「ばいばいならー!」
「んあー!」
小さな不安と、違和感の中、ぼくはその場から離脱する。
大丈夫、きっと大丈夫だから。夢野さん、アンジーさん、真宮寺くんと3人ならなにか起きても安心できるはずだ。だから大丈夫。
でもなぜだろう。そこしれない不安が胸の内を渦巻いている。
ぼくはわりと勘がいいほうだから、この警鐘にも意味があると思うのだけど…… 同時にどうしても真宮寺くんの近くにいてはいけない気がして、後ろ髪を引かれながら体育館を出る。
ゆっくりだった足取りは、まるで逃げるように早くなり、取り急ぎ研究教室へと向かう。
この違和感はなんだ? 上手くいきすぎている? 都合が良すぎる? 王馬くんたちが動き出したタイミングが良すぎる?
おかしいな、マスクで見えないはずなのに…… なんとなく、さっきの真宮寺くんは笑っていたような気がした。
・「こ…… 王馬、やめて」
思わず 「殺されたいの?」 という口癖が出そうになるハルマキ。
・弱味を握るくん
あいつパンツ履いてないぜとかいうやべー技術をやべー方向性に向かわせた結果できたやべーマシーンを、別方向のやべー使い方に転用したやつ。もうSFだね!
・真宮寺是清
塩