月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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探究心crisis①

 ――「どうして」

 

 ――「どうしてなんすか。どうしてキミが」

 

 

「死ななくちゃいけなかったんすか」

 

 

 

 ぱたり、ぱたりと雨音のような雫の垂れる音。

 軽く揺さぶられる身体と、背中と膝裏に感じる暖かい感触。

 ぼくの赤毛を伝って落ちる雫が頬を濡らし、その暖かい感触の持ち主をも濡らしていく。

 息ができない。息ができない。意識は朧げにあるというのに、身体はぴくりとも動かず、ただ揺さぶられるだけ。

 それから暖かい感触が離れて、濡れた服や髪で背中から暖かさが失われて行く。冷たい、冷たい、息ができなくて、怖い。

 

「………… っすから」

 

 そして胸に強い圧迫感。何度も、何度も。それから……

 その処置にぼくはやっと身体の自由を取り戻し、思い切りむせながらそばにあった布を思い切り握りしめる。

 

「っう、げほっ、ぐっ…… ふっ、うぅ……」

「大丈夫っすから、もう少し頑張ってください」

 

 そっと顔を横向きにされ、その場に飲んでしまった水を全て吐き出す。みっともない、なんて言ってはいられない。なんせぼくは死にかけたのだから。

 …… いや、正確には殺されかけたか。

 

「…… っあ、み、くん」

「はい、俺っすよ。安心してほしいっす」

 

 薄く目を開いて改めて彼の姿を確認したら、ひどく安心した。

 そして、思い切り掴んでしまっていた彼のシャツから手を離す。皺になっていて少し申し訳なくなる。

 濡れた髪から垂れる雫に混じって、生理的に流れた涙がこぼれ落ちていく。

 

「い…… て、る…… ?」

「はいっす。生きてますよ。香月さんはちゃんと生きてるっす」

「…… め、じゃ、ない…… ?」

「夢なんかじゃないっすよ。キミは助かったんすから」

 

 げほげほと溢れ出てくる水を口元を覆って吐き出しながら、目線だけ周囲に向ける。

 みんなが心配そうにぼくを見ていた。その中に夢野さんの姿はない。

 ああ、そうか、アレも夢じゃなかったのか。

 そして、なぜだか白銀さんもいない。どうしたんだろう? 白銀さんはどこ? まさか、彼女にまでなにかあったのか?

 そんな風にキョロキョロと辺りを確認していると天海くんに上半身を起こされる。

 

「どうしたんすか? なにか気になることでも……」

「おいバカ月! テメー犯人は見たのかよ! どうなんだよ!」

「ちょっと入間さん! もう少し待ってあげなくちゃ駄目だよ!」

「うるせぇ赤松! 重要なことだろーが!」

「まあまあ、とりあえず彼女が落ち着くのを待つべきだヨ」

 

 犯人、そうか、犯人…… 気になるよね。当たり前だ。ぼくは殺されかけて、そして死ななかったんだから。

 でも、ぼくも犯人は見ていない。だからみんなの役には立てないな。

 

「ぼくは、見てない…… 動けなかっ、から…… 天海、くん。白銀さん、は?」

「ああ、彼女なら…… 戻って来たっすね」

 

 彼の視線を追えば、白銀さんがぼくの替えの制服を抱えて走って来るところだった。

 ああそうだよね、水槽に落ちて溺れてしまったのだから着替えが必要だ。単純なことだった。

 それと同時に百田くんと茶柱さんも体育館の外から帰って来た。2人もいなかったのか。白銀さんがいないことにしか目がいかなかった。

 ぼくもまだ混乱しているみたいだ。

 

「プールのほうには誰もいなかったぜ」

「学園内もくまなく探しましたが、靴が濡れてる人はいませんでした。きっとこの犯行は男死に決まっています…… そうに決まってるんです……」

 

 泣き腫らした顔で拳をぎゅっと握る茶柱さんがぼくに気づき、近づいてくる。

 

「助かったんですね…… よかったです…… 香月さん…… よかった…… 体を起こすのはお辛いですか? 天海さんに変なことされてませんか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう、茶柱さん」

「弱っている女性になにかしたら分かっていますね? 天海さん」

「はは、そんなことはしないっすよ。当たり前のことっす」

「なら、いいんですけど……」

 

 茶柱さんはぼくの無事を確認すると、天海くんに釘を刺すように注意し水槽横にあるカーテンの向こうに走っていく。アンジーさんもなにか考えがあるのか、茶柱さんを追うようにゆったりとカーテンの向こう側へ…… 夢野さんの側へと向かった。友達3人、今はそっとしておいたほうがいいのだろうね。

 

「もう、立てるよ天海くん」

「香月さん! 心配したんだよ」

 

 天海くんと、着替えを持って来た白銀さんに少しだけ支えられながら立ち上がる。

 それから白銀さんに連れられて隅っこのほうへ。

 赤松さんやら春川さんやら、あと百田くんが大きなジャケットを貸してくれて、その完璧な防御の中で着替えることとなった。

 本当は部屋で着替えることも提案されたんだけど、きっとこのまま捜査になるだろうからそれはやめておいたんだ。

 きっと重要な証拠はぼくが握っているはずだから。

 それと、付き添いがあったとしてもみんなから離れるのが不安だったというのもある。また狙われるかもしれない。そんな恐怖心が頭をもたげてきて、どうしてもこの場から離れたくなかった。

 

「落ち着いた? ねえもう出てきてもいーいー?」

「わっ! モノクマ!」

 

 着替えが終わる頃に、モノクマは最原くんたちの目の前へと登場した。

 それから前と同じようにモノパッドにモノクマファイルの第2版がダウンロードされたことを告げた。

 ぼくも白銀さんに支えられたまま彼女のモノパッドへ目を落とす。

 

 

【モノクマファイル2】

 

 被害者は夢野秘密子

 現場は体育館内のマジカルショーステージの中である

 死体発見時刻は午後10時7分

 

 マジカルショーステージの水槽横となる階段付近にうつ伏せに倒れていた。死因は心臓に五寸釘を打ち込まれたことによる穿通生(せんつうせい)心臓外傷のショック死

 右手の指先に小さな刺し傷が存在するが、事件との関与は不明

 

 殺人未遂の被害者は香月泪

 現場は上記と同じく体育館内マジカルショーステージの水槽である

 死体発見時刻の少し前に発見され、救助。蘇生済み

 あとは本人から訊けオマエラ

 

 

 《コトダマ モノクマファイル2》

 

 今度は死亡推定時刻が書かれてないぞ。あからさまな抜け要素だけど、こういう場合時間差トリックでも使われてるのかな。

 うーん、メタメタな推理ではあるけど、ありえそう。

 なんせ1番多く証拠を握っているのはぼくなのだ。

 

「香月さん、捜査はどうする? 誰かと一緒に休んでる?」

 

 と、ぼくがようやく1人で立てるようになったところで最原くんがやって来た。

 

「ううん、ぼくも捜査に加わるよ。部屋にいるより、みんながいるこっちで捜査してるほうが逆に安全かもしれないし、それに…… ぼくだって、夢野さんのためになにかしたいから」

「そっか、分かったよ。気をつけてね」

「うん、ありがとう」

 

 ひらひらと手を振って現場に行く最原くんを見送る。

 あ、一緒に見たほうがいいよね。検死できる人なんていないし、探偵の観察眼をちゃんと聴く機会はあったほうがいい。

 

「付き合ってくれるかな、天海くん。白銀さん」

「もちろんっすよ」

「地味に怖いけど…… そうだよね、みんなでいるほうが逆に安全だよね。よし、頑張ろっか」

 

 そうして、ぼくらの2回目の捜査が始まった。

 

 

 

 

 

 

― 捜査 開始 ―

 

 

 

 

 

 まずは夢野さん自身からだ。

 もう一度見るのは結構きついが、捜査のためには最原くんの意見もきっちり聴いておかないといけない。

 3人でカーテンの向こう側へと移動する。

 それから、そばにいる茶柱さんとアンジーさんが見守る中で検分が始まる。今回はこの2人が見張りになるみたいだね。まあ、当たり前か。できるだけそばにいてあげたいって思うのは当然のことだろう。

 

「転子は、だめですね。なんとしてでもクロを見つけてやりたいって思うんですけど、なにをすればいいのかが分からないんです。だからせめて転子にできることをやります! 夢野さんのことは、任せて、ください……」

 

 尻すぼみに段々弱々しくなっていく声に、本当は捜査も参加したいんだろうなと結論づける。そして、それに妥協している自分を許せないのだろうことも。

 

「茶柱さん、よかったらぼくらが見たり、聴いたりしたことを教えにくるよ。そしたら茶柱さんの意見も聴かせてほしいんだ。もちろんアンジーさんもね。夢野さんのことを1番分かっているのはきっときみたちだからさ」

「…… 感謝します。香月さん」

「秘密子…… ゆっくり眠れますように……」

 

 よし、そうなったらさっそく最原くんに質問だ。

 赤松さんとなにやらやりとりしている探偵に話しかける。

 

「最原くん、えっと、モノクマファイルは信憑性ありそう?」

「うん、死因は間違いないよ」

「うーん、穿通生心臓外傷って結局どういうことなのかな?地味に難しい言葉を使わないでほしいよ」

「穿通生心臓外傷は…… たとえば心臓に銃弾を受けた、とかそういうのっすね。ほら、五寸釘が打たれてるって書いてあったじゃないすか」

「あー、なるほど」

 

 心臓に五寸釘。まるで吸血鬼に対する処置みたいだ。

 傷口を詳しく見るのが怖くて遠目だが、マントの背中部分が大分汚れている。釘は抜いてあるのかな?

 

「釘はそのまま抜かれてないよ…… だから出血は少ないはずなんだけど…… でもこの赤いのは…… だめだ、血で乾いててよく分からない」

 

 《コトダマ 五寸釘》

 《コトダマ マントの血痕》

 

 最原くんには分からない…… でも香りは残っているはずだ。

 視覚以外での証拠はぼくが見つけられる。

 …… そのためには、もっと近づく必要があるけど。

 

「…… よし」

 

 頬を軽く叩いて勇気を出す。

 ぼくがやらなくちゃ誰がやるんだよ!

 

「無理はしなくていいっすよ。顔、真っ青じゃないっすか」

「これは、ぼくにしか分からないことだから……」

「香月さんにしか…… ?」

 

 確かに釘の刺さった部分は少し血が周りに散っているだけで、大量出血はしていない。釘が栓になって出血を防いでいるからだ。

 なのに背中全体に板でも擦ったような薄い赤色の跡がある。つまり、この赤色はぼくが階段の中で見つけたものと同じ……

 

「ケチャップ」

「え?」

「やっぱり、ここの傷口付近の出血以外はケチャップだよ」

 

 そんな馬鹿なって顔されてもね。実際そうなのだから仕方ないだろう。

 花瓶が割れ、彼女の上に乗ったデイジーとマーガレットのせいでだいぶ香りが隠されているが、絶対にこれはケチャップだ。

 

「それに……」

 

 辺りの香りを目を閉じて確認する。

 

「デイジー、マーガレット、ラベンダー…… ケチャップと…… レモン?」

 

 あとは僅かな血の匂い。いや、しかし、自分で確認して予想外だった。

 もう一度目を瞑って香りを確認しても……

 

「やっぱり、レモンの香りがする……」

 

 すごく微かではあるけど、この場にはないはずのレモンの香りがある。これは、一体どういうことだ?

 

 とりあえず、この問題は一旦置いておこう。

 

 《コトダマ 付着したケチャップ》

 《コトダマ 現場の香り》

 

「あと、ぼくが襲われた原因なんだけど……」

 

 と言いながら階段の下の段をパカっと開く。

 

「ああ、マジカルショーは水中脱出の予定だったもんね……」

「へえ、こうなってたんだ」

 

 白銀さんと赤松さんの反応を横目に覗き込む。

 

「こうやって、中を見てて…… あれ?」

 

 ハンガーがなくなっている。

 やはり、あれは重要な証拠だったらしいな。ぼくを突き落とした後にでも回収したのかな。

 

「どうしたの?」

「…… ううん、後で言うよ。まずはこっち。えっと誰かペンライトかなにか持ってないかな?」

「俺が持ってるっすよ」

「ありがと、ちょっと貸してね」

「どうぞっす」

 

 ペンライトで水槽側への入り口を見る。多分ペット用のドアみたいになってるここに…… あった。赤い跡だ。乾いているけど、くっついている。階段の内側と…… それから階段の天井部分についていたみたいだ。

 これを水槽側から抜けてきたと考えると、狭いから夢野さんでも天井部分のケチャップに背中が擦れて付着してしまうだろうな。

 ぼくの背中も、このドアを通って落ちたのだからケチャップが付着したんだろうけど、それは水の中で溶けてなくなってしまっただろう。

 あとで濡れた制服の香りを確認したら、まだケチャップの香りが残っているかもしれない。

 

 ぼくは階段から出てそれらをみんなに説明する。

 念のため、最原くんや天海くん、茶柱さんにペンライトで確認してその目で見てもらったので証拠としては十分だ。

 

「じゃあ、夢野さんのこの汚れはそのケチャップが原因ですか」

「そうなるね」

 

 《コトダマ 階段の秘密》

 

 それから、ぼくはこの目で見たけど現在行方不明のハンガーについてを語る。

 香りを辿って階段の秘密に気がついたこと、階段の中でハンガーを見つけたこと、それから…… ハンガーを触った途端体が動かなくなって倒れ、そのまま水中に投げ出されたことをだ。

 

「ハンガーか…… 確かに夢野さんは替えのマントを握ったまま亡くなってるから、ハンガーを持ったときに倒れてそのまま…… って可能性は高そうだ。それに、チクッとした痛みっていうのも気になるよ」

 

 よし、最原くんのお墨付きだ。

 

「そのハンガーがなくなっているということは、犯人は既にいくつか証拠隠滅をしているということになるな…… そうなると、香月さんが見たものが重要になるね。裁判でも証言をお願いしたいんだけど、いい?」

「もちろん、やるよ。ぼくだって夢野さんのためになにかしてあげたいんだから」

 

 《コトダマ 行方不明の証拠品》

 

「ねえ、チクッとした痛みってもしかして針なのかな…… それなら地味に心当たりが……」

「うん、ぼくもそう思う」

「え? 心当たりがあるの?」

 

 最原くんには事前に裁縫セットの針が1本足りなくなってたことを告げる。あの痛みは十中八九それだろう。

 

《コトダマ 裁縫セット》

 

「ねー、泪もお祈りしよ?」

「え、あ、…… そうだね」

 

 アンジーさんに手を取られて夢野さんの前にしゃがむ。

 当たり前だけどアンジーさんや、それに茶柱さんには血の香りは付着していない。本人を触ったわけではないからというのと、血の付着した部分がかなり狭い範囲だからだろうな。

 

「転子も」

「そうですね…… 夢野、さん」

 

 そして目を瞑ってお祈りする。夢野さんがこれ以上苦しまずに済みますように。

 

 後ろでは天海くんたちも黙祷していたようだ。涙の滲む両目を拭い、立ち上がる。

 あと気になるとすれば、花瓶が倒れてることと…… 舞台の上かな。

 花瓶は恐らく夢野さん自身が倒してしまったのだと思う。倒れている位置とかなり近いから。でも破片が全て彼女の上に乗っているところを見ると誰かが割ったという気もしてくる。さて、真相はいかに。

 この花瓶が割れてしまったせいで花が露出して香りが混ざって分かりにくくなっているのも気になる。意図的ならば、やはり香りが証拠品の1つとなるだろうね。

 

 《コトダマ 割れた花瓶》

 

「あ、そうだ。天海くん、どうして百田くんたちは外にいたの?」

 

 ぼくが僅かな疑いを滲ませながら訊くと、天海くんは説明がまだだったとばかりに話し始める。

 

「ああ、それはっすね…… 俺たちはそれぞれアンジーさんに言われて体育館に来たり、王馬君を追ってここに来たりしたんすけど、舞台の上に水の跡と、飾りの縄から植物が外されてたことで犯人がプール方面へ逃げたんだと思ったんすよ」

 

 それって、あの窓からプールの方へってことか?

 ここは舞台があるからそうでもないけど、プールのほうは確か相当な高さがあったはずだよね。

 飛び降りたということか? あの高さを? え、そんなことありえるの…… ?

 

「まあ、結構な無茶だとは思うっすけど、身体能力の高い人なら受け身くらい取れるでしょうし、俺もあのくらいの高さなら平気っすよ」

 

 超高校級の冒険家なら山とか崖とか渡り歩くこともあるのかな?なら、身体能力的にも余裕というのも分かる。ただ、絶対に最原くんや赤松さんみたいな運動が不得意そうな人には無理だろう。

 

《コトダマ 体育館の窓》

《コトダマ 犯人の逃走経路予測》

 

「えっと、じゃあアンジーさんに言われて…… とか、王馬くんを追って…… っていうのは?」

「入間さんとゴン太くんはすぐに説得したり、確保できたんすけどね…… やっぱり動機ビデオは王馬君が全部持ってたらしいんすよ」

「入間さんは…… 地味に暴れてくれたけどね……」

「お2人は念のため春川さんが見張ってくれてたっす」

 

 入間さんとゴン太くんのことは予測していたから納得だ。

 ただ、現場に残ったレモンの香りのことを考えると王馬くんの動向は知っておきたい。

 

「俺たちは走って来たアンジーさんに、夢野さんが死んでいることを聴いたんすよ。現場では真宮寺君が見張ってくれているから早く来いって具合にっす」

「真宮寺くんが?」

「ああ、香月さんが溺れているときにいなかったことについては後で訊くつもりっす。俺的に1番怪しいのはあの人っすから」

 

 見た目からも怪しいうえに、行動まで怪しいなんて真宮寺くん……

 

「わたしたちはアンジーさんについて行ったんだけど、春川さんや赤松さんたちは3階に姿を見せた王馬くんを追ってる間に体育館に来てたんだって。アンジーさんたちに誘導されたわたしたちが先に来て、香月さんと夢野さんを見つけて…… それから王馬くんたちが来たんだよ」

 

 つまり、時系列で並べるとこうか。

 

 その1、まずアンジーさん、真宮寺くんが夢野さんが倒れているのを発見。真宮寺くんが残ってアンジーさんが人を呼びに行った。

 その2、なんらかの理由で真宮寺くんがいなくなる。

 その3、この間にぼくが夢野さんを発見、勝手に捜査を始めて殺されかける。

 その4、天海くん、白銀さん、キーボくん、百田くん、茶柱さんはアンジーさんに連れられて体育館に。

 その5、百田くん、茶柱さんが犯人を探しに体育館の外へ。

 その6、ぼくの救助をしている間に王馬くんを追って残りの人たち…… 春川さん、ゴン太くん、入間さん、赤松さん、最原くん、そして恐らくこの辺りで真宮寺くんが体育館になだれ込む。

 

 死体発見アナウンスは、水槽の中のぼくを見つけて真っ先に階段を駆け上がった天海くんが目撃したあと鳴ったようだ。だから王馬くんを追ってきた人たちは体育館に入る直前にアナウンスを聞いたことになるのかな。

 うん、待てよ? なんか違和感があるような…… 死体発見アナウンスって発見者が3人になったら鳴るものだよね? 確かルールにも書いてあったはずだけど……

 

 ちょっと整理しよう。

 アンジーさんと真宮寺くんが発見して2人。

 もしも2人のうちどちらかが犯人だとして、ルール上犯人を発見者に含まないならこの時点で発見者が1人。

 そのあとぼくが見つけて2人。で、天海くんが見て3人か。

 アナウンスが犯人を含めずに鳴った…… と考えるのが自然かな。

 

 《コトダマ 発見までの流れ》

 《コトダマ 死体発見アナウンス》

 《コトダマ 死体発見アナウンスのルール》

 

 でもそれにしては王馬くんの動きがよく分からない。

 多分ぼくの研究教室から出て行ったあと、みんなから追いかけられつつ体育館に行ったのだろうけど…… 彼がわざわざ袋小路になっている体育館に行くものだろうか? それも夜時間ギリギリに、だ。

 夜時間に体育館へ入ったら校則違反でエグイサルに処分されてしまうのだから、さすがにそんな危険を冒すような人じゃないだろう。謎だ。彼からも話を訊く必要があるな。

 

 《コトダマ 王馬小吉の動向》

 

 …… と、最原くんと赤松さんはぼくらが話の整理をしている間に、既にどこかに行ってしまったようだ。

 とりあえず次は真宮寺くんに話を訊きにいくのが1番だろう。彼は怪しすぎる。

 

「僕かい? まあ、そうだろうねネ。最原君たちも話を聴きに来たヨ。僕は見た通り、怪しいからネ」

 

 だから自虐ネタは反応に困るからやめてってば。

 

「アンジーさんから話はある程度聴いてるでしョ? 僕たちは夢野さんが死んでいるのを見て、現場が荒らされないように僕が残って人を呼びに行ってもらったんだ」

 

 ここまでは天海くんから聴いた通りだ。

 

「そのあとしばらくして、足音がしたんだヨ。体育館の外からネ。一応見に行ったんだけど、走り去る音がして…… 犯人が戻ってきたんだと思って足音を追って現場を離れてしまったんだヨ。あとは君たちが知っている通りだネ」

 

 足音ね。一応覚えておくか。

 

 《コトダマ 真宮寺の証言》

 

「地味に疑って悪いんだけど、真宮寺くんはいつ戻ってきたの? わたしたち、全然気づかなかったよ」

「王馬君を追って最原君たちが走っていたから、それについていったヨ」

「…… お話ありがとう」

 

 ぼくがお礼を言って引き下がる。

 うーん、怪しい。でも証拠はないんだよな。

 ぼくの勘は彼だと言っているんだけど、決定的な証拠が……

 

「それじゃあ、僕は1度夢野さんを見てくるヨ」

 

 ラベンダーと、マーガレットと、デイジーと、それにケチャップと血の香り…………

 バッと後ろを振り返り、カーテンの向こうへ消えていく彼を見送る。

 いや、彼はラベンダーの焚き付けをしたあとのマントに触れている。なにもおかしくはない、はずだ。なのになぜ、こんなに違和感があるのか……

 

 《コトダマ 血の香り》

 

「あとは王馬くんだけど…… あ、キーボくん、王馬くん見かけなかった?」

「王馬クンですか。そういえば春川さんたちに連れていかれてましたね。体育館の外で揉めてるかもしれません」

 

 ああ、動機ビデオのことでか。

 それは揉めるだろうな。

 

「ありがとう」

「いえ、それより体が少しふらついているようですが、大丈夫ですか?」

「え、そう? 自分では大丈夫だと思うんだけど…… 意外とよく見てるね」

 

 機械だから違いがミリ単位で分かったりするのだろうか。

 まあいいか、それより王馬くんだ。

 

「王馬くんは1番の謎っすからね」

「話を訊いても嘘を教えられて終わる気がするけどね…… わたし、王馬くんから聞き出す自信なんてないよ」

 

 それでも聞き出すしかないんだよ。

 最悪裁判でちゃんと発言してくれればなんとかなるだろうし。

 自分の命がかかっているなら嘘はつかない…… と思いたいな。

 

「ほらほら、オレに関わってる暇があるなら捜査しなよー」

「いいよ、動機をあんたから奪ってからの話だけど」

 

 やはり春川さんがかなり粘っているみたいだ。

 

「だーからー、あれはオレの部屋にあるから今確認しても無駄だって言ってるでしょ? 春川ちゃんったら脳筋なんだからー。それのどこが保育士なんだか」

「殺されたいの?」

「こ、怖いよぉ…… オレ殺されちゃうよぉぉ! うわあああああん!」

 

 ものすごく春川さんがイライラしてる…… 正直結構怖い。早く赤松さんか百田くん回収してあげて……

 

「あ、あの……」

「なに?」

 

 鋭い目線のお裾分けがこっちにも…… いや、勇気だ勇気。彼女は王馬くんに怒ってるだけでぼくに怒ってるわけじゃないんだから。

 

「王馬くんに、訊きたいことがあるんだけど」

「え、なにかな? オレの隠し財産の場所? それとも組織の情報? クソッ、オレの組織のことは絶対に話さないぞ…… !」

「いや、そうじゃなくてさ…… 王馬くんは、どうしてみんなから逃げる場所に体育館を選んだのか、気になって」

「ああ、それか」

 

 彼は途端に悪い顔になって腕を組む。

 

「だって、死体を見つけてもらわないと裁判は始まらないでしょ?」

「それって、あんたが殺したってこと?」

「そうだよ、オレが夢野ちゃんを殺したんだよ! ナイフでザクッとね!」

 

 天海くんたちと目を合わせて、ぼくが指摘する。

 

「それは違う…… よね?」

「えー、なんでそう思うの?」

「だって、夢野さんの死因は五寸釘だからさ」

「にしし、そうだよ! 嘘だよ!」

「っすよね」

 

 彼と会話すると疲れる。

 これ以上話しても、収穫があるかどうか分からないっていうのが1番辛いよ。

 

「でも、さっき言ったことはホントだよ? 裁判は死体を見つけてもらえないと始まらないってやつ」

「え?」

 

 王馬くんは相変わらずにししと笑いながら、今まで考えていたことをひっくり返すことを平然と言ってのけた。

 

「植物園から逃げ回ってるうちにさ、体育館についてちょっとからかおうと思って覗いたんだよね。そしたら夢野ちゃんが死んでたから、みんなに報せてあげようと思って頑張って走り回ってたんだよ。な、なのに疑われてばっかりなんでぇっ、あ、ああんまりだァァァァァァァァァァ!」

 

 彼も、死体発見者?

 待て。そうなると死体発見アナウンスがおかしい。

 どういうことだ? どういうことだ?

 

 混乱する頭を整理するうちに、遠くで捜査終了のアナウンスが響いていた……

 

 《コトダマ 王馬の証言》

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 活動報告にて【証拠品一覧】を載せております。推理の際にご活用くださいませ。

 ティファさんより支援絵をいただきました!
 エプロンを着た主人公です。とっても可愛らしい絵をありがとうございました!


【挿絵表示】


 タイトルロゴ入りver.


【挿絵表示】


 公式さんがハロウィンの素敵なグラフアートを発表していたので、便乗して主人公のハロウィン絵を描かせていただきました!
 夜泣き椿もしくは椿の精霊ですね。


【挿絵表示】



 読者の皆様の推理は是非とも伺いたいのですが、感想欄で行うのは規約違反となります。
 なので、もし推理を送る気持ちがありましたらtwitterのDMか、作者ページから直接メッセージをお送りくださいませ。

 送る際は以下の通り。
①犯人の名前
②その根拠
 あとは本編の主人公がやっていたように時系列を書いていただけるとありがたいです。

 返信では当たり障りない返答となってしまいますが、裁判後に添削含めてコメントさせていただきたいと思います。
 それでは皆様、これからもどうぞお楽しみくださいませ!

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