「え、僕かい?」
そう言った彼は気味が悪い程平然としていて、その表情は疑われているというのに困惑すら浮かんでいない。まるでそう言われるだろうと最初から分かっていたように。
「ほら、僕って見た目が怪しいからネ…… うん、仕方ないといえば仕方ないか」
ここ数日で何度も聞いているフレーズ。諦めているかのような、自嘲気味な声のトーン。自虐ネタは彼の十八番なのかと思っていたけど、ここまで来ると逆に違和感すらある。
一体なんなのか。
この違和感は、なんなのか。
ぼくの中の思考は確かに彼が犯人だと言っているというのに、なぜだか違う気もする。ちぐはぐな違和感。まるで犯人はそこにいるのに、いないような…… 底知れない気持ち悪さ。
このままではいけないような、そんな焦りを持て余しながらぼくは口を開く。
「きみたちが夢野さんを発見したとき、まだ彼女が生きていたなら…… そのあと1人だけ残ったきみが、限りなく怪しい。そういうことになるよ」
「.…… 確かに、香月さんの言う通りあのとき夢野さんは死んでいなかったのかもしれないネ。気づけなかった僕が不甲斐ないヨ。茶柱さんに申し訳が立たないし、なにより…… 彼女の本気のマジックショーが見られないと思うと口惜しいヨ」
帽子を目深に被って目を伏せる彼からは、本気の悔しさが感じられる。なんでだ?彼が犯人で合っているはずなのに、この焦燥感はなんだ? 彼であって、彼じゃない。この違和感。飲み込みようのない不快感。なにかが間違っている?
「でも、それだけで僕が犯人だと言うのなら、違うと言わせてもらうヨ。僕は不審な足音を聴いている。僕が彼女のそばを離れている隙に、誰かが殺しに来た可能性もなくならないはずだヨ」
普通なら、自分が犯人だと疑われたら動揺するか、戸惑うはずだ。本当に犯人でないなら、自分に矛先が向くなんて思いすらしてないはずだから。
なのに彼は当然のことのようにそれを受け止めて、平然としている。
まるで慣れているかのように。いや、怪しまれること自体は慣れていることに違いないのか。自虐ネタにするほどに。
彼の話を聞きながら思考を巡らせる。先入観を捨てて、可能性をシュミレートする。
彼の計画を誰かが利用している可能性…… は、なくはない。ただ、いつ計画を悟ったのかが分からない。いや、首謀者なら可能か?
彼が嘘をついている。こう考えるのが普通だけど、それでも違和感は付き纏う。嘘だけど、嘘ではないような、変な感覚。
ぼくの第六感は、わりと当たる気がするからなあ…… こういう予感は大事にしておきたい。
誰かを庇っている。なんとなくしっくりくるような、こないような。
そもそも彼が殺人を庇い立てするほど仲の良い人物なんていなかった。特に女子とは全く交流を深めていないから、夢野さんの心意気に対する絶賛以外に彼が女子に対して触れているのを聴いたことがない。
いや、東条さんに対しては結構買っていたところがあったかな? でも、それくらいで本当になにも接点はないはず。東条さんはすでにいないし…… ぼくもちょっと褒めてもらったけど、友達というほどではない。彼のことまだよく知らないし。
あと精査するべきなのは入間さんの研究教室に侵入できる人物?
鍵がないとはいえ、それこそ仲の良い赤松さんくらいか。でも四六時中彼女があの場所にいたかどうかなんて保証はない。
結局タイミングが合えば、ネイルガンは無理でも釘単体を持ち出すくらいはできる。
「もしかしたら、僕があのとき聞いた足音は王馬君で、彼が殺しに来たのかもしれないヨ」
「それだと発見者の人数が合わない」
「聞き及ぶに、天海君達は大勢で体育館に来て君を救ったヒーローなんだよネ。なら、天海君が見た時点ですぐさま鳴ったと断言できるのかい?同時に複数が見ているんだから、そこで2カウントあった可能性もあるんだヨ。そうなると発見者人数もあてになるのか不明としか言いようがないネ」
見事な堂々巡りだ…… 確かに、それだと彼の言う通り発見者人数はあてにならなくなる。詰み…… か?
「焦ってもいいことなんてない、あんた、汗すごいよ」
気がつけば、ふたつ隣の席の春川さんが目を細めてぼくを見つめていた。
頬を伝うものに指を触れさせて、呆然とする。焦っている?誰が?ぼくが?
もう誰もいない両隣の席が酷く虚しくて…… みんなの輪から外れたみたいに1人だけで事を急いていたのかもしれない。
焦るぼくを止められる白銀さんたちは席が遠い。だからなおさらに。
「ごめん」
「ああ、焦って失敗しちまったら大変なことになるからな! でも、テメーにはオレたちがいる。チームのやつらがいるんなら、補い合えばいいんだよ。何事も1人でやるもんじゃねぇんだ。これはチーム戦なんだからよ。オレたち全員で犯人をとっ捕まえるんだ。その責任をテメー1人で背負う必要なんざねーだろ」
ぼくの隣の席は星くんと、東条さんだった。
だからもう、隣に人はいない。けど、その空席ひとつ開けた先で春川さんが放っておかないとばかりに目を細め、百田くんが豪快に笑う。
「ごめん、1人じゃない…… そうだよね」
「仲間と円満に付き合うんなら謝るより感謝だ! それが仲間と上手くやるコツだぜ。覚えとけよ、香月」
宇宙飛行士って、そういえばチームとの絆が大事なんだっけ。
初めて彼が口だけじゃない人だと思えた気がする。今までは少し、侮っていたかもしれない。
「…… ありがとう。事を急ぎすぎたみたいだ。真宮寺くんのことはまだ仮説でしかない。もっと犯人に繋がることを話し合わないといけないよね」
「香月さん」
黙ってやり取りを見ていた天海くんが声を出す。
彼の表情はすごく優しくて、まるで成長を見守る兄のような顔をしていた。
ぼくはそれに少しだけ不満を抱いたけど、すぐに彼がその表情を変えたのでぼくも気持ちを切り替える。
「全部が全部解決しようとしなくていいんすよ。それはみんなでやることっす。だから、香月さんは香月さんにしか分からないことで議論に協力してもらえると嬉しいっす」
「オレたちがやらなくちゃいけないことまで取っていくのって、それは傲慢だよ? 香月ちゃんだってさ、自分の責任で起きたことを代わりに謝られたりしたら嫌じゃない?なんでってならない?」
前回の裁判のことを思い出す。
あれだってそうだった。最終的に手を下してしまったのは東条さん。だけど、そのきっかけになったのはぼく。
ぼくが全部悪いんだなんて考えは、彼女の、東条さんの責任感を台無しにしてまで奪い去ってしまうようなものだった。それは傲慢な考えだから。人の負うべきものまで背負うのは、自分の罪の意識に罰を課して楽になるための口実でしかない。
ぼくは、そんなことまで見失っていたんだ。
「うん、落ち着いてよかったよ……」
「犯人については仮説のひとつとして覚えておいて、もう少し考えを詰めていくことからやるっす」
白銀さんと天海くんによる軌道修正で議論に戻る。
またぼくのことで手を煩わせて…… なんて思っちゃダメだね。これじゃあさっきの繰り返しだ。
今度はもっと冷静に。
「転子が1番気になるのは釘がいつ持ち出されたかについてですね。ネイルガンごと持ち去られたんですか? そこははっきりしてませんが」
「ネイルガンは凶器のひとつだからっつって食堂に保管してんだろーが! それを提案したのはテメーらだろ!」
「はっ! そうでした……」
「なら、釘だけ持ち出されたってことかな?」
「そうなるだろうね。えっと、赤松さんはよく僕といるか、入間さんといるけど…… 研究教室の中で釘って見かけた?」
ゴン太くんの確認する声に最原くんが頷く。
そして、最原くんが赤松さんに確認すると、赤松さんは 「わりと散らかってるけど釘とか工具とかは結構目についたかな。目敏い人なら入ってすぐ分かるかもしれない。だから片付けたほうがいいって言ったのに」 なんて入間さんを半目で見ながら言った。
「う、う、うるせー。オレ様の教室はオレ様のやりやすいようにされてんだよ…… 片付けたら分かんなくなるだろーが」
「わー、まるでゴミ屋敷の住民みたいな考えだねー」
察するに、なんでも手の届く範囲に置いちゃう人なのかな。やりやすいのは確かだけど、散らかってるのはちょっとね……
「ということは、誰でも釘は持ち出せたのかー?」
「どうなんすか入間さん。別に四六時中いたわけではないっすよね」
「ま、まあな…… あそこじゃなくてもちょっとした改造なら部屋でも食堂でもできるし…… 頼まれたことも特にねーし…… 最近は倉庫にあったミニカーをトランスフォームさせてただけだし……」
「ちょっとその話詳しく!」
おっと白銀さんが食いついた。
彼女たちのちぐはぐなトランスフォーマー談義を流し聴きながら、考える。
…… そういえば、ぼくはぼくなりの証拠の示しかたをって、天海くんが言ってたな。
ぼくなりの証拠か…… ぼくだけが分かることといえば、現場で殺人未遂されたことと、そして香りのことだけだ。
「そうだ…… 香りだ。香りだよ。犯人だって、証拠は隠せても現場の香りなんて誤魔化しようがない」
裁判は何人かに分かれての捜査のあと、すぐに始まった。
1人になる機会があったとしても少しの間だけ。現に犯人は体育館の大扉の裏にハンガーを隠すだけで精一杯だったんだ。お風呂に入って匂いを落とすなりの工作は不可能。
ぼくを前に、誰もがそれは誤魔化せない。
…… 人の香りを嗅ぎ分けられるのなんて、嫌がられやすいからあんまり出したくないカードだったけど。
出し惜しみはしない!
「現場の香りはデイジー、マーガレット、ラベンダー、ケチャップ、血の匂いに、僅かなレモン。あれだけの香りが充満していたけど、ぼくなら嗅ぎ分けられる。なら、犯人にだって、発見者にだって、香りはつくはず。それは誤魔化しようなんてない」
「香りっすか…… 確かにそれはキミにしか分からないことっすね。聞かせてください」
デイジー、マーガレットは花瓶に入っていた花。花瓶が割れていて、現場の夢野さんは水中マジックのリハーサル中だったこともあり濡れていた。
ラベンダーはマントの香り。現場に入ってもつかないが、触るともしかしたら香りが伝播するかもしれない。その程度の薄いものだ。
さらに彼女の背中から漂っていた血と、ケチャップの香り。
現場の近くに漂っていた、ほんの僅かな、ぼくでも逃すんじゃないかというくらいのレモンの香り。
「レモンは王馬くんにあげたアロマだから、彼が少なくとも1回は現場に来ていたのは間違いないよ。捜査前の、ぼくが殺されかけた時点でレモンの香りが残ってた」
「匂いだぁ? 犬かよ! ますます畜生じみてんなぁ! 犬月か? 犬月なのかぁ!?」
「うわー、よく分かるね。さすがは超高校級のアロマセラピスト。犬並みの嗅覚がある才能なんて世の中生きづらそう」
…… 否定はしない。
潔癖症にでもなりそうなくらい普段の香り関係は酷い。
でももう慣れた。本当にこの才能を生まれ持っていたのなら、かなり人生大変だったと思うんだけど…… ぼくはこの嗅覚を持ってから接したのはみんなだけだし、みんな綺麗好きだから問題ない。
あの入間さんでも、綺麗好きっぽいし。するのは機械類の香りとかその辺だけだ。
と、みんなへの印象はここまでにしておいて…… あのとき真宮寺くんとすれ違ったとき、なんで違和感を持ったのか腑に落ちた。
思い出した。やはりぼくのあらゆる意識が、彼が犯人でしかありえないと囁いている。
けど、同時にやはり変な感覚が支配する。彼ではない、と。
「生きているときの…… 血が出ていなかった夢野さんしか見ていないはずの真宮寺くんから血の香りがする。あれから、きみは現場に立ち入ってないはずだよね?」
「それでも僕が疑わしいと思うのかい? 君は考えを凝りかためすぎているヨ。聡明なのは良いけれど、思い込んだら意外と頑固なところもあるんだネ。よく考えてみてほしい。他にも血の香りがする人はいると思うヨ…… そこの茶柱さんとか、王馬君とか、アンジーさんとかネ」
茶柱さん、アンジーさんは長く現場に立ち入っていた。それに茶柱さんは夢野さんに触れてかなり嘆いていたから血の香りがついていてもおかしくはない。
そして、王馬くんは……
―― 「そうだよ、嘘だよ! ホントはね、春川ちゃんが人でも殺せそうな顔で追ってくるもんだから怖くて怖くて、不幸にも途中で転んじゃってさー」
彼から血の香りがするのは、間違いない。けど、けどそれは、真宮寺くんを犯人と仮説して追い詰めることには繋がらない。
…… 王馬くんが犯人だとしたら、ぼくのところに来る前にトドメを刺してきたことになる。血の香りがあの時点でしていたのだから、そういうことになる。この場合、あの怪我は血の香りを誤魔化すために自分でつけたものって考えるしかない。
でも彼からは…… そう、デイジーやマーガレット、それにラベンダーの香りはしなかった。
彼がそれらに触れる機会があったとするのなら、あの現場だけ。それがあのときしなかったとなると、怪我以外に血の香りがつく要因にはならない。
ラベンダーと、マーガレットと、デイジーと、それにケチャップと血の香り…………
バッと後ろを振り返り、カーテンの向こうへ消えていく彼を見送る。
…… レモン以外の香りを全て纏っていた真宮寺くん。
そうだ、彼はラベンダーの香りがついたマントにも触っているし、デイジーやマーガレットを飾った1人でもある。けど、ケチャップの香りは発見者だからともかく、やはり血の香りまでするのはおかしい。
なぜなら、彼は足音を聞いて現場を離れてから最後のチームと帰ってくるまで現場に立ち入っていないはずなんだから。本来血の香りがつくはずないんだ。
「どうして王馬くん?」
「だって、彼、〝 怪我をしている 〟ように見えるよ」
王馬くんもあちゃーみたいな顔をしている。怪我をしているのは事実だしね。だから、ぼくは口を開いた。
「いいや、彼は〝 怪我をしていない 〟よ……今日はね」
さらりと嘘をつく。嘘をつくのもなんだか慣れてきたように思う。
王馬くんが嘘をつけば1番良かったのかもしれないけど、逆に彼はみんなから疑われやすい。
普段嘘をつかない人ほど信憑性は増す。あと心配なのは、前日彼と一緒にいた人たちだけど……
「……」
王馬くんに笑みが浮かぶ。
「そうだよ! ゴン太と虫さん談義をしてるときにちょっと転んじゃって! ね! ゴン太!」
「ええ! 王馬君怪我してたの!? 大丈夫? どこ怪我したの?」.
「にしし、ありがとーゴン太。心配してくれるゴン太は優しいねー」
「…… そうだよね! わたしたちのほうに手伝いに来たときも少し怪我してたよ!」
ゴン太くんが嘘に騙されたのと同時に、嘘に乗ってきた白銀さんからのフォローが入る。
もしかしたら、ぼくとよく一緒にいるから考えを汲み取ってくれたのかもしれない。
「おや、そうでしたか?」
「あー、転子は顔も合わせないからねー。もう少し観察してもいいって神様も言ってるよー!」
「男死と言えど、怪我をされたら女子の盾にすらなりませんからね」
「たはー、茶柱ちゃんは相変わらずだね。男子の人権はどこ行ったの?」
軽口を叩きながらたくさんの人が同意してくれた。
どうやら、みんな真宮寺くんを怪しんでいるのは共通らしい。
「………… 駄目だヨ」
え?
「………………」
真宮寺くんは帽子を目深に引き下げて黙っている。
ともすればなにかを抑えているように。なにかを我慢するように。
「そもそも、貴女1人にしか分からない証拠で他人を説得させるのは無理があると思うわ」
「は?」
誰かが言った。
俯いたままの彼の体が震える。
「是清や。姉さんにお任せなさい。最愛の弟…… こんな女に、あなたを傷つける権利はないわ」
帽子の下から見据えられた視線に心臓が跳ねる。暗い中で光るようにこちらを向いたその瞳は細められ、まるで敵を見るように。
その視線は女性特有の鋭い目線。まるで恋敵でも見るような、憎悪でも宿っていそうな。そんな瞳。
「…… 真宮寺、くん?」
口元のマスクがずらされる。初めて見る、彼の口。
そこに彼は懐から取り出した口紅を塗って馴染ませると、ふふと笑いを零す。
まるで別人だ。いったいなにがきっかけでこうなったのかさっぱり分からない。
そう、女性のように変貌した彼はガラリと雰囲気を変え、美しく笑う。
本当に女性だと言われても違和感がないほどの。いや、むしろ…… これが自然体なのではないか? と思えるほどの風貌。
彼はいったい。いや、彼女…… なのか? 分からない。分からない。
どちらが真実なのか。
今分かるのは、この綺麗な人がすごく怒っていることだけだ。
そして、誰よりもぼくを敵視していること。
混乱したまま、議論は進んでいく。
,
なにもV3本編と人物たちがそのままなわけではありません。
この世界には思い出しライトなんという便利なものもあるわけですから。
そして、ライトだけでなく動機ビデオも思い出しライトと同じ効果がある、なんて考察も存在いたしますね。その場合の根拠は原作の東条さん自身。あれを見てから、狂っていったのですから。
実はもう、〝 思い出しライト 〟という道具以外でも同じ効果のあるものがいくつか出てきているのかもしれません。