月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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― カルピス濃度1% ―
朝食当番


 もくもくと部屋に香りが満ちていく。

 アロマはアロマでも今はキャンドルを部屋中で焚いているためまるで魔女の部屋の中みたいだ。

 

 目に見えるくらいの濃度でないと全然落ち着かない。

 焦燥と、チラチラと脳裏に蘇る赤色が思考の邪魔をして仕方ない。

 割れることもなく引きずり回される球体の鏡と、中から響いてくる悲惨な水音。悲鳴もなく、視界に惨状がはっきりと映ることもなく、けど確かにその場で行われた残酷な刑罰。

 見えないのに、怖い。かえってその中身の惨状の想像を掻き立てられてしまい、胃の中身がひっくり返るみたいだった。

 

 忘れろ、忘れろ、忘れろ……

 

 真宮寺くんもまた、自身の感情に振り回されて、意図せず姉の亡霊に囚われ、そして狂った愛情もろともに自ら処刑されていった。

 鏡張りの執行部屋は彼の救いになったのだろうか。彼らは2人一緒に殺された。元凶は姉のほうだったのだから当然なんだろうけど……

 ああもう、ぐるぐる考えても仕方ない。仕方ないんだ。

 

 昨日は疲れて泥のように眠ってしまったけど、今度は早朝に目が覚めてしまい、しかも二度寝するほど気持ちが落ち着いていられず自分の研究教室にやってきていた。

 それからぼくはずっとここに引きこもっている。

 前も似たようなことをしていたけど、裁判後は本当に落ち着かない。

 ああすれば良かったとか、こうすればあんなことには、なんて後悔を死ぬほど引きずるからだ。

 東条さんのときもそうだったけど、今回もぼくがあの場に残っていれば夢野さんを殺害できる状況ができなくなっていたかもしれないと思うとやりきれない。

 

 …… 多分、これはアンジーさんが1番後悔しているのだと思うけど。

 アンジーさんも飄々としていてさっぱり感情が読めないからね。彼女はどう思っているのだろうか。

 あの人が単純に落ち込んでいるのも想像できない。あの表情がマイナスに落ち込むことなんてあるのかなあ…… でも今回のことは少なからず怒っていたような気はするし。

 自分が現場から離れなければって思いは持っている…… はずだ。

 茶柱さんもかなり後悔しているし、行き場のない怒りと鬱憤にどうしたらいいか分からないようで、食堂にちゃんと来ているのかも分からない。

 あれから、2人はどうしたんだろう。

 裁判場に残った2人は……

 

「あっ」

 

 しまった、失敗した。

 手順を誤って未完成なまま精油ができてしまった。

 才能があるからといって油断しちゃいけないな。

 というか茫然自失な状態でやっちゃだめだ。

 

「はあー……」

 

 もうすぐ朝の時間になるから食堂は開くはずだよね。

 でもどうしても行く気になれない。

 早朝から落ち着かずにこんな煙たい部屋で作業してるし、見た目だけは完全に健康に悪い状態だ。見た目だけは。

 煙の正体はアロマだし、たまに扉を開けて換気もしてるから問題自体はないんだ。見た目が悪いだけで。

 精油作りだけじゃなくて順調にみんなのちびっこ人形も作ってるけど、そろそろ棚の置き場がなくなってきたな。

 量産された精油のビンが化学室っぽくズラッと並ぶ光景にはときめくが、その棚の上に大量の人形がある光景は冷静に考えたらゾッとするんじゃないかな。

 

 棚の下の方と収納ロッカーには精油を利用した美容クリームとかそういうのも試作して置いてある。シャンプーリンスもそうだけど、意外とアロマっていろんなところで使われてるものだよね。

 多分白銀さんあたりにお願いされれば推し? の香りをイメージしたアロマも選んだり作ったりできると思う。

 確かそういうことやってる同業者もいた気がする。いや、才能が植え付けられる前の話だから、同業者じゃなくて見たことがあるってだけかな。

 才能関連の記憶も動機ビデオ関連で思い出したことだけだし……

 なんだか記憶がごちゃ混ぜになってきていて気持ち悪い。

 

 ぼくはぼくなんだよね? どこまでが本来のぼくで、どこから植え付けられたものなのかの境界が曖昧になってきている。訳が分からなくなる前に整理しないと…… 植え付けられているのか、どんな手段で刷り込まれているのかも分からないからその辺もあたりをつけないとね。

  多分あのライトは確実だと思うんだけど……

 

 と、そこで扉が向こうから勝手に開かれた。

 

「あ、やっぱりここなんだ…… 煙すごいね、大丈夫? 一酸化炭素とか地味に出てるんじゃ……」

「あ、えっと…… ときどき換気はしてるから…… それにアロマキャンドルだけだし……」

 

 死にはしない。しないよな?

 部屋は大きいから一酸化炭素も出てない…… でも二酸化炭素は出るわけで。換気しなければ徐々に窒息……

 あれ、どうなんだろう。ぼく消極的自殺してた…… ?

 

「うん、大丈夫…… なはず」

「換気しようね」

「はい」

 

 キャンドルで明かりを確保していたからかなり暗い中作業していたことになる。

 照明をつけて扉を全開にし、なんだか解放感。

 

「まぶし……」

「いつからこれやってたの?」

 

 困ったような苦笑を浮かべる白銀さんに対し、答えを渋れば察したように額を抑えた。

 うん、ごめんね。不健康そうなことしてて。

 

「香月さんのことだから、また悩んでたんだよね? 真宮寺くんのこと?」

「お見通しだね…… うん、そんなところかな。ぼくが悩むべきじゃないってのは分かってるんだけど、どうしてもあの光景を思い出しちゃって」

「そっか…… うん、そうだよね。わたしも思い出しちゃうと結構きついかな」

「それにほら、元凶は真宮寺くんじゃなくて、お姉さんなのに…… 彼まで処刑されるのは……」

「…… 香月さん、それは違うと思うよ」

「え?」

 

 控えめだけど、はっきりと言われたことに言葉を失う。

 確かに体は同じだし、姉の人格を生み出したのは真宮寺くんだ。でも殺人計画を立てたのは姉のほうだろうに。

 

「ねえ、ハンガーを用意したのは誰?」

「それは真宮寺くんで…… あ」

 

 そうか、準備は彼自身がしたこと…… だっけ。

 

「それに、扉の影に隠れて最後に体育館に入って来たのも真宮寺くんの意思だよ。無実には絶対にならないと思う。よくて共犯者。あれは、真宮寺くんが望んでやったことだったんだよ。どっちもヤンデレだったんだね」

「ああ…… そっか、そうだよね」

 

 真宮寺くんも、姉の人格も、どちらも結局は1人の人間なんだから意思が統一されていないわけはないか。

 結局は、姉の人格は彼が望んだ理想の姿なのだから。

 愛されて、愛して当然なのだろう。だから姉を止めることもなく、思惑に乗って行動した。夢野さんが死ぬことも許容して、ぼくを殺そうとしたのも許容して。本人が気づいていたかは分からないけど、そうやって大好きな姉に嫉妬してもらうことで愛を確かめていたのかもしれない。

 …… となると彼も相当歪んでいる。兄弟で恋愛感情を持つことは悪ではないけど、倫理に反している。歪んでいることに変わりはない。

 

「悩みは解決したかな?」

「…… うん、色々考えることはやめておくよ。愛に狂わされてるのを見ると、なんだか恋って怖くなってくるね」

「狂愛は美しいけど、やっぱり2次元で愛でるのが1番いいよ…… 心臓に悪いもん」

「白銀さんは恋とかしたことある?」

 

 ぼくは親がアレすぎたのと、今回の真宮寺くんを見たからかますます恋を知りたくなくなってしまった。

 人はこうして恋愛不信になっていくんだなって。

 

「うーん、今のところは特にないかな。オタクやってると理想が高くなってきちゃうのかもしれないね」

「ん、でもゴン太くんの容姿は好み…… なんだよね?」

「うん、黒髪赤目は尊いよね…… 常考。けどゴン太くんに関しては、なんて言えばいいのかな。こう…… 母性?」

「ぼ、母性…… ?」

 

 困惑混じりに聞き返すと白銀さんは 「あっ」 という顔をして両頬を押さえた。

 

「こういう言い回し普通はしないよね、うん。ごめんね」

「い、いやニュアンスは伝わったかな」

 

 恋をする気持ちよりももっと保護者的な気持ちが強いってことかな。多分。

 ごめん、こればっかりはぼくにも分からないや。

 

「そ、そうだ。わたし香月さんを呼びにきたんだよ。今日の当番は香月さんだよね」

「あっ、そうか……」

 

 裁判での衝撃が大きすぎてすっかり忘れていた。

 ご飯、作るのは構わないんだけど食べられるかなあ…… みんなよくあんなの見たあとでもりもりご飯食べられるよね。ビビリなぼくにはその辺だけは理解できない。

 こうやって麻薬もかくやというくらいアロマ漬けになってからじゃないと心も落ち着かないし、食事なんてとてもとても…… あ、ダメだ思い出しちゃいけない。

 

 アロマ漬けになってる時点で廃人っぽいとは言ってはいけない。

 

「その、天海くん…… は」

 

 白銀さんが来てくれたのは嬉しいのだけど、いつもなら…… こう、天海くんも来てくれることが多いから気になるというか。

 目線が泳いでいたのかもしれない。白銀さんがなんとなく意味ありげな含み笑いをしながら 「天海くんのこと好きだよねー」 と言う。

 

「あ、あの、別にそういう意味じゃないからね?」

「わたしなんにも言ってないんだけど、そういう意味ってどういう意味かな?」

「…… えっと」

 

 答えに窮していると 「地味に気になるところかだけど……うん、意地悪だったね。ごめんね」 とすぐさま返される。

 ありがたいんだけど、察された感じがあって微妙な気持ちになるな。

 

 恋、ではないはず。

 うんそのはず。泥沼になるに決まってるからそういうのはいらない。

 ぼくにもあの人の血が流れてることを実感しそうでそちらに手を出したくない。

 恋は人を狂わせる。それを間近で見てきて、さらに今回また実感させられた。

 そうなるのはごめんだ。ならいっそ恋なんてしなければいい。

 フラグかな? いやいやいや…… そういうのいらないから。怖いから知りたくないって。

 

「悩む原因を作ったわたしが言うのもなんだけど、悩むなら献立のことにしたほうがいいんじゃないかなあ」

「あ、うん、そうだよね」

 

 さて、どうしようかな。

 幸い朝時間にはなったばかりのようだし、集まる人はまばらだろう。

 キッチンにいる人も少ないだろうから、いろいろ動けるはずだ。凝ったものも作れるだろうけど…… うん、フレンチトーストとかどうだろう。手間だけど美味しいし、ストレートの紅茶と一緒にいただいたらきっとちょうどいいだろう。

 あとサラダも用意して…… 天海くんも男の子だし、身長もあるからいっぱい食べるかな。他にも用意したほうがいいか?

 …… フレンチトーストにサラダ、あとは…… 野菜たっぷりのコンソメスープとか。素はあったかな。おかわり用のフレンチトーストもたくさん作っておかなくちゃ。

 細くてモデルさんみたいな天海くんでも冒険家さんで体力もあるだろうし、いつも見てる限り盛ってないようで大盛り食べてるからなあ。

 …… 普段はゆったりした服着てるけど、ぼくとは違って筋肉ついてるんだろうなあ……

 

 …… なに想像してんだ。やめよう。

 

「わたし、なにか手伝うことあるかな?」

「ううん、大丈夫。あ、でもお皿の準備とかだけお願いしていいかな。時間かかると手持ち無沙汰になっちゃうだろうし……」

 

 白銀さんに食器の用意をしてもらっている間にちゃちゃっと作ってしまおう。

 

「おはよっす、2人とも」

「おはよう」

「うん、おはよう天海くん」

 

 そうこうしているうちに朝の早い天海くんが到着する。

 春川さんも準備している間にさっと来て、手早く栄養食を手に取って去ろうとしていた。

 

「あ、春川さん。これ1枚持って行ってくれるかな? よかったら食べて」

「…… ありがとう」

 

 お皿ごと差し出したら多分こちらが引かないことを察したんだろう。余計な会話をする前にと言わんばかりに受け取り、感謝の言葉だけ残してさっさと行ってしまった。

 

 受け取ってもらえただけでもだいぶ良いほうだ。

 春川さん自身も頑なだった最初と比べると少し柔らかくなった気がするな。

 百田くんや赤松さんの働きかけのおかげか…… 絆されたというより諦めてきたというほうが正しい気はするけど。

 それでも研究教室は死守してるあたり譲歩したくないところは頑ななままだ。

 なぜそこまで嫌がるのか…… 保育士のイメージと合わないからファンシーな研究教室を見られたくないとか? それとも保育士の才能に合わせて子供の人形があって恥ずかしいとか?

 

 まあ、そのうち分かるようになる…… はずだ。

 ダンガンロンパにおいて秘密とは最後まで貫かれないものだからね。だいたい暴かれるものだ。

 とかセオリーを言ってても上手く進むわけじゃないからなあ…… ぼくらが今経験している裁判はどちらも結構特殊だし。

 陰謀が関わっているかもしれないが、1番最初から事故死という…… 今までになくはなかったけどわりと特殊なケースが起こったんだ。

 さすがに初っ端から事故死は初めてだと思う。それに、多重人格の人格同士による共犯も。レアケースすぎる。

 ここまで基本から外れてるともうなにが起きるか分からなくなってくる。もしかしたら登場人物の秘密も秘蔵されたまま終わるかもしれないし、そういう点ではまったく予想がつかない。

 

 本来の流れを汲むなら3度目の裁判までに2人死ぬ。

 …… ずっと3人で行動していたほうがいいな。ぼくらの中で万が一にも殺人を企む人はいないはずだし。多分、そのはず。

 あとは動機に注意さえすれば。

 

「あ、動機取られたままだ……」

「あー、わたしもそうだよ。ちょっともやもやするよね。どうせ取られちゃったなら王馬くんのも含めて全部公開してくれたほうがマシだったかもしれないまであるよ」

 

 うーん、それだけは共感できないかな。

 ぼくは自分のが見られなければあとはいいというか…… ってそういうとこだよね。ダメだなあ。

 

「王馬くんが普段通りならまだ、気にしなくできるかもしれないけど……」

 

 ぼくが恐れてるのは主に白銀さんと天海くんの2人にアレを見られることだからね。それで態度が変わったり同情されてしまったらぼくも嫌だし。

 

「あ、天海くん何枚食べる?」

「3枚ほどいただきたいっすね。ああ、紅茶は淹れますよ。香月さんも白銀さんもストレートで大丈夫っすか?」

「うん」

「うん、よろしく頼むよ」

 

 結局手伝ってもらっちゃってるなあ…… 昨日、一昨日とぼくはお皿の準備したりしかしてないから申し訳ない。

 いや、一応おやつとかは用意してたけど…… 精神的に不安定になってばかりだからかなり迷惑かけてる自覚あるし、もっと貢献しないと。

 じゃないと…… いや、そういうネガティブな考えはやめよう。

 

「あれ、できたらすぐ食べててよかったのに」

「いやいや、一緒に食べるよ」

「全員分浸す作業は見てたっすから、あとは焼くだけなのに待たないで食べるほど食いしん坊じゃないっすよ」

「…… そっか、そうだよね」

 

 できたものを端から奪われてく場所じゃないもんね。

 ううん、そもそも育ちの良さそうな彼らがそんなことするはずなかったや。

 馬鹿だなあ、ぼく。

 

 これでこの後も平和にことが済めば良いんだけどね。

 動機はいつになるかなあ。3日くらいは静かに過ごせればいいんだけど……

 

「香月さん、食欲は大丈夫っすか?」

「えっと、多分大丈夫」

 

 食べ始めればさくさくいくものだと思う。

 そのために美味しいフレンチトーストを選んだわけだし……

  そんなことを考えつつ 「いただきます」 と挨拶してぱくり。ああ、イチゴを乗せてもよかったかもしれないなあ。甘さの中にもう一声ほしい、なんて改善企画をしながら朝食を食べ進めていく。

 

 朝時間になってから30分以上。茶柱さんやアンジーさんも何事もなく参加していた。

 入間さんは研究教室にずっといたらしく、ぼくたちが雑談しながらも食べ終わってから食堂へやってきた。

 

「ごちそうさまっす」

「ごちそうさま。美味しかったよ」

「お、おそまつさま…… です」

 

 結局みんな食堂には1度寄るみたいだ。

 全員の無事を確認して食器を洗いにキッチンへ。

 

「王馬くんに訴えても徒労になりそうだしなあ……」

 

 へたに喧嘩になると黒幕に利用されたりしそうだし、ギスギスするのはモノクマたちへのポーズとしてもよろしくない。

 仲良しアピールしたほうがモノクマたちへ対抗してる感じあっていい。そういう合理的な考えもあってあまり波風立てたくないんだよね。

 

 言い争いして目立つと殺してでも奪い取れって煽られそうだし、のちのち殺人があったとき真っ先に疑われそうで嫌だ。

 

「さて…… 春川さん以外は揃ったようですし、そろそろ」

 

 

 

 

 

 

ー!!

 

 

 

 

 

「やっぱり来たっすね」

 

 天海くんの言う通り、モノクマーズが唐突に現れる。

 まあ予想してたことではある。

 

 このあとモノクマーズが渡してきたのは金色のハンマーと、魔法の鍵と、伊賀の巻物という名前のアイテム。魔法…… 魔法ねぇ。

 思うところはあるけどスルーしよう。アイテムに関しては今回も赤松さんと最原くんが頑張ってくれるだろう。ぼくらはそれを待ちつつ再び探索だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            

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        ↗︎カルピス濃度1%↘︎    

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        ∠ ←←←←←←←←← ←↩︎

日常編

 

 

 

 

 

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