月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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秘密と、亀裂と

 アンジーさんの研究教室から引き返してくると、ちょうど最原くんたちが階段を上がってくるところだった。

 

「赤松さん、最原くん、もしかしてもう開放終わったの?」

「うーん、中庭で茶柱さんの研究教室も見つけたんだけど、このハンマーの使いどころが分からなくて。もう一回探し歩いてるところだよ」

 

 返事をしてくれた赤松さんに、やっぱりあのハンマーの使い道をまだ見つけられてないんだと思い 「それなら」 と小部屋の並ぶほうへ誘導する。

 

「俺らに心当たりがあるっすよ」

「そうそう、ここだと思って」

 

 2人の背中を押すように天海くんと白銀さんもこちらへやってくる。

 

「ほら、ここ。絵じゃなくてガラスになってるんだよ。ここを割れば向こう側に行けるよね」

「うん、キーアイテムかっこ物理かっこ閉じだよ」

「ええっ! そ、そういう感じなの……」

 

 赤松さんが引いた顔でガラスを見つめるけど、最原くんは 「そっか」 とあっさりと納得したようで、ぼくらと赤松さんに振り返って言う。

 

「赤松さんたちは離れてて」

「そんなあっさり!?」

 

 いつもはわりと弱気な最原くんだけど、こういうときはなぜか決断が早いね。

 ぼくらが頷いて一歩下がれば最原くんは前に出てハンマーを振りかぶる。

 直接割ると怪我をするかもしれないから、妥当だよね。

 破片は…… 多分モノクマーズが掃除するだろう。

 

「よし、割れた!」

「本当だ…… 向こう側に道がある……」

 

 なんとなく工場のような雰囲気のある場所だ。床が完全に金属板になってるし、歩くたびにコツコツ音がする。

 奥に進んでいくとさらに扉があって、部屋になっていた。

 

「……」

「わっ、モノダム」

 

 そしてぼくらで部屋に入ると、先にモノダムが待っていた。

 今の今まで密室だったはずなのにいったいどこから来たんだろう…… やっぱり運営側であるモノクマーズの通る抜け道が存在するのかな。

 そうだとすると本来の意味での密室なんて、実は存在しないのかもしれない。

 

「ココニ辿リ着イタッテコトハ、ミンナデ協力シテ謎ヲ解イタンダネ」

「えっと、まあ、そうだね」

 

 ぼくらが気づいて、最原くんに教えたのは変わらない。

 多分、そのうち自力で気づいていたとは思うけれど。

 最原くんが困惑しながら答えれば、モノダムは背景に花でも見えるくらい満足そうに喜んでから、唐突に黙った。

 なにかと思ったら後からモノキッドたちが次々と現れる。いじめられっ子だからか彼らがいると喋らなくなるらしい。

 …… もしかしてぼくがいるから話してくれるのか? こちらとしては迷惑だけど親近感を抱かれているらしいし、そのほうが情報を引き出しやすいのかもしれない。

 

「ヘルイェー! よく辿り着いたな!」

「ここは見ての通りコンピュータールームよ」

「これだけで予算の8割が吹っ飛ぶほどのえらい機械やでー」

「そう…… 新世界の神になれるほどにね! …… え、新世界の神になれるほどの予算が必要なの!?」

「違うわモノタロウ! そういうことができるほどのすごい機械ってことよ! もう、ちゃんと説明読んだの?」

 

 やりとりするモノクマーズの動向を見守りながら、言及された機械らしきものを見る。

 見上げるほどの大きな四角の機械だ。

 ぼく2人分くらいの縦幅があるから、少なくとも3m以上の高さがあるぞ。それの正四角形だから、相当大きい。これだけ大きなスーパーコンピューターなら確かになんでもできるだろうな。この学園についてのハッキングとか、コンピューターに詳しい人ならできたりするんだろうか…… いや、モノクマのことだから意味深なことだけ分かって肝心の脱出方法とか謎とかは不明のままだろうな。

 こちらには入間さんという機械の専門家がいるのに、なぜか突破口を探し出せる未来が見えない。

 モノクマにしてやられるところしか見えないわけで…… どうせ調べてもなにも出ないんだろうなあとしか思えない。

 

 けど、さすがにそれを言うわけにもいかない。

 はなから諦めるつもりなんて、みんなにはないだろうから。

 

「入間さんを呼んでみる? 専門家だよね」

「そっすね、入間さんならなにか分かるかもしれないっす」

「うん、でも、どこにいるんだろうね…… 研究教室にいるかな」

 

 ぼくら3人で話し合っていると、そこに少し焦ったような最原くんが 「ちょっと待って」 と割り込んできた。赤松さんはキョトンとしているようで、これが予想外の行動だったと分かる。

 

「どうしたの?」

「い、入間さんは今キーボくんのメンテナンス中みたいだから、後にしたほうがいいよ。それより、ほらあそこ……」

「え、そんなこと私聞いてないよ? もしかして私が茶柱さんの研究教室で色々調べてる間に見かけたの?」

「う、うん。そうなんだ……」

 

 なるほど、少しの間別行動してたのかな。

 その間に最原くんは入間さんがキーボくんのメンテナンスしようとしてるところを見たと。なら、そっとしておいたほうがいいか。

 そう結論づけて最原くんが指差した方向に目を向ける。

 そこには、いかにもといった感じの宝箱が置かれていた。

 

「確か、前の思い出しライトもあんな箱に入ってたんだよ」

 

 最原くんが言うのなら、そうなのだろう。

 いつも見つけてくるのは大体彼だからな。

 赤松さんたちが近づいていくので、ほんくらはそれをその場で見守って話し込む。

 

「…… やっぱり思い出しライトで思い出すほうがいいのかな」

「現状、手がかりはそれしかないっすからね。でも、ライトを浴びるかどうかはそれぞれの方針に任せたほうがいいと思います」

「うーん、疑えって言われても難しいかも…… 映画で記憶改ざん装置なんてあったけど、そんな技術あるか分からないし…… でもそう言うってことはやっぱり、香月さんはあれのこと疑ってるの?」

 

 白銀さんの率直な感想に少し詰まったけど、肯定する。

 

「そもそも、モノクマたちから提供される証拠なんて信じられるわけないって……」

「それが自分の記憶でもっすか?」

「うん、白銀さんも言ってるけど…… 映画でそういうの見たことあるし、入間さんみたいなすごい技術の人もいるなら、記憶改ざん装置だって発明されてるかもって」

「…… そうっすね。一度あのライトを入間さんに調べてもらうっすか?」

「でもそんなことしていいのかな…… モノクマたちに妨害されそうだけど……」

「思い出しライトあったよ! あれ、話し合い中だった?」

 

 ぼくら3人の会議は膠着し、前には進まない。

 いろいろ可能性があるせいで安易にこれといって決められないからだ。

 そんなぼくらのもとに赤松さんがライトを手にして戻ってくると、不思議そうな顔でこちらを見る。

 

「いや、大丈夫だよ。思い出しライトを受ける人と受けない人め分けてみるのはどうかなーとか、そんなこと考えてただけだから」

 

 とっさに出たのは自分が今までずっと考えてたことだ。

 春川さんは超高校級狩りの記憶を手に入れてないし、今回も来るかどうかが分からない。せめてライトを浴びていない人を作って記憶の齟齬が出ないかとか試してみたいけど…… これもある意味人体実験のようなものだから気がひける。

 思い出される光景にも一応興味はあるからね。なにがあるか見ておかないと、誰かがその記憶に影響されたとしても理解できなくなるし……

 やっぱり見ておいたほうが得であることは間違いない。知らないということも情報ではあれど、得られる情報は多いほうがいいだろう。

 

「忘れてることを思い出せるなら、思い出しライトは受けるべきだと思うけど」

「…… うん、情報は欲しいからね。さっき言ったのはあくまで仮定の話だからやらないよ」

 

 最原くんが困ったように言うので、やらないよと否定しておく。

 春川さんが前回の超高校級狩りについて思い出してないから、なにか気づいたことがないかを訊くなら1人で十分だ。訊けるかどうかは別として。

「は?それがなに」の一言で切って捨てられる未来が見えてる気がする……

 

「それじゃあ、俺は少しひとっ走りみんなを呼んでくることにするっす。食堂に集合でいいんすよね?」

「わたしはさっきのところでアンジーさんたちを呼んでこようかな」

「うん! 私たちもなるべく声をかけるけど、そうしてくれると助かるよ」

 

 赤松さんはそう言って踵を返す。

 

「最原くん、先に食堂に行ってて! 私はまた春川さんを説得してみるからさ」

「う、うん。来てくれる気がしないけど……」

「それでもだよ! 説得し続けることに意味があるんだから」

 

 元気いっぱいにガッツポーズをして赤松さんが去っていった。

 次いで天海くんも小走りで 「じゃ、後で会うっす」 と言いながらその場から去っていく。

 

「香月さんはどうする?」

 

 白銀さんに尋ねられたので、少しだけ悩み一言。

 

「なら、ぼくは先に食堂に行っておくよ。白銀さんもアンジーさんたちに声をかけたらすぐ来るでしょ?」

「うん、そのつもりだよ」

 

 一緒に声をかけに行ってもいいけど、今回は先に目的地に行っておくことにする。

 なにも知らずに食堂に来て、またいなくなっちゃう人もいるかもしれないし、そういう人がいた場合、話を伝えようとするのに二度手間になっちゃうからね。天海くんが話を伝えに行ってくれてるとはいえ、手間はかからないほうがいい。すれ違いになっちゃったら面倒だし。

 

 だからそれぞれと別れてぼくは食堂へ。

 しばらく1人でハーブティーを用意しながら誰もいない食堂で一休みだ。

 

 そのうちぽつぽつと人が集まり始め、王馬くんや春川さん、そして春川さんを説得していただろう赤松さんと百田くん以外は集合してきている。

 

「思い出しライトが見つかったんですね」

「おい、それより天野に聴いたぞ! スーパーコンピューターがあるんだろ?は、早く、早くイカせろよぉ…… 疼いて、仕方ねぇんだよぉ……」

「天海っすよ入間さん」

 

 なんでそこで名前間違えるのかなぁ……

 

「あれ、キーボくん地味につやつやになってるかも……」

「そうでしょうそうでしょう! 入間さんにメンテナンスをしてもらったんです! ボク1人ではなんとかできない部分もしっかりとしてもらいました!」

「へ、へえ…… 入間さんもキーボくんには結構優しいんだね……」

「機械はオレ様の専門分野だからな! 気になって気になって…… ああん! 夜しか眠れなーい!」

「しっかり寝てるじゃん……」

 

 呆れたように赤松さんがジト目になる。珍しい。

 まあ、入間さんも最原くんにカメラの改造を頼まれたときはほぼ徹夜だったみたいだし、いいこと…… なのかなぁ。

 

「またライトが見つかったんだよね! 今度はどんな記憶を思い出すんだろう」

「…… まだ人が集まっていないようですが、どうするんですか?」

 

 ゴン太くんは純粋に記憶を思い出すのを楽しみにしてるみたいだ。

 茶柱さんはやはり、テンションが低めだ。心なしか声もトーンが低い。よく言えば落ち着いていて、悪く言うと機嫌が悪そうに聞こえる声量だ。

 夢野さんがいたときはずっと彼女に絡んでキャイキャイしてたから、ものすごく違和感がある。

 

「楽しみにしてもいいけどー、でもでも、思い出しライトを見ても外に出たいとか思っちゃダメだよー? それだと今までの繰り返しになっちゃうからねー」

「んぐ、それを言われると弱いですね…… 今までのパターンからすると思い出しライトの後に動機発表もあると思いますし、良いのか悪いのか」

 

 アンジーさんの言葉にキーボくんが詰まるように言うけど、どちらにせよいずれ動機は発表されるんだと思う。

 それに思い出しライトを見たかどうかは多分関係ない。

 じゃないと、全員でライトを浴びていないのに前回動機が発表されたのがおかしいことになる。

 浴びても浴びなくても動機が来るなら、記憶の内容を知っておいて対策するほうがいい。1人だけ知らずにいると動機の意味が分からなくなったり、殺人を起こそうな人が特定できなくなりそうだ。あと、推理する際に不利だと思う。

 

「ちょっと、引っ張んないで」

「も、百田くん…… それはさすがにやりすぎだって! せっかく来てくれる気になったのに!」

「猫みてーに威嚇ばっかしてるからだっつーの。捕まえとかねーとまた逃げるんじゃねーのか?」

「ころっ、はっ倒されたいの?」

「赤松ちゃんも人のこと言えないと思うけどねー」

 

 

 と、そこに春川さんの腕を引きながら百田くんが現れ、その後ろから赤松さんが慌てて追ってきた。

 ご丁寧に赤松さんまで王馬くんの制服の袖についた飾りベルトっぽいとのを掴んで引っ張ってきている。どこかで捕まえてきたのだろう。

 春川さんが警戒している1番の原因は王馬くんのはずなので、彼が目に見える場所にいるなら研究教室を離れられるということだろう。

 

「いいか王馬! テメー覚悟しとけよ。ぜってー動機ビデオを返させてやる!」

「うわわ、暴力反対! オレ暴力だけは無理なんだよ!」

「暴力はしないけど、返してくれるまで部屋までついてっちゃうよ!」

「女性が自分の部屋に来てくれるなんてやぶさかでもないけど…… 百田ちゃんが一緒じゃあなー」

「ガサ入れに行くんだから当たりめーだろ!」

 

 王馬くんのからかい混じりな問答に、まともな答えを寄越す意味なんてないと思うけどなあ。

 漫才をしている百田くんと王馬くんから目を逸らし、最原くんに視線を動かす。

 

「全員揃ったよ」

「うん、なら思い出しライトを使ってみようか。みんな、いいよね」

「心を強く持とうねー。外に出たいなんて思ったらダメだよー?」

「え、え? アンジーさんなに言ってるの? 外に出て友達になるんでしょ?」

 

 おっと、その前にちょっと一悶着ありそう。

 

「楓ー、外に出たいって思うから事件が起こるんだよー? それに友達ならこの学園の中でもなれるよね? 外に出る意味って、あるのかなー?」

「そ、それは…… そうだけど。でもこんなこと終わらせるためにも、首謀者を見つけて外に出て通報したり……」

「これだけ長い時間アンジーたちがここにいても誰も助けに来ない。その意味くらい分かるでしょ? それより学園の中で平和に楽しく過ごせるようにしたほうがずっとずーっと安全だって神さまも言ってるんだよ?」

「ちょっと、言い争ってるなら私帰るよ」

「あ、ま、待って春川さん!」

 

 外に出てみんなで友達になろうって言っている赤松さんと、犠牲が出ないようにいっそずっと中にいればいいって考えのアンジーさん。

 相容れないけど、今は討論している場合じゃない。

 まずは思い出しライトだ。

 

「えっと、もういい、かな?」

 

 最原くんが言い争い始めてしまった赤松さんを見ながら首を傾げる。

 思い出しライトを使うタイミングを失ってしまったみたいだった。

 

「うん、ごめんね。熱くなりすぎちゃった。外に出る、出ないの話は後にしておくよ」

「うん、それじゃあいくよ」

 

 最原くんがカチリ、と思い出しライトのスイッチを入れる。

 その瞬間、世界が歪んでいった。

 

「あ、れ……」

 

 前は、記録映像が見えるだけでこんな風に感じなかったはずだけど、な。

 ライトの光に目を奪われた瞬間、頭の中になにかが無理矢理入り込んでくるような、そんな息苦しさを覚えた。

 焼き付けられる。思い出すというより、それは刷り込みのようで、圧倒的な情報量に押し流されていく……

 なぜ、なんで…… ぼくは影響を受けないんじゃなかったのか…… ?

 それとも、本当にこれは、思い出している記憶なのか?

 混乱する。

 そして、その情景がフラッシュバックする。

 

「可哀想に」

「まだ若かったのに」

「事故…… だったんですってね」

「あの連中に追われているときにみんな……」

「やりきれないわね」

「ああ、俺達の希望が失われてしまった」

「あの子達がいなければ、これからどうしろっていうんだ!」

「やめてみっともない」

「終わりだ…… なにもかも」

 

 幾人もの会話。

 白黒の幕に、裁判でも2度見た写真…… 遺影が2列×9つ。つまり〝 18 〟個並んでいる。その中には勿論自分の分もあり、そして。

 

「ゆき、幸那(ゆきな)…… ? なんで、幸那の遺影まであるの…… ?」

 

 そこには、オーディションに落ちたはずの親友の遺影まであった。

 

「ご、ゴン太たち死んじゃってるの!?」

 

 そして、一気に視界が開けると現実に引き戻される。

 

「待ってください、遺影は18ありました。この学園に来たのは17人ですよね。どういうことですか?」

「女性…… だったよね。もしかしたら、彼女もこの学園にいるのかもしれないな」

「あの女性がどこかに監禁されてるかもしれないんですか!? た、助けないと…… 転子はもう誰も失いたくありません!」

「んなこと言ってるけどよ、そいつが首謀者なのかもしれねーだろ?」

「違う!」

 

 百田くんの言葉に、反射的にぼくは大声をあげていた。

 

「お、おう香月。どうした?」

「あれは、ぼくの親友だ。あの子が首謀者だなんてありえない…… ぼくを助けてくれたあの子がそんなことするはずない! きっと、きっと巻き込まれただけだ…… 今も、どこかにいるのなら…… 助け、ないと……」

「でもさー、正直どこかに監禁されてるとかなら絶望的じゃない? え、その子ちゃんと実在するよね?」

「するよ…… からかわないで」

 

 弱ったぼくに畳み掛けるように王馬くんからの言葉がかけられる。

 

「で、でもあんなのなにかの間違いだよ…… だってわたしたち、ここにいるわけだし」

「はっはっは! そうだ、オカルトじゃああるめーし! ありゃ学園祭かなにかの記憶だろ! ちっと趣味は悪ぃけどな! じゃないとオレらがここにいる説明がつかねーだろ!」

「バラバラの高校なのにどうして一緒の文化祭をやってるの?」

「ぶ、部活かなにかで共同作業したとか、ヘルプで入ってたとか?」

「そうだと…… いいんすけど」

「おい天海! オカルトでも信じてんのか? んなわけねーだろ!」

「いや、そういうことじゃないんすけど……」

 

 天海くんはなにやら考えがあるみたいだけど、それをここで言う気は無いみたいだ。彼はどうやら考えがまとまってからじゃないと話さない癖があるらしい。最原くんもそうだけど、頭のいい人は無用な混乱を避けるもんなんだね。

 

 でも、文化祭…… そんなわけない。

 だってぼくらは本当に初対面だ。高校だって違う、ここで会ったのが最初だ。

 けど…… どうして幸那の遺影が? 心配事がまた増えた。まさか幸那まで巻き込まれてるんじゃ…… そうだとしたら、ぼくは一体どうすればいいんだろう。

 彼女はオーディションに落ちたと言っていたから安心してたのに、どうして……

 

「そっかよかった。みんな死んじゃってるのかと思っちゃったよ」

「当たり前じゃねーか! オレもほら、こんなにピンピンしてるぜ!」

「で、オレ様を見るたびにビンビンか!?」

 

 …… 人が悩んでるときに呑気な。

 

「入間さんは黙っててくれない?」

 

 無になってそう言えば、ふぎゅっと潰れたカエルのようなことを言いながら彼女は口をつぐむ。

 

 

「あー、普段怒らない人が怒ると怖いって本当だね」

「特に香月さんは下ネタダメですよね。当たり前ですけど。あんまり男死みたいなことしないでくださいよ」

「はうううう……」

「あっはは、清純なフリするのも大変なんだろうねー」

 

 そこで、王馬くんが言った言葉に勢いよく振り返る。

 

「は?」

「にしし、怖い怖い」

 

 もしかして、見られた? 見られたのか? 動機ビデオを?

 けど、それ以上は特に詳しく語らないあたり、まだいい。

 いや、そんな常識を発揮するくらいなら動機ビデオを返せと詰め寄りたいが、そんなことをしたら余計に吹聴されそうだ。

 

「そうだ王馬! いい加減動機ビデオを返せっつーの! 吊るし上げるぞ!」

「おー、こわ。でもそれよりさー。オレなんかを気にしてるよりもっと目を向けたほうがいい人もいるんじゃないかなー? ほら、ちょうどそこにいる超高校級の…… 〝 暗殺者 〟さん、とか?」

 

 頭の中が真っ白になる。

 は? 今なんて言った?

 

 誰に、なんて…… 言った?

 

「…… っ」

「あ、おい春川!?」

「は、春川さん待って!」

 

 全員の視線が王馬くんを視線の先を追い、春川さんへと行きつく。

 彼女は一瞬大きく目を見開くと、なにか詰まったように口をつぐみ、赤松さんと繋いだ手を突然春川さんが振りほどいて食堂から出て行った。

 少しだけ見えた表情は、ひどく歪んでいるように見えた。泣きたくても泣けない、ひどく苦しそうな表情だったように思う。

 

 その後を赤松さんが追いかけて走っていく。さっきの話を聞いても物怖じせずに追いかけるその気概は尊敬できると思うよ。ぼくなら、親しい人でもきっと無理だ。

 恐れていた事態が起きてしまった。

 知られたくない秘密を抱えているのは、当たり前だけどぼくだけじゃなかったんだ。

 

「おい王馬テメーどういうことだ!?」

「動機ビデオだよ。研究教室をどうしても見せたくないみたいだったから気になってたんだよねー。まさか春川ちゃんが人殺しだったなんてさ! しかも超高校級! 危険因子だよね? こんなことを隠してるなんてきっとオレらの誰かを殺すつもりだったんだよ!」

「春川はそんなことをするやつじゃねー! オレがそれは保証する! 赤松もだ!」

「でも、放っておくのは怖いでしょ?」

「うるせー!」

 

 怯えている人と、そんな馬鹿なと思っている人半々くらい…… かな。

 春川さんの鋭い視線は保育士っぽくはないと思っていたけど、まさかそういう才能を持っていたとは思わなかった。

 そういえば、毎シリーズに必ずいる物騒な才能って今のところいなかったもんね…… ある意味納得した。

 

 でも、もうこの流れは嫌だなあ。

 いろんなことがありすぎて、もう嫌だ。

 

 春川さんのことは多分、赤松さんや百田くんに任せてれば大丈夫だろう。

 天海くんたちは…… 中立っぽい感じかな。白銀さんが少し 「それはちょっと」 って目をしているけど、才能を隠している間に殺人を起こさなかった春川さんのことを考えればすぐに中立に変わるはずだ。

 ぼくも考えは中立。

 むしろ、春川さんが今まで殺人をしなかったことや、シリーズ毎に出てくる犯罪者系の才能持ちが今までクロになることが少なかったことを考えても心配はいらないと思う。

 

 このいい争いはいつまで続くんだろうか…… 疲れた。

 そんな喧騒を静かに見守りながら、アンジーさんが少しムッとしたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 





 新年、あけましておめでとうございます。
 今年も更新を途絶えさせることなく書いていく所存ですので、本小説をよろしくお願いいたします。

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