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多分、様子を見に行けば赤松さんと百田くんが春川さんを宥めているんだろう。もしかしたら、事情が分かってようやく本格的に踏み込んでいくことができるのかもしれない。
けれど、本当に春川さんはそれを望んでいるのかな。
ぼくなら…… 絶対に嫌だ。今までと同じ態度でなんていられるわけがない。
表面上取り繕ってみても、どこかで破綻する。ましてや、あのクールな春川さんだ。和解よりも、頑なになって孤立するほうが想像ついてしまう。そうなったら、一人だけならかえって安心かと思いきや、密室で突然殺されたりするんだ。推理小説でそんな展開は腐るほど見た。
現実でもそうなるとは限らないけど、可能性は高いだろう。だって、ダンガンロンパだから。
誰が死んでもおかしくない。誰が殺してもおかしくない。
だって、ダンガンロンパだから。
全てはそれに帰結する。
ぼくにはそれがひどく恐ろしく思えていた。
「みんなバラバラだよ…… これってまずいよね。いつのまにか誰が殺されちゃうパターンっていうか」
悲観したように白銀さんが言った。やっぱりそれ、思うよね。
三人で並んで歩きながら、ぼくらは先程食堂であったことについて話す。
「いつものことっすけど、なるべく三人で固まってたほうがいいっすね。それぞれ仲のいい人と一緒にいるのが一番すよ。そういう意味では、赤松さんたちが説得に向かってる春川さんは安全とも言えるっすね」
「そうだと…… いいんだけど。王馬くんはいったいなにがしたいんだろうね。引っ掻き回したいのかな」
「不明な部分をなくしたいんじゃないすかね。案外臆病なだけかもしれないっすよ。みんなが知ってれば春川さんを自然に監視してくれますし…… あとは、大きなものに視線を誘導して裏でなにか別の計画を進めていたり…… とか。どうなんすかね」
手品で使うミスディレクション、というやつだろうか。
夢野さんはもういないのに…… そんな喩えが思い浮かんでちょっとだけ憂鬱になる。
「平和が一番だよ……」
白銀さんの意見に賛成だ…… と呟きつつ向かっていた場所に着いた。
先に思い出しライトを見つけたために見ることができなかった茶柱さんの研究教室だ。
学園の外に出て、植物園のある場所に向かって左側。右側は入間さんの研究教室があるので、その左右対称になるような形で大きな道場ができていた。いったいこの道場はどこからやってきたというのだろうか…… こんな大きな建物、隠れるような茂みもなにもなかったはずなんだけどなあ。
左側に置いてあった某忍者の銅像に巻物が加えられている。
巻物がスイッチになっているのはまだ分かるんだけど、やっぱりどういう構造なのかさっぱりだ。どうなってるんだろうね。
「中に入ってみるっす。あ、怒られるっすかね」
それは、天海くんが男子だから?
「…… 大丈夫だと思うけど」
「うん。茶柱さんは今アンジーさんと一緒にいるから、許可を取ってなくても平気じゃないかな。彼女…… 多分まだここに来たことないと思うし」
アンジーさんとずっと一緒にいたのなら、まだ来たことがないだろうね。
最原くんたちはここを解放してからすぐ四階の廊下に来たようだし、それから下に行こうとしていたぼくらと出会って思い出しライトを発見した。
彼女が道場を見に来る時間はなかっただろう。
「まあ、それもそうっすね。鍵がかかるのはアンジーさんの研究教室だけみたいですし」
そう、鍵もかけられない。先に入るなとも言われてないし、最原くんだって先に見ているのだから今更だ。配慮する必要がないとまでは言わないけど、茶柱さんがいくら男性嫌いでもそこまで過剰じゃないはずだ…… 触れたら極めるくらいには嫌いなのだろうが。行動制限を求めてくるような人ではない。
「わ…… 畳だ…………」
いろいろと心中で言い訳しつつ道場内に入ると、ふわっと新しい〝 い草 〟の香りが鼻腔に広がった。汗や汚れを全く含んでいない、目新しい畳の爽やかな香りだ。
すう、と深呼吸すると肺が畳の良い香りで満たされるみたいだ。
木造建築と和室はこれだから素晴らしい。思わず畳に寝転がって香りを堪能したくなってしまう。
い草には心を落ち着かせるアロマ効果もあるし、二酸化窒素なんかの化学物質を吸着して空気清浄する効果もある。つまり、汗なんかの臭いを抑える効果があるんだよね。あとはクッション性も高く、音も吸収するから防音効果まである。実は抗菌作用まであるから、和室ってすごく清浄な空気を保てるんだよね。保温と断熱の効果もあるから、冬に暖かく、夏には涼しい。日本家屋に最も適しているのが畳…… い草なんだ。
なんだか安心してしまうのも仕方ないよね。
道場の中はい草の香りでいっぱいなのはともかくとして、所々上から吊り下げられて浮いた板がある。これは合気道家の茶柱さん向けというより、道場イコール忍者のイメージから来ているのかも。
茶柱さんなら板と板をぴょんぴょんと飛び跳ねて移動することもできそうだけど、合気道とは一体…… あれって基本受け身の護身術みたいなものだよね。
忍者修行の意味は果たしてあるのか。
道場の真ん中にやはり浮いた足場があって、入り口からそこに飛び移る必要があるみたいだな。地下道の迷路よりはずっと安全だけど、電車とホームの間の隙間よりも大きな隙間が空いてるから、少し不安といえば不安だ。
それから、真ん中の四角形の大きな足場には、左右両側に木でできた人形がある。模擬戦用の案山子のようなものだろうか。
道場の一番奥にも10mはありそうな巨大な木の人形が設置してある。なんのためにあるのかさっぱりだが、顔がモノクマになっていないことに少しだけ安心した。
モノクマのことだから歴代のことを考えても、こういう人形の頭はモノクマカラーになっていたりするのがよくあることだ。
…… かえってモノクマの顔だったほうが容赦なく叩きのめせるかもしれないけど。
「特に隠されてるものがあるわけでもなさそうっすね……」
「茶柱さんが喜びそうだなってくらいで、そうだね」
「地味に落ちちゃいそうで怖いね。香月さん、気をつけてね」
「ぼく、そこまで鈍臭くはないよ…… ?」
一応、地下通路でだって最後の方まで残ってたんだからね!
「いったん食堂に戻ってみるっすか」
天海くんが提案してきたので了承の頷きを返す。
みんな二人以上で行動しているだろうし、まだ裁判が終わって間もないから動機発表も、事件もまだ起こらないだろう。起こらないよね? 連日事件が起きたりしたらぼくは鍵のかかる自室に引きこもる自信があるぞ。
犠牲者になるお決まりのパターン? フラグはへし折るものなんだよ…… そんなことにならないのが一番だけども。
「…… なんか、騒がしいね」
玄関からではなく、テラス側から食堂に入ろうと引き返してきたのだけど…… 白銀さんの言う通り言い争いのような声が聞こえる。
勘弁してよ…… ひょっとしたら今まで以上に殺伐としてるよ? そんなことしてたらいいようにモノクマに利用されてしまいそうなものだけど、みんな大丈夫かなあ。
「だから、ここで暮らしててもなにも解決しないでしょ? それにモノクマがいるんだから、平和に過ごさせてくれるわけがないんだってば!」
「でもでもー、争うのは外に出たいからだよねー? こうやってアンジーと楓が言い合ってるのも、楓が外に出たいって言うからだよー? ずっとここにいることにすれば争いもなくてビバハッピーだよー?」
「平和に暮らしてても、モノクマがいる限りコロシアイを強要してくるに決まってるって!」
「モノクマ側にもー、モノダムみたいな子もいるよー? みんな仲良くにっこにこで過ごせば幸せになれるって神さまも言ってるからねー」
「オラ、協力スル」
「絶対罠だって!」
…… どうやら、まだアンジーさんと赤松さんが争っているようだ。
春川さんと百田くんはいないので、多分百田くんはまだ研究教室のところで粘っているんだろう。
赤松さんは最原くんにでも誘われてこっちに戻って来たのかな。
「非科学的ですが、学園で生活してみて相手方がどう出るか見るのも一つの手だと思います」
「あ、安全ならもうなんだっていいってぇ…… オレ様は、こ、殺されていいような天才じゃねーんだからよ」
うーん? キーボくんと入間さんはどうやらアンジーさんの意見に好意的な様子だね。
それから、茶柱さんはずっとアンジーさんの側だ。ちょっと悩んでいるようにも見えるけど、彼女はどうなんだろう。
「賛成してくれる人もいるからー、先に言っておくよー。アンジーはここに生徒会の設立を宣言するのだー。あるいは学園生活部でもいいって神さまがニヤッとしながら言ってるよー。外に出たいと思うから事件が起こるのなら、外に出なければいいんだよ? 分かるよねー。だからアンジーと一緒に快適な学園生活を送れるように活動しようねー?」
待て、学園生活部はアウトなんじゃ…… 二つの意味で。
アンジーさんの神さまって本当に何者なの。
「とにかく、私は反対だからね」
「どうしてー? 楓は事件が起こってほしいの?」
「そんなわけないでしょ! 私が言いたいのは、コロシアイを強要してくるモノクマが黙って生活させてくれるわけがないってことだよ。なら、全員揃って外に出る方法を頑張って探すほうが……」
「もう全員なんて無理なのにねー」
王馬くんが付け足した言葉で、赤松さんが沈黙する。
そうだ。既に4人も死んでいる。最初の17人にはもう戻れない。全員揃っての脱出はもう2度と叶わないんだ。
「そんなこと…… 分かってるよ…… 分かってる……」
「あ、赤松さん! 待って!」
赤松さんまで食堂からいなくなってしまった……
それを追いかけていった最原くんも。あとには、気まずい雰囲気の残るメンバーだけ。
「オレもあんなこと言ったけど、生徒会については反対だからね。ほら、オレって反骨精神の塊みたいな男だからさー」
「うーんと、アンジーさんの言うことも分かるし、赤松さんの言うことも分かるんだよね。ごめん、ゴン太まだ分からないや…… もう少し考えてみるよ」
王馬くんがそう言うのはなんとなく想像できていた。
春川さんや百田くんも、この場にはいないが多分反対派だろうな。
ゴン太くんは中立ってことでいいんだろうか。
「キサマラ仲良ク、ラーブラーブスルノガ1番」
「モノダムはいい子だねー。ピンクのモフモフな神さまがついてるよー」
「ポ……」
モノダムを抱きしめるアンジーさんは慈愛に溢れてる…… のはいいんだけど、なんだか洗脳風景を見ているようで素直に微笑ましく見ることができない。
モノダムは本当になにがしたいんだか。
「俺は様子見させてもらうっす。このまま終わるとも思えないですし、警戒するに越したことはないっすから」
「ハンターハンターが完結するまで、わたしは死ぬわけにはいかないし閉鎖されたここにいるわけにもいかないよね…… 黒歴史もハードごと削除してないし…… 親にでもバレたら控えめに言って死、だよね」
オタクの悲しみだよね。白銀さんも中立…… ぼくらは中立でいるほうがいい。あんまり対立ばっかりしてるとそれはそれでモノクマに隙を突かれてしまいそうだから。
「ぼくも様子見だね。あんまり喧嘩したらダメだよ」
「喧嘩するつもりはないんだけどねー」
アンジーさんはちょっと考えたあと、後ろの3人と1体に振り返って大きく腕を広げる。ともすればまるで教祖のような出で立ちで。
「ここに生徒会設立なのだー! 学園生活を盛り上げて行こー!」
返事をするキーボくん。控えめにアンジーさんを見上げる入間さん。まだ悩んでいる様子の茶柱さん。そして大きく腕を上げて喜ぶモノダム。
いびつなパズルみたいに彼女たちは寄り集まり、学園生活を良いものとするために活動を始めるらしい。
あまり上手くいきそうなメンバーじゃないが、アンジーさんなら不思議と纏められそうな、そんな気もする。なぜだろう。彼女の不思議な雰囲気がそう思わせるのだろうか。
「…… はあ」
「いやー、緊張しっぱなしっすね」
「居心地悪いっていうかなんというか……」
正直、息がつまる。
早くこのギスギスした雰囲気をどうにかしたいのだけど、ぼくらにはどうすることもできない。
反対派に回って喧嘩になっても悪化するだけだしなあ。なんとも言えない状態のままぼくは厨房に立ってお昼の準備をする。
ああ、この憂鬱はいつまで続くのだろうか……
三章の複雑な人間関係好きなんですけど驚きの書きにくさ。
ギスギス感がちゃんと出てるといいなあ。
今回短くなってしまって申し訳ありません!