月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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大掃除

「手伝ってもらっちゃってごめんね」

 

 赤松さんが眉尻を下げてそう言った。

 

「いえ、こっちも暇でしたし、気にはなってたっすから」

「1人でやるには大変だもんね……」

 

 ぼくたちは現在、お昼ご飯を食べてから図書室へとやって来ている。

 さて今日はなにをしようかと悩んでいたところに、赤松さんと最原くんにばったり出くわし、これから図書室の掃除をするから手伝ってくれないかとお願いされたからだね。

 本棚に収まる以上の本の群れに手を焼いているけど、なにかこの学園の手がかりが混じっているかもしれない。そう思うと、手を抜くことはできないんだよな。

 いつものモノクマなら探すのは自由。見つけられればね! ってスタンスだろうし…… ゲームマスターの位置にいる以上、そして動画放送をしているだろう立場でいる以上あくまであいつは公正な立場を保つ必要があるはずだ。

 隠し扉もこの図書室にはあるわけだし、1番怪しい。調べるのなら、やはりここからだよねって。

 

「これって絶版本じゃないすか…… 結構凄いっすねこの部屋」

「え、なになに?」

 

 部屋の掃除をしているときって思わず本を読みだしたりとか、新たな発見をしてしまって進まなくなること、あるよね。

 

「こっちのはプレミアのついた特別版の小説だよ。凄いな、僕もこれだけ状態がいいのは見たことないよ」

「あっ、それって推理小説? 最原くん、やっぱり好きなんだね」

「う、うん。有名な推理小説作家の本なんだ…… 面白い話を書くんだけど、販売数が少ないうえに注目もされにくくて飽き性だから、すぐに絶版になってしまったりして…… デビュー作を購入しようとすると何百万とする場合もあるんだよ」

「わあ…… 凄いね。そんなものまであるんだ」

 

 好きな作家の本を見つけたからか最原くんは興奮を抑えきれないように早口で説明する。ああいうところは推理小説マニア感があるな。普段からも「僕なんか」って言ってるのは探偵という職業の理想が高すぎるせいもあるんじゃないかと思うよ。

 フィクションの世界の探偵は華やかで格好いいけど、リアルの世界にいる探偵って実際にはすごく地道な作業とか検証とかを専門にしているからね。

 ペット探しのポスターとかよく見るけど、海外だとあれはすごく珍しいらしい。探偵がアピールすることがあんまりないみたいだからね。

 

「本棚に絶対入らない分ってどうする? 上に並べる? それとも下に置く?」

「下に背表紙をこちらに向けて置くっす。探し物をしてるときにこうすればいちいち発掘せずに済みそうっすから」

 

 とりあえずと下に並べていく。

 なんで本棚に収まりきらないくらいの本があるんだろう…… 景観がよくない。

 古い本の独特の香りは落ち着くから嫌いじゃないけど、こうもたくさんあるとなると骨が折れるね。埃も立つからときどき息苦しくなるし…… 喘息の人なんかには絶対に任せられないことだな。

 

「っくしゅん!」

「だ、大丈夫? 最原くん」

「…… うん、大丈夫だよ。それにしても酷いね」

 

 確か2人が言うには、倉庫にもマスクがなかったんだったか。こうやって掃除するとなるとマスクがないのは大問題だよね。モノクマに申請したら通るかな?

 

「うーん、でも最原くん。目元も赤くなってるし、もしかしてハウスダストだめだったりする?」

「ちょっとね」

 

 見た目儚げだし、そういうの弱そうなイメージはあるね。

 ぼくは、埃とか本の古臭い香りは心を落ち着かせると思っているのでわりと得意だ。本屋さんの香りっていいよね。

 

 脚立に登って本棚の上にある本を着々と下ろしつつ微笑ましい2人の様子を伺う。仲良いよなあ。あの2人、カップルみたいだよねと大体の人は思っていると思うんだけど本人たちはそういうつもりないみたいだし…… まだ男女の友情なのかな。

 下世話だけど、身近にまともな恋愛観持ってる人がいなかったからすごく新鮮なんだよね。

 ちょっと羨ましいような、そうでもないような。

 

「どうしたんすか?」

「え?」

「手、止まってるっすよ」

「あ、ああ、ごめんね!」

 

 下にいる天海くんに本棚の上にある本を手渡していく。

 脚立に登ったり降りたりするのは手間がかかるからバケツリレーのように本を手渡して下に並べてもらってるんだ。

 …… あれ、冷静に考えたらぼくが上にいるのはまずいのでは。

 タイトスカートだし、そういえばさっきから天海くん。目合わせてくれないな、とは思ってたけど…… うわ、気づくんじゃなかった。いきなり恥ずかしくなってきたよ。

 でもサボるわけにもいかないし、天海くんが見ないようにしてくれてるんだからこっちから言うわけにもいかないし……

 

「香月さん?」

「わっ!?」

 

 あまりの動揺にぼくはバランスを崩して重い本ごと脚立から落ちた…… わけだけど、なんと申し訳ないことに天海くんが咄嗟に受け止めてくれたのでことなきを得た。

 下敷きにしちゃったから本当に申し訳ない。こんなのお約束がすぎる…… いっそのこと避けてくれたらよかったのに。

 

「あっはは、下ろす手間が省けたっすね」

「す、数冊だけね……」

 

 ポジティブだなあ。

 ぼくは恥ずかしくて死にそうだよ……

 

「派手に落ちたね。大丈夫?」

「ええ、これくらいなんてことないっすよ」

「あ、ありがとう。怪我はしてないよ」

 

 白銀さんに心配されながら掃除を再開。

 ある程度本が片付いてきたのでA-1の教室のロッカーから持ってきたホウキで積もった埃を掃いていくことにした。これ以上失敗したくないから大人しく掃き掃除に専念するとしよう。

 

「っくしゅ」

「最原くん本当に大丈夫?」

「…… 多分」

 

 最原くんは今日何回目のくしゃみだろうか。

 埃に反応してるというにはちょっと頻度が高すぎるような気もする。

 こんな閉鎖された空間だし、風邪でも流行ろうものなら悲惨なことになるよ。

 

「早めに休んでおいたほうがいいんじゃないかな? 風邪だったら大変だし」

「風邪…… かな。どうなんだろう。特に熱はないと思うけど」

「体温計とか倉庫にあったかなあ」

 

 モノクマに聞けば一発で分かるんだろうけど…… あいつに聞くのって最終手段だよね。

 正直ダンガンロンパのコロシアイで病気って嫌な思い出しかないから心配だな。リアルとは違ってダンガンロンパにおいて病気ってコロシアイに目を向けさせるためのシンプルな手段でしかないんだよね。だから思わず疑ってしまう。

 最原くんの周りには注意しておいたほうがいいかもしれないな。

 

「あとはぼくらでやるから2人は休んでも大丈夫だよ」

「大事になったらいけないですし、あんまり根を詰めすぎるのもよくないっすよ」

 

 図書室の掃除だけなら3人もいればこの半日で終わるだろうからね。なんの問題もない。

 あとは最初の裁判で明らかになった隠し扉をちょっと確認するくらいかな。

 部屋の構造からしてこの奥に更に部屋があるのは分かるんだけど…… 入り口が1箇所だけなのか、それとも他にもあるのか分からないんだよね。

 現実的に考えるなら入り口が1箇所しかないわけはないとは思うのだけど。

 1箇所見つかったらそこを見張られて当たり前だし、あまりに黒幕に不利すぎるからね。

 

「あ、この本……」

「どうしたの? 天海くん」

「いえ…… ちょっと、真宮寺君が好きそうだなって思っただけっす」

「…… そっか」

 

 悪いことを聞いちゃったな。

 ぼくもたまに思い出す。東条さんならきっとぼくら3人がかりで掃除するよりも早くできるんだろうな、とか。彼女に料理を教えてほしかったな、とか。

 今も星くんがいれば少しは仲良くなれてたのかな、とか。彼がテニスをやってるところを一度でもいいから見てみたかったな、とか。夢野さんがいれば、茶柱さんは今も明るく元気で脱出に前向きになってくれていたんだろうな、とか。

 抜け殻のようになってしまった茶柱さんは見ていられないんだ。アンジーさんがなんとか支えてくれているからまだ心が壊れるようなことにはなっていないけど、このままコロシアイが続いていったらどうなるかは分からない。

 明日あたりに来るだろう動機発表が怖いなあ。

 

 王馬くんにもビデオ返してもらってないし…… かといって忍び込むなんて器用なことできるわけないし、彼が返してくれる気にならないと本当にどうしようもないからなあ。

 

「寂しく、なっちゃったよね」

「うん」

「もう4人もいなくなっちゃったんすよね…… これ以上、もうなにも起きてほしくないんすけど……」

 

 4人。そうか、4人か。4人も…… 死んだ。

 こうして数字にしてみると改めて思う。多すぎる。多すぎるんだよ。

 4人だよ?17人中の4人。人1人死ぬことだってリアルでは滅多にない。それが4回分。しかも、そのうち2人は人殺しとして処刑されたんだ。真宮寺くんも殺人の理由は理不尽だったけど、それで殺されていいわけじゃない。

 それに東条さんは不可抗力の事故だ。もしかしたら仕組まれた末に嵌められただけの可能性すらある。

 

 死んでよかった人なんて、1人もいない。

 

 それはこれからもそうだ。

 アンジーさんたちとは今は意見が合わないけど、だからといって殺しあうのは違う。みんなで協力してモノクマに立ち向かわないといけないんだ。

 敵は身内にはいない。敵はモノクマ…… とこれを見ている人たちだけ。

 

 人の感情を弄ぶようなコロシアイゲームなんてフィクションだからこそ許されるのであって、実際にやるなんて馬鹿げてる。人として倫理に欠けている。許されることじゃないんだ。

 

 3人だけで黙々と作業してるとどうも考えすぎちゃうなあ。

 

「ところで」

 

 天海くんが作業の手を一旦止めてこちらに振り返る。

 

「どうしたの?」

「地味に辛くなってきたよ…… ちょっと休憩挟もうか?」

 

 白銀さんも集中力が切れてきたみたいだ。自由時間はまだまだあるわけだし、少し休憩を挟んでも問題ない範囲だと思うけど。

 

「そうしようか」

 

 3人で一旦休憩するために外に出る。

 食堂で軽くお茶してから再開すれば今日中に終わりそうだ。

 その道中でも、天海くんはなにやら悩んでいるようにしていて…… 気になって訊いてみればとうとう口に出して答えてくれた。

 

「…… 赤松さんも、最原君も図書室には掃除しに来ただけっすかね。勘ぐるのは良くないっすけど、別にあそこは掃除しなくても手がかりが殆どないって分かってることですし、探すなら普通隠し扉の奥とか、他に入り口がないか探すと思うんすよ」

 

 まあ、そうかもしれない。

 どちらが掃除を言い出したかも分からないけど、ぼくらが赤松さんに手伝いをお願いされなければ赤松さんと最原君だけで掃除することになってただろうし、今日中には絶対片付かなかったよね。

 2人っきりになりたかったとか? でもそれならぼくらが誘われるわけない、か。

 

「あの2人……なんで図書室なんかに行ったんすかね」

 

 その言葉に、なぜだかぼくは少しだけゾッとした。

 

 

 

 

 

 

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