それぞれの課題…… ぼくら3人はすぐに把握して、教えあうことができた。
香月泪…… ぼくは心に傷を負った茶柱さんを対象にアロマセラピーで対応すること。カウンセリングみたいなものだけど、上手くいくのか…… ちょっと自信がない。
白銀さんは自由に材料を5種類指定。その限定された材料だけでコスプレ衣装を作成して写真撮影をすること。ただでさえ裁縫には時間がかかるのに、1人の人間が着られるサイズ、クオリティを落とさずに数日で作るなんて普通は無茶だ。夜なべするだろう彼女にはあったかいお茶でも差し入れしたいところだね。
天海くんはなんと既に本人確認と言う名のテストが終わり、自分自身こそが超高校級の冒険家だと証明できたという。内容は筆記試験形式で、写真を見て撮影された場所、シチュエーションなどを答えるという感じだったらしい。
テストに出てきた写真は全て天海くんが以前撮影したもので、世に出していない写真まであったというのが不気味だ。
あのモノクマならなんでもありなのかとぼくは納得しちゃったけど、まあ2人はそんな納得できるはずがないよね。
撮影した写真だって、本当に天海くんが撮影したものか分からない。なんせ、ぼくたちはオーディションに選ばれただけの一般人のはずなんだから。
ぼくの記憶が正しければ…… だけど。
自分の記憶に自信が持てないのは仕方ない。ぼくだけが覚えていると思っているこのオーディション云々のことや、親友のことさえ、もしかしたら嘘なのかもしれない。そんな不安が付きまとってくるんだ。
才能存在証明どころか、ぼくは自分自身ことすら証明できるのか…… どれが正解なのか分からない。
泥沼だ。思考の泥沼。
これがダンガンロンパである以上、自分自身も信じることができない。
確か…… 9番目だったっけ、主人公が黒幕だったやつ。主人公自身も忘れていて……いや、忘れさせられていた。無意識に黒幕となるように誘導されていた事実もあったけど、最終的には絶望に感染してプレイヤーの手を離れてしまう。5章の終盤には既に感染していて、6章の自殺者のトドメを主人公がするんだ。
だから、6章裁判は希望エンドに見せかけて…… 投票が終わったあと、主人公がクロ勝ち。ヒロインも一緒に仲間は全員おしおき。絶望のタネが花開くための栄養となる。そんな、話。
ダンガンロンパゼロでは江ノ島盾子自身が記憶喪失を利用してたりしていたし……
絶望勝ち、希望勝ち、引き分け、いろいろあったけど…… いくら考えても、分からない。
そとそもダンガンロンパの結末を予想するほうが無理ならことなんだと思う。いつもいつも、ぼくらの予想から外してくるんだから。
「白銀さんはこれから準備に取り掛かるよね。コスプレ衣装を作るのも、撮影するのもさすがに時間かかるだろうし…… 天海くんはフリーかな」
「うん、わたしはこのまま倉庫行きかな」
「そうっすね。俺はあの写真当て試験で合格したので大丈夫だと思います。香月さんはどうするっすか?」
「ぼくは…… 茶柱さんを探しつつ、ちょっと見て回ってみようかな。調香するにも、慎重にならないといけないし。才能を証明するなんて…… 自信ないから」
ぼくの才能はそれこそ、モノクマのいう〝 ニセモノ 〟そのものだ。
たとえこの頭が超高校級のアロマセラピストに相応しい知識と、技術を持っていようと、ぼくが元々持っていなかったものに間違いはない。
ただの趣味。現実逃避のひとつだった。よくない薬で見たくないものから目を逸らすように、薬漬けになるみたいに、アロマに頼った。
アロマを扱う者というより、ぼくはアロマに支配されているようなものだ。
「君の才能は、ちゃんと俺らが実感してるっす。今もあのシャンプーは愛用してますしね」
「そうそう、香りで分かるよね?」
2人からふわりと香るライムの香り。
「…… うん、ありがとう」
ぼくの嗅覚が訴えてくる。2人から、友達としてプレゼントした香りが。
あれは、この〝 ぼく 〟が、初めて調香した品物だ。
みんなの知っている、〝 超高校級のアロマセラピスト 〟ではなく、一般人だったぼくの意思で初めて作った物。
愛用してくれていることに安堵して、無意識に息が漏れていく。
「ぼく、今回の証明は自分でやるよ。天海くん、白銀さん、いつもありがとう。これって、自分でやらないと意味ないだろうし、頑張ってみるよ」
「なら、お邪魔するわけにはいかないっすね。食堂に行ってるんで、なにかあったらそっちに来てほしいっす」
「あ、それならわたしも倉庫行くから途中まで一緒に行くよ」
「ぼくは……」
電子生徒手帳を確認すると、茶柱さんの居場所は彼女の研究教室ではなく、アンジーさんの研究教室となっている。相変わらず2人一緒に行動しているみたいだ。
アンジーさんによって茶柱さんの心が少しでも軽くなっているのなら引き離すべきじゃないと思うけど、共依存関係はそれだけでも危険だ。というよりフラグだ。
モノクマは仲のいい人を引き離すのが大好きだからな。
ぼくたちも今回は単独行動なんだし、気をつけておかないと……
「アンジーさんの研究教室まで行くけど、まだちょっと考えてるからまたあとでにするよ。それじゃあ」
手を振って別れる。
まだぼくには迷いがある。2人一緒に攻略するべきか、それとも茶柱さんに集中するべきなのか。
モノクマやモノクマーズの言う〝 合格 〟がどの範囲なのか…… それも微妙なところだ。
行く先も定めずに歩くと、自然と植物園方面に向かってしまうけど…… そういえば、と気になって右の道に逸れる。
入間さんはいったいどんな課題が与えられているんだろうか。発明品を2つ作るとか?この場所から一刻も早く逃げ出したい身としては学園脱出の鍵になるようなものでも作ってくれるとありがたいんだけど…… モノクマのことだからそんなもの作ったら没収してきそうだ。
それに、入間さんはぼくらとかなり感性が違う。目薬式コンタクトなんて、すごく需要があると思うんだけどなあ。
「それじゃ、よろしくねー入間ちゃん」
「あ」
入間さんの研究教室から出てきたのは王馬くんだ。
なにか用でもあったんだろうか。かなり機嫌良さそうに扉を閉めた彼はこちらを向いて驚いたように目を瞬いた。
「奇遇だねー、香月ちゃん。こんなしみったれたところに用でもあるの? それとも入間ちゃんを殺しに来た?」
「そんなわけないだろ。他の人がどんな課題を渡されてるのか気になって、それで来ただけだよ」
「へえー、もしかして結構難しいお題でももらっちゃった? 大変だね。オレは知らないけどね。でもさー、そういうのってよくないよね? 人の秘密を知りたいなんて、2回も死にかけてるのによく首を突っ込もうと思えるよね。神経を疑っちゃうなー」
うぐっ、もしかして王馬くん。少し機嫌悪いのかな。いつもよりも言葉の切れ味が鋭い気がする。普段ならもう少しマイルドなはずだけど……
ちくちくと刺さる正論に狼狽つつ 「深く詮索する気はないよ」 と申し訳程度に言い訳を並べる。
「それより、王馬くんこそ入間さんになんの用だったの? きみだって関係ないでしょ」
「オレ? オレは入間ちゃんの課題が早く終われるようにお仕事を依頼しただけだよ。どうせなにか開発するなら、一緒に頼んじゃおうって思ってさ」
発明品を作るついでになにか作らせる…… って、手間が増えるだけじゃないか。なんて理不尽な。
入間さんは脅されているのか?
「入間さんに作ってもらいたいものでもあったの?」
「うん、全自動殺人マシーン…… とかね」
「え?」
嘘だ。
心では分かっていても、とっさにはその指摘ができなかった。心の中で、もしかしたらという思いがあったからかもしれない。
「なんて、嘘だよ。教えるわけないよね!」
「そ、そっか……」
「安心した? 大丈夫、オレって人殺しなんてしないし!」
「それは、嘘じゃないといいなあ」
「さあね」
改めて王馬くんの表情を伺う。
彼は元々病的なまでに真っ白な肌をしてるけど、そういえば心なしかそれに拍車がかかっているような気がするなあ。率直に顔色が悪い。よく見れば目の下に濃いクマまであるな。眠れてないのか?
「あのさ、王馬くん」
「うん? なに?」
「ちゃんと…… 休んでる?」
「…… それはもうバッチリだよ! まあ、悪の総統は夜がホームグラウンドだし、多少は影響出てるかもしれないけど。毎回裁判のたびにやつれていく香月ちゃんには言われたくないよねー」
王馬くんって、こう…… 反感を覚えるようなことを言うけど、正論なんだよね。うん、毎回迷惑かけてるぼくが言えることじゃないか。
「それじゃあねー」
はあ、とため息をひとつ。
あれ? もしかして上手く話を逸らされてしまったのか? 入間さんに頼んだらしきアイディアとか、彼の顔色とか、まったく追求できなかったじゃないか。
やっぱり彼は口が上手すぎる…… 到底敵わないや。
王馬くんに追求しようとするのは諦めて、入間さんの研究教室をそっと覗き込む。扉をほんの少しだけ開けて、だ。
「あのー、もう1時間は経ちますよ入間さん」
「ちょっと待ってろ。王馬の相手してて片手間にしかやってねーから。本番はこれからだ」
薄く開いた扉の向こうでは、なんとキーボくんが診察台みたいな鉄板の上に固定されている現場だ。
普通に考えればメンテナンスとか、キーボくんの体を調べてるとかなんだろうけど…… なんというか、解体現場?
「解体品発見現場……」
死体発見ならぬ解体品発見…… なんちゃって。本当なら笑えないんだけど、あそこで今元気に話してるからなあ。
ぼくはそっと扉を閉じて背を向けた。
次はどこへ行こうかな。
道を戻って電子生徒手帳を確認すると、なにやら寄宿舎のほうに赤松さんたちの反応がある。ゲームとしては、みんなに課題を聞いて回っているところとかだろうか。
けど、寄宿舎まで辿り着いてぼくは驚愕することになる。
遠目からでも最原くんの顔色が最悪だったからだ。
もしかしてまた殺人が起きてしまったのか? と一抹の不安を覚えながら近づいて行くと、なんとなく違うことに気がついた。
「最原くん、もう休んでていいんだよ? 確かに最原くんに聞いてもらえないのは残念だけどさ」
「ううん、僕も赤松さんの演奏をもう一度聴きたいんだ。すぐ治すから、1日、待っててほしい」
「うーん、なら2日待つよ。ギリギリまで待ってるからさ、今日は安静にしてて。私看病するよ」
赤松さんと最原くんの、そんな会話が聞こえてきたからだ。
「2人とも、どうしたの? …… というより、最原くんが、かな。すごく顔色悪いよ?」
「あ、分かる? そうだよね。こんな真っ白になっちゃって。最原くんは風邪ひいてるんだと思う。さっき確かめたら熱があるみたいだったから」
「……」
〝 確かめたら 〟の下りで最原くんの頬にさっと朱が乗る。
ふうん、これはいわゆる、おでこコツンをやったのかな? 相変わらずこの2人は青春してるなぁ。
「そっか、なら早めに休んだほうがいいよ。治るものも治らないし」
「…… 分かったよ。観念する」
「よーし! ならお粥かな? えっと、こういうときはたまご粥かな? 薄めのほうがいい? しんどくない? 部屋の鍵出せる?」
「わわっ! それくらいできるって!」
なんというか、お幸せに?
お邪魔虫になりそうだからさっさと退散しよう。
ああ、でもひとつだけ気になることがあった。
「2人の課題がなんだったのか、聞いてもいい?」
「それくらいなら気にしないよ。私はドビュッシーの曲を全部で3曲、連続で弾き続けることだね。休みなしに弾き続けるのはちょっと難しいけど、演奏会だと思えば苦じゃないかな」
「僕は、筆記試験だったよ。数ある事件の概要の中から、自分が解いた事件を選んで、証拠、トリック、動機を説明するというものだ。ニセモノじゃない証明ってことだから、多分これだったんだと思う」
ということは最原くんは天海くんと同じく、証明済ってことになるのかな。
それなら、何日か休んでても大丈夫だね。彼がルール違反で処刑されることはないわけだ。
「ありがとう、2人とも。それじゃあ、お大事に」
「うん、ありがとう」
「またね!」
最原くんは風邪、王馬くんは恐らく寝不足かな?
ここに来て学園生活のストレスからか、体調を崩す人が増えてきたな。
よく思い返せば他のみんなもどこかしら元気がなかったり、しんどそうだっとりしていた。
…… もしかしたら、ぼくのカウンセリングの仕事は茶柱さんだけでは終わらないかもしれない。
少しだけ不安を抱えながら、ぼくは学園内に入ることにしたのだった。