朝、いつものように3人集まって朝食をとったのだけど、食堂に最原くんが来ることはなかった。
赤松さんによると、熱が出て自室で寝ているということだった。ヨーグルトなんかの食べやすいものを集め、赤松さんは最原くんの部屋へすぐに戻ってしまった。
別にあの2人のことだから心配しているわけでも、なにかあったんじゃないかと勘ぐっているわけでもないけど…… 念のため。そう、念のため最原くんの様子を見に行こうと思ったんだ。
「お見舞いありがとう、香月さん」
果物を手土産に最原くんの部屋を訪ねてみると、当然のように赤松さんが出迎えてくれた。こう見ると、まるで夫婦のように見えてくるから不思議だ。
最原くんは奥で寝ているのだろうか。
「う、うん…… えっと、赤松さんも無理しないようにね。マスクくらいはしておいたほうがいいんじゃ」
そういうぼくもマスクなんてしていないけど。
「あ、そうだよね。ごめんね…… 普通はするよね。倉庫にあるかな」
かなり真面目に受け取ったみたいだ。
これは、提案しておいてなんだけど、申し訳ないな。
「ぼく、探してこようか?」
「ううん、いいよ。自分で探してくる。香月さん。ちょっと、待っててもらえるかな」
…… まあ、ずっと同じ部屋で過ごしていると、本人はそう思っていなくても参ってくるだろうし、気分転換にでもなるなら外に出たほうがいいのかもしれないけど。なんかあっさりだなあ。なにかあったのだろうか。
「分かったよ」
釈然としないまま返事をして、最原くんの部屋にそのまま入る。
はっ、まさか最原くんの死体が発見されてぼくが真っ先に疑われる第一発見者に…… ? なんて、そんなことないか。
「最原くん…… ?」
「大丈夫、ちゃんと話は聞いてたよ。えっと、いらっしゃい…… ありがとう、香月さん。ベッドからでごめんね」
最原くんはきちんとベッドにいた。制服のまま布団に入っているようで、襟元が少しだけ見える。
風邪…… なのかな。確かに顔が少し赤い。見るからに苦しそうにしている。昨日もあんまり歩き回っていたわけじゃないと思うけど、運動して拗らせてしまったんだろうか。インドア派っぽい見た目してるからなあ。
ぼくも多分風邪の引き始めに運動をしたら拗らせる自信があるぞ。
「えっと、なにも、ないけど…… ごめん」
「い、いや。大丈夫だよ。こっちこそ…… ごめんね。突然来ちゃって」
「ううん、お見舞いに来てくれるのは嬉しいよ」
あんまり親しいわけでもないのに突然来たのは失礼だったかな…… でも二人だけにしておくのも…… ないとは思うけど事件が起こったときに発見しづらくなってしまうからね。
信用してないわけではないよ。お互いをしっかり見張っているのが一番の安全策だと思っているだけだ。
「ちょっと散らかってて…… 恥ずかしいな」
「えーと……」
思わず、といった具合に部屋の中を見回す。
確かに最原くんの性格を考えると不思議なくらい、案外ごちゃついていて、いろんなものが置いてあるみたいだ。
この大きな花瓶と、活けてある花とかどこからどうやって移動してきたのか……
「ああそれ…… ? 赤松さんの研究教室に置いてあったやつだよ。それが1番凶器の可能性があるから調べるついでに教室から離そうと思って持ってきたんだよ」
「ああ、教室にあると利用されかねないから…… だね」
「うん…… 個人の部屋なら隠すのにちょうどいいし、僕は探偵だから……」
犯罪に使用するつもりはない、か。最原くんも立派な探偵なんだね。
「…… ねえ香月さん」
ぽつりと、最原くんが呟いた。
「どうしたの?」
「君の研究教室ってアロマはなんでもあるの?」
それは…… 研究教室というくらいなのだからいくらでもあるだろうな。
暗殺者の教室の中は見てないから分からないけど、多分そっちだってありとあらゆる暗器とか武器が置いてありそうだし。昆虫博士の研究教室なんて教室一面虫カゴ虫カゴ虫カゴだらけだ。
「うん、あると思うよ。なくても…… 多分モノクマ辺りに言えば用意してくれるだろうし、ね。あんまりやりたくないけど」
あんまりモノクマに頼ると痛い返しが来そうだから、借りとかは作りたくないんだよね。
「そっか…… えっと、なんだっけ…… そうだ、よく、僕のお世話になってる事務所の叔父さんが使ってたんだけど…… フラン、ケンセンス?」
「フランキンセンスかな?」
フランキンセンスであってフランケンではない。フランケンシュタインと混じってるよ。覚えにくいから仕方ないけど。
というか、よくそんなの知ってたな。
「そう、そのフランキンセンスを使ってるところをよく見たんだ。レモンみたいな香りのやつ。もしあったら持ってきてほしいなって」
「うん、探してみるよ。今日中に持ってくればいいかな」
「うん」
こんなことをお願いしてくるなんて、最原くんもなんだかんだ心細いのかもしれない。
探偵事務所の叔父さんのところと同じ香りってことだろ? つまりそれは帰る場所の香り。安心できる場所の香りということだ。
それを今感じたいということは、心が弱っている証拠だよね。いくら赤松さんがいるからといっても、ここが閉鎖された空間であることは変わらない。コロシアイの不安も、緊張も付き纏う。
こういうのも才能の発揮に加算していいんだろうか…… そうだってらいいんだけどな。
探偵という役柄上、気を抜くわけにもいかないんだろう…… ぼくには要望通り、安心できる香りを用意してあげることしかできないわけだし、あとで赤松さんが戻ってきたら交代で精油を持ってこよう。
「あ、でも最原くん。フランキンセンスを使うのはいいんだけど、火気厳禁だからね。少なくとも香りが充満した中で液体が残ってる状態で火なんか使わないように。もしくはちゃんと換気すること。分かった?」
「うん、叔父さんもそうしてたから……」
精油にも引火点というものが存在する。あくまで油だからね。
フランキンセンスはその引火点が殊更低いんだ。といっても、その温度になったらすぐさまに発火するわけではない。
その温度で発火する場合は発火点って呼ぶからね。これはあくまで引火点。
引火点っていうのは、気化して空気と混ざり合ったものが燃焼物に触れると発火する温度のことだ。
だからといって気をつけなくてもいいわけではない。もちろんビンの蓋を開けっぱなしにしておけば引火点を上回って発火する可能性がある。
ところで、さっきから言っているフランキンセンスの引火点だけど…… この精油は1番低い引火点を持っている。
ズバリ『32℃』だ。32℃以上で気化しており、火花が散れば発火する。そういうものなんだ…… ってなんだかフラグに思えてきたぞ。
持ってくるのやめようかな…… でも最原くんはかなり弱ってるし…… 心くらいは軽くしてあげたい…… でもこれでなにかあったら後悔するのはぼくなんだよなぁ。
「最原くん、約束してね?フランキンセンスを使うときは、必ず誰かが一緒にいるときにするって。具合の悪い今の状態じゃ、万が一があるからさ」
「うん、そうすることにするよ…… 忠告、ありがとう」
ダンガンロンパにおいてさすがに探偵様に死なれたら困るからね。
天海くんも主人公レベルで頭がいいから推理に困ることはないと思うんだけど、やっぱり二人いると安心感が違うよね。
「最原くん、まだ起きてる…… ?」
扉を開けて、赤松さんが帰ってきた。
口元にはマスク。マスクが何枚か入った箱を持っているので、無事に倉庫から見つけ出して来たみたいだ。
「香月さんも」
「ありがとう」
「最原くんもね」
「うん」
3人ともにマスクをつけて座る。ベッド脇に椅子を置いて赤松さんと二人、ベッドにいる最原くんを見つめた。
薬とか、飲んだのだろうか。
この学園にある薬なんてどんな成分が入ってるか分からない以上、あんまり頼りにしたくはないけど。
特にモノクマが用意したものなんてあったら要注意だ。絶対なにか裏があるに決まってるからね。こっちが要望も出さずに薬を差し出して来たりしたらもっと怪しくなる。
だからあんまり研究教室にないものとか要求したくないんだけど…… ちゃんとあればいいなあ。フランキンセンス。
「これ、食べやすいかなと思って持って来たんだ。良かったら食べてね」
「ありがとう。最原くん、体起こせる? 朝はリンゴだけだったからね…… ちゃんと食べないと薬も効かないよ。えっと、ヨーグルトなら食べられるよね?」
「あ、赤松さん! 自分で食べられるよ!」
おお、慌てている。
これ以上いたらきっとお邪魔だろうなあ。微笑ましい。
「えっと、最原くん。午後には言われたもの持ってくるから、ちゃんとご飯食べるんだよ?」
「わ、分かってるよ。ちょっと、赤松さん…… そんなにぐいぐいしなくても大丈夫だって」
「はい、口開けて」
「…………」
そんな二人に甘酸っぱいなあなんて思いながら、ぼくはそっと最原くんの部屋を離れるのだった。
短くて申し訳ない…… 本当に申し訳ない。
フラグを徐々に立てていきます。