月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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証拠確認と聞き取り開始

 外に出る前にもう一度部屋で見つけた証拠を確認する。

 部屋の棚で溶けていたビンはぼくが最原くんにあげた精油のビンだ。

 

 

 ――〈コトダマ 溶けた精油の小瓶〉

 

 

 ……間違いないはず。だからこれが直接的な火事の原因になっていると思うんだよね。ぼく自身がやったことが原因ってことになるから、あんまり肯定したくない事実なんだけど……ぼくのせいじゃないかもなんて、そんな希望的観測(したごころ)は捨てたほうがいい。

 

 また責められるだろうけど、事件を解決できないことのほうがよっぽどまずいから甘んじて受けるしかないな。追求してくるとしたら……王馬くんか、入間さんか、その辺かな。あんなにぼくに疑いを持っていた夢野さんとは和解したしなにより……もう彼女はいない。

 

 唇を噛むようにして首を振る。

 

 それから、ヒリヒリするらしい床の水溜り。これはなんだろう……思い出すのは東条さんと一緒に受けることになった「おしおき」の内容なんだけど……

 

「香月さん、大丈夫っすか?」

「う、うん。ごめんね。ちょっと色々思い出しちゃっただけだから」

 

 顔色が悪くなっていたらしい。迷惑をかけるわけにはいかないのに、どうしても顔に出てしまう。隠したい気持ちに対して体が正直すぎて情けなくなってくるよ。そりゃ、あの「おしおき」はトラウマでしかないけど、いつまで経っても引きずって一歩も動けないんじゃ東条さんに申し訳ない。

 

「水溜りに、花瓶」

 

 死体の下や上に散乱した花瓶の破片で分かるのは、この花瓶が割れてから死体がここに置かれたということだ。花瓶が直接的な死因になっていないことの証明だと思う。

 

 

 ――〈コトダマ 割れた花瓶の破片〉

 

 

「それから換気扇もだね。元々はつけてたんだよね?」

「そのはずだよ」

 

 白銀さんの言葉に頷く。

 気圧も低くなっていたようだし、炎が鎮火するのもその分早かったのかもしれない。だからこそ、バックドラフトなんてものが起きたわけだし。

 

「あとこの部屋で起きていたことと言えば……一応、演奏会の音がスピーカーで届けられていたことも入るっすね」

「あ、そっか」

 

 天海くんの言葉に白銀さんがポンと手を打って声をあげた。

 そういえば、それもあったね。

 

「この部屋には最原くんが寝込んでいたはずで、そしてぼくらが演奏会に行っている間、ここで寝ながら赤松さんの演奏を聴いていたはずなんだよね」

 

 ぼくが話を整理して答える。

 

「もし本当に死体が最原くんじゃないのなら、いつから最原くんがいなくなったのかが重要だよね。それと、地味に風邪をひいてるのが嘘か、嘘じゃないかってことも」

「誰も見ていないところで、最原くんがこの部屋にいつまでいたかの証明なんてできるわけ……」

「シュレディンガーの最原君っすね」

「……」

 

 なに真面目な顔で変なことを言ってるんだ、この人は。

 

「ちょっとしたジョークっす」

 

 恥ずかしそうにはにかんで頬をかく天海くんに、自然と笑みがこぼれた。緊張しているぼくらを和ませようとでもしてくれたのかもしれない。ちょっと不謹慎かもしれないが、確かに和んだ。

 

「とにかく、そういうことも調べるためにはみんなの共通認識を把握しておかないと」

「じゃ、まずはそこにいる百田君達っすね」

「おう、なんか色々聴こえてきてたが……まあ助手のことについては裁判で聴く。今はオレが冷静になってやんねーとな。そのために行動するんじゃなくて、こうして見張りになってるわけだからよ」

 

 百田くんが答えた。どうやら聞こえていたらしい。まあ、部屋の入り口と部屋の中だもんね。距離もそれほどないし、小声でもなかったから聞こえて当然か。

 

 でも、案外冷静なんだなあ。最原くんとも仲が良かったから、てっきり擁護して反論してくる筆頭が百田くんだと思っていた。それに関しては赤松さんも懸念しているけど、彼女は人の話は聴くタイプだし……百田くんはなにか言われても突っ走りそうな感じがして、春川さんあたりから強制的にストップがかからないと止まらなそうなイメージが漠然とあるんだよね。

 

 おかしいな、超高校級の宇宙飛行士の称号を持っているのだから、それなりのコミュニケーション能力や管理能力、それにまとめ役としての才能はかなりのもののはずなんだけど……なぜだか普段の言動のせいで猪突猛進なイメージが……。

 性根は良い人だし熱血な感じだから、同じ人をまとめる才能を待っていながら、嘘と言いくるめで人を転がす王馬くんと仲が悪いのも頷ける。

 

「えっと、ゴン太くんにも訊くね。今日の夜の出来事を覚えている限りに教えてほしいんだ……といっても、私とゴン太くんは一緒に研究教室まで行ったから、あんまり言うことがないかもしれないけど」

 

 頬に手を当てて白銀さんが言った。

 ああ、確かゴン太くんに「女性のエスコートを練習したいから付き合ってほしい」って言われて、一緒に研究教室まで行ったって言っていたっけ……。

 

 ということは、ゴン太くんと白銀さんは道中一緒にいて、更に研究教室に行ってからはみんなの目があったからアリバイが成立していると言っていい。

 一応ぼくも、起き抜けに天海くんと一緒に研究教室に向かったからアリバイがあると言ってもいいかな。

 

「百田くんはどうっすか?」

「オレか? オレは赤松に演奏会の話を聴いたあと、ハルマキと一緒に終一の見舞いに行ったな。まだそのときは夜時間じゃなかったけどな……そのあとは赤松を手伝ったり、リハに付き合ったりしてたぜ」

 

 リハ? リハーサルがあったのか。

 

「リハーサルしたんすか?」

 

 ぼくと同じことを考えたらしい天海くんが尋ねる。

 

「ああ、そりゃそうだろ。いくら赤松でもな、直前にもピアノの調子を見ておくくらいするだろ。気合いも入ってたし、失敗できないって思ってたんだろうな」

「……そっか、赤松さんらしいね」

 

 白銀さんが答えて、次いでぼくは質問した。

 

「そのとき、スピーカーはついてた?」

「スピーカー?」

 

 しまった、主語がなかった。

 

「ほら、本番のときは最原くんの部屋にも聞こえるように、スピーカーのスイッチがオンになってたでしょ。そういうの、どこかオンになったりしてたのかなって」

「いや、そのときは特にスピーカー周りは弄ってなかったはずだがな……いや、一回だけ流してたな。確か、誰もいない場所ってことで夢野の研究教室だったか。赤松はレクイエムって意味でもやってたみたいだが」

「……そっか」

 

 次に行く場所が決まったようだ。

 

「ありがとう。えっと、演奏会のときって誰も出て行ったりはしてないよね?」

 

 ぼくは赤松さんの演奏に夢中になっていて周りを見ていなかったし、一応確認のために訊く。

 

「ああ、誰も出て行ってないぜ」

 

 百田くんの言葉に頷いて、ますます自分の中で最原くんへの疑いが深まっていくのを感じた。

 

「それじゃあ、聞き取りの協力ありがとう」

「おう、捜査頑張ってくれよな」

「ゴン太も応援してるよ!」

「ゴン太君もありがとっす」

 

 ぼく達はそうして最原くんの部屋を出た。

 次は一応、さっき話に出た夢野さんの研究教室に行ってみようと思う。

 

 ……なにか手がかりがあるのか、それとも空振りか。行ってみないと、分からないよね。

 

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