月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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超高校級のマジシャンの研究教室へ

「ここに来るのも久しぶりかな」

「そうっすね」

「夢野さんがいなくなって、なんとなく来づらくなっちゃったし……用でもないとなかなか来ないよね」

 

 三人で会話しつつ体育館へと向かう道の、その途中にある夢野さんの研究教室へと向かう。

 赤松さん達がリハーサルとして音楽を流したというし、最原くんの部屋と似た状況になったのならなにか事件の解決に繋がるヒントでもないかと思って、手がかりを探しに来たんだ。

 

「香月さん、白銀さん、眠気のほうは大丈夫っすか?」

 

 学園の中に入ってから、唐突に天海くんがそう言った。

 

「うん、一応ぼくは仮眠とったし」

 

 答えて、彼の横側を見る、別に視線が合ったりなんてしなかったけど、ぼくが見ていることに気がついたのか、「どうしたっすか?」と尋ねてくる。どうもしないよ。ちょっと気になっただけで。

 

「わたしも大丈夫かな……体力的には地味にきついけど、寝ないで作業することもしょっちゅうだし、オールするのは慣れてるよ」

 

 オール……徹夜に慣れてるってすごいなあ。

 白銀さんの才能はコスプレイヤーだし、衣装作りにそれだけかけたりするんだろうか。夜なべしてお裁縫。ぼくなら途中で寝てしまいそうだ。

 

「ま、無理は禁物っすよ。これから学級裁判もありますし、多分そう簡単には終わらないっすから」

 

 ぼくたちの想定が正しければ、今回の裁判で黒幕を暴くことになるはずだ。そうなってくると学級裁判は長引いてしまうし、もしかしたら夜明けまでかかるかもしれない。

 あとはそうだな……二回の事件が起きて、今回で三回目。心配するべくはダンガンロンパにおいてお約束となっている「三章で二人犠牲者が出る」という部分だな。このタイミングは毎回連続殺人が起きるから、警戒するべきだろうな。そう思って、こうしてグループ行動をしながら……そして他のみんなにも一人にならないように推奨しているわけだ。今までも一応そうしているわけだし、ちゃんと今回も一人になる人がいないといいなあ。

 ……王馬くんとかは無理なんだろうなあ。

 

「着いたっすけど、これは……」

「え、どうしたの天海くん……うわあ」

「あー、地味に大変なやつだね、これ」

 

 超高校級のマジシャンの研究教室。

 そこに着いたのは良かったのだけど、目の前に広がっている光景にぼくは頭が痛くなってきた。

 別に死体が転がっているわけではない。そんなことになっていたら、もっと慌てるし。もっと悲観している。

 

「ガラスが散ってるっすね。歩きづらいんで、ちょっと片付けますか」

「やっぱりそうなるよね……」

 

 そう、研究教室はただ荒れているだけだった。それもほんの少しだけだけども。とにかく、床にガラスが散っていて、踏むと危ないだろうことが確認できる。

 

「これは、なんだろう?」

「うーん、水槽じゃないっすかね。ピラニアが入ってるほうとは別に、他にも空の水槽があったような気がしますし」

「テーブルから落ちて割れちゃったんだね……」

 

 二人の言葉を聞きながら、ガラスを手を切らないように慎重に手に取る。

 なんとなくこの状況、見覚えがあるな。そう、たとえばついさっき見たばかりのような……? 

 

「このガラス片、最原くんの部屋で割れていた花瓶と厚さとか、ちょっと似てるかも」

「言われてみると……そうかもね」

 

 ふと思い立って、ぼくはガラスを集めていく。

 そして、組み立てなくても分かる範囲で想像を働かせてみれば、このガラスの水槽が元はどれくらいの大きさだったのかがなんとなく分かった。

 これも、最原くんの部屋で割れていた花瓶と大きさはそう変わらない。

 誰も立ち入っていないはずのこの研究教室で、現場と同じような状況になっているガラス片。

 

 リハーサルで曲を流したのは赤松さんたちの独断だったはずだし、そこに最原くんの意思は入りようがない。もしかして、この夢野さんの研究教室の状況は、犯人にも予想外の出来事ってことになるんじゃないか? 

 

 他の人に会ったときに、ここに来たかどうか聞いてみよう。

 もし、全員が事件以前にここへ来ていないのなら、水槽はひとりでに割れたという結論になる。

 

 水槽がひとりでに割れる状況といえば、どんなものがあるだろうか。

 事前に最原くんが仕込みをしていた可能性も否めないけど、まさかリハーサルで曲を流すことになるとは思ってなかっただろうし、この部屋ピンポイントでこの状況になるようにしてあったわけがない。

 

「いてっ」

「大丈夫っすか?」

「ごめん、気をつけてたんだけど切っちゃった……」

「わっ、大丈夫? わたし絆創膏持ってるよ」

「ごめん、ありがとう白銀さん」

 

 慌てた白銀さんがぼくの手をとって絆創膏を巻いてくれる。

 なんだかこういう出来事も久しぶりな気がするなあ。

 

「はい、できたよ」

「ありがとう」

 

 彼女が絆創膏を持っていたのは、普段裁縫をするからなのかな。

 人に怪我の手当てをされるとなんとなく恥ずかしいけど、ちょっとだけ嬉しい。

 

「もう触っちゃダメっすよ。香月さんはまた切っちゃいそうですし」

「うん、ごめんなさい」

 

 過保護な気がするけど……それだけぼくは色々とやらかしているし、仕方ないか。

 

「この水槽以外は特に変わった部分はなさそうっすね。次はピアニストの研究教室に行ってみるっすか」

「なにかあるとしたらそこだよね。赤松さんたちもきっとそっちにいるだろうし、聞き込みのためにも行っておかないと」

 

 ぼくが返事をして、マジシャンの部屋を後にする。

 なんとなく後ろ髪を引かれるのは、まだ夢野さんがいなくなってしまったという実感が湧いていなかったからだろうか。

 

 ぼくらはそうして、次の場所に向かうのだった。

 

 


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