月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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レクイエムを捧ぐ

 廊下を三人で歩いていく。

 時間が時間だからと、そして事件があってそんなに和気藹々とできる雰囲気じゃないからと、口数は少なくなっていき自然と無言になってしまう。

 ぼくは気まずいから無言になっているだけだけど、多分天海くんは真剣に考えているし、白銀さんは事件の捜査をちゃんとしようと真剣に向き合っているはずだ。ぼくだけが、ほんの少し浮いている。

 

 ……いや、そんなの多分被害妄想だ。やめよう、ネガティブはやめるって決めたんだから。

 

「あれ、三人揃ってデート?」

「……王馬くん」

 

 こんなときにまで茶化してくるとか、この人の考えは一体どうなってるんだ。

 

「嘘だよ嘘、捜査だよねー。この方向は……赤松ちゃんの研究教室かな? 今はちょっとやめてあげたほうがいいかもしれないけど、まあ止めはしないからね」

 

 笑顔のままに王馬くんが言う。

 

「それ、どういうことっすか?」

 

 天海くんが突っ込んで訊いているけど、多分その意味は「なんで行っちゃダメなのか」じゃなくて「王馬くんが止める意図はなにか?」ってことだと思う。

 彼は滅多に人に肩入れしたりしないから、わざわざ「やめてあげたほうがいい」なんて言い方をするのは少し気になった。

 ……多分、王馬くんも赤松さんに対しては思うところがあるんだろうけど。

 

「いつも明るい赤松ちゃんでも、さすがに最原ちゃんのことは堪えてるってことだよ。それよりさ、キミ達なにか隠してるでしょ。秘密の匂いがするんだよねー」

 

 真顔で答えてから、今度はニヤニヤと笑いながらぼくたちについてを詮索してくる王馬くん。いつものことながら切り替えがすごいな。

 

「……その話は学級裁判でするっす。今は下手にカードを開きたくないんすよ。それは王馬君が相手でも変わらないっす」

「あらら、隠し事をしてるのは否定しないんだね」

 

 まあそうだよね。王馬くん相手だと嘘をついてもバレそうだから、なにか言うよりも口を噤んだほうがいい。

 

「ねえ、このまま研究教室に行く……のかな?」

「あんまり邪魔はしたくないっすけどね……」

「……行こう」

 

 ぼくが言うと、王馬くんは意外そうな顔で「香月ちゃんって随分と野暮なことをするんだね!」なんて返してくる。若干その言葉に挫けそうになりつつも、ぼくは首を振って言葉を続けた。

 

「捜査時間は限られてるんだ。探偵の最原くんがいなくなっちゃったのは残念だし、ぼくだってすごく悲しい。でも、ちゃんと捜査をしないとぼくら全員が死ぬことになるんだ。なら、少し空気読めないことをしてでも調べに行かないと。特に研究教室はぼくらが全員集まっていた場所だ。なにか手がかりがあるかもしれない」

 

 そう、調べる時間は限られているんだ。

 モノクマの気まぐれで捜査時間にムラがあるんだから、早めに調べるに越したことはない。

 

「ふうん、そっか。それじゃあ、行ってくればいいんじゃない? オレはちょっと行くところがあるから。それじゃあね!」

 

 そう言って、王馬くんは立ち去っていった。

 いったいどこに行ったんだろう? 方向的には階下に行ったようだし、一階か、地下か、もしくは外か。案外選択肢が多くて分からないな。

 

「あ……そういえば、演奏会が始まる前はどこにいたのか訊くの忘れたな」

「ああ、確か王馬くんは一番最後に来たんだっけ……地味に忘れてたよ」

「それも裁判で訊けば大丈夫っすよ」

「そ、そうだよね」

 

 一番最後、滑り込みセーフで赤松さんの演奏会に参加していたんだ。それまでどこにいたのかは誰も知らない。ゴン太くんだって今回は白銀さんと一緒に来ていたから、王馬くんがどこでなにをしていたのかは知らないんだ。

 

 最原くんともわりと仲がいいというか、ライバル? いや、なんか違うな。一方的に絡みに行っていた感じになるんだろうか。ともかく、絡みは多かった気がするので、要注意だ。

 その最原くん自体が黒幕だったわけだから、交友を深めていて更に怪しい人物と言うと王馬くんが筆頭だ。

 

 赤松さんや百田くんは……そういう裏のことをやるのはものすごく苦手そうなイメージがあるからどうしても違うかなあ、という気持ちが強い。

 

「それじゃあ、開けるよ」

 

 白銀さんが研究教室の扉に手をかける。

 特に物音は聞こえないけど、確かこの部屋はしっかりとした防音仕様だったはずなので、当たり前だろう。ぼくらは少しばかりの緊張と一緒にその扉を開いた。

 

「……演奏、してる」

 

 扉を開けた途端に溢れ出したのは、美しい旋律。

 その旋律は演奏会のときと同じく、月の光だ。

 

 柔らかく、美しく、静かな夜を感じさせる旋律。

 その旋律はとても綺麗だけど……でも、どこか寂しさや切なさ、悲しみが音に乗せられているようだった。

 ぼくらの心にダイレクトに届く悲しみの旋律。彼女が……赤松さんが超高校級のピアニストだからこそ、彼女自身の気持ちがぎゅっと演奏に詰め込まれているみたいだ。

 同じ曲だからこそ分かる。演奏会のときの、静かで染み渡るようなピアノの演奏と、今の悲しみの旋律は同じ曲のはずなのに、全く別の物のように感じられた。

 

 それは多分、レクイエム。

 彼女なりの、気持ちの切り替えなんだろう。

 

 静かで染み渡っていくような演奏のはずなのに、どこか強く力強く鍵盤が叩かれているように感じる。

 心なしか、その音圧を受けて教室の窓もカタカタと震えているようだ。

 

「……ふう」

 

 赤松さんが演奏を終えて、額の汗を拭う。

 いったい、いつから演奏を続けていたんだろう。それくらい、彼女は憔悴しているように見えた。

 

「レクイエムっすか」

 

 天海くんの言葉に、ハッとした赤松さんがこちらを見る。

 それから、暗くしていた表情をパッと明るくして「来てたんだ! 声くらいかけても良かったんだよ?」と笑顔になる。

 でもどこか、その笑顔が無理をしているようで、ぼくは痛ましい気持ちになった。

 

 ……こんな健気な赤松さんを騙しているんだぞ、最原くん。どこかで見ているのなら、彼女の疲れ切った様子を見て、なにか思うことはないのか? 

 

 恐らく、黒幕なら絶望信者なんだろう。

 だからきっと、ぼくのこの気持ちも無駄だ。

 

 それでも、そう思わざるを得なかった。

 

「私ができることって、ピアノくらいだからさ。ピアノ馬鹿だから……これくらいしか思いつかなくて」

「……うん、素敵な演奏だった。きっと届くよ」

 

 白銀さんも、分かっていてそう口にしている。

 だからこそ、ぼくらは複雑な顔をしつつも……彼女の演奏に拍手で応えた。

 

鎮魂歌(レクイエム)として、届くといいなあ」

 

 そう呟く赤松さんに心の中で返事をする。

 届くといいね、彼の心に。生きた、彼の心に。

 

 そうして改心してくれたら、どんなに良いことだろうか。

 ぼくらはそんな思いを全て飲み込んで、捜査を続けるのであった。

 

 

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