月桂樹の花を捧ぐ   作:時雨オオカミ

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赤松楓の証言

「あ、そうだ。三人はこんなところまでわざわざ来たってことは捜査?」

 

 赤松さんはピアノから離れてぼくらのほうへとやってきた。

 どことなく頬が赤く、彼女はパタパタと手で自分の顔を仰いでいる。恐らく長時間ピアノを弾いていたことによる疲労と、熱中していたことによる運動効果で体が熱くなっているんだと思う。

 指揮者も長時間やってると汗をかいてくると言うし、ピアノ演奏もずっと続けていれば運動したときのように熱くなるし汗もかくだろう。

 

「うん、そうなんだけど……赤松さん、大丈夫?」

「うん? うん、大丈夫だよ! ちゃんとお水も持ってるし」

 

 言いながら彼女は近くの丸い石柱っぽいものに置いていた、ペットボトルの水を取る。そして「ちょっとごめんね」と言いながらごくごくと一気に半分ほど飲み干すと、ぷはっと声を出して蓋を閉める。

 むしろ半分で大丈夫なのかとちょっと心配になったが、赤松さん自身が大丈夫ならまあいいんだろう。

 

「あとで差し入れ持ってくるっすよ。俺たちは一応、ここであったこととかを確認しに来たんすけど、いいっすか?」

「いいよ、えっと椅子は……隅に重ねて片付けてあるから、それ使おうか。明日全部片付けようと思ってたんだけどね」

 

 苦笑して赤松さんが動いたので、ぼくらは自分で重なっている椅子を1つずつ取り出した。

 

「わたしが訊きたいのは、できれば演奏会が始まる前からかなあ」

「あ、そうだよね。もしかしたら演奏会を開く前の出来事とかもヒントになるかもしれないし」

「あとは……えっと、最後に赤松さんが最原くんを見たときのこと、かな」

「……うん、そうだね」

 

 白銀さんの言葉にはしっかりと笑顔で答えていた彼女が、最原くんの名前を出した途端に落ち込んだように声を落とした。

 

「私が事前になにか気づければ、こんなことにはならなかったのかな」

 

 ポツリと赤松さんが言う。

 後悔。なにかできていたら? そうなることを予測できたら? そんな後悔が彼女の中に渦巻いて苦しめているんだと思う。それはぼくが星くんと東条さんのときに感じていた思いと、きっと似ているものなのだと思う。

 似ているけれど、しかし決して同じではない。なぜなら事件の引き金となったぼくとは違って、今回のことは彼女のせいなどではないのだから。

 

「それじゃあ、演奏会の前のことからお願いするっす」

「うん、えっとね……確かみんなに演奏会のことを伝えて回って、何人かが準備のお手伝いをしてくれたんだよね。百田くんと春川さんがその筆頭かな。他にもアンジーさんと茶柱さんも手伝ってくれたよ。この部屋の飾り付けもしてくれたし、本当に感謝してる。実は準備してるときにみんなで和やかにクッキー食べたりしてたんだけど……うん、多分それは関係ないかな?」

 

 関係ないことではあるんだけど、ちゃんと話は聴きたいしその辺のことも聴いて損があるわけじゃない。順に思い出していくのも大事だし。意外とそういうところに大事な情報が転がっていることもあるんだ。

 

「あとはそうだね、リハーサルで一曲弾いて……そのときに放送のスイッチも入れたよ。確か夢野さんの研究教室と夢野さんの個室にだったかな? 茶柱さんとアンジーさんが、夢野さんにも聞かせてあげたかったって言っていたから、それで研究教室と個室に流したんだよね」

「あ、個室のほうにも流したんだね」

「うん、幽霊がどっちにいるとか……そういうのはあんまり信じてないけど、やっぱり彼女に聴かせてあげるなら両方の場所じゃないと届かない気がして」

 

 そこでクスリと赤松さんが笑う。

 

「幽霊を信じない百田くんと、幽霊でも聴かせてあげたいって主張する茶柱さんとアンジーさんの言い争いが結構あったんだよね。百田くんも、気持ちを尊重していたみたいだけど、頑なに幽霊は認めないって……それをアンジーさんが『神様もいるって言ってるんだよー、どうして認めないかー?』って怖い顔で言っててさ。ちょっと百田くんが可哀想だったよ」

 

 ああ、場面が想像できるね。百田くんって意外と怖がりなんだなあ。

 

「それから演奏のリハをして、椅子とか運んで飾り付けて、最原くんにいったん会いに行ったんだ。それで何時から始めるかを伝えて、すぐに寝るように言ったんだよ。だから、最後はあんまり話せてないんだ」

 

 眉を寄せて、赤松さんは悲しそうに言う。

 

「もっと話しておけば良かったなあ」

 

 それから、実感が湧いてきてしまったのかその瞳が潤んだ。

 

「落ち着いてからで大丈夫だよ」

「うん、ごめんね」

 

 声が揺れている。赤松さんが泣いている……最原くんのことを思って。

 白銀さんは赤松さんのところに行って背中をぽんぽんと優しくさすってあげている。

 赤松さんを泣かせている最原くんへ、ふつふつと沸いてくる小さな怒りを抑え込んでぼくはこっそりと辺りを見回した。

 

 先程赤松さんがペットボトルを置いていた石柱は、その前は確か最原くんの部屋で割れていた花瓶が置かれていたのだったか。そして、花瓶は恐らくこの研究教室に置かれていた凶器であると推測している。だからこそ最原くんはこの教室から離れさせようと部屋に置いていた……らしいが、今の状況を思うと単純に前からこの事件を起こすつもりだったことが分かる。つまり、今回の犯行は計画的なものだ。

 赤松さんがみんなへの好意で演奏する、その行動そのものを利用した最悪な計画的犯行。

 

 ぼくの頭の中では最原くんが犯人であり、黒幕であるという概念が固定されてきている。しかし、多分これは学級裁判で明らかになるだろう真実だと信じている。そうでなければ、今回の犯行に説明ができないからだ。

 

 我ながら頭が固いなと思うけど、ぼくはもうこの路線で決め打つしかない。

 あとは……。

 

「うん、もう大丈夫。白銀さん、ありがとう」

「ううん、どういたしまして。赤松さんはすごく頑張ってるよ」

 

 二人のやりとりを見て、赤松さんが泣き止んだことを知った。

 そこで、様子を眺めていた天海くんがふとした疑問を漏らすように赤松さんに尋ねる。

 

「そうだ、赤松さん。さっき演奏をしているときに窓がカタカタ揺れてたみたいっすけど、あれは音圧で起きてるんすか?」

「あ、それなら多分共振……かなあ」

「共振?」

「うん、音に反応して揺れたり、周波数が同じだと共鳴して一緒に音が鳴ったりとか、そういう現象だと思うよ。ここ、音楽室のわりにはちょっとそういう部分が杜撰(ずさん)だよね。前も演奏してるときに花瓶が移動しちゃって、危うく割りそうになっちゃったし……」

「……それだ」

 

 茫然と、ぼくは呟いた。

 赤松さんは首を傾げていたけど、ぼくらは気づいてしまった。

 どうして、現場があんな状況になっていたのかを。

 

 それは、決定的な話だった。

 赤松さんに話を聞きにきたのは、間違いではなかった。

 

 

《コトダマ 共振反応》

 

 

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