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―― Monokuma Theater
いやー最近ボクも忘れっぽくなっちゃってさ。
昨日食べた鮭もなにを食べたのか覚えてないし、どこに貯金したのかも覚えてないし、これが何作目なのかもたくさんありすぎて忘れちゃったよ!
オマエラもそうじゃない? 今何月何日か分かる? 昨日何食べた? 何年くらい前まで思い出せる? 自分の利き手は分かる? 自分の友達何人言える? あ、言えなくても問題ないよ。元からいないかもしれないしね! ボクってそういう気遣いはできるクマだから!
いやー、記憶って曖昧だよね。だからボクはこう思うんだ! 今がイチバン大事だって!
大したことないから忘れちゃうんだよね。覚えてなくてもいいことだから覚えてなくてもいいんだよ。
覚えてないってことはオマエラにとってもどうでもいいことになったからでしょ?
そもそも記憶なんて曖昧なもの、本当に信じていいのでしょうか…… ほら、信じる者は足元を掬われるとも言うし。
むしろ忘れてしまったほうがいいことって世の中たくさんあるよね。
忘れてしまったことを無理に思い出させないのもまた優しさだと思うんですよ。
だからボクは無理に思い出させようとは思わないよ!
忘却は美徳です! これからは今と現実を大事にしましょう!
…… って、ボクなんでこんな話してたんだっけ?
――
暗く、暗く、閉じこもるように眠っているとなにやら大勢の声が聞こえてきた。
ドンドン、ドンドン…… とてもうるさい。
「んん…… ?」
起きると、途端に周りの喧騒がぼくを襲った。
「香月さん! 香月さん開けて!」
「大丈夫っすよ、きっと寝坊しちゃってるだけっすから」
「そうだよー! 寝坊はいけないって神様も言ってるよー」
「にしし、本当に寝坊なのかなー? もう既に…… とか」
「ええ! まさか本当にコロシアイが!?」
「んなんけあるか! 大丈夫に決まってるだろ! おい香月、開けろ!」
寝ぼけ眼で机上の時計を確認すると9の文字。
朝に食堂が開くのは8時…… 完全に寝坊だった。
「あっ、えっ、ごめん、ちょっと待って!」
叫んでから、急いで支度をする。
顔を洗い、歯を磨き、支給された制服を着て家具に転びそうになりながら扉を開ける。
すると、部屋の前にはズラッと全員が集まっていた。
どうやら、かなり心配をかけたようだ。申し訳ない。
「あ、良かった! さっきからずっと出てこないから心配したよ」
ぼくの顔を見て、赤松さんは明るく言った。けれど少し顔色を悪くしているので、よほど心配してくれたんだろう。
「寝坊たぁ、ずぶといな! それとも、そんだけ疲れてたか? まだ顔色悪ぃが……」
扉から一歩踏み出すと、百田くんに背中をばしばし叩かれる。本当にスキンシップの多い人だな、とさりげなく手を振り払って周りを見る。
みんな朝食は食べてしまっただろうか。
「っかー! オレ様を待たせるとか何様だよ! 昨夜はお楽しみでしたってかッ!」
「た、ただの寝坊だよ!?」
「うんうん、香月ちゃんはお寝坊さんだねー? オレ、てっきり殺されちゃったかと思ったよ」
と、王馬クンの一言でみんなの表情が固まった。
「王馬、テメー不吉なこと言うんじゃねーよ!」
「でも、それを心配したのは確かだよネ」
「朝の放送で物騒なことも言っておったからのう」
朝の放送…… なんて言ってたんだろう。
歴代ずっと、マスコット枠が朝と夜に放送しているけれど今回はどっちかな。モノクマーズが出張ってきている感じがあるし、あの子たちがやってるのかな。
「ごめん、大丈夫だよ。恥ずかしながら、昔からあんまり起きるのが得意じゃなくて……」
「私が起こしに来ましょうか? あなたが良ければだけれど……」
「そ、そんな、東条さんの手を煩わせるほどじゃないよ!」
「えっと、朝の放送で起きられないなら、あとで目覚まし時計でも探してみればいいんじゃないかな」
頬をかいて言うと、最原くんから提案される。
そうだね、目覚まし時計が何個かあればちゃんと起きられる。いつもそうだった。
東城さんに起こしてもらうのはちょっと…… 部屋に入られるってことだし、万が一のことがある。ないとは思うが、ぼくは身の安全が確保される個室に人を招きたくない。
「ああ、おあつらえむきになんでも揃ってそうな倉庫があったな」
「キー坊置いとけばいいんじゃない? 目覚まし機能ぐらい搭載してるでしょ!」
「ボクの同意なくそんなこと言わないでください!」
「機能は…… あるんだね」
星くんが同意して頷くと、またもや王馬くんがキーボくんをからかいだし、白銀さんがツッコミを入れた。
「ちなみにどんなアラームなんすか?」
「まず普通の目覚ましでボクが目を覚まします。それからこう、アー、アー、アーーーーーッ!」
大音響で叫ばれてしまった。
本当にこのロボット残念だな。もうちょっとどうにかならないのか。
「んあ、うるさいぞ……」
「うっわ、無駄にビブラート効かせてるのがなんかムカつく。もういいよ、キー坊の残念さは十分分かったからさ」
絶対に音痴だ。
だって音量おかしいもん。
「電力をたくさん使うので3秒が限界です。賢明な判断でしょう」
「3分ですらないんだ……」
白銀さんの控えめで冷静なツッコミ、結構好きだな。
「そうだ、入間さんに目覚まし時計作ってもらったらいいんじゃないかな。きっとすぐに起きられるようにしてくれるよ」
「はあ!? オレ様の時間を寄越せっつーのかテメーは! インタビュアー相手じゃねーんだぞ! …… まあ、イき声入れときゃ速攻で起きれんだろ。支度する前に処理する時間が必要になるかもしれねーけどな!」
「ねえ、本当に…… この人にお願いしても平気だと思うの?」
「ご、ごめん……」
最原くんはなにを思って入間さんを選んだのか。理解に苦しむ。
「おいおい、朝食はどうするんだ。ここでこのまま会話に興じるのか?」
星くんの一言でハッとなる。
赤松さんも大袈裟にポン、と手を打ち 「あっ、そうだったね! お腹もすいたし食堂に行こうか! 香月さん、支度はできてる?」 なんて言った。身振り手振りが多い人だな。
そうか、みんなぼくを心配して食べてなかったのか。…… ちょっと嬉しい。
「できてる…… 大丈夫だよ」
「それじゃあ行こっか!」
そうして、ぞろぞろと食堂に移動する。
食堂では東条さんが動き回り、あっという間に全員分のスープとトーストができてしまった。
今日はまだ食の好みを聞けていないから全員一括なだけで、彼女はこれから毎日みんなの好みの朝食を振る舞うつもりであるらしい。
いつか朝食の席で和洋中が並ぶかもしれない。
「きゃーっ! すごいです! こんなに早くご飯が作れるだなんて!尊敬しちゃいますよ!」
「この食材って、どこから取って来たの」
「ふむ…… ウチの魔法じゃ。お主らのために用意した」
「転子たちのために…… ! ありがとうございます夢野さん!」
「やめい、髪がぐしゃぐしゃになるわ!」
茶柱さんは女の子らしいものに憧れを持っているのかもしれない。
撫で回されている夢野さんは結構本気で嫌がっているが、茶柱さんはそれに気づいた気配がない。ご愁傷さまです。
あと、多分魔法ではないと思う。
春川さんの疑問に答えたのはクラスメイトのみんなではなく……
「おはっくまー! その説明はワイらがしたるでー!」
モノクマーズだった。
それにしても、食事中に天井から現れるのはやめてくれないかな。埃が入るじゃないか。
「共同生活のためにはご飯が必須だわー!」
「それとおまるもな!」
「え、モノキッドまだおまるなの?」
「うるせぇぇ! ミーたち全員子供だろうが!」
「ベッドも必須やな」
「それと女もな!」
「まあ! 男でもいいじゃない」
下世話な会話だね。
それにしても、すーぐ脱線するんだから……
「モノクマーズが出るってことは…… この食材の出どころはそっちってことっすよね」
「もう手をつけちゃったけど…… 大丈夫なの? それ……」
「ええっ! ゴン太もう食べちゃったよ!」
「変な味もしなかったし、毒とかは入ってないと思うけど」
天海くんの言葉に白銀さんが不安を零すが、即座に最原くんがその可能性を否定する。
探偵って毒のことも分かるのか。本人は度々まだ半人前だとか言ってるけれど、それが分かるだけでも大したものだと思う。ただの探偵助手じゃあそんなこと勉強したりしないし、経験則だとしてもそれだけのことをしたことがあるってことだもんね。
どの植物に毒があるかとかは分かるけど、さすがに毒の味とか分からないし…… ペロッこれは青酸カリ! なんてこと現実ではやれないよ。
「ど、どど、毒!? なんでそんな物騒なこと言うの!?」
「怖いわモノタロウ! …… って、そんなことする怖い子がこの中にいるはずないわよね。キサマラいい子揃いだもの!」
コロシアイ強要してる奴らがよく言うよ。
「ワイらは清く正しくコロシアイの支援をしてるだけや。コロシアイ発生前に餓死なんかされても困るっちゅーことやな」
コロシアイに清くも正しくもないから。清く正しくしたいならおまけモードに移行してください。今すぐに。至急。切実に。
「あくまで、俺たちにコロシアイをしてほしいんすね…… 全滅させたいならさっさとそうすればいいだけですし、チャンスはいくらでもあったはずっすからね」
マイペースに食事を進めている大多数のうちの1人、天海くんは食後のコーヒーを飲みながらそう言った。
奴らの目的はあくまでコロシアイを見ること。そして恐らく、それを面白おかしく演出して放映すること。
企画側が動くなんてこと、あってはならないことだ。それはただのやらせでしかないからね。
ただ、ぼくは企画側の思惑が理解できるからと言ってコロシアイを歓迎しているわけではない。
そりゃあ、巻き込まれるのは自分っていうのもあるが、そもそも人が現実で死ぬことに喜びを覚えるような危険な思想は持っていないし。
「こ、こんな奴らが用意したメシなんか食えるかよ…… !」
「ううん、食料が用意されるならコロシアイをしないってことを貫き通せばいいだけだよ。ほら、皆で親睦を深める合宿してるような感覚でさ! 食事代がタダでラッキーとでも思えばいいじゃん!」
「赤松ちゃんはポジティブだねー」
「でもそういうことだろ。オレの言いたいことは全部赤松が言ってくれたな! タダ飯食いながら少しずつ脱出のために動けばいいんだ。用意するってんなら、とことんまで利用してやればいいだろーが!」
赤松さんと百田くんはすごいな。
出し抜くべきモノクマーズの目の前でそんなこと言えてしまうのだから。
「良かった、またあの地下通路に挑戦しようとか言われたらどうしようかと思った」
そんな2人の様子を見て春川さんが淡々と話す。
その言葉に 「うう」 と少し狼狽えてから、赤松さんは 「私も周りが見えてなかったから…… 突っ走り過ぎて皆のこと見えてなかった。昨日はごめんね」 と謝った。
百田くんは 「赤松がそれでいいなら後腐れなくなるまでやれることやれよ」 と肯定的だ。
昨日、ぼくがみんなについて帰るときに 「正しいことをしたのだから謝る必要はない」 と言う百田くんの声が聞こえたからそのことだろう。
よく考えて、ギスギスしたままで終わらないようにということだろうね。
よくない雰囲気が漂っているとそれだけで危うくなるから……
「よーし、昨日のことはこれで解決したよね! で、こいつらどうする?」
「説明はとっくに終わってるはずだって神様も言ってるよー」
「もういる必要はないのう、さっさと去ね」
「辛辣な言葉がミーの剛毛ハートに突き刺さるぜー!」
いや、必要ないのは本当じゃないか。
潔く下がればいいのに。
「無視して食事に戻ればいいと思うけどネ」
「あなたは図太すぎです! これだから男死は」
男子女子関係ないと思うよ。
淡々と食事してる春川さんや最原くんもいるし。
「それともなにか? まだなにかあるってのか」
「お皿、下げるわね」
星くんが食事を終え、モノクマーズに向き直して言う。
すると、モノクマーズはなにやら円陣を組んでヒソヒソと相談し始めた。ただし、内容は隠す気がないのか丸聞こえだ。
「あれー、オイラたちなにしに来たんだっけ?」
「お父ちゃんにおつかいを頼まれて…… それで来たとき、ちょうど食べ物について話してたから説明をしたのよね」
「おつかいの内容覚えとるか?」
「ミーはさっぱりだぜ! きっとモノダムのせいだ!」
「……」
揉めているようだが、いいのか。
「おお、我が子たちよ……」
どこからか音が反響して聞こえてくる……
この声は、毎度お馴染みモノクマだ。
全員食事は終わっているのでなんの問題もないが、少しくらい休みをくれてもいいと思う。
あとできれば早く研究教室を解放してほしい。是非とも引きこもりたい。
「〝 はじめてのおつかい 〟すらまともにできないなんて、可愛いよね! そりゃあもう可愛すぎるよね! 途中で興味を惹かれてふらふらどこかに行っちゃう年頃って食べたいくらい可愛いよ!」
「お父ちゃん、怒ってない?」
「怒ってない!」
「お父ちゃんごめんなさい!」
「怒ってないってば!」
「ボコるならモノダムにしてくれお父ちゃん!」
「……」
「怒ってない人に怒ってるって言うのはすごくウザいんだぞー! いい加減にしろー!」
ぴゃあぴゃあうるさいモノクマーズにモノクマが抱きしめて次々とジャーマンスープレックスを決めていく。なにも言っていないモノダムまで投げているので完全に連帯責任だ。
キレやすい親って嫌だよね……
「ゴホン、それはそれとして…… 今日はオマエラに朗報だよー!」
「朗報、ですか…… 出口でも見つかったんでしょうか」
「もう、キー坊はバカだなぁー。オレたちを閉じ込めてるやつが出口をわざわざ提供してくれるわけないでしょ」
「うっ」
ああ、関係ない赤松さんにも言葉が突き刺さっている……
「世の中、指示待ち人間が増えて深刻化しているようですが…… それはどうやら本当のようですね……」
「自分で判断しても結局怒られちゃう世の中だもんね……」
白銀さんがなぜかモノクマに同調しているけれど、なにかあったの?
「ということで! オマエラにコロシアイという課題を与えてもやる気が出ないんじゃ仕方ないよね! 本当は納期とか締め切りとかはないけど、やっぱりなにも起こらないマンネリ化は避けたいわけですよ!」
「つまり、なにが言いたいんすか?」
「コロシアイしたくとも理由がないと始まらない! …… というわけで、ボクはオマエラに人を殺す堂々たる理由…… 動機を与えることにしました!」
ああ、やっぱりそれか。
さて、最初の動機はなんだろう……
「ううん、いつになってもこれを言うときはドキドキするよね…… なんだか甘酸っぱい気分になるよ」
「クラスで発表会をするときのようなドキドキじゃろうか……」
「え、恋愛的な意味じゃないの…… ?」
「その手のドキドキは〝 甘酸っぱい 〟なんて形容をするべきじゃないヨ」
コロシアイの動機発表に甘酸っぱくドキドキするとかもう意味分からないよ……
「えー、それぞれの部屋と、研究教室にひとつずつ〝 極上の凶器 〟を用意させていただきました! また、現時点で存在する研究教室は準備が終わったので出入りが自由になりました! それぞれが凶器を持っている状態…… しかも、特定の人物だけは凶器を2つ所持している不公平…… ワックワクのドッキドキだよね! もちろん、研究教室には鍵がないので凶器を奪うことも可能です! では良きコロシアイを…… ぶひゃひゃひゃひゃ!」
「さすがお父ちゃん! エゲツない差別だね!」
あーはっはっはっはっ! とモノクマの哄笑に続くようにモノクマーズ全員が唱和し、次々と姿を消していく。
辺りに残ったのは、沈黙だった。
「待ってください…… ということは、いつの間にか個室に凶器を置かれていたということですか…… ?」
さっと茶柱さんが顔を青くする。
「幽霊かサンタみたいだね…… 地味に嫌なサンタクロースだけど」
「ばば、バカなこと言うんじゃねー! そんなモンあるわけねーだろ!」
「ええ、怪しいものはなかったと思うのだけど……」
「部屋が変化してればすぐ分かるよ」
東条さんも、春川さんも部屋の変化に覚えはないようだ。
ならば、最初から個室の中にあったとか…… ?
「それよりも、研究教室が判明してる人の方が重要じゃない? 研究教室があったのって…… 誰だっけ?」
シン、と静まり返る。
いつも現実を突きつけてくるのは王馬くんだ。いい加減やめてほしい。
みんな彼の疑問の答えは分かっているけれど、言い出す人はいない。この雰囲気で指摘すれば、それだけで疑っていると言うようなものだからだ。
「お、お、オレ様は知らねーぞぉ……」
「ええ、入間ちゃんは嘘つきだなー。植物園の近くに発明家の研究教室があるの、オレ知ってるんだよ?」
「なな、なんだよぉ…… ! 別にいいじゃねーかよぉ…… ! ひ、人なんか殺しても必ず出れるわけじゃねーんだろぉ…… ?」
「必ず出れるなら殺してるみたいな言いかたするんだね?」
「ひぅぅ……」
「王馬君、あんまりいじめちゃダメっすよ」
天海くんから入間さんをいじり倒す王馬くんにストップがかかり、彼は大人しく責めるようなその口をつぐむ。
からかっていただけで、本気で責めるつもりはなかったようだ。多分ね…… 彼のことはよく分からない。
所構わず揺さぶりをかけまくっているだけかもしれないし、なにも考えてないかもしれない。心の中を覗かない限り、他人の思うところなんて分かるわけがないよね。
「ぼくも…… 植物園の中に研究教室があるよ」
「私も2階にあったよ。いかにも私のためにある! っていう教室が」
「他にはいないっすよね……」
研究教室が解放されているのはぼく、入間さん、赤松さんの3人だけだ。
そして、モノクマの言葉をそのまま信じるならば凶器を2つ持っているのもこの3人ということになる。
「このまま手を触れずにおくのもひとつの案だと思うけど…… 赤松さんはどう思う?」
「えっと…… 本当は処分しちゃったほうがいいと思うけど」
赤松さんの言うことはもっともだ。けれど、それが校則違反になるかどうかも分からないので軽率に動くべきじゃないとは思う。
「あ、なら…… ひとまず3つのグループに別れて研究教室を確認しに行かない?」
「そうっすね…… 個室は後にするっすか」
最原くんの言葉に天海くんが同意する。
「帰らないほうがいいの?」
「みんなで確認しちゃったほうが効率いいっすから。もし凶器を見つけたらガムテープかなんかでぐるぐる巻きにでもすればいいっす」
「そんな雑な管理でいいんだね……」
「確認してから処分するかは決めればいいっす。とにかく所在の確認が最優先事項ってことで」
こうしてぼくらは重い足を持ち上げながら、それぞれの研究教室に向かった。
まさか、こんな形で研究教室の内装を見ることになるだなんて…… 結構楽しみにしていたのに。ああ、引きこもりたかった。
引きこもりたくても鍵がないんじゃ引きこもれないじゃないか。
胃が痛くなってきたので、道中ネロリの精油を手に1滴垂らして心を落ち着かせる。甘くて少し苦い…… そんなビターオレンジの花の香りだ。
「うう……」
こんなんじゃダメだよね。
大丈夫、大丈夫、弱音なんて吐いたらいけない。
きっと、きっと、大丈夫。赤松さんや、百田くんのような人もいるんだ。殺人なんて起きるわけがないよ……
・ネロリ
柑橘系のアロマオイル。その名前はネロラ公国の王紀「アンナ・マリア(アンナ・マリー・デ・ネロリ)」が愛用していたことからつけられている。
社交界で手袋に香りづけしていて貴族間に広まったのだとか。
ストレス、不安を感じているときにリラックスするために香りを嗅ぐと良い。深いリラックス効果と幸福感をもたらしてくれるアロマ。
精油を探しに行けば必ずあると思う。